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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
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墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜23

 タイ王国の民間軍事会社「アリンタラート」、航空士官のティティワット大尉が隊長を務めるボーイング・FA-18A+「ホーネット」だけで構成される飛行隊が、メコン川に向けて高度4千,000mのタイ王国領空を飛行中。


 たった4機ではあるが、民間軍事会社「アリンタラート」に残された、絞り滓まで掻き集めた、掛け値なしの総戦力だ。


 この満身創痍こそが、ラオスとタイが抱えている航空戦力の現状である。


 正規軍の方はもう少しマシではあるが、ラオスに於ける戦闘で積み重ねられた消耗具合は、崖っぷちまで追い詰められていた。


「アリンタラート」の「ホーネット」は既に約半数が撃墜されるか、基地滑走路に着陸後に二度と離陸出来ないと言う撃墜判定を喰らわされていた。


 タイ王国空軍(RTAF)が使い古したサーブ社製のJAS 39「グリペン」で構成された別の飛行隊の方は、先週の段階で既に全機体の喪失扱いとされ、事実上解散させられていた。


 ーーー戦闘機を即時に補充する手段がなかったからだ。


 懐事情が許さなかったせいもある。


 空軍博物館の展示物から部品を剥ぎ取ったり、空軍施設のゲートキーパーの再就役を検討する所まで追い詰められていたのだ。実際、ドンムアンにある空軍博物館の館内入り口にの壁に貼られていたF-16A、エアコン室内で展示されていたF-16B、JAS 39はバラバラに分解されて、継ぎ接ぎ状になって現用機の一部として空戦へ投入されていた。


 まったく、経済的制約に縛られていた為に、悲しくも旧型機だけを運用しながら、パイロットの能力以外はアップデート出来なかったにしては、消耗戦に突入済みの過酷な戦場を、想定外に長く耐え抜いたと評価すべきだろう。


 当然、「ホーネット」で構成されるティティワット大尉の飛行隊の方も、とうとう維持限界を迎えつつあった。


 ーーー東南アジアを代表する民間軍事会社「アリンタラート」の落日。


 1978年に初飛行を終えた、YF-17を原型とする機種に刻まれた酷使の深い跡は、メーカーや設計者が想定していた許容ダメージ(耐用限界)を遙かに上回っていた。合衆国の砂漠のスクラップヤードや、マレーシア空軍の廃品置き場から必死で掻き集めた補修部品のストックも底を突いて久しかった。


 ーーー未だに前線を維持する戦力として日々続けている事が不思議だとも言えた。


 次に生き残りの「ホーネット」の中の、更にもう一機だけでも大きな損傷を負えば、民間軍事会社「アリンタラート」のそう長くはない歴史は終わるかも知れない。いや、そうでなくとも、そう遠くない未来に、溜まりに溜まった負債などを整理するために、人工的に発生させた損益の山に潰される形で、企業倒産の処理作業へと入るだろう。


 ティティワット大尉としては、それはそれで仕方がないと割り切っていた。そして、自社が計画倒産する時まで生き残っていたならば、それを引き際として、長く続けていた戦闘部隊からはしっかりと足を洗おうと考えていた。


 ティティワット大尉は、元正規空軍のパイロットである。現場では十分に実力は認められていた。しかし、お坊ちゃま上がりのエリート達と上手くやっていけるほどに「大人」にはなりきれなかった(本当に協調性の高く、更に優秀な戦闘機パイロットである様な人物は、極めて希少性が高いマイノリティーである)。


 空戦訓練などのを通じて技術や実力で圧倒的に勝っていても、お坊ちゃま上がりのエリート達が背後に抱えている両親や親類などの軍高官が発揮する政治力には到底叶わない。結果として、ティティワット大尉は、突然に補給部隊が抱える小型輸送機のパイロットへの機種転換の命令書を突き付けられた。


 これは国家としての大損失なのだが、発展途上国ではその辺りの現実的なバランス感覚の持ち主は、出世に関しては絶望的と断言出来てしまう不思議がある。


 呆れたティティワット大尉は、さっさと「官」から「民」へと下って、どこかのマイナー国家のフラッグシップ・キャリアの機長でも目指すつもりだった(できればLCCへの就職は避けたかった)。だが、退官後の就職活動でもかつての同僚達からの妨害を受けた。


 人民共和国の、奇妙な程に高額な準備金をエサに、国外から(・・・・)人材を釣り上げる事で知られる民間航空会社からも目を付けられた。これは、正規軍への不満を積もらせ、いわゆる「外国の代理人」となれる後天的な資質を期待されてのことだ。


 そこで慌てたのが退役空軍パイロット達が作る固有名称を持たない"組合"、または"互助会"である。現役の空軍組織が何を考えているのかは理解出来ない(おそらく、何も考えていない。考えている前提で検討するので、どうにも理解出来ないだけである)。それでも、最優秀の一人として数えられる猛者に、外国の援助源の影響下に入られては困る。"組合"の上層部には、その程度の想像力を持つ実力者が多数存在していた。例えば、隣国のアグレッサー部隊(仮想敵業務組織)のパイロットとして活躍されては、国益を大きく損なう事になる。


 ティティワット大尉は、「外国の代理人」となる素振りを見せなかったに関わらず、「官」によって問答無用でパスポートを取り上げられた。それは、"組合"或いは"互助会"からのメッセージを受け取った外務省(กกต่ป)の役人。長いものには巻かれろ的に適当な処理したせいで生じた圧倒的な落ち度だった。


「官」は"組合"或いは"互助会"の想定を激しく上回る程に非常識(お花畑)であった。


 当然ながら、それがますます事態を悪化させた。ティティワット大尉が個人的に憤慨したからだ。"組合"或いは"互助会"も流石に同情し、「官」とは違って猛省し、これで完全にティティワット大尉支持へと態度を決定した。


 その後、何だかんだありながら、激しく叩かれた出る杭(・・・)は、目出度(めでた)くも立ち上げ中の民間軍事会社「アリンタラート」に幹部パイロットとして拾われて、現在に至る。


 ティティワット大尉の年齢は既に四十代に入って久しい。ハードなトレーニングと節制的な私生活の成果もあって、肉体年齢は三十代と評価されてはいる。それでも視力劣化の兆候は現れている。


 例えば、飛蚊症だ。他にも、長年に渡ってGに高耐えて来たせいで、間接各所にもトラブルの兆しを感じる様になった。


 実際、士官学校同期のパイロット達で、未だに戦闘部隊で飛んでいる奴は彼を除いて一人もいない。


 ウイング・マークを保ちながら、既に真面に飛行する能力を失った者達ばかりだ。中には、規定飛行を行っていないにも拘わらず政治力によってウイング・マークを保っているクソもいる(飛行服が着れないくらいに、控え目とは言えない程に腹が出ている高級幹部(事実上の元パイロット)も多い)。


 だから、自分自身もそろそろアガリを迎えても良い、いや迎えるべきだと感じ始めていた。以前は大きなミスを起こす前に大切な機体を後身に託したいと朧気に思っていた。だが、突然に大きな紛争(大尉の感性では戦争だが)が起こった御陰で、共産主義先兵の魔の手から、託された「ホーネット」を有効に活用して母国を守護する手助けが出来た。


 それは、彼の士官学校の同期のパイロット達には、誰一人体験出来なかった名誉だ(ただし、勲章などを授かる事は決してない)。


 同期のパイロット達の全てが、彼が得た体験を名誉と感じるかどうかは分からない。むしろ、高齢を盾に災難から逃れられて幸運だったと感じているかも知れない。しかし、それでもティティワット大尉は、他人とはなかなか分かち合えない充実感に満たされていた。


 共感できる誰かが思い当たらない事に、全く恐いとは思えなかった。


 そこで、自分の精神の後方に、引っ掛かる何かが一つだけある事に気付いた。


 ーーーいや。


 ティティワット大尉は考え直した。


 ーーーあの日本から来た少佐となら、この充実感も分かち合えるかも知れない。


 ティティワット大尉は、ブラウン管から無理矢理にタッチパネルへと付け替えたモニターに目を向ける。二、三回指をタッチし、最後にスワイプして周辺空域の状況を確認する。


 ヴェトナム上空とミャンマー上空、更にタイのウドン・ターニー上空に、それぞれ一機ずつのサーブ社製の早期警戒管制機340 AEW&Cが巨大な円を描いて飛行(滞空)している。そして、更に上空1万5千,000mのあたりで、日本の民間軍事会社から送り込まれたステルス機である三菱F-3Eの小隊がティティワット大尉の飛行隊をカバーしてくれている。


 更に、ここからは戦術コンピューターの予測混じりだが、雲南省普洱市上空と広西チワン族自治区上空の辺りに大型の早期警戒管制機、おそらくKJ-2000が二機展開している。そして、AVIC・J-20「威龍」の飛行隊が潜んでいると想定されるいくつかの空域も示してくれている。


 小型早期警戒管制機 vs 大型早期警戒管制機の戦い。


 ドンガラが小型機である340 AEW&Cに対して、大型機のKJ-2000がスペック面は圧倒的に秀でている。二機種はまず、巡航高度の高低が違う。KJ-2000ならば9千,000mの高度を余裕で維持出来るので、山岳地形で生じる死角によりレーダー視野が影響され辛い。


 更に作戦継続時間や一度に対応できる目標の数で競っても、ドンガラの大きなKJ-2000に利がある。レーダー操作員の数からして全く違うので勝ち目はない。


 機材を詰め込む機内容積や機材をフル活用するの必須な戦闘用電源供給量の差まで考慮すれば、2対3と言うアンテナのポジション数上の優位があっても340 AEW&Cの側が不利に見える。


 しかし、電子システムのパッケージングのバランスに関しては、実戦経験豊富な欧州メーカーが作り上げた340 AEW&Cの方に分がある。スペックには現れないフィーリングの事と言っているのではなく、現実に見合ったハードと、ハード見合ったソフトでキチンと構成されていると言う話である。


 更に、340 AEW&Cに代表される西側の電子兵装は、欧州勢と合衆国のメーカー同士で効率面で(しのぎ)を削り合うほどの競争に曝されている。多種に渡るプラットホーム間で活用可能な情報伝達システムが与えられているなど、完全に統一された巨大な国内市場だけで食っていける為に、国外輸出を国際援助(縄張り主張)の一環として行っている人民共和国のメーカーにとっては全く不要な苦労から、どうにも逃げられない。


 弱肉強食環境で生き残るメーカーの製品こそが、最大効率を発揮出来る場合が多い。そう考えると、両陣営の早期警戒管制機同士の戦力はまあ、互角であると評価して良いだろう。


 ボーイング・FA-18A+「ホーネット」単体のパワーでは、それらの情報の一角すら収集出来ない。大洋をたった一艘の小舟で航海している様な錯覚に陥ってしまう。しかし、「ホーネット」よりずっと後に誕生した機体達のアシストの御陰で、自分達を取り囲んでいる状況をそれなりに客観的に眺める事が出来る。


 ティティワット大尉は、自分達が「駒」であると自覚していた。そして、重要なのは「駒」の動かし方を決める「頭脳」であると。だから、「ホーネット」が直接対峙するJ-20「威龍」が自称第五世代のステルス機であろうとも、あからさまに不利な状況にあるとは考えていなかった。


 何故なら、J-20「威龍」が長距離ミサイルなり中距離ミサイルをぶっ放す前に、こちら側の「頭脳」が待避支持を与えてくれるからだ。J-20「威龍」の拳を振る付ける腕がどれだけ長くても、早期警戒管制機の持つ視野ほどは広くはとどかない。


「ホーネット」は、J-20「威龍」の拳が届かない相対距離を常に維持し、J-20「威龍」の隙を突ける一方的に優位な状況下でのみ接近して中距離ミサイルを発射する。発射した後にミサイルを制御するのは「ホーネット」ではなく、ミサイル自身であったり、早期警戒管制機のオペレーターだ。だから、ティティワット大尉は、ミサイル発射後は一目散に逃げれば良い。


 楽勝そうに見えるかも知れないし、聞こえるかも知れない。しかし、この回避機動能力が重視される戦術であっても既に二機の「ホーネット」が彼の指揮下で撃墜されている。それに対して「ホーネット」隊による戦果はJ-20「威龍」一機に留まっている。人民解放軍・空軍に対して圧倒的に熟練度の高い「頭脳(早期警戒管制チーム)」をもってしてこれである。


 やはり、人民解放軍・空軍の優勢に変わりはない。報道される印象だけを何とかイーブンっぽく持ち込めているのは、「ホーネット」をエサとして引き寄せたJ-20「威龍」を、日本から送り込まれた三菱F-3Eが遠距離攻撃で撃墜を微増させているからだ。もし、日本からの援軍がなければ、戦況も報道ももっと悲惨な様相を呈していただろう。


 二社の民間軍事会社の協業によって、何とか戦況の印象だけをイーブンに持ち込めている。これは重要な事だ。これが、優勢である筈の人民解放軍のプライドを傷付ける。それが重なると、戦術指揮上で判断ミスを誘発する。そこにこそ、ラオスとタイの国土防衛への希望が見出せる。少なくとも、ティティワット大尉はそう感じていた。


 タイ王国空軍のローテションでは、人民解放軍・空軍と共に機材喪失はゼロと言う場合が多い。それは、何故か人民解放軍・空軍のJ-20「威龍」が積極的にラオス上空へと侵入しなかったり、留まらなかったりするからだ。少なくとも、戦術的に肉薄する相対距離まで接近し合わない。


 一応、互いに中距離ミサイルを打ち合う。しかし、等しく回避に成功し、両軍そのまま帰投してしまうからだ。


 どうやら、人民解放軍・空軍は対峙する相手が民間軍事会社である場合のみ、モチベーションが上昇するらしい。この見方は、状況証拠を積み重ねた推測でしかないのだが。


 ティティワット大尉は、大きなダイアモンド型の配置で背後から追う僚機の状態もデータ・リンクでチェックする。僚機からではなく、早期警戒管制機のデータリンク・ネットワークから情報がダウンロードされる。四機の「ホーネット」は、それぞれで繋がっているのではなく、早期警戒管制機を介して繋がっていた。おかげで、FA-18A+に与えられている以上に濃い情報密度で繋がる事が出来ていた。


 主翼下と空気取り入れ口カブのパイロンには、10発の中距離空対空ミサイル「AIM-120 AMRAAM」が満載されている。ボディ下には燃料増槽が取り付けられている。主翼端の方には、サイドワインダーは大人の都合で搭載されていない。


「AIM-120 AMRAAM」の所有権とアクティブ・キーは合衆国が保有している。アリンタラートは。タイ王国を通じて飽くまでも貸し出されているだけだ。戦闘で使用した場合(使用する予定だが)、アリンタラートの代わりにタイ王国が積み立てた外貨預金がその都度切り崩される契約になっている。


「AIM-120 AMRAAM」のアクティブ・キーは撃ち込まれているので、現状で使用可能だ。しかし、時間限定であるので、使用せずに基地へ帰還した場合は、帰還(RTB)コードを撃ち込む必要がある。打ち込み忘れると、主要な電子回路が自動的に焼き切れる様に設定されている。これは、味方側の盗難防止や敵勢力による回収を避ける為の処置だ。


 まあ、仕方がない。金が無くて正式に有償援助(FMS)調達できなかったのだから。


 高度4千,000m。成層圏の青黒さとは全く違う健康的な青空。ただし、眼下、地上から2千,000mの辺りに雲海が広がっている。


 太陽はほぼ背後。


 ティティワット大尉はメコン川を通過して、ラオス領内に入った。それと同時に、早期警戒管制機から「警戒」の信号を各機が受信した。J-20「威龍」の行動が活発化した。それによって、J-20「威龍」の飛行隊の位置はが敢然に特定された。


 三機の早期警戒管制機のレーダーを合成する事で、J-20「威龍」の高度を含めた位置、速度などが炙り出される。的の総数は五機だ。護衛対象の飛行隊は見られない。と言う事は、強行偵察に(かこつ)けた、意図的な武力衝突を敵側が望んでいると言うことだ。


 無茶な弾道弾による攻撃の後に、ラオスの地表の道路が各所で崩れてしまった為に地上軍の動きが止まった。だから、戦闘継続の強い意志を見せる、いわゆる示威行為であると推測出来た。


 ラオス・タイ連合軍、事実上はタイ王国空軍としては侵入者への対応を欠かすわけにはいかない。しかし、ウドン・ターニー空軍基地からでは、距離的にスクランブル対応が間に合わない。想定する空域での接敵(鉢合わせ)に一度でも失敗すれば、ラオス首都のヴィエンチャン上空まで敵機に侵入を許してしまう。


 だから、早期警戒管制機を常時飛行させて、J-20「威龍」の行動を離陸事から把握する様に努めている。それならば、ウドン・ターニー空軍基地からでも余裕をもって敵機の迎撃が可能となる。


 早期警戒管制機から、増槽破棄のリクエストが届く。


 どうやら、今日も戦闘は避けられないところ、相対距離で200Kmを割る空域まで敵機が侵入して来たのだと理解する。


 ティティワット大尉の指示で、四機が立て続けに腹の下に抱えていた増槽を投棄する。


 これで、回避機動がし易くなった。


 早期警戒管制機から、「AIM-120 AMRAAM」の制御権を自機へと移管したとのメッセージが届く。


 EWシステムを人工知能任せで全面()放。デジタル周波数技術ジェネレーターが、それぞれの「ホーネット」の位置や速度を欺瞞誤信号を全方面に放射し始める。


 どこまで有効であるかは、運次第という所だ。しかし、無いよりまし。生存性が上がる事は間違いない。実体験に裏付けられた知恵だ。


 続けて、トー山脈(プゥー・トー)方向の座標で敵機をロックオン作業中だと警告音が鳴り始める。


 ティティワット大尉と「ホーネット」には、いったいどこに敵機がいるのか全く認知出来ない。しかし、そんな事はどうでも良い。四機の「ホーネット」のパイロット達は、ミサイル・トリガーの安全装置を開放する。


 ーーーピー!!


 敵機をロックオンした。つまり、トリガーを引けと言う指示が変化した警告音で伝わる。


「FOX3!!」


 四機の「ホーネット」から、合わせて14発の「AIM-120 AMRAAM」が発射される(予算の都合で全機にミサイルを4発ずつ積めなかったせいである)。


「ブレイク!!」


 安全を確認する暇も無く、直ちに自主的な回避行動を取り始める。直後に、敵機の火器管制システムにマークされたと早期警戒管制機から警告を受ける。


 どうやら、撃ちっぱなしミサイルの度付き合いの方は、こちら側の"先制"で始める事が出来た様だ。


 ティティワット大尉は、僚機と共に、予想される敵機からの中距離ミサイル攻撃に対する回避運動に入る。「ホーネット」側の警戒センサーでは、敵機がミサイルを撃つために指向性の高いレーダーを照射している事しか分からない。しかし、早期警戒管制機が、どちらの方向から敵機の放ったミサイルがどの程度の速度で急速接近して来るのかの情報がリアルタイムで届けられる。そして、どの方向へ回避するのがベストであるかを示唆する情報(ガイド)も同時に届く。


 ティティワット大尉は、いや、「ホーネット」全機は機体の降下と捻りを同時に行い、急降下を始める。進路をタイ王国側へ向けると同時に、後方に向けてフレアを盛大に焚いて迫り来るミサイルのセンサーに対する欺瞞に努める。


「ホーネット」全機は、大急ぎで地表まで逃げ切れれば、その先は地形追随飛行をしてしつこい追跡者達を巻けるだろうと期待していた。


 だが、何事もそう上手くはいかない。不運な一機の「ホーネット」は敵が放ったミサイルによる至近距離からの攻撃を受けた。近接信管だ。直後に右尾翼が機能を失い、右側の垂直尾翼も同時にダメージを受ける。回避運動が緩慢になった所を、次の中距離ミサイルが次々と襲う。


「ホーネット」のボディ後方が砕け飛んでいる最中に、パイロットが堪らなくなって脱出装置を使用した。ただし、不安定な状態から射出座席を打ち出した為に、パイロットの消息についてはその時点で誰にも判らなかった。どれが本体か残骸が見分けの付かない「ホーネット」だったものの全て(・・)が、まとまって雲海へ沈んだ。


 しかし、残り三機の「ホーネット」は、沈むのではなく自力飛行で雲海を突き破って、何とか地表付近まで逃げ切った。


 その後しばらくして、追尾ミサイルの気配が敢然に消えた。


 J-20「威龍」から発射された中距離ミサイルも、全て振り切れた様かのに見受けられた。早期警戒管制機からも脅威の存在を伝える情報は伝わってこない。


 早期警戒管制機から伝わった速報では、敵対していたJ-20「威龍」の中、一機を撃墜。二機に打撃を与えたらしい。


 撃ちっぱなしミサイルの度付き合い、戦力削り合いで、今回は敵側から戦力を削る事に成功した。


 少なくとも、人工知能はそう判断したらしかった。もし本当なら、この戦績は過去に無い大戦果だ。


 ーーー今日もオレは幸運だった。


 それは大戦果についてではなく、生き残れた事に対する感想だった。


 だが、突然に敵機からロックオンされたと言う警告音がコックピット内に響き始める。


 ーーー何?


 最悪だ。地表付近を亜音速以下で飛んでいる為に運動エネルギーはミニマム状態だ。位置エネルギーもこの高度では既に使い果たしている。


 アフターバーナーで上昇してみるか?


 無理だ。加速特性の悪い「ホーネット」ではスピードが乗る前にミサイルに食い付かれる!!


 ティティワット大尉の僚機は、二機とも上空を覆う雲海の上から迫り来る見えない脅威から逃げる為にアフターバーナーを使った加速、事実上の上昇を試みた。


 ティティワット大尉一人だけは、反射的にダウン・フラップを引き釣り下ろして揚力を稼ぎ、更に空気抵抗を増すことで減速して、上へ逃げるのではなく下へ逃げ込む判断をして、足下に伸びる谷の中に入り込んで、上から迫るミサイルから身を隠そうと足掻いた。


 考えている余裕などなかった。それぞれが反射的な反応行動だった。パイロット一人一人が、それまで培ってきた経験と自身の命をコインとして、無理矢理引き込まれたデス・ゲームの遊戯台でベットするマス(・・)を選択させられたのだ。


 アフターバーナーで上昇加速した二機の「ホーネット」は、視界的には正面に広がっていた雲海へ到達する前に、機体のど真ん中(コックピットやや後方)に大型のミサイルの直撃を受けて砕け散った。


 ティティワット大尉の「ホーネット」は、幾分かはマシだった。山陰に隠れ切る寸前に、最初に左側の垂直尾翼の全てと右側の垂直尾翼の上半分を大型ミサイルに吹っ飛ばされた。最後に喰らったのは直撃弾ではなく、直撃不能と判断した弾頭が自発的に粉砕して作り出した、ショットガンの様な散弾を広範囲に受けた。


 フラップの御陰で敢然に機体がバランスを失うまで、ほんの少しだけ猶予があった。


 機体の広範囲に散弾を喰らった直後に、ティティワット大尉は、迷うこと無く射出座席を使用して機体から脱出を試みた。


 ティティワット大尉の愛機は、一度だけ機首を持ち上げた後、急速につんのめってそのまま山肌に激突した。


 機体に残っていた燃料に引火して、機体周辺がほんの少しの間だけ燃え上がった。


 炎上中の、「ホーネット」由来の航空燃料が赤く照らす雲の上では、早期警戒管制機340 AEW&Cがパニックに陥っていた。


 ミャンマー上空を飛行中だった340 AEW&Cが一機、ティティワット大尉を撃ち落としたのと同じ大型ミサイルの直撃を喰らっていた。当然、爆発炎上。生存者はゼロである。


 タイ領空を飛行中だった340 AEW&Cの方は、ラオス領空の自機よりも更に1万0,000m以上の上空を飛行していた三菱F-3EとQF-3Eによって守られた。340 AEW&Cへと迫るミサイルの破壊に、本当に直前・至近(ギリギリ)のタイミングで成功したのだ。


 ただし、敵が放った大型ミサイルの飛行速度が余りに早過ぎて、重力加速を加算しても、標的とされた340 AEW&Cから離れた位置では追い着けないと判断しての処置だった。


 おそらく、大小の破片を喰らって、繊細なセンサー類に多少なりのダメージを受けているだろう。


 そして、ヴェトナム上空を飛行していた340 AEW&Cが、後出しジャンケンの様に飛んで来た大型ミサイルの情報収集に成功した。搭載された人工知能は、それらの大型ミサイルが極超音速ミサイル「Kh-31M47(キンジャール)」に極めて近い種類の兵器であると判断した。


Kh-31M47(キンジャール)」とは、最大速度はマッハ10に達する空対地ミサイルである。おそらく、ロシア製の極超音速ミサイルをコピーし、その上で発展させた兵器であるに違いなかった。至近距離をマッハ10でヒットさせるならば、空対空ミサイルとしても使えると言うのか? それとも、人民共和国が自力で終末誘導システムをアップデートさせたのだろうか?


 おそらく、必殺や必中と言う精度の兵器ではあるまい。根拠は極めてコストの高いミサイルであるに関わらず、一つの目標に対してそれぞれ複数本を発射している所にある。


 原型となるロシア設計のモデルでは、大型戦闘機をプラットホームとして発射した場合の射程距離は2千,000km。何と核爆弾をも搭載可能なミサイルでもある。調達コストの方も お高い事で知られる「AIM-120 AMRAAM」と比べても、更に、サラニ、さらにお高い筈である。


 それらを、最低でも10発を一回の戦闘で使用している事が生き残った340 AEW&Cによって確認出来た。


 更に大きな問題は、その「Kh-31M47(キンジャール)」擬きを発射したプラットホームを、340 AEW&Cの索敵能力では捕捉出来ていなかった事だ。


 虎の子の早期警戒管制機を一機落とされたタイ王国空軍には、人民解放軍の戦術における金銭感覚のズレを冷やかす様な心の余裕は一切なかった。

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