線香花火とカブトムシ。
「なをちゃん」こと私と「ねーねー」こと万条 菖蒲は、昨日、万条家を襲った大事件の顛末について話し合っていた。
「・・・と言う事件があったのよ」
「それは確かにどうしたら良いか分からないね」
「実際に自分で産んだ子だったら・・・もっと良い対応が出来たのかしら?」
「どうだろ? もっとぞんざいな扱いしちゃってたかもよ」
ここは茨城県鉾田市、鉾田にある万条 菖蒲とその双子の妹達が住むマンション「カステル穗曾谷」の屋上。ちょうど万条家が借りている部屋の上だから、ドンドンと激しく歩いても誰も文句は言わない。
時間はPM8時と言う所だろうか? 空はまだ完全に暗くなっては居ない感じ。
マヤちゃんとアイちゃんが、私と葉子ちゃんに見せるようとして、二人の秘密の小箱に一匹のセミを閉まってあったのだ。何でも前日に苦労して捕まえた固体だったらしい。きっと自分達の手柄を自慢したかったのだろう。それは良く分かる。
しかし、不幸にも閉まっている間にセミが死んでしまった。それを見て、取り返しの付かない事をしてしまったと後悔した双子ちゃんは、全知全能と信じていた「ねーねー」に取り返しを付けてくれとお願いした。
そんなことになるとは、露とも思っていなかったのだろう。まず、閉まっているんじゃなくて、自由を拘束していると言う客観的な見方が出来ていなかったのだ。そのあたりは察して余り有る。
驚くことに、マヤちゃんとアイちゃんは、本気で「ねーねー」が死んだセミを生き返らせる事が出来ると信じていたらしい。何と言う強い信頼関係。あの子達にとって、姉と言う存在が世界の中心である程に大きかったと言う事の証明だ(私も葉子ちゃんにそんな風に思われたいわー)。
しかしながら、"蘇り"が「ねーねー」にも出来ない難事だと伝えられて、困って泣いてしまったのだそうだ。
私はその話を聞いて、後ろの方は、多分、「ねーねー」と「マヤちゃんとアイちゃん」の認識にはちょっとしたズレがある気がする。でも、確証はないので、悩んでしまう。伝えるべきかどうか。こう言う時、葉子ちゃんならどうするだろうか?
マヤちゃんとアイちゃんが泣いたのは、「「ねーねー」が死んだセミを生き返らせる事が出来なかったから」ではない。きっと、自分達が大好きな「ねーねー」を泣かせてしまった、または大好きな「ねーねー」を泣かせるほどに悪い事してしまったと認識したからなんじゃないかな?
きっと三人姉妹の信頼関係はその程度の事で揺らぐものじゃにない。その鉄壁の要塞は、私や葉子ちゃんでは決して入り込めない。それは、血縁関係とかではなく、全員の魂に境目がないほどに繋がっているからなんじゃないかな? そして、その中心にいるのは、「ねーねー」だ。「ねーねー」はそこに他界した実母がいると思ってるみたいだけど、それは優しい誤解だ。たぶん、きっとね。
しかし、悪い事ばかりではないと思う。「ねーねー」でなく、万条 菖蒲の方はきちんと分かっている筈だ。
ーーーその一匹のセミの犠牲によって、マヤちゃんとアイちゃんは「生きている物は閉まえない」と言う事を学ぶことが出来た。
それに「小さな生き物でも、一度命を奪ってしまうと取り返しが付かない」と言うことも。それって、多分、精神の発育にとっても重要なことなのだ。
だから、生き物の自由を故意に奪って、長期的に箱の中に閉じこめるとか、もうしなくなったと思う。
と言いつつ、今日のマヤちゃんとアイちゃんへの土産は、バイト先の百里基地のみんなからもらった「カブトムシの雌雄が一対」だった。そこで、どうしたものかと今後の対応方針についてお話していたのだ。
取り敢えず、マヤちゃんとアイちゃんが言いだしたら、翌朝に裏の神社の境内の森で解放する。何も言わなくても3日くらい部屋の中で飼ったら、元気が無くなる前にやっぱり裏の神社の境内の森で解放する、と言う事になった
カブトムシは"百里基地の夜"には珍しくない昆虫らしい。照明施設や外灯の下を見ると、大抵落ちているんだとか。今晩、ちっちゃい二人の所に遊びに行くと話していたら、基地のみんなが予め捕まえておいてくれた。「チビちゃんへのお土産に」って。頼んでおけば、また捕まえておいてくれるだろうし。この件は、逃がしても取り返しは付く。個体差は覆せないけれどそれは大した問題じゃ無い。
「子供ってのは難しいわね。今まで一緒に生きて来たけど、昨日が一番やばかった」
「今まで育てて来て、じゃないの?」
「子供は勝手に育つのよ。親や姉がいなくても。ちょっとした手助けはしたけれど、本質的にあの子達はきちんと自力で生きてきたわ」
「さすが。育児経験ありの女子高生は違うわね」
「貴女までそんな事言わないのっ!」
屋上の端の壁に寄りかかって座っていると、アイちゃんの方が駆け寄って来た(今ではちゃんと見分けが出来るって言ったっけ?)。
「どうしたのー?」
「ロウソクきえた。あたらしいの」
私達がお話をしている間、マヤちゃんとアイちゃんは「はーねちゃん」こと森葉子と一緒に線香花火に勤しんでいた。どうやら、着火するロウソクが燃え尽きてしまった様なのだ。
「はいはい。ちょっとまってね」
万条 菖蒲は、お仏壇用のロウソクをポケットから取り出して、バケツの横で線香花火耐久レース中の葉子ちゃんの所まで歩いて行く(子供にロウソクは渡さない)。私はアイちゃんの手を繋いで短い距離を付いて行く。
「そのロウソク、ママとバーバの」
仏壇用のだと咎めているの?
「さっきのロウソクの方がピンクでかわいい」
違った。線香花火とセットになっていた付属ロウソクが、まるでケーキに付いて来るヤツみたいに可愛かったから、それをもう一度使いたいと言っていたのだ。
「これしかないの。それにママとバーバにも花火見せてあげたいでしょ?」
「わかったー」
見事に言いくるめられる双子達。さすがは準母親女子高生。相手の手の内は何通りも先読みしてる。
「それにしても線香花火ってのは綺麗ね」
「すごく地味だけどね」
「日本のワビサビってこういうの言うの?」
「どうなんだろ?」
線香花火の火花は、小さな火球の周りで飛ぶように生じる。何も無いところに表れては消える。それはまるでさざ波のように生じては消える。まるで水平線の真上でゆらゆらしている蜃気楼の様にまた表れては消える。その繰り返しだ。そして、最後には何の前触れも無く火花を飛ばさなくなる。それで終わりだ。
線香花火の核を眺めていると、火花の表れる位置に規則性がある。普通に考えたら右回りとか左回りで円周運動風味で発現位置を変えそうなものだけれど、単に何拍子かの脈的に、過去に表れた時と同じに位置に、まるでイルミネーションの様に火花を飛ばしては消える。
手で持つ柄の部分を揺らすと火球が落ちてしまって、その瞬間に花火は終わる。また、どんなに火球が落ちない様に揺らさずに踏ん張っていても、強めの風が一回吹くだけ火球は落ちてやっぱり花火は終わる。何とも儚いものだ。
火花が弾けて飛ぶ。飛んで消える。消えてもまた飛ぶ。でも、地味だから良く見てないと線香花火がそこで咲き誇っていることにも気づけない。
それでいて大きな打ち上げ花火と違って、ぱっと表れて消えるなんて言うあっけなさが無い。地味だけど、存在感を訴えかける物がある。私は凄く好きだな。
「ねえ、ナヲちゃんもやってみない?」
葉子ちゃんが線香花火を持って来てくれた。これで終わりらしい。子供達にも回っている事を確認してから、それを受け取った。
「一緒にやろうか?」
「そうだね。夏の想い出だ」
二人で同時に線香花火に火を着けた。仏壇用のロウソクの火で着火させた。二人でどちらが長く花火を保たせられるか競争した。
その様子を見て、マヤちゃんとアイちゃんがねーねーに尋ねたそうだ。
「はーねちゃんとなをちゃんも双子なの?」
「どうしてかしら?」
「だってわたしたちみたいに仲がいい」「いつもいっしょにいるし」
それに対して万条 菖蒲はこう答えたそうだ。
「貴女達は身体が双子。貴女達は生まれながらの双子。あの二人は魂が双子。出会ってから双子に変わったのよ」
マヤちゃんとアイちゃんはその意味は良く分からなかったらしい(当然だ)。しかし、どうやら私達も自分達と同じ双子であると聞かされて、大喜びしたそうだ。