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第76話:先生達の演劇鑑賞・破


 その劇は、なし崩し的に前へ進まざるを得なくなった。

 勇者は剣を抜こうとして折ってしまうし、幼なじみは意味深に、


「二人で引き抜けばもしかしたら選ばれていたかもしれないけど――ああ“お前と?”って顔をしているな。気が合うね。私も願い下げだよ」


 などと言って付いていく。


「じゃあなんで付いてくるんだよ」


「ゆく先々で何かやらかしたら困るだろう? だから私が監視しておくのさ」


「……」


「どうした? 色とりどりのパンツが見られなくて悔しいなら、まぁ安心しろよ。あんたに惚れている連中だって、あんた以外に下着を見せるほど尻軽じゃあないだろう?」


「べ、別にそんなんじゃ……!」


「とにかく、国王陛下に何とお詫びをすればいいのか考えておかないと。ちゃんと考えときなよ」


「ああ」


「ふたりは使節団に連れられ、王城へと向かいました」


 舞台セットが王城っぽいところに切り替わる。

 実際のものより幾らか豪奢なふうに見えるのは、そうするように指定を受けたのだろうか?



「よくぞ参られた! いずれ勇者と聖女に成る者達よ! 既に話は聞いておる! 聖剣が折れたようであるな!」


 玉座に座る王様が鷹揚な口調で話す。

 ダンはすぐに土下座した。


「ははぁー! 剣を折ってしまったのは私の不徳の致すところ! いかなる処罰も甘んじて受け入れる所存にございます!」


「おもてをあげよ! そちほどの怪力なれば、或いは素手で魔王軍を退けられよう!」


「寛大さに感謝を……必ずや、この拳で風穴を開けてご覧に入れましょう!」


「とはいえそちだけでは戦力的に足りなかろう。騎士団長をつける」


 騎士団長……?

 と思ったら、エミールがそれっぽい鎧姿でやってきた。

 彼のために急遽用意した配役かな。

 ダンが王様役とエミール扮する騎士団長を見比べ、挙手する。


「陛下。恐れながらひとつ」


「申してみよ」


「騎士団長という割に、お一人のように見受けられますが……」


「心配いらぬ。騎士達を即座に呼び出す笛を持っておるのだ」


 ――ピィイイイ


 笛の音から数秒後、煙に紛れて騎士達が現れ、剣を掲げる。


「「「「「我ら、王国騎士団!!」」」」」


「お、おお……」


 なるほど、考えたな。

 ちなみに本来ここのシーンでは、勇者が冒険に出るために聖剣を掲げて国王に誓いを立てるというものだ。

 その後に国王が「この世界を救った暁には、姫との婚姻の権利をやろう」と言って、それに対し勇者が「幸せにしてみせましょう」と姫の額にキスをする(で、聖女がそれを見て嫉妬する)という内容、の筈だった。


 ……筈だったが!

 当然シャノンのアレンジ版では、そんなシーンはカットされている!



「こうして冒険に出た彼らが辿り着いたのは、商人達の行き交う大きな街でした」


「安いよ安いよ! 採れたてのリンゴだよー!」「産地直送鮮魚はこちら! よってらっしゃい見てらっしゃい!」

「武器と防具はいらんかねー!」


「……言わないのか?」


 ダンがヒルダに問う。


「賑やかな街だって? でも、きれいなものだけじゃない」


「あ、俺のセリフ!?」


「これは奇遇、お前も同じことを思っていたようだね」


「彼らの視線の先には、そう! 奴隷市場!」


 セットがスライドする。

 檻に入れられた、みすぼらしい身なりの奴隷達が映し出される。

 元のシーンでは奴隷商人と戦って、白エルフの奴隷を解放するというものだったが……。



「無効だ! こんな取引、やめにしろ!」


「黒エルフが奴隷を買うのは問題があるとでも?」


 冒頭で魔王の追手から逃げ去っていた黒エルフが、こんなところで再登場だ。

 奴隷商人が怒り心頭といった様相で、取引中止を訴えている。


「問題だらけだ! 前例がない! だいたいその金だって、どうやって……おおボウズ! ちょうど良かった! ボウズからも何か言ってやってくれよ!」


「どうして奴隷を買うんだ……? お前も同じダークエルフだろう?」


「そこな少年。どうして私が奴隷を買うか教えてやろう。武力で取り戻せば血は広がり、きっと私達を忌避するだろう。だが富で奪い返せば知慧を認め、きっと私達を対等なものとして見てくれるだろう!」


「理屈は通ってるけどさ……奴隷の扱いはどうなる?」


「買い取った後は好きなように扱っても良いのだろう? 私のアジトで管理できる範囲内であれば、それぞれの自由意思に任せていた。以前の通りに生活させてやる事もできるし、希望者には手ほどきをして傭兵団に加わってもらうこともできる。だがこの奴隷商人は、話が通じないようだ。斯くなる上は……」


 奴隷商人と黒エルフが睨み合う。

 護衛のゴロツキ共が次々と抜剣して、一触即発といった雰囲気だ。

 そこにエミール扮する騎士団長が割って入る。


「ならば私が買い取ろう!」


「あ、あなた様は……!」


 奴隷商人が恐れおののく。


「陛下の目の届かぬ所で、このような蛮行が罷り通っていたとは、まったく度し難い」


 ――ピィイイイ

 笛の音で、騎士達が現れる。


「お前達。陛下に報告だ。騎士団の手で国中の奴隷商人を摘発し、奴隷を解放せよ!」


「「「「御意!」」」」


「くそっ……もう店仕舞いか! 商売上がったりだ!」


 騎士団長は黒エルフを見据える。


「同胞達は、あなたの所に向かうよう手配しておこう」


「恩に着る。数百とはいえ私の隠れ里の領民だ」




 こんな調子で、元々のエピソードをおぼろげに残しつつも大胆にアレンジを加えていった。


 この次のシーンは聖女が盗賊に鉄拳制裁するシーンだが、おそらく原型は魔物を憐れみ動けないシーンだろう。


「誰かを傷付ける事に人も魔物も無ェ。守るために潰す。いいな?」


 というセリフも、元は勇者のものだったのをアレンジしている。



 旅の途中で、怪我をした隻腕のコボルトを聖女が助ける。

 しかも治療を渋った兵士達の目の前で、薬箱を素手で壊すのだ。

 これは多分、終身巡礼者ローレンス・ゲイルの逸話に倣ったものだな。


 ピーチプレート卿が妙に嬉しそうにしていたのは……なんだろう?

 まさかローレンスから極大治癒(グランド・ヒール)を教わったとか?

 とにかく――



 勇者

 聖女

 騎士団長

 黒エルフの傭兵

 コボルトの魔術師


 勇者たち一行のメンバーは、これを以て勢揃いとするようだ。


 戦い方は、原作版では勇者が先陣を切って他のメンバーが補佐するというものだった。

 それをアレンジし、それぞれの知識と観察眼から導き出されて見せ場を用意するというものへ変更されている。


 あとは、とにかく互いに褒め合う。

 演者のエミールとヒルダは、実際にはダンと不仲だが、舞台上ではそんな事お構いなしにダンを褒める。


 おかげで、パーティ内からギスギスした雰囲気は全く感じられなかった。



 それと、お忍びで旅に出ている王女の率いる婦人兵団は、実に上手いアレンジ要素だ。

 ちゃんと様々な種族が兵団に所属している。

 しかも元の劇で単なるお色気要員だった役柄のキャラクター達が、自立した戦士として立っているのだ。

(とはいえ、演じている中にはダンとの共演を目当てにしている女子生徒がいるようで、視線や仕草からそういった雰囲気を隠しきれていない……)



 道中で魔王軍の策略によって、勇者と王女だけが分断された。

 孤軍奮闘するふたりの間に、いつしか絆が芽生える。

 やがてみんなと合流し、王女は自らの使命を全うする為にパーティから離れた。




 舞台は、魔王軍に寝返った悪徳貴族の支配下にある村で、花嫁になる娘の選定がされているシーンへ。

 ここでは騎士団長が女装して、悪徳貴族の屋敷へと潜入。

 炎によって、騎士団長は変装が解けた。いや、それどころか……


「グワハハハ! 何だぁ、その醜い姿は!? 我輩は呪ってなどいないぞ!?」


 かつていじめられていた頃のエミールの姿になった。

 つまり、太っていた頃だ。


「ああ……これは私の、本当の姿なのだ」


 自分自身のトラウマを、これだけ多くの観客の前で……さぞかし辛かろう。


「ならば同志になるが良い! 我輩は醜さ故に、全ての女に背を向けられた! 共に力づくで奪おうではないか!」


「断る! たとえ誰からも愛されなかったとしても……虐げられている者達から目を背けてなるものか! 私は痛みを知っている! ゆえにこそ、貴様を討つ! かかれェー!」


 ――ピィイイイ


 笛の音に、騎士達が殺到する。

 そうして悪徳貴族は討ち取られ、花嫁にされていた女性たちは解放された。


 騎士団長は騎士達に告げる。


「諸君らは、よくやってくれた。ご覧の通り、これが私の本当の姿だ……醜い私に価値など無いだろう」


「そんな事はありません!」「団長の気高き心にこそ、我らは忠誠を誓ったのです!」

「魔王を討ち取った後も、共に王国を守り続けましょう」


「お前達……!」


 そこに、コボルトも歩み寄る。


「色んな人間を見てきた。オレは、あんたにずっと惚れていた」


「こんな私を……今も変わらず愛してくれているのか?」


 ここで長台詞が挟み込まれ、それまでのシーンの回想が背景に表示される。

(すごい技術だ。演出担当の人は相当頑張ったんだな……)

 どの部分も台詞と齟齬がなく、コボルトの胸のうちに募っていた感情の説得力があった。


「あんたや団員さんさえ良ければ……受け取ってくれるかな。街で一番の細工屋に作ってもらったんだ」


 コボルトが取り出したのは、お揃いのふたつの指輪。

 騎士団長はそれの片方を受け取る。


「お前の愛に、応えたい」


「ありがとう。魔王を倒したら、式を挙げようぜ」


 元のシーンでは、役者の中で『ブサイクな色物枠』と言われていた女性キャラクター(玉の輿を狙ってストーキングしているという話が随所に挟み込まれる)と男性キャラクターひとりずつが悪徳貴族にべったりくっついて阿鼻叫喚……しかもこのシーンで使い捨てにした挙げ句「お前達の犠牲は無駄にしない」なんて白々しい台詞まで……などという、個人的に不愉快を極める内容だった。

 だから、このアレンジの落とし所は、最高の着地点だったのではないだろうか?



 ここで舞台は雷鳴と共に暗転する。

 現れたのは、魔王だ。


「度し難い、度し難いぞ人類どもよ! 我の理想郷に、男同士の恋仲など要らぬ!」


 舞台上で、魔王以外の皆が武器を手に取る。


「出たな魔王! お前を倒すのが俺の使命だ!」


「フハハハハ!! 折れた聖剣などで何ができようか!! 死ぬがよい!」


 物語は、いよいよクライマックスへ向かおうとしている。



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