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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
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墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜14

 人民解放軍による突然の大攻勢。


 ラオス・タイ連合軍は、圧倒的な戦力差を目前にするに至り、売られた喧嘩を真正面から受けて立つ愚は犯さなかった。


 買いたくても買えないモノもある。そして、拾えば何かを必ず失ってしまうモノもある。


 ラオス・タイ連合軍は命を拾う事を選んだ。たが、その代償として「命以外の全て」を一瞬で失ってしまった。


 唯一の救いは、「命以外の全て」は一方的に失わせられた(・・・)のではなく、自らが選んで、能動的に失ったと言う事にある。受動的にそれを失わせられた(・・・)のではなく、敢えて積極的(諦めて)に失う(手放す)と言う自己選択をした結果である。


 それら二つの行動の違いは、結果だけ見れば皆無かも知れない。しかし、将来に果たすべき再建作業的には圧倒的な大差がある。


 敗北の最中にあっても決して自主性だけは手放さない。現地指揮官にとって、とても重要な心構えである。


 致命傷を負わされる前に、可及的速やかに敗北を認めて後退する。そして、次の勝負に備える。


 今退いても敗戦には当たらない。将来的に勝てば良い。ただ、今が勝つタイミングではなかったと言うだけだ。


 そう言う話へと落とし込む事も出来るのだ(乱用は大変に危険な思想でもあるが)。


 兎にも角にも諦めが肝心である。そして、状況に応じて心を切り替える技術も。


 人間、兵士、司令官は、それぞれがそれぞれの抱える状況で、等しくどうにもならないピンチに曝されるものである。だが、そのピンチへどうやって対処するかによって、その人物や組織の本質を計る事が出来る。


 ただし、この種の知恵に、大抵の人類にとって、特に多くの努力(犠牲)を払った後に(なら)う事は大変に難しい。種として不得手であるとも言える。


 しかし、現地司令官は、その不得手を乗り越えて辛い決断を下して見せた。更に、安全な後方にある総司令部も、現地司令官の決断を支持して見せた。


 ラオス・タイ連合軍は、侵略者からやっとの思いで解放した領土、戦術拠点のトー山脈(プゥー・トー)要塞の喪失、更に野戦司令部が置かれていたバン・チアウ・ヒア陣地までを放棄せざる得なかった。


 ラオス・タイ連合軍の指令官は、重かったり、嵩張ったりする機材を、その場で、直ちに、躊躇なく「投げ捨てろ」と配下の全員に向かって命じた。意外にも命令の実行は徹底された。


 だから、前線を支えていた兵士達は文字通り手ぶらで、後方と前線を行き来している補給部隊は空荷で、一目散に安全地帯を目指して後退した。おかげで、人民解放軍の想定を遙かに超える速度で撤収する事が出来た。 


"人命"という見知から計れば、大した損失を出すことなく、激戦地からの撤収が叶った。面子や戦果に拘らなかった御陰である。勿論、その場に放置したせいで、人民解放軍に接収されてしまった武器、弾薬、食料や物資は相当な量に上った。


 それはそうだ。ラオス・タイ連合軍の方も、トー山脈(プゥー・トー)要塞を起点としてウドムサイを解放して、侵略者を国境まで押し返すつもりで物資を集積しつつあったのだから。


 兵器や物資であれば補充は、時間さえ掛ければいくらでも可能だ。同盟国からの補充も叶う。しかし、人命に関してはその限りではない。


 非民主主義国家と違って、民主主義国家の軍隊の構成員=兵は市民である。市民であると言う事は、あらゆる為政者と等しい権利を持ち(、同時に義務を負って)いる。


 ーーー独裁主義国家と民主主義国家では、国民の命の値段が異なる。


 独裁者の支配する国家の国民は、実は市民の定義からは外れる。


 全ての国民が市民ではないからだ。


 国民は市民の同義語ではないのだから。


 市民とは、"被支配民"を指す言葉ではない。市民とは、政治参加の主体者を指す言葉である。市民とは、為政者を選ぶ権利を持ち、その権利を行使する事で国家と言う組織の運営方針の決定に関与出来る者達の事である。


 残念ながら、独裁主義国家の"被支配民"はその限りではない。何故なら、彼等は事実上、国家と言う組織の運営方針の決定に関与する事が出来ないからだ。


 前者を主権者、後者を臣民と訳しても良いかも知れない。「主権在民」と「主権在国」とも言い方を変えられそうだ。そして、「主権在民」の国家に生まれれば必ずしも「主権在国」の国家に生まれ付くよりも幸運であるとも言い切れない。当然、不幸な主権者もる。勿論、幸福な臣民もいるだろう。


 ただし、救いとしては、主権者が幸運である事の方が、人類の経験則では高そうそうだ。根拠は、「主権在国」の国民が「主権在民」の国へと移動する例は多いが、逆のケースは極めて少なかったと言う歴史的事実に求める事が出来る。


 不幸な主権者の大抵は、所属する国家が政治、経済、或いは軍事の分野で下り坂に入って久しい時代に生まれてしまった不運な者達を指すのだろう。幸福な臣民とは、有能な統治者が現れ興隆期を体験するとか、中興の祖を眺めるという時代の転換期に生まれると言う偶然に恵まれた者達を指すのだろう。


 皮肉な事に、所属する国家の状況の変化を則す(或いは関与)出来るのは前者だけであり、後者には国家の興亡のいずれの場合であっても状況の変化を則す(或いは関与)出来きない。ただ、社会の推移を指をくわえて眺める事しか許されない(勿論、革命と言う不穏当極まりない手段が一応は残されている)。


 前者が属する主権を擁する民主主義国家では、誰であっても為政者であり続けたいならば、多数の市民を納得させる形以外で、兵の命を消費する事は絶対的に許されない。だが、その大原則は度々、何の前触れも無く脊髄反射的に覆される。


 市民の総意に反した政治を繰り返せば、次回の選挙で落選の憂き目に会う事は間違いない。だが、市民の総意と言うものに定義はない。それは大変な矛盾をはらんだ水物(・・)だ。時に、結果として、兵の命を無駄に消費する決断を求める事もある。そして、その種の求めに応えられないようだと、為政者は次回の選挙で落選の憂き目に会う確立が飛躍的に増す。


 これを「民主主義の罠」と言う。言い方を変えるとポピュリズム、或いは衆愚政治となる。民主主義にも欠点はある。最高の美男や美女になって欠点はある。逆に不美男や不美女になって何かしらの優れた点がある。要は、世界ではなく、世間に完璧は存在しないと言う事だ。


 その民主主義の罠が、東南アジアのラオスにで突然に生じてしまった。更に不味い事に、民主主義国家の為政者を震え上がらせるニュース(大事件)が、為政者の権力基盤を支える「親愛なる市民達」の元へ届いてしまったのだ。


 ラオス・タイ連合軍が解放区を放棄して撤退する混乱の中で、為政者達にとって想定外の悲劇が一つ発生してしまった。


 ラオス北部のルアンパバーン県、ナム・ウゥー水力発電所。


 それは、周辺の街や村や集落に文化的な生活を保証する為に、ナム・ウゥー(ウゥー川)に築かれた最重要インフラの一つである。


 ナム・ウゥー水力発電所へアクセスする、アルファルト舗装された自動車道は存在しない。主なアクセス手段はノーンキアウ峰真下を流れるナム・ウゥー(ウゥー川)を使った小型船である。他には、雨季の間には泥沼と化す未舗装の生活路があるだけだ。


 故に、ナム・ウゥー水力発電所は、攻めるに難く、守るに易い。しかし、それ故にそこから撤退するのは難しい。


 だから、下流のナム・ウゥー(ウゥー川)が敵勢力に抑えられてしまうと、ナム・ウゥー水力発電所は完全に袋小路となってしまう。


 その「ナム・ウゥー水力発電所」に配備されていた、総勢22人の守備部隊と発電所の要員が大攻勢の途中に本隊に合流出来なかった。つまり、逃げ遅れてしまった。


 ナム・ウゥー水力発電所・配備部隊が、ナム・ウゥー(ウゥー川)を使ってラオス国道へ移動する前に、守備隊がノーンキアウ周辺の戦線を維持出来ず、想定以上に早いタイミングで後方へ押しやられてしまったのだ。


 これは困った。主権者の気持ちでは取り残されてしまった不運な人々を絶対に救いたい、である事が明白だ。しかし、為政者が主権者の気持ちのままに行動してしまうと、巨大な損害を被る事は極めて高確率で起こるだろう。


 賢い者であれば、理を説けば断腸の思いで不運な人々の身をそれぞれの運命に任せざる得ないと納得してくれる。だが、悲しいことに主権者の大抵はあまり賢くない。私や貴方と同じくらい、理を説けば苦しい決断を最後まで支持してくれる程に、強い意志を持ち合わせてはない。


 民主主義国家の主権者には、正しいだけの選択を続ける様な贅沢(・・)は許されない。時に、間違った選択を意図的に行う事を要求される事もあるのだ。好む好まないに拘わらずだ。


 以前のノーンキアウ峰は、日本国から支援軍として送られて来たライトガス・ガン部隊が展開していたくらいに十分に確保された安全圏であると思われていた。実際、やや東にヴィエトナムを背負う地理的背景を持っているので、流石の人民解放軍も前方=ウドムサイ方向からしか襲って来ないと見做されていた。


 しかし、ヴィエトナム北方の国境付近に、人民共和国が大量の戦力を集結させた事で状況は変わった。ラオスにおける戦闘で大きな状況変化が起こっても、ヴィエトナムには行動を起こすだけの余裕が奪われたしまったのだ。


 その上での大攻勢(大侵攻)である。ノーンキアウの守備隊は、危うく東西の二つの方向から包囲されてしまうピンチにあったのだ。


 あまりに電撃的な侵攻であったせいで、ナム・ウゥー水力発電所・配備部隊は人民共和国による占領地域内に取り残されてしまった。


 ただ、人民解放軍は、ナム・ウゥー水力発電所と配備部隊の存在をキチンと把握していなかった。あまりに早い侵攻の弊害として、地理的把握が十分ではなかったのだ。


 唯一の出口を塞がれて24時間が経過しても占領部隊が上陸しない事に、ナム・ウゥー水力発電所・配備部隊は不思議に思っていた。女性が含まれていなかったので、無抵抗で降伏して水力発電施設を無傷で残すと示し合わせていたにも関わらずだ。


 すぐに、人民解放軍が自分達の存在に気付いていない可能性に思い至った。


 そして、人民解放軍が、遙か下流にある古都「ルアンパバーン」で集結しようとしている事実を平文の無線を傍受する事で把握した。


 愕然とした。


 極短期間で、ウドムサイからルアンパバーンまでと言う広大な国土上から、自軍の戦力が押し退けられてしまったのだ。ただし、完全に駆逐されたのではなく、もう一撃を加えられる程度の戦力は残されている。


 ーーーダメ元でも、敵地からの脱出を試みるべきだ。


 そこで、ナム・ウゥー水力発電所・配備部隊は月の出ていない夜間帯を狙って、密かにウゥー川を下って、メコンからからルアンパバーンを抜けて、サイニャブリー県まで移動すると言う計画を立てた。


 それは、彼等が装備していた2基の単眼式暗視装置に頼る作戦だった。


 人民解放軍は、配備されている国産の暗視装置の問題に頭を悩ませている事はラオスやタイの軍人の間でも一つの常識的な噂となっていた。


 感度の低さ、バッテリーの保ち時間が短さなどがネックとなって、夜間戦闘を好まなかった。


 極一部のエリート部隊を除いて、人民共和国内製の暗視装置は、一般的に、赤外線感度の悪さ、フィルター効果の低さ、映像処理の拙さが目立った。具体的にはラチチュードが狭過(せます)ぎて、陰影もなく、ただ白か黒か、まるで2bit処理しかしていない様な映像しか出力できなかった。


 また、熱源周辺に漂う暖められた空気まで出力してしまうので、まるで靄の掛かった映像しか見えなかった。おかげで、敵兵を見付けても顔がこちらを向いているのか、あちらを向いているのかさえ分からないと言う代物だった。


 長年に渡る高性能半導体禁輸の成果である。


 対共産圏輸出統制委員会(COCOM)花盛りだった頃の旧ソ連は、禁輸対象外の製品、例えば、マイクロソフト社とアスキー社が協同開発したゲーム用パソコン「MSX」を使って、作り手が全く想定していなかった高度な技術を開発した。


 実際、宇宙ステーションのミールでは、ゲーム用パソコン「MSX 2(ソニー・ヒットビット HB-G900AP)」が画像処理を担当していた(流石に、ミール全体を制御していたと言う噂は冗談だろう)。また、コードを短く纏めて完結させるプログラム書き出しなども広く知られている。


 しかし、現在の規制対象である人民共和国には、旧ソ連ほどのモチベーションがなかったらしい。第三国を迂回するなどの密輸に全力投入し、手に入るモノだけを応用して自力で対応技術を作り上げ様とはしなかった(或いは、努力はしたが失敗した)。


 一方で、ラオス・タイ連合軍側であるナム・ウゥー水力発電所・配備部隊には、第三世代型(旧式)の暗視装置が少数ながら配備されていた。


 ーーーパッシブ双眼鏡暗視(ENVG-B)装置。合衆国ではAN/PSQ-42と呼ばれた。


 光増幅装置式からだけでなく、赤外線サーマルセンサーから捉えた赤外線情報から取り込んだ情報を合成した映像を利用者に提供出来る。御陰で夜間戦闘時の視認性が極めて高い。


 それらは確かに、21世紀中盤の民主主義国家の軍隊の標準装備と比べれば、かなりの旧式ではある。しかし、それでも人民解放軍に配備される一般的な暗視装置と比べれば、圧倒的に高い性能を誇っていた。


 ナム・ウゥー水力発電所・配備部隊は、人民解放軍の一般部隊に対して、夜間に限れば圧倒的に広く明解な視野を確保出来ていた。


 それらは、夜間の風銘を詳細に見られるだけでなく、圧倒的に遠くまで見渡せるのだ。その特性を利用したアウトレンジ戦術を駆使すれば、人民共和国の占領地域を脱出が叶うかも知れない。


 その現場の部隊レベルではどうにも塞ぎようのない"隙"を突いて、ラオス山岳部の奥地に取り残されたラオス人とタイ人で構成される一団は脱出を試みる事にした。


 具体的には、22人と軽武装を3隻のゴムボートに分譲させて、何日か掛けて川下りをする。


 資材搬入などにも利用可能なエンジン付きの連絡船を利用したかった。しかし、日が昇った後に川から引き上げて隠し切る事は難しい。確認はしていないが、日中は監視用ドローンが自動で往復しているに違いない。更に、メコン川への合流手前に、もう一つ水力発電用のダムが存在する。


 そうなると、面倒でもキチンと水辺を離れて、草木の下へと隠し通せる舟が好ましい。そして、ダム湖を陸に上がって徒歩で通過する必要もあるし。


 この計画は上手く進んでいた。ノーンキアウは問題なく通過し、ルアンパバーンの警備も上手にやり過ごせた。そのまま安全圏まで逃げ切れればと願っていた。


 間もなく安全圏へ入れると希望を持ったタイミングで、3隻のゴムボートの中の1隻が空気漏れを起こして沈没してしまった。ボート側面を擦りながら、無理な川下りを続けた結果だ。


 予備の弾薬を全て投棄して、全員をボート上に回収した。しかし、その水難騒ぎは人民解放軍の知るところとなった。両岸からの射撃と砲撃を搔い潜って、パクロン周辺で岸にボートを乗り上げさせて全員が上陸。


 山中の密林の中へ逃げ延びる途中に、それまで行っていた電波封鎖を解除。敵味方区別無く、最大出力で救助要請信号を発振した。


 それによって、ナム・ウゥー水力発電所・配備部隊の生存が、ラオス・タイ連合軍だけでなく、世界中の報道機関の知る所となった。


 世界中で特報ニュースが流れる。人民共和国よりも、タイ王国の方がより激しく驚いた。


 ラオス・タイ連合軍は、世論に圧される形で、それまで温存していた戦力までも投入した、前代未聞の救出作戦を始める。


 一方で、人民解放軍は、包囲網は築いたが、追撃戦に関しては手を抜いた。本気になれば一瞬で壊滅させられるナム・ウゥー水力発電所・配備部隊を、出来るだけ長い時間を掛けて嬲り続ける事にした。


 世界に向けて、ラオス・タイ連合軍の弱小振りを周知させる意図があると推測された。


 救助対象をエサとして、ラオス・タイ連合軍を消耗戦へと引きずり込む意図を持ってだ。何なら、ナム・ウゥー水力発電所・配備部隊による降伏声明を完全に握りつぶして、狩りに自殺した後であっても存命中であると言う演出を続けるつもりだった。


 ラオス・タイ連合軍は、世界中の報道機関が注目している事もあって、面子的にどうしも全力の救出作戦の勢いをセーブ出来なくなってしまった。


 タイ王国軍としても、愚かな事をしていると言う自覚はあった。だが、ここまで世論が盛り上がってしまうと、政治的なポピュリズム(民主主義の悪弊)にどうしても付き合わざる得なくなる。


 思わぬタイミングで、意図せぬ形で、ラオス戦線に於ける「決戦」が始まってしまった。


 想定外の事態が繰り返され過ぎた。ここまで来ると、攻め手と守り手の双方にも状況の制御が困難となって来た。


 タイ王国は、マレーシア連邦とシンガポール共和国が編成した義勇軍と援助物資を携えて、南部領土の軍備を空にする勢いで北上を開始した。ベトナム社会主義共和国も、ホーチミン周辺に備蓄されていた軍事物資をラオス南部の国際道経由でヴィエンチャンへと送り始めた。


 一歩間違えれば、次の大規模戦争の勃発とは言えないまでも、過去に例を見ない全東南アジアを二分する地域戦争へエスカレートするかしないかの瀬戸際にはあった。


 問題は、周辺国の軍備を全て掻き集めたとしても、それらでは人民解放軍の戦力に遠く及ばない事だ。


 こうなると、世界史では多くの場合、同盟国同士の足並みが必ず乱れる。互いの心の内が分からないせいで疑心暗鬼を生じる。小狡い現実主義者であれば、美味しいところを一人取りしたいが為に、先んじて(抜け駆けで)敵国と関係修復や単独講和する。同盟を組んでいた(・・・・・・・・)隣国に対して、戦後の有利な立場を得られる見込みがあるからだ。


 相互不信や裏切りは人類のお家芸。国家や民族を問わずだ。勿論、時と場合も選ばない。むしろ、ヤバイ時にこそと言う側面すらある。


 だが、どういう訳か。この絶望的な状況を前にして、今回に限りで(幸運の御陰で)あるのだろうが、東南アジアにおける民主主義国家群の連帯に綻びは一切見られなかった。


 これがどうにも納得がいない。人類らしからぬ振る舞いだ。余程に巨大な報酬にありつける確信でもなければ、自由意思を持つ人間同士の集まりが、これ以上ない暗黒的な将来を前にして手を繋ぎ続けられる筈がない。


 きっと、この不思議を十分に説明出来る何かが、国際政治の演目が乱れ会う大劇場の舞台の、人目に付かない、床の下で起こりつつあったのだろう。

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