墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜28
朝間ナヲミと五機の人工知性の元に、「連合スペースガード」からの最終指示が届いた。
ーーー朝間ナヲミと一郎。ウエポンベイに抱えているミサイルが地球接近天体「バンブーIII/小惑星番号 299945」への要撃行動命令を受領。
ーーー二郎。ウエポンベイに抱えている抱えているミサイルが地球接近天体「バンブーII/小惑星番号 299944」への要撃行動命令を受領。
ーーー三郎。ウエポンベイに抱えている抱えているミサイルが地球接近天体「バンブーI/小惑星番号 299943」への要撃行動命令を受領。
ーーー四郎。ウエポンベイに抱えている抱えているミサイルが地球接近天体「バンブーIV/小惑星番号 299945」への要撃行動命令を受領。
ーーー五郎。ウエポンベイに抱えている抱えているミサイルが地球接近天体「バンブーV/小惑星番号 299946」への要撃行動命令を受領。
ーーー発射姿勢。機首は方位「2-7-0」向け、上げ角は「50度」向け。
ーーー要撃ミサイルの発射タイミング及び誘導コントロールは、司令部が保持。
五つの機体を取り囲む空間のかなりの割合が、藍よりも黒に近い世界。
深い藍色の闇に包まれながら、朝間ナヲミは、たった今届いたばかり筈の、それでいて離陸前から承知していた様にも感じる「連合スペースガード」からの最終指示のままに従う。
姿勢制御。首間接を1mmも曲げる事なく高度+90度が見えそうな、ほとんど垂直立ちの角度まで機首を上げる。
五機の三菱F-3Eが、RCS(=Reaction Control System)のヘリウム・ガス噴射を、意図的に何回に分けて使用する。本当ならば、上方向への回転に一度と、回転止めにもう一度だけで終わらせる事が出来る。しかし、急激な姿勢変更を行うと、空気取り入れ口周りの気流を乱してしまうので、敢えて、手間になるが数回に分けて出来るだけゆっくりと機首上げを行った。
おかげで、朝間ナヲミは、エンジンをストールさせる事なく、目には見えるけれどそれでも絶対に手が届かない、人類に残された最後のフロンティアーを二つの義眼で捉える事に成功した。
五機の三菱F-3Eは、かすかのズレもなく揃って機首変更を開始して、完了して見せた。まるで、オリンピックの決勝線に参加するシンクロナイズドスイミングのチームであるかの様に、全ての翼が、本の一呼吸の乱れを起こすことも無く難易度の高い一次元の姿勢変更をやり遂げた。
五機の三菱F-3Eは、機首は「2-7-0」を指していたが、飛行軌道はそれまでと変わりなく「0-2-0」を維持し続けていた。つまり、明後日の方向を向いたまま、北北東の方向へと飛行を継続している。
これは、高度2万9千,000mまで昇って来るまでの間で必死に蓄積した慣性力の効果だ。もし、もっと低い高度であれば、機体の方向を変えれば、それで生じる空気抵抗の変化で飛行軌道は機首と同じ方向へと変化する。しかし、宇宙空間ほどでないにしても、大気の影響をほとんど受けない高高度空域では、大気圏外航行機の様に自由な姿勢での飛行が許されている。
例えば、後ろを向いたままの飛行を継続する事も可能なのだ(ただし、ジェットエンジン仕様機の場合は、タービンへの大気の取り入れが阻害されてストールし易くなってしまう。この高度では、再点火可能なロケット・モーター仕様機の方が飛行の自由度が高い)。
朝間ナヲミは、人民共和国がたった生み出したばかりの、五つのも真新しい流星脅威、業の深い"人工小惑星"あるいは、差し迫った危機である地球接近天体を、自分の擬体に埋め込まれている義眼の赤外線モードでは捉えられなかった。
「バンブーI」〜「バンブーV」は、既に大気圏再突入中を果たし流星と化している。大気圧縮熱で凄まじい高熱源体と化している筈だった。だから、擬体用の義眼でも検出出来るかと期待した。だが、距離が宇宙的に離れている為に、「もしかしたらアレかな?」程度のモヤとしてしか捉えられなかった。
天然モノの流星であれば、パイロットの肉眼で捉えられる程度の近距離でミサイルを発射する場合事もある(発射の後の回避運動がかなりキツくなる事は間違いなしである)。
実際、「連合スペースガード」の流星迎撃部隊が結成された直後、活動の最初期であれば、迎撃・要撃用の機材がまだまだ揃っていなかった。適当な道具がなかった為に、成層圏下層で要撃するなんて言う危ない橋をダブルヘッダーで渡る様な事態も日常的に起こっていた。
だが、今は、「帯に短したすきに長し」ではなく。帯もたすきも、それどころか帯にもたすきも使える便利な道具も揃っている。大気圏再突入前、大気圏再突入中、大気圏再突入終了直後(=大気ブレーキ完了直後)に迎撃出来る程に、優秀な機材が開発された。そして、それらを十分に使いこなす為の技術がふんだんに蓄積されている。
今回の迎撃作戦は、人工の流星であると言う事情で、大気圏再突入終了直後、多弾頭カプセル解放や欺瞞軌道への誘導が始まる前に、五つのドデカいハンマーでほぼ同時に撲り落とすと言う段取りが組まれていた。
「連合スペースガード」が描いたプランは、具体的には、高度約3万0,000mの成層圏プラットホームからミサイルを発射して、熱圏の下層を通過中の再突入カプセルを要撃させると言うもの。
大気圧縮熱を引き起こして全体が高温化した直後、センシング活動十分に行えないステージであれば、要撃ミサイルに対する回避活動が緩慢になるだろうと言う予測に立ったプランだった。
まず間違いなく多弾頭式の再突入カプセルだ。その段階で破壊出来なければ、複数の核弾頭がそからばらまかれ、要撃対象数が一気に増大する。
「連合スペースガード」であっても、核弾頭の飽和攻撃の要撃に対応出来る程に潤沢な装備と多数のパイロットは持ち合わせていない。だからこそ、このステージが最初で最後の要撃チャンスとなる。
要撃プランでは、ウエポンベイから発射して、迫り来る再突入カプセルとの会敵予想宙域までは、輸送中のミサイルはやや弓なりの軌道を描きながら上昇する予定であるらしい。
五つの目標に対して、ミサイルは五本しかない。これが、「連合スペースガード」が東南アジア地区で備蓄していた対流星ミサイルの全てだった。もし、一本でも発射後に機能に不調を来したりすれば、ラオスかタイのどこかの都市か戦略目標が核の炎で焼かれる事となる。
三菱F-3Eから再突入カプセルまで、ミサイルはやや弓なりの軌道を描いて接触する予定であるらしい。
もし、今回の標的が天然モノの流星であれば、この段階で迎撃に失敗してもまだ打つ手が残されている。最悪、地上発射ミサイルで都市真上で迎撃して、被害を軽減する事は可能だ。
天然モノの流星と人工モノの流星には明確な違いがある。
天然モノの流星の方には、「特定のどこかを目指して落とす」や「特定の人々に出来るだけ大きな被害を与えたい」などと言う、邪悪な都合が落下現象にはまったく介在していない。
一方、人工モノの流星である核弾頭は、打ち上げた者達が狙った都市や戦略目標の真上に絶対に落ちなければならない。
核弾頭を抱えている再突入カプセルの表面温度が、自己防衛用センサー利用許容温度まで下がってしまえば、「連合スペースガード」やラオス・タイ連合軍からの妨害工作=迎撃行為を感知して、直ちに無効化するべく欺瞞軌道を描き始めるに違い。
人工モノの流星とは正に悪意の塊。自然現象と違って意図的に、それも落下地点で最大限に被害を出す為の努力を最後の瞬間まで払い続ける呪いの運び手なのだ。
だから、まだ熱圏にいる短い期間、この最終要撃機会を逃す訳にはいかない。
そうでありながら、朝間ナヲミの見立てでは、今回はかなり好条件からの迎撃作業だった。
彼女の積み重ねて来た経験によれば、もっともっとクリティカルな流星落下阻止作戦はいくらでもあった。だから、このタイミングでミサイルを発射出来るのではあれば、防衛行動を取り始める前に、十中八九は要撃出来るだろうと楽観視していた。
これから、余程の想定外でも起きない限りは、全ての大気圏突入カプセルを破壊出来ると見込んでいた。
『All Comet blasters, Correct your Aircraft orientation.』
「連合スペースガード」の司令部の方もパイロットと同じ印象を持っている様だった。そのせいか、聞き取り易いクリアーな滑舌で通信指示を送って来る。
『Target in my sight! You are in almost the launch position.』
朝間ナヲミの方は、ベテランらしく無機的な調子で事実を淡々と述べて返した。
「All Comet blasters, Corrected Aircraft orientation.」
『Launch preparation.』
「You have all TRIGGERs.」
『I have all TRIGGERs. We are Go for launch.』
「Roger. We are Go for launch.」
ここに、招かれざる悪意の塊を我々の空から叩き落とす為の準備が全て整った。




