墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜4
合衆国は、人民解放軍による突然の戦力移動の成り行きを、多方向から、更に多次元的に眺めていた。
時間経過によって移り変わる戦力再配置の達成状況を検討し、評価を下してしている途中で、あからさまな異様性を認めた。予想外や意外にではなく、不条理さを感じたのだ。
本来なら、領土の内から外へ。そして、領土内の戦略的重要拠点へと戦力が優先的に再配置される筈である。そうでありながら、戦力移動の結果は理想的な戦略運動に反していた。
まるで誘導役を失ったグンタイアリの群が、群が全滅するまで回転運動を終えない「デス・スパイラル現象」を観察している時に大抵の一般人の胸中を締め付ける類いの、不条理さを感じたのだ。
当初は人民解放軍が、初めての大規模な戦力配置の転換作業に不慣れである故の不手際の連続による不具合がもたらす、単純な不効率であるとの評価を下していた。
しかし、一時間ごとの結果の積み重ねを見守っていると、それでは説明が困難がほどに理不尽なベクトルが戦力の流れに発生始めた。
一般的な戦術論に沿った戦闘形態が今後に築かれる様には見えない。戦略論に沿った戦力配置が描かれる様には見えない。
もしかしたら、共産主義世界の価値観下にある時空では、資本主義社会では当たり前として通じる常識が特別なパワー・フィールドによって屈折率がねじ曲げられて、別の様の様に見えてしまうのだろうか?
実際、過去に存在したソヴィエト連邦時代の軍隊運用は、民主主義国家から眺めると、科学的な論理では説明が付かない奇妙さが目立っていた。だが、ロシア共産党としては、極めて理路整然とした軍隊運用を徹底しているつもりだった。むしろ、ロシア共産党の方が、民主主義国家の軍隊運用を「分かってないな。マルクス・レーニン主義をしっかりと学べ」と言う上から目線で低評価していたくらいだ(※1)。
自然的な理もまた、権威主義世界と民主主義世界では異なっているのだろうか?
言い換えると、地球には力学的法則が地域によって異なる2種で表現されるのだろうか?
自然現象を例えに語れば・・、浴槽の栓を抜いて貯められた水を下水道へ排出する時に形成される「水渦」は、南半球と北半球では逆方向に旋回する(本当。赤道付近ではやや微妙。コリオリの影響です)。そんな感じで、人民共和国では森羅万象の有り様が合衆国とは別系統の振る舞いを見せるのだろうか?
過去に重ねた交渉を振り返れば、民主主義国家同士であれば、だいたいの話し合いは経済的な折り合いが付けば早々に決着する(もちろん、稀に歴史問題などを振りかざして、無期限・無制限なディスカウントを求める国もあるにはある。だが、その手の輩は民主主義国家群が抱える例外的な恥部中の恥部に過ぎない)。
しかし、権威主義国家との話し合いは、正体不明の謎ファクターが存在し、多種多様に作業結果に影響を与える。そのせいか、どちらかと言えば権威主義国家の方に経済的な旨味が多くてもなかなか折り合いが付かない。
例えば、人民共和国が行った、レアアース輸出規制(2011年)では、日本国に住む善良な人々から圧倒的な支持を受けるクオリティー・ペーパーや、何故か流言としか思えない記事を乱発する事で製造業を国内から国外へと誘ったハーメルンの笛吹き的な経済紙と経済誌が「日本\(^o^)/オワタ」と取れる内容の記事を乱発した。
また、連日、連朝、連昼、連夜のニュース番組やバラエティ番組で「反省して従うしかない」的なメッセージを発信し続けた。
日本国民もここでやっと危機感を抱いた。本気で「日本\(^o^)/オワタ」と思い始めていた。理性ではなく感情で。数字ではなく印象を根拠に。
しかし、その裏でレアアースの密輸出総量が大増加していた。更に、日本やEUにWTOへGATT違反だと提訴された挙げ句に「不当であり撤回すべき(2014年)」との裁定を受けて敗訴してしまった。更に、国際的な信用を失って、2010年までは四捨五入でほぼ100%だったレアアース生産シェアを約7割まで下げてしまった。
それでも何とか人民共和国の面子は保たれたのは、日本国のマスメディアの力量に負うところが大きい。侮れない影響力を惜しみなく発揮したのだ。
それに続く事件は約10年後に起こった。人民共和国は、唐突にガリウムとゲルマニウム輸出規制(2023年)を発表した。
重要鉱物の"サプライチェーンの強靭化"を目的に立ち上げられた経済的枠組みである、MSP、Minerals Security Partnership=鉱物安全保障パートナーシップ(合衆国、日本、英国、オーストラリア、EUなど全12の民主主義国家が参加)への不満。更に、先端半導体関係の輸出規制強化への報復と見られる。
重要鉱物とはニッケル、コバルト、レアアース等を指す。MSPの立ち上げだけ論じても、レアアース輸出規制(2011年)が悪手であったことが分かる。
人民共和国によるガリウムの生産シェアは、なんと四捨五入でほぼ100%。これならば国際政治と言う戦場で使う武器として有効な条件を満たしている様な気もする。
しかし、不味い事に、ガリウムは軍需だけではなく、とてつもなく広範な民生用途で消費されている原材料でもある。それが仇となる。GATTへ提訴されるとどうみても勝ち目がない(まさか、WHOみたいに骨抜きにされてなんかないよね?)。
ゲルマニウムに至っては、世界中で多量に埋蔵されているのが確認済みだ。また、輸出を止められたとしても、廃棄品のリサイクルによるSDGsな供給が可能であるからあまり意味が無い。
代替可能な原材料の輸出規制は、つまり意味の無い「攻撃」は輸出国と輸入国の双方に不利益がある。そして、控え目に言っても不利益はどちらかと言うと規制国の側に比重が高く作用する(※2)。
経済的観点から評価すれば、「自己制裁」と揶揄されるほどに、人民共和国は不条理な国策の実施を繰り返している。そう、懲りずに繰り返しているのだ。合衆国から見ると、それが実に不可解で、本当に気味が悪く、故に背筋がぞわぞわしてしまうのだ。
かと言って、人民共和国に花を持たせようとしてもあまり意味がない。むしろ、逆効果となる。
民主義国が同情して配慮すれば、民主義国をねじ伏せたと誤解する。呆れた民主義国がデカップリングを決断すれば、唐突に経済開放と政治的締め付けの同時対応と言う不可解な対応を見せる。
そこで追加加算した経済補償金を支払って話を付けようとすると、「そう言う話ではない! どうして分かってくれないんだ!!」とごねて延長戦への移行を要求する。戦場と同じで、人民共和国からの撤退戦ほど困難な作業はない。法務部、根を上げないで!! ファイト!! キヤノンは上手く逃げたよ!!!
円満な撤退をする為に経済的損失を与える事なく、むしろ教科書に書かれるほどに理想的な利益確定をもたらす花道を整えてやっても納得しない。もしかして、民主主義者を振り回してご満悦なのではないかと訝がると、それを人民に対する誤解と侮辱だと訴えて謝罪と賠償の要求の額を更に上乗せする。
話は齧れ続ける。交渉をしている間に、本来の論点が一体何だったのか思い出せなくなる。価値観の多用性がここでも極まり、彼等が地球で誕生した種族ではなく火星に育まれた界、門、綱に属すると言う錯覚に眩暈を覚える。
もしかして、彼等は、「民主主義者が代替しがたい価値を持っていて、どうしても手放したくない」のではないかと邪推してしまう。そして、その上で、民主主義者も彼等と同様に、「彼等が代替しがたい価値を持っているに違いない」と妄信しているのではないかと勘ぐってもしまう。
そんな馬鹿な。倒錯が過ぎる。ルイズの・・・いや、この例えは止めよう。取り敢えずアニメ4期でも見直して心を落ち着けよう。
民主主義者の価値観では、代替しがたい価値を持っている者に対して、これほどに横柄で押柄で横風で横暴で高飛車で不遜で権威的で高姿勢な態度を一貫するネゴシエイターや、それを許すクライアントなど存在し得ない。そんな無理無茶が交渉の席で許されるのは、容易に代替が効く者に対してのみである。自らを絶対的に必要としているが為に、どれほどの妥協を強いられても最終的に飲み下すしかない立場にある弱者に対してのみである。
驕り昂ぶる振りをするだけならば交渉技術の一面と見做す事は出来るが、彼等からはその気配は微塵も感じられない。
民主主義者が得たこの様な印象もまた、彼等にとってが誤解であり、侮辱なのだろう。そして、民主主義者々にそうであると弁えさせたいに違いない。
きっと、彼等にとっては経済的な旨味よりもずっと大切な、何が何でも守りたい大切な想いやら何かがあるのだろう。そして、それを両腕で抱いて胸にぎゅっと押し付けているに違いない。そして、本当の自分をしっかりと理解して欲しいと言う念いを秘めているんだから、ちゃんと分かりなさいよね、と。
とは言え目を凝らして観察すると、「金よりも大切なものがある」と建前で仰有っても、本音では仰有られてはいらっしゃられない様な気もする。やはり、魚心がないと水心は適切に察せないらしい。
ーーー華夷秩序。
自らの文化・思想だけを神聖とし自負する道徳秩序。
自国を世界の中心にあると言う常識を持つ。一方、諸外国を未開の蛮人の群と言う蔑視感を持つ。上下関係を一方的に押し付ける関係性を結ぶ事を強要する。
自身のみを特別視すると言う信仰である。
外から見ると、単に意識高い系の人々がコンプレックスを酷く拗らせたと感じる。
中から見ると、劣った者達を庇護下に入れてあげると言う超温情主義をトコトンまで突き詰めたお人好しであると感じる様だ。
外と中から、視点を変えれば、まったく逆の印象を与える。貴方の客観視が、どうしても彼氏や彼女の主観視を上書きし切れない事情もそこにこそある。
四夷と言う概念がある。もちろん、彼等独自の独創的なヒエラルキーである。
日本国は光栄にも彼等から「東夷」と言う蔑称を賜っている。もちろん、東方の未開の蛮人と言う意味である。
欧州や合衆国は、今となっては広い意味での「南蛮」に属すると考えられる。蛮も夷も、まあ、同じベクトルの扱いである。
この考え方を、欧州人や合衆国人はまったく理解出来ない。自分達が蛮族であるとは露とも思ってはいない。だから、「南蛮」として扱われても、何かしらのレトリックか、翻訳設定のミスか、根本的な誤解であるに違いないと感じる。
そこで思考と考察が止まってしまい、言葉の裏に隠されている真意を読み解けない。
日本語における「南蛮」は既に死語であり、使われていても南蛮漬けなどで使われる「南蛮」。つまり、「欧州起源の」と言う意味へと置き換えられている。決して、侮蔑の言葉ではない。
しかし、そうではない国もある。「南蛮」本来の意味がまだ廃れていない社会も海の向こうには存続しているのだ。実に面倒臭いことに。
仮に、その辺りの事情を懇切丁寧に説明したとしても、特に合衆国人は受け止めるべき訴え、或いは悶えに対する受動器を最初から持ち合わせていない。
合衆国が、何を不条理と感じているのかと言えば、その手の、ロジックから完全に解脱した人民共和国の感性である。
合衆国が本音語って欲しいと伝えても、伝えるべき人民共和国の側が自らの本音をしっかりと把握出来ているると・・・いつから思っていた? どうしても裏腹な態度を止められず続けてしまう自己嫌悪に対する配慮を一度でも払った事はあるのか?
今回は、その不条理が、人民解放軍の戦力の再配置の様相について見付けられた。日本国やヴェトナムならば一目で分かる事態の流れを、目の前の現実を、ついつい相手もまた自分達と同じ様に理論的思考に基づいて決断していると誤解して、その結果、混乱したり当惑したりしてしまうのだ。
そう。現在の様相は明らかに合衆国が当初に想定したものとは異なっていた。ただし、それさえ分かればその後の方針修正は早い。
合衆国は人民解放軍の意思を、見立て違いな予定調和の元で検討しているのではないか?
今眺めている動きには自分達が想定した意図とはまったく異なる目的で行われているのではないか?
仮説が提唱された。柔軟な対応。それは合衆国が、対内的には面子を全く重んじていないから出来る事だ。
ーーー合衆国は、あからさまな現実を、無理矢理に想定していた方向へとねじ曲げて行動したがる類いの性癖は持ち合わせていなかった。
だから、現実に沿った想定を一から作り直す事にした。
ーーー現象から意図を読み取ると言う理解作業が進まずに困惑させられたのは、状況を観察する視線の角度が間違っていたのかも知れない。
時間が経過するごとに、その視線の角度の間違いを裏付けるに足りる根拠をいくつか指摘出来る様になって行った。
全土に偏りなく配備してある部隊のほとんどを、インドシナ半島の付け根にある国家、ラオスと言うたった一点にのみ寄せ集めると考えれば、実に合理的な動きに見えた。
戦略的な目標は分かった。しかし、戦略的な目的がまだ分からない。
何故、膨大な戦力を東南アジア最後の秘境国であるラオスへ集中させねばならないのか? が分からない。意図は? この戦力を注ぎ込んで、どれほどに巨大な政治的な目標を達成するつもりなのかがさっぱり分からない。
ラオスに続いて、タイ、マレーシア、シンガポールの果てまで電撃戦をやり抜くつもりなのだろうか?
いや、打撃力は十分でも、絶対的に兵站が追い付かない。
それでも、攻勢防御と言う戦略を貫こうと言うだろうか?
かつての大日本帝国の旧軍を見習って? 終わりなき戦いを始めるつもり?
まさかそんなことはあるまい。それ程に阿呆である筈がない。
だったら、まだ何か大切な要素を見落としているに違いない。
戦争を開始する場合、事前にやって置くべき仕込みは多数存在する。例えば、それなりの割合の実戦部隊や情報収集部隊を、将来的に前線を形成する陸上・河川上国境部や海上接続海域へと移動させおく事だ。
平時は内陸部に隠蔽していたり、駐屯させていたりする戦力を、非常時が訪れれば可及的速やかに最前線へ送り込んで有効活用出来る様に整えておく"遣り繰り上手"は後の戦況の有利・不利を決定する要素となる。
この手の作業は、世界中のどの軍事的組織でも、抱えているイデオロギーに拘わらず押し並べて行うだろう。
国防計画の打ち合わせ段階で、予め「こうする」と決められた手順に沿って行われる、いくつかの準備行動の一つである。
ただし、この計画性を求める事が出来るのは、先進国の軍隊に限っての話である。発展途上国の軍隊であれば、もう少しやんちゃだ。実際に、隣国との国境に、戦略的、戦術的、経理的にも無駄であるに関わらず、大量の兵員を張り付かせる戦略を採る場合もある。
全ては、自国が保有している少ない戦力を、隣国に対して敢えてちらつかせることで、実際に保有しているよりも数倍規模の戦力を保有しているとの誤解を与えたいからである(ほとんどのケースでは意図した通りの誤解は与えられない。いわゆる、虚仮威しである)。
隣国同士が互いにこんな無駄を行う。これがハリネズミのジレンマを招き、発展途上国界隈による経済的発展を阻害するのだが。貧乏同士なら互いに手を取り合って、さっさと将来に向けて本業を確立し、せっせと貯金でも始めた方が良い。ある程度貯金が貯まれば、アジア開発銀行(ADB)も有望な投資先と認めてくれる。スリランカの様に、仕方なく恐い高利貸しから投資を呼び込まなくても良くなる(ただし、担当する役人が取得する袖の下は減るよ)。
しかし、社会が常に前向きに進まないのが人の世の理である。相互不信も極まり続ける訳である。
また、倒錯的な価値観を持つ「ならず者国家」の軍事政権隊であれば、日常的に武力をちらつかせる事をもっとも有効なコミュニケーション手段であると誤解しているので、食費を削ってでも自国国境からチラ見せする為の戦力を増強する事に必死になったりする(実際に使い物にならない、いわゆる張り子の虎を並べる行為に熱中する。砂場で誰もが目を見張る素敵なお城を作るみたいな感じで)。
合衆国は、仮想敵国として取り扱っている人民共和国もまた、自らと同様に、先進国家の一つであると評価していた。もちろん、そうでない面を多々持ち合わせていると承知してはいる。だが、それでも権威主義国家群の盟主を自称し、そうであるかの様に振る舞っているだけに、国家の品格をあからさまに落とす様な戦略や戦術を好んで採用するとは考えていなかった。
ーーーありえない。
ーーー何を考えている?
しかし、合衆国は自らの見立ての矛盾を自覚し、自問自答へと追い詰められるフェーズへと叩き落とされてた。
ーーー目的は何?
ーーー共産主義者って分りません。
以上二行の部分だけはVocal:早見沙織、feat HoneyWorks で脳内再生願います。
ーーー欺瞞にしてはやり方が拙過ぎる。
ーーー!!
合衆国は、相当に可能性が低いと見積もっていた戦略目標設定の一つが、実は唯一無二の正解であったと気付かされた。
ーーーなるほど。
ーーーそう言う考え方もあるのか。
合衆国の分析官達は、自分達が導き出した評価を感心したり、呆れて見せたりするほどにお人好しではない。一般人ならば呆れ返って思考を停止してしまう事実であっても、感情を一切排除して、純粋な情報としか捉えていない。
合衆国の分析官達は、国際政治が新しい局面に入ったと知り、過去の常識を潔く捨てて、新しい局面を支配する新しいルールの構築に全力で取り組み始める。
郷に入っては郷に従う。
新しい郷に入っては新しい郷に従う。
国際政治が新しい局面に入っていまっては、過去に積み立てて来た経験があまり役に立たない。
だから、新しい局面でこそ役に立つ振る舞い方を模索し始める。
5分後に非常識が常識へと昇華される場合もあるのだ。
世界の常識が新しいものへと置き換わったなら、過去の常識に囚われず、新しいルールに沿った勝ち方を模索するのを躊躇すべきではない。
世界を接見中の"政治的正統性"が適応された社会でも、自分が達成すべき目標さえ見失わなければ結構やりようはある。
昨日まではこうだった。などと言う泣き言を言う前に、アップデートされた新しいゲームに設定された新しいルールの分析を楽しむのだ。それこそが、本物の分析官達の愉しみであり、存在価値である。
ゲームでも、イージー・モードによる無双状態ではなく、絶対に攻略不能に見えるヤバ目のクソゲーを制覇して讃辞を集めたいと言う虚栄心と同じだ。
抉れた知的好奇心が最後に辿り着くのは、凡人には難解過ぎる難度のパズルへの挑戦欲。
21世紀半場の世界では、分析官達こそがポケット・プロテクター(※3)を常用する最後の知的ヲタク達であった。
本当に想定外な事に、たった今も移動しつつある人民解放軍の大戦力の集結先は、初期の想定にあった、日本海、東シナ海、南シナ海、太平洋方面ではなかった。むしろ、そちらの方面からも戦力を引き抜くつもりである様だった。
そして、東南アジア諸国の全ての軍隊をかき集めたよりも遙かに多くの戦力を、何と、予想された複数の戦線の中に一つに過ぎないと思われていたラオスだけで運用しようとしている。
もちろん、ベトナム国境へも近付いているが、そちらは飽くまでも脅しであった。その根拠は、海で陸で空で、一切の挑発行為を停止したところにある。よっぽど、ラオスの戦場に集中したいのだろう。
だが、既に問題も起こりつつある。
数だけならば合衆国を上回る大戦力が無秩序に、各個に判断で進軍しているのだ。だから、陸路でも空路でも大渋滞が起こらない訳がない。
それどころか、トラック、鉄道列車、輸送機などの輸送手段が各軍団同士で奪い合いになっている。しかも、どうやら、トラック、鉄道列車、輸送機などの車両が消費する燃料の分配が上手く行っていない様だ。
送るべき血量に対して、血管が圧倒的に足りていない。細い。詰まっている。などなど。
だったら、管制とか統制を上部組織が行って効率を上げるべきなのだが、多くの部門を跨いで指導力を発揮出来る采配者がいない。いや、存在しないのではなく、采配を下せる権威を与えられている高位に就いていないのだ。
そのせいか、沿岸にある上海、浙江、福州、廈門の周辺の戦力の動きが目に付くほどに鈍い。
実際、人民解放軍には、兵站も含めた、自軍に対するマネージメント能力が不足している。日常的に格下相手ばかりを相手して、過去の例でも圧倒的な人海・物量戦術を動員して無双して来た。常に圧倒的有利な条件で戦う事が日常化=伝統化してしまっている為、身を切るタイプの改革や改善を不要として今日まで歩んで来てしまったせいである。
実は、人民解放軍が、三度の飯よりも大好きだと言うに関わらず、「いつかやりたいなぁ」とずっと夢見ている周辺の弱小国家を次から次へと併合する大侵略戦争に適した組織でないと言う評価はそこにある。
確かに正面戦力は相当に充実している。だが、それ以外の戦力を軽視している。例えば、輸送能力、河川通過能力、揚陸能力の充実を常に後回しとして来た。だから、自国領内であっても大量の戦力を移動させるだけで混乱してしまう。
その様な為体であれば、圧迫面接の様な脅迫外交の末に、無理と無茶に徹して横車を押すことで国境線を越えて敵地へ侵入して問題の本質が露呈してしまう。国境からそう遠くない距離を進軍した時点で、一回でも大規模な戦闘を行ってしまえば(ゲリラ戦へ立て続けに対応すれば)、直後か(その途中か)進軍が限界に達してしまう。戦闘で消費した消耗品の補給・補填がすぐに追い付かなくなる。結果、燃料や弾薬が枯渇する。戦車や装甲車や輸送用トラックが消費する燃料も十分に確保出来なくなる。最終的に、補給物資を届けるべき車両群がガス欠で動けなくなってしまう(※4)。
第二次世界大戦へまともに参戦した多くの国家の軍隊は、この手の兵站能力の重要性を辛い経験を通じて嫌と言う程に理解させられた。
それ以前の戦争と言うものは、一回か二回の総力戦で方が大勢が決まって、意外にあっさりと終戦への道筋が付いていた(大金が不可欠な総戦力戦を何度も繰り返す程の余力は、当時組織の何れの側も持ち合わせていなかったからだ。ただし、例外は存在する)。しかも、見通しの良い開けた平野での正々堂々とした会戦が好まれた。兵達が歩いて帰れない程の遠隔地では戦わなかった(なお、例外に当たるナポレオンなどは、その常識を破るために河川に沿って戦力を移動させていた。また、兵站能力が決定的となるほどに長期間に渡って戦う事は想定していなかった。
しかし、第二次世界大戦で長く長く続いた総力戦を体験していない若い国家の場合、経験不足が祟って、管理能力を疎かにする傾向が強い。「人の振り見て我が振り直せ」と言うのは、余程賢い組織でない限り世代を超えて徹底される事はない。次々と新たに就任する幹部達が、この必然を軽視したが為に酷い目にあったと言う過去に苛まれずに、世代を超えて、ストイックな管理能力(管理技術の発展・更新も含む)の維持の必要性の"再発見"を繰り返すなんて奇跡の態である。
戦闘に不可欠な「脳筋」の戦士達は、戦いは数こそが全て。大戦力さえ保有すれば勝てると直感してしまう。大戦力を有効的に活用したいとする価値観を「女女しい」と一刀両断で切り捨てがちである(※5)。時が経てば、やがて、指揮官も戦士の価値観に支配されてしまう。悲しいかな。
とは言え、本当に湯水の如く尽きることのない大戦力を投入し続けられると、応戦錫側としても極めて厄介だ。迫り来る敵を殺しても殺しても・・・、塚の過去の事例では銅鑼の音に押されて、次から次へと碌な装備も与えられない兵士が雲霞の如く押し寄せて来る。
そう。例えば朝鮮戦争の某義勇軍本格参戦の瞬間の様に(その後に、真冬の雪降る山岳地帯で、雪道を裸足て歩いて投降して来る飢えてガリガリに痩せた敵が次々と降伏して来る・・・なんて惨劇はもう二度と見たくはないだろうに。あの体験は、歴史的な事実として、未だに忘れられないトラウマになっている模様)。
まあ、将棋であっても、「歩」が無限に追加投入出来るハンデ付きの対極であれば、アマチュア棋士でも女流棋士でもプロ棋士に対して有利に戦える様になる。圧倒的な数の差って言うのは、どれほどの知恵者であっても本当に覆しがたいのだ。
人民解放軍がラオスへ最終的に投入する総合戦力は、ラオス全土を二度三度蹂躙しても、まだまだ大量に余ってしまう程に過大になると見積もられた。何と、そんなドリーム・チームを作り上げる為に、ロシア国境を抱える東北三省エリアと言う、曰く付きの地方からも大量に戦力を引き抜く様だ。
ロシアも舐められたものである。いや、目前の事態にすべての注意をもぎ取られて、一時的に"アウトオブ眼中"へと追いやられているのかも知れない。
しかも、合衆国の分析官達の見立てに寄れば。ラオス国境へ集結するだろう人民解放軍の"敵"は、ラオスではない。ましてや、合衆国でも、ラオスを支えているタイでも、タイのバックに集っている民主主義国家群でもない。
分析官達の合理判断によれば、人民解放軍の"敵"は、国家や組織や特定の軍隊ではなく、たった一人の個人であるとされてた。
分析官達から分析済みの情報を上げられた合衆国の軍権掌握者達は、一個人に過ぎない人民解放軍の"真の敵"に対して、究極のアンチが間もなく自宅のドアをノックするだろう不幸との突然の対面について、心の底から同情した。
しかし、同情はしても、それ以上の行動は起こさない。むしろ、読み解いた状況を逆手に取って、一個人ではなく、より大量の民主主義者達の幸せの実現を優先させるつもりであった。
結果、合衆国は、デフコンを一つ一時的に下ろした。
そしてその直後、第七艦隊が海図上から完全に姿を消した。突然に世界に向けてWeb上で無制限公開されている公式情報一覧から位置情報た今後の予定がまるごと削除されただけでなく、合衆国・海軍の高位海上管制システムからもまったくフォロー出来なくなった。
完全に消息を断ったのだ。これでは乗組員へ家族から送られる郵便物も到着しない(合衆国の艦隊の海兵個人への私信は、世界中の郵便ポストから送る事が出来る。もちろん、平時であればだが)。だが、何の前触れもなく全艦が撃沈された訳ではない。完全な無線封鎖を超える、艦隊規模で本当のステルス・モードへと移行と推測される。
人民解放軍も、情報衛星を総動員、海面上の映像情報を可能な限り収拾して、第七艦隊の行方を捜していた。
しかし、自らの機雷ディフェンスによって、南シナ海と言う大陸と比較的大きな島々に囲まれた限定的な海域から、フィリピン海と言うより、極めて膨大な面積を擁する太平洋と言う海域へと自ら追い出してしまった。こうなると簡単に再捕捉出来る筈もない。
ただ、人民共和国は、第七艦隊がタイランド湾へ近付く兆候が見られないと言うたった一つの事実を以て、合衆国の愚行を許そうとも考えていた。
たった今の人民共和国。と言うより、長い間お馴染みの面子だけで占められている偉大なる党の極上澄みの指導者達は、合衆国の反応など些事と見做していた。
同時に、彼、または彼等は、久しぶりに自分達の長い手が届く範囲内に、最も罪深い反革命主義者である、日本国・航空自衛軍幹部の朝間ナヲミが、ノコノコと入り込んで来ると言う予報に驚喜していた。
ーーー飛んで火に入る夏の虫。
人民共和国の栄光に水を差すどころか、繰り返し傷付けたり地に落として来た、プロレタリアートの宿敵である朝間ナヲミ。今度こそ、その罪を償わせなければ気が収まらない。
偉大なる指導者は、全ての過去を塗り替える規模の大戦力を投入して、この際は最も感に障る毒虫を完全に踏み潰すとの決断を下していた。
人民共和国と朝間ナヲミの因縁の始まりは2030年代後半。彼女が日本国で全身を機械置換治療を受けてしばらくしてからだ。もちろん、因縁となる干渉は人民共和国から朝間ナヲミへの一方的なものだった。
別に朝間ナヲミが人民共和国へ何らかのイタズラを好んで仕掛けた訳ではない。興味もなかったので出来れば、完全に無視して済ませたかった。
しかし、結婚して長女を授かって以後の朝間ナヲミは、人民共和国が呼吸の度に吐き出して来るとしか思えない、底抜けの悪意を悟るに至った。元・航空自衛軍のペックや自国の軍人である筈の战斗英雄への容赦ない仕打ちに腹を立ててからは、時流に後押しされると言う条件さえ満たしていれば積極的に人民共和国の面子を潰して来た。
岸に打ち寄せる波の理屈と同じで、人民共和国が波を起こせば、それを受ける朝間ナヲミは波をそのまま返してやった。これは、人民共和国が朝間ナヲミから受けた被害の正体である。
もちろん、朝間ナヲミが何の理由もなく、人民共和国の面子を潰して来た訳ではない。飽くまでも一方的な攻撃に対する防衛的攻撃である。にもかかわらず、人民共和国が懲りずに事あるごとに飛ばす来る火の粉を、毎度の事として、巧みに振り払って来ただけの事である。振り払った火の粉が、放火魔の元へのしまで付けられて戻されただけである。
しかし、火の粉の送り手の価値観によれば、ただの機械人形に過ぎない不完全人間が、上位者である人民共和国の所有者達のお気持ちを一切尊重せずに、それどころか徹底的に抵抗し続けた。
重ねて書くが、火の粉の送り手の価値観によれば、これ程に間違っている事はない。間違いは絶対的に正さなければならない。
客観的には、全て人民共和国の自業自得とも思えた。しかし、主観だけを重視する彼等は、それを朝間ナヲミの徹底的な悪意であると認めた。どうやら、自らの非を認めた上で態度を改めて関係性を前に進めたり発展させると言う決断力は、成熟した価値観を獲得するに至った大人だけが持てる特権であるらしい。
ーーーそれにしても。
人民共和国の偉大なる指導者は、深い溜息を着かずにはいられない。
ーーー朝間ナヲミは、出会してから三十年経っても身体的な衰えを見せず、精神的な老いを示していない。
ーーー因縁関係が始まった頃と何一つ変わらず、精力的に人生を前に向けて歩んでいる。
人民共和国の偉大なる指導者は、偉大なる党の極上澄みの指導者達は、それこそが朝間ナヲミの最たる傲慢であり、最も許せない悪徳であると認識していた。
ーーーまるで、あのクソ女は不老不死の天仙の様・・・。
そう、気付く事、不愉快な認識が脳裏にちらつく度に、全てをなかった事にする"作業"がなかなか大変だ。最初の内は白酒を大量に摂取すれば翌朝にはスッキリしていた(英国製ウイスキーよりも作用効果が高かった。ただし、二日酔いは回避不能だった)。
しかし、歳を重ねるごとに快楽を得る"作業"の面倒さが増して行く。白酒が効かなくなるのではなく、自らの身体機能の衰えが原因で大量に痛飲出来なくなった。結果、消化器官へ負担を掛けない特殊薬物の接種と言う次のステージへと進み、その後は催眠誘導を採用するまでに到った。だが、それでも、徐々に効果が薄くなって行った。あらゆる薬物や干渉剤に対して"トレランス状態"へと入ったのだ。
最終的、血中へぶち込み、表層意識へ直接働きかけるナノマシンを使った、特定記憶の自動トリガー・ブロック・プログラムを常用しなければならなくなっている(正直、次はもうないレベルである)。
本来なら、朝間ナヲミが獲得しつつある"不老不死の仙人"と言う立場は、因縁を付けている自分達こそが到達すべき状態であった筈だ。だが、自国のサイバー技術では、まだまだその高見へ辿り着けそうにない。せいぜい、寿命を劇的に延ばすことしか出来ない。クオリティー・オブ・ライフの充実などを見込む余裕はない。
いや、自分達が望んでいる不老不死の仙人化と言う目標は、日本国の技術でも不可能(と言うか、それを目的とした研究に大きな予算は付けられていない)。
朝間ナヲミと言う現象はとにかく特別で、例外中の例外なのだ。事実、再現性はゼロである。
朝間ナヲミほどに、非自然由来の身体と自然由来の生体脳ユニットの同調を実現されたケースは他には存在しない。本来の全身擬体保持者とは、生身に比べてかなりマシになったとは言え、それでも未だに短命な生き物であり、特に精神的な老化現象の発現も顕著である。飽くまでも外傷を受けた患者へ仕方なく施す代替治療であって、老いた富裕層に施せる延命治療ではありえないのだ。
仮に老いた富裕層にこの代替治療、人工身体置換処置を施せば外観は一身出来る。しかし、寿命の方はそうは伸びない(生活習慣病由来の症状からは解放されるだろうが)。リハビリなどに長期間を必要とすることから、一般社会への復帰が叶う前にお迎えが来てしまう彼の製が高い。これではクオリティー・オブ・ライフを高められそうにない。
にも関わらず、彼女だけは、常識が適応されずに、老いという時間の圧力から自由なままである。未だに知的探究心的な衰えを見せずに、気ままに人生を満喫している。
自称「世界の主」としては腸が煮えくり返る。何故、自分がそうではないのか!! どうしてあの機械人形だけがそうであるのか?? 憤怒を通り越して憤死しそうである。
不老不死の仙人化志望者である彼等の中で、最長命とされる者は、「卒寿」や「白寿」どころか、「茶寿」を祝われて久しい年齢へと到達していた。もう十分じゃないかと言いたくなる程の長寿であるが、彼等本人はそうとは感じていなかった。
もちろん、その生命の枠を超え、自然の理に反し、それでも生き続けると言う行為に対する代償として失うものも多い。彼等は、人間として不可欠な多くの代償を支払いながら不自然な形で生き長らえていた。しかし、朝間ナヲミだけは何の代償も支払う事なく、自分達よりももっともっと"理想"に近い立場ある。
ーーーこの理不尽を許せるはずがない。
彼等の本音中の本音はこれだった。
ーーー不老不死の仙人になるべきは、自分達こそ。
嫉妬と言われればその通りだろう。しかし、嫉妬を超えて、妄執に精神のど真ん中まで取り憑かれていると評価した方が正しそうだ。
おそらく、彼等には自前の生命操作技術による延命処置の限界が見え始めているのだろう。奇跡的なブレイク・スルーでも達成されなければ、このままでは「大還暦」は迎えられまいと言う落胆。
彼等の認識によれば、決して、自らの死を怖れているのではない。
自分達が地上にからいなくなった後に、朝間ナヲミが幸せに、気ままに生き続けて、もしかしたら「天寿」を迎えてしまうかも知れない。
いや、下八洞神仙の一柱仙女の「麻姑」の様に、"桑田碧海"を眺めて愉しむ様になるかも知れない。
そう言う「もしも」が現実になってしまったらと考えると、不愉快で不愉快で堪らない。癪に障って仕方がない。だから、そんな「もしも」の芽をどうにかして出来るだけ早い時期に摘んでおきたかった。
一般人にしてみれば限りなくどうも良い事が、最も上位の権力者達には、どうにもどうにもどうにも気になって仕方がなかい問題だった。
だから、自分達の目が黒い中に、いや、既に黒い目は失われて久しかった。どこからどこまでが自分の身体で、どこからどこまでが自分の意思であるのか判別が付かなくなるのもそう遠い未来ではないと自覚していた。
自分が自分でなくなる瞬間が必ず訪れる。しかも、その瞬間が過ぎた後も自分と言う存在は機械的には生かされ続ける。最後に、自分の身体の全てが人工物へと置換される。そこには、自分ではない自分が残され、自身としての判断を下している事だろう。
昔、死後に身体を冷凍保存して、遠い未来の進んだ医療技術で生き返ると言うビジネスが流行った。不死を求める少なくない数の富裕層が、今でも液体窒素などを利用した冷凍タンクで死んでいると言う。
実際の所。医学が進歩した未来で解凍した所で、凍り付いた死体は細胞膜が破壊され、内容物が膜の外へと流れ出てしまう。つまり、見た目は新鮮な死体かも知れないが、実際は細胞単位で完全に破壊された死体に過ぎない。
これでは、復活の儀式に必要なのは再生治療ではなく、オカルト的なスーパー・パワーやミラクルの方となるだろう。教会に依頼出来る復活の呪文の方が、再生治療よりも幾分は役に立つレベル。
労働貴族の更に上澄みである彼等がやっている事は、生きている身体から死んでいる身体への移行を限りなくスロー化させる事に過ぎない。
次から次へと生身を人工物へ置き換え、老化によって効率が落ちて行く生体脳を外部機器で無制限にサポートさせている。昔のサイバーパンクと違ってこんがらがりそうな程に多くの有線で身体を繋がれる事はない。しかし、無線通信によって身体を雁字搦めで繋がれてはいる。
彼等は、自らの行為を、「ミクロ的には細胞膜が破壊されていく瞬間を、マクロ的には死体へと自身が変わっていく過程を、自覚しながら、本当の死を待っている」に等しいと理解してはいた。ただし、メタ的に、自分達が揃って冷笑の対象となっているとまでは悟れていなかった。
そして、自身の本当の死の到来を、自身も、医者も、サイバー技術者も、確認する術がない事も知ってはいた(慈悲深い事に、被験者である彼等はその恐怖の事実を本格的に自覚する前に、特定記憶の自動トリガー・ブロック・プログラムが効果を発揮する治療も受けていた)。
いや、もしかしたら、既にたった一人しかいなかった母が生んでくれた自分は本当は死んでいるのだが誰もそれに気付いてくれず、自分の意識をサポートしていた機体群が自身を死後にも拘わらず引き続いて再現しているのかも知れない。
ああ、テセウスの船。自身の生身の構成物を、すべて人工物に置き換えた後に、人間は果たして人間のままでいられるのだろうか?
世界の半分以上を支配する老いた共産貴族は、人知れずそう言う、前人未踏の恐怖と孤独に戦っていた。世界の理に逆らい続けて生にしがみつく事の恐ろしさはそこにある。
可能であっても、敢えて挑戦するべきでない事もあるのだ。
この無限の恐怖を知っていたからこそ、民主主義国家の支配者達は無制限の機械置換治療による野放図な延命治療に挑まなかった。
しかし、権威主義国家の支配者達は不覚にもそれを始めてしまっていた。野放図な延命治療を始めてしまった彼等は、もう既に後には退けないところまで追い詰められていた。
一時は、朝間ナヲミを生かし続ける最先端・最末端技術をコピー&ペーストさえ出来れば、自分達も後に続けると期待していた。また、廿里 千瀬を一時的に不老とさせていたマイクロマシン治療をも新しい希望として監視していた。
しかし、前者の方は再現性は全くのゼロで他人へ施す事は全くの不能。所詮は神懸かり的な奇跡の一端であると結論付けるしかなかった。また、廿里 千瀬へ施された治療の方は、仮に効果を発揮してくれたとしてもそれは期限付きであり、更に効果はある日突然に失われると知らされた。
彼等は、以上の事実から、自分達への救済は今後も一切もたらされないだろうと言う不愉快で不都合な事実を受け入れるしかなかった。
そうなると、遠くない未来に自分達を襲う恐怖の時へ耐える為に、共産主義者としては実在を認める訳にいかない「神」とか言う不愉快な"概念"からの一方的な加護を与えられいるらしい朝間ナヲミに対して、渾身の八つ当たりでもしなければ気が済まない境地へと墜ちるしかなかった。
ーーー神様。お願いします。あのクソ女に飛び切りの不幸を!! 自分達よりももっと不幸に!!!
自分達の意識が完全に途切れる前に、朝間ナヲミが自分達よりも不幸な運命に見舞われたと認識したくて堪らないのだ。
誠心誠意で祈って、懇切丁寧に依頼して、思いのままに朝間ナヲミが不幸に陥ったとしても、1ペニーの儲けにもならない。マイナスに新たなマイナスが付け加えられるだけだ。しかし、それでも彼等は何もせずにはいられなかった。
どこかで認識に齟齬が生じて、朝間ナヲミが不幸に陥れば、自分達に「道徳的、霊的に生まれ変わるための機会」がもたらされるとでも誤解していたのかも知れない。
どうにもならない袋小路に陥った者達を集めると一定数は、必ず
ーーー人間の尊厳の確保や生活の質を確保したいばかりに心霊主義へ逃避する。
ものである。そうやって本末転倒の上塗りを死ぬまで、いや、世代を跨いで繰り返す。
もちろん、心霊主義へのアプローチは多種多様である。教化されていない自然発生的なものであれば、人間の数だけ異なるアクセスが見出される(そして、そのアイデアが世間に広まれば、後世で誰のアプローチが唯一的に正しいかのを争うバトル・ロワイヤルの種々となる)。
妄想に取り憑かれた老人達にとって、祖国の繁栄や存続よりも、子々孫々の幸福や不滅よりも、憂さ晴らしの方がよっぽど肝要だったのだ。
世界の人民の好都合よりも、自分達のささやかな救いの方が重要だった。
人生。やはり引き際を見誤ってしまうと碌な事にはなりそうもない。
ーーー因果応報。
神と宗教を完全否定する社会では、シッダールタさんが残してくれた、この種の"生活の知恵"を全否定しか出来ないのかも知れない。子曰く、で始まる知恵なら良かったのかと疑う余地はない。子曰く、な全集でも似たような教えは残されている。
ーーー君子は和して同ぜず、小人は同じて 和せず。
ほらほら。結構、痛いところ突いてくるでしょう。
誕生時の泣き声と同じくらいの勇ましさを、死亡時に求めよとまでは言わない。ただ、潔さだけは求めたいと考えている。これだけはメタ的な告白である。
※1= まあ、1960年代までは・・だが。ところで、前者は20世紀中にさっさと消滅し、後者はしぶとく生き残って22世紀を迎えられそうである
※2= フッ化水素(、フッ化ポリイミド、レジスト)などの様に代替が不可能な物質の・・・輸出規制ではなく輸出管理でなければ、輸入国側の首を締め上げる事など出来ない。攻撃する側が攻撃を受ける側よりも被害が大きくなるなら、最初から攻撃すべきでない。受ける側よりも被害が少ないからこそ、攻撃する意義が見出せるのだから。フッ化水素などは、元々これらを消費/再輸出している国は少ないし。再輸出先に問題がないなら、日本国から直接に輸出を依頼しても言い訳だし。これらの生産が難しい消費財は、民生用途以外に流用されると戦略物資へとステイタスが即時に変化する。今となっては輸入国側の輸出管理当局の体制・運用、制度の措置状況を含めた輸出管理の厳格な実行が不可欠である認められない筈がない。これらを根拠に、GATTが日本国に不利な裁定を下すとも思えないと判断する。
※3= ワイシャツの胸ポケットにボールペンの蓋を填めないまま収めても、シャツの生地をペン先のインクで汚さずに済ませる為の小さなビニール袋を指す。今、調べたら・・・商品開発されて市販される様になったんですね。昔は。どちらかと言うと合衆国では侮蔑や冷笑の対象となるアイテムだったんですが。大昔に、シリコンバレー界隈のオタク達の間で流行ったんですよ。
※4= PCゲームの「大戦略」は意外に馬鹿に出来ない。補給は大切だ。2011年の東北震災時、被災地から遠く離れた関東地方でも何故かガソリン・軽油の市場流通が止められて、停電のない他の地域への移動を阻害された時にも、戦略物資の安定的な供給の必要性を、多くの一般人も理解いたんじゃないかと考えている(大半は折角理解した必要性を既に忘れちゃってると思うけれど)。
※5= 大日本帝国にも、そう言う時期がありましたね。あの頃はあまりに若過ぎて、中二病真っ盛りだったんですよ。今ではもう完治していますがね。国鉄とJRによる新幹線電車の開発史を見てれば分かります。高速鉄道で後追いした御フランスの方は、大人げなく実用性無視の最高速度ばかり誇っています稀ガス。
ついでに。本質論的に考えれば、大国に戦略は不要だ。行き当たりバッタリに暴れても何とかなるだけのパワーを持っているのだから。逆に、そうでなければ本物の大国ではない。逆に、中小国にこそ戦略が必須なのだ。大国の気紛れをかいくぐるべく、細心の注意を払いながら行動する為の知恵が必要である。何事にも白黒ハッキリ付けずに、どちらに付くか旗色を最後まで決めずに済ます努力が必要だ。そこには、面子も恥も外聞も不要。ただ、大国の癇癪や都合で潰されない事だけを目標に生存戦略を立てるのだ。日本は残念な事に大国ではない。もちろん、EUの全加盟国もそうだ。我々は、合衆国と違って、スーパーパワーは持ち合わせていない。で・・・地球上に、合衆国の他に大国があるのかどうか。現状では不明。あの国は、まあ、良い線行ってるとは思うが。正確なところは後世の歴史家に尋ねてみるしかない。




