星が落ちた跡で。 〜7
21世紀中期のタイ王国には、「アリンタラート」なる民間軍事会社が誕生している。
その戦力の幅は陸海空の”三軍を網羅する"。
正しくはその戦力の有り様は"三軍の隙間を埋める"かも知れない。
基本的には、タイ王国三軍をサポートする為の組織である。タイの様な国であるからして、「アリンタラート」には民間資金も流れているが、国家安全保障戦略の根幹であるからしてその総量が49%を超える事はない。
いや、許されない。それは、「アリンタラート」が実戦に投入される場合、それは完全にタイ王国首相の意向が反映されていなければならないからだ。
つまり、タイ王国政府の私兵。ただし、従来の三軍と違って、フットワークが極めて軽い。本物の軍が動き出すまでの間、捨て身で時間稼ぎをしたり、突破口を切り開くなどの活躍が期待されている。
合衆国にとっての海兵隊的なポジションにある組織と言えば解りやすいだろうか。議会の承認を待たずに使用出来る、即時展開可能な戦力=抑止力である。
その装備は、航空戦力に限れば基本的に合衆国製の中古。どこかの砂漠から引っ張り出してきた再生品だ。例外は、タイ王国空軍が使い古したスウェーデン製のグリペンだけだ。
その日、「アリンタラート」の航空士官であるティティワット大尉は、愛機のボーイング・FA-18A+「ホーネット」でラオスの山岳部上空を飛行中だった。
尾根をスレスレの距離を保ちながら、亜音速で器用に飛んでいる。
FA-18は、音速までの加速力が悪く、音速からの加速力は更に悪く、おまけに翼面荷重が比較的低い。だから、低高度での突風を喰らえば、ただちに姿勢を崩す。
正直、天候が悪くないなら、F-104系に代表される翼面荷重が高い機体の方が、今回のミッションには向いている気がしてならない。しかし、道具は自由に選べない。常に手持ちの道具で工夫してやり切るしかない。
だいたい、「アリンタラート」がFA-18を入手した理由は、不人気モデルであったせいだ。
FA-18は合衆国の空母搭載分と、少数の国の軍隊でしか採用されなかった。だから、中古品として市場に流れる玉数が少ないと言う事情がある。当然、消耗品のサプライ市場も小さい。そうなると、消耗品の単価が爆上がりしてしまう。
買い易いが、運用は難しい。安いには必ず理由がある。お買い得品はあっても、割安品など、兵器市場においては絶対に存在しない。
更に悪い事に、FA-18のエンジンは双発だ。陸上での運用予定に機体に、海上でならば望ましい生存性の高さはさして重要でもない。にも、関わらず整備の手間は二倍となる。パフォーマンスがコストに見合わない。金食い虫となる事は決定事項である。
「アリンタラート」だって、運用コストを考慮して、本当ならF-16を買いたかった。自国の空軍もF-16の運用経験を持っていたので、そちらを所望していた(自国の軍が使用していたお古の方は、1990年代に陽気な整備を徹底し過ぎたせいで機体の状態が悪過ぎた)。
しかし、F-16は21世紀中盤になっても、未だにアップデートが終了していないベストセラー機種である。であるからして、スポンサーが捻出出来る資金では数を揃えられる訳もなく。結果として、不人気機種のFA-18の選択はなかった。
まあ、EA-18ならば、合衆国、オーストラリア、日本国などが辛うじて運用中なので・・・と言い訳してオブソリート品となって久しいレガシー・ホーネットを購入するに至った。
戦闘用途では世界で唯一となるレガシー・ホーネットの群は、大事件の発生時には母国タイではなく、遠く離れた合衆国の地にあった。それを、インドシナ半島の付け根まで呼び出されたのだ。しかも、大至急でだ。
ーーー思えば酷い過密スケジュールだ。ブラック企業まっしぐらだ。
ティティワット大尉は、実戦を初体験する直前に、ここまでの長い道のりを思い出さずにはいられない。
合衆国での「ホーネット」への機種転換と対地攻撃トレーニングを終えた瞬間に、グアム経由のフェリー飛行を命じられた。もちろん、母国タイへの全機帰国命令である。しかも超至急で。
御陰で、帰国前にラスベガスで堂々とはっちゃける予定が完全にパーとなった。それを支えに頑張って来たに関わらず。
圧倒されるほどのスケジュールの繰り上げに面食らっている間に、愛機を大洋上空を長時間飛ばすための整備が始まっていた。合衆国の国籍を保持する整備員の表情がいつもと違う。タイへ自分を送り返すだけでなく、そのまま戦闘に放り込むかも知れないと言う、合衆国の本気と整備員達の緊張が感じ取れた。
途中、グアムの滑走路へ着陸すると、エプロンへ誘導され、驚いた事に愛機のパイロンにレーザー誘導爆弾をごっそり取り付けられた。自機だけでなく、同僚の機体にも漏れなくだ。
主翼に吊り下げられてある兵器が一発でいくらするのか考えると、卒倒しそうになる。「アリンタラート」に代金の支払い能力はない筈だ。
普段なら、訓練用の燃料代すらケチる万年金欠状態の貧乏会社なのだ。だから、自費でそんなに高価な兵器の大人買いをしたりはしない。"ลูกครึ่ง อเมริกัน"が許す筈もない。この再生品のFA-18の市場価格よりも、吊り下げられた爆弾の方が「よっぽどお高いんじゃないか?」と心配になる。
おそらく、本社口座にタイ政府から大口入金があったのか、合衆国からの無償提供か、それとも金策を無視しなければならない程の国家存亡の危機のいずれかが事情であるに違いない。
しかし、パイロットとしては出来ればフェリー中にでかい荷物の宅配を命じられるのは、勘弁して欲しいと言うのが本音だ。
吊りモノが増えると、空気抵抗が増えて、燃費が圧倒的に落ちてしまう。
こんな重い物を主翼などのパイロンに付けて、遙か遠くにあるタイまで飛ばされるのかと思うと気が重くなった。必ず途中で受ける事になる、空中給油作業の難易度が上がる。
さすがに、使用コードまでは与えられなかった。
つまり、タイまでレーザー誘導爆弾を急いで運ばせるつもりであるだけなのだ。そのまま使用させるつもりはない。しかし、配送を急がなくてはならないほどに状況は緊迫している事は疑い様がない。
ティティワット大尉がタイ王国領空へ到達すると、ドンムアン空軍基地への着陸予定がキャンセルされた。代わりに、ウボーンラチャターニー空軍基地へ回された。
どうやら、グアムで受領して来たレーザー誘導爆弾を必要としているのが、ウボーンラチャターニー空軍基地の部隊なのだろう。
ウボーンラチャターニー空軍基地へ降りると、驚いた事に「アリンタラート」の全戦力が集結していた。まあ、たった二つの飛行隊しな存在しないのだが。しかし、ホーネット部隊とグリペン部隊の両方が一箇所に集められていると言う事は、国家存亡の危機と見て間違いないだろう。
ティティワット大尉とその同僚は、着陸後に直ちにコックピットから引きずり下ろされ、ブリーフィング・ルームへと拉致された。そして、ラオスに於ける緊迫した状況の詳細の説明を受けた。
敵は人民共和国だと言う。何でも山の向こうの共産主義者共は、ラオスに住む"可哀相な人民"を圧政から解放する気になったらしい。
「アリンタラート」の使命は、敵の本格的な南下が始まる前に、嫌がらせアピールを徹底する事だった。それと、合衆国とタイ王国を中心とする大戦力を投入出来る様になるまでの時間稼ぎであるそうだ。
その時、ティティワット大尉は、ウドムサイ県の山岳部の葛折りのラオス国道13号線を目指してルアンパバーン県上空を愛機を飛行させていた。
タイ王国は、ナムガ村に要塞拠点を建設中と言う情報を得た。何故、山間に? 近くには空港を擁するそこそこ大きい街であるウドムサイがあると言うのに。不通となってはいるが、ムアンサイ鉄道駅もある。
まあ、敵にも敵なりの考えがあるのだろう。だいたい、金のないラオスを大金を使って攻略しようとする奴らだ。どう考えても収支は赤字になる。それでもやる価値があると評価出来る価値観の持ち主に対して、ティティワット大尉は自分自身に心からの共感を示せる程に深い度量があるとはとても思えなかった。
ーーーきっと文化が違うのだ。
自分の仕事は、同盟国ラオスで寛がれていらっしゃるノット・ウエルカムなゲストを、ラオスに代わってオモテナシして差し上げる事だ。もちろん、自分でグアムから運んで来たレーザー誘導爆弾を使ってだ。
GPSが愛機が攻撃目標へ近付いた事を知らせてくれた。愛機の翼を軽く振って見せて、僚機に仕事の時間が訪れた事を伝える。僚機も同じジェスチャーを戻した。
ーーーさて、やるか。
ティティワット大尉は、頭の中身を英語モードに切り替える。技術的な正確さや、時間的な緻密な表現では、母国語よりも英語の方が使いやすい(※)。タイにおいて基礎ではなく、高等な学問を行う場合は外国語を利用する場合が多い。
タイに限らず、アジア各国では、母国語で最先端技術を学んだり、母国で最新レベルの開発を行えるのは、おそらく日本国だけだ。
ーーー「防水」と「吸水」を区別して表記出来ない文字を母国語とする国さえ存在するのだ。
だったら、素直に英語を利用した方が賢明だろう。
まあ、だから、日本人はなかなか海外留学に挑戦しないとか・・・意識高い人々は悔しがっているが。んな事言うなら、てめえが行きやがれ!!
ティティワット大尉は、慣れた手付きで初めての実戦を開始する。
厳しい予算的都合の制約があるので、中途半端にしかグラス・コックピット化されていない愛機のレバー・スイッチを、いじり始める。
ーーーTurn on my Air Guided mode.
攻撃を実行する上での安全点順の最終段階に入る。
ーーーSelect switch to ARMed by Click on code.
武装を有効にする為に。事前に指定された暗号を撃ち込む。承認される。
ーーーType in the code I wish to use for laser guided bombs.
レーザー誘導爆弾を有効化する、7桁の暗号を撃ち込む。
ーーーSelect the waypoint Laser Designate.
左手のモニターに標的の要塞が確認される。拡大表示させて、輪郭を読み取らせて指定する。
ーーーTurn on my camera and use appropriate zoom level.
レーザー誘導爆弾に、標的を掴ませる。
ーーーType in the code to release weapons.
最後に攻撃コードを入力してやる。これで、全ての準備が終わった。
ーーーHold release button.
リリースボタンを押し込み続ける。後は機体の戦闘コンピューターが、レーザー誘導爆弾を投下する最適なタイミングを選んで自動リリース&ガイドしてくれる筈だ。
レーザー誘導爆弾が二つ投下される。機体が軽くなったのが全身に伝わる浮遊感で分かる。
操作盤左手に填め込まれたモニターに、誘導弾が標的の要塞へ近付いていく様子が表示される。
ティティワット大尉、一応、ジョイスティックで誘導補正を準備しているが必要なかった。
誘導爆弾は二つとも命中する。
ーーー命中。命中。
撃破したばかりの標的を、山中のどこかから見下ろしているに違いな地上工作員から、通信衛星経由で攻撃評価が送られて来た。モン族の山岳兵に付き添われた民主主義国家群の地上工作員が潜んでいるのだろう。御陰で、投下したレーザー誘導爆弾を一つも無駄にせずに済んだ
誘導作業が終わった。おかげ、大きく機動させられる。機体を地表から隠す為に高度を落とす。 途端に、降下速度と地表までの距離を察して、「Altitude!」と言う警戒アナウンスをスピーカーを通じて繰り返し始める、
おそらく、ネオ・パテト・ラオ構成員達は、低経度に広がる山岳域の森林限界下に限定すれば、世界でも有数の自由を誇るはずだ。
一方で、万年雪とは全く無縁なラオスに置ける長期戦は、人民解放軍の浸透部隊は不慣れが祟って犠牲が増えている筈だ。
例えば、ベトナムで味わわされた撤退経験を、合衆国は眉を顰めながらも真正面から捉えて十二分に検討し尽くした。結果、ジャングル戦における優位性を自らの軍隊に付与する事に成功した。
例えば、ベトナムで味わった精神的勝利宣言を、人民共和国は両目を閉じて耳を塞いで最初から無かった事にした。更にそれに関して口に出す者を真面目に捕らえて十二分に折檻した。結果、ジャングル戦における優位性を自らの軍隊に付与する絶好の機会を喪失した。
実際、人民解放軍は根気が必要とされる地味な侵略戦争の実行・継続を得意とはしていない筈だ。それは、おそらくは、人民解放軍のもっとも重要な役割が、自国領内で局地的に発生する内乱を蹂躙する事がもっとも重要であるが為だろう。
圧倒的に有利な状況で、確実に目前に展開している排除対象を目標とする圧迫戦闘に限れば、民主主義国家が抱える警察力や軍事力よりも比較も出来ない程に優秀であるに違いない。
ラオスの高原地帯の様なサブ・トロピカル地帯での展開は、自称「蹂躙部隊」の訓練メニュー的には明らかな想定外。人民解放軍が最も苦手とする、地の利のない場所で、いつどこから襲ってくるのか分からない、どんな敵が待ち構えているのかも分からない、謎の敵勢力と一日二十四時間戦っている。
装備面では人民解放軍側が圧倒的に優勢だろう。しかし、その装備を有効に利用する手段がまだ確率出来ていない。今までは格下の相手ばかりしていたので、対等か、それに近い相手との戦闘経験が圧倒的に不足していた。また、そう言う経験の必要性を、偉大なる党は理解していなかった。
いや、意図的に与えなかったのだ。理由は、人民解放軍が支配者に敵対した時に、あまりに優秀だと手に負えなくなると怖れたからだ。
内外に潜在的な敵と明確な敵を抱える支配者のジレンマがここにある。そして、そのジレンマに引っ張られる軍隊がそこにある。
山岳地域とは言え、ラオスの地域のねっとりとした暑さ。次から次と襲ってくる害虫の群、溢れ出て止まらない汗は、ヒマラヤのデスゾーンで行われるビバーク訓練よりもやや辛い筈だ。あくまで精神的にだが。誰もが、燐隊長と同格になれる道理もない。
一度は口にしてみたいな。「極地法など登山家の恥だっ!!」と言う台詞。
ラオスのジャングルで苦しむ地上兵達。不慣れな苦行が、終わりの見えない、先の見えない形で続く。ティティワット大尉は、モン族の山岳兵が演出する"冴えた嫌がらせ"に苛つかされて疲弊して行く人民エリート達に同情を禁じ得ない。
ティティワット大尉の同情に刺激されたのか、突然のタイミングで対空砲火が始まる。
ーーー遅かったな。
攻撃が完了した後に対空砲火をいくらチラしても意味がない。それとも、第二次攻撃隊が直後にアタックして来るとでも評価しているのだろうか? 空からの攻撃と言うのは、受け手にとって何時、どこから来るか分からない条件で仕掛けるのが常識であるにも関わらず?
ーーーいや、違うか。
おそらくは、ティティワット大尉に対する攻撃ではなく、僚機の方がウドムサイ空港の短い滑走路に滑走路破壊クラスター爆弾を放り投げた事が原因だろう。
すばらしく多様性に富んだ信管達が、投下後にバラバラのタイミングで作動する段取りになっている。時限信管や振動信管を利用して、不発弾の様に滑走路に残された大量の子爆弾の処理は至難だ。どこからか動員した非人民の無駄遣いでもしない限りは、二〜三日は復旧作業を始められないだろう。
正直、マトラのBLU-107の様な滑走路破壊用特殊爆弾が届いてくれれば、もっと効果的な攻撃が出来た。しかし、フランスの歴史的行動に常に習って、相変わらず連携の足並みを必ず乱している状況では、自らの強みが切実に求められる時期には絶対に提供されないだろう。
ーーーそれこそが、エスプリの神髄であるに違いない。
ティティワット大尉は、機敏に働く才知がけっこう好きではなかった。スティーブ・バロン監督の手によるコメディ映画「コーンヘッズ(Coneheads)」の冒頭シーンで、「We come from France.(我々はフランスから来た。或いは、フランス出身だ。と意訳)」と言わせたギャグを心の底から笑えるタチであった。
僚機が減速なしで後方から接近して来る。ティティワット大尉の機体も減速無しで飛び続ける。
再び編隊を組んだティティワット大尉と同僚は、それぞれの愛機をナムガ川が流れる谷に引き起こせるギリギリの速度でダイブさせて、対空砲火が絶対に届かない稜線下に逃げ込む。
この周辺の尾根には、まだ有効な対空レーダーを設置出来ていない事は電子情報を通じて十分に評価出来ていた。だから、対空ミサイルによる飽和攻撃の心配はない。
御陰で、ティティワット大尉と同僚は、大抵のチャラ男が心から怖れる、メンヘラ女による最終奥義「両手で爪攻撃」を完全に躱して、タイ領空まで逃げ切る事が出来た。
※= ただし、恋愛するなら、英語よりもタイ語の方が明らかに優れている。あくまで個人の感想です。効果には個人差があります。また、言語の効果・効能を示すものではありません。




