表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
90/143

墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜27

 三菱F-3Eと三菱QF-3Eは、タイ王国東北部地域のチャイヤプーン県とペッチャブーン県の境目、チュラポーン・ダムの上空に達した。


 朝間ナヲミは、五機の息子達に荷電抵抗操作材塗布技術である"ドルフィンスキン"の出力をアイドリング状態へと落とさせる。続けて、酷使済みのせいでほとんど空になっているバッテリー増槽の投下破棄を指示する。


 フル機能で活用すると大電力を消費してしまう"ドルフィンスキン"。第四世代戦闘機が採用しているエンジンの発電力では、その真価を発揮する事は叶わない。


 史上初の実戦に参加して戦果をもたらした"ドルフィンスキン搭載機"として記録されている三菱F-2A/Bでは、たった一本しかない搭載エンジンの発電量だけでは戦闘出力を維持しきれなかった。


 だから、アクティブ・フェーズド・アレイ・レーダー(AESA)への電力供給サポート目的で搭載されていたバッテリーを、高効率化回収及び大増設する事で、多少苦しいながらも一定時間だけ作動させていた。


 ーーー常時オンで飛行出来る筈もなく、極めて限定的なシチュエーションに限って利用されただけだった。


 一方、"ドルフィンスキン"を搭載する事を前提に開発された三菱F-3系では、初号機のロールアウト時であっても、クラス・トップの発電量を誇る大出力エンジンが双発で搭載されていた。だから、"ドルフィンスキン"の機能維持を保障を目的とする大出力バッテリーの搭載は見送られていた。


 実際、三菱F-3系には小型バッテリーが搭載されている。しかし、その役割は、発電した電力やインバーター変換済みの電力の一時的な保管場などと言った、あくまでも冗長性を高める為に不可欠な予備系統のシステムの一部に留められていた。


 ーーー小型バッテリーがあれば、仮に不毛地帯や洋上で推力を失う事故(エンジン・ストール)に遭遇しても、パイロットの身の安全は最大限に担保される。


 緊急着陸(或いは着水)するまで、機体の電子制御や"ドルフィンスキン"の展開を維持出来る。東海道新幹線N700S系に当初から用意されいるオプション設定(追加可能装備)「推進用バッテリー」と同じ様な、「非常時でも安心」と言う運用者側にとっての要望が繁栄されての採用なのだろう。


 通常の運用であれば、三菱F-3系にはバッテリー増槽が不要だ。だが、流星迎撃任務の場合は、高高度にどれだけの時間の滞空を要求させるか分からない為に、「離陸時のバッテリー増槽の携帯は必須である」と仕様書が改訂されていた。


 ーーーいざと言う場合(状況変更の場合)、"ドルフィンスキン"の補助を得て、更なる高空へ昇ったり、降下率の軽減する余力を残すなどの保険的処置だった。


 合計二つのバッテリー増槽が、三菱F-3Eの左右の主翼下から、一つずつ懸架柱の付け根ごと放棄される。微弱な摩擦力を持つ向かい風に乗って、縦方向の回転運動に陥る事なく、素直に機体から離れて行く。


 高度2千,000mの辺りに達すると、バッテリー増槽の再使用を目的としてパラシュート(減速機)を展開する予定だ。


 これは回収して再使用を目的としているのではなく、地上落下時の周辺被害を可能な限り軽減する為の処置である。


 何が何でも住人がほぼゼロと見積もられる地域、例えば国立公園の山岳森林地帯のど真ん中ばかりを好んで破棄空域と選ぶのはそれが原因である。これは、「連合スペースガード(U.S.G.A.)」側の運用規定ではなく、何かと喧しい野党や市民団体の声が大きい日本国側の国内事情によるところが大きい。


 流星が音速の十倍以上の速度で日本列島領土上に落ちたならば、或いは二百海里の領海内に落ちたならば、被害はバッテリー増槽の落下衝撃程度では済まない。しかし、それでもバッテリー増槽の「脅威」を念仏の様に国会内で唱える勢力も未だ残っている。


 ーーー予想される被害内容は、爆発あり、地震あり、津波ありなどのフルコースである。


 にも関わらずだ。もちろん、もし、流星被害が発生した場合は、彼等は団体名を変えて、「流星被害対策を怠った政府」の糾弾へと主な活動を嬉々として切り替える(※1)。


 だが、日本国が誇る頼もしい野党、誇らしい市民団体、その他の良く分からない団体どに集う、マスコミに「良心的」と言うレッテルを貼られた人々は、そうとは考えない。


 ーーー巨大天災は許せても、小さな人災の方は絶対に許せないらしい。


 なお、彼等は、「巨大天災が生じるのは、与党の政治的な失策の結果に過ぎない」と言う信念をが広く共有しているらしかった。相当の本気(マヂ)で。ただし、信念を共有しているのはあくまでも偶然であって、決して、横の繋がりがあったりはしないそうだ。


 まさに、価値観の多様性による乱闘、いや乱舞。もう、ゾクゾクして目が離せなくなってしまう。「争え...もっと争え...」の杉本四葉的(ぽわわーーーん)に。


 マスコミから絶賛される彼等、または世界市民達、さらに進歩的な人々達からは、ゴキブリやナメクジやムカデ以上に忌み嫌われている三菱F-3Eと三菱QF-3E。或いは、アジアの最植民地化の先兵である日本国産戦闘機は、たった今、二つのバッテリー増槽と言う束縛(頸城)から解放されて自由に飛べる様になった。


 この事実を知ったならば、彼等は、きっと、脊髄反射的に「とんでもないことである」と言い放つ事で反骨精神を示すだろう。或いは、「軍靴の足音で彼等の耳たぶが今すぐにでも踏み潰される」、・・・何て言う様なちょっと主語が大き過ぎ目な恐怖に身も心も捕らわれてしまうかも知れない。


 ともかく、三菱F-3Eと三菱QF-3Eは、これで本来の、設計思想通りの飛行特性を完全に取り戻した。しかし、それを実現する為には、上記の様に、決して正確な人数をカウントされない種類の沢山の人々の想いを踏みにじっていると言う事実を我々は忘れてはならない。


 兎も角、多くの怨念が、増槽と共に社会的なゴミ箱の底へと送られた。


 ここからこそが、「連合スペースガード(U.S.G.A.)」の流星迎撃隊にとって本気の見せ所である。


 三菱F-3Eと三菱QF-3Eの機体は、巨大な増槽を破棄した事で総重量が大幅に軽くなった反動で、上空へとやや跳ねる。そのオツリ(・・・)を利用して、朝間ナヲミは、五機の息子達に機首上げを指示する。


 細かい上げ角の指示はしない。伝えなくても、人工知性それぞれが集結空域を意識して、そこを目指して上昇する為の最効率の操縦を行うプランの検討済みである事は分かり切っているからである。


 むしろ、五つの多様性を持ち合わせる人工知性達に、人間側の都合や老婆心的な配慮で、必要以上に細かい指示を与える事の方が不都合がよっぽど不都合を生じさせる。どの機体も人間の感性では測れない異なるクセ(機体特性)を持ち、人工知性達も人間の個人達と同様に、それぞれが異なる感性(判断ロジック)を持っているのだから・・・。


 その二つの「差」を踏まえて協調させながら飛行させなければならない。「差」と「差」を上手に集束させて最終的に同じ結果へ辿り着かせる為には、それぞれの勝手に任せて、臨機応変の対応をさせてやった方が確実性はよっぽど高くなる。


 朝間ナヲミは、長い開発(発育)の経験を通じてその傾向を十分に把握出来ていた。


 三菱F-3Eと三菱QF-3Eが、ミサイル発射指定空域を目指してズーム上昇を開始する。それまで直線加速飛行で稼いだ速度エネルギーを、雲よりも遙か高くまで昇る為には不可欠な位置エネルギーへと効率的に変換して行く。


 ズーム上昇への切り替えによって、飛行速度はどんどん落ちるが飛行高度は逆に(たちま)ち上がる。高高度専用飛行機以外の機種にとっては、このズーム上昇がもっとも容易に上昇高度を稼げる飛行技術である。


 意外かも知れないが、上昇よりも下降、高度を下げる操縦の方が難しい。少なくとも高い自制心が必要となる事だけは間違いない。


 それは、高度を下げれば下げるほどに位置エネルギーが運動エネルギーへと変換されてしまうからだ。無邪気に、速いペースで下降すれば、重力加速までをも追加されてしまうので、飛行速度は簡単に音速の2.5倍を超えてしまう(音速の2.5倍と言う数値は物理的な限界ではない。飽くまでも機体構造の維持が可能な限界値に過ぎない)。


 音速の2.5倍以上の速度になると、三菱F-3Eと三菱QF-3Eの仕様では、大気圧縮や大気摩擦で機体温度がすぐに対熱構造限界値を超えてしまう。そこで無理を押してしまうと、機体を構成する金属素材が根刮ぎ強度を失って、機体がまるごと空中分解事故してしまう。


 高度1万0,000m以上に上がった戦闘機パイロットは、時間を掛けてちょびちょびと高度を下げながら基地への帰投する。だから、ある程度の燃料が残されていないと、高度(位置エネルギー)と速(運動エネルギー)を消費し切る前に燃料切れを起こしてしまう。


 ーーー御高高度飛行は計画的に!!


 後先考えずに山に登って、登頂にだけ(・・)は成功したけれど、下山中に体力を使い切ってしまった。結果は、凍死を含む事故死と言うのはいただけない。


 高標高登山と同様に、高高度飛行はベテラン達だけが試す事を許される世界だ。或いは、有能なインストラクターによる指導(ケツ持ち)が不可欠な世界である。


 意外に思われるかも知れないが、どの分野でもエクストリームな世界で長く生き残る=ベテランへと進める者の大半はビビリである。ただし、決断出来ない(優柔不断な)ビビリではなく、決断出来る(先鋭的な)ビビリである。人知を尽くしても、運命に裏切られる可能性は高い。むしろ、人知を尽くしてもなお、望んだ通りに天命が下らない事の方が多い。


 沢山の挑戦者達が天命の主の気紛れに裏切られ続けられた末に、極一部の幸運な挑戦者だけが突拍子もなく栄光を掴む。そして、その極一部の幸運な挑戦者が用いた技術が最適な正解と見做されて、急速に普及し、近い将来に、ベテラン以外が踏み入れる事も難しかったエクストリームな(限られた者達だけの)世界は、有り触れた世界(つまらない日常)の末端へと強制的に組み込まれる事になる。


 挑戦者が根性を持ち合わせている事は勝負参加の最低条件。その上で、挑戦者には緻密な研究と大胆な判断力が試される。そして、最後に運までが試されてしまう。


 朝間ナヲミは、幸運にも根性と運の両方を持ち合わせていた。そして、彼女の旧友の万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、不幸にも根性と言う要素の片方しか持ち合わせていなかった。それ故に、無理をし過ぎて限界を超えてしまったばかりに、この世界からの途中退場を余儀なくされてしまった。


 悔しいがどうにもならない。朝間ナヲミは、その単純且つ残酷な事実を、これまでの人生経験を通じて嫌と言う程に分からされていた。


 どうやら、運命を司る神様とやらは、R-18用語で語れる「分からせ系」の素養を強く持ち合わせているらしい。


 高度1万3千,000m。


 高度1万5千,000m。


 三菱F-3Eを先頭に、四機の三菱QF-3Eが後に続く。


 編隊はV字型に並んでいる。


 高度1万7千,000m。


 朝間ナヲミは、エンジン出力を絞り、"ドルフィンスキン"をアイドル状態から全力運転へと切り替える。四機の三菱QF-3Eもまったく同時に同じ操作を行う。四機の人工の息子達が、育ての母である朝間ナヲミの行動を完全に予期出来ていたからだ。


 三菱F-3Eと四機の三菱QF-3Eは、機首をそれまでと同様の上げ角で維持しながら、突然に上昇ペースを上げ始める。"ドルフィンスキン"が、ほぼ全ての空気抵抗を上昇圧力へと変換する見えない爪の「模様」を機体表面を覆い始めたせいだ。


"ドルフィンスキン"は、機体全体積を利用して、翼の構造=翼の下側は大気が低速で流れて翼の上側は大気が高速で流れる、と言う空力特性を、物理的条件を完全に無視して、オカルト的としか言い様のない高いレベルまで押し上げてしまう。


 当初、この荷電抵抗操作材塗布技術である"ドルフィンスキン"は、航空機や鉄道車両が発生する騒音の抑制技術の一つとして誕生した。やがて、亜音速機に音速突破性能をもたらすと言う可能性を閃いた防衛省(当時)の官僚の目に留まった。後に、同省(当時)の技術開発本部のテスト・パイロットによって、空中格闘戦に不可欠な機動力に劇的な向上をもたらす効果を期待出来ると気付かれた。


 そして、今では高高度の極薄大気中で、有り得ない程に大きな揚力を発生出来る所まで発展している。


 それは、"ドルフィンスキン"の特出すべき機能の一つが、塗布された機体の大気圧縮率の傾向()を操作出来る事である。例えば、面積の狭い翼面荷重が高い設計の主翼であっても、"ドルフィンスキン"を用いれば荷電抵抗操作によって大気圧縮率を上げて、翼面荷重の軽減が可能となっている。


 例えば、"ドルフィンスキン"を使えばその効果で、音速の一倍で飛行しながら主翼が作り出す揚力を音速の五倍相当まで引き上げる事が出来る。それは、実際の飛行速度が音速の一倍であるに関わらず、主翼が捉える大気圧が音速の五倍相当まで引き上げが可能と言う事である。


 ーーー強烈な向かい風と同様の効果を、望んだ強さと方向に、一方的な都合に合わせて強制的に起こせるのだ。


 御陰で、気圧が極端に低い=空気抵抗が減少する高高度環境であっても、実際の飛行速度を遙かに超える安定性を飛行機に対して提供出来る。


 もし、地表付近で音速の五倍程度の飛行を行えば大変な事になる。大気圧縮熱による高熱を喰らって直ちに機体が丸ごと燃え上がる。高熱で強度が落ちた機体構造が崩壊して空中分解してしまう。


 だから、この機能を安全に利用出来るのは、気圧が極端に低くなる高高度に限定される。そして、高高度環境では、"ドルフィンスキン"のこの特性は、実際の飛行速度を遙かに超える安定性を飛行機に対して提供出来る。


 成層圏の様に大気の薄い空域を飛行すれば、どんな飛行機であっても、空気抵抗の低下がもたらす揚力や機動効率の減少は避けられない。しかし、そんな環境にあっても、飛行速度が大幅に上げれる事が出来れば、上げ幅に比例して空気抵抗が増大させられる。空気抵抗が劇的に上がってくれれば、当然舵の効きも向上する(ただし、通常の飛行機はそれが必要とする大推力を持ち合わせていない。通常のジェットエンジンの推力では無理なのだ)。


 この理屈は、大気圏内でも人工衛星が周回する程度の大気圏外でもあっても通じる。少なくとも静止衛星軌道の内側では、大気の影響を完全に排除して飛行計画を立てる事は出来ないのだから。


 既に全機が引退したスペース・シャトルのオービターは、復路では推力をまったく持ち合わせていないに拘わらず、世界の裏側の衛星軌道からでも、フロリダ州の湿地帯にあるいつもの長大滑走路へと自力飛行で帰還出来る。


 それはオービターが音速の20倍の速度で低軌道を飛行しているからだ。成層圏よりも遙かに大気圧の低い衛星軌道や熱圏の、ほとんど存在していないレベルでもやはり極薄の大気は存在している。それに大気に音速の20倍の飛行速度でぶつかって強烈に圧縮する事で、宇宙空間とされながらも真空には程遠い地球付近の環境であっても、空気力学による飛行と機動を成立させる事が出来る。


 もし、オービターの飛行速度が音速の1倍程度であれば、自慢のリフティング・ボディーはカーマンライン上では普遍的な極薄大気圧を反動を生む抵抗圧力として(つか)めずに空振りしてしまう(第一宇宙速度を大きく割るほどの低速飛行(音速の1倍程度)では、衛星軌道に留まて地球を周回し続ける事は不可能だが)。そうなると、垂直尾翼や主翼に付随する補助翼をどれだけ動かそうと舵は全く効かない。


 "ドルフィンスキン"は、実機の飛行速度の値をいじっているのではなく、主翼を含む機体表面構造が生じさせる大気圧縮の値の方を電子的な干渉によって増大させている。エンジンの大推力に頼らず、実際の飛行速度を無視して、主翼は舵に当たる空気抵抗を作り上げている。


 そして、三菱F-3系の機体は、ほぼ全機が"ドルフィンスキン"を装備している。


 これが対流圏での飛行を想定して開発された通常戦闘機へ、成層圏飛行能力を一時的に追加する為の絡繰りである。


 高度2万2千,000m。


 朝間ナヲミは、大気圧縮熱に曝される機体下部の温度に気を配りながら上昇を続ける。


 高度2万3千,000m。


 朝間ナヲミは、機体を上昇をさせ続けながら、エンジン出力を丁寧にアイドル状態まで落とす。極薄大気中では大気の熱伝導率が劇的に低下する為にエンジンがオーバー・ヒートし易くなっているからだ。


 成層圏まで上がると大気がエンジン構造物の熱を奪ってくれないので、ぼーっと飛行しているとすぐに対熱限界を越えてしまう。出来るだけ()熱を避けたい。


 四機の三菱QF-3Eも朝間ナヲミに倣って、同時にまったく同じ操作を行う。


 ただし、スロットルを絞り過ぎてエンジンをストールさせてしまうのも恐い。だから、シビアなスロットル・ワークが不可欠である。成層圏でのエンジンの再始動作業の失敗はそのままパイロットの命や機体喪失の危険と直結している。


 高度2万5千,000m。


 三菱F-3Eと四機の三菱QF-3Eの宇宙を目指す勢いだった上昇率が低下し始める。"ドルフィンスキン"のサポートを受けても、上昇限度がちらつき始める。ドゥクパ王国空軍名物、三菱NF-104AやロッキードNF-104Aを狩る職人パイロットであっても、空身(・・)で挑戦してこの高度まで上がって来れるのは、今となっては伝説として語られる様になった、世界最貧空軍の設立当初に活躍した猛者達だけだった。


 高度2万7千,000m。


 五発の中距離弾道ミサイル「DF-26」の弾頭が間もなく落下ステージへ入る。どうやら、インド領空を飛行中らしい「連合スペースガード(U.S.G.A.)」の管制機から状況報告がもたらされる。


 予期されていたよりも、最低でも10秒程度は作戦実行のペースを巻いて行く必要があるだろう。「連合スペースガード(U.S.G.A.)」の司令部も同じ決断をした様だ。ミサイル発射ポジションを、離陸時に指定されていたよりも低い高度へと表層意識と表層記憶を改訂(・・)して来た。


 高度2万9千,000m。


 朝間ナヲミは、三菱F-3Eの上昇操作を終了する。ただし、弾みが付いているのでそのままもう少しだけ上昇を続ける。パイロットとしては、「勿体ない精神」で、機体がホップするがままに任せる。


 高度2万9,200m。


 三菱F-3Eは水平飛行に入る。四機の三菱QF-3Eも続く。


 高度2万9,100m。


 三菱F-3Eと四機の三菱QF-3Eは、少し高度を失ったところで飛行軌道を安定させる事に成功する。"ドルフィンスキン"の出力はリミッター状態としてはほぼ最大だ。"ドルフィンスキン"が機能しなければ、直ちに降下が始まってしまう(※2)。


 朝間ナヲミの足下から遙か先には、ヴィエンチャン都の平野が広がっている筈だ。筈、と言うのは、乾季特有の光化学スモッグで広域が覆われているからだ。ラオス中部から北部に存在する2千,000m級の山々のいくつかの頂だけが、まるで大海に浮かぶ島々の様にところどころで雲を突き破って頭を出しているだけ。


 それ以外のランドマークは、そこから遙か南方にあるタイ王国のウドンターニー県までが、濃密な光化学スモッグが作り出した雲海の下へと沈んでしまっている。


 ーーーこれから始まる地獄絵図を、足下に広がる世界に住む人々が目にする事はない。


 これから開演する劇場では、カーテン(ヴェール)が閉じられたままメインキャスト達の活躍が披露される事になる。


 朝間ナヲミにとっては、それこそが朗報だった。


 ーーー誰だって、自国の上空で自分達を目掛けて落とされた核弾頭装備の弾道ミサイル(悪役令嬢)が、要撃ミサイル(正義の御曹司)核の炎(聖剣)によって焼き尽くされる光景など見たくはないだろう。


 ーーー或いは、弾道ミサイル(悪役令嬢)要撃ミサイル(正義の御曹司)核の炎(聖剣)で仕留められず、刃を握りしめて自身(ヒロイン)へと突撃して来る悲劇を見せ付けられるなど真っ平だろう。


 これから頭上から目の前へと落ちて来る運命にある五つの弾道弾が、とうとう大気圏外へと到達した。「連合スペースガード(U.S.G.A.)」は、その事実を観測すると同時に、合計五つの小惑星番号を世界に向けて発表した。ほぼ同時に、朝間ナヲミの表層意識のそれらの情報が既存の知識として更新(アップデート)された。


 地球接近天体(N.E.O.)「バンブーI/小惑星番号 299943」、


 地球接近天体(N.E.O.)「バンブーII/小惑星番号 299944」、


 地球接近天体(N.E.O.)「バンブーIII/小惑星番号 299945」、


 地球接近天体(N.E.O.)「バンブーIV/小惑星番号 299946」、


 地球接近天体(N.E.O.)「バンブーV/小惑星番号 299947」。


 意識して情報をに接すると、紐付けされた軌道要素、現在地、落下速度の予想移り変わり、推定質量と推定される弾頭の種類までがリアルタイムで意識上層に持ち上がって来る。


 上手に打ち上げ地点よりも西側(※3)に弾頭を持ち上げて、なかなか奇麗な、ドッグレッグ並みに精密な飛行経路を誘導して見せている。とにかく高く高く撃ち上げて、その位置エネルギーを落下速度に点火して迎撃攻撃を搔い潜るつもりなのだろう。または、想定外の軌道で落とす事で、事前に準備しておいた迎撃プランのいくつかも潰す意図があるのかも知れない。


 バンブーIがポーンサワン、バンブーIIがヴィエンチャン、バンブーIIIがノン・カーイ、バンブーIVがウドン・ターニー、バンブーVがルーイ上空を目指す軌道であると推定された。どうやら、最後のバンブーVは軌道修正(飛行誘導)に失敗してルーイを目指している様だ。


 朝間ナヲミは、ルーイに住む人々に同情を送った。そこは、タイで最大のワイン製造値だ。タイが誇るワイン・ブランド「シャトー・ド・ルーイ」の故郷だ。実際の所はそんなに素晴らしいものではないが、主に外国人へ向けた贈呈用として良く売れる。いわゆる、ネタ・ギフト品の一つである。


 1996年だが1997年には、雑菌が悪さをして工場の発酵タンク内の赤ワインが全滅してしまって、白ワインしか出荷出来なかったなんて噂話を聞いた事がある。もし、その年のヴィンテージな赤ワインをオークション見掛けても、絶対に入札に参加してはいけない。


 それとも、人民解放軍・ロケット軍の司令官だか、参謀の辺りが過去に屑ワイン(偽物)でも掴まされて恥を掻かされた。その腹いせをどさくさ紛れに果たそうとでも思っての犯行だろうか?


 朝間ナヲミは、ティティワット大尉から聞かされたその逸話を思い出して、苦笑してしまった。


 しかし、「知らぬが仏」とは、まさに今のこの状況である。もし、たった一つでも迎撃に失敗してしまえば、それらが足下に広がる世界を、タイ王国随一のヴィニュロンを支える地方がまるごと核の炎を焼き尽くす運命になるのだから。


 実際、人民解放軍の中距離弾道ミサイル「DF-26」の飛行距離が短過ぎる。つまり、発射地(人民共和国)から起爆空域(ラオスやタイ)までの距離が近過ぎる為に、打ち上げられたら直ちに落下して目的地に到着してしまう。


 まら、打ち上げ準備中には、それぞれのミサイルがどこを狙っているのかも分からない。その段階で避難勧告を出すならば、ラオスとタイの全住人が対象とするしかない。だから、事前に避難させる事は難しい。


 また、打ち上げ直後に、ミサイルの落下地点がある程度予想出来る段階での避難警報となると、これこそ全く役に立たない。その段階で避難計画を検討したり、避難指示を行える程の時間的余裕はない。肝心のミサイルは、すぐに大気圏を出て、大気圏内へと戻り、その後に即座に避難すべき人々の頭上まで到着してしまう。だから、避難に費やせる時間はほとんど残されていない。ほぼゼロで皆無と考えて良い(※4)。


 だから、ラオス全域やタイ王国東北部の北部住人へ出された空襲は、あくまでも通常のものに抑えられた。


 核爆弾が落ちて来るなどと知ってしまえば、足下に広がる世界に住む人々が驚いてしまって、それが原因で着弾前に将棋倒しや交通事故による膨大な事故が誘発されて多大な犠牲者が生じ、それらにあーだこーだと対処している間に着弾してしまうだろう。


 だから、多くの人々は、普段と同じ空襲警報だと考えて、悠長に、だが確実に避難を開始しているだろう。そして、少なくない数の人々は、避難を始めずに日常生活をそのまま続けているだろう。


 ーーー本物の天災、流星が落下して来る方が、よっぽど対応し易い場合が多い。


 人災、弾道ミサイルを落とされるよりも、住人の避難に長い時間を費やせると言う意味で。


 朝間ナヲミが、RCS(=Reaction Control System)を起動させる。弁を開けると、膨張圧力だけでヘリウムがシステムへと充塡される。これは、ガス噴射を利用した姿勢制御システムである。


 成層圏である高度2万9千,000mのまで昇ると対流圏の環境に比べて大気抵抗(大気気圧)が激減するので、主翼に付随する補助翼や水平・垂直尾翼を利用する通常の姿勢制御システムが当てにならなくなる。具体的には、大気圏外(宇宙空間)を航行する宇宙船や探査船(人工衛星含む)が三次元姿勢制御を目的に、例外なく採用している技術だ。


 朝間ナヲミと五つの人工知性は、「連合スペースガード(U.S.G.A.)」司令部に指定された宙域への到達を果たした。


 ここまで来ると、最前線の現場担当者に残された仕事は、「連合スペースガード(U.S.G.A.)」による、地球接近天体(N.E.O.)から流星へと転じた五つの標的の落下軌道と要撃ミサイルを邂逅させる為に必要となるミサイル母機(この場合、三菱F-3Eと四機の三菱QF-3E)の姿勢と、発射タイミングの算出を待つだけであった。


※1= これこそ、民主主義と言論の自由は、衆愚政治(デマゴーク)へのバイパスを内包し、それを排除出来ない仮説の証明の一つである。


※2= "ドルフィンスキン"があっても、B-29の飛来を待ち構えてる首都防衛隊の零戦が、たった一度の攻撃の機会の為に辛うじて高高度を維持しながら飛んでいる様な不安定な飛行状態である。



※3= 通常は地球の自転に従って東側へ飛行する。その方が容易だし、ブースターの推力を効果的に利用出来る。



※4= 旧ソ連が合衆国の西海岸のカルフォルニアを目指して攻撃する場合は、旧ソ連本土のミサイル・サイロからはかなりの距離が開いていたので、まだ避難する時間的余裕があったかも知れない。逆に、日本海を航行する潜水艦から日本へ向けて攻撃される場合は、起爆失敗を祈る程度の時間的余裕しかない。これが、ご近所さんに破落戸国家を抱える先進国共通の悩みである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ