墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜36
一郎を搭乗させた三菱・F-3Eは、アフターバーナーで追加した推力をまず最初に飛行速度へと変換する。
音速の二倍を超えたところで、機首を上げて自機へと向かって来る大気を腹で包み込む。大気を腹で抱え込んで、空気抵抗を更に急圧縮し、飛行速度を減速するに連れて、飛行高度は急上昇を始める。
ズーム上昇だ。飛行速度を飛行高度へと変換する技術である。
アクティブ・レーダーは停止中だが、人民解放軍がアチラコチラから遠慮なく飛ばして来るレーダー波の反射をパッシブ・レーダーで捕まえる。
一郎は、自分のパッシブ・レーダーで彼と等しくアクティブ・レーダーを停止中の弟達が、事前の打ち合わせ通りに合流空域を目指して降下中であると確信する。
やがて、、それらのノラ電波の不適切利用と、撮像素子から取り込まれる画像情報を通じて、四柱の弟達を捕捉した。どうやら、弟達も長兄が予定されている合流空域を目指して、高い精度で上昇中である事を悟ったらしい。
五郎が機体をロールさせて、電子光学分散開口システム(EO-DAS)で一郎の搭乗する三菱・F-3Eの状況を光学的に完全把握した。
高度1万3千,000m。
とうとう、三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eが合流を果たした。朝間ナヲミの小隊、いや。自律戦闘機隊の全五機が再集結した。
三郎が搭乗する三菱・QF-3Eが、ディセプション・リピーターを突然にオフにする。早期警戒管制機の空警2000のレーダー手やAVIC・J-20「威龍」のパイロットは、三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eの距離や方位が、突然に空間跳躍したかの様な新情報に驚く。
想定していたよりも、三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eが、自分達の群の近くを飛行中と言う数値を知って混乱する。果たしてこれが電子戦による欺瞞情報であるのか。それとも真実であるのか。疑心暗鬼に陥り、判断の着けようがなくなる。
当然、ただでさえ烏合の衆であるAVIC・J-20「威龍」の群の連携が激しく乱れた。朝間ナヲミの手を離れた自律戦闘機隊は、その隙を見過ごさなかった。人工知性達が、三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eのレーダー・リフレクターを展開させる。それによって、ステルス機が非ステルス機へと変化した。
ーーー!!
近くに展開中の全てのAVIC・J-20「威龍」が、自分達のほぼ真上に、直線距離でたった2千,000m先に、偉大なる党に唾を繰り返し吐き続けた資本主義の犬が実在していると理解させられた。合衆国の犬が開発した、自機と等しく、第五世代戦闘機である敵機の群が陣取っている事を認めざる得ない境地へと追い込まれた。
敵の方が圧倒的に有利なポジションを占めている。この状況を理解出来た後であれば、戦闘機のパイロットは、攻守のいずれを採るべきかは迷わない。一般的なパイロットであれば、形勢を圧倒的に不利とみて、一時的に「守」を採るだろう。
急降下する事で位置エネルギーを速度エネルギーへと変換。そうやって、最短時間で敵との最長距離の創出を試みるだろう。
しかし、物理的に正しくある事を許されない、独裁国家の軍隊に属するパイロット達は、仕方なく「攻」を採った。
(敵側のパイロット達が信奉するイデオロギーでは、物理法則以上に共産主義の方が科学的であると躾けられている。あくまでも躾けであって、これは一種の行動制限に過ぎないのである。その有り難い教えを心底から信じてる訳でもないのに、徹底的に従わざる得ないと言う点が実に哀れである)
彼等にも「守」を採って一時撤退する妥当性ならば理解出来ていた。しかし、その方針を採る事は、偉大なる党を支配する紅い皇帝が賜ったプレッシャーが精神的に許さなかった。政治的な事情が生み出す動機によって、物理的妥当性は自分達のケースにおいては無効であると判断するしかなかった。
もし、ここで守を採ってしまうと、生き延びて基地へと帰還出来ても、その後の生活が公私ともに最悪なモノへと書き換えられてしまうと知っているからだ。
(共産主義者はそれ以外の文明化されていない者と違って、科学的に最も正しい。科学的に正しいと言う事は同時に、道徳的にも正しい。道徳的に正しい者が道徳的に間違っている者に対して敗北する可能性は微塵もない。共産主義の教義の前では世界の物理法則は容易に乱れると言う風変わりな価値観が、彼等の主張の根源にはある。だから、仮に、共産主義者が非共産主義者に対して敗北したならば、それはその者が本物の共産主義者ではなかったからに過ぎない。共産主義者とは、きっと、聖書で言うところの"パーフェクト・マン"を指す言葉なのだ)
共産主義の仇敵である朝間ナヲミを目前にしながら、紅い皇帝の意に反して退く事は絶対的に許されない。そんな、独裁国家の軍人であれば言われなくても解る事を、彼等は政治将校より、書面ではなく敢えて口頭で離陸直前に伝えられていた。
何故、口頭だったのか。それは、何かを物証が残らない形で求められたのだ。何かは、飽くまでも自発的なものであって、偉大なる党や解放軍のからの示唆であってはならないと言う事だ。
尊大さではワールド・ワイドで高い定評を受けている偉大なる党であっても、このくらいの恥であれば一人前に承知しているらしい。珍しく、彼等の価値観と民主主義国家の価値観が被っている希有な事象である。
しかしながら。
悲しいことに、彼等が究極の攻撃目標である朝間ナヲミは既にこの空域には不在だ。人工知性の反乱によって三菱・F-3Eから排除されてしまっているからだ。
彼等の身を犠牲にした偉大なる党への忠誠心の発揮は、ここでは、メタ的に無意味であったと言わざる得ない。
もし、朝間ナヲミが、自分達と向かい合っている小隊の機上には存在していない事を知っていたならば、今回の様は無理や無茶に身を投じる事はなかっただろう。
しかし、これもまた運命と言うものである。
しかも。状況に正しい情報があろうとなかろうと、人間と言う生き物は、選択の場面で、どう言う訳か、絶対に選んではいけないカードを納得の上で選んでしまう個体が一定の割合で必ず存在しているものであるからして。どうにもならない不運が招く不幸だったのだ。
三菱・F-3Eから下方に展開中のAVIC・J-20「威龍」の全機が、左右思い思いの旋回を掛けながら、それぞれバラバラのタイミングで機首を上げて、ミサイルを誘導する為にレーダーで三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eを確実に捉えようとする。
ーーー!!
しかし、火器管制レーダーの電磁波を、上空を悠然と漂う鷹に向けて放とうとした順々に、AVIC・J-20「威龍」が一機一機と砕かれていく。
三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eによるレイル・ガンの砲撃だ。
標的の投射面積が、大きければ大きい方が砲弾(弾丸)の命中率が上がる。AVIC・J-20「威龍」のレドームがこちらに向けられれば、投射面積が減少してしまう。投射面積が狭くなると砲弾(弾丸)が通過出来る軌道が狭くなり、標的への命中率が下がる。
だから、命中率が下がる前に確実に討ち取るのだ。機首を上げても上げなくても最終的には狙われる。しかし、上げさえしなければ、少なくとも狙われる順序だけは後回しにしてもらえた。
「砲」と標的の間に横たわる距離はたかが2千,000m以下。そんな至近距離からの音速の七倍相当の砲撃だ。護衛艦搭載の主砲を越える最大射程距離を誇る砲撃である。照準さえ的確であれば確実に当たる。当たらない筈がない。
ここまでレイル・ガンに接近されてしまったら、バレルの軸線上で砲弾を放たれたら、もう詰んでいる。回避する手段は存在しない。
「砲身(銃身)」を持つ「砲」と言う人類の開発した道具であれば、その素養を評価する要素は大凡三つ。「砲身(銃身)」内に於ける環境。
砲弾(弾丸)速度曲線、砲弾(弾丸)経過時間、圧力曲線。
そして四つ目は「砲身(銃身)」経過長だ。長射程を望むなら、これは出来るだけ長くした方が有利な要素だ。
火薬を利用する仕組みの「砲」であれば、砲弾(弾丸)速度曲線、砲弾(弾丸)経過時間、ガス圧力曲線となる。
そして、電気利用する仕組みの「砲」であれば、砲弾(弾丸)速度曲線、砲弾(弾丸)経過時間、磁力圧力曲線となる。
ガス圧力曲線と磁力圧力曲線の違いは、前者が一過性のものであるの対して後者がそうではない事だ。
ガス圧力曲線であれば、一次関数に限りなく近い急激な圧力上昇を起こした後に二次関数的な下降へと入り、最後に幾分の無駄なガスを薬室から放出して終わる。
一方、磁力圧力曲線であれば、もっと小刻みに圧力上昇を調整する事が出来る。そして、下降は砲弾(弾丸)を放出した後に圧力が瞬時に消滅して終わる。
磁力圧力曲線そのものの上昇は電気抵抗ゼロの状態で行われる。つまり、理論的に無駄がない。しかも、アクセルとブレーキも小刻みに踏み放題。繰り返しもし放題。
もちろん、阻害効力曲線は、いずれの「砲」であっても、「金属摩擦」、「空気抵抗」、「地球の引力」の影響下などからは逃れられない。しかし、従来の火薬を利用する仕組みの「砲」に比べて、レイル・ガンの放つ砲弾(弾丸)の初速は約二倍早い。一般的な「砲」の様に、至近弾にもならない無駄な砲弾(弾丸)を一分間で百発も打ち続けずに済むので、効果は圧倒的に高い。
こんな特別な「砲」に至近距離から狙われたら、まともな回避運動を必死に繰り返すよりも、適当な神に幸運を強請る事が効果的な戦略や戦術となる。
正直、狙われた方としてはたまったものではないだろう。何故なら、敵が「砲」の引き金を引いた一秒後には砲弾(弾丸)が、自機のどこかを貫いているか、脇にある何もない空間を通過しているのだから。
AVIC・J-20「威龍」のパイロットは、自機がレイル・ガンで狙われている事は理解していなかった(航空用レイル・ガンが実用化済みである事を知らなかった)。だが、訳の分からない手段による攻撃には目を見張らずにはいられない。だから、共産主義者としてはあるまじき行為であると自覚しながらも、ついつい神に幸運を強請ってしまった。
だが、幸運は彼等にはもたらされなかった。それは依頼先の担当柱が、年始年末の期間限定で願い事をしにやって来る不信の徒に不満を持っていたせいかも知れない。或いは、共産主義者を名乗る政府によって、大切な信徒を過去から現在まで普遍的に迫害されている、みたいな苦い印象を抱いていたせいだったのかも知れない。
その時、神は沈黙を貫いた。願った者にとっては生死を分ける依頼であっても、管理運営柱はガチャの確率に気心を加えてはくれなかった。
兎も角、神は幸運を乱発、奮発、恩賜する事はなかった。パチンコ用語的な「確変」、或いは日本のアニメ的には「主役補正」は発動しなかった。
結果として、次から次へと、AVIC・J-20「威龍」のボディ中央の右か左、つまりエンジンや燃料タンクなどを砲弾が妥当な確率で貫通して行く。
神の気紛れか、人工知性の思惑か、不思議とAVIC・J-20「威龍」のコックピットへの直撃自案だけは発生していなかった。
八機ほどが撃墜された段階で、残りの一〇機が政治的な判断ミスを起こした。本能に忠実に、紅い皇帝の意に反して、「守」を採って一時撤退する妥当性を見出してしまったのだ。
政治的に殺されたとしても、生物的にまでは殺されたくないと、心ではなく身体が反応したのだ。
三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eは、自ら望んだ状況が完成した事を確信して、レイル・ガンによる砲撃を停止た。レイル・ガンを機体内へ収納して、AVIC・J-20「威龍」の残された群の中へと突入する。
AVIC・J-20「威龍」の群は大混乱に陥る。しかし、三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eはそれ以上の攻撃は行わなかった。ただ、逃げ惑うAVIC・J-20「威龍」を追跡し、ただただ距離を積めようとした。
何故か、三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eは、AVIC・J-20「威龍」に不必要なまでに付きまとい続ける。撃てば当たる相対位置を確保しても、攻撃を実行しない。
敵機も味方機も、ステルス性を優先して等しくトランポンダーやIFFを切っている。この乱戦状態では、空警2000でも、レーダーで捉えたAVIC・J-20「威龍」と三菱・F-3Eを敵か味方かを完全に区別出来ずにいた。
だが、人民解放軍・空軍の現場の軍人と、どこかにある防空壕の中から全体的な状況の管理者は、情報、方針、価値観を共有してはいなかった。
空警2000は、戦闘空域から遠く離れた空を旋回飛行中だったので退避命令が受けなかった。さらに、直接的な危険はなかった。だが、その空域に留まって戦況の監視を続ける様にと厳命を受けた。不思議な事に、戦況の把握や指揮や最前線で戦うパイロット達への積極的な情報提供は命令内容に含まれてはいなかった。
もし、察しの良い人物であったならば、例えば今は亡き宇宙物理博士の廿里 千瀬であれば、次に起こるだろう「何か」の気配を瞬時に察したに違いない。そして、朝間ナヲミの嫁である森 葉子であれば、驚きを表現する間も惜しんで、脱兎の如くその場から逃げ出した事は間違いない。
しかし、AVIC・J-20「威龍」のパイロット達はそれほど本能に忠実ではなかった。空警2000の要員達は、他人事でもあったりして注意散漫だった。
そして、「何か」の時が来た。到来した。
AVIC・J-20「威龍」のパイロット達にとっては何の前触れもなく、戦闘空域の下方に広がる雲海を突き破って、中距離地対空防空ミサイルのHQ-61-2000が突然に姿を表した。
忍者屋敷の床の槍仕掛けの刃、密集したファランクスの槍の群、雨後の竹の子の勢いで上に向かって生えてくる。しかも、その数は、本当に数え切れないほど。
もし、中堅国家の防空担当者や資材調達担当者や財務省官僚であれば、気が狂ってしまうほどにコスト計算なしの大奮発。これこそが本当の飽和攻撃だと、戦史の授業で語り伝えるべき規模で誘導ミサイルが戦闘空域に向かって上昇を重ねた。
三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3EとAVIC・J-20「威龍」は、中距離地対空防空ミサイルが迫りつつあるというのに、それ以前と変わりなく熾烈な追いかけっこを継続していた。
どう見ても戦闘爆撃機にしか見えないAVIC・J-20「威龍」は、機動性で純粋な迎撃機には明らかに劣る。無茶な方向転換や加減速で一時的に三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eを背後から引き剥がすが、すぐに再び張り付かれてしまう。
だから、AVIC・J-20「威龍」のパイロット達は、ヘルメットの耳元で鳴り響くミサイル接近警告音に大して注意を向けられなかった。
三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eには、M61バルカン砲が搭載されていない。そして、この激しい起動中ではレイル・ガンは撃てない。だから、至近距離から後ろを取られても、AVIC・J-20「威龍」のパイロット達が攻撃される一切心配はなかった。
だが、その事実をAVIC・J-20「威龍」のパイロット達は知らない。今すぐにでも背後から"GUN"で機体を撃ち抜かれる恐怖と戦っている。
AVIC・J-20「威龍」を本当に意味で狙っているのは、敵機ではなく、味方が放ったフレンドリー・ファイアーだった。何と、総数50本を越えるかと思われる中距離地対空防空ミサイルのHQ-61-2000は、敵味方区別なくロックオン状態で飛行中だったのだ。
ーーーIFF機能も封印されてた。まるで、廉価版のスティンガーの様に。
つまり、中距離地対空防空ミサイルの攻撃対象は無差別。三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eだろうが、AVIC・J-20「威龍」だろうが、有効と思われる距離まで詰められれば近接信管が作動し、破片やパレットを意図した方方向へとぶちまけると言う意味だ。
AVIC・J-20「威龍」のパイロット達は、まさか、偉大なる党は、味方どころか自分達の配下であるパイロット達をも道連れにしてまで、共産主義の仇敵である朝間ナヲミをこの場で確実に葬り去ろうとしているとは想像もしてなかった。
AVIC・J-20「威龍」のパイロット達には、「共産主義の仇敵」が、人類、国家、民族、社会、町内会、息子が通う小学校の学習班、妻が属するエアロビクス・グループの運営と存続にとって、どれほどに巨大な脅威なのかを知らない。
ただ、偉大なる党からの指示だから、紅い皇帝の意向へは逆らう事が出来ないから、2030年代から世界情勢下で暗躍しているらしい朝間ナヲミと命の遣り取りを、人民解放軍がその総力を挙げて、行っているに過ぎない。
正直、偉大なる党からの命令さえなければ、もし朝間ナヲミが目の前を歩いていたとしても迷わず素通りを許すだろう。個人としては然したる興味も無なかった。彼等からすれば、「共産主義の仇敵」を討つと言うより、偉大なる党の無理難題を解決して出世躍進の機会を手に入れたいから戦っていると言うのが本音なのだ。
偉大なる党にとって、彼等のような配下の人材など、使い捨てが許される程度の「安い駒」であった。そして、それは偉大なる党と、実際にこれから切り捨てられる本人達の両サイドでも、しっかりと共有されている固定観念だった。
そんな馬鹿な。民主主義国家に生きる国民にはピント来ない話かも知れないが、封建主義国家で飼われる農奴であれば容易に納得が行く話であるに違いない。
AVIC・J-20「威龍」のパイロット達は、結局、空戦をとても古典的な巴戦にへと引き釣り混まれていた。ステルス機であっても、遠く離れた空域からファースト・ルック and ファースト・キルを競う戦いを封じられていた。また、ステルス性であれば、後から開発された三菱・F-3Eの方が優れているので、そちらの勝負でも分が悪い事も分かっていた。更に一対一の機動性勝負では、三菱・F-3Eに後れを取ってもいた。
三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3EとAVIC・J-20「威龍」は、視覚に頼る近接戦闘に没頭していた。そんな時、三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eの全機が、突然に、それまで喰い付いていた獲物知りから牙を外して、まるで突風で枚上げられる凧の様にふわりと急上昇した。
AVIC・J-20「威龍」のパイロット達は、理由が分からなかったが、それでも「助かった」と感じた。
ホッとした直後、三機のAVIC・J-20「威龍」が強烈な打撃を受けて、主翼を失ったり、エンジン・ノズル周辺を丸ごと失ったり、ボディ中央が真っ二つに折れたりして、地表を目指して落下し始めた。
中距離地対空防空ミサイルのHQ-61-2000の第一群が到着したのだ。最初の挨拶で、三機のAVIC・J-20「威龍」を打ち砕いた。おそらく、それが三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eのいずれかであるに違いないと期待してだ。
だが、戦果はゼロ。いや、マイナス。五柱の人工知性はこの攻撃を予期して、中距離地対空防空ミサイルのHQ-61-2000の終末誘導をAVIC・J-20「威龍」押し付ける為に、不必要なドッグファイトを延々と継続していたのだ。
そして、中距離地対空防空ミサイルのHQ-61-2000の次群が迫る。今度は、AVIC・J-20「威龍」のパイロット達も回避運動を実行する。続けて、チャフが撒かれ、電波妨害などの手段に訴える。
正しい対処策を行っている彼等は、何が起こっているのか詳しく理解していないだろう。だが、生き残る為にはミサイルの誘導を自機から外さなければならないと、長く訓練を受けた身体が反射的に対応しているのだ。
そして、警告なしで大量に現れた中距離地対空防空ミサイルの攻撃をフレンドリー・ファイアーという認識はない(そんな余裕はない)。まず間違いなく、近くに潜んでいるラオス・タイ連合軍の攻撃機からの卑怯な暴力であると憤っている。
しかし、それでも、一機に対して三発平均の中距離地対空防空ミサイルが狙って接近して来るのだ。まともな手法では全てを回避出来る筈もない。一機、一機と、僅かに生き残っていたAVIC・J-20「威龍」が、五柱の人工知性が操縦する三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eの盾として消耗されて行く。
最後の一機が落とされ、全ての盾が失われた後、中距離地対空防空ミサイルのHQ-61-2000の第三群が接近して来た。
そこで敵からの攻撃の前に、迫る根棒を前にして、とうとう素っ裸にされてしまった五柱の人工知性は、そこから本当の意味での回避行動を取り始めた。
それまで封印していた荷電抵抗操作材塗布技術である"ドルフィンスキンを再起動した。そして、有り得ない角度や加減速を伴う回避運動を開始した。
ーーードラゴン・ダンス。
航空自衛軍の航空祭での人気種目。航空力学を無視したかの様な、まるで幾何学模様を描くかの様な、不連続な超機動を見せ始める。
日本国の国産戦闘機・F-3シリーズの中の、超高高度用のC型以外には漏れなく実装されている特殊装備だ。
そして、この五機のF-3シリーズでは、搭乗者である人工知性そのものが簡易型神託システムへと進化した「KOYO-MINI模倣型プローブ」を代行していると言う劇的発展も伴っていた。
中距離地対空防空ミサイルのHQ-61-2000であっても、奇妙な動きをする三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eの未来位置の予測をハデに外し始めた。
朝間ナヲミの個性。何故か機械には予測不能な変則的な機動を電子的な再現した動き。それが絶体絶命の場合にしか利用出来ない回避運動、ドラゴン・ダンスなのだ。
もちろん、ドラゴン・ダンスにもデメリットはある。朝間ナヲミや彼女に匹敵する熟練者以外のパイロットは、機体側にそれほどの機能性が備わっていても有効な回避運動を機体制御システムに指示出来ない。だから、オート・モードで、機体制御システムを統括する人工知能へ回避行動を完全依託する。
もし、未熟なパイロットが度胸勝負でドラゴン・ダンスに挑戦すれば、大抵の場合は機体のフレームを破損させてしまう。また、パイロットの指示に対して極めて忠実に機動した機体、F-3シリーズは、パイロットの肉体へ凄まじい負担を掛けて、生身や置換した身体を破壊したり、ブラックアウトで意識を喪失させてしまう。
多くのF-3シリーズでは、機首部分の間接機構である程度はインパクトを軽減している。とは言え、実戦、それも混戦であれば、三割以上の確率で全損扱いのダメージを蓄積する事が想定されていた。そうなると、ミサイルの回避に成功して基地への帰還を果たしても、その後は二度と離陸出来ない部品取り機へと回されてしまう。
乱戦状態を監視する空警2000のレーダー手にも、ドラゴン・ダンスの動きを完全にフォロー出来なかった。何秒おきかに、不連続で推定飛行位置を見付けられるに過ぎなかった。
ただし、自軍のAVIC・J-20「威龍」にはそんな以上は動きは不可能である事くらいは分かっていた。
つまり、中距離地対空防空ミサイルのHQ-61-2000が撃墜したのは、自軍のAVIC・J-20「威龍」だけ。
要するに、日本国の国産戦闘機・F-3シリーズの五機は、未だに全機が顕在であると感付いていた。
ーーー妖怪、鬼怪、魔鬼!!
これが、空警2000のレーダー手による素直な感想だった。
つまり、良い感情や畏怖の感情の類いを一切抱いていなかった。
単に腹立たしいとか、目障りと言う事である。
まあ、大量の中距離地対空防空ミサイルを全機回避して除けたのだから、かなり不満たっぷりな評価だ。自らが120%正義であると信じられなくなると死んでしまう不治の病に冒された民の一員としては、かなり妥当な評価とも言えよう。
地表からの攻撃が打ち止めとなった後、三菱・F-3Eと四機の三菱・QF-3Eは大した機動を見せなかった。しばらく、時計で計れば5秒間、人工知性によれば大きなタスクを二〜三度繰り返すに足りる時間が過ぎた後、おもむろに、機首をほぼ45度の角度に上げた。
そして、ズーム上昇を利用しない、それまでのテンポと比べると随分と緩やかな上昇を北方に向けて開始した。




