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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
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墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜17

 ラオス北部の山岳地帯は、陰鬱で(たお)やかな雨季を抜け、今では爽快で精強な乾季を迎えつつある。


 日照時間がだいぶ短くなったが、降雨量もそれ以上に減った。


 御陰で、この地域を覆う土壌や岩々から、少しずつだが確実に水気が抜けつつある。


 山岳地帯を縦横無尽に走る峡谷。


 結果として、それらの地盤に決定的な安定がもたらされ始めた。


 そのせいか、ルアンパバーン南部の峡谷の様子は有史以来の騒がしさ(・・・・)を呈している。


 狭いV字型に地形の底に限りなく近い高度を、前縁付け根延(LERX)から、高翼面荷重翼がこれ御代(これみよ)がしに伸びる2機の戦闘攻撃機が立て続けに飛ぶ。


 見方によっては、ほぼ直線翼にも見えないこともない、低中速での機動を最重視してデザインされたとしか思えない主翼と相互関係にある巨大な前縁付け根延(LERX)が特徴であるノースロップ・グラマン・FA-18A「ホーネット」が地形に追随するどころか、地形の凹みの中を南下して行く。


 FA-18A「ホーネット」は、原型であるYF-17「コブラ」の面影をもっとも濃く残している最初期型である。


 このFA-18Aは、艦上戦闘機らしい、短距離離陸に秀でてはいる。だが、その反動で音速までの急加速には不向きな主翼を、惜しげも無く精一杯に捻る勢いで、峡谷の急傾斜面に両端を擦り付ける勢いで、大きなロールを伴う右や左の急激な機動を繰り返している。


 FA-18Aのやや後方の上空を悠然と追尾する2機の機影が認められた。AVIC・J-20、高機動型の変種(ヴァリアント)であると思われた。


 海軍用のJ-20に倣って、ダブルスロッテッド式フラップを追加し、ボディ全長をかなり縮める事で出来る限り翼面荷重を小さくする方向で再調整された設計だと推測されている。


 ボディは、民間旅客機の手法を取り入れていると推測される。ただし、フレームを減らすのではなく、ストリンガーを短縮化し、アロイ材質を変更しているのかも知れない。


 この改修によって、搭載可能な電子機器や燃料の総量はかなり減少した。それを、人民解放軍・空軍では昔懐かしの「極地戦闘機」として運用していた様だ(ただし、統合整備計画的には極悪な手法だ)。


 人民解放軍・空軍は、苦労して戦力化した"足の短い「極地戦闘機」"を基地から遠く離れている戦地へ送り出し、その後にラオス北部へと侵入している邪魔者達を狩る任務に付かされている。


 それはそれで問題のある運用だ。間違った使い方だ。


 ドイツにとってのバトル・オブ・ブリテン。


 ヨーロッパ大陸からドーバー海峡を渡った後に、島国である英国上空でスピットファイアとハデな空中戦を演じる。その後、もう一度ドーバー海峡を渡って離陸した基地まで帰投する必要があったが為に、パイロットと機体の両方にとって苦しい戦いだった。


 足の長い戦闘機を持ち合わせていなかったが為に、航続距離の短いメッサーシュミット・Bf 109でこの偉業に挑戦するしかなかったドイツ軍の辛さ。


 人民解放軍・空軍のパイロット達は、そんな理不尽を一世紀以上前の先人達と共有していた。


 戦場での行動時間はとても短い。しかし、高機動型J-20のパイロット達の足下に広がるのは大きな海でなく、一応は腰から伸びる二本の足が着ける陸の上だった。


 さらに、距離こそ短くはあるが、何とか着陸出来ないこともない滑走路が、占領下にあるラオス北部には点在していた。


 だから、メッサーシュミット・Bf 109で戦ったパイロット達から見れば、イージー・モードであり、高機動型J-20で戦うパイロット達を仲間とは見做さなかったかも知れない。


 ーーーアフガニスタンで戦ったYak-38「フォージャー」のパイロット達と比べれば遙かにマシだったろうに。


 正確には苦しみ、悩み、辛さなどを前者と共有出来ていたのではなく、後者が主観的にそうであると確信していた。そこに客観性は皆無だった模様。


 一方的な片思い。これは時と所を選ぶ事なく、人類社会では無限に繰り返し発生し続ける無情だ。


 しかし、神は優しい。思いを寄せる対象全員が全て鬼籍に入っている21世紀。高機動型J-20のパイロット達の想いが評価の(ふる)いに()けられる機会はなかった(ww2にメッサーシュミット・Bf 109に乗って戦った猛者達は、今や誰一人生きている心配がないと言う意味)。


 そんな試練や審判を免れた事を幸運と思うべきか、不運と思うべきか。


 そんな、幸運と不運の狭間に身を置く人民解放軍・空軍のパイロット達は、圧倒的に有利な立場で、ノースロップ・グラマン・FA-18A「ホーネット」を駆り立てていた。或いは、駆り立てているつもりだった。


 高機動型J-20はFA-18Aの"上"を抑えながら、峡谷内の様に進路を制限されない自由な空を飛んで獲物を追い込んでいるつもりだった。


 高機動型であっても図体の大きなJ-20では、FA-18Aの様な機敏な動きは出来ない。だから、FA-18Aの後に続いて峡谷内へ侵入する愚は犯さなかった。


 峡谷の複雑な地形がレーダー波の乱反射させてしまい、ルックダウン方向でのロックオンが出来なかった。だから、獲物が袋小路の山肌と言う進行上の障害に直面して、進路を失って峡谷から抜け出て来るのを待ち侘びていた。


 峡谷から出てきさえすれば、すぐにロックオンしてレーダー誘導式のミサイルを放てる。それが無理でも、曝している旧式のエンジン・ノズルが遠慮無く放つ熱を使って、赤外線追尾式のミサイルが使える。


 高機動型J-20のパイロット達の唯一の懸念は、帰投分の燃料。獲物を狩り終えた後に離陸した基地まで辿り着けるだけの余力を残すために、燃料計の表示情報をチラ見せずにはいられない事しかなかった。


 それが命取り。不注意。或いは自ら掘った墓穴となった。


 ーーーちっ。


 先行する二機のFA-18Aは二又になった峡谷の向こう側へと姿を消した。


 後追いする二機の高機動型J-20は二又のどちらへ消えたかを見透かすために峡谷の尾根に接近してしまった。


 ーーー!!


 先行する高機動型J-20のパイロットは、突然に無数の礫による打撃を真正面から受けた。


 それが何の衝撃かを知る機会は与えられなかった。


 その礫は、J-20のキャノピーを襲い、その内側にあったパイロットのヘッドマウントディスプレイやヘルメットを捉えた。


 それは、旧ソ連規格のカービン(シモノフ)アサルト・ライフル(カラシニコフ)を数丁束ねた地対空軽量砲架兵器から無数に発射された弾丸の嵐だった。


 アサルト・ライフル(カラシニコフ)の射程圏はとても短い。


 だが、とても軽いので的確な山岳兵さえ保有していれば、予想も出来ない様な厳しい地形(扇や貝の襞)の尾根に開けられた天然の隙間(・・)まで持ち上げて、更に構える事も出来る。


 ラオス・タイ連合軍は、モン族に戦士達に神出鬼没な(陣形最軽視の)地対空攻撃の実行を依頼した。


 峡谷内を逃げ惑う二機のFA-18Aは、高機動型J-20を引き寄せる為にエサだった。まんまと、アリンタラートのパイロット達は、総合力では圧倒的に勝る敵方の機体を、モン族の戦士達(頼りになる友軍)が待ち構えている十字砲火宙域(目視照準軸上)へとおびき出しに成功したのだった。


 先行していた高機動型J-20は、バランスを崩して、パイロットはそれを回復させられず、そのまま峡谷の斜面に激突。ハデに(ひしゃ)げて、必死で手を付けないようにしていた復路用の燃料の手伝いもあって、大きな爆発を引き起こした。


 パイロットの脱出は確認出来なかった。


 後を追っていた二機目の高機動型J-20もアサルト・ライフル(カラシニコフ)の洗礼を受けた。だが、先行する僚機の犠牲の御陰で回避行動を急上昇へ切り替える余裕を持てた。


 だがそれは悪手だった。何故なら、堕落した資本主義者達が彼等を「二匹目の泥鰌」とするべく狙っていたからだ。遙か上空から、自律ステルス無人機である三菱・QF-3Eが流星の様な急降下を既に始めていた。


 急上昇を掛けたパイロットが、「有り得ない方向からの小火器による地対空攻撃を受けて僚機が撃墜された」と司令部に一報を入れ終わったのとほぼ同時に、二機の三菱・QF-3Eの中の一機が空対空ミサイルを放った。


 それまでは生き残っていたパイロットである前に共産主義者であった若者は、突然の警報音でロックオンされた事に気付いた。だが、ロックオンされた方向は分かっても、更なる回避機動に、果たしてどれだけの時間が残されているのかまでは知らなかった。


 もしも。すぐに新たな回避行動を取ってチャフでも撒き始めていれば、第一撃は躱せたかも知れない。しかし、彼は僚機を失ったショックもあってか、その判断が一瞬遅れてしまった。


 結果、その下した間違いの責任を身を以て負わされた。たった一発の空対空ミサイルが、J-20の右側の主翼付け根に突き刺さり、破裂した。


 主翼を一枚失った高機動型J-20は、右ロールしかけた後に反時計方向に水平スピンの気配を見せた。その直後に唐突にバランスを失った。


 破損した機体はそのまま多軸回転に入り、同調圧力があったのかそれとも忖度か。僚機の例に忠実に倣って峡谷の斜面に激突。そのまま消滅した。


 二機のFA-18Aは、自律ステルス無人機の上空をカバーされながら、戦域を離脱した。メコン川を渡り、ウドーン・ターニー空軍基地へと無事に帰還した。


 この種の作戦は、その後もしばらく繰り返された。結果、少なくとも、人民解放軍・空軍は日替わり定食の様に、有り得ない場所から地対空攻撃を受ける可能性を察した。


 地表に近付けば、前左右下のどこからともなく攻撃を受ける。曳光弾が入っている訳でもないので、礫の嵐を肉眼やセンサーで捉える事はほぼ不能。気が付かずに、弾丸の雨を通過して被弾してしまう。


 ヴェトナム戦争では多数のゲリラ兵が地面に寝そべって構えるアサルト・ライフル(カラシニコフ)の一斉射撃によって、射線軸上を通過する合衆国の戦闘機が実際に撃墜されている。


 機体を襲うのは小さな弾丸なので、自動消化システムなどのダメージ・コントロールが格段に進歩した現行機であれば、それは必ずしも致命傷とはならないだろう(コックピットへの直撃さえ避けられれば)。それでもセンサー類は被害を受けるし、表面パネルに穴が開いてステルス性が低下する。


 ステルス性が低下したところで、中距離ミサイルが届かない空域に待機した輸送機の翼下パイロンや荷室内に搭載される長距離ミサイルで二次攻撃を受ける様ならば目も当てられない結果は避けられない。


 機体が不調を負った所で、先の追尾目標が引き返して来ると言う筋書きでさも大変に困難な状況を作る。


 一方的な攻撃を受ける程に運が悪くなかったとしても、機体内の燃料タンクの方ではなく、エンジンまで伸びる供給用パイピングを破損させられるかも知れない。そうなると機体そのものに着火してしまう知れないし、そうでなくても帰投に不可欠分な残存燃料が失われるかも知れない。


 また、今の所は通常弾しか使用されていない。だが、戦果に味を占めた場合、銃器が対物ライフルへと代わり、更にスティンガーへとエスカレートかも知れない。


 電波を発しない携帯用の兵器ほどに隠密性の高い脅威は存在しない。それなりの機材を用意出来れば、夜間に行う赤外線サーチで索敵は可能だろう。だが、夜間に居た場所に、昼夜問わず潜伏し続けているとは思えない。


 身軽であればこその利点。自由気ままに、次から次へと攻撃位置を変更し続けて、どこから狙われるか分からないと言うプレッシャーを人民解放軍・空軍のパイロット達に与え続けた。


 これによって、人民解放軍・空軍による対地攻撃は減少し、実行する場合でもモチベーションが以前と比べて圧倒的に低下した。


 ラオス北部に見られるほとんどの頂が有史以来未踏峰である。それには理由がある。山岳地形を作り上げている岩盤が石灰分を多用に含んでいる為に、酷い脆いのだ。


 クライマーが指先で少し力を掛けただけで崩れるかも知れない。自重を乗せたところで、大岩が一枚見事に剥離して落下するか、その大岩に身体が押しつぶされてしまうかも知れない。


 まともなクライマーであれば、日帰りのスポーツ・クライミング程度の標高差であっても敢えて挑戦しようとは思わないだろう。


 つまり、そんな危険な岩山を繰り返し上り下りしながら、多数のカービン(シモノフ)アサルト・ライフル(カラシニコフ)を背負い上げるか懸架して、地対空軽量砲架兵器を組み立てて、射線軸上に敵が引きずり込まれるまで気長に待ち続けられる兵士など一般的ではないし、まともでもない。


 間違いなく、命知らずの者であるか、命を省みる事を保留するだけの報酬を約束された者であるかもいずれかだ。そうでなければ、それを強制された奴隷であるに違いない。


 実際、この危険な作戦に従事しているモン族の戦士達は破格の報酬を約束されていた。ポーンサワン周辺の「国立公園」の管理業務の全面委託契約を締結済みだった。契約の効力は戦後(・・)になって発動する。これは事実上の自治区であり、「国立公園」への入域料の徴収も許されている。いわゆる、経済特区的な側面も期待出来た。


 また、ラオス初の民間軍事会社への参加要請も受けていた。ヴェトナム戦争以降、まったく恵まれない立場に甘んじて来たモン族としては、願ったり叶った利だ。命を賭ける価値は十分にあった。


 モン族の戦士達は、山の尾根から下山する前に、全ての箇所にGPS座標を発信するビーコンを設置した。これが増えるに従って、ラオス・タイ連合軍側の戦闘機が峡谷内を飛行する負担が軽減されていった。また、尾根の形状と峡谷のルートが判明し、袋小路へ入ってしまうの避けるのに有効な誘導すら出来る様になりつつあった。


 ナム・ウゥー水力発電所・配備部隊の救助に向けて、一歩前進したと言える。


 ラオス北部での航空優勢は、じょじょにではあるがラオス・タイ連合軍側へと移りつつあった。

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