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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第二章 二人目の共犯者
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さばくのくにから。

 長い事、店舗数と収益率の面で世界トップの座を争っていた有名・有力コーヒーチェーン店「ルクラ・バックス」。


 (くだん)の店舗展開が、日本国内で十分な普及を終えて久しかった頃の話である。


 実は、日本国の本州南部の重要な一角を占める普通地方公共団体「鳥取県」だけは、有名コーヒーチェーン店の広大な"陽キャ☆ネットワーク"からはとことんまで除外されていた。


 鳥取県民が、ルクラ・バックス店舗内に居座って迷惑に駄弁ったり、止めて欲しいのに学校の宿題に取り掛かったり、颯爽とMacBookを開閉したりする非日常(ハレの気分)を体験したければ、46(・・)都道府県のいずれかまで出向く努力が不可欠だった。


 日本海に面した美しい砂丘を誇りとする鳥取県民の総意としては、東の県境で接する兵庫県や西の県境で接する広島県において「ルクラ・バックス」が店舗展開済みであるのはそこそこ納得出来ていた。


 しかし、南の県境で接する岡山県や西の県境で接する島根県において店舗展開済みでありながら、自分達の県内に「ルクラ・バックス」の店舗が一つもない事にはどうにも合点に至らなかった。


 特に、ネットで有名な写真光景である「大都会岡山」に対抗して、自らの大都会振りを示そうとは考えなかった。ただ、自分達が誇りとする「砂丘」は、「桃太郎」などのコンテンツよりもインスタ栄えすると猛烈な地域愛を振りかざすに留めた。


 なお、島根県の「出雲大社」に喧嘩を売るほど向こう見ずではなかった。しかし、それでも自らが誇りとする「因幡の白兎」とそれに由来する「白兎神社」が、何となく島根県の「出雲大社」関連のコンテツであると誤解されがちな風評被害には憤っていた。


 彼等の想いは、下記の通り一つに纏め上げられていた。


 ーーー因幡の白兎が島根県由来だって?


 ーーーお前、大国(おおくに)主命(ぬしのみこと)の前でも同じ事言えるの?


 ーーー皮剥いで、好海水浴場から海水に叩き込むぞ。


 ーーーでめえら、古事記と日本書記を読み返しから出直して来い!!(検索するなら、"稻羽之素菟"ね。)


 ーーーところで、好海水浴場はハマナスの自生南限地帯なんだよ!!


 寿製菓製の焼きまんじゅう「因幡の白うさぎ」の中身のアンコを想像しながら、ここまで書いてみた。若い人向けの抹茶餡とか、ショコラ風もあるよ!! でもやっぱオリジナル一択だろ。


 掴んだ手があまり汚れないから、食後にぬれティッシュで指先を拭えばそのままスマホ操作出来そうだしね。(←これ重要。直接手に触れる表面(正面装甲)だけは油分控え目の徹底でお願いします。食べると指が油まみれになるポテチはスマホ・ユーザーには最悪ですね)。


 だから、"鳥取県内に「ルクラ・バックス 鳥取一号店」が開店する"と、マスコミ向けのプレスリリースがネットを駆け回った時、鳥取県民だけでなく日本全国の国民(の一割くらい)がザワついた。


 ざわ・・・ ざわ・・・


 それは、日本全県制覇と言うルクラ・バックスの偉業を褒め称えての事ではなかった。


 プレスリリースの一部に掲載された写真に驚愕したのだ。


 何と、鳥取砂丘のど真ん中にルクラ・バックスお約束の店構えが建てられていると言う絶景だったのだ。


 日本海側なので、日没時と推測される薄暗くも幻想的な光線で照らされた鳥取砂丘とルクラ・バックス。それは本当にドラマティックで美しく見えた。


 ルクラ・バックスによる日本全県制覇=画竜点睛な行為に相応しい、最後の一手(チェックメイト)だと誰もが賞賛した。


 しかし、すぐにルクラ・バックスの広報部が慌ててコメントを発した。


「(※)あくまでもイメージです」と。


 彼等の話では、ルクラ・バックス 鳥取一号店は、鳥取砂丘の中に建ってたり、面して建っている訳ではなかったのだ。ただの極普通で普遍的な、街中に建つ店舗としての開業が計画されていた。


 あの絶景は、鳥取のアイコンである砂丘と店舗を合わせた合成写真に過ぎなかったのだ。


 ネパール人(アーシュミラ)なら「ハッタリカ!!」。


 タイ人(ヂェーン)なら「アイヒア(ไอ้เหี้ย)!!」。


 そう驚きを漏らしたに違いない。


 それによって事態は収拾された。ネットの好事家達はガッカリして解散。自らの本来の住処(コミュニティー)へと引き返して行ったのだ。


 しかし、(くだん)の合成写真で描かれた"情景"は、一部の理想主義者達の胸中に決して消えない灯火を与え(たも)うた。


 その想いが、鳥取県で8件目に誕生したコーヒーチェーン店「ルクラ・バックス・鳥取砂丘店」へと繋がった。


 なんと、ルクラ・バックスが鳥取砂丘へと本当に進出したのだ。マヂのマヂで。


 流石に、鳥取砂丘のど真ん中にオアシスの様に建ち誇るには無理があった。大人の事情である。


 しかし、山陰海岸国立公園「鳥取砂丘ビジターセンター」の改築を機会と捉えた"闘士達"が革命を実行。ビジターセンターの敷地内に、独立した形でルクラ・バックスを誘致する運動を開始した。


 その"(くわだ)て"はその後の紆余曲折を耐え、魑魅魍魎に揉まれてもなお生き残った。2033年、コーヒーチェーン店「ルクラ・バックス・鳥取砂丘店」は、鳥取砂丘に面する位置に爆誕した。


 新店舗の2階にはオープン・スペースが広く取られ、カフェから"馬の背"を座った眺められる作りだった。本当は三階建て店舗にしたかったのだが、それもまた大人の事情でお流れとなってしまった。


 それでも、砂丘に最も近い店舗の完成直後には、世界中から金と閑を持て余したインスタ栄えの信徒達が新聖地を求めて集まって来た。おかげで、入店まで最低でも2時間待ちとか言う、千葉県にあるに関わらず、何故か東京オリエンタルネズミーランドと名付けられた遊園地の人気アトラクションほどの行列の長さも話題となった(あの鼠党、千葉県のことディスってねえ? 征かれチーバ君とフナッシー!!)。


 しかし、勝者必衰の理。10年も経てば流石に新鮮さも失われる。長かった行列風景も過去の話となり、今では、何時行っても、砂丘が目の前に広がる2階のオープン・スペースでも直ちに座れる様になっている。


 おかげ、「ルクラ・バックス・鳥取砂丘店」は、極普通のコーヒーチェーン店の一つとして落ち着いた。


 これでやっと地元民がコーヒーを楽しみながら、馬の背を背景にトボトボと歩くラクダとラクダ使いと言う日本とは思えない光景を楽しめる様になった。


 砂の惑星「デューン」ごっこならやり放題だ。ただし、ルーク・スカイウォーカーの実家を建てるのは止めておこう。T-55とM48のラジコンを用いた戦争ごっこもダメだ。


 その日は、本格的な冬の到来を間近に控えて、大陸からの冷たい空気が日本海から鳥取砂丘へと張り出しつつあった。ただし、砂丘の砂粒を吹き飛ばして、砂害を周辺に撒き散らすほどに強い風は吹いていない。せいぜい、野外に出るとちょっとした冷え込みを感じるだけだった。


 お楽しみはこれからだ(Show must go on.)、と言う感じで。


 また、クィーンの"The Show must go on."をルミナス(ストレガ)の皆さんで歌うのもありかと。


 その2階席のオープン・スペースに、砂丘を眺めながら、雑に巻いていたマフラーを気にする女性がやって来た。両手が2つのコーヒーと軽食を乗せたお盆で塞がっている。


「今月中に初雪だな・・・」


 女性は、「ルクラ・バックス・鳥取砂丘店」の2階のオープン・スペースにあるテーブルの上にゆっくりとお盆を置いた。それから、首に巻いているマフラーをキッチリと巻き直した。


 ーーー砂丘の冷気が襟元からその奥まで入り込んで来ない様にと。


 周辺に他の客の姿は見えない。寒さを嫌って、店内からガラス越しに砂丘の目玉である馬の背を眺めるつもりなのだろう。


 女性としては、この場のカラッと空気の乾燥した寒気よりも、故郷のジメジメと湿った飛び切りの寒気の方が冬らしいと感じていた。


 空を眺めると、さっきまで晴れていたと言うのに日光を遮る多数の雲が湧き出している。何となく、先行きの暗さを感じる光景だ。


 ーーー気弱になってはいけない。


 気合いを入れ直す。そこに、店内のガラス製の自動ドアを開けて、こちらへ近付いて来る老人の姿に気付く。杖を突いてはいるが、足取りはしっかりとしている。


 骨格に嫌な曲がりもなく、余計な贅肉も付いていない。何より、強い意志を宿した二つの瞳が顔付きをこれでもかと言うほどに引き締めている。


 ーーー自分もこう言う年齢の重ね方をしたい。


 女性は、自分が座る前にテーブルの近くに置かれていた座席を退いて、その老人が座りやすい様に位置を整えた。老人がそれを切実に必要としていない事は判っている。しかし、ただ、敬老と敬愛を示す為にそうしたかったまでだ。


「世話になるな、万条(まんじょう)君」


「とんでもない。因幡(いなば)先生」


"因幡(いなば)先生"と呼ばれた老人。彼は、鳥取県選出の国会議員「因幡(いなば) 陽葵(はるな)」だった。己の年齢に関しては「既に数えるのに飽きた」と言い放っている、西日本を権力基盤とする、与党の権力階級名簿の上位に名前を連ねる大物政治家である。


 また、神楽などの伝統芸を支える古い家系のど真ん中に生まれていた。既に故人であるが、弟に人間国宝の舞手「因幡(いなば) 只嗣(ただつぐ)」がいた。


「忙しいのが判っていて、福島から呼び立ててしまってすまんな」


「とんでもない。正念場となる決戦を前にして、折角、先生を拝顔する機会を与えてくれたのです。それを無駄にするは残念が過ぎます」


 老人の相手をしているのは、福島県選出の国会議員「万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)」だった。同じく福島県選出の国会議員だった父親の突然の急逝によって、ほとんど準備ゼロの状態から集票組織とその支持地盤を対抗勢力(裏切った身内)と競り勝って、引き継ぎ、死守することに成功した、「若過ぎる女傑」として知られていた。


「しかし、良くぞ足下を固められたものだな」


「全ては先生のご助力あってのものです。また、有権者による父にへの良い印象の強さに救われたまでのことです」


 因幡(いなば) 陽葵(はるな)は、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)の謙遜を軽く笑い飛ばした。


「いや、老人達よりも若い世代からの支持が"大"だったと聞かされているぞ」


「それは、ご承知の通り、高校からの自主退学の経緯が突然に広まった御陰でしょう」


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、それを軽く躱して身分相応な(新人としての)態度を崩さない。


「自分の立場を犠牲にして母校を護った"生徒会長"と言う物語だな」


 因幡(いなば) 陽葵(はるな)は、ミルクを入れてやや白みがかっているコーヒーに口を付けた。


「で、すぐに計画に着手するつもりなのかな?」


 因幡(いなば) 陽葵(はるな)の目蓋の奥に隠された瞳が、まるで光ったかのように精気を放つ。


「何をですか?」


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、老人の問をはぐらかして逃避を試みた。こう言う状態では、とりあえず一歩退く事で考える時間を捻出して、相手の真意を早急に確認してしまいたい。


「"本州南北地方経済特区構想"の方(・・)だよ」


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、ギクリとした。一瞬、コーヒーカップを運ぶ手の動きを緩めてしまった程に。


「"東北地方経済特区構想"の方(・・)ではなく?」


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)の反応に満足した因幡(いなば) 陽葵(はるな)は、ニヤリと笑ってみせる。


「東北地方だけの経済規模では、継続的発展を回し切れない。試算を繰り返して、そんな不都合な結果が回避不能だと言う結論に達したのではなかったのかな?」


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)も微笑を称えて、老人の話に耳を傾けている。しかし、胸中は穏やかではない。彼女の"企て"を見抜いている者が身近にいると言う事実が、とても大きな脅威だったからだ。実際、プロジェクトチームのメンバーは、本当に極限られた者達だけだった。


 ーーーどこからバレた?


"東北地方経済特区構想"の方(・・)であれば知られていて当然だった。それが縁で、この老人との関係が始まったのだから。しかし、"本州南北地方"へと対象地域を拡大した事に関してはまだ伝えていなかった。それどころか、未だ当分伝えるつもりもなかった。


 ーーーそれとも、出会った時から"東北地方だけでは経済規模が不足してどうにも継続的発展を回し切れない"と気付いていたのだろうか?


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、何とか平然を装ってコーヒーに口を付ける。経済特区構想の範囲に関しては、今は未だ東北一辺倒を装って進めていくつもりだった。


 この手の新しい切り口の政策と言うものは、全方位からの抵抗に会わない筈がない。だから、最初期は本命の方を隠して、偽装した方でゆっくりと話を盛り上げて既成事実と成果を積み上げて行くつもりだったのだ。


「驚く事はない」


 因幡(いなば) 陽葵(はるな)は、直ぐに機密中の機密をすっぱ抜いた絡繰りを披露してくれた。


八十治(やそじ)君だよ。試算結果を基にした腹案を持参して、私に会いに来たんだ」


「そうでしたか・・・」


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、自分の結婚相手であり、高校と大学生活を共にした、気心知れた夫が何かと暗躍している気配にはある程度は気付いていた。


 特に最近、政治活動に限らず、自分が動く前に、根回しというお膳立てが済んでいる場合が増えていたからだ。その証拠に、自分が強行突破可能と踏んだ事案に無言で抵抗したりもする。そこで横車を推してみると、必ず言われた通りに失敗する。


 それらは八十治(やそじ)が一足先に段取りを試みて、時期尚早か見当外れな活動であった事が理由で、議会参加者達や当事者達の同意の取り付けに失敗していたからだったのだろう。


 おそらく、日陰で暗躍する場合であれば、八十治(やそじ)は自分よりもはるかに優秀であるのだろう。それに最近になって気付き始めていた。


 ーーー知らずの中に助けられていたし、救われていた。


八十治(やそじ)君はね。二つの提案を持ち出して来た」


 因幡(いなば) 陽葵(はるな)は、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)が頭の整理を終えるタイミングを見計らって話を続けた。


(うち)八十治(やそじ)が大変な失礼を・・・」


「いや。女子高校生の頃に誰かさんが書き上げた"東北地方経済特区構想"よりも人間の認識の裏を突いたえきさいてんぐ(・・・・・・・)な提案だったよ。


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、因幡(いなば) 陽葵(はるな)八十治(やそじ)の先走った公道に対して不快感を示していない事に安堵した。


「そうですか」


「打診ではなく、明らかに提案だった。彼には既に万条(まんじょう)君の未来に関する結論がかなり先まで見えている。"カミソリの様に切れる男"と言う言葉があるが、それはきっと八十治(やそじ)君がもっとも相応しい」


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、因幡(いなば) 陽葵(はるな)八十治(やそじ)の事を予想以上に高く買っていると知って驚いた。


「"本州南北地方経済特区構想"の実現に向けて、先生からこれまで以上のご助力をお願いしたのでしょうか?」


 因幡(いなば) 陽葵(はるな)には、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)の心中がほとんど身透けられていた。これは年の功であり、話の主導権を握った者の余裕だった。


「半分はアタリだ。しかし、残りの半分には流石に私も驚いた。これこそえきさいてんぐ(・・・・・・・)と言う意味でね」


「それはどの様なお願いだったのでしょうか?」


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、そこに自分の想定外と言う不確定要素が隠れているだろう事を覚悟した。そして、それを怖れた。


万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)君が、次回の衆議院議員選挙で、福島からではなく鳥取からの出馬する為の助力の相談だな。選区の鞍替えが主題だった」


「ーーー!!」


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、想定外の斜め上を攻める八十治(やそじ)の意図がまったく掴めなかった。必死で纏め上げた会津の集票基盤を捨てて、何故に鳥取まで移動して鞍替えをしなければならないのだろうか?


 まだ盤石とは言えないが、それでは既存(会津)の集票基盤を背負って選挙を戦うのが最も有利である事は間違いない。敢えて、遠く離れた鳥取で選挙を戦う意義がどこにあるのか分からない。


 十中八九、次の選挙で自分はなんとか"二年生議員"になれる。しかし、それはどぶ板選挙を続ける事が前提の戦いとなる。そうしなければ、彼女のような若輩者は、ちょっとした人為的スキャンダルなどで吹き飛ばされてしまう。


 それが、彼女が抱える不安定な日常だった。だから、鳥取へ鞍替えすれば、少なくとも次期選挙では敗退を覚悟しなければならない。どう考えても、比例による復活当選順位を上げてもらえるとも思えない。


 小選挙区の方で勝てる勝負と捨てて、勝てぬ勝負を拾っても得する事などなにもない。そして、それは父の弔い合戦として戦った選挙を支援してくれた人々への裏切り行為に他ならない。どう考えても、避けるべき選択だ。


「当然、早めに住民票を移動させる必要もある。それが判断のタイムリミットとなるだろう」


 だが、因幡(いなば) 陽葵(はるな)は彼女の動揺を捨て置いて、話を更に先へと続けて行く。


八十治(やそじ)は、何のための鞍替えだと?」


 因幡(いなば) 陽葵(はるな)は、焦る若者を「自分で尋ねるが良い」などと返して突き放したりはしなかった。


万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)本人に鳥取県を地盤として、九州地方、島根県、広島県、山口県を纏めさせる。そして、東北地方に関しては纏め上げる難易度が低いので、適当な支持者を傀儡に仕立てるとか、祭り上げられれば何とかなる・・・。そう言っていたな」


「先生に対して何と失礼な事を。誠に申し訳ありませんでした」


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、八十治(やそじ)が自分の議席の後釜に収まるつもりである可能性を疑った。しかし、年長者はその早急且つ浅はかな直感を全否定した。


「誤解しているのではないかな?」


「はい?」


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、この辺りで分析能力が限界を迎えてしまった。自分の推理が誤解であるというならば、何が真相であるのか見当が付かなくなったからだ。まあ、推理に用いる事が出来る情報が少な過ぎるので、こればかりは人の身であれば仕方のない事だった。


八十治(やそじ)君には万条(まんじょう)の地盤を引き継ぐつもりはない。そんな下賤な野望を私に対して持ち掛けた訳ではない」


 因幡(いなば) 陽葵(はるな)は、追い打ちを掛けて来る。経験の浅い若者が陥る落とし穴の深さなど、はるか昔に落ちた経験を持つ者にはお見通しだと言わんばかりに。


「はあ」


 因幡(いなば) 陽葵(はるな)は、八十治(やそじ)の事をもっと信頼し、重く扱えと叱咤している様にも思えた。


八十治(やそじ)君は、万条(まんじょう)家ではなく、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)と言う個人に死ぬまで付いて行く決意だ。どうやら、万条(まんじょう)一族の地盤を引き継ぐに相応しい候補者にも当てがあるようだったがな」


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、人間を転がす事には長けていたが、転がされる事には慣れていなかった。年長者としては、この経験が遠い未来に役立つだろうと願ってもいた。この老人はこの若者とその伴侶の事を、とても愛していたのだ。


 これだけの手間は自分の息子にも掛けない。しかし、それが愛がないからではない。実子が、それだけの試練を与えたとしても乗り越えられる"器"ではないと、早々に見切っていたからだ。小器に大器の働きを要求するのは、人道上最悪のハラスメントだ。彼には、悲しくもそれが分かっていた。


 だからこそ、息子を諦めて、敢えて、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)を見初めて拾ったのだ。そして、その万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)に思わぬ獲物が付いて来た。だから、息子に伝えられない知恵を、これらの若者達に自分が受け継いだ文化的遺伝子(ミーム)に刻みたいと願って止まなかった。


 その為には、間違って潰してしまっても仕方がないと覚悟していた。しかし、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、願った以上の成長を見せ続けて来た。


 そして、世界が決して無視出来ない今世紀最大級のイレギュラー、神懸かり巫女「朝間ナヲミ」をも影響下に置いていた。


 この若者達であれば、自分達に不可能だった何かを成し遂げてくれる。そんな甘い夢を堪能しながらその歳まで生き長らえてきたのだ。


「先生は何と拒絶されたのですか?」


「いや。私としてはその話に乗ってみたいと答えたよ」


「何ですって? いえ、どうしてですか?」


「鳥取に限らず、この周辺地域。本州南部や九州全体への有効な経済振興策は幾度も繰り返された。しかし、数少ない例外的なケースを除いて、永続的な効果は出てくれなかった」


「成功した例は・・・基本的に関東圏の企業主導の投資案件ばかりと言う事ですね」


「そうだ」


「何故なのでしょうね・・・」


「知らない振り、気付かない振りと言うのは良くない。年寄りへの気遣いも不要だ」


「・・・」


「複数のグループ。団体や組織、いや、民族と言っても良い。共存するそれらの間には、必ずと言って良い程確実に経済格差が生じる」


「そうですね」


「何故か、経済的に恵まれないグループと言うのは、自分達が置かれた不満足な状況を、ほぼ確実に、経済的格差は経済的に恵まれたグループによる悪事、例えば、政府による税制優遇、銀行や資本家による差別、広告代理店による悪辣な市場操作などが原因だと主張する。もし、その手が通用しない場合は・・・」


「とにかくやたらに"運が悪かった"などと、見せられる方としては眉を(ひそ)めざるほどの大声で無闇矢鱈に触れ回る、ですか?」


「そうだ。彼等には、自分達と経済的に恵まれないグループの間に、能力的な格差があると言う結論には絶対的に至らない・・・」


「だから、いくら補填を繰り返しても(高い梯子を用意しても)、能力的格差が原因で解消されていた筈の経済的格差が短期間で再生され、瞬く間に広まっていく(突き放されてしまう)、ですね?」


「戦後に台頭した似非(現場を知)エリート層(らない頭でっかち)が全国の隅々にまで拡散させた、あまりに非現実的な(理想主義に偏った)平等徹底主義教育(大躍進的文化革命)ドグマも問題(失笑物)だが、それだけが原因ではない。その前の段階、いわゆる精神改革が我々のグループが必要なのではないかな? 万人への機会の均等は1980年代には既に実現されていた。幅広い教養の獲得と言う余興的要素さえ除けば、義務教育の内容だけで情報強者となるには十分だ。それほどに恵まれた機会を有効に活用しなかったのは、むしろ我々の前任者達の方だ」


「しかし・・・」


「もう少し正確に述べると・・・東京は我々に金を恵んでくれた。そして、我々が出来た事は短期的な経済の活性化と、その期間中に事業の整理する時間を与えるのが精々だった。情けないと思わんか? 東京の恵んでくれる金で我々が成せたのは、金儲けではなく、失う金の節約がせいぜいだったのだ」


「東北も似たり寄ったりの惨状です」


「しかし、八十治(やそじ)君の持って来てくれた万条(まんじょう)君の新しい"企て"であれば、先例を打ち破れる可能性があると判断した」


「高く評価していただけるのですか?」


「ああ。正確には、"企て"以上に、"企て"る者・・・例えば、八十治(やそじ)君の手腕に期待している」


八十治(やそじ)にですか?」


「ああ。もし、この先、万条(まんじょう)君が現在の立場と八十治(やそじ)君のどちらかを選ぶ所まで追い詰められたならば、迷わず八十治(やそじ)君の方を選ぶべきだ」


「それほどですか?」


「ああ。その場合、八十治(やそじ)君は"自分が身を退く"と強い意志で主張するだろう。だが、そんな我が儘(・・・)を絶対に通させてやってはいけない。自己満足で終わる、糞の役にも立たない憂愁の美(良く出来た言い訳)を与えてはならんのだ」


「確かに、八十治(やそじ)なら・・・間違いなくそう言った道を選ぶと思います」


八十治(やそじ)君なら、万条(まんじょう)君の万が一の落選繰り返し(没落)後であっても、今と変わらず影として付き従ってくれだろう。彼さえ確保し続けられれば、万条(まんじょう)君はどれほどに深い沼底へ落とされたとしても、必ずそこからでも這い上がれるだろう。しかし、もし、議席の確保に拘って八十治(やそじ)君を切り捨てれば、後は、そこからズルズルと政治屋(・・・)へと落ちて行く未来しかなくなるだろう」


「先生の私への評価はその程度のものだったのですか?」


「違う。だが、万条(まんじょう)君が今の立場まで、これほどの短期間で(・・・・)登り詰める事が出来たのは、八十治(やそじ)君の助力があってと言っているのだ。彼無しでも万条(まんじょう)君ならここまで昇って来れただろう。しかし、それは今ではなく、早くて5年後、おそらくはそれ以上の先になっていた・・・。そう言う話だ」


八十治(やそじ)の助力には感謝しています。しかし・・・」


 戸惑う万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)に、因幡(いなば) 陽葵(はるな)は一気に畳み掛ける。


「比翼の鳥を知っているかな?」


「大陸の古い伝説に登場する架空の生物ですね」


「雄鳥と雌鳥が隣り合い、互いに飛行を支援し合うって飛ぶそうだ。

ーーー在天願作比翼鳥、在地願爲連理枝。

意訳は知っているかな?」


「・・・天にあって比翼の鳥となりたく、地にあっては連理の枝となりたい」


「今から言う事は、どこにでもいる一人の(じじい)の愚痴として聞いて欲しい」


「はい」


「失って初めて価値を知るくらいなら、失う前にその価値を認めてやるべきだ。何故なら、そう出来なければ、後で必ず後悔する事になるからだ」


「はい」


「そう言う失敗の経験者として伝えるが、この種の後悔は辛いぞ。どれ程に時間が経過しても、どれ程の幸福の中にあっても、必ず過去の愚行を頻繁に思い出して興が冷めてしまう。そんな寒い人生を、若い人には経験して欲しくない・・・」


「わかりました。その様にあるべく努めます」


「ありがとう。解ってくれると(じじい)は嬉しい」


「大昔に、私の弟が残した言葉がある。

 "真理は心裏の裏側にある。それを理解出来るのは自分には見えない自分を知る勇気を持つ者だけである"

弟は心裏の裏側にある真理を知る勇気とその真理に従う勇気を持ち合わせていた。しかし、私にはいずれの勇気もなかった。それが今でも悔しくて悔しくてならない」


「今はまだ無理ですが、いずれ、仰有っている事をキチンと理解出来る様になる様努めたいを思います」


「まあ、ゆっくりな。まだ若いのに、老婆の様に悟ってしまっては人生が詰まらなくなる」


「はい」


「それでも、まあ。私がこの人生をここまで楽しめたのは、苦境にあった万条(まんじょう)君に手を差し伸べられたのは、(ひとえ)に、弟と違って自身の分をわきまえる愚か者だったからだ」


「・・・」


「ともかく、先の件はギリギリまでゆっくりと考えると良い。答えを急ぐと碌な事にならないからなあ」


「はい」


「さて、そろそろ空港へ向かう時間だろう」


「はい。心苦しいのですが、ここでお(いとま)させていたく存じます」


「道中気をつけてな」


「ありがとうございます」


 そこで、因幡(いなば) 陽葵(はるな)は、突然思い出したかの様に、つまり芝居がかった態度で問うて来た。


「ところで・・・妹さん(・・・)はお元気かな?」


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、その問いの文言に奇妙を感じた。この老人は、自分の妹が双子であり、妹達(・・)である事を良く知っている筈だったからだ。今ではだいぶご無沙汰しているが、妹達(・・)が小さかった頃はこの老人に懐いていたのだ。


 それは、小さな(しこ)りの様に心に引っかかった。


「はい。東北の方で元気に過ごしております」


 しかし、今はその小さな問題をそのまま放置にして置くことにした。


 すると、因幡(いなば) 陽葵(はるな)は、豪快に笑って見せた。そして、こう告げた。


「ご家族は大事にされる様に。また、甘えさせてやってはどうかな? あの頃の様に」


 妙に引っかかる言い方が。心がざわつく。


「はい。福島に戻ったら電話をしてみます」


「そう。それが良い。年下の弟や妹は大切にしなければならない」


「分かりました。先の件も含めて、落ち着いたらご報告させていただきます」


 因幡(いなば) 陽葵(はるな)は、座ったまま手を振った。そして、視線を万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)から反らして馬の背を眺め始めた。


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、そこで深く腰を曲げるお辞儀をして、砂の丘に麓にある有名コーヒーチェーン店「ルクラ・バックス」を後にした。そして、ビジターセンターで客待ちをしていたタクシーを拾って、鳥取砂丘コナン空港を目指した。


 夫であり、秘書でもある八十治(やそじ)が、自分に黙って各所で動き回っていると言う確信を持った事は驚きだった。しかし、今はいずれかの妹の方が気になって仕方がなかった。胸騒ぎがする。


 鳥取砂丘コナン空港で、全日空の東京便の座席に着いてからも落ち着かない。離陸80分後は、会津まで乗り継ぎの予定だ。羽田空港から八十治(やそじ)に相談してみようか迷った。しかし、それもまた、そこはかとなく腹立たしい。


 ーーー仕方がない。


 万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、代替として、古くからの親友である朝間ナヲミに相談してみようと次の方針を決めた。


 考えてみれば、高校時代からの付き合いで、唯一心を開いて話せる友人は彼女一人だった。(もり) 葉子(はこ)やアーシュミラなどの古くからの友人達は信頼は出来るが、まともな人間である事がネックとなって、自分との価値観のズレだけは如何(いかん)ともし(がた)かった。


 残る廿里(とどり) 千瀬(ちせ)は、頭の回転の速さは申し分なかったが、人間社会への関心が薄いが為に洞察が浅過ぎると言うきらいがあった。それに、何となく自分への苦手意識がある様に思えてならなかった。


 ーーーやはり、あの()だけは、あの頃(高校時代)共犯者(・・・)のままでいてくれる。


 難民上がりの合衆国系日本人。今では望まぬにも関わらず列島国家の国防の一翼を担い、周辺国の一部の指導者達を苛つかせて()まない文字通りの目の上のたんこぶ。それ故に公安や軍情報部は、警備とも監視とも取れるフォローを欠かさない。


 本人は、空き巣が家に入らなくて便利と言っている。また、街中で家族に何か困った事が起これば、何かと手を差し伸べてくれるから助かるとも嘯いている。


 ーーーTV企画として有名な「はじめてのおつかい」レベルの話であるらしい。


 そして、それは自分自身も同様だった。興味の視線の元は公安警察であり、名刺交換などの接触は避けているが、顔馴染みとなって久しい男が常に目に見えない位置から自分の周囲を見張ってくれている。確かに、犯罪行為にでも手を染める予定がないなら、これはこれで都合の良い一面もある。


 お互いが公務に忙しく、しばらく会えていない悪友の事を思い出すと呼吸している周辺の空気が色付く様な気がしてならない


 ーーー心のざわつきが少しだけ収まった。


 そのせいか、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、離陸を控えて滑走路へ繋がる誘導路の端で、U字旋回の指示を待つ旅客機のシートの上で直ちに爆睡を始めた。


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