星が落ちた跡で。 〜8
太陽系外物体であったアカパンダ(3I/2039 B1)が突然に太陽系へ襲来して以後、地球を繰り返し襲う様になった流星被害。
地球に降って来るのは、主にアカパンダ(3I/2039 B1)を起源とする氷の塊だ。それら一つ一つが、地球へ激突する寸前に、人類が用いた"奇跡"が進行方向を反らす際に発生した太陽系外物体の破片である。
その後、地球へ向かう太陽フレアが発生したりもした。一部の人類、知性的な見知で限られた極々上澄みの人々は、歴史上初めて"人類以外の深刻な脅威"を経験し、生き延び、その自然災害が決して最後のディザスターとはならない事を学んだ。
それ以来、惑星間空間を漂う小惑星並みに巨大な"隕氷"が引き起こす被害から人類の営みを守る為に、地球人類は持てる力を持ち寄って団結した。
ただし、地上に存在する全ての集まって、"たった一つ"となって善処した訳ではない。民主主義国家群と権威主義主義国家群と言う、主に二つの陣営に分かれて、それぞれが個別に流星への対処を行っていた。
実際には、主要な二つの陣営とは異なる第三勢力も存在した。しかし、第三勢力のほとんどは、二つの陣営の間をフラフラと行ったり来たりする日和見主義国家群に過ぎなかった。積極的なプレイヤーではなく、あくまで大樹に寄生して甘い汁を吸うノン・プレイヤーを演じていたのだ。
極一部の人類、知性的な限られた上澄み以外には、始まったばかりの地球の危機が、二又外交を演じる事で、経済大国から多額の援助を引き出すのに持って来いの機会としか捉えられなかった様だ。
事実上の第二次冷戦が発生していた。ただし、前回の冷戦ほどにホットな冷戦ではなく、どちらかと言うと冷や飯だったかも知れない。オマケに、民主主義国家群の側にはそんなモノを喰わせられているつもりはなかった。
あくまでも、第三者からの批評である。それだけに、的確に真実を突いていたかも知れない。人間と言う生き物は、他人事ならばかなり正確な分析を行う高い知能を持っている。ただし、自分の事となるやいなや、高い知能を引っ込めて高い痴脳、或いは恥脳をついつい引っ張り出してしまう。
何故、冷や飯ぐらいなのか。それは、残念な事に、民主主義国家群の側が、権威主義主義国家群にハブられてしまった。もっとも、一風変わった政治的信条の持ち主達に限っては、民主主義国家群が世界から孤立していると認識していた様だが。
流星は平等だ。人間の都合が、その発生、有り様、被害には一切繁栄されないと言う意味で。
天災であるが故に、民主主義国家群へも権威主義主義国家群へも日和見主義国家群へも、分け隔て無く被害を与える。流星被害最初期には、その確率に支配される平等の結果に、神聖主義者などは「神への信心」や「神の怒り」などの精神性を求めていた。その思想にシンパシーを感じる人類も相当数が存在していた。
だが、いくつかの流星が、神の加護で最も厚く守られている筈の「神の家」に始まるその他の"厳かが詰め込まれている筈の建屋"などなどを、俗界の建物と同様の確率で破壊して見せた。また、人道的に被害を与えるべきでない病院を完全に潰しながらも、逆に多数の重犯罪者を収監する刑務所は傷一つ付けずに過ぎ越したりもした。
もしかしたら、神道的には、多数の重犯罪者の方が優先的に守るべき子羊であり、犯罪を犯す事なく真面目に生きて来た普通の人々よりも、よっぽど重点的な配慮を施すべき必要があったのだろうか? それとも、真面目に生きて来た普通の人々を地獄の様である地上へ置いておくのが忍びなく、良き信徒達を優先的に天国へ昇らせる為の配慮として被害者の列に加わらせたのだろうか?
そうなると、流星被害による死亡を免れた者達は、揃って重犯罪者と等しく、地獄の様である地上へと意図的に取り残されたと言う解釈も可能となってしまう。
これでは、神秘的な要素が流星被害の結果を決定すると言う神学的理論は、神秘主義者にも現実主義者にも、いずれの側にも道徳的に不都合、或いは不愉快な解釈となってしまう。
被害対象の選別に必要な要素は、オカルト的或いは道徳的な影響力の大小ではなく、単純な数学的な確率論に過ぎない事を、あまりにもあからさまに見せ付けてくれた。
神は天災に影響を与えない。干渉する能力、或いは干渉する思惑を持ち合わせていないと言う可能性。
精神的なモヤモヤを通じて、薄々と信仰への疑念に気付かされた哀れな羊達は、多用性豊かな手段でパニックに陥った。しかし、それも長くは続かない。少しずつではあるが、"祭り"は確実に終息し始めた。
21世紀中盤である現在では、少なくとも、経済的に豊かなであったり、政治や治安が安定している国々住む羊達の間では、その手の超自然的解釈は徐々に非主流な話題へと落ちて行った。
ただし、流星被害を神が人類へ与えた罰であると捉えて、甘んじて被害を受け入れ様と言う人々は、その後も常に一定数が存在していた。
一定数。つまり、流星が来ようが来まいが落ちようが落ちまいが全く関係なく、純粋に神を怖れ敬う事に心の拠り所を見出す人々は存在し続け、決して増えそうではないが、絶対に消滅しそうにもなかった。
民主主義国家群と権威主義主義国家群は、意外にも同じくらい現実主義者として振る舞い続けた。政経分離の信念に従った訳ではない。単に、神という顔も見せてくれない全知全能者に救いを求める閑など無かったからだ。次から次へと落ちて来る流星の破砕や、進路の海洋や地表の過疎エリアへの誘導に忙し過ぎた。
民主主義国家群へも権威主義主義国家群にとっても、流星迎撃作業を進める上で最も頼りになる道具は、合衆国方式、或いは「直接上昇方式」と呼ばれる衛星攻撃兵器であった。
それはミサイルを大気圏内から打ち上げて、大気圏外を飛行する脅威と見做した人工衛星に直撃=破壊=無力化させる事を主眼に置いて開発されたと兵器の末裔だ。コンセプトの源流は、合衆国・空軍には採用されなかった空中発射式の対衛星ミサイル「ASM-135 ASAT」の存在が広く知られている。
一方、それ以外の方式も存在する。60〜70年代の学校教師達の多くから共感をもぎり取ったプロレタリアートの代表国家=ソビエト連邦が開発したソ連式、或いは「共通軌道方式」と呼ばれる別種の衛星攻撃兵器である。
それは人工衛星を通常のロケット・ブースターで地表から打ち上げて、脅威と見做した人工衛星の軌道を狙って投入して、水平軌道または交差軌道へ入り、最後に至近距離からの自爆によって標的を破壊=無力化させる事を主眼に置いて開発された。古い世代の元・若者なら一度は必ず耳にした事のある「キラー衛星」として、広く認知されていた。
共通軌道方式は、直接上昇方式に比べて即応性に乏しいと言う問題も抱えていた。また、ゆっくりと軌道遷移による攻撃作業を行っていては、途中で察知されてしまうかも知れない。標的に軌道遷移を繰り返されて攻撃を回避されてしまう可能性が高くなる。
だから、ソビエト連邦もその後に航空機をプラットホームとする、空中発射可能な直接上昇方式の開発に着手した。そして、開発に失敗している。それも、実験的な試し打ちも行われないまま。
超音速を維持したままのズーム上昇飛行の果てに、戦闘機レベルの大きさのプラットホームから大型ミサイルを安全に発射する事は想像以上に困難だった。流星迎撃の場合は、最終段階で一度プラットホームの姿勢を整える必要があるから尚更だ。
更に難易度を上げるのが、衛星攻撃兵器が実質、二段式のロケット・ブースターである事だ(三段式の場合もある)。下段を投棄してから、続けて上段のブースターを空中で確実に点火させるのは難しい。
合衆国にとっての衛星攻撃兵器の原点は、1950年代後半に始まって終わった「ボールド・オリオン」や「パイロット・ロケット」にこそあるだろう。前者は二段式または三段式のブースター。後者は五段式のブースター。
合衆国・空軍主導の「ボールド・オリオン」は、ボーイング製の戦略爆撃機であるB-47「ストラト・ジェット」をプラットホームとしていた。ASAT運用実験では、低軌道を飛行する観測衛星「エクスプローラー6号」の軌道を掠める事に成功した。もし、核弾頭を搭載していれば破壊出来ていただろうと評価されている。
合衆国・海軍主導の「パイロット・ロケット」は、空母艦載の戦闘機をプラットホームとしていた。求められた仕様は、低軌道を目標とした積載量は約1kg。
空軍主導の計画の方はその後も開発が引き継がれ、1985年には対衛星ミサイル「ASM-135 ASAT」の成功まで到達している。
当時は未だ基礎技術のレベルが低かったが故に、合衆国は衛星攻撃兵器を一つのスタイルへと到達させるのに、四捨五入で30年と言う時間を費やすしかなかった。先駆者の憂いはそこにこそある。
人民共和国は、合衆国から更に送れること約20年。中距離弾道ミサイル転用型/直接上昇方式の衛星攻撃兵器である「開拓者シリーズ」に開発に成功した。
当時としては、公開されている特許、買い求められる機器、それらを支える非現実的な予算さえあれば、誰にでも挑戦出来る様になっていた。だが、敢えて誰も挑戦しなかた時代に、人民共和国が突然に手を上げて颯爽と立候補した。
その後、地上発射型シリーズではなく、信頼性が低いとは言え、やや大きめな一人乗り航空機をプラットホームとして空中から打ち上げられる程に小型化した「先行者シリーズ」の開発に成功している。
ソ連が人類史に印した数々の宇宙開発の失敗を顧みれば、人民共和国と人民解放軍が成し遂げた業績は高く評価して然るべきだ(批判すべきは、その偉大な業績の使い道や使い方だろう)。
民主主義国家群へも権威主義主義国家群の両者は、衛星攻撃兵器を流星迎撃に転用する事にした。それ以外に、直ちに転用可能な打撃力を思い付かなかったせいである。
いや、人類が衛星攻撃兵器を既に開発していた事実こどが僥倖であったと言うべきだろう。人類は、過去に手にした物を足掛かりにして、流星迎撃に更に特化させた「対流星ミサイル」と言う新たな発明を成し遂げた。
民主主義国家群は、更に、ミサイルを誘導する為の対流星センシング技術とミサイル誘導技術を獲得した。それによって、「対流星ミサイル」と「対流星センシング」と「ミサイル誘導技術」を統合した、新しい次元の「地球防衛システム」を完成させた。
これは日本国の新幹線システムに近い概念だ。「新幹線」とは乗客を運ぶ電車を指してはいない。電車を自動管理する「CTC」、在来線電車や自動車が立ち入る踏切を排除した「専用線」、地震を感知したら瞬時に給電を止める臨機応変な操作を受け付ける「送電網」などを引っくるめた、「コムトラックスミス」や「コスモス」などの巨大なシステムをも含めた全体構成を指している。
真に、上から下まで、右から左までの文字通り全てである。
「新幹線で利用する電車」だけを購入して自前の在来線で走行させたとしても、それは「新幹線」ではない。「新幹線」のコスプレをした在来線に過ぎない。
我々が普段目にする「新幹線」の電車は、あくまでも新幹線システムの一面と言うか、比較的使い捨ての一端末に過ぎない。システムの真価は我々が普段目にしない裏の部分にこそある。
「地球防衛システム」の真価も、直接的に流星を破壊するミサイルにではなく、むしろ流星を発見し、追跡し、ミサイルを誘導するシステム全体にこそある。高度に発達したミサイルだけ用意出来ても、流星迎撃の何の役にも立たない。せいぜい、勇ましい打ち上げシーンをTV映像で公開して、国威発揚させる程度の効果しか見込めない。
魂は目に見えない部分にこそ宿る。「新幹線」の電車にも、「地球防衛システム」の流星破壊ミサイルにも、それぞれシステムの根幹=魂=真価は宿ってはいない。「新幹線」の電車も流星破壊ミサイルのいずれも、所詮は使い捨ての消耗品に過ぎない。
ただし、その真実を人類の大半にしっかりと理解させる事は不可能である。人類の大半は目に見えるモノだけを知る。見えないモノは無視する。
故に、流星破壊ミサイルを含めた「地球防衛システム」と言う真実は無視して、マスメディアへ配布される資料は流星破壊ミサイルが中心となっている。また、「流星破壊ミサイル」と言う呼び名を公式に用いては「戦争を連想させる!!」とか、「軍靴が・・・!!」などと金切り声でと叫ぶ、感受性が豊かなだけでなく自意識までもが肥満し過ぎの人々への配慮として、単に「破壊筒」と言う固有名称が与えられている。
しかし、何故、合衆国が実用化した方式で、流星破壊ミサイルの開発は統一されてしまったのだろうか? 感受性が豊か過ぎる人々の大半が妙なシンパシーを感じて止まない、ソ連式が支持される陣営があっても良かったのではないだろうか?
その理由は一つ。今そこにある危機に直面すると、感受性が豊か過ぎる人々であってもイデオロギーやシンパシーの社会的正しさを一瞬忘れて、実用性の一点を重視する様に変わるからである。特に彼等の指導層が、大好きなイデオロギーやシンパシーも、生きていてこそ追求出来る出来る娯楽であると、良く理解出来ているからである。
出物、腫れ物、更に流星も、絶対的に現れるべき、場所、状況、時を選んではくれない。むしろ、どう言う訳かもっとも痛いところ、痛い状況、痛い時を突いて来るものだ。
だから、悠長に事を構える共通軌道方式のキラー衛星ではなく、対衛星ミサイル「ASM-135 ASAT」の正統進化系である直接上昇方式、それも航空機から打ち上げられる小型の「破壊筒」の方を使用するのが現状ではベストと評価されていた。
「破壊筒」は、他国を攻撃する為の兵器ではなく、工事現場で利用するダイナマイトの様な、一般的に普及した、破砕用爆発物=単純で普遍的な道具の一つとして扱われていた。或いは、あくまでも流星被害から人類を守る為の必要不可欠な盾として。だから、対衛星ミサイルと言う物々しい名称は敢えて使用せず、まともなマスメディアであれば単に「破壊筒」とだけ呼んだ(※)。
合衆国が「連合スペースガード(USGA)」へ提供している「破壊筒」は、ボーイング社製である。ただし、ボーイング社はあくまでも生産・開発の取り纏め役に過ぎず、世界に散らばる同盟国内の企業が相当部分のパーツをワシントン州にある最終組み立て工場へ納入する事で、空前の規模の大量生産に漕ぎ着けている。
基本は運動エネルギー弾頭であるが、相当な割合で核弾頭を搭載している。
通常のタンデム弾頭で重量は1千,250kg。全長は最短で6m。直径は基本的に63cm。最大到達高度は中軌道。
プラットホームとなる航空機は標的となる流星を目掛けて離陸する。スクランブル発進で高度2万0,000mを軽く越える高見へと登る。ただ単純に上昇するだけでなく、指定された空域、指定された方向、指定された仰角、指定された速度など、満たすべき要求は数多である。
極めて困難な作業だ。その都合で、航空機が搭載出来る「破壊筒」は基本的に一本だけとなる。
戦略爆撃機など大型で図体の大きな機体をプラットホームにしてしまうと、離陸までに時間が掛かり、更に高度2万0,000m以上まで上がるのにも更に長い時間が掛かる。
結局、最短時間で流星迎撃のポジションへ着くには、高性能な迎撃戦闘機を利用するのがベストと考えられていた。少なくとも、ペーパー・プランに過ぎなかったロックウェル社の可変翼超音速戦略爆撃機・B-1R「ランサー」を完成させるよりは費用対効率が良いと評価されていた。
「地球防衛システム」にとって、対衛星ミサイルは飽くまでも消耗品に過ぎず大した価値はない。少なくとも、「連合スペースガード(USGA)」にとっては、タダでくれてやっても良い程にどうでも良いモノでもないが、絶対的に他の陣営の情報機関から守り抜かなければならない気密の塊と言う訳でもなかった。
そして、合衆国を代表とする民主主義国家群も、開発主導国であった合衆国が下した評価を共有していた。
仮に、「破壊筒」を権威主義国家群に奪われて丸ごとコピーされたとしても、自分達が運用している「地球防衛システム」をコピーされた事にはならない。肝心の部分は、そんな一回限りの使用で壊れてしまう消耗品には一切含まれていない。コピーすべきは、地上施設、空中施設、軌道上施設の全てである。
そして、それらは所詮はハード部分であり、「地球防衛システム」の核は頻繁に更新されるソフト部分にある。ソフト部分には、実際に配置に着く大量の専門家達の熟練度まで含まれる。
こんな膨大なシステム。どうやってコピーしろと言うのだ。おそらく、全体を統括して把握出来ている人間は居ても数人。いや、把握出来ていると思っているだけで、実際はそれも誤解かも知れない。
航空機や戦闘機の開発の様な巨大プロジェクトが困難なのは、膨大な情報と膨大は関係者のマネージメントに因る部分も大きい。しかし、この構図はとても抽象的である(と思われがち)なので、一般国民はおろか、自分を賢いと信じて止まない報道関係者にも理解し難い。
就職経験ゼロの教師が生徒への就職指導を行う際に、的外れなアドバイスを本気でしてくる事がある。それもこれも、同じ構図。自らが素人であると思い付けない、頭の固さが元凶である。
民主主義国家群と「連合スペースガード(USGA)」としては、こう言うことは互いに疑ったり、確認し合う必要がある話とは考えていない。共有出来ていることが大前提で全ての話が回っている。
故に、民主主義国家群と「連合スペースガード(USGA)」は、権威主義国家群=人民共和国も自分達が下した評価を何に問題もなく共有出来ていると疑っていなかった。
自分が賢いと誤解する人ではなく、本当に賢い人が取り返しの付かないミスを犯す原因の一つはこれだ。
他人も自分と同じくらいに賢く、開かれて、柔軟な思考を持っていない筈がないと言う誤解。
人間とは、自分より賢い人に対しては興味を抱く。だが、そうでない人に対しては無関心しか抱いていない生き物である。
民主主義国家群と「連合スペースガード(USGA)」は、彼等が保有する「破壊筒」に似たようなモノを人民共和国も保有している事を知っていた。そして、それが、「破壊筒」と比べれば拙いモノであるが、それでもまったく使えないモノでもないと情報活動を通じて知っていた。
だから、それ以上は追求しなかったし、命懸けの情報戦はしなけなかった。
しかし、無関心を貫いたのは結果的に世界だった。人民共和国は「破坏缸」と呼ぶ、彼等が作った「破壊筒」の類似品を、最重要機密として指定していた。更に、偉大なる党の幹部達も、「破坏缸」が流星破壊システムの根幹であると誤解さえしていた。
民主主義国家群は人民共和国と言う存在を、危険な事にかなり理想化した状態で受け止めていた。それは、人民共和国にとっての民主主義国家群の受け止め方も同じだった。例え愛し合っていなくても、お互いで認識を理想化し合う場合は多々ある。
特に、男女の間でそうだが、お互いにその様な底なし沼へ落ちるのは、コミュケーション不足が原因である。例えば互いに寡黙であれば、あらゆる振る舞いが、互いに何事も互いを高く評価する方向に勝手に働く。
特に、互いの母国語に不慣れな男女同士であれば、その傾向は加速する。だたし、いずれかがパートナーの母国語を幅広く理解する様になると、その危うい均衡が唐突に崩れる。コミュケーション不足が解消されればされるほど、理想化が解かれてしまう。
隠されていた互いの正体が明らかになってしまう。遅かれ早かれ、自分が愛していたパートナーが自分が想像していた程に完璧でない事がバレてしまう(いずれは、犬も食わない何やらに発展するのは必至)。
民主主義国家群は、人民共和国が経済的に豊かになれば民主主義国家へと変貌する事を望まない筈がないと考えていた。そして、メリットとデメリットを量る事でギリギリに交渉が出来る大国であると信じていた。
人民共和国は、民主主義国家群が自国を自ら演じている軍事大国振りを徹頭徹尾で信じ切っていると考えていた。だから、自国の事を夜も眠れぬほどに怖れていると信じていた。そして、命よりも大切な面子を守る必要性を理解し、十分に配慮してくれない筈がないと評価していた。
こんな相互誤解が極まった状況で、問題は誰もが予想しない形で始まった。
その日、タイ国の、少し旬が過ぎた有名動画配信者が、国外から密輸した大型飛行ドローンをメコン川を越えて、ラオス側へと侵入させた。明らかに航空法だけでなく、タイ国内法違反であった。しかし、音信不通になっているラオスの現状の第一報を、自分の手で世界に向けて報じられれば儲かると判断していた。
報道規制で雁字搦めになっているマスメディアを出し抜いて、タイ国内有名動画配信者から、世界的な有力動画配信者へのステップアップを図りたいと言う野望もあった。
ともかく、有り余る虚栄心が、彼を社会的な冒険へと誘った。
メコン川岸から少し離れた森の小道に停車したピックアップトラックの荷台から、大型飛行ドローンを垂直離陸させた。運転席のモニターで、大型飛行ドローンに積まれたカメラの映像を確認する。もちろん、映像は配信中だ。ライブで流せば、仮に国境警察に身柄を拘束されても成果だけはネット上に残る。
大型飛行ドローンを高度300m以上に上げて、地上からの肉眼では発見し辛い宙域を飛行させてメコン川を渡らせる。そのまま、ラオス領空へと無断侵入された。
メコン川沿いのラオス国道13号線に沿って、上り方面へ移動させた。
ナグナム川が土石流に襲われた跡が上空から確認出来た。しかし、それ以外はあまりハデな。いや、不謹慎であるが彼ちフォロワー達の大好物であるバエる被災映像は撮れなかった。
少し落胆した。配信を眺めているフォロワーのコメントもつまらないと言う主旨のものが多かった。何事も他人事であり、彼等が求めているのは人々の安穏ではなく、自分一人だけを興奮させるエンターテインメントであった。
そんな時、下方に円筒形の何かが折れた様に見える奇妙な物体が見えた。光を反射しているので目立った。
彼はもしかしたら「美味しい映像が撮れるかも」と期待して、大型飛行ドローンを降下させて近付ける。
それは森を伐採後に放置された斜面に転がっていた。
大型飛行ドローンは円筒形の何かに直線距離で10mまで近付いて、カメラで舐めるように映像を配信した。もちろん、4K画質でだ。
何やら、漢字の文字で何やら記載されている。それとアラビア数字。
更に黄色と黒色のシンボル・マークが見える。中心にある黒の円を、三つの黒色の葉が取り囲んでいる。
彼は、大型飛行ドローンを更に近付けようとした。すると、映像に火花をチラした様な乱れが生じ、視界が急激に狭まって、遂にブラックアウトした。大型飛行ドローンが、何らかの事情で機能を停止して地上に落下したらしい事が分かる映像だった。
大型飛行ドローンは、操作者に対してまったくリアクションを見せなくなった。つまり、彼は虎の子の撮影用大型飛行ドローンを喪失したのだ。
2万0,000ドル以上の大枚を払って密輸した道具を失った。彼は自分を見舞った不運に憤り、まだネットを介して繋がっている自身のフォロワー達に向かって、代替の大型飛行ドローンを買い直す為のお布施を乞い始めた。
彼のフォロワーのほとんどは、映像の最後に見えた黄色と黒色のシンボル・マークが何であるのかに気付かなかった。いや、そんな事には興味もなかったのだ。いや、知識が不足していただけだ。実は、それの正体は退屈に殺されそうなヘヴィー・ネットユーザー達を興奮どころか卒倒させるに足りる大スクープであったからだ。
ただし、エンターテインメントではなく、自分達が住む世界の存続を怪しくさせる代物だった。
ーーー国際放射能標識。
放射線を常時放つ、放射性物質の存在を示す警告マークである。
大型飛行ドローンは、おそらく、円筒形の何かが発している電磁波の影響を受けた為に、電子回路が物理破壊=各部がショートして機能を停止してしまった。
半径5mで電子機器を瞬殺出来るレベルの放射性物質汚染。
三つの黒色の葉、三種類の放射線、つまりα線β線γ線が放射される怖れを示している。
大型飛行ドローンが墜落してから5分後に、「連合スペースガード(USGA)」がこの動画に気付いた。更に、30分後に、人民共和国も気付いた。そして、映像の内容を知り、眉を顰めた。
金属の表面に放射性を示す三葉と「小心」や「核弹头」の表意文字が認められる。
「連合スペースガード(USGA)」と人民共和国の見立てはまったく同じだった。
ーーーラオスで発見された円筒形の何かの正体は、人民解放軍が流星迎撃の最中に打ち上げた「破坏缸」の不発弾。それも、核弾頭を搭載する。
おそらく、ロケット・モーターの不調が原因で、メコン川近くまで宙を流れてしまったのだ。
「連合スペースガード(USGA)」としては、「ああ、やっちまったな」だった。しかし、事故は事故。起こってしまったことは不本意でも謝罪して、原状回復して、賠償を行うしかないなと心の中で同情を示しただけだった。
しかし、人民共和国はそうではなかった。もっとナイーヴでナーヴァスでエキセントリックだった。「こんな事が起こるはずがない」とか「宇宙大国がこんな失敗をする筈がない」と、完全に力を失った喉を絞り上げて漏らした。そして、民主主義国家群とタイ国による隠謀であると結論付けた。それも瞬時に。
ーーー認めがたい現実を力業でひねり潰す。
見えない、言えない、聞こえない、と全力を振り絞って否定する。
面子的に、自国の核弾頭搭載ミサイルが不発で、更に(人口密度が低いとは言え)人間が住んでいる地域のど真ん中に落下して発見され、更にその映像が世界に向けて配信されてしまったなど認められるはずがない。
ーーー我的天啊。
屈辱だ。こうなればもはや雪辱しかない。
人民共和国の主観に因れば、これは回避不能の戦いだ。所謂、聖戦とか大祖国戦争みたいな、絶対に翻意が許されないアレである。
民主主義国家群とタイ国の客観に因れば、酷い因縁の付け様としか言えない。部外者から見てもとばっちりも良い所である。
双方の間で落とし所のない不具合が突然に一方的に盛り上がる。主観的には、いずれの側から見ても相手に非があり、自身は晴天潔白で沁み一つ無い。真に多用性の極みである。多極な価値観とは、この様なディスコミュニケーションを引き起こさずにはいられない。
多用性を尊び、多極な世界を求めると言う事。それは、次から次へと争いの種が生み出され、それを必死に捌き続けなければならない忙しい世界の到来を望む事に他ならない。
ただし、その手の世界市民や進歩的人々が、そんな阿鼻叫喚の世界を望んでいるとは思えない。ならば、彼等は揃って、自分の願望実現の先にある世界が阿鼻叫喚に満ちあふれるだろうと言う現実が見えていないに違いない。
昔、サロット・サルとか言うカンボジア人が居ましてね。そんな感じで無邪気に革命を達成して、母国を原始共産制国家となるべく改革しようと頑張りましたよ。
当事者でなければ、その手の不具合たっぷりの世界を眺めて過ごすのは愉しいかも知れない。まるで、流行りのドラマに熱中するように満足出来るかも知れない。争いが起こっているのが海の向こうであれば、安全圏にいながら争いの悲劇をロマンたっぷりに語ったり、陶酔したり出来るだろう。
しかし、突然に不具合たっぷりの世界の外縁が海を越えて自分達の世界にまで到達するかも知れない。視聴者から当事者へとステイタスが急変して、戦乱の魔の手が自分の仕事場、食卓、家族まで伸びて来るかも知れない。それでなお、多用性を尊び、多極な世界を求めることは出来るだろうか?
因縁を付ける方と、因縁を付けられる方に、同じ立場で同じテーブルに着いて交渉しろと言っても無理がある。
因縁を付ける方には主観的な正義があり、因縁を付けられる方にも、全く異なった二つ目の客観的な正義があるのだから。
正義と正義のぶつかり合いは、経済的問題では絶対的に起こらない。大抵の場合、政治的、或いは宗教チックな問題で起こる。不寛容の根本にあるのは、大抵の場合は、自分だけが絶対的に正しいと言う正義。
金持ち喧嘩しない。正確には。承認欲求が十分に満たされている者は喧嘩しない(過去に満たされた経験がある者にもこの傾向が強い)。これはけっこう正しい。宗教・信仰ってのは、客観的な根拠不在の正義と言う発生条件が整わないと発生したり、長く維持出来ないものだからだ。
金でなくても、何かで心が満たされている人間は、客観的な根拠不在の正義には一切価値は見出さないし、頼って身を寄せようなんて愚行は思い付かない。
しかし、だからこそ、この問題は根深い。何かで心が満たせずにいる精神的飢餓状態にある人間にとって、宗教・信仰ほど魅入られるモノはなく、想像力の不足によって、自分外の、例えば何かで心が満たされている人間も同様に魅入られない筈がないと誤解している。
一言で表せば、心が満たされていない人間にとっては、何が何でも妥協する気になれない、金銭のやりとりなどで片づく下賤な話でない。だからこそ、ついつい意固地の迷宮へ入り込んでしまい、交渉を通じて折り合いを付けられなくなる。または、しばしばテンパってしまって、真面な判断を下せない状態に陥る。安っぽい自尊心を守るようように、最も大切な何かを躊躇なく捨ててしまいがちになる。
話が拗れる。現実が抉れる。それでも自らの正しさを世界に対して誇示せずにはいられない。世界に問うのではなく。
マンモスを追っ掛け回していた我々の祖先であるクロマニヨン人の時代から、我々の精神レベルは大して進歩していない。もしかしたら、他者を受け入れる寛容性に限れば後退すらしているかも知れない。特に、心が満たされていなかったり、自己評価と社会的評価の大きな格差があって、それに悩んでいる固体であればあるほど。
人民共和国は、いや、認め難い現実に絶望した指導者達は、自分達を甘やかしてくれない方の世界との、言葉による対話を潔く諦めた。代わりに、たった今からは武力による対話に徹する事に決めた。
実際に、彼等が人民共和国領土と信じる全域(※ 国外の実効支配地域含む)で、戦略級ミサイル基地や戦略様原子力潜水艦への通信が爆発的に増大し始める。それも、過去に観測出来なかった暗号を使って(※ そう言うものがある事を知らなかった訳ではない)。
不穏な気配を察知した民主主義国家群は、「連合スペースガード(USGA)」と言う看板を掲げたままでは対処不能な事態に発展し終えている事に気付かされた。
合衆国は、久しぶりにデフコンを、レベル「3」へと引き上げた。
合衆国・国防長官が宣言すると同時に、「連合スペースガード(USGA)」加盟国もそれに引き摺られる。使用される無線通信において、機密度の高い秘匿コールサインへと切り替えた。
360分後、デフコンは、更に、レベル「4」へと引き上げられた。戦略航空軍団に戦略爆撃機がスクランブルで離陸し、長い長い空中待機状態へと入った。更に、大陸間弾道ミサイルの管理・確認作業が開始された。
古い「能」の演目に「百萬」と言う作品が存在する。それは嵯峨野を舞台とする狂女物である。
ーーーもう、「理解ある彼君」ではいられない。
合衆国・統合参謀本部は、深い溜息の後に、こう呟いたとか、呟かなかったとか。
同時に、ラオスが被った流星被害の悲惨さを、世界と合衆国は一時的に忘れる事にした。
これは、これから起こる混乱が終わった時に生き残っていたらキチンと思い出すと言う意味でもある。
※= 21世紀中盤になっても、日本国内に限れば、「破壊筒」を指して「隣国を恐怖させる汚い宇宙兵器」であると連呼して、製造に手を貸す日本国企業とそれを推進する日本国政府を激しく非難する陽気なマスメディアも存続しているだろう。




