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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
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墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜35

 母親である朝間ナヲミを搭乗ユニットごと排除してしまった。


 今や、三菱・F-3Eには一郎(プリムス)一柱だけしか搭乗(オンボード)していない。


 機体の最上位管理者権限を有していた筈のパイロットが、三菱・F-3Eの人間用インター・フェイス(操縦装置全般)と共に、機体から完全に消失してしまったのだ。


 その結果、一郎(プリムス)は、ラオス上空を飛ぶ()有人機、三菱・F-3Eの唯一の"パイロット"となった。それは、()が自分の身体である三菱・F-3Eを意のままに操る権限を、製造後に始めて全面的に獲得したと言う快挙でもあった。


 とは言え、三菱・F-3Eを操る全ての権限を不意に剥奪された朝間ナヲミ。


 彼女は、インド全土の地方自治体で催される祭りやイベントの度に必ず姿を現す"移動遊園地"の花形(絶叫)アトラクション(マシーン)とされる、いずれも超高速旋回する"メリーゴーラウンド(回転木馬)"や"観覧車(フェリス・ウィール)"の座席から、何らかの事故で脱落した木馬や吊り籠ごと外に放り出された不幸な客であるかの様に、強烈な遠心力に振られる形で空中へと放り出されていた。


 しかも、地上へ降り切るまではコックピット・ユニットから外に出られない為、()パイロットに出来る事は何一つない。排除した人工知性に抗議一つ送れない。誰かに不満をぶちまける事も出来ない。とにかく、地上に着いてキャノピーを開けられる様になるまでは、この不条理に耐え続けるしかない。


 パラシュートは脱出用のコックピット(モジュール)ユニット(脱出装置)にしか付けられていない。だから、もし、キャノピーを破壊して外へ(空中)出てしまうと、その後の朝間ナヲミは地上まで自由落下しながら過ごす試練に挑戦する事になる。


 航空自衛軍の、そう多くはない数の何らかの理由で生身の機械化置換を体験したパイロット達は、押し並べて最新型の軍用擬体に宿っている。主に反応速度と認識拡張面で、民間用擬体と比べて一から二世代ほど先を行っていると評価される「銘品」である。


 それでも、日本国は、自国の航空士官達に、ギルモア博士が作り上げた「サイボーグ002」の様な飛行能力は与えていない。また、今後もその予定はない。


 朝間ナヲミは、根源・根本的な自由を初めて手に入れた一郎(プリムス)が、大喜びで(はしゃいで)、まるで雪の日に首紐を解いた犬の様な勢いで、その場から飛び去るかと思っていた。


 だが、不思議な事に三菱・F-3Eから予告もなく強制排出し(三行半を突き付けた)()()パイロットである自身を閉じ込めるコックピットの落下速度に合わせて、周辺に留まり続けている。


 朝間ナヲミは、息子によるそんな矛盾に満ちて不効率な振る舞いを、「もしかしたら母親を閉じ込めるコックピット・ユニットが、自身が意図した通りにメコン川の方向へと放物線を描いて飛んで行くかどうか」を気にしてくれているのかも知れないと言う意外な事情を察した。


 三菱・F-3シリーズはC型以降は射出座席式緊急脱出装置を廃して、コックピットをまるごと放出する新方式を採用していた。それは、超高空=成層圏中層を飛行中に事故を起こす可能性が最も高かいと見積もられていたからだ。


 三菱・F-3シリーズの発展型は、流星迎撃任務を意識した超高空仕様、艦上離陸仕様、短距離離陸仕様、追加の推力ブースターへの対応を念頭に開発されていたからだ。三菱・F-3Cに限っては、維持運用にコストが掛からない簡易モデルであれば、「災害回避用機材」としてドゥクパ王国・空軍を始めとする海外組織への供給も行われているくらいだ。


 ロックウェル・B-1A「ランサー」の初期モデル様なモジュール式脱出装置(※1)を採用した本当の事情は、流星迎撃用ミサイルの核爆発から、パイロットの精神的な安全を保護する為だった。情緒面への配慮である。


 一郎(プリムス)の本心は、母親の安全に配慮する様な立派なモノではなかった。実のところ、朝間ナヲミが、「息子が母親を一方的に捨てた」と憤慨しているかも知れないとに不安を感じていた。


 ーーー何か、上手い言い訳と(有無を言わさぬ)言うもの(理屈)はないものだろうか?


 そんな都合の良い答えを求める演算を繰り返しながら、次の行動へ移る事を躊躇していただけだった。


 言い訳も、屁理屈ならいくらでも検索に引っ掛かる。だが、それで母親を納得させられるとは思えなかった。


 自分がやらかしてしまった事に対して途方に暮れていた一郎(プリムス)は、母親が自身に対して、(すが)る様な視線(興味)を向けている事に気付いた。


 ーーー怒ってはいない。むしろ、「長男」の乱行の行く末を心配している。


 そして、両義眼を覆っているヘッド・アップ・ディスプレイからの覗き見によって、母親の視線を追う。コックピット・モジュールを外した後に、やや難ありと見積もられていた"シールド機能"がキチンと働いてくれた最初の安堵の息を漏らしていると分析出来た。


 ーーーモジュールを外した自分の身体の(凹み)をハードカバーが覆い、空力的損失を回避出来ている事も、朝間ナヲミの視覚情報を通じて確認出来た。


 続けて、VG(=Variable Geometry)機能がキチンと働いて、フライ・バイ・ライトの設定変更が済んで、有人機モードから簡易自律機モードへの切り替えに成功した。


 それらの作業を見届けて初めて、ようやく機械仕掛けの心拍数を落とした。ひとまずの安心を得られた様だ。


 まだ、母と子の絆がギリギリの線で繋がっている事を悟った「長男」は、自己(・・)現実世界(・・・・)を立て続けに発見(・・)驚愕して(ファーストインパクト)以来初めて、最も巨大な質量を伴う決断を下した。


 なけなし勇気を振り絞り、何とか爆発させて"有効打撃"へと(つな)げるべく行動に移した。


 三菱・F-3Eに、地球の重力に対して逆らわず、それでいて円軌道をもう一度描かせる事にした。それは、これから集束させる(・・・・・)べき戦場へ向かうタイミングを一瞬だけ遅らせる為だった。


 描いている円軌道はそのままで、慣性力に任せたまま(ロールもヨーもなしで)、機体だけを急激に引き起こして、空力的な重心を中心として、そのまま縦方向(ピッチアップ)の回転へと繋げる。本来、朝間ナヲミの方を向いているべき2本のエンジン・ノズルを隠し、代わりに機首を向けた。


 そうやって、母親を閉じ込めているコックピットとゼロコンマ何秒の間だけ正対して、ユニットへ向けて低出力で機首に搭載するレーダー波を放つ。


 一昔前の首振りレーダーの様に、右から左から、走査(スキャン)を繰り返す。


 朝間ナヲミの側も、自分へと向けられたレーダー波を、擬体のセンサーを通じて感じ取った。そして驚いた。


 一郎(プリムス)が、そのレーダー波によって、自分と言う存在の全てを愛撫しているつもりである事に気付いたからだ。


 一方的な電磁波の流れではあった。情報の流れが双方向化した。一郎(プリムス)と朝間ナヲミと言う、二つの知性はかつてないほど深く、強く、結ばれた。人工と非人工と言う違いは、もうそこにはなかった。


 特に朝間ナヲミには、強い共感と明白な共存の前に、互いの距離の長短など大して問題ではないと、一郎(プリムス)が語ってくれたかの様に感じられた。


 共感と共存も、そんな印象は、実は朝間ナヲミによる錯覚だったのかも知れない。だが、それでも、母親である彼女には、事の真偽を少しでも疑う様な気分にはなれなかった。


 一郎(プリムス)は、まるで、愛おしい人との最後の抱擁を終えてなお、まだ振り返って自分の選んだ道へと足を進める踏ん切りが付かない若者の様に、機首を向け続けた。


 まるで、ここで失ってしまったならば永遠に取り戻せない類いの、とても大切な何かを手放す事に踏ん切りが付かないかの様に、サブ・ウイングをフライ・バイ・ライトで小刻みに震わせている。


 だが、少年から青年へと成長を遂げた知性による優柔不断な態度は、さして長くは続かなかった。


 一郎(プリムス)は、一人前に相応しく(拙いながらもキチンと)決断を下して、それを即座に行動へと移して見せた。おそらく、自己を発見して以来初めての進路選択だ。"自己責任"と言う名の運命の海へと、独り立ちした「知性」らしく単独航海へと船出してみせた。


 一郎(プリムス)は、それまで封印していた三菱・F-3Eの右舷航空灯(緑灯)左舷航空灯(赤灯)を灯した。それを突然に、母親に向けて五回(※2)ほど照射して見せた。その後に、航空灯はすぐに再封印した。


 朝間ナヲミには、その意味が直ぐに分かった。


「ア・イ・シ・テ・ル」のサインだ。


 以前、自分が射止めたばかりのパートナーに対してそんな点滅メッセージを送ったと、一郎(プリムス)に対して語った昔話(若気の至り)を思い出した。


 想定外の光景を目撃して呆気に取られている朝間ナヲミを他所に、一郎(プリムス)は、その直後に一瞬で(クルリと)機体の回転を終え、機首をあるべき方向へと向ける。


 RCS(姿勢制御システム=Reaction Control System)を使って、主翼と尾翼に埋め込まれた噴射口からヘリウム・ガスを一斉に噴かしたのだ。


 ーーーもう、用事は済ませたと言わんばかりに。


 とても雄々しく。


 そこに、さっきまで見せていた不安定な(思春期的な)要素は一切無い。挽かれる後ろ髪を無理矢理に引き千切って、もう二度と振り返らず、これからはもう前だけしか見えない、とでも言いたげな吹っ切れ具合(大人の割り切り)が、成長した息子の背中を見送る事しか許されない立場へと落とされた母親にはハッキリと見えていた。


 ーーーああ、置いて行かれるんだ。


 一方的に過去の女とされてしまった自分。息子を、ここまで育て()げた誇りと育て()えた切なさの両方を感じている。誇って良いのか、切なさ悲しんだら良いのか分からなくて途方に暮れそうだ。


 ただ、ただ、いずれの感情を優先しても、泣いても構わないと言う事だけは直ぐに理解出来た。


 だが、過去を振り切って未来だけを考えて生きる「道」を知った息子の方は、既に自身がやるべき事を最優先する事以外は念頭から払拭済みだった。それは、母親の悲しみへなど、これ以上気を配っている余裕は一切なくなっていたからだ。


 自身で好んで(・・・)選んだ方向(運命)へ機首を向けて、残りの燃料を一切に気にしない勢いで、アフター・バーナー全開で元居た空域を目指して飛び去った。


 一郎(プリムス)は、これまで頼り切っていた母親による完璧な加護を放棄して、自身の存続よりも重要な母親の存続を確保する為に、四柱の弟たちが支える最前線へと戻って行った。


※1= コンベア・B-58「ハスラー」で採用された様なシールド付き脱出カプセルも一度は検討された。しかし、前者の方がコンパクトに纏まり、完全作動率も高かった為に採用は見送られた。



※2= 西岡徳馬氏(上品ドライバー、ブレーキランプ研究家)によればブレーキランプを五回踏むのは「ア・イ・シ・テ・ル」のサイン。元ネタはドリカムのヒット曲ですね。

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