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幕間:わたしが先生を好きな理由

 今回はアレット視点です。


 わたし――アレットは、お買い物をしながらこれまでの短い道のりを思い返す。


 わたしに居場所なんて、無いと思っていた。


 みんな平気で嘘をつく。

 口では聞こえのいい言葉を吐き出しながら、その裏側にはいつも汚い感情が隠れていた。


 わたしは巡礼者でありながら、回復系スキルが殆ど使えない。

 アンデッド退治なら他の巡礼者より充実しているけれど、そもそもそんな依頼があまり出てこないし、わたしには判別できない。



 そう。

 わたしは、故あって経典以外の書物が読めない。



 だから、臨時でパーティを組む時なんかはリーダーに依頼を選んでもらうしかない。

 けれども、何処へ行っても上手く行かなかった。

 荷物持ちやお茶汲みをしっかりこなさなければ、きつい叱責を受けたりもした。


 巡礼の旅に出る前に、教会の人達から予め教えられていた。

 そういうものなのだと。

 男に尽くせない女など、単なる甘えなのだと。


 わたしの能力不足が悪いのだ。



 けれども。

 ルクレシウス・バロウズ先生は違った。

 わたしの向き不向きに、真剣に向き合ってくれる。

 何一つ「甘えるな」とも「努力が足りない」とも言わずに。




 初めに命を救ってくれた時から、ずっとそうだった。


 わたしの不注意で大角鬼熊デーモンベアーに襲われ、無我夢中で逃げ回って、街道に転がりでた時に、この人は助けてくれた。


 ――『大丈夫ですか、そこのきみ! 今すぐ馬車の中に逃げてください!!』


 大声での呼びかけだけど、荒々しさを感じさせない。

 優しい声。立ち上がれないわたしを気遣ってか、周りの人に指示を出して運ばせてくれた。


 よく周りを見ているなって、薄れゆく意識の中で感心してしまった。

 今まで一緒に組んだ人達は、良くも悪くも“若い”動きしかしなかったから。



 意識を取り戻したわたしに、先生は食事を奢ってくれた。

 わたしは稼ぎが少ないから、どんなに節約したって3日もすれば貯蓄が無くなる。


 ひもじくて死にそうだったところに、宿屋の女将さんの美味しい手料理。

 ついつい貞淑な振る舞いを忘れて、がっついてしまうところだった。



 先生の語る過去の偉業に、嘘は無い。

 この人は、根っからの善人だ。

 それなのに報われず、冒険者に返り咲いた。


 この人は周りを助け、支えている。

 けれど、ならば。誰がこの人を慰めるの?

 ……わたしは、そう思った。


 輪星教の教えでは、女は己にとって大恩のある男に操を捧げるとある。

 そして教会の修道女達は揃って、20を超える前に操を捧げた相手には一生添い遂げ沢山の子を産むのだと、それが女の至上の幸せなのだと、うっとりとした顔で語っていた。


 男は皆、年下の女の処女を何よりの宝とするのだと。

 そして若ければ若いほど、その価値は高いのだと。



 わたしは酒を飲み干しながら、決意した。


 ――『先生こそ、わたしの運命のお方。苦難に消沈する彼に、わたしの宝物を捧げ、わたしに与えられた使命“虚構ではない本当の愛”を知ろう』


 眠いふりをして、それから思わせぶりな態度で先生を誘惑した。

 それこそが、正しい乙女の在り方だと教えられたから。


 姉のように、妹のように。

 母のように、娘のように。

 聖女のようでありつつも、情婦の如くあれ。



 ベッドで待つこと数分。先生は一向にやってこない。


 おかしいな。

 確か経典では“襲わないで”は“襲って”という意味合いで使われるとあった筈。

 何度も経典を読み直して確認するが、やはりそのように記述されている。

 表紙にも女性用経典とあるから、間違いない。


 もしや先生は俗にいう“草食系”なのでは?


 そう思い至り、隣の部屋に侵入する。



 いわゆる逆夜這いだ。


 流石にこうすれば、先生も観念してわたしを食べてくださるのでは。

 そう期待していたら、まったく想定していない反応がきた。


 そっぽを向かれた。


 恥ずかしがっているだけだろうと考えたわたしは、先生の手をわたしの胸に運んだ。

 処女を捧げるのは傷みが伴うらしいけど、それでも、教義に忠実であるべきだ。

 ほら、わたしの心臓、こんなにドキドキしているよ。

 なのに。


 あろうことか、先生は泣き出したのだ。

 ――わたしは、拒絶されたのだろうか?


 それは違った。



 ――『それでも、君に甘えて負担を掛けたくない。それだけは、しちゃいけない。

 老人が若者を食い物にする歪んだ規範に甘えて、本来は見守り育てなきゃいけない子供に親の役割を強いる、そんな醜い生き方はしたくない。

 君が健やかに育ってくれること……それが君にできる、僕への最高の恩返しだ』


 この人は、わたしの尊厳を守ろうとしてくれている。

 優しくて、誠実で。



 だから翌日までに先生をベッドに運んで、土下座して泣き付いた。

 捨てられたくない。失望されるのが怖かった。


 そんなわたしを、先生は見捨てずパーティに入れてくれた。



 その後、他の冒険者がウェイトレスさんへのスカートめくりをしているのを止めさせたり、ダークエルフのウスティナさんの露出にもしっかり考えたり。

 性格の不一致で苦労している鍛冶屋さんとオーナーさんの為に改善案を提案までしていたという。


 先生は何でもないような口ぶりで言うけれど。

 この人は常に、誰かの尊厳が踏みにじられる事に敏感なのだ。

 それがどれだけ尊いことなのか、先生自身も気付いていないらしい。


 だから、わたしは……。

 この人が誰かに陥れられそうにならないように、しっかりと見張りたい。



 先生。

 わたし、先生のことが、もっともっと好きになりそうです。


 わたしが先生の基準で言うところの大人になったら……どうかわたしを先生のお嫁さんにしてください。

 待ってて下さいね。



 皆さまの応援が作者の励みになります。

 感想、ツッコミ、心よりお待ちしております。


 たくさん感想が増えても必ずお返事いたします。

 よろしくお願い申し上げます。

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