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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
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墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜26

 三菱F-3Eと三菱QF-3E、合わせて五機が、ドンムアン航空基地の二本ある滑走路の片側へ向けてタキシングを始める。


 白抜きの文字で書かれていた「日本国・航空自衛軍」に関係する文字は小改修作業時に消し去られ、新しい所属先へと書き換えられている。


 主翼の下には、荷電抵抗操作材が塗布された追加バッテリー用の増槽が。それぞれ一本ずつ吊られている。これらは、増槽を破棄する際は懸架柱の付け根ごと地上へ向けて落下させられる運命にある。


 朝間ナヲミが率いる小隊は、「日本国・航空自衛軍」から「連合スペースガード(U.S.G.A.)」の流星迎撃部隊へと所属が変わった。その小隊には、人間のパイロットはたった一人しかいない。


 その唯一の非人工知性である朝間ナヲミは、ドンムアン航空基地の管制官に従って地上を這うタキシング操作の全てを人工知性に完全に任せていた。


 本人はスクランブルのプランの検討中だ。ただし、検討と言っても指示書などの書類を捲ったり、電子パッドに表示さられる画面を眺めたり、上官と会話を通じて理解を深めていくなんて悠長な作業は行わない。


 ーーー時代は変わっている。


 特に、デジタル・デバイスを身体に埋め込み、それらをネイティブとして使いこなす新しい世代にとって、会議室などで行うアナログ形式の意思疎通儀式は不要だ。むしろ、理解増進を阻害しかねない無駄だ。ではどうするのか? それは、仮想現実空間に半ダイブして、司令部から転送される消毒済みの情報を一方的に受け取るのだ。


 スクランブル発進の様に一分一秒を争う状況では、第二小脳を通して表層意識へ一瞬で干渉させてしまう。


 つまり、個人の意識上の知識を書き換えてしまう。アップデートするのだ。


 例えば。


 迎撃対象がどちらの方向から来て、どちらへ向かっているのか。


 迎撃対象が飛行する速度と高度。


 会敵予想空域の気象情報。


 会敵予想空域付近を飛行する民間機などの配置状況。


 迎撃対象にどこまで干渉する事が許されるのか。


 今回に限っては、堕ちて(・・・)来る流星の撃ち(・・)上げ作業の進み具合なども。


 今回は存在しないが、バックアップ部隊の準備状況なども。


 朝間ナヲミは、それら全て受信していたので、最初から、スクランブルで機体へ乗り込む以前から承知していた。既存の知識として、瞬時に認知出来ていたのだ。


 この表層意識への干渉、或いは書き換えは、本来は軍事ではなく医療を目的で開発された技術だ。日本式の人工物置換治療時に、人工物を患者の意思で制御する為に日本国の医療用デバイスメーカーが完成させたインターフェイスなのだ。


 具体的には、生体脳と連結された第二小脳経由で認知能力を外部メモリーで拡張を可能とする技術だ。


 だが、2030年代には、これはかなり不評な機能だった。初期の仕様ではかなり強引に書き換えが行われてしまったので、書き換え前後の違和感が顕著だった。


 実際、朝間ナヲミも大変な不愉快を被っていた。だが、今では、かなり熟れた機能へと進歩を果たしている。


 すんなりと表層意識の書き換えが出来る様になって、この機能を毛嫌いするユーザーはほとんどいない。それどころか、第二小脳をアクティブ・ログを常時表示していなければ、表層意識への書き換えが行われたことに気付く者がいない程である。


 この便利な医療用技術を、日本国の自衛軍でも少し遅れてコミュニケーション・システムの補助として採用した。少し遅れたのは、軍事的な攻撃に曝される事が前提のセキュリティーが要求されたからだ。


 もし、この技術を悪用されたら、洗脳どころの騒ぎではなくなる。だから、転送される情報は、飽くまでも意識のサンドボックス内に留まり様に制限を受ける事となった。つまり、一定時間が過ぎると表層意識への干渉を行った情報が置かれてあるメモリ空間そのものが一律にリフレッシュされて、干渉結果ごと消失する仕様となっているのだ。


 朝間ナヲミは、本来のスタイルではこの技術を受け入れていなかった。だが、五機の人工知性と情報だけでなく、経験をも分かち合う為には、受け入れざる得なかった。


 まあ、使ってみると、現在のそれは記憶に残っている程に悪いものでもなくなっていた。何より、五機の人工知性の躾の道具として有効であると関心させられた。


 そう言う意味で、朝間ナヲミと五機の人工知性は、かなり親密なネットワークで常時繋がれていた。まるで、共に感性を肌感覚で寄せ合う様な、「同一感」を獲得していた。


 連帯感ではなく、「同一感」だ。人間の親と子の関係の様に、いずれのどちらがが欠ける事が許されない。まるで、本物の家族の関係が醸し出されていた。


 しかし、朝間ナヲミは、掛け替えのない「同一感」にも終わりが訪れる事を知っていた。書き換えられた表層知識によって、日本国から本格的な義勇軍がタイへと送られて来る事実を既存の知識として伝達されたのだ。


 彼女達がギリギリの線を渡って作り出した時間的な余裕を効率的に使って、それなりの戦力を東南アジアまで送り出せる様になったのだ。おそらく、国内の政治的な根回しと、暴れがちな反政府勢力の押さえつけに成功したのだろう。


 日本国から来る新部隊の到着を待たずに、朝間ナヲミが預かった五機の三菱F-3Eと三菱QF-3Eは、今回の流星迎撃が終了後にフェリー用の整備を受けた後に日本への帰国する事が決定していた。ご丁寧に、フェリー用の空中給油機のフライト・プラン(仮)まで情報に添付されていた。


 朝間ナヲミは溜息を着く。これを自分が知ったと言う事は、同時に五機の人工知性もそれを知ったと言う事でもある。今のところは何の反応もないが、これからの作業を前に無関係な事に演算リソースを割かれても困る。


 ーーー少し、様子を見守った方が良いかも知れない。


 朝間ナヲミは、五機の人工知性のデータの処理量に大した変化が生じていないのを確認して、少しだけ安堵した。


 しかし、人工知性にとっての「幼年期の終わり」には、悪い事ばかりではないのかも知れない。五機の人工知性は、実証実験が終わったからと言って破棄処分される訳ではない。帰国後には、人間ではあれば"出世"が約束されていた。


 今後は、人工知能搭載機を統括するリーダー役に就くと言うのだ。岐阜の技術研究本部や航空装備研究所の辺りは、ゆくゆくは、自分が鍛えた人工知性を小隊長とする、完全な無人機小隊を作り出すつもりなのだろう。


 航空装備研究所は、昔から配布シミュレータまで用意した上で「空戦AIチャレンジ」などの機械学習コンテストを開催していた。彼等としては、「とにかく、自分達の時代がやっと到来した」と喜んでいるに違いない。


「お・・・」


 管制官が離陸許可を出している事に気付く。


「みんな。一郎(プリムス)に続いて。離陸直前には管制官と音声によるコミュニケーションをしてあげて。分かった? 行くよ」


 二郎(セクンドゥス)から五郎(クィーントゥス)まで、全機が「同意」信号を返して来た。朝間ナヲミは、最近の人工知性はしっかりと人語も話せると言う事実を見せ付けて、管制官を少し驚かしてやろうと思い付いたのだ。


「Don Mueang, Comet Busters leader with you.」


 ーーーWind 340 at 12, Runway 21R, cleared for take-off.


「Roger. Cleared for take-off, Runway 21R, Comet Busters leader」


 朝間ナヲミは、ランウェイ21Rを走り出し、彼女の小隊にはたった一機しか配備されて()ない有人機(F-3E)である一郎(プリムス)を無理なく離陸させた。


 無人機(QF-3E)である二郎(セクンドゥス)から五郎(クィーントゥス)も、朝間ナヲミに続いて離陸する。


 朝間ナヲミは、一郎(プリムス)にドンムアン空軍基地の上空を三周させている間に、全機、二郎(セクンドゥス)から五郎(クィーントゥス)との合流作業を終えた。


 そのまま、北方にあるラオス、メコン川北岸を目指して加速を始める。


 サラブリー上空に達する前に、全機が予定通りに荷電抵抗操作材塗布技術である"ドルフィンスキン"を作動させる。主翼やストレーキなど表面に、目には見えない電子的な動く"爪"が勃起する(励起ではない。念のために)。


 電子的な変化する"爪"は、空気力学では半分以上が説明出来ない効果を発揮して、空気抵抗と揚力のバランスに手を加えて、最低限の推力で高効率な上昇と加速を実現して見せる。


 五機は、すぐに外部からの観測では音速を超えた。ただし、音速超えを示すソニックブームの騒音は、基地近くの住人が聞き慣れたモノとはかなり違っていた。


 朝間ナヲミは、補正を加えなければ、自機が音速で飛行中である事を検出出来ない速度表示を見詰める。


 ーーーまっすぐ飛ばすのも難しかったじゃじゃ馬な(ドルフィンスキン)機体(実験機)で、初めて音速飛行させたのも私だったなあ。


 まだ子供だった頃、つまり昔話と言うか経験を思い出す。


 朝間ナヲミは、最近、まだ自分の事しか考える余裕がなかった頃の記憶を思い出す機会が増えていた。


 どうして、空を飛び始めたのか。


 最初はちょっとした好奇心だった。


 じゃあ、今は?


 既に好奇心はほとんどない。


 あの頃の好奇心は、完全に満たされて(使い果たして)しまった。


 だから、どちらかと言えば惰性で飛んでいる?


 飛び方を教えてくれた飛行教官達は、もう誰一人飛んでいない。


 一緒に飛び始めたヤツラも、もう誰一人飛んでいない。


 完全擬体保持者である為に、四肢や胴体に生身の分が皆無であった為に、肉体的なタイムリミットは朝間ナヲミの飛行を妨げなかった。加齢による、生体脳の危機認知力の低下も認められなかった。だから、そのまま、何となく飛び続けて来た。


 もちろん、次から次へとやって来る危機的(国際社会的)な状況が、朝間ナヲミをコックピットから下ろす事を許さなかったと言う事情もある。そして、時代の波や風に流されたり飛ばされたりしながら、コックピットに座り続ける事を良しとしたのは、彼女自身の決断だった。


 朝間ナヲミは、人生の進路を、かなり久しぶりに迷い始めていた。


 これも、これまで愛情を持って育てた五機の息子達(人工知性)が自律出来るまでに成長を遂げて、間もなく自分の元から離れて行くと言う現実と直面したせいかも知れない。


 一つの大事をやり切った。しかし、その後にはやりたいと思える大事が残されていない。


 朝間ナヲミは、神話や童話の世界で、魔王を倒した後で英雄が体験するだろう、「めでたしめでたし」や「どっとはらい」と書かれた物語閉じられた後に待ち構えていること間違いなし、燃え尽き症候群的な満足(憂鬱)に捉えられつつあった。


 そのネガティブな感情の正体は、案外、大事をやり遂げた者達が漏れなく負わされる事になる、どうにも避けがたい「呪い」であるのかも知れない。


 それは、大事を成し遂げる事を安易に夢見る者達にとっては、垂涎の「祝福」でもある。


 社会で広く知られる「知らぬが仏」なる知恵の、本当の意味を知った者は、常に「後悔先に立たず」をも実践済みである者でもある場合が多い。


 そうであるが故に、愚かにも大事をなそうと腰を上げて手を伸ばそうとする者は後を絶たない。


 朝間ナヲミは知っていた。


 自身もまた、愚かにも大事をなそうと腰を上げて手を伸ばしてしまった一人であると。




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