第74話:先生、ひとまず打ち合わせ
すみません、間違って前回分を重複投稿してしまっていた……。
(修正済みです!)
俺達は情報を共有するため、シャノン・フランジェリク達と合流した。
大きい天幕の中にデスクとソファを並べただけの、こんな場所を事務所と呼ぶのは心が痛む。
貸事務所ギルド加盟店は、どこもかしこも彼女らを徹底的に無視しているという。
なんとも胸糞悪い話だ。
「あ! リサさんだ! さっきぶりですね!」
「皆さん、どもッス~! 姐御も、おかえりッス」
「ただいま。それじゃあ、早速ですがお聞かせ願います」
「はい。順を追って話しますと――」
俺達は、洗いざらい話した。
母さんとの会話について。
アレットの奮戦も。
母さんが折れて、俺との決別を選んだ事も。
それから、母さんを俺に差し向ける作戦をダンが提案した事、学院がそれに全面的に協力している事も。
「……そう、でしたか。本当にお疲れ様です」
「和解できるなら、それが一番だとは思うのですが、なかなかトラウマで身動きができず……結局こんな形になりました。我ながら情けないなとは思います」
「解りますよ。私の父も、できた親ではありませんでしたから」
そう語るシャノンの表情からは、いつもの覇気が鳴りを潜めていた。
「……それはともかく、思ったより面倒な状況ね。背後関係は、見た限りではかなり単純ではあるんだけど」
「あとやっぱり、ダンめっちゃくちゃ馬鹿ッスね」
……?
会ったことある、みたいな口ぶりだ。
アレットも気になったらしく、きょとんとした表情で尋ねる。
「え、皆さん面識があるんですか?」
「セルシディアにいた時、お友達と一緒に来たわよ。丁寧におもてなししてあげたんだけど、私の作法がお気に召さなかったみたいで、怒って帰っちゃったわ」
「ええええ……あの人達、一体何をしに来たんですか……」
「さあね。どうやら私達がデマ対策しているのが気に入らなかったみたい。“せっかくきれいな顔をしているんだから人生を無駄にするな”とか言ってたわ」
「フムン……意味が解りませんな……」
「でしょ? 全部きっちり説明してもなお納得してくれなかったわ。おまけに、ローディと再会するし。まさか冒険者デビューしている上にダンのパーティメンバーとは、恐れ入ったわ……しかもあの装備、結構な金額だった筈……」
ダンとローディの連携か。想像したくないな……。
俺では手に余る。
実際シャノンもリサも、うんざりした顔をしている。
「以前にも会っていたのですか?」
「少しだけですけれどもね。仕事で一緒になった事があって。まあそれは置いときましょ」
「はい」
「ダンの動向については、エミールにも監視させます。私達は、引き続き学院の牽制を、現地の協力者さん達と一緒にね」
高度な情報戦が行われているようだ。
俺にはそれを処理しきれる頭脳が無いから、こういった仕事ができるのは本当に頼もしい。
「学院側の目的がハッキリしない以上、私達の当面の目標は、ダンと学院の連携を崩しつつ、バロウズさんが反逆者でないと王国に証明させることです。降誕祭の来賓リストには王族の名前があります。予定どおりに行けば、そのタイミングで調書を提出できる筈」
「何か、僕にできる事はありませんか?」
と、ここで周りの刺すような視線に気付いた。
「――あー。えっと。僕達に」
「うんうん」「そうだろうな」「ですな」
みんな、ごめん。
「それと、お話にありましたバロウズさんのお母様は、どうしましょうか? こちらもダンと併せて職員に監視させますか?」
「たとえ母が自分で決めた事とはいえ、おそらく僕と会った事で精神にダメージがあった筈です。必要ならケアまでお願いしたいのですが、難しいですよね。厚かましいお願いなのは承知の上です」
「私としてもやぶさかではないですが、念のため理由をお聞かせ願います」
「僕やパーティメンバーでは、刺激しすぎてしまいます。長い年数を教会で過ごしてきたため、僕と暮らしていた頃に比べれば幾らか安定しています。ですが――」
「――先生」
アレットは、声を震えさせながら俺の肩に手を置く。
一体、何がアレットをそこまで深刻にさせるのだろう?
「アレットさん、どうかしましたか?」
「そんなに心配してあげなくたっていいじゃないですか。確かに、実の親かもしれないですけど……先生のこと否定してばかりで、少しも信じてくれなかった。わたしは……反対です。あんな人、放っておけばいいんです」
アレットは両目に涙を浮かべながら語気を強める。
母さんは、アレット相手でも容赦をしなかったようだ……。
「アレット殿! それでも、それでも、ルクレシウス殿の肉親ですぞ!?」
「その肉親への情こそが、ダンの狙いだったじゃないですか!」
いがみ合うふたりを、ウスティナが手をパチパチと叩いて制する。
「落ち着け。そも、貴公らの母親ではないだろう」
「そ、そうでしたな……」
みんなが俺の事を想ってくれているという事くらい、わかる。
アレットは孤児院に子を捨てていく親達の実情から。
ピーチプレート卿は幼い頃の家族が死別した経験からなのだろう。
でも、残念だけど、ウスティナの言うとおりだ。
ふたりの親ではないから、最終決定は俺にやらせてほしい。
「恨むべくは、善人ぶりながら彼女を利用する凡骨共だろうさ」
とは言っても……ね。
「……まあ、僕の母を追い込んできた人達は、僕本人を除いて殆どがこの世を去っていますからね」
ふふふ、ふふふふ……。
「わ! 先生、帰ってきて、帰ってきて! あのクソ野郎達が聞いてたら、またぞろ“そうやって同情を誘って構ってもらおうとするのか”とか言ってきて更に面倒なことになっちゃううう~!!」
「貴公、そんな事を思っていたのか」
「わたしじゃないですからね!?」
母さん。
あんたには悪いが、俺は正面からぶつかって駄目だった。よく解るだろ。
親としてではなく、あんた個人として幸せになるべきだ。
俺には救えないと悟ったあの頃、胸中にて呟いたものだ。
俺が邪魔だと思うなら、いつでも言ってくれていいんだよ――と。
幸い、あんた自身が『親をやめる』と言ってくれた。
ようやく言ってくれたね。
離れてくれてありがとう。
でも、あんたを利用しようとしている魔術学院を、俺は許さない。
それにあんたの傷口は、俺との再会で開いてしまった筈だ。
――っと。
いけない、いけない。
現実に戻ってこい、俺。
みんなを付き合わせているなら、感傷なんかに浸っている暇はない。
「大丈夫ですか、先生。また顔色が……」
「だ、大丈夫です。戻ってきました。死の淵から」
「生きて下さい」
ああ、まだ行ける。
まだ行けるぞ、俺は。
太陽が眩しいし、呼吸は喉を通る。
うん、何を言っているか自分でもよく解らないけど、生きている事は確かだ!
「それで、シャノンさん」
「は、はい。まだ何か?」
たじろいでいる。
俺はそんなに顔色が悪いのだろうか?
「ケアは、僕と比較的関係性の薄い職員さんでお願いします。なおかつ、それとなく、劣等感を刺激しない程度に」
「わかりました」
「あの人は、親にさえならなければ、きっと悪い人じゃなかったんですよ。幼い頃はずっと優しかったですし。父が歪ませて、ああなったのは間違いありません」
「貴公。些か殊勝に過ぎる言い回しも考えものだぞ。貴公の人生は貴公のものだ。母君のものではないし、私達のものでもない。ゆめゆめ忘れるなよ」
「すみません。言葉も無いです」
「とはいえ、わからんでもないさ。かつて私も似たような事を考えた身だ」
似たような事、か。
俺にとっては母さんで、ウスティナにとっては黒エルフの社会的地位と自分の故郷。
確かに、本質的には似ているかもしれない。
話がまとまったと見て、シャノンが「こほんっ」と咳払いをする。
「次に、降誕祭での皆さんの行動ですが……演劇を必ず見に来ていただく以外は自由行動で問題ありません」
「フムン。それがしは歌劇の鑑賞は大好きですが、これが必須という事は、見てほしいものがそこにあるのですな?」
確かに、言っていたもんね。
幼い頃に歌劇で見た騎士の姿に憧れた事が、ピーチプレート卿のパーソナリティの原典になったって。
シャノンは自信たっぷりに眼鏡をくいっと上げて見せ、胸を張る。
「ええ。なんと言っても、弟の一世一代の晴れ舞台ですもの」
そんなシャノンに続いてリサも、彼女の肩に手を置く。
「あと姐御がリーダー張ってみんなで夜なべして台本を合作したッスからね。アタシとしても、ぜひ」
つまり、すごい力作って事だ。
がぜん楽しみになってきたぞ。