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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
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星が落ちた跡で。 〜4

 タイ王国の首都バンコクの北部、ちょうど工業団地で有名なパトムターニー県との県境付近に位置する、かつてはバンコクの表玄関として十分な役割を果たしていたドンムアン国際空港がある。


 だが、この日は旅客だけでなく貨物の取り扱いを中止し、民間向けのサービス提供は完全に中止していた。


 隣接するタイ国鉄レッドラインの「ダーク・サイド(ダークレッド線)」も全線運休とされていた。


 その一方で、滑走路を挟んで反対側にあるドンムアン空軍基地の方は、かつてないほどの活況を呈していた。


 それは合衆国と日本国から、大型軍用輸送機や民間の貨物機(チャーター便)が次から次へと着陸していたからだ。


 ドンムアン国際空港の直ぐ脇にある、高架の高速道路とその下に敷かれたタイ国道二号線の方も完全に封鎖されていた。


 ただし、普段は大渋滞を起こしている乗用車は一台も見られず、それらの代わりに運び込まれた支援物資を満載した大型トラックばかりが溢れていた。それらが、、次から次へと押し出されて来ているのだ。


 全ての貨物用のトラック車両が、メコン川の対岸にあるラオスを睨んで施設された歴史を持つ"フレンドシップ・ハイウェイ"を目指して北上する。


 更にその横にあるタイ国鉄の北・東北方面の幹線(※)には、日立製の電気式ディーゼル機関車HID形が二両(重連)()まれた貨物列車が停車している。後ろに連結してあるコンテナ列車(の行列)には、集められた支援物資が人力で積み込まれていく。どれも、放り投げて大量に積み重ねても問題のない(潰れたりしない)一般的に市場で流通している飲料水や食料品である。


 こちらの臨時貨物列車も、ラオスとの国境直前にある、タイ王国領の限界であるメコン川沿いの街「ノンカーイ」を目指して北上する。本来ならタナレーンまで直行するところだが、今日に限ってはそれは無理な相談だ。


 タイ王国は、ドンムアン国際空港の全ターミナルを転用して、「連合スペースガード(USGA)」の臨時司令部に仕立てるつもりだった。直ちに提供可能でありながら大規模な人員と物資を捌ける施設。首都圏においてその条件を満たす物件は、このドンムアン国際空港とパタヤ(R&Rの聖地)のウタパオ国際空港の2つしかなかった。


 後者の方は、タイランド湾に近い=カンボジアのシハヌークビル(解放軍・海軍の拠点)に近い為に却下された。また、物資輸送面でもスクムウィット路はウドーン方面へのアクセスが悪過ぎた(鉄道ならばそうでもない。貨物専用の東北(イサーン)線へのバイパス線がある。チャチュンサオ分岐点(東線の)で列車をまるごとスイッチバックか、機関車の付け替えをする必要があるが)。


 本来なら、サラブリー、ナコン・ラチャシーマー(コーラート)、ウドーンターニーのあたりまで臨時司令部を前進させるべきだろう。その程度の常識ならば、「連合スペースガード(USGA)」もタイ王国も十分持ち合わせていた。しかし、ラオス領の更に向こう側で、人民解放軍が緊急展開中であるとの消毒済みの情報がもたらされていた。


 つまり、救難行動を取る前に、合戦を一つ終えなければいけない可能性が高い。


 もしかしたら、ウドーンやノンカーイに野戦地司令部や野戦本部を作らなくてはならなくなるだろう。


 純粋な救助作業だけに留まらない可能性が極めて高いと想定されつつあった。


 そうなると、本隊はラオスの北に配備されている人民解放軍の短距離戦術ミサイルが届かない、または中距離戦術ミサイルの迎撃が可能なバンコクまで「連合スペースガード(USGA)」の本隊を下がらせた方が良い。


 もし、長距離滑走路を要する空軍基地があるウドーンターニーまで前進させてしまっては、司令部を根刮ぎ(物理的に)破壊されかねない。それでは、破落戸(ならずもの)の挨拶である恫喝活動を捗らせてしまう。


 常識とは過去の歴史が積み上げた社会の「(あか)の山」の様なもの。5分前まではそういう決まりだったかも知れないけれど、今では完全に覆されていても不思議はない。


 自分の常識と相手の常識に共通する部分が多いとも限らない。自分の非常識が相手の常識であっても不思議もない。


「垢の山」を固めて垢太郎(あかたろう)を作って、その後にそれ(・・)力太郎(日本昔話の)なって、民主主義国家群を赤鬼や青鬼や鬼子と見立てて、金棒をもって襲って来ても不思議もない。


 異文化コミュニケーションを外交で体験すると、荒唐無稽と言う言葉を使いづらくなる。


 民主主義国家軍は、権威主義国家群が持ち合わせる常識を測りかねていた。だから、もっとも柔軟に対処出来る様に陣地を構築する道を選んだ。まさに、"黒ひげ危機一発!(タカラのおもちゃ)"を地で行くお付き合い。


 ーーー多用性が持ち合わせる負の面がこれである。


 ラオスへ上陸済みの先遣隊が、「連合スペースガード(USGA)」のドンムアン司令部に向けて、次から次へと情報が上げて来る。


 ーーーナムグム 1水力発電ダムは消滅。クレーターの一部になっています。


 ーーーサイヤブリダムは崩壊。不味い事に、その上流が流れ込んだ土砂でメコン川の水流の一部を堰き止めています。


 ーーーナムトゥン2水力発電ダム、堤に亀裂。そう長くは持たないでしょう。警報発令。


 ーーーナニアップ水力発電ダムは堤が崩壊。既に発生した鉄砲水で、下流域はメコン川へ至るまで被害甚大。


 情報衛星、飛行機による上空偵察、電波収拾、ヒューミントなど、あらゆる手段で収拾されたものが、合衆国や欧州や日本国の分析局を経由して(で整理されて)、届けられたものだ。


 被害状況をある程度分析してからでないと、救難隊の本隊は送れない。誰と何を何処と何時に、混乱を最小限に留めて分配する為の計画も立案出来ない。


 一分一秒を争って送られたのは、飽くまでも情報収拾を目的とした先遣隊だ。それも、自己完結可能な少数精鋭の部隊だけだ。


 被災地域での活動である。先遣隊は食料、飲料、燃料、その他の物資を現地調達出来ない。すべて持ち込んで、保持したまま移動するだけの機動力が不可欠だ。場合によっては、少ない手持ち分を配布する必要もあるくらいだ。


 そんな状態で、救難隊の本隊と言う大部隊を被災した地域に押し付けられない。まずは、救難隊の本隊の活動を支える物資搬入の段取りを整えなければならない(被災地情報の一次分析が終了している事が前提である。救援を必要としている場所も特定する前に大量の人員を送れば、送られた救援隊の方が逆に生き残った地元民達に救援される事態(痴態)に陥りかねない)。


 もちろん、被災地を直接に面する"現場"は(あせ)る。もちろん、最後方の司令部で沢山の訴えに接する事になる情報分析官達も、現場の惨状を容易く予想出来るだけの豊富な経験を持つ者達が多いせいで心が乱れる。だが、それでも耐えて急がば回れを徹底しなければならない。(あせ)るがままに行動しても(ろく)な事にならない。


 人民共和国からではなく、人民解放軍・海軍からタイ王国・海軍経由で強烈なリクエストが送られて来た。


「「世界自由平和(人民解放軍・)共栄深海港(海軍基地)」に配置してある陸戦部隊を救援隊としてラオスへ陸路移動させる為に、タイ王国の領土の通過を認められたし」


 続けて。


「タイランド湾最深部にあるレムチャバーン深海港やサッタヒープ海軍基地の港湾施設の優先的利用を認めよ」


 と来た。"リクエスト"とは名ばかり。事実上の"オーダー"だった。


 文面には、書き手による軽蔑の目線すら感じられるほどに一方的な表現が込められていた。


 意図的にそれを行ったのか、それとも心中が思わず漏れ出してしまったのかは分からない。


 タイ王国としては、二世紀ぶりに侵略者が帰って来たと言う錯覚を得た。


 ただし、今度は西洋からでなく、東洋から。


 しかも、目的はラオスに於ける「邦人保護」であると言う、極めて不穏当な言葉さえ見受けられた。


 何でも、ラオス領土内に滞在している最大10万人の人民が、地元民から虐殺対象となっているそうだ。


 これには、多少は思い当たる節もある。


 確かに、ありそうだ。普段から、人民はラオス国民と何かと社会的摩擦が多い。政府同士は蜜月かも知れないが、実際に顔を突き合わせている国民同士はそうでもないと言うのが現状。


 実際、ラオス反政府勢力「ネオ・パテト・ラオ」と言う民族主義派による、襲撃、拉致、殺人の対象となって久しい。道路建設やダム建設を推進する為に本国から送られて来た人民や技術者(事実上の移民者)は、21世紀になってから多数がテロに巻き込まれている。反政府勢力がその様な凶行に出られるのは、地元民からの広く深い支持があると言う事の証明でもある。


 勿論、タイ王国は受け取ったリクエストが、強引な言いがかりである事に気付いていた。おそらくは、人民解放軍の部隊はタイ王国領を通過するだけは済ましてくれないだろう。間違いなく、兵站を維持する為とか適当な必要性を主張して、タイ王国内の戦略的要所を軍事的に確保するだろう。


 そして、それをたった一度でも受け入れてしまえば、足下へ投げつけた踏み絵をタイ王国がキチンと踏んだと見做して、完全に自国の影響下へと引きずり込む筈だ。


 タイ王国としては、人民解放軍の軍人であれば、この件に関してはたった一兵たりとも自国領に上陸させる訳にいかなかった。


 もし、タイランド湾に合衆国の艦隊が展開してくれれば、要求を強気で突っぱねられたろう。しかし、人民解放軍はその隙を突いて来たのだから、それは無理な相談だ。


 困った事に、人民解放軍は目と鼻の先にあるシハヌークビルに存在している。これでは、どれだけ急いだとしても間に合う筈がない。


 シハヌークビルの部隊を退けても、次はスリランカから人民解放軍・海軍のインド洋艦隊が戦闘モードで送られてくるだけだ。場合によっては、アンダマン海(タレー・カイムゥック)方面(プーケット島など)から強襲上陸されてしまうかも知れない。そうなると、バンコクと南部最大の都市「ハッヂャイ」を分断されてしまう。


 最悪、パッタルン県などの曰く付きの三県をタイ王国から分離独立させらて、どさくさ紛れに「ハッヂャイ」ごともっていかれてしまう。その末路として、拡大した占領地で(南部を実効支配して)クラ地峡にクラ運河(人工河川)を掘られてしまうかも知れない。


 タイ王国・陸軍は、タイ王国国王にこの難問への抜本的な解決策を提案した。


 それは、人民解放軍が、タイ王国領を通過する意義そのものを失わせてしまうと言う、とても思い切ったアイデアだった。


 だが、それによってラオス支援の難易度が多少は上がってしまう。それでも、自国の安全を最優先せずにはいられない。


 タイ王国国王は、タイ王国・陸軍の作戦提案を支持した。直ちに、陸軍と首相の会談が実行され、次は首相が野党第一党党首との会談に入った。だが、野党第一党党首は首相の提案には乗ってこなかった。むしろ、これを機会に人民共和国との連携を更に深めるべきだと主張しさえした。


 与野党党首の秘密会談は物別れに終わった。


 野党第一党党首が自分の事務所に戻ると同時に、薔薇の花束が突然に届けられた。


 ーーー送り主はタイ王国国王だった。


 驚いた。失望した。そして、自分がやり過ぎた事に遅ればせながら気付いた。後悔した。もう遅かったが。


 これで、野党第一党党首は政治生命を完全に絶たれた。彼は、翌週に野党第一党党首を辞任した。


「王は君臨すれども統治せず 」。タイ王国はそれを原則とし、議院内閣制による意思決定を長く維持していた。だが、タイ王国国王は二代前の国王の例に習って、穏やかに自分の意思を政界へと伝えた。


 本来ならばそれはやるべきでない事は承知していた。だが、時間が足りな過ぎた。議会制民主主義の悪い点。意思の統一や決定までに、とても長い時間が必要となる。一分一秒の浪費が惜しいのだ。更に、他国からのロビーイングなどの妨害があれば、議会の小田原評定化は必至だ。


 それを、裏技を使って防いだのだ。


 王室と政界は、共に苦渋の上にこの判断を下した。だが、これは一時的にタイ王国を安泰とさせ、更に人民解放軍の最低限の面子を守ってくれる筈だ。


 ーーー翌日未明。


 直ちに、タイとラオスを結ぶ友好橋。流星被害を免れて機能している3本が、ほぼ同時に爆破された。


 ムックダーハーン〜サワンナケートの第2タイ・ラオス友好橋。


 ムアン・ナコーンパ(ナコーン・パノム)ノム〜ターケーク(カムムアン県)の第3タイ・ラオス友好橋。


 ブンカーン〜パクサン(ボーリカムサイ県)の第5タイ・ラオス友好橋。


 が通行不能となった。


 更にもう1本。ラオス領内のパクセー近くに架かるラオス日本大橋の橋脚が、上流から流れて来た大型船が激突して失われてしまった。


 すべては、ラオス反政府勢力「ネオ・パテト・ラオ」によるテロ活動だとされた。


 その事実をもって、タイ王国は人民解放軍に対してリクエストの返答を送った。


 ーーー仮にタイ王国領土へ海路で上陸しても、貴軍が陸路でラオスへ到達する事は不可能となった。


 タイ王国としては、人民解放軍に対して最大限の便宜を図りたい。しかし、タイとラオスを結ぶメコン渡河橋がすべて失われた為に出来る事が何もなくなってしまった。大変に残念である。


 と言う、申し訳なさを演出しながら、見えない所でしっかりと舌を出す外交を成し遂げた。


 そして、カンボジアからラオスへ陸路を直接に移動するべき状況を作り上げてしまった。


 これには、人民解放軍も流石に呆気にとられてた。しばらくしてから、癇癪を爆発させた。


 あの人々にしては珍しい事である。いつもなら、呆気にとらせるのは彼等の方であるのだから。


 流石は「なあなあ」の演出に長けたタイ王国である。


 世界でも第一級の腹芸力である。


 この点だけは、日本国は彼等の爪の垢を煎じて飲むべきだろう。


※= つい最近に着工したばかりの、タイ国鉄の中・東北方面の幹線(バーンパイ〜ナコンパトム)までの鉄道新線はマハーサラカム県まで到達するだけの盲腸線として建設が終了した設定。チェンコーン方面へ通じる北幹線に関しては計画放棄と言う設定。

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