墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜16
ラオス・タイ連合軍の山岳部隊と、モン族に代表されるライスとタイの山岳民族の独自組織で構成される陸上戦力が、メコン川を遡上する方向を目指して、地形の険しさで知られるラオス北部の山岳地帯の縦断を試みる。
もちろん、敢えて三分割して、人民共和国に不当に実効支配されているラオス領土内を逃げ回っている、ナム・ウゥー水力発電所・配備部隊を救出する意図をもっての愚行である。
民主主義国家であるが為に、市民の代表である統治者達は主権者のお気持ちを無視出来ない。愚行と知りつつ手を出さぬ訳にはいかない。だから、代償を出来るだけ少なく出来る様に策を張り巡らせつつ、愚行に手を染めるのだ。
この作戦に投入する戦力や資材は、純粋な目的の達成がもたらす成果を確実に上回る。成功させて赤字。失敗すれば大赤字。本来ならば始めるべきではない戦いだ。するべき戦いなら、他にいくらでもある。
しかし、状況的な拘束によって、やらざる得ない立場にラオス・タイ連合軍は落とし込められてしまった。ここで敵地に残された残留部隊を見捨ててしまうと、民主主義国家群全体から厳しい評価を下される。正確には民主主義国家群の一般市民達から、非道だとか、不道徳との烙印を刻まれてしまう。
民主主義国家群の玄人。軍隊の幹部であれば、見捨てるもやむなしと判断してくれるだろう。それでもシヴィリアンコントロール、民主主義国家では文民統制が軍隊の基本中の基本である事から、軍人から支持されても、市民から戦略方針に不支持を突き付けられてしまっては、ラオス戦線の維持も難しくなってしまう。
これが、民主主義国家の難しいどころだ。独裁主義国家であれば、国民の意向など無視出来る。もし、異を唱えられたなら、国民が構成するデモ隊を戦車の履帯を使ってセンベイにして差し上げれば良い。それまでの不支持は直後に積極的支持へと裏返る。
国民が臣民でなく、市民や主権者である場合、そう、人間の命の値段が高い国では、市民の意向に沿った戦略を採る必要に駆られてしまう。
それが分かっているから、独裁主義国家は民主主義国家にあからさまな踏み絵を用意してみせた。そして、民主主義国家のマスコミは、無邪気にも独裁主義国家の戦略に乗ってしまった。
たった22人の命を救う為に、一体何人の軍人やそれに準じる市民の命が犠牲になるのか分からない。もしかしたら、22人全員を救えずに、その上で更に追加で100人の死者数を独裁主義国家へ献上する事になりかねない。
しかし、それでも、分かっていても、やらなければならない事に変わりはない。
民主主義国家の軍隊の鼻先に、エサとして吊り下げられているナム・ウゥー水力発電所・配備部隊は、今この瞬間も人民解放軍・空軍機からの空対地攻撃に曝されている。ただし、敢えて殺さず、ギリギリのところで生かすと言う基本戦略を掲げているので、追い立てる様な至近弾が落ちて来るくらい。
文字通り、ほとんど身一つで地上を這い回りながら、嫌がらせを避け続けている。大変な寝不足状態に陥って久しい。それはそうだ。24時間、いつ何時に至近弾が落ちて来るか分からない。だから、気を緩めてまともに眠る時間が取れないのだ。
その微妙な匙加減は実に上手く行われていた。ナム・ウゥー水力発電所・配備部隊は未だに犠牲者ゼロで活動出来ているものの、ヘロヘロ状態を通り越してゾンビ状態へ墜ちつつあった。
ナム・ウゥー水力発電所・配備部隊の救助を目的として活動する、ラオス・タイ連合軍の山岳部隊。精鋭である彼等にとって、ラオス北部の山岳地帯の縦断の行動方針は、領土の回復ではない。あくまでも通過の為の一時的な確保に過ぎない。彼等が命懸けで通過するだろうすべてのエリアの保持は、まったく意図されていなかった。
峡谷や尾根が目くるめく現れる、事実上立ち塞がっている山岳地形である。それらを少数の人員で確保する事は、物理的に不可能だった。
ラオス・タイ連合軍の山岳部隊、既に敵中深くまで食い込んでいた。友軍から空中投下される物資を受け取りながら、約100人規模の兵士達が我武者羅に前進する。
救助部隊に対しては、人民解放軍・空軍の地上攻撃部隊は一切遠慮しない。むしろ、誘い出した害虫の全てを積極的に三途の川の向こうへとお見送りするつもりだった。
今回投入済みの部隊を全滅させれば、ラオス・タイ連合軍は新たな精鋭部隊を掻き集めて新たに送り直すだろう。そして、それもまた全滅させる。
高度な訓練を施したエリート部隊を集めて、纏めて擂り潰す。それを繰り返して、全世界のマスコミの目が集中している環境下で、ラオス・タイ連合軍に大きな負担を負わせ続ける。これが、人民解放軍が新たに設定した作戦方針だ。
だが、一方的な都合で定めた作戦方針が、必ずしも想定した通りに実現させる訳でもない。それは、ラオス・タイ連合軍の救助部隊の半数を構成しているのが、屈強で知られるモン族の戦士達だったからである。
ラオス北部の山岳地帯で生まれ、育ち、生きている貧者達だ。人民共和国で生まれて、育って、文化的に生きた富者とは違う。
何度も失敗を繰り返して苦汁を舐めさせられながらも実地で女の口説き方をしっかりと習得した猛者達と、エロ本とAVのによる反復学習で無駄なく女の口説き方を習得つもりになっている童貞達を比較したのと同じくらいに実行力のレベルが違う。
ーーー恋愛ゲームには"レベル上げ要素"が基本的にないのはきっとそのせいだ。
人民解放軍・空軍の地上攻撃部隊は必死に攻撃を続けている。だが、狙いを付けた時には、目標は既にそこにはいない。動きは速いし、欺瞞能力も高い。なかなか効果的な攻撃が出来ていないと言うのが現状だ。
ーーーもちろん、人民解放軍・空軍の地上攻撃は見た目は大変にハデで、ハリウッド演出好みではあったが。
頑張ってやってますアピールは見事だったが、残念にも結果が伴わなかった。ただし、大抵のマスコミは、そのハリウッド演出好みに騙されて、人民解放軍・空軍が一方的に優勢であると言うニュースの発信を続けていた。
でありながら、実際の所、ラオス・タイ連合軍は見た目ほどに劣勢に陥ってはいなかった。
その証拠に、モン族の戦士達は、携帯型の地対空兵器であるステインガーと言う余計な荷物をそれぞれが一本ずつ、破棄せずに背負っている。
人民解放軍・空軍の地上攻撃機への反撃は不可能ではなかった。だが、それは一度達とも行われなかった。どうやら、モン族の戦士達にはまだ幾分かの余裕があったのだ。
救助隊へ空対地ミサイルや爆弾を投下する人民解放軍・空軍のAVIC・J-20への反撃には一度たりとも用いられないのは何故か。それは、全てのステインガーは、要救助者を回収する為に地上へヘリコプターを下ろす時に使用されるべきだからだ。
ーーー端から自衛用の武器ではないのだ。
前代未聞の数のAVIC・J-20がラオス戦線に投入されている。そんな状態でラオス・タイ連合軍が鈍足なヘリコプターをラオスの山岳地帯上空を飛ばすだけでも非常に危険だ。
にも関わらず。救出時には回避運動どころか極低速飛行から、地上付近の一点に留まるホバリングを一定時間続けなければならない。そうなると、友軍の戦闘機に上空カバーをしてもらった上で、ヘリコプターを取り囲む様に尾根の上にステインガー部隊を配置して脅しを掛ける必要がある。
もちろん、ステインガー部隊は自分達で守り切ったヘリコプターには回収してもらえない。その場に残される。
それでいて、エサをまんまを奪われて面目を失って怒り狂うAVIC・J-20や地上部隊からの復讐攻撃を躱しながら、徒歩で来た道を折り返して帰還しなければならない。
射撃位置が一度でもバレたステインガー部隊の生存率は、砂漠地帯であれば相当に低いだろう。だが、ラオスの場合は直ぐに森林限界線の下へ移動して身を隠せるので幾分だけマシだろう。しかも、彼等はこの地にもっとも精通した山岳兵だ。我々には想像も付かないような手法を使って、逃げ切りを試み続けるだろう。
その日も、救助隊に向けた物資の空中投下を担当するアリンタラートのティティワット大尉と、投下部隊を上空からカバーする田原航空警備保障の朝間ナヲミ三佐の部隊は二度目の出撃から軽度の被害だけでウドーン・ターニー空軍基地へ帰投した。
4機のノースロップ・グラマン・FA-18A/Bと2機の三菱・F-3Eが、突貫工事で作った掩体壕の中で放置されている。整備前の冷却処置だ。余裕が有る場合は、エンジン周りなどは着陸後直ぐに触れない。各パーツ同士の熱膨張が引き起こす不均等な張りなども相まって、各パーツのサイズが規定値に収まるまで待つ必要があるのだ。
代わりに、整備員達が目視点検を行いながら、爆風が叩き付けられた薄い装甲の状態を電子パッドに入力している。また、ランディングギアの車輪に取り付けられたブレーキパッドの交換も行っている。
ーーー表面コーティングは剥げ、マーキングも擦れている。
ーーー四枚の尾翼周辺には細かい傷が大部抉られている。
ーーー特に、FA-18の方は繰り返された表面補修の跡が見て取れる。
ティティワット大尉と朝間ナヲミは愛機から離れて、今は使われていない民間用ターミナルの中に無造作に並べられた安楽椅子に身体と擬体を放り込んでいる。近くにある自動販売機のゴミ箱は、破棄された缶があふれ出して山を作っている。
タイミングがバラバラの一日二回の、攻め手の守り手の両方にとって不意打ち的な定期出撃。更に緊急事態への対応でスクランブル業務にも対応しなければならない。これらの広域に渡る煩雑な使命に対して、たった二つの飛行隊だけで連日対応するのには無理がある。
しかし、正規軍が体制を立て直すまでの時間稼ぎをしなくてはならない。借りて来たネコの手が、ティティワット大尉と朝間ナヲミのそれぞれの飛行隊であったのだから。
東南アジアの国家群では、比較的裕福な国家であるタイ王国である。しかし、それでも、有事を想定した消耗品を備蓄出来ていない。いや、その為の予算は確保してあるのだが、何故か何処かで大気開放されてあるらしく蒸発して消えてしまっている。もちろん、発表さている予算配分その物が詐欺と言う可能性もある。とある、太平洋に面した弧状列島ではそれを指して"大和式帳簿"とか言ったりするとかしないとか。
だから、完全に使用不能になるまで消耗品を使い切ったり、そもそも交換部品を持ち合わせていなかったりする。そうなると、基板一枚を確保するが為に共食い整備が始まってしまう。
この状態を立て直すにはそれなりの苦労が不可欠だ。そして、他者へのしわ寄せも。
アリンタラートや田原航空警備保障などの民間軍事会社が、そのしわ寄せの辻褄合わせの儀式に不可欠な供物となっている訳だ。
そうであっても、タイ王国の状態は、比較的マシなどころか、東南アジアでは特級の優等生である。少なくとも定期訓練に使用する燃料代ならば捻出出来ている。単純な飛行であればそれなりの飛行時間を確保出来ていたのだから、大変に立派なものである。
燃料代が「Angel's share」よりも大量に蒸発してしまう様な国家では、良くて机上訓練に留めるか、してもいない訓練を実施済みとした報告書が挙げられる例も少なくない。監察官もまた、グルだったり、期間限定の親しい友人になったりする。
ただし、比較的マシであるからそれで良しと言う訳にはいかない。平時ではそれで通じるかも知れないが、戦時では軍隊の練度を測るの敵国である。敵国の査察は自国の監察官ほど生易しくはない。金銭などを譲渡して親交を深めようとしても無駄である。ぜいぜい、親交の代わりに侵攻が深まるだけである。
そう。隣国の空軍の練度が相対的にどれだけ低いと見下げても、比較すべきは敵国の空軍の練度と規模である。味方の練度には、敵の練度とならば覆せないほどに圧倒的な差はないかも知れない。しかし。味方の規模は敵の規模とは比較出来ないほど圧倒的に小さい。
タイ王国は、応急処置的な対応、珍しく頭を下げて隣国にF-16に転用可能な消耗品のお強請りに徹していた。
もちろん、昨今のF-16は専用パーツの塊である。どこかの武器商人の爺さんが語る様に「部品の金口さえ合えばどうとでもなる」と言うものではない。同じ機首であっても、ロットによって、交換部品や仕様が劇的に変わったりもする。だから、マニュアルから少しでも反れたパーツを転用する場合、部分改修や検証する手間が掛かり、通常の交換作業よりも多くの時間が掛かってしまう。
目が充血気味のティティワット大尉ではあるが、口頭で朝間ナヲミからJ-20との戦闘についてアドバイスを受けている。彼の同僚の耳にもありがたいお言葉は入っているだろうが、既にそれに注意を向ける余裕はない。中には、タイル貼りの床に身を転げさせて鼾を掻いている者がいるくらいだ。
朝間ナヲミは、J-20との交戦経験を持つ歴戦のパイロットだ。数々の変種=J-20の発展の歴史の生き証人でもある。もしかしたら、人民解放軍側のエキスパート達よりも実地の経験値なら高いかも知れなくくらいだ。
稀にしか生じない本物のドッグファイトまでも経験し、公式な撃墜判定も誇っている。
何故か。これまでの例では、J-20は人民共和国の国境スレスレまでしか進出しなかったからだ。
そのせいで、民主主義国家群内の情報機関でもJ-20の正体に関しては不確定な部分も多い(運用国も同じ問題を抱えていそうだが)。だから、どんな情報であっても耳に入れておいて無駄になることはない。
「J-20の特徴そのものは、パワー任せで飛ぶ機体だな」
「今日も直線的な運動が多かったですね。直線的でも速度が高いので分かっていても対応は困難ですが」
「昔、合衆国の誰かがF-4「ファントンム II」を指して、「ダンプカーでも大出力エンジンを取り付ければ空を飛べる」みたいな事を言ってのけた。真にそんな感じだと思う」
「決して高機動向けの機体ではないのは良く分かりました」
「そう。J-20もそこそこ出力の大きなエンジン×2を頼りに飛んでいる。劇的に重い機体重量に対して主翼はとても小さい。だから、翼面荷重は相当に重い」
「主翼は巨体に見合わず小ぶり過ぎですね」
「一般的な戦闘機と比較して図体も巨大だ。劇的に重い機体重量と相まって、エンジンはやや力不足。主翼の前にカナード翼を取り付けている事でも分かる」
「ロシアのシー・フランカーの追加したカナードみたいに、アレで揚力の確保もしてるんでしょうね。しかし、変種も含めてレイアウトの根本的な変更はない様ですね」
「レイアウト的な縛りがある以上、ステルス性能を上げる為の垂直尾翼排除は今後も無理だろうね。例えば、水平尾翼を主翼の後ろに移動させる未来はなさそうだな」
「だから、近接戦闘になると一撃離脱に専念する必要があると」
「それでも、何故か、ほとんどのパイロットが誘えば直ぐにドッグファイトに乗って来る。私も頭に血を上らせて、熟練のパイロットを巴戦に持ち込んだ事があるくらいだから」
「機体と戦術の不一致ですね」
「人民解放軍・空軍内の文化的な事情があるんじゃないかな。勇ましさとか・・・物理原則の克服を尊ぶマウント合戦がパイロット社会に根付いているのかも知れない」
「だから、不意打ちなどの第一撃を躱した後は、距離を詰めて有視界戦闘へと誘うべきだと仰有った訳ですね」
「そう。最近のJ-20は、上下回転の変則的な慣性加速度へは以前と比べればそれなりに耐えられる様になった。しかし、左右の横方向への捻れには相変わらず弱い。だから、CCVで真っ直ぐ飛びながらサクっと横方向へ機首を向けてFCSでロックオンして来る心配はしなくて良い」
「しかし、投入される機数が倍増でもされると厄介ですね。アリンタラートの機体では、どうにも逃げ切れなくなるかも知れない」
「かも知れない。それでも、人民解放軍・空軍の方も間もなく活動限界点を越える筈だよ」




