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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
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星が落ちた跡で。 〜5

 ーーーラオスの過去はランサーン王国にこそある。数多の(百万の)(チャーン)を擁した王国として、歴史にその名を残している。


 ーーーしかし、それは14世紀になってからの話だ。それよりも遙か以前は、南詔(ナンチャオ)への朝献国として記録されている。


 ーーーその地方大国であった南詔(ナンチャオ)は、圧倒的な戦闘力でユーラシア大陸を制した元帝国(モンゴル)へ下った。


 ーーー現在、南詔(ナンチャオ)が存在していた地域には、偉大なる人民共和国・雲南省の最南端、西双版納(シーサンパンナ)が存在している。


 ーーー西双版納(シーサンパンナ)の旧領土であるラオスは、歴史的に人民の領土である事は明らかだ。


 ーーーそれは、西双版納(シーサンパンナ)の人民とラオスの人民が言語を共有している事実によっても証明されている。


 ーーー今、偉大なる党と人民は、ラオスの人民を悪政から解放し、人民共和国の一員へと回帰させると宣言する。


 ーーーこれはラオス人民と我が人民が共有する核心的権利であり、歴史的義務である。


 以上が、人民共和国の言い種であった。


 完全な嘘ではないかも知れない。これから侵略を受ける事になる当事者達(ラオス人民)を納得させるには希薄過ぎる根拠と言わざる得ない。


 自分で書きながら何だが、筆者の価値観で推し量れば、突っ込みどころ満載である。"言いがかり"としか思えない。放置や無視したとしても、笑い事で済むかも知れない。仮に燃え上がっても、短期間且つ局地(面)的なムーブメントのまま終息すると断言出来る。


 ーーーただし、民主主義国家群が共有する社会に限って。と言う注釈付きで。


 歴史の中で見慣れた周辺覇権を獲得した大帝国の振る舞いは、実に"言いがかり"外交に満ちている。スレイマン大帝没後のトルコや、同時期のスペインやフランスなどの振る舞いがそれを証明してくれている(後に訪れる、欧州諸国がトルコを喰い競う時代も、欧州諸国によるあっぱれな鬼畜ぶりは健在どころか更に磨きが掛かっている。因果応報)。


 筆者が合衆国を評価するのは、"言いがかり"のレベルがかなりマシ(比較的経度で真っ当)だからだ。太平洋戦争以前の英国、太平洋戦争以後のソ連と比べると、お人好しが過ぎるくらいだ。新しい世代の覇権国家であるとも言える(もちろん、腹が立つ事は多々ある。しかし、覇権国家が漏れなくヤクザである事を考えれば、諦めてマシな親分を選ぶのが正解である。無秩序=無政府=戦国時代を生きるよりはマシである)。


 つまり、権力者や支配者が弄ぶ"言いがかり"を指して「ただの言葉遊びに過ぎない」と言い切れるのは、選挙など権力者が選出時に禊ぎを受ける仕組みを持つ国家、社会、組織においてのみである。もし、貴方が眉を顰めて済ましたとしても、他の誰かが必ず選出イベント時までネガティブな印象を覚えいて「×」と投票する。「NO」を突き付ける。


 そうやって、被権力者が権力者の間違いを、次回の選出イベントで簡単に振るい落とせる事が常識である社会においてのみである。


 権力者は、被権力者の気分や雰囲気に接する機会=襟を正す機会に恵まれる。その機会を活かさなければ、遠からず権力の座から引き摺り落とされる(民主主義社会(人気投票社会)は、そうやって、被権力者が自ら進んで不覚の中に馬鹿な権力者を作り上げてしまうと言う、致命的な欠点をも持ち合わせているが)。


 権威主義国家、それも専制君主()の強い支配者が統治する組織では言葉遊びでは終わらない。そんな贅沢は許されない。それは、どれほどに理不尽な間違いを犯したとしても、()支配者が支配者を否定出来る仕組みが皆無な組織や社会であるからだ。


 支配者の層と()支配者の層が完全に分離されていて、(まじ)わりがなければ、民主主義国家で見られる権力者の卑屈とも取れる態度は全く不要の謙遜となる。


 もし、支配者がその支配基盤(支持基盤ですらない)を大多数の()支配者の意向に左右されないと言うのならば、組織的・社会的な雰囲気を無視出来るどころか、自身で作り出す事が比較的容易であると言う事になる。例えば、絶対的な決定権を持つ支配者が、その言いがかりに正当性を与える=好感を示したり、聞いて聞こえぬふりをとすれば、それは政治的選択を議論する場において強い根拠(エクスカリバー)となってしまう。


 権威主義社会において、支配者が"言いがかり"を積極的に無視や放置をする事は、黙認を意味するからだ。仮に支配者が黙認を意図していなかったとしても、非支配民は独自に黙認であると解釈してしまう場合が多い。


 宗教的権威(悪書、魔女への鉄槌)による裏付けがあってこそ実行が可能になった「魔女裁判(人狼裁判も)」。社会主義的だか、共産主義的なら、ソ連的だか良く分からないイデオロギー解釈によって累々と積み重ねて来た膨大な科学的検証よりも正しいと決定された(・・・・・)「ルイセンコ学説」。


 権威主義社会において、「欧州や合衆国が持ち上げる憲法政治(立憲政治)」、「自由、民主主義、基本的人権を当然とする普遍的価値観(※1)」、「言論の自由を支える公民社会(市民社会)」などの、怪しからん国々の堕落した国民が謳歌して止まない非常識な非現実(精神汚染攻撃)に惑わされてはならない。


 むしろ、プロレタリア独裁支配者達が下賜(かし)する「社会主義核心価値観」のみを信望し感謝すべき・・・的な社会的指導を国家が行うならば、"言いがかり"行為を無視や放置するならば、黙認或いは追認している事の証明ともなる。特別に大きな躍進や先祖伝来の文化を革命する偉業は、その様な手段でのみ実現・克服が可能であった訳で・・・。


 常識が非常識に笑い飛ばされ、消し飛ばされてしまう皮肉。しかし、我々の信望する「普遍的価値」が、彼等の問題を解決可能かと問われると多少の疑問は残る。また、プロレタリア独裁支配者達は、()支配者達が苦しむ問題を突かれたとしても痛くも痒くもない。


 物理的法則は同じでも、社会的秩序の有り様が全く異なる世界が地球上に存在している。なろう的異世界よりも、もっとずっと凄い異世界が海の向こうにはリアルに広がっている。ただし、プレイヤーはチート能力なしで、襲ってくるモンスターのレベルは最初から「999」で、ドロップされる報酬はマイナス資産なので、気軽にクエストは受けない方が良い。


 自らを正しいと信じている者であっても、自分が間違っていると断じる者からの言葉に対して、真正面から耳を傾けるべきと言う説の根拠はここにある。正しいも間違っているもへったくれも、この地球上では大した違いはないのかも知れない。


 だから、もっと、いずれの側も自らの立ち位置が、その瞬間毎に、本当に正しくあるのか? と言う、根本的な疑問をキチンと持ち続けるべきなんじゃないかと。


 筆者の歴史認識では以下の通りである。


 南詔(ナンチャオ)が最盛期は、(とう)帝国が衰退期に入ると同時に訪れた。


 (とう)と言う、地政学的力がかの地で薄まると、すぐに地勢学的な空白地帯が発生した。(とう)に代わり、南詔(ナンチャオ)がその空白と言うか、真空地帯を埋めた訳だ。


 南詔(ナンチャオ)にとっての栄光の時は長くは続かなかった。だが、現在のタイ、カンボジア、ヴェトナム、ミャンマーまで版図を広げていた事は確認されている。遙か遠くの海岸線へまで到達していたとも言われている。


 しかし、これは大昔話。ミレニアム(千年紀)一つ前の出来事である。更に、急激な繁栄は唐突に衰退へと転じて滅亡した。また、その後に成立した王朝や王国は、今ひとつパッとせずに立て続けに萎んだ。


 筆者は学者様ではなく有り触れた(水魔一話エンドの展開)百合豚(に平伏した)なので、そんな気がする程度の認識しか持ち合わせていない。だから、これが正しい認識であるかと言う疑問の方もキチンと持ち続けているよ。


 栄枯盛衰は歴史の積み重ねの途中で頻繁に見出せる法則だ。あのカンボジアだって、ほんの一瞬であればタイ王国の西部(カンチャナブリーあたりまで)まで支配圏を拡げた事もある。ミャンマーもタイ王国の中部まで支配圏を拡げた事もある。ただし、その手の激烈な膨張状態は長くは続かない。バブルは必ず弾ける。萎む。


 西双版納(シーサンパンナ)に住む傣族(ルー族)が利用する彼等の標準語(タイ語やタイ・カダイ語族)は、タイ王国のタイ語に極めて近い(と言うか、ラオ語と違ってタイ文字も使ってる)。ラオ語と同じくらいに近い。方言の一つと言える程に。


 ただし、ラオ語と違って、近代的な固有名詞(外来語)に限っては人民共和国の中原言語から取り入れている。例えば、「電話」はタイ語の「トーラサップ(โทรศัพท์)」の変形ではなく、人民共和国の言語の「ディアンフゥァ(Dianhua)」をそのまま流用している(※2)。


 これは、西双(シップソーン)版納(パンナー)のエリア内で西洋発祥の機械化文明が普及する時期に、傣族(ルー族)がどこぞの"偉大なる党"によって強烈に(西蔵同様に)支配されていたせいだろう。


 バンコクで使用されているタイ語も、パーリー/サンスクリット語から相当に言葉を拝借して外来語(借用語)としている。その事実をもって、インド共和国はタイの領土が取り返すべき自国の旧領土であるとは主張しないだろう。おそらく、インド人にはそんな冗談は思い付けないだろう。


 言語的な影響力のみで、ラオスが人民共和国が継承すべき過去の帝国の領土や版図に組み込まれていたと証明する事は不可能だ(それも直接的でなく、西双版納(シーサンパンナ)経由と言うアクロバティックな手法では)。


 一般的な認識によれば。


 そんな事を言ったら、西欧諸国、合衆国、メキシコ、ブラジル、オーストラリア、などなど。ラテン語系の言語を国語とする国家は、全てイタリアの旧領土を不法占拠していると言う事になりかねない。


 しかし、その手の「良識」は、我々は人民共和国とは共有出来ないと知っておくべきかも知れない。彼等の価値観では、欲しい物はすべて自分のものであるからだ。我慢は良くない。身体に悪い。


強く(傲慢)であれ」なる意業(虚仮威し)由来の人災が、ラオス社会を巨大なキャンバスに見立てて、途轍もなく深い傷を描き終えてから48時間後。


 人民共和国は、ラオスに対する"特別軍事作戦"の即時開始を世界に向けて宣言した。


 20世紀に行われた犯罪調査。合衆国に於けるデート・レ●プ犯達の証言によれば、「我慢は身体に悪いから」と言う事情(理由)で犯罪に手を染めた者達が多かったそうだ。どのメディアで読んだのかは忘れてしまったが、レポートを紹介する記事を読み終えて多いに驚いた事だけは覚えている。


 ーーー相手の都合よりも、自分の都合を優先する。絶対的に躊躇なく。


 きっと、人民共和国もそうなのだろう。感じるままに生きても良いんだ!! と言う我々島国の住人とは異なる常識の持ち主。我々の常識では推し量れない深さを持つ業の持ち主。


 だから、彼等は我々とは完全に異なる戦略的価値観に従って行動する、文化と共有していない種類の人類なのだろう。


 ーーー自分の意思に忠実に行動する事こそが、強さの証し。


 と、でも考えているのかも知れない。それ、意思と言うよりもっと俗な・・・欲望に忠実なのでは。


 明らかに肌で感じる世界が違う。しかし、案外、彼等も我々との間に転がっている違いを、眺め、見下し、それでいて何故か惹かれているのかも知れない。


 価値観が多様過ぎると、我々の様な若輩の手には余ってしまう。


 Mamma mia, here we go again.


 My my, How can we resist you?


 You have been broken hearted blue since we parted?


 You're taking historical facts the wrong way, aren't you?


 いや。価値観を多用途(政治利用)し過ぎだろう。それとも、主語をTheyに代えるべき?


 流星被害でボロボロ状態のラオスへ、それを好機と見て直ちに侵攻を開始すると言う。


 一方的に隣国に対する治安回復宣言(宣戦布告ではない)を行った人民共和国に対する驚きが地球を一周し終えた頃、東シナ海方面と南シナ海へ配備されていた人民解放軍・陸軍が文山壮族苗族自治州(雲南省)を目指して移動・展開を開始した。


 ラオス・人民共和国雲南省国境周辺には、大量の陸軍を展開出来る平地などないに関わらず。


 ラオスの過去に栄えた数々の王国が、長年に渡って独立を保てていた地形的強みをガン無視した侵攻計画。


 防御に徹すれば、結構難攻不落な気配がある。


 あまりに険しい山岳地形。それ故に、周辺の強豪国への完全な編入を免れた。


 攻め落とせない事もないけれど、支払う労力に見合うメリットを見出せない。


 むしろ、周辺国家統合の波から取り残されたとか、周辺大国が食べ残した部分・・・がそのまま現在のラオス領となったとも言える。



※1= 日本国は「自由」、「民主主義」、「基本的人権」、「法の支配」、「市場経済」を指して普遍的価値を定義している。少なくとも、外務省はそう断言している。国会には上記を指示出来ない政治家も一定数存在する様な気もする。筆者的には、普遍的価値観がいくつか並立しても、一つに限らなくても良いんじゃないかとも思う。ただし、それぞれの国民の支持をキチンと受けているならば、と言う注釈付きで。あ、でも、そうなると「普遍的」じゃなくなってしまうのか。多様な価値観とか多文化共生って難しいね。


※2= 日本祖語もタイ語のカダイ語族に含まれると言う説もある。単音節のSVO構文であったとか(現在の日本語はSOV構文)。あまりに現在の日本語と違い過ぎる。完全な孤立語とも思えないけれど。祖語はロマンに満ちているけれど、素人には流石に手に負えない。ついでに、ラオ語だと電話は「トーラサッブ(ໂທລະສັບ)」。ラオ語でTHOO-LA-SA-B。タイ語でTHOO-R(A←母音文字無し)-SA-PH-TH(←黙字)。ラオス語ではラの部分の子音がタイ語の「R(A)」から「L(A)」に代わり、黙字符号(ガーラン)付きの「TH」が消失している。母音の発音はタイ語と同じ。ガイジンには、母音と子音さえ覚え切ればラオ語は確実に読める(初見で確実に発音が判明する)。タイ語の黙字符号(ガーラン)は多分、外来語の表記を変えずに発音だけ自分の言語に取り入れる為・・・かな。声調の文字もあるから、タイ語は英語同様に初見では読めない単語が多数。黙字符号(ガーラン)があるから「ここは読まなくて良い」と教えてくれるだけ親切か。英語はそれすらない。なお、「การันต์(ガーラン)」にも黙字符号(ガーラン)が付いてる。KAA-RA-N-T(←黙字)。今まで深い事まで検討した事はなかった。でも、考え始めると止まらなくなってしまった。電話の話に戻るが、これは、タイが獲得した電話と言う文明の機器や概念が、ラオスを突き抜けて西双版納(シーサンパンナ)へ到達するよりも早く人民共和国側から一足早く到達したせいだろう。早い者勝ち。

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