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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
58/143

星が落ちた跡で。 〜3

強く(傲慢)であれ」なる意業(虚仮威し)由来の人災が、ラオス社会を巨大なキャンバスに見立てて、途轍もなく深い傷を描き終えてから14時間後。


 ラオス人民民主主義共和国の北部国境付近で、無数の影が一斉に動き出した。


 ーーー日没後にどこまでも広がる暗闇に紛れて。


 それらは、すべて人民共和国が自国民に誇る人民解放軍・陸軍の公達(きんだち)の皆さんだ。


 人民共和国は、自らが創造した流星被害の擦り付け先である同情すべきラオスを、長らく続いて来た(・・・・・・・・)「壊滅状態から解放(・・)」する事に決めた。それも強制的に。


 或いは、自由主義陣営帝国主義からの解放。


 何の事はない。国家としての支配力を喪失し、今後暫く回復の見込みがない現状に付け込んで、自分達を前にして、より忠実な人物を指導者にすげ替えることにした。


 他国の国家代表を、"()"から"()"へと引きずり下ろす根拠は以下。


 ーーーラオスの現・国家主席兼書記長は、流星被害にとどまらず、多くの国民を長きにわたって不幸へと貶めていた。


 この度の不運とこれまでの不幸を招いた類い希な無能であると評価したが故に、自分達が人民革命党に一時的に預けていた(・・・・・・・・・)ラオスの支配権を一度没収する。その上で、人民共和国がより優秀と認める人物の手に新たに委ねる。


 人民共和国は、何の根回しも無しで、自らは「ラオスの宗主国」であり、ラオス与党には「恩貸地制によって(内政干渉ではなく合法)預けていた(な資本引き上げだ)」だけと宣言した。


 また、しばらくの間、自らがラオスを直轄統治するつもりである恫喝も含まれていた。


 酷い話だ。ラオスに向けて流星を落下させた本人がコレを言う。ルーマニア出身の偉人「ネゴトワ・ネティエ」が重い腰を上げそうで恐い。


 しかし、そこは偉大なる党の方は上手だ。その不都合な事実は最初から無なかったとして、全人類の認識を上書きすると言う気概に満ちていた。そして、自らが不幸に落とし入れたラオスを、これからは正しく指導してやろうと言うアジア的優しさを率先して示す慈悲に満ちていた。


 類い希な不幸メイカー(Maker)は、非の打ち所も無い潔白さを背負って、ラオスに付着してしまった「染み」を、現在の国家元首を国家から物理的に(・・・・)ぬぐい去ってやる。そう言うやる気に満ち満ちていた。 


 ーーー現実を現実として、あるがままに受け入れなさい。物事をそれが進みたいように、自然に前に流れさせてやりなさい。


 無為自然(道常無爲、而無不爲)。これは老師が後世に残してくれた思想の根本だ。人民共和国は、こともあろうか、その言葉を老師が唱えた意味とは違った意味で強く理解していた。


 どのくらい強く? 老師に向かって「お前は間違っている」と憤慨して、殴り倒すくらいに強く理解していたのだ。自らが歴史上初めて「上善如水」を体現する者だと、老師に向かって力強く説く程にだ。


 老師なら説き伏せる事は出来るかも知れない。ローマ教皇をバックに立つ異端審問官は、かのガリレオ・ガリレイの知性をも、肉体的恐怖(二度目の宗教裁判)を以て打ち砕く事に成功している。だから、紅い貴族達もまた、それに似たような真似を出来ないとは言えない。


 しかし、人の世の理ならねじ曲げられても、天地の理までねじ曲げられるとは限らない。偉大なる党は、人間が鳥の様に自由に飛べない事を認めない事は出来る。だからと言って、科学的観測の前で人間が鳥の様に自由に飛ばる事までは出来ない(誰も見ていない所で、「飛べたのを確認した(Quod Erat Demonstrandum.)」と強弁はするだろうが)。


 1970年代まで世界的に流行した、共産主義的とか革命的な理論の大抵は、科学と信仰を取り違えている気がしてならない。だからこそ、ルイセンコ論争(※)が未だに消火出来ずにいたいるのだろう。それとも、ルイセンコ本人はまさか、ソ連本土でホロドモールをもう一度引き起こす、祖国ウクライナを壊滅させられた復讐のつもりだったのだろうか? まあ、巨大な帝国を一つ、まるほど崩壊させるインパクトは世界に与えた。ソ連を食料の大量輸入国へと落とし入れたのだから、やらかした事の大きさだけは評価出来る。


 ソ連を作った人達、ソ連が作った国の人達は、本当に生死を賭けた人間の社会と社会の激突は、人の世の理ではなく、天地の理の守備範囲に属すとは知らなかった様だ。


 認めなければ勝負に対して永遠に負けない事は可能だ。だが、それは永遠に勝てないと言う現実の裏面ですらある。結局、ソ連も共産主義も、人類が自然に獲得した理としての資本主義社会を打ち負かす事は出来なかった。


 仮に、ソ連も共産主義が、呆れるほどに長期間に渡って資本主義社会へ挑み続けた末に勝ったとしても、それは「勝利」に現実的なメリットが失われて競争相手が手を退いた結果であるかも知れない。例えば、人類が滅亡した後に手にした勝利だったとか。


 その手の勝利を、インターネット・ミームでは「精神的勝利」とも言い直せる。


 頑張り過ぎてはいけないと言う例。どうしても現実が夢見た通りにならないなら、さっさと諦めて次の夢を探そう。その方が、個人と社会の為になるから。絶対に。負けを認める事は苦しいけれど、悪い事じゃないよ。ファイト。野球部の女子マネの言葉だったなら聞き届けてくれるかな?


 そんな訳で。


 人民解放軍の軍事力による、ラオスへの直接的な内政干渉。これは想定外に上手く進まなかった。


 侵攻計画そのものが、現状の認識が、現実の状況から激しく乖離していた為だ、


 地球周回軌道を飛行する情報収集衛星から獲得した航空写真を根拠に作り上げた「解放作戦」は、開始直後から(つま)いた。


 想定に不可欠な情報収集が不十分な状態で、南下作戦を開始させてしまった事が原因だ。


 国際鉄道の一部であるラオス貨客鉄道を利用するルートは、国境を越えてから3つ目のトンネルが崩落していた。4つ目も崩落していた。次のトンネルは確認作業も困難で、とりあえず後回しにされた。


 ラオス国道の方も、崖崩れや土砂崩れでどれもこれも不通となっていた。


 鉄道隊や工兵隊は、彼等の活躍が期待された場所よりも500km以上手前で活動を開始した。


 また、侵攻部隊が通過予定のサイソムブーン県で、反政府勢力として知られる「ネオ・パテト・ラオ」が武装蜂起を準備中とのヒューミュント情報も届いていた。


 それによって、北方からのラオス侵攻の即時達成は困難となった。


 そこで、人民共和国を支配する偉大なる党は、役者を交代させる事に決めた。


 カンボジアのシハヌークヴィル(コンポンソム)、「世界自由平和共栄深海港」にある人民解放軍・海軍基地に配置してある戦力の配置転換。


 更に、もう少し時間は掛かるが、南シナ海周りで揚陸部隊を送る。タイランド湾最深部にあるレムチャバーン深海港やサッタヒープ海軍基地に侵攻部隊を上陸させて、タイ王国を通過する陸路でラオスに向けて北上する。


 地政学的に生じた空白は、決して長くは続()ない。


 大気中に生じた真空地帯と同じで、放置しておいても必ず急速に解消されてしまう。


 まるで、それが物理的な法則の一端であるかの様に確実に。後から見ればすんなりと。


 ラオス領土上で発生した地政学的空白は、流星被害によってもたらされた。


 偉大なる党は、自らが招いた流星被害を最大限に活かした現状の変更に取り掛かった。


 何の手続きも無しで。いわゆる、思い付きだけで。


 どうせ他方に取られるなら、自らが取りに行く。


 見事なまでに斬新な方針転換。


 他国の都合をまったく考慮しない。清々しいまでに。


 賢いからこそ、今まで誰一人やらなかった事に挑戦するとばかりに。


 ーーー敢えて天下の先とならず。


 偉大なる党は、老師のこの至言(不敢為天下先)をも歪めて理解していた。


 しかし、侵略者としての気概ならば十二分に持っていた。


 もっとも、彼等は自身を指して「解放者」と説いていたのだが。


 今まで誰もやらなかった事。それは、誰一人思い付かなかった事でない場合が多い。


 一度はそれが多くの人々の頭を過ぎりはする。だが、あまりに馬鹿げているので、誰一人敢えて実行しなかった。


 そう言う可能性が高い。


 しかし、それに想い足らず、軽はずみで取り返しの付かない事を始めてしまう。


 その手の"浅はか"と言う客観的評価は、本来、経験の足りない若者達にのみ与えられるべき特権である。


※= トロフィム・ルイセンコ。ウクライナ出身のソ連の、自称「生物学者・農学者」。自称とは筆者の認識。メンデル遺伝学を否定して、疑似科学運動の結晶である「ルイセンコ学説」を完成させた。フルシチョフ時代までソ連の農業政策を支配下におき、結果として彼の地の住む人々に空腹をもたらした。なお、社会主義労働者英雄勲章、レーニン勲章、スターリン賞を繰り返し受賞している。彼と言う存在に手腕を振るわせる様な社会組織を作り上げた人々は、まだ消滅していない。まだまだ、戦い続けているのかも知れない。とりあえず、詳細はwikiでどうぞ。漢字の誤変換で「涙腺子」と出て来て納得。

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