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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
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墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜13

 人民共和国は、自らの国際的な評価を飛躍的に盛り上げた。


 そして、その直後に盛大に落として見せた。


 彼等は、その様な振る舞いをする事に対して何ら呵責はなかったし、躊躇もしなかった。


 指弾も怖れていなかった。


 しかし、だからと言って、彼等が苦戦を前にした時の鉄の意志や、迷いを引き起こすぶれのない精神を持ち合わせてた訳でもなかった。


 遅疑逡巡(ちぎしゅんじゅん)する気配を見せなかったのは、何も感じていなか(我々とは別種の感性の)ったからだ(持ち主だったからだ)


"傍若無人"


 を体現し続ける者達だった。


 この四字熟語は、そんな感性の持ち主達を貶める言葉ではない。


 (かたわ)らに人無(ひとな)きが(ごと)し。


 と言う意味である。


"独立独歩"


 とは、別種の強さである。似ているのは、


"唯我独尊"


 の方だろう。


 こんな人間、組織、国家などに対面してしまった場合、それから逃れ切る術がない場合、我々が取れる対策はただ一つ。


"泰然自若(たいぜんじじゃく)"


 を心掛けて、出来るだけ距離を保って、近付かれない様に努力する事だけだ。


 ルールを守って行動して遊ぶ事に拘るタイプ。


 ルールを破壊しながら行動して遊ぶ事に拘るタイプ。


 これら二者が同じ場所で出会わないまでも、すれ違ってしまったら、前者としては不愉快極まりない体験をするだろう。また、後者としては壊すネタを見付けて愉快極まりない体験をするだろう。


 この場合、前者にメリットは何もない。


"百害あって一利なし"的に。


 そして、我々の多くは前者の下記の心持ちに共感出来るだろう。


 ーーーお願い。こっちを見ないで。


 前者は後者に対して「絶対に近付かないで」と懇願して止まないのも無理はない。


 前者に対して後者との交流と言う体験は、いわゆる"交通事故"みたいなものであるからして。どれだけ気をつけていても、100%、確実に避けられるものでもない。


 愚かであれば、まずはトコトン交流してみ(話し合ってみ)ようと言うアイデアが閃く(・・)かも知れない。しかし、すぐにそれが碌でもない気の迷いであったと思い知らされる(そこで粘着されたら、思い知って終わりではない。無事に逃げ切るまでは終わってくれないのだ)。愚者でない限り、我々は経験から学ばずにはいられない。早晩、関わり合いになるのを本能的に避ける様になる。


 合衆国は、得意の情報衛星から後者の振る舞い(いきり仕草)をあの手この手で覗き見する事で相当に詳細に把握していた。それでも、愕然とするしかなかった。


 ーーートー山脈(プゥー・トー)要塞の陥落直後。


 気が付くと、人民解放軍の()大軍が・タイ族自治州(雲南省)のシーサンパンナからラオス国境をラオス領パンハイから越えていた。


 ーーーいつの間にか。


 あ"っと言う間に、人民解放軍の公達の行列は、ミャンマー国境へと突き当たるラオス国道17B号線からメコン方面(ラオス南方)へと通じるラオス国道17A号線へ乗り換えて、既に実効支配中のルアンナムター県の県都ルアンナムターまで物凄い速度で移動した。


 その後はラオス国道3号線から、ラオス国道13号線を使って移動。ラオス・タイ連合軍が攻略出来なかったウドムサイを通過した。


 その直後に、古都ルアンパバーンが再陥落の憂き目にあった。


 それによって、人民解放軍は、ラオス・タイ連合軍が設定した最終防衛線の手前である、ラオス国道13号線とラオス国道7号線の交差点であるポーコウンの間近まで進出して来た。


 大攻勢が始まってから、たった24時間の間にこれら全ての悲劇が立て続けに起こった。


 ラオス・タイ連合軍が築いた戦線は全て崩壊し、これまで三週間掛けて積み、築き上げた戦果は全ては無に帰した。


 考えてみれば、これまで徹底されていたボーテンを通過する侵攻ルートは、目くらまし()に過ぎなかった。ラオスを南北に貫く高速鉄道などが施設されている事から、誰もが人民解放軍による国境越えが、常にボーテンで行われると信じ切っていた。


 深く考え直してみれば、ラオス国境の向こう、人民共和国の辺境までは、高規格な高速道路が21世紀初頭に既に到達している。


 パンハイからの侵略ルートの方が単純な移動距離は長くなる。しかし、無駄を疑う規模の大戦力を移動させたいなら、やはりパンハイからのルートが本命となるしかない。もっと早くこの策謀に気付くべきだったのだ。


 もちろん、ラオス・タイ連合軍もパンハイからの侵攻ルートは検討した。しかし、パンハイから送り込む必要があるほどの()大軍が、たかが小国ラオスの侵攻に用いられるとは想定外だった。


 一方、人民共和国は、必勝法として名高い「獅子搏兎(ししはくと)(=獅子は兎を狩るにも全力を尽くす)」を実践した。


 非はラオス・タイ連合軍にあるかも知れない。しかし、その責任を問うのは酷だ。誰にだって、合衆国のアナリストにとっても、小国であるラオスの攻略に、前代未聞の()大軍を注ぎ込む程の価値があるとは思えなかった。


 そんな余剰資金があるなら、もっと別の攻め方もある。平和的侵略=文化侵略を実践すれば良い。豊富な余剰資金を切り刻んで、ラオス国内への投資や直接援助としてばらまいた方が、より効果的にラオスを手中に収められた筈だ。


 ーーー好意は金で買える。


 最初は嘘の好意でも、長く続ければやがては本物の好意へと昇華する。


 ラオスの為政者には賄賂を。ラオスの上級国民には投資を。その他のラオス国民には端金(はしたがね)を握らせるなどの慈悲を見せ続ける。それを一定期間続ける。そうすれば、こんな力業を使わずに、無理と無茶を重ねずに、事実上の無条件降伏させる事も容易かったに違いない。


 しかし、人民共和国は何故かそうしなかった。


 おそらく、この行動選択には、人民共和国には人民共和国なりの合理性が存在するのだろう。それでも、ラオス・タイ連合軍は、それは不合理であるとしか感じられなかった。


 ともかく、ラオスの北部は完全に人民共和国の手に落ちつつある。


 インドシナ半島の東岸でも大事件が起きていた。


 ヴェトナム社会主義共和国と人民共和国の、海沿いの国境線でも大きな騒ぎが起きていたのだ。


 クァンニン省の都市モンカイに接する人民共和国側の都市である広西チワン族自治区東興市に()突然に、雲霞の如く、人民解放軍が押し寄せてきた。どうやら、近くにある防城港などの施設を利用して、海上輸送などの併用して多数の軍団を陸揚げした様だ。


 防城港とは、大規模物流を扱える規模の港湾プラットフォームを持つベイブー・ガルフ・ポートの要所である。ヴェトナム戦争当時に築かれた港で、かつては「ホーチミン・トレイルの起点」と合衆国にキツく睨まれていた。


 更に、ヴェトナム領ランソンから見て国境の北側に位置する友誼関に()、ヴェトナム領ラオカイから見て国境北側に位置する文山壮族苗族自治州や哈尼族彝族自治州に()人民解放軍の大軍が突如として集結して見せた。


 これは、「ヴェトナム領を通過してラオスを目指す意図がある」と言う人民解放軍が見せたジェスチャーであろう。人民解放軍によるヴェトナム領の通過を認めろと脅しているのだ。


 脅しであったとしても無視出来ない。もし、そうでないなら、無害通行による通過に見せかけて、途中で南進。そのまま首都ハノイまで攻め上る計画があるに違いない。


 これによって、ヴェトナムは表立った行動を見せられなくなった。何かあれば、タイ王国に続いて、ラオスへ義勇軍を派遣するなり、直接支援するなり、反人民共和国行動へ出て旗色を見せる用意があった。しかし、もし、国境の向こうに集結済みの大軍が南下する様な事になれば、21世紀になってから必死に積み上げてきた悲願の経済繁栄(ドイモイの果実)のほとんどを奪われる事は確実だ。


 人民共和国は、一戦も交える事なく、孫子的な手法でヴェトナムの軍事行動を封じ込めてしまった。

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