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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
64/143

墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜1

 ーーー南シナ海は、我らが民族にとって約束の海である。


 ーーー何が何でも、我らの領海である。


 ーーー我らが国家にとって不可欠な海である。


 ーーー何人(なんぴと)たりとも汚す事は叶わない、飛び切りの"聖域"である。


 ーーー有史以前より継承される、核心的利益の一端である。


 以上の思想を、大声で想うだけでなく、大武力を前面に押し(ちらつかせる)掲げて(のではなく)叫ぶ国がある。


 もちろん、これは地上に残された唯一の(最後の)共産党(偉大なる党)主導の独裁国家として知られる、人民共和国が世界に訴える国家戦略(天下布武)である。


 もし、南シナ海が一カ国の領土で囲まれた内海であったり、大海原の孤島国家を取り囲む水域であったならば、この様な主張は広く支持されたかも知れない。


 しかし、南シナ海とは、地理的には、ユーラシア大陸やそこから突き出た複数の半島に面した、太平洋の西部である東シナ海の一部とも解釈可能な海ある。


 ただし、国際政治的には、人民共和国、台湾民国、更に東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、インドネシア、シンガポール、タイ、カンボジア、ベトナムの沿岸と接する海洋利権や自由航海権が複雑に絡み合う海域を指している。


 こうなると、たった一カ国による一方的な( 総取り)主張は、易々と国際社会に受け入れられる筈もない。


 南シナ海に、勝手に人工島を建設して、我が領土を取り囲む海域であると主張するには無理があり過ぎる。


 ボケが広大過ぎて、突っ込み役もどこを突っ込んで良いのか判然とせず、途方に暮れてしまう。


 しかも、部外者にはボケにしか見えないに関わらず、本人としては至極本気で、決してボケ役として演じている訳ではないらしい。突っ込み役が、突っ込みがてらにボケ役をハリセンでバシンと叩くと、突っ込み役の顔面の鼻筋を目掛けて「ボケちゃうわ!!」と叫びながら、魂を込めた火の玉ストレートで逆突っ込み脊髄反射で入れ返す勢いがある。


 或いは、ほとぼりが冷めた頃になってから、突っ込み役は街中の交差点を青信号を確認してから渡っている最中に、どこから現れたかも定かでない正体不明の白いバン(自動車)にひき逃げされて、異世界転生の憂き目に遭うかも知れない。


 外交的なギャグ(彼等のセンス)大阪のお笑い(我々のセンス)は、あまり相性が良くないのかも知れない。傍から見ると同一で親和性が高そうなのに、本人的にはそれを認め難いらしい。


 価値観が違う。感受性がすれ違う。認識もズレまくっている。


 例えば、我々にはどう見ても矛盾だらけのロジックの積み重ねであっても、彼等なりの見方によればそれは何の矛盾も感じない理路整然とした主張であるらしい。


 我々は、それぞれの側にそれぞれの正しさがあって、それは決して相容れる事はない。この歴然とした事実を、承伏しかねるとしても、それでも嫌嫌ながらも、真正面から捉えるしかない。


 承諾する必要はない。ただ耳を傾けるだけである。何故なら、そう言う(協調性皆無の)無理目の主張(強欲過ぎる要求)は、彼等だけが一方的に利益を享受し、我々の側は総じて一方的に不利益に甘んじろと言う主張であるからだ。


 何故、そんな893でDQNな主張に耳を傾ける必要があるのか。それは、彼等の方では、我々の価値観に基づく主張の方こそロジック的に破綻していると、心の底から感じているからだ。彼等は、我々の事を知的に残念な人達であると認識し、同情ではなく蔑みの感情を込めた溜息を付いているのだ。


 彼等だけ(・・)の常識は、我々の間で共有される常識とは相性が凄まじく悪い。だからこそ、"(Power)"こそが全て(パワー)と言う裏理念で建国された権威主義国家と、問題があっても何とか皆で連携してやっていきましょうと言う場当たり的なノリで集権・統合された果てに成立した民主主義国家は、長く続く安定的なお付き合いは維持することはとびきり難しい。


 いや、相性は最悪と言っても良いかも知れない。


 しかも、相性最悪となってしまう問題は一点。人民共和国と民主主義国家群のそれぞれの社会では、道徳の有り様がまったく異なるせいである。"尺度の定規"の設計が全く違うせいである。正直、個人と個人の関係であれば、互いに距離を置いて顔を合わせない様に努力するできだろう。


 しかし、距離を置き合う事が難しいと言うならば、どうしてもお付き合いを始める必要があるならば、お互いの常識を探り合うところから始めなければならない。まずはコミュニケーションを始める前に、ピタゴラスの定理などの宇宙的な共通法則を利用して、ゆっくりと一つずつ意思疎通の手段を確立する慎重さが必要だ。


 もし、ロゴダウの異星人達とバッフクランのサムライ達に、この種の慎重さがあれば・・・。何だか良く分からないイデが発動する事もなかったろうに。悔やまれる。まあ、バッフクラン側の例の姉妹の葛藤と衝突だけは、イデと接触しようがしまいがどうにも発動は避けられなかっただろうけれど。流石のイデだって、あんな阿呆な姉妹喧嘩(悪しき生命)は喰いたくなかった決まっている。


 以上の様な段階をクリアーした上で、確実にコミュニケーションの成果を重ね続ける必要がある。それでも、片方にその気があっても、悠長にコミュニケーションを重ねる事は難しいかも知れない。もしも、どちらか一方がせっかちであれば、積み重ねる機会に恵まれず拙速なコミュニケーションで終わらざる得ないだろう。


 コミュニケーションの成立が難しいのは、それが共同作業であるからだ。片側だけのモチベーションがどれだけ高くても意味はない。複数の極の同意が成立してなければ続けられない作業だし、根気強く続けなければ成し遂げようもない、途方もないない大事業でもある。


 少年ジャンプで人気を博したラブコメ漫画「キックオフ」よりもまどろっこしく、もう勘弁してくれよと言う進展具合となるだろう。しかし、そこまで着実に交流を進めても、全ての努力がご破算となる可能性が高いだろう。


 実際、人民共和国と民主主義国家群の間で、互いに努力したにも拘わらず、最後までコミュニケーションは成立しなかった。我々の側から見れば、彼等が交渉の度に激しくキレる意味がサッパリ分からない。しかし、キレた側から見ればキレて当然であり、キレさせた我々は極めて意地の悪い輩の集まりであるに違いない。


 現在の人民共和国の不満はこんな感じだ。自らの正しさを訴えても訴えても訴えても訴えても、まったく認めてくれない我々への憤りが分水嶺を()えてしまった、みたいな。


 つまり、人民共和国は、民主主義国家群との共存関係に絶望してしまっている。


 実は、彼等の主観では、彼等は誠心誠意・真心100%を込めて自らの核心的利益に対する配慮を我々に求めたつもりだったのだ。もちろん、訴えられた我々は彼等が訴える内容に対して、圧倒的なまでに異なる文化に驚き、卒倒しそうなほどにショックを受けて呆然としてしまった。


 もし、我々の側のネゴシエイターが、ピンク色の髪のツンデレ少女である「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール(※1)」への造詣が深ければ、最終的な破局は避けられたかも知れない。しかし、何かと忙しい(深夜帯には寝ている)ネゴシエイターにそれを要求するのは酷である。更に、もしも、あの素晴らしい女神より祝福を受ける機会を与えられたとしても、この件における相関性(ツンデレ理論)に気付く事はなかっただろう。


 何故なら、「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」は美少女である。その一方で、人民共和国は決してそうではないからだ。ルイズを知らない? 話が古過ぎると言うなら、プリンセスコネクトの「キャル」へ置き換えても良い。あの娘は黒髪だから、新海アニメのファンにも色彩的な違和感を持たせずに済むだろう。


 偉大な小説家で既に鬼籍に入られた遠藤周作大先生は、美しいものを愛するのは容易く、美しくないものを愛すのは難しいみたいな事を著書で繰り返し語っていた。で、神様は美しくないものを愛し、羊たちとしても神様の様に等しく愛したい・・・けど、ムリムリみたいな。


 無茶である。相手が可愛ければ何でも許せる、大らかになれるのが人間である。そして、可愛くない相手が連発する粗相を、「何をされても、要求されても、繰り返し許してやれ」と要求される事をもっとも腹立たしく感じるのも人間である。


 遠藤周作大先生の手によるほとんどの著作を買い漁り、繰り返し読んだ後で南アジア諸国などで活字に飢えた日本人が集まりそうな場所に意図的に(布教目的で)放流して来た筆者ではあるが・・・、それを美しい思想であると感銘は出来るが、共感して自ら実践は絶対的に出来ない。あ、大丈夫です。それからそれはムリです。


 筆者が今でも半年に一度は必ず表層意識へと上って来る「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」の素晴らしさを知らない、ピンク髪の魔法少女による祝福を受けていない、不幸な我々の側のネゴシエイターは、可愛げゼロで(デレなしで)実に無骨な(ツンばかりな)共産主義者達と対峙して、それでも何とか正気を保ちながら交渉の席に着いていた。


 しかし、彼等の側のネゴシエイターは突然に交渉の席の椅子を蹴って、会議室を飛び出してしまった。


 ここに、我々の側、民主主義国家群のネゴシエイター達が長年に渡って付き重ねた努力は完全に無へと帰した。


 人民共和国は、強引にMy Wayな行動の抑制を止めた。主観的には自由な、客観的には自暴自棄な行動を開始した。


 どのくらいに強引に? それは、あのフランク・シナトラが、歌唱すべきMy Wayの歌詞を忘れて、水中から釣り上げられた鯉の様にパクパクさせてしまう程にである。


 21世紀中盤に差し掛かっても一向に解決の兆しを見せない南シナ海問題は、20世紀中盤から既に大問題となっていた。


 南シナ海は商業的な海上輸送の大動脈である。過去にもそうだったし、未来でもそう有り続けるだろう。インド洋から太平洋へ抜ける上で、自然災害から最も安全で確実な航路として珍重される世界共有の財産である。


 しかし、20世紀中盤(建国直後)になって(から)、人民共和国がそれまでに、曲がりにも文明世界が積み上げた常識に対して盛大にケチを付けた。人民共和国の常識によれば、世界の常識の方こそ非常識であると。


 人民共和国は、南シナ海全域を自国領海であると言う彼等の常識を世界に向けて突き付けた。もちろん、武力もセットにして。おそらく、主張をする時には出来る限りの恫喝行為を伴わないと、相手に対して大変に失礼に当たるとでも思っているのだろう。


 もちろん、彼等にも言い分はあった。


 ーーー欲しいものは欲しい。必要なものは必要。奪ったのではない。元々、自分のものなのだ。


 ーーー南シナ海がバシー海峡へ繋がる、世界有数の通商航路(世界共有の核心的利益)である事など知った事か。


 ーーーだいたい、地球上の全ては自分が相続すべき資産の一部(・・)なのだ。


 実際、人民共和国は、南沙諸島(スプラトリー諸島)などに人工島をいくつか作ってみた、その結果は、一カ国として人民共和国の覇道を止める直接的な行動には出なかった。だから、世界は本心では彼等の主張を認めている。


 少なくとも、彼等の主観によれば。


 実のところは、20世紀中に、ベトナム人民海軍が身体を張って巨大なの野望の前に立ちはだかった。結果は、紛う無き虐殺がチュオンサ諸島で行われる事となってしまった。


 人民共和国としては、寛大にも、ベトナムに対して自分達への挑戦が愚行であると言う簡単な事実を懇切丁寧に下知してやったつもりだった。


 また、ベトナムに与えてやった貴重の経験を、その後に長く長く末永く教訓として全世界が学び続けられる様にと、彼等がベトナムに対して下した罰の詳細を、輸入品の高級ビデオ・カメラを使って一部始終をご丁寧に撮影までした。更に、彼等が「世界の心ある人々」だけが集まっていると信じる組織に向けて、その素晴らしい記録映像を、正義の証し、あるいは自らの強大さの証明として、いや多分に大変に誇らしい気分で公開した。


 世界は、「チュオンサ諸島海戦の直後」とされる記録映像のとびきりの悲惨と悲壮を目の当たりにする事で、映像公開者固有の文化の異世界ぶりを理解し、心から恐怖した。


 実際、その公開された記録映像は、人類が持ち合わせる悲惨方面への才能の高さを我々に見せ付けた。


 ただし、人民共和国には悪気は無さそうなのである。それどころか、民主主義国家群が何故に自分が公開した映像を目にして大きなショックを受けているのか理解出来ない様だ。


 ーーー文化や価値観が異なれば感受性も異なる。それ証明するのに絶好の事例。


 どうして、我々がその映像を見て思わず退いてしまう(・・・・・・)のか、さっぱり分からない様なのである。もしかしたら、彼等は我々のリアクションの原因が、彼等に対する「人種差別」にあると判断しているのかも知れない。


 よって、自らに非は一切ないと。しかし、さっきまで燃え上がっていた誇らしい気分に水を差されて、ちょっとくらいはムッとしたに違いない。


 ディスコミュニケーション。武器を捨てて話し合えば世界はすぐにでも平和になると言う人々もいる。しかし、逆に、その話し合いには人類を滅ぼす程に圧倒的な軍事力(武器・武力)を背景に行うと言う演出、つまり武器が不要なくらいの圧倒的なパワーが不可欠である気がしてならない。


 一つ間違えば、交渉者達双方が完全な共倒れを保証する危険と危険の間に貼られたタイトロープを歩む様なプレッシャーがあってこそ、一時的または短期的な平和が戦間期として生じるのだ。


 例えば、ケネディーとフルシチョフの間で行われたギリギリの交渉の様に。


 後は、戦間期を次から次へと継ぎ足す事で、連続した短期間の平和が実現する。圧倒的にパワーを持つ二国間の戦力均衡論である。覇権安定論と言わない事には理由がある。圧倒的にパワーを持つ二国の一方が完全な「自国ファースト」であるからだ。公共財を提供する気がゼロなのである。


 また、民主主義国家群は、人民共和国にとっての正義は、支配者としての正当性を示す為には、対立者や被支配者を無理なく踏みつぶす強さにこそ求められると言う事は、彼等なりの(・・・・・)経験則として学んでいた。


 しかし、話は戻るが、人民共和国は何故、南シナ海の領有にこれほどまでに固執するのだろう?


 それは、嘘か本当かもわからない、遙かに昔に領有していたと信じる巨大な大帝国の復活や、面子を立てたいだけとは思えない。


 少なくとも、民主主義国家群の価値観では、その様な主張を納得出来ない。


 であるならば、とそれなりに筋が通る人民共和国の戦略は以下であろうと推測した。

 

 おそらくは、深い海の領有を欲しているのだ。


 人民共和国の陸地が面する主な海は3つ。黄海、東シナ海、南シナ海。どれも大陸棚の海なので、水深が浅い。せいぜい水深200mしかない。これでは、核各ミサイル搭載原子力潜水艦を沈めておけない。すぐに発見されてしまうので、報復戦力として活用は期待出来ない。


 黄海は湾状の海だ。陸地に囲まれている。どこもかしこも、黄海を出て東シナ海へ進んでも水深が浅いので、軍事的には使い物にならない。大陸棚の傾斜が始まったと思ったら、そこはもう日本国の領海やら、接続水域である。


 特別軍事作戦への熱烈支援への対価として、ロシアから日本海(日本海溝)に面するウラジオストックを取り上げる政略はハデに失敗した。


 東シナ海を抜ければ夢にまで見る太平洋が広がる。そこから先は水深も突然に深くなる。核各ミサイル搭載原子力潜水艦を沈めておくには最適だ。しかし、その出口には宿敵である合衆国海軍、日本国、台湾民国が立ち塞がっている。しかも、どの海峡にも音響監視システム(SOSUS)が待ち構えている。これらを押し退けて日常的に通過するのは、なかなか難しい。


 南シナ海には、水深2千,000~4千,000mもの深い海域が存在する。スプラトリー諸島(南沙諸島)周辺が、深い海域の入り口となる。そこは彼等が保有する原子力潜水艦の母港である海南島も近い。


 つまり、


「"ミサイル原潜の聖域"を早急に確保したいならば、領有国が確定していない南シナ海全域をまとめて手に入れれば良い」


 のだ。


 文化が異なる民主主義国家群であっても、そうやって分かり易く説明されればある、主張の内容くらいならばある程度までならば把握出来る(共感はムリだが)。


 しかし、多数の人工島を作り、それらを漏れなく軍事要塞化し、永続的に維持して行く為の膨大な経費を考えると、そんな主張は所詮は机上の空論、いや「思い付いても試す価値すらない無茶なアイディア」でしかなかった。


 ーーーコスパもタイパも最悪だ。


 だから、合衆国は、人民共和国がスプラトリー諸島(南沙諸島)の海やリーフで埋め立て工事を始めた時、まさか不退転の決意で人工島を作っているとは夢にも思わなかった。


 その日。


 東南アジアには複数存在する立憲君主制国家の一つとして知られるブルネイ・ダルサラーム国と、メコン川の水位が定期的に(上流国の都合で)、航行上レベルではなく、農耕上の危険値まで下がる事に頭を痛めるベトナム社会主義共和国。


 その両国の間に横たわる南シナ海に、民間漁船の大船隊が突然現れた。


 大船隊は水深200mの浅い海を選んで、その海上を、とても民間船とは思えぬ程に統制の取れた船隊運動(・・・・)を維持ながら、颯爽と南から北へと進んだ。


 300隻を超える大船隊の漁船の甲板の様子は、とても異様な印象を見る者に与えた。


 それは、全船の甲板からは一切の漁具が取り払われ、代わりに機雷敷設レールが取り付けられていたからだろう。


 そして、その大船隊はレール上に搭載されていた荷物(・・)を海に投げ捨てて、身軽になって、そのまま大急ぎで母港へと帰った。


 その後、同じ規模の大船隊が同じ航路を進み、先と同じ様にレール上に搭載されていた荷物(・・)を海に投げ捨てた。


 その様子を、フィリピン沿岸警備隊とベトナム海上警察がそれぞれに所有する哨戒機のロッキード・P-3「オライオン」による監視活動を実行していた。フィリピンもベトナムも、突如現れた大船隊を人民共和国の軍事作戦の一貫と見て、外交ルートで抗議を送り説明を求めた。


 しかし、人民共和国は「その海域に該当する自国の船隊は認められない」としか答えなかった。


 レールに搭載されていた大船隊の荷物(・・)が何であるかは直ぐに判明した。


 第二世代の上昇機雷。


 旧ソ連が国外に輸出した機雷「PMK-2」をコピーし、人民共和国が独自に改良を加えた兵器である事が判明した。


 これは厄介な兵器だ。水深200mの海底に潜み、電力が続く限りパッシブソナーで接近する目標を探し続ける。目標をロックすると、水密内に収められている自動追尾型短魚雷を発射する。


 船隊の船数から逆算して、上昇機雷が最低でも1千,200機は南シナ海を南北に渡って施設された事になる。


 シンガポールから日本まで伸びる最もメジャーな航路が完全に封鎖されてしまったのだ。


 合衆国海軍は、直ちに近隣諸国と周辺を航行中の船舶へ警報を発した。それによって、多くの船がマラッカ海峡へ引き返したり、出港停止を余儀なくされた。また、インドネシア共和国も、マッカサル海峡を抜ける平行する航路を、安全が確認されるまでの航行中止勧告を発した。


 また、航路を失って途方に暮れる船舶を狙った、海賊による被害や脅威の報告も徐々に上がり始めた。特に、狭い海峡や島が点在する海域で足を緩めた大型船を中心に狙われてる様だった。


 人民共和国は、公海上や他国領海内での機雷施設事件に関する一切の関与を否定した。だが、周辺国家は施設された大量の上昇機雷は、人民解放軍が対台湾民国戦争の為に溜め込んでいた物資の一部を転用したに違いないと確信していた。


 それほど多数の海上民兵を保有し、燃料を供給し、小国であれば全ての倉庫を空にしても出てこない程に多数のホーミング機雷をたった一日で使い切れるパワフルな国家は、南シナ海周辺にはたった一カ国しか存在していない。自明の理である。


 見境なしで船を攻撃する浮流機雷と比べれば幾分はマシだろうが、発見困難な上昇機雷の取り扱い、撤去、処理は厄介で難しい。


 例えば、朝鮮戦争では、共産勢力側の浮流機雷が日本国の領海だけでなく沿岸まで到達して大事件になったと記録されている。


 何と、流された機雷が津軽海峡の奥まで入り込み、青函連絡船を夜間運航停止にまで追い込んでいる。また、辿り着いた新潟県の海岸で爆発し、地元の人々から60名を超える死者を出している。


 兎に角、海で使用される機雷と言うのは、種類を問わず、迷惑極まりないものである。現在のカンボジアや、将来のウクライナを末永く悩ます事になる対人地雷と同じくらい、一度施設してしまったら想像を超える長期間の脅威となる。実際、自分から起爆するか、誰かに命懸けで撤去されるまで、手が付けられない無差別兵器となる。


 タイ王国を目指す道程でバシー海峡へと接近しつつあった合衆国海軍・第5空母打撃群だが、佐世保基地まで戻らないまでも、ルソン島を左回り=遠回りとなるフィリピン海経由(フィリピン東沖側)へと進路を変えた。


 最悪の場合、人民共和国の通常動力潜水艦(マイン・レイヤー)が水面下で、別口の上昇機雷の施設に動いていた可能性も考慮する必要があった。


 タイ領海側のアンダマン海を目指している、原子力潜水艦(第7艦隊潜水艦部隊)の方はスケジュールに遅れはなかった。しかし、展開出来る戦力の種類や量の幅が極めて限定的である事から、揚陸部隊などを擁する水上艦艇による艦隊と比べるとプレゼンテーション力は大幅に低下する。


 蠢き始めた人民解放軍と比べて、民主主義国家群の動きは今ひとつ機敏さが見られない。これは、偉い人の思い付きだけ(・・)で組織を動かせないと言う、民主的な意思決定プロセスの緩慢さが原因であった。


 もちろん、勝利条件の厳格な設定や兵站関係の準備不足を気にせずに、ノリと勢いで戦争を始められる独裁国家の気質が羨ましいかと問われれば首を横に振るしかない。実際、「終わり良ければ全て良し」と言う価値観、甘い見通しで戦争を始められてしまっては、遅かれ早かれ戦争に動員される国民だけでなく、攻められる側の国家の支配者も困ってしまう。


 だから、それでだろう。


 英国領インド洋地域・チャゴス諸島沖を航行していた、海上プラットフォーム対応護衛艦の一番艦「ひゅうが」と二番艦「いせ」の艦隊に、一時的に所属を「連合スペースガード(USGA)」から日本国・海上自衛軍へ引き上げる緊急処置が告げられた。


 これら元・通甲板ヘリコプター搭載護衛艦は、第三次改装を受けた後は新艦種である「海上プラットフォーム対応護衛艦」を名乗っていた。そして、今では、流星迎撃技術開発用プラットホームとして、人員も含めて「連合スペースガード(USGA)」へ貸し与えられていた。


 国際貢献と言う一部の日本人が大好きな国外活動(言葉遊び)に従事していた。だが、突然にスマトラ島とジャワ島の海峡をと言う最短ルート通過して、タイランド湾へ入ると言う進路転進を命じられた。


 また、現在引き連れている補給艦だけでなく、途中で新たにいくつかの艦艇を寄せ集めると言う指示も入っていた。


 ーーー多国籍空母打撃群。


 オーストラリアやインドネシアの艦艇を束ねて、艦隊旗艦「ひゅうが」の体裁だけでも整えよと言う話だった。到着が遅れる合衆国海軍・第5空母打撃群に代わって、しばらくの間タイランド湾でのプレゼンスを示せと言う話だ。


 仕事は、指定された海域を留まり続ける事。


 多国籍空母打撃群の暫定旗艦に選ばれた「ひゅうが」と僚艦の「いせ」には、防衛装備庁(防衛省直下)・先進技術実証機試験隊の実験用航空群が配備されていた。人員不足が祟って、海上自衛軍の方は未だに艦載戦闘機の運用を始められていない(※2)。


 二隻の空母が擁する固定翼の飛行隊の構成は、航空自衛軍所属の二機の三菱・F-3Eと4機の三菱・QF-3Eの計5機だけだ。


「ひゅうが級」が原型であるだけに、戦闘機群を本格的に運用するには船体が小さ過ぎるせいだ。もっとも、本来の任務は戦闘ではなく流星迎撃である。本気の打撃艦隊を編成するならば、十分な航空機運用能力を擁する超大型輸送艦(LPH)「ながと級」の方が相応しい。


 固定翼関連だと、要員数はパイロットは少なく、その代わりに多くの技術開発担当者が乗り込んでいる。QF-3EはXナンバーは取れているが、洋上プラットホームから緊急離陸で行う流星迎撃任務は運用手段がまだ確立されていない。つまり、まだまだぶっつけ本番な(イレギュラー)作業だ。


 結局、正式運用に入る前に、数々の先進技術を実証し続ける必要があるので、有効なマニュアル作りには絶対的に終わりがない。「ひゅうが」と「いせ」で実証された技術は、そのまま正規空母をプラットホームとする流星迎撃隊へと下ろし続ける流れが出来てしまっているせいだ。


「ひゅうが」と「いせ」に搭載される4機の三菱・QF-3Eは、コックピットが後から取り払われたか、最初から存在しなかった人工知能搭載の無人機である。現在は、無人機による流星迎撃の精度を上げている真っ最中でもあった。


 天災からの防衛を目的とした装備は持ち合わせていても、攻撃を目的とした意図した装備は持ち合わせていない。そのせいで、「ひゅうが」と「いせ」には、固定翼機用のパイロットは合わせて三人しか乗り込んでいない。


 そして、実質一人だけのメイン・パイロットと言うか、4機の無人機の教官兼保護者は、馬毛島にある田原航空警備保障から出向している、三菱・F-3の開発に長く関わっている朝間ナヲミ技術三佐であった。

※1= 何時になったらルイズに召還してもらえるんだろうか? 準備はすでに万端なのだけれど・・・。これは愚痴である。


※2= 一応、厚木航空基地を本拠地とする第51航空隊のPEACOCK(第511飛行隊)が、海上自衛軍の戦闘機隊の実験開発を担当すると見込まれている。それが何時になるのかは全く未定だが。

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