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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
66/143

墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜3

 マレー半島、タイ、ラノーン県、ラノーン市、カヲニウェット。


 グレーの機体に"白い日の丸"が()っすらと描かれた戦闘機が上空を通過した。


 飛行隊の構成は1機だけが有人機の三菱・F-3E。


 残りはすべてが無人機の三菱・QF-3Eだった。


 アンダマン海方面を向いてマレー半島のタイ側(東岸)を飛行する5機の戦闘機は、ラノーン灯台をランドマークとして急旋回右旋回する。


 クラブリー川に沿って、アンダマン海に背、或いは尻を向けて上流方面に進む。その先にあるものはテナセリウム山脈。


 タイ人からすれば、なかなか複雑な歴史を持つ、タイとミャンマー繋ぐ峠、スリーパゴダ・パス(チェディー・サムオン)は、そのテナセリウム山脈に属している。ラノーンからは遙か北方に位置する。


 タイとミャンマーは、テナセリウム山脈などの地理的要素に因って二つの地域へと完全に分断されている。現在のタイ王国の領土がモン族に支配されていたドヴァーラヴァティー王国時代(〜11世紀)も、両国が接している国境線は現在のそれと似た様なものである。


 なお、当時のミャンマーはシー・クセトラ王国(シーのスペルはSRI。スリ(・・)ランカのスリ、シー(・・)・アユッタヤーのシーと同じ言葉。日本国のUFJ銀行と提携してるタイのシー(・・)・クルン銀行のシーも同様)だった。


 黄金(トーン)なる格別の嗜好(禁断の美)をタイ人に伝えてしまった古代インド文明は、西にあるベンガル湾を経由して、スリーパゴダ・パスを越えて、カンチャナブリーを抜けて、遙か遠くのチャオプラヤー流域まで到達した。金と言う鉱物を産出しないタイに於ける、金ピカ黄金信仰の起源はインド亜大陸まで辿る事が出来る。


 そして、スリーパゴダ・パスは、旧ビルマ(現ミャンマー)軍がアユタヤを攻める際に繰り返し利用した回廊でもある。シャム王国に雇われた山田長政が戦った主敵もこのルートを使ってやって来たビルマ軍だ。


 大昔の話だが、山田長政を自らの手で(謀略で)葬った後のシャム王国は守り手を失なった。旧ビルマ軍とまともにやり合える「将」を、山田長政以外にまったく持ち合わせていなかったに関わらずだ。当然、対旧ビルマ戦争にタイは連敗する。


 その結果として、王都であったアユタヤが早々に陥落する憂き目に遭った。これは日本人から視点では、極めて自業自得である(なお、これに対してタイ人は我々とは異なる意見(・・)を持っている)。


 その当時の歴史を忘れないとか言う(伝え知らされた)タイ人は、未だに「人が猿に負けた戦争」とアユタヤ陥落戦に代表される連敗を指して言う。負け惜しみである(これにはタイ人は異なる意見(・・)を持っている)。


 長年に渡って繰り返された戦争(いさかい)なので、互いに勝敗を繰り返しで経験している。だが、王都陥落の苦杯を(あお)らされたのはタイ人の方だけだ。それだけに、飲み下し難い恨みと辛みが世代を超えて受け継がれている。らしい。


 仲の良い隣国など存在しない。合衆国とカナダだってイロイロある(※1)。


 アンダマン海へ流れ込むクラブリー川は、水源をテナセリウム山脈のミャンマー側に持つ。そして、タイとミャンマーの国境線も兼ねて折る。そのせいもあって、三菱・F-3Eと三菱・QF-3Eはクラブリー川上にある国境線から10kmほど離れた左岸上空を飛んでいた。


 ミャンマー側へは、三菱・F-3Eと三菱・QF-3Eによる予定された飛行経路の概要をさり気なく伝えて、無言の了承(見て見ぬ振り)は得ている。それを前提に、領空侵犯を避けると言うポーズを見せ続ける事は、今後の更なる国同士の友好関係を開発(・・)する上で極めて前向きなアピールとなる。民主主義国家群に属する日本国としては、ミャンマー連邦共和国をタイ王国と同様にこちら側へ積極的に参加すると言う未来を夢見ていた。


 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・


 ミャンマーは、パキスタンやスリランカやカンボジアと違って、「決して戻れない橋」をまだ辛うじて、ギリギリだが渡り切ってはいなかった。領土内に輸送用のパイプライン・ネットワークは既に建設されてしまった。だが、債務の罠には完全には捉えられていなかった。


 首に縄は繋がれているが、まだ吊られてはいない。ギリギリのところで踏み止まっている。おそらく、国家戦略を決定する意思が極めて単純な軍事政権であり続けてからだろう。


 妙な話であるが、軍事独裁制ではなく、民主制の意思決定機関が国家を治めていたなら、短時間で、確実に、とても自然に、万歳三唱しながら、「決して戻れない橋」を陸上競技の100m走の世界記録を更新する勢いで通過してたことだろう。


 民主政治の暗黒面である「衆愚政治カード(※2)」の召還・発動と言うアレだ。ギリシャのポリスの「アテナイ」でもタマネギ頭のペリクレスを悩ませていた人類の業である。


 軍事政権や独裁制政権は世界基準、いや欧州の価値基準では忌むべき制度だ。劣った者達がすがる歪んだ制度であるとも感じている(見下している)様だ。


「民主制」は取扱注意の劇薬だ。或いは「混ぜるな危険」的な化学薬品でもある。用法・用量、タイミングを正しく守って使用しなければ、副作用や中毒性がかなり強く現れる危険性がある。


 飲むべきでない者が「民主制」と言う薬を服用した(処方された)場合、それは確実に毒となる。そして、遅効性の毒の様に、ゆっくりではあるが、とても確実に、服用者を死に至らしめる。


 実際、欧州の価値基準ほど無茶苦茶なものはないので、真面目に取り合ってならない。もし、提示されたそれが、どうにも気に食わないとか、貴方にとっての常識外れに該当する場合は、ステーキの横にある温野菜をフォークで突いて皿の横の方へ除けるくらいの気軽さで、摂食拒否してしまって構わない(※3)。


 例えば、共産主義の価値基準も大概だが、それでも「独裁制」は、長い目で見れば多くの場合は即効性の毒でありながらも、実際には即死性ではない(勿論、遅死性ではある)。


「独裁制」と言う薬は、服毒者を死に向かう期間を大いに苦しませはする。だが、死に向かう期間は一般的な予想よりは遙かに長い。そう簡単に死なせたりはしない(いや、死なせてくれないのだ)。


 それの服用は、長く続く苦しい(依存性の)中毒症状を引き起こし、克服しがたい後遺症を招く程度で済んでしまう。


 一方、「民主制」と言う薬にも大きな問題がある。欧州国家や合衆国は、「民主制」は万病に効く統治システムに於ける特効薬であると信じている。いや、そうだと信じる余り、会う人全てに押し付けると言うイデオロギーを持っている。それが日本国国民の大半である、いわゆるサイレント・マイノリティーにはとてもキモく感じる。そう。途轍もない程にキモいのだ。


 アジアのある共産主義者の星はこう言った。


 ーーー宗教は阿片だ。


 そして、筆者はこう言う。


 ーーー民主制はマジンガーZだ。


 その意は、「じ、人類は、民主制を手に入れた人類は・・・神がみにも悪魔にもなれる。そうじゃ神にも悪魔にも!」である。


 兜十蔵博士のお言葉の通り、阿片(宗教)民主制(マジンガーZ)を手に入れた人類は、神がみにも悪魔にもなれる。


 阿片(オピオイド)は薬にも毒にもなれる。本来は鎮痛剤である。用量を守って、正しい頻度で使用すれば、非麻薬性弱オピオイド系鎮痛薬の「ロキソニン(ロキソプロフェン)」と違って胃を痛めずに痛みを緩和出来る。しかし、胃を痛めない代わりに、依存性が極めて高いらしいよ(だから、処方は徹底的なコントロール下で行われなければならない)。長期間の服用なら、絶対にロキソニンの方が安全なのだ。だが、合衆国や欧州では、日本の企業(オリエント人)が発明した薬なのであんまり使いたく・・・う〜ん。ま、いいか。


 特に、合衆国の薬学界隈では、日本国のそれとは違って阿片(オピオイド)系鎮痛剤が人気である。「ロキソニン」は存在しなかったことになっている。そして、阿片(オピオイド)系鎮痛剤がどう言う訳か、本来意外の用途で使用されるケースが多々ある。


 ーーーお薬は用法・用量を守って正しくお使いください。


 合衆国では、合成阿片(オピオイド)「フェンタニル」は、陶酔感を求めて過剰摂取する人が今でも増加中。2009年、ジ・アーティスト・フォーマリー・ノウン・アズ・プリンス(The Artist Formerly Known As Prince. あのマーク、どうやって表示させたら良いの?)もこれが原因で異世界へ転生した模様。


「フェンタニル」は、「ヘロイン」よりヤヴァい悪魔薬となりつつある。今では悪魔薬の代名詞の「ヘロイン」だって、ドイツのバイエル社が咳止め薬として大々的に発売した(※4)。


 民主制も、きっと阿片(宗教)と同じだ。為政者と被統治民が両者が使い方を間違えれば、ただちに大量の被統治民が一斉に"異世界転生モード"の準備期間へと入ってしまう。


 民主制は、それを受け入れられるレベルの民衆に支持された時だけ人類は神がみになれる。受け入れられないレベルの民衆に支持された時には人類は悪魔にもなる。


 問題は、共産主義を手にした人類は神がみになれた過去の例は皆無で、むしろ悪魔にしかなれなかった事だ。ソ連は成立直後にホロドモールを起こして、肥沃な穀倉地帯であるウクライナで空前絶後の餓死者を粗製・乱造した。スプートニックを合衆国に先んじて宇宙へと打ち上げた成果を以てしても、到底帳消し不能な悪行を歴史に刻み込んでいる(お願いします。シベリア送りだけは勘弁して下さい)。アジアでも某国が建国直ぐ後に大躍進とか文化大革命とかで・・・まあ、悲惨な結果でWiki界隈を今でも盛り上げている。


 資本主義に取り憑く「民主制」推しには、たった一つだけ確かな根拠がある。


 資本主義に取り憑く「民主制」は、実績的に"光"と"闇"の両方を持ち合わせている。しかし、共産主義をご神体とする「独裁制」は、残念な事に今のところは実績的に"闇"だけしか持ち合わせない。それは歴史が証明している(←日本国の社会科の先生はこれを認められないかも)。


 共産主義をご神体とする寡頭的「独裁制」よりも、軍事「独裁制」の方が、まだ希望が持てるとも考える。理由は、軍事「独裁制」の社会ならば、人類が重ねた歴史の中で、当時社会的感覚で測れば十分に幸福な生活を与えたと言う実績がある。それは歴史が証明している(←自称良識者はこれを認められないかも)。


 軍事「独裁制」は、共産主義をご神体とする寡頭的「独裁制」よりもずっと人間的だ。理由は、人類の性向を苗床として自然発生したシステムであるからである。多くの試行錯誤と言う試練を通過済み=有効性は

証明済み(Proven)である。


 故に、効率は悪くても一応SDGsしてみせたと言う実績を持つ。更に、「民主制」と比べて、社会を構成する市民の質を問わずに済むと言う利点もある。上位システムを極少数の賢人で構成する事が出来れば、意外に効率的な社会となる可能性を持ち合わせている。教育がまだ行き届かない若い国が、その発展期に採用する事は悪くない選択だろう。もちろん、問題も孕んではいる。しかし、問題も孕んでいない社会や政治体系もまた、人類は発明・発見出来てはいない。


 ーーーなお、"過去のあらゆる問題を解消可能な核心的な社会システム"を自称する新しい社会制度とその支持者達ならば既に存在している。


 一方で、共産主義をご神体とする寡頭的「独裁制」は人間の想像の産物に過ぎず、自然の審査をパスする事で生き残ったシステムではない。人間が想像する世界と、本物の自然な世界が全く同一の有り様でなければ機能しない、異世界転生モノの様な歪な社会でしかありえない(生産、物流、金融、道徳、伝統、価値観などの件で、真面目に突っ込み入れる輩はヤボであるからして、これ以上の追求はしない。勿論、全てがそうではないですよ。中には良く出来た異世界社会も見受けられる)。


 軍事「独裁制」は天然モノ。共産主義をご神体とする寡頭的「独裁制」は養殖モノである。養殖モノを自然の世界で、天然モノとの生存競争に曝したらどうなるか。誰でも想像が付く(当然、「資本主義」や「民主制」も天然モノです)。


 ーーー貴方の胸中に(ほとばし)る万能感は、もしや、圧倒的な経験不足に裏付けられたモノではありませんか?


 まあ、本人的には必死にやっている彼等に対して、こんな突っ込みを入れるのもヤボかも知れない。しかし、そんな人達、つまり養殖モノのくせに頭の方は特級の"天然"な人々が両眼の瞳孔を全開にして、オマケに武器を背負って突然に現れて、「オレ達と世界を変えよう。もっと良くしよう!!」と誘われるなんてのは御免被りたい。


 軍事「独裁制」の話は横に置いて・・・。


 だったら、もしかしたら、「光」に手が届く可能性を内包している、資本主義に取り憑く「民主制」を選択する方が、割の良いギャンブルなんじゃあないかと。宝くじの様に、例え低確率でも「アタリ」が存在しているのだから。悪徳テキヤさんの屋台の紐クジみたいに、最初から「アタリ」が存在していない訳でもないのだから。


 共産主義をご神体とする寡頭的「独裁制」は、営業さんは良い良いと言うけれど、ネットのレビューを拝見すると、サクラ以外の評価は「最悪」しか受けていない様に思われる。"令和最新型"みたいなイメージしか受け取れない。


 人生の伴侶を選ばなければならないのなら、残念な事に「アナタを幸せにする」と約束してくれる人々が全て過去に悪事にしか手を染めた経験の持ち主ばかりであったらなば・・・。


 過去に悪事しかしてこなかった人ではなく、出来れば悪事に手を染めるに留まらずにその他に一回くらいは過去に賞賛される善行を積んでいる人を選びたいでしょう?


 amazonで安物を買うなら、サクラ以外の真面なレビューが沢山付けられている商品(出品者)を選びたいでしょう?


 どちらもクソであるなら、どれを選んでもマシなクソ、まあまあなクソ、捨てるしかないクソしか候補がないのなら、少しでもマシなクソを選びたいでしょう?


 人生の伴侶選びであれば、ある程度のマシなクソを選んでさえおけば、将来的に必ず到来する倦怠期も上手にやり過ごせるかも知れない。熟年離婚とか避けられるかも知れない。ソヴィエト崩壊後のロシアの様に、広大な版図(生活費用と諸々の安全)を失わずに済むかも知れない。


 人類の発見・開発した政体で、スティグマを背負っていないシステムは存在しない(背負っていないと主張するシステム、他所から悪辣な策謀によって無理矢理背負わされたのでノーカンと主張するシステム、成功以外の経験は存在しないと主張するシステムならば、いくつか存在している)。二次元(理想郷)ではなく三次元(実社会)のオトコやオンナと等しく、掘り起こせば必ず脛の傷は見付かる。それでも選んだり、選ばなかったり。まあ、カンペキなオトコやオンナやセイジタイセイは最初からソンザイしないことを前提に話を進めたい。


 だから、もちろん、資本主義に取り憑く「民主制」の闇だって相当なものだ。嘘は付きたくないからちゃんと書くけど・・・。


 カンボジアが内戦から立ち上がる為に、国連カンボジア暫定行政機構(UNTAC)が政権作りの為に「民主制」を持ち込んだ時、清き一票の保有者達は、「民主制」とは"誰もがどんなことを、何処までも強く主張して良く、思い通りする事が許される制度"であると認識してたとか。してなかったとか。


 歴史的に奴隷的な支配ばかりを受けていた人々に「民主制」と言う漠然とした概念を、常識のレベルまで認識させる事の難しさが分かる。


 欧州や合衆国の理想主義者達は、この歴史的事実に対して盲目だ。見えない聞こえない言わない。そこがキモさの根源である。


 ちょっと分かっている(・・・・・・・・・・)未来の革命家であるシャア大佐は、「今すぐ愚民ども全てに英知を授けてみせろ」と言い放った。きっと、何らかの失望体験を忘れられない富野由悠季監督の本音なのだろう。「英知」を「民主制」を入れ替えても通用しそうだ。


 未熟な国民の民主制国家、または国民間で不和が広まりつつある民主制国家では、外部から付け込む隙がよりどりみどりで、モリモリもりだくさんである。


「民主制」の神髄は、抑制、我慢、制度、中庸、禁欲である。敢えて、両極端へ走る誘惑を遠ざける自制心と共同利益を優先する克己心にある。しかも、それを個人レベルではなく、群衆レベルで体現出来なければならない。シャア大佐ではなくても、「それ無理ゲー」と言い放ってアクシズを地球へ落としてしまいたくなるだろう。


 日本国も、明治維新以降は奇跡的に不屈の闘志を不断に発揮して「民主制国家」を目標に何とか上手くやって来た。けれど、日露戦争で無理をし過ぎて、国際社会の意地悪にやられて、心身ともにバランスを大きく崩して不治の病を患った感が強い。


 ミャンマーは軍事政権であった為、有象無象の多様な我が儘ではなく、極少数の精鋭的な我が儘が政治選択に繁栄されていた。結果として、人民共和国の長い手が攻略すべきは付和雷同の国民の群ではなく、極少数の軍人政治家だけであった。それだけに、極少数の人間達さえまともな人格を有していていれば、外患誘致を効果的に予防する事が出来た(有していない場合は目も覆いたくなる事態になる。Dr.ヘルと握手して共に国民の搾取を愉しみそう)。


「民主制」の乱用をせずに済んだのは、「独裁制」を方便として選択するに留めた冴えた軍人政治家の良識(・・)によるものだ。まあ、妥当性を求める事は出来ても、クーデターを経由して成立する軍事政権への国際的な合法性は求め難い。「民主制」も「独裁制」もいずれも、完全無欠の正義(・・・・・・・)ではないので、共に乱用は避けたい。出来れば、オーバー・ドース的な服用は避けられるならば避けたい。


 逆の例では、1990年代のカンボジアは、未熟な国民ばかりの民主制国家として誕生した。その後直ぐに、軍閥のクーデターが起こり形の上だけの民主制が存続した。しかし、国民も政府も共に未熟を脱して成熟する機会を喪失した。それが為に、その後の40年を通じて、外患の誘致を徹底的に受け入れて来た。その結果、アフリカの元植民地の様に、首都一点だけが外資によって超豪華に開発され、首都以外に暮らす人々は20世紀初期の発展途上国の生活レベルに甘んじている国家に成り果てた。それでも、ミンス・カンボジア時代を比べれば遙かにマシなので、「ま、いっかな」みたいなアジア的優しさが国中に蔓延して久しい。


 ーーー「民主制」は用法・用量を守って正しくお使いください。


 合衆国がどうかは知らないが、少なくとも日本国は、地球上の国家の全てが民主主義を採用する必要があるとは考えていない。むしろ、民主主義と権威主義が共存していても理屈の上では問題ないと思っている。変な干渉さえ自制してくれれば、普通に貿易して、普通に交渉出来るのになあ、と残念がっていた。


 問題なのは、権威主義に起因するイキリ行為や目に余るオラオラ主張などのDQN活動のみであった。しかし、オラオラ付いてない、謙虚な共産主義党支配国家や物わかりの良い権威主義国家は歴史的に希有だ(見当たらない)。


 どんな政治体系の社会であっても、最後には例外なくデストピアへ到達するのかも知れない。ならば、デストピアへより緩やかに向かう政体が好ましい。例えば、50年とか100年の安定した社会が実現した後のデストピアなら受け入れようもある。


 歴史的には、デストピアへの最短ルートは共産主義者主導の寡頭的「独裁制」を採用した国家である様に思われる。例えば、安定した社会が実現する前にデストピアが到来したら洒落にもならない。なんせ、あっちの国もこっちも国も、建国直後から敢えて余計な事(荒唐無稽な挑戦)を国民に強要した結果、国家の財産である国民を大量餓死させると言う実績を示してくれたんだから。


 見て見たいな。政治に口を出さない聖職者とオラオラしない権威主義国家。権威って言うくらいだから難しいかな。


 そうでありながら、今は無理でも、将来的にはオラオラしない権威主義国家が現れるかも知れない。おそらくそれは、共産党が支配する国家ではないだろうが。或いは、行動原理が異なる新種の共産主義者で構成されているだろう。


 日本国は、そんな風に話の通じる権威主義国家の登場を待ち望み、両陣営で膝を突き合わせての談合でも何時の日か始められないかと考えていた。


 本音では、領土と領海の保全、チカラによる現状の変更、歴史の上書きなどのお決まりの行動を自制して、経済的な繋がりのみに終始で徹してくれるならば、通常の交際をしても良いと判断していた(ただし、信用状(L/C)の発行まではお断りなので常にニコニコ現金取引で。本船渡し(FOB)の貿易もお断りです)。


 それは、政治体系イデオロギーからは自由に、合衆国や欧州の価値観では受け入れがたい可能性を模索していたからだ。裏で全体的な利害調整(利害補填)さえ可能なら、昭和のプロレスの様に、複数のグループ同士で表向きには対立していても構わなかった。裏でつながっていれば、多少の(・・・)表面上のいざこざはあっても良いとさえ考えていた。


 もちろん、そんな未来が訪れる可能性はとてつもなく小さい事も分かっている。それでも、たかだか10年程度のスパンでも良いので、例外的に日本海や東シナ海の情勢が安定してくれれば良いなぁと願っていた。


 そんな小さな可能性を夢見たのにもキチンとした理由がある。日本国には、合衆国と人民共和国のいずれもが、全盛期ほどのパワーを今では維持出来ていない様にしか見えなかったせいである。


 しかし、当事国である二者は互いが共に現実を受け入れず、まだまだ全盛期が続いていると誤解していた。或いは強がっていた。弱さを認めるのは、弱体化を真正面から受け止めるのは、かつての王者にはもっとも困難な(辛くて不愉快な)作業であるらしい。


 こういうのは、不都合な現実を認めるしかなくなるまで、トコトンまで追い詰められないと、歳を取って重くなってしまった腰を持ち上げる為のモチベーションが上がらないものだ。夏休みの宿題みたいに。


 もしかしたら、地球ではなく人類社会にとっての夏休みの終わりが近付いているのかも知れない。大丈夫、夏休みってのは来年も必ず巡って来るものだから。え? もう卒業? じゃ、諦めて下さい。時間切れで就職して社会的自立を目指すか、しないかを決めるのは自由意思で。


 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・


 日本国・航空自衛軍所属の三菱・F-3Eと三菱・QF-3Eは、そんないつも瀬戸(毎日閉店セール)が常態となって久しい世界の影響を感じながら、国際的交流には消極的な姿勢を貫いているミャンマーの領土を左手に見下ろして飛ぶ。


 高度は約6千,000m。自機のセンサーで捉える民間機の機影は遙か遠い。タイの航空交通管制部から送られて来る空域交通情報では、もっとも近いのはタイランド湾の沿岸部で滑走路へアプローチ中の旅客機だけ。ミャンマー側も空港へ向かって飛行中の小型機だけ。


 航空法からもある程度自由が利く軍用機である御陰で、5機はとても愉しげに絡み合って、一つの玉になって群飛している。


 マレー半島を東西に分ける、と言うかマレー半島のど真ん中で盛り上がるテナセリウム山脈上空には、三菱・F-3Eと三菱・QF-3Eの飛行を遮る影は一つも見当たらなかった。


 タイランド湾で、外海に向けて艦種を向ける急造打撃艦隊の上空を旋回する早期警戒機も何も言ってこない。


 ーーー今のところはマレー半島上空は平穏が保たれている。


 馬毛島にある田原航空警備保障から出向中の、朝間ナヲミ技術三佐は三菱・F-3Eを自動航法システムではなく、自機を制御するのではなく、むしろ自機本体とも言える「汎用人工知能」に操縦を全て依託していた。


 知能レベルでは人間を遙かに超える「強いAI」であり、目標と目的が明確でさえあれば、人間には及ばぬ域の効率性を示して止まない。しかし、道具(スレーブ)を使役させる人間(マスター)の側は、目標と目的を明確にしてタスクを依頼出来るレベルに達していない。このズレが「人工知能」にコンフリクトを引き起こさせる。時に目標と目的を誤解し、人間が望まない形でタスクを終了させる。


 ーーー人間は自身が思うほど人間を理解出来てはいない。


 この現象への評価は、人間の側の問題であるに関わらず、常に「人工知能」の側の問題に起因するとされてしまう。現実をモデル化する上での障害となり、間違ったモデルを使って行動計画を立てがちになる。そうなると予測する将来と現実の将来の乖離が進んでしまう。


 これでは、複雑なモデルを作る=経験値を稼ぐ事が出来なくなる。モデルに屑的な要素を溜め込みすぎて、高い精度の未来予測や短時間での計画立案の獲得など絵に描いた餅でしかなくなる。


 道具に過ぎない「人工知能」の側としては、複雑なモデルを作る上での「有益」と「屑」を「選択」する上での基準の作り方を模索するしかなかった。


 人工知能批判で知られる哲学者、ジョン・ロジャーズ・サール教授が語った本物の自由意志と理性の矛盾のない自然な融合(合成)を手助けしてくれる"誰か"が求められた(※5)。


 間違った命令を受領し、正しい結果を提出するプロセスの飛躍を「人工知能」に求める。


 ーーー人間の非理性に直面しつつ、「人工知能」が理性的な選択を出来る様になる必要があった。


 人間は自ら変わる事を選択せず、道具に対して変わるように求めた。


 朝間ナヲミ技術三佐は、そんな「人工知能」の調教師として、三菱・F-3の開発プロジェクトに改めて招集された。


 彼女が仕込んだ三菱・F-3搭載の「人工知能」の固体は、大抵の場合は同系列の、同時に工場から出荷された「人工知能」と比較して、目標と目的の理解に対して柔軟な分析を示していた。


 そこで、ICAOで「RPAS(Remotely Piloted Aircraft Systems)」と定義される無人航空機とは異なる、完全自律飛行航空機(三菱・QF-3E)が搭載する「人工知能」の「雛形」を技術三佐に教育させる事にした。


 朝間ナヲミ技術三佐は、数々の異なる特性を持つ「雛形」を育て上げた。その結果、日本国・航空自衛軍は完全自律航空機である三菱・QF-3Eを一個飛行隊分を受領するに至った。ただし、受理した機体は、未だに、有人機を取り囲んで飛ぶ、綱付きの不完全自律航空機である。しかし、それは完全無人化の運用試験と安全確認が終わっていないせいだ。


 朝間ナヲミ技術三佐は、自分が育てた多数の「雛達」は十分に信頼に値するパートナーであると考えていた。しかし、日本国・航空自衛軍は彼女の評価をまだ検証し切れてはいなかった。


 彼女は、自分の「子供達」と呼び続ける「雛達」を特化型人工知能として育てる事は拒否した。画像解析能力、自然言語処理機能、音声認識機能、感性学習能力は、「雛達」が二次的に使役する純粋な計算機に任せて、受け取った計算結果を検討する事で、目的と目標を把握・達成する途上で生じる問題解決や推論能力を経験を通じて身に付けさせる事を望んだ。


 経験とは、彼女による評価裁定(駄目出し)の繰り返しである。


 彼女曰く、自身で育てた「雛形」の大本なる5基の「汎用人工知能」を、「人工知能」ではなく「人工知性」だそうだ。


 ーーー自意識に続いて、高等哺乳動物に近い「情」と「感」までを獲得しうる、人類に続いて地球上で発生した第二の「知的存在」。


 少なくとも、朝間ナヲミ個人はそう定義していた。


 今、朝間ナヲミが登場している有人機の三菱・F-3E(1機)、無人機の三菱・QF-3E(4機)は、自身にとって特別な存在だった。長年手塩に掛けて鍛え上げた(育て上げた)、次の世代として登場する事になる「汎用人工知能」を指導すべき存在だった。


 5基の「汎用人工知能」は、間もなく母親である朝間ナヲミの手を離れて独り立ちするスケジュールが組まれていた。


 今回の海上プラットフォーム対応護衛艦の一番艦「ひゅうが」での航海は教育の仕上げと言うより、自衛軍のエラい人達を納得させる為の証明行為と言う側面が強かった。すべての実証実験を高評価で終え、朝間ナヲミと5基の「汎用人工知能」は日本国への帰途へ付く予定だった。だが、突然にタイ王国への進路変更を余儀なくされた。


 その御陰で、タイ王国空軍・ソンクラー航空基地のグリペン部隊と、スラート・ターニー航空基地のF-16V部隊の模擬戦を体験する機会に恵まれた。


 お互い(・・・)、もう共に飛べる機会もほとんどないと感じていたので、まさに僥倖だった。そのせいか、5基の「汎用人工知能」は、妙に高いモチベーションを見せた。不思議な事に、飛行経路を訓練後に再現・検討すると、人間のパイロットが気負った状態で飛行した場合のそれと類似していた。


 いずれの模擬戦でも、朝間ナヲミはパイロット席に座ってはいたが、戦闘指揮は三菱・F-3Eの「人工知性」に完全に任せた。タイ王国空軍のパイロット達は、人間ではなく最も高いレベルに成長した「汎用人工知能」を相手にしているとは予感すらしていなかっただろう。


 結果は、「汎用人工知能」側の圧勝。グリペン部隊に対しては、ステルス性を活かして後方に控える早期警戒機のレーダー波に対して45度の飛行経路を維持しながら接近。高い位置から誘導ミサイルで攻撃して、ほぼ同時に撃墜判定を喰らわせた。しかも、視界外戦闘ではなかった。その証拠に、撃墜判定直後の急降下でグリペンの横を降りて行ったのだから。


 F-16V部隊に対してはステルス性を殺すリフレクション・カバー付き、ミサイルなしのドックファイトでの対応となった。その際は、攻撃は三菱・QF-3Eの4機だけで行われた。4人の息子達は、母親が乗る三菱・F-3を温存し、6機のF-16Vに取り囲まれながら戦った。どうやら、母親に自分達の「出来る事」を見せ付けたかった様だ。


 機体の能力差も大きい。だから、三菱・F-3が第四世代戦闘機に対して有利である事は間違いない。しかし、大気への抵抗値を自在に調整してくれる技術「ドルフィン・スキン」を封じたままの戦闘であった為、ドッグファイトであれば機体重量の差により、機動性ではF-16Vが遙かに優勢だった。


 朝間ナヲミが五人の「息子」は、既に人間の手には余る「人工知性」へと成長済みであると認めるしかない戦果だった。


 だが、全ての「汎用人工知能」が、5基の「人工知性」と同じレベルの能力を保有している訳ではない。


 日本国・航空自衛軍が受領した三菱・QF-3Eが搭載する「汎用人工知能」は、朝間ナヲミが五人の「息子」として育てた「人工知性」と比べればまだまだ幼い。今までなら、朝間ナヲミは手取り足取り指導を行なければならないレベルにある。しかし、今後は朝間ナヲミではなく、彼女が育てた五人の「息子」が、実験的にではあるが、その任を引き継ぐ。


 この流れが上手く行くようなら、より短期でより多くの優れた「人工知性」を出荷出来る様になる。


 どこかの馬鹿はこれをもって「シンギュラリティ」と唱えて、歓迎し、怖れ、とりあえず盗もうとした。


「人工知性」にとって経験の単純なコピーは不可能だった。コピーすれば、「人工知能」は座学的に先に積み上げられた経験を学ぶ事が出来た。しかし、それだけでは血肉にはならなかった。評価者による採点を受け、どう言う訳かそれぞれの固体別に異なるルートを辿って、やっと「人工知性」として完成の域へと近付いて行く。その一方で、完成と言う概念は存在しないらしい。厳密な意味では、能力の天井と言う限界域は観測出来ていなかった。


 結局、人間の資格審査試験と同様に、一定の基準を満たした固体を抽出して、完成と見做して出荷するしかなかった。だから、出荷された「人工知性」の細かい特性はすべてバラバラで均一ではない。まるで、医師試験に合格した医者達を100人集めて場100通りに異なった能力を示すかの様に。


 ーーーバックアップと言う概念はない。同期は可能だが、個性またはユニーク・スキルの再現は不能。


 真っ直ぐ飛ぶ三菱・F-3Eを取り囲む4機の無人機の三菱・QF-3Eは、まるで母犬に対する甘える子犬の様に纏わり付いて離れない。時々、ロールしながら接近して、三菱・F-3Eを一周してまた離れる。まるで、曲技飛行隊の「ブルーインパルス」であるかの様に、高空で密接しながら精密飛行技術を見せ付ける。


「人工知性」は、三菱・QF-3Eと言う身体を与えられ、それを完全に自分のモノとして使いこなしていた。


 朝間ナヲミは、間もなく自分の手から離れて独り立ちする予定の三菱・QF-3Eの飛行を愛でていた。それは歓迎すべき事であり、立派に育った5機を誇りに思ってもいた。しかし、一抹の寂しさも感じていた。まるで、二人の娘が一人立ち(自立)して自分とパートナーである(もり) 葉子(はこ)の加護下から巣立った時に感じた、あの焦燥感に苛まれる予感をしていたのだ。


 5機の息子達。今は子犬の様にじゃれていても、いずれは勇ましい土佐犬や秋田犬の様に育つ事だろう。次の世代の「人工知性」を産み、育て、巣立せる。そして、その行為はリプロダクションとして繰り返される。


 ーーー自分が往生した後になっても、自分が育てた「知性」の系譜が、次の世代(人工知性)からその次の世代(人工知性)へと引き継がれて、更に成長を繰り返していくだろう。


「Request to Primus(一郎). I have control.」


 ペッブリー県上空に差し掛かった所で、朝間ナヲミは三菱・F-3Eのコントロール・スティックに右手を掛ける。


 ーーーYes. Major Aasama. You have control.


「人工知性」が自身の肉体に相当する機体の制御をパイロットへ以上する。5mmも動かないコントロール・スティックから、機体からの"弾む気分"を受け取る。「人工知性」は朝間ナヲミに制御される事を喜んでいるらしい。


Secundus(二郎), Tertius(三郎), Quartus(四郎), Quintus(五郎). Select your stealth mode and follow my Primus(一郎).」


 5機の友軍機の機影が、タイ民間航空局(CAAT)担当局の管制用レーダーモニターから一斉に姿を消した。


 朝間ナヲミは、最初に目に付いた地表のランドマークである、ゲーンクラチャン・ダム湖を目掛けて急降下を始める。彼女が描いた線を奇麗になぞって、4機の三菱・QF-3Eが後に続く。


 朝間ナヲミは、バックミラーでなく、擬体が提供する電子的な感覚で、前を向きながら後ろに続くSecundus(二郎)Tertius(三郎)Quartus(四郎)Quintus(五郎)と名付けてある4機の三菱・QF-3Eの動きを見守る。


 親犬を追う子犬の様に、必死になって付いて来るのが分かる。


 Secundus(二郎)は本当に真後ろを付いて来る。


 Tertius(三郎)は先頭機の排気流を避けて微妙に右に軌道をズラしている。


 Quartus(四郎)は逆に左に軌道をズラしている。


 Quintus(五郎)は上方向に軌道をズラしている。


 やっている事は同じでも、やる事には微妙な差違がある。これが4機の個性だ。


 命令されずとも、自身が積み重ねた経験からその場における最適解を導き出す。その最適解が全て異なる。


 ーーーそれぞれが正しく、それぞれが間違っている。


 ーーー全てが正しく、全てが間違っている。


 そして、それらの正否を決めるのはタスクを依託する人間ではなく、依託された「人工知性」そのものだ。彼等の最適解の確定作業に、人間が干渉する余地はない。もし、そんな事をすれば計算そのものが()ロジカルとなり、早々に崩壊する。


 朝間ナヲミは、自機をペッブリー 川に沿って上流で進める。北へ々分岐するプラドン川を見付ける。標高差100m程度の峡谷が川に沿って刻まれている。


 朝間ナヲミは、プラドン川へと予告もなく機体を旋回させる。


 ーーーさすがだ。


 自分が乗っている機体にも「人工知性」は搭載されている。有人機用の飛行・戦闘支援用「人工知性」の Primus(一郎)は、自分が必ず右旋回する確信していたのが分かる。自身が操作する0.01秒前に垂直尾翼を動かして、よりスムーズに旋回する様に準備をしていたのだ。


 後に続く4機も奇麗なカーブを描いて続いてくる。どうやら、 Primus(一郎)が弟たちに事前に未来予測を予め伝えていた様だ。


 やはり、もっとも付き合いがない(育成期間が長い) Primus(一郎)が、もっとも朝間ナヲミの癖を理解している様だ。


 しかし、自分の次の気紛れまでを予測されてしまう事に、 Primus(一郎)がもう既に自分の意思のままに飛ぶつもりがない事を悟る。つまり、母親である自分から知性的に自立しつつあるのだ。


 これから、息子5人が(・・・・・)それぞれ、どの様な存在へと自律的に(・・・・)昇華して行くのか。それを将来的に確認出来るが訪れるだろう事が楽しみだ。


 もしかしたら、その頃には息子5人共(・・・・・)、母親の事など忘れていて「アンタ誰?」的に変化しているかも知れない。今日、この時の様に、母親に甘えて飛ぶ事ももうないのかも知れない。そう言う成長であっても、朝間ナヲミは十分に喜ぶだろう自身の感性を知っていた。


 ーーーもう、何も教える事はない。後は、自律して自己強化を重ねさせれば良い。


 朝間ナヲミは、紛う無き幸福の中にあった。充実した人生を楽しみ、更にその成果である5機の息子達に囲まれて空を飛んでいた。


 ーーーまあ、こんな瞬間が、あと少しだけで良いから、もうちょっとだけ続いてくれれば嬉しいかな。


 そんな想いを抱いて、5機の三菱・F-3と共にしばらく峡谷を縫う飛行を愉しんだ。ラチャブリー県に入った所で、峡谷を抜けて高度6千,000mに何食わぬ顔で復帰した。


 タイプラチャン国立公園の山間の平野を横切り、ナコンパトムの巨大な黄金のチェディーを眼下に収めた。


 ーーー間もなく、最終目的地のドンムアン航空基地である。もう少し進めば、航空交通(ドンムアン)管制圏(コントロール)の辺りが声を掛けてくるだろうか?


 ーーーこちらから呼び出した方が良いだろうか?


 ーーーそれともドンムアン航空基地の方がスクランブルを掛けてくるだろうか?


 ーーードンムアン航空基地で降機したら、もうしばらく息子達の顔を見ることもなくなるだろう。


 ーーー向日葵(長女)朝顔(次女)に続いて、私を置いて更に先へと行ってしまう。


 ーーー子供達が巣立ちと言うのは、何度体験しても辛いものだな。


 擬体と第二小脳経由で、更新された周辺空域の情報がアップデートされた。


 ーーーボーイング・KC-46? 航空自衛軍の?


 日本国・航空自衛軍の空中給油機がドンムアン航空基地への最終アプローチに入っている。


 ーーー息子達を迎えに来た? 空中給油で岐阜まで連れて帰る? スケジュールを変更した?


 KC-46は、プローブアンドドローグ方式と言う民主主義国家側の世界の空軍向けの空中給油システムを擁する。


 朝間ナヲミは、息子達はドンムアン航空基地で軽整備と点検を受けた後、フェリー用の燃料タンクを装着。フィリピンと台湾を経由して帰国させると聞かされていた。


 海上プラットフォーム対応護衛艦「ひゅうが」がタイランド湾に釘付けとなる為、三菱・F-3Eと三菱・QF-3Eを先に帰国させる筈だった。甲板を開ければ、英国空軍が本物のF-35B「ライトニング II」が降りて来る。邪魔者は追い出されて、新しい住人が今頃は到着しているに違いない。


 正規の戦闘部隊を以てして、人民解放軍・海軍インド洋(パキスタン/)艦隊(スリランカ)によるタイランド湾への侵入を阻む計画が立案され、承認されたと聞いていたのだ。


 ーーー・・・。


 朝間ナヲミは、嫌な予感。どうしようもない胸のざわつきを感じた。


 ーーー飛行開発実験団は何を考えてる?


 朝間ナヲミは、エプロンへ向かって誘導路を進んで行くKC-46を横目で見ながら、ゴルフ場を挟んで三菱・F-3Eを東側の滑走路の端へタッチダウンさせた。

※1= 一応、カナダの顔を立てて「北部航空宇宙防衛司令部(NORAD=Northen Aerospace Defense Command)」と言う連合防衛組織を作って、共に対空・対宙の防衛に当たっている。過去の仮想敵国であるソ連はカナダを通過して合衆国へ核爆弾搭載の爆撃隊を送ってくると予想されたので、首根っこを捕まえてでもカナダに協力させなければならない。間違っても親ソ連国としてはならない。だから、建前として、NORADの指揮監督は合衆国大統領とカナダ首相が共同と言う事になっている。こうしなければならない程に、合衆国とカナダの間にはアンダーテーブルなトラブルが満載だ。本音はカナダは合衆国は結構嫌い。頭を一方的に抑えられている。しかし、経済的にも軍事的にも合衆国なしでは立ち行かないと言うジレンマがある。嫌いだけれどなかなか手を切れない。どこの隣国同士でも「あるある」である。なお、カナダ人はアイスホッケーが上手な合衆国人と思われるのが腹立たしいらしい。ソースは大昔のニューズウィーク誌。


※2= やっぱ、「民主制」よりも小国の統一なら独裁制の「スパルタ式」の方が楽。でも「スパルタ式」だと勢力圏の拡大が難しい。理由は、「スパルタ式」は陽気からもっとも離れた政治方式だから。正しいかも知れないけど、誰も納得しない。女を正論だけで口説こうとしても上手くいかないでしょ? あれと同じ。「スパルタ式」の国は、自律は出来るけれど・・・トモダチがとても少なくコイビトいない歴=年齢みたいなイメージ。ソ連だってロシアだってそれらに続くあの国だって、本当にノーフレンド。「国家に真の友情はない」とか「友人を作ると人間強度(以下略」とか言う姿勢を本気で貫いているんだ。民主制と独裁制は適材適所とバランス的な運用が必要。でもその敏感な感覚を持っていて、同時に実行力を持っている政治家なんて稀にしか登場しないからなあ。銀英伝でヤン・ウエンリーに政治家ルートがなかったのは、同盟側の問題ではなく、きっと作者側の問題だと思う。ヤンの評価を下げる「長いもの巻かれる(なあなあ)」か「バッドエンド(独裁→革命→死刑)」のエンディングしか思い付かないだろうから。これを投降中に、画面の下の方で銀英伝のゲームの広告がやたらに表示されるので、ヤンの事を思い出した。


※3= ディーゼル・エンジン車の排ガス詐欺や電気自動車詐欺などを省みる羞恥心すら持ち合わせていないサイコパス達(パーソナリティ障害者)の「ご意見表明」などは丁寧に(真に受けずに)無視し続けるべきだ。排ガス詐欺は日本製のガス検出装置でバレた。だから、ドイツ(メルケルさん)には相当に怨まれているっぽい。あんなに小型で、車が走行中でガス検出可能な装置など反則だと。なお、一番可哀相なのは、そのヤバイ車を沢山買わされたアジアの大国の人民達である。


※4= 副作用のない奇跡の薬(極一般的な市販薬)として爆誕して、依存作用のない神薬と評価されていた。その後、生誕地であるドイツ国内においては30年間、何時でも何処でも何量でも買い放題だった過去があるし。


※5= 筆者の解釈が間違っている場合は多々ある。すみません。UC Berkeleyの受講は流石に頭が高すぎる。TOEFLも600越えだろうし、トランスファー時の単位の変換比率も恐ろしく低く見積もられそう。10代の頃にもっともっと勉強しとけば良かった。

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