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幕間:この人が未来のお義母さん……?

 今回はアレット視点です。


 清貧宿の応接室。

 先生には外の空気を吸いに行ってもらって、わたし達がこの場を預かっている。


 目の前にいるシスターのマーサさんが先生の母親なのは、他人であるわたしから見ても間違いない。

 顔のパーツがあちこち似ている。

 ていうか若いなぁ。18で産んだとしても40過ぎているよね?

 30前半で通じる肌年齢なんだけど。



 でもなぁ。


 この人の話を聞けば聞くほど、親の愛情は決してありふれたものではないのだと、わたしはひとりでに納得していた。




 ……“親は子供を愛するものだ”なんて幻想、わたしはさっさと捨ててしまった。

 物心ついた頃には現実を知っていたし、その後も何度目か判らないくらい思い知らされた。



 孤児院にいた頃の話だ。

 夜中に窓から外を見ていると、明かりがフラフラとやってきて玄関前に来ては、何か物音を立てて、それから去っていく……なんて事がよくあった。

 その翌日には、シスター達が朝礼で言うのだ。


 ――『新しい家族が増えました』


 なんて。

 子供は、まったく生まれたての赤子もいれば、少し育った子もいた。



 わたしは、子供を置いていった親の顔が薄ぼんやりと明かりに照らされているのを見た事がある。

 街に買い出しに行けば、そんな親だった人が何食わぬ顔でパートナーと食事をしている事だってあった。

 自分の捨てた子供についての愚痴をこぼす人だっていた。

 お父さんだった人も、お母さんだった人も、どっちもいた。


 何度も、何度も、そういう現実を見てきた。

 あの時は、不思議と怒りは湧かなかった。


 最初からそういう現実ものだと諦めていたからなのかも。



 だから、目の前で念話を使って語りかけてくるシスター・マーサの言葉に嫌な感情が込み上げてくる理由が、わたしには解らなかった。

 どうしてこんなに、ムカムカするのかな、わたし……?



「だーかーらー! わたしは騙されてなんかいませんし、なんだったら嘘を見抜くスキルで先生を問いただす事くらい幾らでもできます。あなたもシスターなら審問官インクィジタースキルはご存知でしょう!?」


 どんなに丁寧に説明しても、何度言ってもわかってもらえないから?

 息子の事を悪く言う母親を目の前にしているから?

 きっと両方なのかも。


『冒険者はいつもスキル、スキルって……そんなものに頼らないと生きる事もままならないの?』


「何をクソみたいな事を抜かしてくれやがりますか! あなたの使ってる念話だってれっきとしたスキルで――」


「――アレット、抑えろ。如何に承服しかねるとて、いずれは貴公にとって義母となる相手だ」


「うう……わかりました」


『待ちなさい。私が、義母? あの子、まさかあなたに結婚を申し込んだの? まだあなたは子供なのに』


 いやいや逆だって逆!


「訂正させて下さい。わたし()、先生に、結婚を申し込んだんです。先生は3年後まで、いっしょに待ってほしいと言ってくれました」


 信じられないのか、口をパクパクさせてる。


『あの子の事だから、どうせ外聞を気にして、義理でそう言っただけよ。真に受けないほうがいいわ。もしも本気だったとしても、ろくなことにはならないわ、どうせ』


 は?


「いや……待ってよ。わたしは確かにあなたと違って10年近くいっしょにいなかったよ。それでも数ヶ月、最新の状態の先生をずっと見てきたんですけど!? あなたに、今の先生の何がわかるっていうんですか!」


『――!』


「あの人は、あなたを助けられなかった事をずっと後悔していると言っていた。わたしの旅路にも付き合ってくれて、その傍らで、困っている人を見かけたら一目散に駆けつけた! 義理と外聞だけで命を賭けられるほど、あの人は、先生は――ルクレシウスさんは安っぽい人じゃない!!」


『あの子、とんだ自惚れ屋ね。私を助ける? 馬鹿言わないでよ。あの子の父親がどんな人か知ってる?』


「聞きましたよ。酒浸りで、女誑しで、そのくせあなたに暴力をふるったとんでもない父親だったって」


『そいつの血を継いでいるのよ』


「血統が人の気質を決めるっていうんですか!?」


 あ――、くそ、泣くな、わたし……!

 頑張れ……まだ泣いちゃ、泣いちゃ駄目なんだってば……!


「っぐ……ううぅ……!」


 なんでわかってくれないの!?


 子供は親を選べないのに!

 だから、親は子供にとって一番の味方になってあげなきゃいけないのに!



『嘘泣きで誤魔化そうとしたところで、騙されないわよ』


 ――。

 ……――。


 ウソじゃ、ないのに。

 これまでの旅路も、わたしの涙も。

 たった一度だけの邂逅で、わたしにどれほどの憎しみを抱かせるつもりなの?



 この……!


「この――わからず屋ッ!!」



 ――バチィ



 ……あ。

 ビンタ……しちゃった。

 この人にとって、暴力はトラウマだろうに、わたし、なんて事を……。


 わたしは呆然と、痛みの残る右手と、椅子から転げ落ちたマーサさんを見比べた。


 どうすれば、いい?

 今から、慌てて抱き起こせばいい?

 でも、身体が動いてくれない。



 今のわたし、逆ギレして女のくせに暴力に訴えた、キレやすい若者じゃないか。

 くそ、何をした……?

 わたし、何を仕出かした(・・・・・)んだ……!?


「あッ、ぐ……」


 おなか、いたい……。

 これ、生理じゃないやつだ……。




『おかげで、目が覚めたわ』


 ……。

 どのように?


『私は、あの子の親をやめる』


「――!?」


 呼吸が、止まる。

 心臓が痛い。


 わたしが、わたしの介入で、親子の縁が切れるのは……それはそれで、嫌だ。

 たとえどんなに嫌な親であっても、最終的な決定権は先生にある筈だ。

 先生を置き去りにして、勝手に断ち切るのは、わたしの本意じゃない。


「いや、どういう事ですか!?」


『ああ、いえ、嫌いになったから、じゃないのよ。むしろ、その逆。私は、自分が情けなくなっちゃったの。あなた達が部屋に入ってきた時あの子は、まるで息を吹き返したかのようだった』


 訥々と、マーサさんから言葉が出てくる。


『……知っての通り、悪い噂をたくさん聞いたのよ。その真偽を確かめるのも兼ねて、会いたかった。今まで、連絡する手段も気力も無かったから』


「フムン。そんな折、魔術学院の方々から声がかかったのですな?」


『そうよ。真面目そうな先生たちが神妙な顔をして訪ねてきた時は驚いたわ。あの子を心配しているからって、わざわざ私を探しに来てくれたのよ。まさかあの子が教師をやって、そのあと問題を起こして解雇され、冒険者をやるようになったなんてね』


「学院から声をかけてきたのは、間違いないのだな」


 ウスティナさんの言葉に、マーサさんは頷く。


『ええ。もしもあの子が間違った道を進もうとしているなら、私はそれを正さないといけない……そんな使命感があった。十数年もずっと見てあげられなかったから、せめてそれくらいはしないと……――でも結局、間違ってたのは、私のほうだった』


 ……何、それ。

 わたしも大概めんどくさい性格だけどさ。

 ビンタひとつで手のひら返しなんて、これまでの必死の説得はなんだったの?


 そんなに軽い悩みだったの?

 わたし達、そんな軽い悩みに足止めされていたの?


「理由を……間違いと思った理由を、教えて下さい」


『ついさっきなのだけどね。一つ一つ、あの子から聞いた説明と、ここ数週間での王都の変化を照らし合わせたの。確かに符合する事が幾つもあった。そこのあなた。あなたウスティナさん、よね?』


「ああ、そうだが」


『ダークエルフが教会を訪れるようになったのは、つい最近の事なのよ。それまで、近寄りもしなかったのに。お布施も、ダークエルフじゃない人達と殆ど遜色ない金額だった。それで、あの人達がね、自分達には信じる神なんていないけど、お布施がウスティナさんの助けになるかもしれない、とかって。先祖を殺された恨みもあるでしょうに』


「連中は私と違って、したたかだ。昔の恨みを乗り越えるきっかけが、私よりもずっと多い。そのしたたかさに、何度も助けられているのだろうな、私は」


『……たぶん、私は変われない。乗り越えられない。あの子を信じる事ができない。だから親を名乗る資格なんて、無いのよ』


 は?


「っざっけんな、こンのォオオオ……っ!」


「ああ、待て。貴公」


「そうですぞ! 深呼吸して! はい、吸って、吐いて!」


 すぅー、はぁー……。

 よし落ち着いた。


「……ふぅ。ありがとうございます。お二人は、ちょっと先生を呼びに行ってもらっていいですか?」


「ああ、心得た」


「アレット殿、宜しいので?」


「頼れる大人の影に隠れてでしか物が言えない、なんて思われるのは癪なんです」


「むう……承知いたした」


「逸るなよ、アレット」


「はい」



 これで、二人きりだ。

 恐怖に口の中が乾いていく。


 でも、負けるものか。

 先生の努力と、後悔を、否定なんてさせない。


「たとえあなたが望んで産んだ子じゃなかったとしても、お腹の中から“産んでくれ”と頼める子供は誰もいないんです。辛いかもしれないけど……その辛さを子供に押し付けるなよ」


『……』


 マーサさんは、泣き出した。

 わたしの涙を否定したくせに。


「お願いだから、あの人の親である事から、逃げないでよ……お義母さん(・・・・・)


『……』


 睨み合う。

 涙の滲んだ視界でも、眉間のシワをよく捉えられるよ。


「認めて。あの人の親である事を。そのうえで、わたしはあの人を下さい。嫌だと言われても、貰っていくけど」


『……ええ。私が愛してあげられなかった分、あなたが愛してあげて。ルカを……ルクレシウスを、頼んだわよ』


「……」


 なんだよ、それ。

 子供じみたワガママかもしれないけれど……心のどこかでは「あなたみたいな小娘なんかに務まるものですか」くらい言ってほしかった。


 それなら素直に憎むことができただろうから。


 救いようのないクズみたいな親だったら、どんなに簡単だったか。

 それならわたしも、ただ恨むだけで良かったのに。


 この人にだって、血と涙は流れているんだって思わされたら。

 先生の、あの人の、生みの親なんだって認識してしまったら。

 わたしはこれ以上、どうしようもないよ。


 ……だから精一杯の抵抗だ。


「絶対に、幸せにしてみせます。あなたが幸せにできなかった分を、倍返しにしてやります」


 これはわたしの宣戦布告。

 あの人に消えない傷を負わせた事への、わたしなりの報復。


「すみません、皆さん! 遅くなりました!」


 扉を開けて戻ってきた先生は、息を切らせていた。

 そんな先生を見るマーサさんは、どこか寂しげな笑みを浮かべていた。


『話なら、終わったわよ。行きなさい』


「……そう、ですか」


「行きましょう、先生。事情はあとでお話ししますから。会いに来た理由も」


「――! ……本当にごめんなさい。アレットさん。かなり無理をさせてしまいましたね」


「こんなの、無理のうちには入りませんよ」


 先生は、わたしの涙を拭いてくれた。

 遅れてウスティナさんとピーチプレート卿も戻ってくる。



 振り向くと、

 また会いましょう、お義母さん。

 その時は、わたしの花嫁姿を見せてあげますよ。


「貴公。よく頑張ったな」


 ウスティナさんは肩を軽く叩いて、ねぎらってくれた。

 先生。

 わたし、ヒーローになれたかな?



アレット「ど、毒親だぁああああああ!!!」

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