墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜24
一機の三菱F-3Eと二機の三菱QF-3Eが、信管が作動する前に爆散させられた大型ミサイルの多数の破片を浴びて索敵機能を喪失したサーブ社製の早期警戒管制機340 AEW&Cを上空から護衛しながら、メコン川を越えた。
何とか、ラオス領空を出て、タイ領空へと無事の中に入った訳だ。いや、入れた訳だ。
これで、タイ王国空軍の虎の子である早期警戒管制機の喪失は、一機で抑えられた事になる。
もし、人民解放軍・空軍が、あのまま第三波の攻撃を仕掛けていたなら、もう一機の340 AEW&Cは墜とされていただろう。
たった三機の三菱F-3Eと手持ちの中距離ミサイルだけで、どこから撃たれたのか分からない極超音速ミサイルの脅威から、戦闘機と比べて回避能力皆無のビジネス・ジェット上がりの空飛ぶレーダー基地を守り切れるとは思えない。
しかも、ただのビジネス・ジェットではない。ドンガラの上面には、ちんどん屋の飾り物に匹敵する、空力的に目立つ事この上ない洗濯板、或いは巨大看板上のレーダーが突き立てられているのだ。もし、これに回避機動を強行させたら、ミサイルによる近接攻撃を受けなくてもバランスを崩して自分から墜ちてしまうかも知れない。
ーーー人民解放軍は常識外れの戦術を採用した。
それが朝間ナヲミの率直な感想だった。やや呆れながらも、賞賛せずにはいられなかった。敵対勢力の指揮官の想定外の攻撃を実行する。敵の裏を掻く様に努める事は、賢い指揮官にとっては、誠に正当な戦略であり、優れた戦術である。
人民解放軍の一連の動きは、朝間ナヲミだけでなく、合衆国、西欧州、日本国の専門家にとっても驚くべき事実に満ちていた。
どうして驚いた? どうして予期出来なかった? 可能性を検討するに至らなかった理由は?
それは、民主主義国家軍の専門家達の思考が、自分達の価値観に縛られていたからだ。
この場合、相手の立場になって自分の価値観に照らし合わせて、次の出方を検討するのは愚策であった。
例えば、シビリアン・コントロール。例えば、経済性。例えば、人道や道徳。例えば、戦後への配慮。
人民解放軍は、いや、人民共和国は、その辺りの小賢しい選択制限から完全に解放されていた。民主主義国家政府が、自国軍に無限に続ける強い自制からは完全に自由だったのだ 。
だから、「こんな事はやらない」とか「ここまではやらない」と言う前提条件があると、自分達の常識に照らし合わせて、一方的な好都合を期待すること自体は間違いだったのだ。
民主主義国家軍の専門家達は、そろって、その辺りを十分に理解出来ているつもりだった。だが、その実はまったく理解出来ていなかった。
たった一千円の戦術目標に向けて、一千万円もの高価な弾頭を気軽に発射する。
民主主義国家軍でも、その価値観はもちろん持ち合わせている。ただし、それは防衛行動の時限定である場合が多い。例えば、都市防衛目的であれば、飛来する一発一万円のロケット砲や一機十万円の無人攻撃機に対して、一発数千万円の高精度誘導ミサイルを惜しげもなく連続発射する。
つまり、人民解放軍や人民共和国の専門家は、防衛目的でなく、攻撃目的であっても同様に、コストを完全に無視した兵器運用を許されている可能性がある。或いは、そうする様に巨大な権力存在から強制されているのかも知れない。
ーーー次にどんな攻撃を仕掛けて来るか全く分からない。
それまで時間を掛けて積み重ねて来た想定が全て崩された。民主主義国家と権威主義国家の関係は長い期間を掛けて熟成された信頼関係を喪失し、完全な相互不信の状態にあると言える。いや、正確には、民主主義国家軍が人民解放軍に対して、一方的に疑心暗鬼の状態に陥っただけである。
もし、民主主義国家軍の戸惑いを抱いた事実を、人民解放軍や人民共和国の専門家が知るところとなれば、自らの力が大きいとやっと認められた事の証明であるとして、驚喜するかも知れない。春節の食べ物七選でも炊く勢いで。
だが、実際はこの状態は人民共和国にとって、とても危険な状態にある。
何故なら、民主主義国家軍が拳銃で9mmパラベラム弾を一発だけ撃った場合でも、その報復として戦略級核ミサイルの発射が選択させるかも知れないとの覚悟を決めかねない所まで追い込んでしまうからだ。
過剰反応。ヒステリーを伴うそれに陥った人間や組織は、その瞬間に心の均衡を失っている場合が多い。そして、その種の人々は交渉相手としては不適格である。
世界の中心が地中海から大西洋へと移った頃、大航海時代全盛期、西欧の国々は、その種の人々を「蛮族」と呼んで、自分達と同じ様に心の均衡を持つ・・・「文明人」へと導く為と言う弁明をもって、全世界の植民地化に着手した。
余計なお世話であるが、それを押し付ける隙を与える行為を続けると「蛮族」と認識されて、征服しても構わない対象として認識されるらしい。
「蛮族」と見做されて支配目的の攻撃を受けたくなければ、「国際法」を学んで知恵で対抗するしかない。
これもまたとんでもないことである。
「国際法」は、西欧の国々が作ったルールであり、そこで部外者であるアフリカやアジアの国家が戦う事は完全にアウェイ状態の苦労を伴う。
しかし、単純な武力・政治力で対抗出来ない以上は他に選択の余地は無い。拒めば、即日の中に攻撃に曝されて翌日には主権を完全に剥ぎ取られかねない。不平等であろうが、不利な戦場であろうが、その条件下の戦いに応じるしかないのだ。
おそらく、日本海海戦でバルチック艦隊を全滅せしめた東郷平八郎もまた、英国の商船学校への留学時代にその冷酷な事実を肌で感じたのだろう。それで、その後の彼の人生だけでなく、日本国の運命さえを左右する事になる「国際法」を、西欧人の言うがままに蹂躙されずに済むべく必死に学んだのだろう。
西欧の先進国々は、自分達と価値観を共有出来ない社会を総じて「蛮族」と指定して、「蛮族」が住む全地域をグレートゲームの舞台であると信じ切っていた。それが正義であるとさえ、嘯いていた。
「国際法」に対する理解や行動で国家の文明の成熟度を測っていた。また、「国際法」とはそれ遵守している文明国家であると認められた国家同士の間でのみ適応される。つまり、「国際法」を理解しない国家は、「蛮族」であり国家として認められない。故に、「国際法」で保障された権利を持ち合わせない。適応されないのだ。
こんな理屈、国際的慣行を根拠に始める侵略行為を、抑止するどころか肯定していたと言う厳しい現実もある。
西欧の先進国々は、自分達が決めたルールの中で活動する国家組織だけを、非蛮族と捉える意識が高過ぎる先入観に頭から爪先まで捕らわれている。それは、ルネッサンス期でもそうだったし、21世紀になってもその傾向はほとんど変わっていない。
人類が唱える「多様な価値観の共存共栄」と言う「寛容」の精神が一つに統一・統合出来ていない点。「寛容」の有り様ではなく、「寛容」を認める「多様性」の幅に関する主張合戦が、より「多様化」、いや「分裂」を引き起こしている。
乱立する多様で多彩な「寛容」同士のぶつかり合い。
それぞれの「寛容」が優劣を競い合うと言う矛盾。
とどのつまり、、自分達が認める「寛容」の有り様のみが唯一無二に正しい「多様性」だと競い合っている。
ーーー唯一無二と言うより、唯我独尊状態。
つまり、「多様性」の支持者を自負する者達同士ですら、「多様性」を求める当事者ではないに限らず、争いは絶えない。
一連の流れを眺めていると、「多様な価値観の共存共栄」と言う「寛容」の精神が成立するのは、エゴチャンバー、いや間違えた。エコーチャンバーの内側と言う極めて狭量な許容性の内側でのみ成立する、あまりにも脆い徒花的文化である気がしないでもない。
ーーーこれをもって、この種のイデオロギーの持ち主「お花畑」と揶揄しているのかも知れない。
この一点を観察するだけで、人類の精神は暗黒の中世から対して進歩・発展していない事が分かる。
西欧の先進国々の価値観を眺めても、自分達が世界の文化的リーダーであるとして、思い上がりが激し過ぎはしないだろうか。
しかし、仮に彼等の価値観や思想が間違っていても、それによって世界の社会が回っている以上それに従うしかない。彼等の価値観や思想が間違っていても、その他にそれ以上に間違いが少ない価値観や思想が見当たらないなら、または許容出来る価値観や思想が見当たらないのならば、仕方がないではないか。
例え、社会を計る定規の目盛りが見るからに不正確だとしても、定規その物が存在しないより、在る方が幾分はマシだ。不正確な定規を使ってでも、緊急避難的に一定の秩序ならば作り出せる。
そして、完璧からは程遠い(一定の)秩序を原型として、より正確な定規を作り上げて更なるしっかりした秩序を作れば良い。今は、その繰り返しの途中であるとも言える。
今のところ、秩序作りに参加する為には、否が応でも、西欧的な価値観と正面から対峙するしかない。その為には、長いものには一度は巻かれなければならない。
何故か。西欧的な価値観の方がそれ以外の価値観と比べて、相対的に、圧倒的に強者であるからだ。
フィレンツェ出身のニコロ・マキャヴェリさんも「武装していない預言者は必ず失敗する」みたいな言葉を残しているではないか。
環境が異なると言うに関わらず、西欧でも、アフリカでも、アジアでも、何故か等しく、
正論に対しては必ず既得権益者が異を唱え、行く行くは正論を支持していた者の多くも最終的には反対に回る。
マキャヴェリさんの言葉も、自分の経験に基づいた、歴史的事実を指してこの言葉を述べたのだろう。
結局、問題を解決するのは正義を生み出す頭脳の方ではなく、筋肉が発生させる腕力の方である。
ーーー結局、筋肉は全ては解決する。
我々は、歴史的に、絶対的に正しい指導者ではなく間違いの少ない指導者を選んで来た。言い方を変えれば、絶対的に正しい指導者を選び続けた社会は漏れなく滅びた。日本国が未だに存続しているのは、皇紀成立以後の祖先が間違いの少ない指導者を選び続けた結果だ。
運の味方もあって、紀元前660年から日本国は継続しているらしい。
仮に、100年間の継続であっても、間違いの少ない指導者を選び続ける必要がある。そうでなかったから、筋肉だけならば十分過ぎる程に保有していたソヴィエト連邦が、呆気なく更に早々に滅びた訳だし(これは、筋肉を鍛えるだけでは、巨大国家は維持出来ないと言う事実も示唆している)。
裏表のない素敵な女性が存在しない様に、すべてを許してくれる完璧な男が見当たらない様に、全ての価値観を認めてくれる完全無欠の指導者や、それが支配する社会もまた探せど探せど発見出来ない。
そんな理想は現実社会では成立しないからだ。する筈がない。してはならない。すれば、それこそが人間社会の最終形態となり、それ以上の進歩は望めなくなる。
だからかも知れない。人間社会では、間違っている強者の方が、正しい弱者よりもより高い支持を受ける。こればかりは、すべての人類全史を通じて「そうだ」と言い切れる原罪の一つであったし、あるし、この先もそうあり続けるだろう。
もし、遙か未来にこの原罪を克服する事が出来るならば、その時の人類は、既に人間ではなくなっているに違いない。もっと高い次元の知性へと昇華していない筈がない。
以下の評価が間違っていようが。正しかろうが・・・。
ーーー人民共和国は、武力を使って行う政治折衝の対象ではなく、道理を持たない「蛮族」の群であるのかも知れない。
そう言う雰囲気が国際社会に漂い始めた。
実際の所、その様な風評は事実無根であるだろう。しかし、国際的な株式相場や為替相場と等しく、この種の批評に必ず付いて回り大きく影響を及ぼす「雰囲気」が醸し出されると・・・ドミノ崩し的な勢いで情勢は塗り替え始められてしまう。
こんな感じで双方の認識の乖離が進むと、その後は誤解に基づく交流の連続となり、コミュニケーションがまったく成立しなくなってしまう。
人民共和国は、「絶対に引き返せない一線」を確かな歩みで超え始めていた。おそらく、当事者にはそう言った認識は一切なかっただろう。それだけに、彼等は無邪気に、きっとスキップを楽しみながら、躊躇なく勢い良く飛び超えてしまったのだろう。
このような理屈で、民主主義国家群の指導的な立場を負う国家の指導者達と経済強者達は、人民共和国が「国際法」の庇護や適応の範囲外である可能性を論じ始めてしまった。
一機の三菱F-3Eと二機の三菱QF-3Eは、朝間ナヲミ三佐の指揮の下、自機よりも巡航速度が遅い340 AEW&Cの上を左右の蛇行で入れ替わりながら上空を確実にカバーしながら飛行中。
詳細な飛行コースは異なるが、イメージ的には第二次世界大戦のドイツ空爆用の爆撃機の群を守る護衛機が採ったスネーク・ダンスとほぼ同じである。
ラオス上空でではなく、地上も含むラオス全体で、先の敗戦がもたらした大混乱が生じている。その瞬間、ラオス領空には味方勢力が皆無と言う状態が成立していたからだ。もし、このタイミングで人民解放軍・航空機による対地攻撃が徹底されたなら、完全に無防備な陸上戦力は根刮ぎ叩かれてしまう。
朝間ナヲミは、舌打ちした。そのせいで、全機が撃墜された「アリンタラート」の「ホーネット隊」のパイロット達の救助・捜索作戦が未だに実行されていない。
自分か、それとも三菱QF-3Eに搭載される人工知性の誰かに無人機の一群の指揮権を委ねる様にと上申しようかと考えていた時、空軍の指揮ネットワークではなく、プライベート回線で最重要呼び出しが入った。一方的なメッセージではなく、双方向通信、それも半ダイブを呼び出し主は望んでいる様だ。
誰かと思えば、とても懐かしい相手だった。
ーーークイーン・オブ・クローバー。
かつては間接的に激しく戦った敵であり、それが今となっては定期的に指揮権を持つ上司。自由主義諸国が作り上げた世界的な対天体被害互助機関「連合スペースガード」の、事実上のナンバー2と言う社会的な立場に収まっている。
業界隠語では、「人形遣いの人形」である。当初は、それは侮辱混じりのスラングであったが。だが、今では信頼や羨望混じりの形容句へと価値観が書き換えられている。
実際、クイーン・オブ・クローバーその人不在では、「連合スペースガード」は組織を維持出来ない。史上初の、本当の意味での連合航空宇宙軍の統合運用は、まだまだ個人の力量に負うところが多かった。
何より、マニュアルがない。
それはそうだ、活動範囲は成層圏から月周回軌道までである為に、大気圏内と大気圏外と言う二種の環境に渡る行動計画のチェックを出来る人間はそう多くない。それ程広域に渡る環境をカバーする専門家や実務家の不足が原因だ。
ーーー人手不足。地上でも宇宙でも、その様相に変わりはない。
ところで、人形とは、彼女が全身サイボーグであってこそのスラングだ。
朝間ナヲミは、呼び出しがプライベート回線だったので飛行中である事を理由に、呼び出しを断るかどうか少しの間迷ったが、それも大人気がないかと思い直して応じる事にした。搭乗中の三菱F-3Eの制御と小隊全機に対する指揮権を、一時的にではあるが人工知性の「一郎」に委ねた。
朝間ナヲミは、仮想現実空間へと半ダイブして元・宿敵からの呼び出しに応じる。機密性の高い軍用回線の電波だけ拝借したP2P通信で、二つの擬体に予め埋め込まれている暗号符号を通す事で秘匿性を上げている通信である事に気付いた。
これは互いの擬体に、セキュリティ上の問題がないと確信していなければ実行出来ない通信方法だ。深読みすれば、懐かしい相手は、朝間ナヲミを強く信頼していると言うジェスチャー以外の何物でもない。
かつては、猪突猛進ばかりが目立つ、力任せの電子オペレーターだった。今では、こんな政治的な小細工を息をする様に振る舞いに織り込める、抜け目のない電子コマンダーへとクラス・チェンジを果たしている様だ。
朝間ナヲミは、この呼び出しが、プライベートに偽装した戦闘目的の通信であると悟った。であれば、面倒事を持ち込まれない筈がないと判断し、仮想現実的に持ち上げる受話器を持ち上げる腕を戻したくなってしまった。
しかし、受話器をこのまま落としてしまう訳にもいかないので、観念してキチンと持ち上げる事にした。
「おまたせ。久しぶり」
朝間ナヲミは、仮想現実空間で待ち構えていたクイーン・オブ・クローバーに素っ気なく声を掛けた。
ーーー久しぶり。茶番はなしで行く。
「了解」
彼女に関する積み重なるほどに多くの記憶がある訳ではない。おそらく、自身よりも、パートナーの森 葉子の方がよっぽど濃い付き合いをしているだろう。
2040年代に初めて現実世界で対面した頃と変わらぬ、少女型のサイボーグ・ボディに今でも宿っている(最低でも数回の大調整、そして一度くらいはボディそのもの乗り換えを経験しているだろうに)。
ボディの外観的特徴は、コーカソイド的に白い肌質と近年ではあまり見掛けない赤髪。赤髪は三つ編みで結ばれ、20世紀初頭、つまり児童文学作家として名高いL.M.モンゴメリーが活躍していた時代の少女達の間で流行していた丸い襟で首回りを飾られたブラウスで、いや、ブラウスを覆うジャンパー・スカートの上部装甲でささやかに盛り上がる胸板を完璧に隠し尽くしている。
締め付けのキツくない腰付きは、ジャンパー・スカートの下部で隠されていて全く見えない。長めのスカートがが。みぞおちの辺りから床に向かって嫋やかに落ち行く。
一言で評すれば、「清楚な装い」である。
見る者が見れば、小説「赤毛のアン」のヒロインであるアン・シャーリーをモチーフとした調整が行われている事は自明の理だ。
ただし、クイーン・オブ・クローバー本人は、この様に高度で複雑な調整を徹底したり、コーディネイトを思い付く様な、きめ細やかな少女趣味は持ち合わせていない。どちらかと言えば、アマゾンの熱帯雨林でも力業で道を自然体で切り開く、いわゆる無頼者だ。
仮に、繊細なベネチュアン・フリルが散りばめられた小洒落なドレスを与えられていたとしも、必要とあればその格好のまま片手に握った鉈を振り下ろしながら密林へと突入するだろう。
ーーーそれも、一切、躊躇なく。
フリルが千切れようが、ドレスを覆う上質の生地が泥や草木の染みで汚れてしまおうが、目的達成を優先する為にはまったく気にならない。そう言うタイプなのだ。
仮想現実内で見える姿は電子的に構築されたものなので、クイーン・オブ・クローバーが実年齢に基づいてアバター化されている訳でない。むしろ、熟練のドール・マスターが念入りに仕上げた、想像上の偶像を有り得ないほど忠実に現実世界と仮想現実世界へと召喚せしめている。
アバターなので、単なる電子情報である。処理が重くなるので、ここまで重厚なレイヤーを実装する必然性はない。場合によっては、通信者を示すアイコンをアバターに流用しても十分に用が足りる。つまり、無駄な事に物凄い労力を割いた結果が、クイーン・オブ・クローバーが見せ付ける、溜息が出るほどに美しいアバターの有り様である。
ーーーこんなニッケルにもならない無駄事に情熱を注がなくても。
いや、ニッケル・コイン(5セント)にもならない事だからこど、拘るべきと言う理屈が通るのがこの世界なのだ。粋とか数寄とか。
溜息が漏れる。クイーン・オブ・クローバーこそが真っ白な"100号Fキャンバス"であり、稀代のドール・マスターがそこで思うがままに腕を振るっている。
今も、昔も変わらず。
普遍振りを見せ付ける。
それがやや鼻を突く。
朝間ナヲミは、稀代のドール・マスターこそが、彼女の旦那その人である事を知っている(そいつもかつては朝間ナヲミと敵対していた)。そして、あまりにも尊いアバターが放つ重厚感を通じて、人形遣いによる、クイーン・オブ・クローバーへ捧げられた偏愛が未だに顕在であると強制的に認識させられる。
ーーー男とは、女と違って、ここまであからさまに社会に向かってパートナーの私生活への関与を声高に宣言せずにはいられない生き物なのだろうか?
朝間ナヲミは、素朴な疑問を当人に対して投げかけたいと言う誘惑に駆られた。しかし、大人であることを理由に、喉元まで出かけたそれを何とか呑み下した。
朝間ナヲミは、森 葉子の有り様に強く干渉する事はない。逆もまた然り。
その種の強い干渉は、パートナーに大きな負担と感じさせずにはいられない、ある種の"重さ"とは根本的に異なる。朝間ナヲミは、単純な、マーキングの一種なのだろうと理解していた。
朝間ナヲミの価値観では、きっと、稀代のドール・マスターによる「オレの女に手を出すな」的な主張であるとしか理解出来なかった。
朝間ナヲミの見立てでは、女と言う人類種の半分は、その種の強い干渉を自身で纏うことを許容してくれる個体と許容してくれる個体の二種に別れる。
そして、パートナーによるその種の強い干渉に対して、束縛が強過ぎると感じる女、或いは、自分を包み込んでくれる正しく順当な配慮と感じる女と異なる性向を持つ個体に別れるのかも知れない。
以上は男と言う生き物を詳しく知らない、或いは共同生活者としては全く以て興味がないと言う朝間ナヲミらしい、実に一面的で薄っぺらな観察結果だ。しかし、人間と言う生き物は興味の無い相手に対しては極めて冷徹で、形ばかりの観察しかしないものである。だから、これは仕方がない。
兎も角、朝間ナヲミの価値観に照らし合わせれば、朝間ナヲミは明らかに不要な束縛を拒む前者であり、クイーン・オブ・クローバーは強い束縛を欲す後者である。
まあ、何を幸せと感じるかは人それぞれが判断する事柄であり、単に好き嫌いと言う印象の違いに過ぎない。そこに正否や優劣は決して存在しない。ただ"違う"だけだ。
なお、朝間ナヲミ本人の装いは、森 葉子が、海上プラットフォーム対応護衛艦「ひゅうが」で日本から出航する直前に送ってくれた、デートの途中に寄った三年前にユニクロ会津若松店で買った特売品、七分丈のボトムスやトップスだ。適当に洗って色落ちしても言い様に、深い色の生地で作られている(皺になりにくい優れものだ)。
これらちぐはぐな装いを背負う二人は、仮想現実空間で膝と膝を突き合わせて対面。話し合いを始める。
ーーー貴官の身柄を、直ちに「連合スペースガード」へ移籍させたい。
「空軍から民間軍事会社へ移したらと思ったら、今度は「連合スペースガード」へ復帰?」
朝間ナヲミは流石に呆れた。日本国・海上自衛軍の艦艇から軍人として離陸した。着陸したらいつの間にか、ラオス北部での空戦に従事する為に民間軍事会社へ復帰させられて、タイ王国を顧客として防空業務の受託者なっていて驚いた。今度は、流星迎撃を主な目的とする「連合スペースガード」へ復帰しろと言う。
ーーーそう。申し訳ないとは思っている。しかし、久しぶりに世界の危機が来たから諦めて。
「世界の危機?」
かつて、世界の危機を作り出した元・少女の二人が、今度は他人が引き起こす世界の危機への尻ぬぐいを求められているらしい。何とも皮肉なことである。
ーーー広徳ロケット発射場と酒泉衛星発射センターの動きが昨日から怪しい。どう言う訳か、ミサイル運搬車だけでなく、輸送起立発射機やサイロの方でも動きがある。ロケット軍の雲南基地でもフル稼働状態に入った。
「あっちゃー」
ーーー第二砲兵部隊政治委員、ロケット軍司令員、ロケット軍政治委員がまとめて48時間連続で行方を把握出来なくなった。
「推定される落下地点は?」
ーーーヴィエンチャン。バンコクが追加される可能性もあり。
「長距離弾道ミサイルで・・・合衆国本土とか、グアムとか・・・日本国は?」
ーーー低軌道を回る情報衛星の軌道再調整は、全てマレー半島を南北に貫く子午線上に集中している。
「目的は?」
ーーー戦略は不明。何を勝利条件としているのかも現段階では不明。
「ブラフではなく、最後までやる気なの? 発射確率は?」
ーーー私個人では100%。旦那の組織の見立てでは70%。
「100%の根拠は?」
ーーー元来ケチな人民解放軍が、これだけのコストを掛けた人員と物資の移動をしておいて、ブラフで済ますなんて事が派絶対にない。
「ウクライナ侵略と同じパターンか」
ーーー価値観が違うんじゃない。追い詰められてやらされているつもりかもよ。
「そこまで分かってるなら、合衆国もそろそろ本腰入れても良いんじゃない? 太平洋艦隊をいつまで隠してるのよ?」
ーーー合衆国の筋は不明。おそらく、アンタの義父がこの件に絡んでると思う。
「なるほど。ごめん」
ーーー中距離弾道ミサイル「DF-26」と準中距離弾道ミサイル「DF-21」に電源が繋がれた。
「弾頭は?」
「DF-26」は、核弾頭、HE弾頭、集束弾頭、化学弾頭、EM弾頭P、GBI弾頭、ASAT弾頭に対応している。なお、核弾頭は3つほど搭載出来る。
やや小型の「DF-21」は、核弾頭、HE弾頭、集束弾頭、化学弾頭、EM弾頭Pに対応している。なお、搭載可能な核弾頭は1つだけだ。
ーーー核弾頭とGBI弾頭。
「何でGBI弾頭?」
GBIとはGround Based Interceptor。防衛用に用いられる地上発射式の弾道弾迎撃ミサイルである。
ーーー相互確証破壊まで覚悟しての事かも知れない。
「で、どう対抗するつもり?」
ーーー先の、地球接近天体「2069MN3」への当方への迎撃活動妨害。また、故意にラオス領内に落下させた行動を「国境を跨いだテロ攻撃」と認定する。それを根拠として、我々は団結して自衛権を行使する。
「具体的には?」
ーーーこれから人民解放軍が行う弾道弾攻撃を、戦闘行為でなく宇宙天災の一種と拡大解釈する。
「根拠は?」
ーーー打ち上げられた弾頭は等しくカーマンライン線を越える軌道を採る。これを人工的な地球接近天体として排除する。
「めんどい。上昇ステージで攻撃して良い?」
ーーーごめん。いまはまだダメ。弾道がカーマンライン線を越えると同時に地球接近天体認定して、即座に小惑星番号を割り振るまで待って。
「何と言う無茶振りを」
ーーー相手が先手先手を取るから、対処が間に合わない。民主主義社会の弊害かな。
「権威主義社会に信望しちゃった?」
ーーー私にしてみればどっちでも構わない。ただ、旦那の仕事の手伝いをしているだけだから。
「ごもっとも」
ーーーアンタが承認してくたら、同時に身柄をこちらで引き取る。仮に、後から提訴されて国際裁判が始まっても、それで全ての責任を指揮者である旦那に回せるから。
「瀬戸内シージャック事件みたいのは勘弁ね」
ーーー調べた。へんな人達への対処はこちらが責任をもってスマートに対応する。アンタの国の屁理屈は国際社会では通用しないから。
「じゃ、承認」
ーーー承認を確認。じゃ、最初の命令。着陸先をウドン・ターニーからドンムアンに変更。
「バンコクまで戻るんだ」
ーーー流星迎撃用ミサイルのストックはウドン・ターニー基地にはないでしょう?
「了承。それと・・・」
ーーー何かしら?
「撃墜された「アリンタラート」のティティワット大尉達の捜索と救助の依頼を、「即時」扱いで合衆国経由で現地に入れておいて。そっちに出向済みの私はもうあっちの指揮系統から外れた事になってるから」
ーーー分かった。やっといてあげる。
朝間ナヲミはそこで半ダイブを終えて、仮想現実から現実へと戻って来た。
三菱F-3Eのインターフェイスへ電子的にアクセスしようとすると、三菱F-3E全機の所属が「連合スペースガード」へと移動済みであるとのメッセージが入って来た。そして、行き先が既にドンムアン空軍基地へと変更されていた。
どうやら、人工知性が「察して」そのまま「忖度」で行動を起こしていた様だ。ドンムアン空軍基地の管制官ともコンタクト済みで着陸要請と予定がすでに送信済みだ。
朝間ナヲミは、良く出来過ぎた息子達の熟成具合に驚きを覚えた。決定的な選択行為でない限りは、自発的な行動を取ることに躊躇しなくなっている事にだ。
「末恐ろしい・・・」
朝間ナヲミは、これを喜びの感嘆を込めて独り言として唱えた。そして、五人の息子達は、母が漏らした褒め言葉を決して聞き漏らさなかった。




