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第75話:先生達の演劇鑑賞・序


 大劇場の端っこの席とはいえ、全員分の双眼鏡を貸してもらったからよく見える。

 そもそも会場に入れる事自体、恵まれているほうだ。

 あぶれてしまった人達は後日、記録映像で見る事になる。


 座席のざわめきが、期待の大きさを物語っている。

 彼らのうちどれほどが、シナリオの変更を知っているのだろうか?

 少しして幕が上がった。



「神々は初めに、様々な世界に使者を遣わし太陽と月を与え給うたのでした」


 ナレーションだ。

 真っ黒な背景に、光の粒が浮かび上がっていく。

 続いて赤と黄色の大きな丸が……多分これが太陽と月だろう。


 声がよく通るのは、魔道具のインカムとスピーカーによるものだ。

 特にインカムは(効果のON/OFFを司る術式が特に複雑なために)非常に高価で、こういった催し物でもなければ滅多に使われない。



「この大地にも、太陽と月が授けられました。そしてトマトが太陽の使者より、ジャガイモが月の使者より齎されました」


「なんか例年より短くない?」「セリフ忘れたのかな」「おいおいしっかりしろよ」

「調子悪いのかな?」「緊張してるんだ。年端も行かないガキ共にゃ荷が勝ちすぎたのさ」


 観客達が動揺しているな。その気持もわからないでもない。

 まぁ、野次を飛ばすのは頂けないが。

 えっと、元のセリフは確か……


 ――『そしてトマトと人と男と理性と春と夏、それから山が太陽の使者より、ジャガイモと魔物と女と感情と秋と冬、それから海が月の使者より齎されました』


 こうだった筈だ。

 去年にリハーサルを立会で観たきりだから、あまり詳しくは覚えてはいないけど。


 意図的に省略したのだろう。

 まぁ結構な長さだったし、そもそも月側の故事があまり前向きな内容ではなかったからね。



「人々は繁栄を迎え、平和を享受していました。しかし――」


 ここで舞台が暗転。

 高台がせり上がってくる。


「太陽の光を独占しようと、魔王が現れました……」


「フハハハハ! 我は魔王なり!」


「と、人の歴史はそう語ります。しかし実際には、そうではありませんでした」


 ほうほう……アレンジシナリオか!

 ナレーターの顔を見る。動揺は見られない。仕込み済みってワケだ。

 ……やるね、シャノン。


 観客達のどよめきも大きくなってきた。

 俺はシナリオに関わっていないが、こっちまで誇らしげな気分になる。


 魔王は両手を掲げる。

 背後に緑色の炎が浮かび上がる。


「愚かさというものは、大衆に容易く蔓延する。それこそ疫病のようにな! うぬめら人類が踏みつけにしてきたあらゆる者達が、今日こんにちに至るまで牙を研いできたのだ! 今こそ地上を灼き尽くし、啓蒙してくれよう!」


「魔王は研究室で、星の欠片や土と石、樹木などから魔物を生み出しました。そうして作り上げた魔王軍を以て、亜人や獣人そして黒エルフ達を焚き付け、人間に戦いを挑んだのです」


 ナレーションの内容とは反対に、深い森で黒エルフと獣人が、自分達と同じ種族や、人形ではない怪物(の人形? ゴーレムか?)と戦うシーンになる。

 ……なんか黒エルフ達も獣人達も本物っぽいな。仮装じゃなくて、本当に集めてきたのかな?


「大半が魔王に恭順を示しましたが、中にはそれを快く思わない者達もいました。そういった者達は魔王の支配域から脱し、姿を隠したとも言われます」


 黒エルフの女性が剣を掲げる。

 ウスティナにどことなく雰囲気が似ている。


「魔王に伝えろ! 貴様のやり口は間違っていると!」


「グハハハ! 魔王様はいつも正しい! 太陽を奪えば人は己の安寧が無条件でない事を否応なく自覚するのだ!」


「だから私達、人間でない種族が太陽を独占するというのか!?」


「ずっと、あいつらが独占してきた! だから、今度は我らが逆転させる!」


「皆がそれに従わなければいけないのか!?」


「お前ェは同族の鼻つまみ者にでもなりたいのかァ!? 郷土愛が足りねェなァ、郷土愛がよォ!! あぁん!?」


 おお……すごいな。なんとも堂に入った迫真の演技だ。

 あんなに巻き舌のダミ声で、喉を痛めたりしないのだろうか?


 というかこの時点で原作とはかなり違う。

 この辺りのシーンは原作だと、魔物達が人間の村を襲ったり、騎士団を蹂躙したりしている所だったと思う。



「――それから数年後」


 舞台が変わって、次は家の中だ。

 家具を含めたセットは結構な数だが、数人がかりでまとめて浮遊させて、積み木のように組み立てる。


 空は、太陽を魔王が独占しているから、夜のままだ。


「いつか太平が脅かされる日が来た時のために“極星の聖剣”が神より遣わされたのです。聖剣に選ばれる日がやってきましたが、勇者となるこの少年はそんな事も知らずに寝ています」


 ――コンコンッ


「う~ん、もう食べれないよ……」


 ゲッ、その声は!

 なんで勇者役にダン・ファルスレイが……?


 もともと聞いた話だと主人公の勇者役はエミールじゃなかったか?

 ……まさか、土壇場でテコ入れが入った?


「キャー! ダン様ぁ~!」「寝顔も素敵よ!」

「顔がいい……」「早く本当の寝顔が見たいわ!」「あんたにゃ無理よ!」「静かにしろ! これだから女は……」


 いやいや、最初らへんで野次飛ばしたのは男だったろ。

 まぁ彼女らもうるさいっていうのは、俺も同感だけど……。


「さてそんな勇者のタマゴを、幼なじみの女の子が起こしに来ました! 彼女は、後に聖女として伝説に残ります」


 幼なじみ役……まさかのヒルダなんだ……。

 ヒルダが扉の前で立ち尽くしている。


「起こしに来たようなのですが……」


「ええい、行くしかないか。実に、実に憂鬱だ……」


 催促するようなナレーションから数秒置いて、ため息混じりにノックをした。

 もちろん勇者役のダンは起きない。

 だから、ヒルダが部屋に入る。


「早く起きろ。さもなくば極星の聖剣は私が貰う」


 あ。すごい容赦なく足蹴にした。


「う~ん……もっと優しく起こしてくれよ……だいたい台本と違うだろ、そこは“起きなさいよ、今日は大切な日なんでしょ”だろ。あと、いつもみたいにご飯を持ってくるんじゃないのかよ」


 おいおいおいおい台本とかメタ的なセリフを挟むんじゃない!

 そ、それとも仕込み? 仕込みなのか!?


「台本? ご飯? お前は毎朝パン屋で買い物をしているし、私は礼拝で食事を作るどころじゃない。まだ寝ぼけているなら、二度寝してもいいぞ」


「あー待て待て待て! 話が進まなくなる!」


「私が進める。あばよ」


 ここで会場が、ドッと笑いに包まれる。

 ふぅ~……なんなんだ一体。


 次は、順番に台座から聖剣を抜く場面だ。

 本来なら何人かの女の子が、ここで勢い余ってしりもちをつき、わざとスカートの中の下着を観客に見せるというものだった。

 ……が。


「あれ、リハーサルと衣装違うくない? なんでみんなズボン?」


 女性達は確かにズボン姿だし、むしろここには体格のいい男性のほうが多い。


「リハーサル? まだ寝ぼけているようだ。帰っていいぞ」


「わーちょちょちょちょちょ待てって!」


「スカートでは股下がスースーして剣を抜くどころじゃない。それとも~? 色とりどりのパンツを覗き見したかったかな!?」


「なッ、お前、いい加減に……――」


 あ。

 ヒルダが壁ドンした。


「ヒルダさんの壁ドン……! きゅん……っ」


 俺の隣で観ているアレットが、胸をときめかせている。

 まぁ見事な壁ドンだったもんね。つまりこれは不可抗力だ。


 何やらヒルダがダンに顔を近付けているが、内緒話の最中かな?

 む……ダンの顔が青ざめた。



「そこな者達、聖剣に興味が無いなら、次が控えているから帰ってくれんか」


 使節団と兵士達が、手で払い除ける動作をする。

 そうだよな、ふたりがわちゃわちゃしている間にも、他の演者達は剣を抜こうとして失敗していた。

 残るはダンとヒルダだけだ。


「レディファーストだ。お先にどうぞ」


「どうもどうも」


「ところが幼なじみがいくら力を込めても、聖剣は少しも動きませんでした」


「じゃあ最後は、俺だな」


「どうぞどうぞ」


 投げやりだなぁ。

 それはともかく、ダンの背後に青白いオーラが浮かび上がる。

 すごい力が湧き上がっているという表現だろうか?


 しかし――


 ――ポキンッ


「えっ」


 !?

 待った!

 折れたってどういう事……?


「ばかやろう! 何してくれちゃったの!?」


 ヒルダは、その……現時点だと、素で怒っているのかどうか判らないな。

 周りの演者たちは間違いなく動揺している。


「これはちょっと想定外……――んんっ、ゴホン、想定外な事態に遭遇した彼らは、何を思ったのでしょうか? 注ぎ込んだ魔力が大きすぎて聖剣が耐えきれなかった? 長い年月を経て劣化していた? それとも、魔の手は既に聖剣にまで及んでいたのか!? 兎にも角にも、これでは聖剣による勇者選別どころではなくなってしまったのでした」


「えっと……あー、ゴホンッ。やむを得まい。君を勇者って事にする。魔王の配下を打倒し、そこから得られた魔力で聖剣を打ち直せば、きっと元の姿を取り戻すだろう」


「ほ、ほほ、本当だな!?」


「前例がないから保証できないが、多分そう。うん、おそらく」


「ハッキリしてくれよ!?」


「うーるーせー! お前が余計なことしてポキンッとやっちゃったのがいけないんだろうが!? 責任とって直せや! とにかく王城までご同行願おうか! 」


 兵士が、こめかみに青筋を立てて詰め寄る。


「は、はひっ……」



 う~ん、グダグダだなぁ。

 一応ダンも演技力はあるし、途中から少しずつコツを掴んでいるようだが……。


「先生、なんかみんな様子おかしくないですか?」


「僕もそう思います」


 もしかしてダンが主役へとねじ込まれたせいで、色々と齟齬が発生しているとか?

 学院側のゴリ押しによるものだろうか?

 俺達は、固唾を呑んで見守るしかない。



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