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第73話:先生とダン・ファルスレイ


 ウスティナとピーチプレート卿に呼ばれて俺が戻ってきた時には、既に話がまとまっていた。

 アレットは母さんと激しく口論していたらしく、頬には涙が流れていた。


「遅れてしまってすみません。いつも僕は、損な役回りばかり押し付けてしまいますね……」


「わたしこそごめんなさい。実はですね……」



 おずおずとした語り口でアレットが教えてくれた、いきさつだけども。

 まさか「おたくのお子さんを下さい」を本当にやる人がいて、よりにもよってアレットがそれをするとは思わなかったから、びっくりして言葉を失ってしまった。


 ましてや、人払いをした上でそれをしたというのだから、勇ましいというか、度胸があるというか。

 もう、無茶しすぎないでくれよ。母さんが逆上したりしたらどうするつもりだったんだ。


 まぁ、そんなにも俺を想ってくれていた事は、もちろん嬉しいけど。


 ……もしかして、アレットが俺を心配してくれている時ってこんな気持ちなのかな。




「それじゃあ僕も、外での事の顛末をお伝えします」


 外の空気を吸って落ち着こうとした俺は、とりあえず一番近い、中庭のベンチで横になった。

 応接室から一番近いベンチといっても、それなりの距離を歩く必要があったけど。


 空でも見上げておけば、多少は気が紛れるかと思っていた。

 ところが、気が休まる前に王立魔術学院の事務員がやってきてしまった。


 ――『バロウズさん。面会はもうお済みですか? であれば、学院までお連れせねばならないのですが』


 ――『今、連れの者に僕抜きで面会してもらっています。僕からではなく、母に訊いたほうがいいと思いますよ』


 ――『そうですか』


 ――『面会を希望したのは、母からですか? それとも、学院のどなたかが母に面会を提案したのですか?』


 ――『我々からはお伝えできません』


 ――『わかりました』


 あとで母さんに訊けば解るだろうと思っていたし、そもそも俺の代わりにアレット達が訊いていてくれていた。

 でも俺は、思わぬ人物を経由してそれを聞く事になった。


 ――『様子を見に来たけど、せっかく親に会えたんだろ? なんで外のベンチで休んでるんだよ』


 ダン・ファルスレイ。

 事務員と話している時に、ひょっこり現れた。

 後ろにはパーティメンバーの女の子が3人いた。


 俺と母さんが会っているのを、どうしてダンが知っている?

 学院でも噂になっているか、誰かから聞いたか。

 はたまた或いは、この生徒が学院にそう提案してみたのか。


 引き出すために、こう訊いてみた。


 ――『どなたの提案なのでしょうね、ダンさんはご存知だと思うので、お伝え願います。生きている事が解っただけでも充分だと』


 セルシディアでの光の雨を降らせて西部を炎上させた、あの魔術については……現時点では訊かないでおこう。

 思い返すだけで腹立たしいが、既に示談金がセルシディア側へ支払われた後だ。


 さて、俺の質問にどう答える?


 ――『ああそれ提案したの俺なんだよね実は』


 ――『……マジかよ』


 あまりにもめまいがひどくて、俺はそのままベンチで横になってしまった。

 こんなのって、あんまりじゃないか。


 流石にそこまでのコネとか影響力は無いだろうと思っていたのに。

 俺は魔術学院の何を見てきたのだろう?

 少し悲しくなってきた。


 ――『せっかく会えたんだから、ちゃんと話して来いよ』


 ――『僕の親子関係については何かご存知だったりしますか?』


 ――『いや、知らねぇけど。でも親と話したくないって、おかしいだろ。その歳で反抗期なのかよ?』


 人の家庭の事情も知らずに、ぬけぬけと……。

 お前が思っている通り単純明快なのかもしれないよ、お前にとっては。


 でも俺は心の準備もできないままいきなり“会え”と言われても、どう接していいかわからないんだ。

 普通の家庭(・・・・・)を望んでいた筈なのに。


 ――『親の愛が足りてないから非行に走るんじゃないかって思ったから、先生達に頭下げて、短い期間で国中を探してもらったのに』


 気になってはいたよ。

 ダンの提案だとして、会ってからすぐに調べさせるのは早すぎるんじゃないかって。

(非行、なんて言い草はこの際だから不問だ)


 ――『いつですか』


 ――『お前が武装蜂起の準備を進めている間だよ』


 ああ……やっぱりその話が出てくるのか。


 ――『事実無根の流言です。武器のたぐいは見つからなかったと領主様からも説明があったと思いますが』


 ――『火のないところに煙は立たないぞ。いや、まさか……もしかして領主もグルなのか……!?』


 なんでだよ。

 そんな恐れ慄いた顔をするなよ。

 戦慄したいのは俺のほうだよ。

 話が通じなさすぎてビックリするよ。



 ――『聖堂騎士団の人達の前でも同じことが言えますか?』


 ――『言ったよ。しらばっくれたから、国防騎士団に調査させた。必ず証拠を見つけてみせるとさ』


 言ったのかよ。

 まさか証拠を捏造してでも正当性を証明しようってんじゃあないだろうな……?


 とりあえず今ここで無闇にヤブを突くのは、上策とは言えない。

 あとでメンバー全員に伝えて、秘密裏に監視しないと。

 というのが、この時点における俺の見解だ。



 ――『主犯格じゃないにしたって利用されているかもしれないだろ。お前、お人好しなのか“ええかっこしい”なのか知らねぇけどさ、そういうのに騙されそうじゃん?』


 いや待て待て待て。

 手を組む前にその辺りのプロセスはしっかり踏んでいるんだけどな。

 こう見えて色々と調べ物は欠かさないんだ。


 ――『せっかく再会の場を用意したのに、こんな所でごろ寝してるなんて、親のこと嫌いなのかよ?』


 ――『少なくともあなたには関係のない事でしょう』


 ――『母親の愛情が足りない奴がだいたい荒れるんだ。家族の絆ってそんなに、軽いものじゃないだろ?』


 ああそうだよ。軽いものじゃない。

 お前のほうだ……“家族の絆”を軽く考えているのは。

 そんな一括りにできるほど簡単な関係じゃないんだ。


 どんな家庭環境かも知らないのに母親と会わせれば暴力性を沈静化できるっていう、この母性を盲信した発想。

 浅ましいとしか言いようがない。

 なんでそんな子どもじみた話を真に受けたんだろう? 教師陣は。



 ――『すべての親子関係が良好である事を前提にする考え方は非常に危険です。実際、生徒の中には親自身が問題を抱えているケースもあります』


 ――『そんな事ないぞ。学院で発生したいじめは全部、親としっかり会話させたらだいたい解決したからな』


 パーティメンバーの女の子達も事務員達も、うんうんとうなずいている。

 しかもこの事務員達、特に不愉快そうな表情をしていない。


 驚いた。色んな意味で。

 今まで頑なまでにいじめの発生を認めようとしたかったあの(・・)王立魔術学院が、今度は転入生に解決させようとしている。


 別に若いからどうとかっていう話じゃない。

 見識が狭くて短慮なダンに、それを任せてしまう事がどれだけ危険か。


 自分達が“基本である”と定めているモデルケースをまるきり無視して、存在を透明化している……あまりにも危険だ。



 いや、待て、ダンが勝手にやっている可能性もあるよな。

 それだったら、上手くやれば止められるのでは?


 ――『教師の手に頼らない解決ってことで、理事長にも褒められたよ。これからもよろしく、だってさ』


 黙認かよ!

 ますます状況が悪化しているような気がしてならない……。


 ――『で、その方法でも通用しない、こうやって好意を無下にするし、親の愛情を素直に受け取ろうともしない』


 ――『何が言いたいのでしょうか?』


 ――『お前は情を理解しない、心の冷え切った異常者だな』


 めまいを通り越して吐きそうだ。

 直情径行で視野の狭い奴だとは思っていたが、まさかこれ程とは。


 ――『異常なのは、君のほうだ。ウェスト・セルシディアでの怪我人がどれだけいたと思う?』


 つい口をついてその話を出してしまったが、先にダンが振ってきた話だ。

 こいつはまだ、自分の責任を理解していない。


 見ろ……目の前のこいつらは誰一人として認めようとしていない。

 さも“自分達は正しい行いをした”と言わんばかりだ。

 だったらなぜ学院は示談金を支払った?

 面倒事を黙らせるためか? ……そうだろうな。


 ――『自業自得だろ』


 ――『ふざけるな。親の事情で孤児院に入れなかった子供もいたんだぞ。育ち盛りなのに、パンを盗まないと食べるものにも困る。一緒くたにして痛みを与えるのか?』


 ――『ノエルちゃんが……? う、嘘だ。俺は逃げるよう言った! いや、デタラメ抜かすなよ? 俺を動揺させる為に嘘をつくな!』


 掴み掛かられる。

 俺はゆっくりと指を離させた。




 ――『ルクレシウス、アレットが呼んでいるぞ』


 ここでウスティナが呼びに来てくれた。

 ピーチプレート卿も一緒だ。


 ……アレットは、一人なのか。

 嫌な予感がする。


 ――『先に戻っています』


 ダンは話の途中で打ち切られた事を不服そうにしている。

 ざまあみろ。望むところだ。

 俺だって、話の通じない人達を連続で相手にするのは疲れる。


 ――『お前の世直しごっこは絶対に止めてやるからな! ルクレシウス!』


 返事をする時間も惜しかった。

 正直“お前に言えた事か”とでも言い返してやりたかったけど。




 * * *




「――とまぁ、そんな感じでした」


「ううう……あの野郎……! わたし達が話をしているところを見せてやりたかった……!」


「もしかしたら覗き見くらいはしているかもしれませんね」


 自分の提案がしっかり機能していたかをわざわざ確認しに来たくらいには自己顕示欲を持っているあいつのことだ。

 無いとは言えない。


「え~!? 無理無理無理! ていうかノエルちゃんに怪我させた事も謝らなかったんですか、あいつ! どんだけですか!」


「クククッ、思った以上の難物だな。怪物じみた力の持ち主でありながら、頑迷で短慮と来た」


「カレン殿のように、後から考えを改めるきっかけがあれば良いのですがな……」


 参った。

 母さんを利用する性根といい、一見まっすぐで正しいように見える振る舞いといい、単なるゲスよりずっと厄介だ。


 放っておけばもっと被害が出る。

 いや、既に沢山の被害が出ているかもしれない。

 学院における俺の最大の課題は、彼についてだろう。



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