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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
56/143

星が落ちた跡で。 〜1

強く(傲慢)であれ」なる意業(虚仮威し)由来の人災が、ラオス社会を巨大なキャンバスに見立てて、途轍もなく深い傷を描き終えてから90分後。


 タイ東北部の北部に位置するウドーンターニー国際空港を、管制官による一切の誘導なしで、一機の民間機がひっそりと離陸した。


 この空港に限らず、周辺の離着陸施設は全てが飛行禁止状態にあった。それは、つい先ほどラオスに落ちたばかりの流星がもたらした混乱によって引き起こされた事態のせいだ。


 メコン川の対岸からやって来る電磁嵐のせいで、タイ王国領土や領空でもデータ通信どころか、デジタル音声通信はタイムアウトで有意義な情報交換を不能。


 せいぜい、雑音混じりのアナログな音声通信くらいしか通らない。


 流星迎撃実行(迎撃弾の起爆)の直前に、多数の小型飛翔体が墜落したと言う情報も届いている。ただし、救難信号は受信出来ていない。


 ウドーンターニー国際空港は、元々はヴェトナム戦争時に合衆国空軍の最前線基地へと発展したと言う歴史的背景を持つ。それは、ウドーンターニーの街も同様だ。90年代までは、タイの普通の(・・・)市街地で、もっとも英語が通じる街の一つと言われていた。


 ハリウッド映画で有名な航空会社「エア・アメリカ」による対ラオス活動の拠点としても知られている。同社のパイロット達は、ラオス山岳部の各所に(・・・)切り開かれたビクター・サイツ(モン軍手製の滑走路)(※1)への強行着陸を繰り返した。


 空港だけでなく、「ウドーンターニー」と言う街そのものも軍需的後押しや必要と言う経緯によって東北(イサーン)地方の中核都市「コンケーン」に継ぐ衛星都市として発展した。


 タイ東北部の東部にある別の地方都市「ウ()ーンラチャターニー」の略語である「ウ()ーン」。「ウ()ーン」と「ウ()ーン」の文字表記は、日本語でも英語でもたった一字違いでしかない(タイ語なら二文字違い)。つまり、外国人に多くの混乱をもたらしやすいと言う特大級の紛らわしさがある(※0)。


 だが、「ウドーン」と「ウボーン」な二つの地方都市は、互いに相当に距離が離れたに関わらず、まるで兄弟都市であるかの様に、ヴェトナム戦争を含む東南アジアだけでなく世界的に繰り広げられた東西冷戦の最前線であった。


 だが、何の縁もなかった二つの都市が立たされた矢面の質には違いがあった。


 ウドーンの方は、メコン川対岸で共産革命に成功したラオス人民革命党の監視への重要性の方が高かった。まあ、仕方がない。あ"っ!! と言う間に、マルクス・レーニン主義を堅持する共産軍がラオス内戦を勝利してラオス王国が消滅してしまったのだから。


 1975年の年末に、世間一般では一党独裁制の、彼等に言わせると民主集中制の新国家を作り上げた(そして、今に至る)。


 ラオス国王(サワーンワッタナー王)などの主要な王族は革命軍に逮捕され、再教育キャンプ送りに。元王は政権転覆計画を疑われて、革命後にたった2年で栄養失調死させられている。


 ラオス王国は完全に消滅した訳ではない。1997年に「ラオス王室協議会」が合衆国で開催されたり、2003年より王位請求者を中心とする「ラオス王国亡命政府(RLGE)」がフランスに存在したりする。


 結局、革命家達に言わせると民主集中制であるらしい新国家成立後に、何と20万人以上の王国民達が難民としてメコン川を渡って逃亡した(ラオスの人口は1975年の時点でたった301万人。それと当時はメコン川には橋が架かってなかった)。


 この頃、インドシナ半島のほとんどが赤化したのだから、残されてしまったタイ王国がビビらない筈がない。しかも、その紅い人達は、タイ王国をも直ちに赤化すべく、国境を越えて、タイ人の社会への紅い思想の浸透を目指していた。どこの国でも同じだが、若い大学生の一部が革命活動(紅い旗振り)をイカしていると感じていた(なお、その舶来(インテリ)思想をキチンと理解していたワケではなさそうだ。そう言うのが格好良いと感じていた。フィーリングが合った模様)。


 それから、ウドーンが最前線と言う名の後方基地(慰労基地)であったと言う表現が可能である事実は、ここだけ話だ。ファラン(欧州系人)の皆さんが、北部タイ人(コン・ヌア)よりも東北部タイ人(コン・イサーン)を圧倒的に好む事情は、そこら辺にあるのかも知れない。


  一方、ウボーンの方は、受領直後の(ネガ取り前の)ジェネラル・ダイナミクスのF-111A「アードバーグ」が実戦配備された程の厳しさがあった。また、クメール・ルージュが暴れるカンボジア国境のジャングル地帯をも接していたので、本当の意味でのヤバさもあった。そして、タイの東の隣国であるラオスとカンボジアのジャングル地帯東部(ヴェトナム西部国境に沿って)にはホーチミン・トレイルと呼ばれる、北ヴェトナム軍にとって最重要な、南ヴェトナム軍にとって致命的な補給路が構築されていた。


 つまり、後者であるウボーンの方が緊迫した情勢にあった。ドミノ理論の最前線と言う意味で。今は亡きノース・ウエスト航空の定期貨物便(軍事貨物便)が存在していたくらいに。


 とにかく(きな)臭い時代だった。合衆国が共に戦う同盟国に対してやたらに気前が良い(大盤振る舞いする)時代でもあった。


 まあ、兎に角、"ウドーン"とウボーン"のいずれも、ラオスの中部と南部でを国境を接する地理的背景があるとだけ覚えておいてもらえると助かります。はい。


 ラオス中部に近い"ウドーン"の方から離陸した飛行機は、レトロな戦術輸送機のバスラー(ベイスラー)・BT-67。太平洋時代に名を馳せた旅客機のダグラス・DC-3或いは戦術輸送機のダグラス・C-47「スカイトレイン」へ、戦後になってから数々の近代化処置が施された事実上の新型機体だった。


 最も象徴的な変更点は、二機のプロペラ推進エンジンをレプシロからターボ・プロップへ変更するなど。


 元々はタイ王国空軍の主力戦術輸送機の一機として運用されていた固体だった。だが、2020年代に民間団体である「オンゴン・ティ・ポックポーン・クルンビン」へと払い下げられた。


 表向きは名誉ある飛行機の保護団体であり、他にもタイにとって歴史的な価値を有する飛行機の動態保存を目的として立ち上げられた。背後には以前から王室の意向が反映されていると言われている。実際、そうでなければ、バスラー(ベイスラー)・BT-67を始めとするレトロな機体を多数、"フライアブル"な状態で維持出来る筈もない。


 実際、バスラー(ベイスラー)・BT-67の緊急離陸は、パリからドンムアンへ急いで向かう王室専用機に搭乗するタイ王国国王から届けられた要請に基づいてだった。


 前代未聞だが、国王による肉声で直接に"意向"が伝えられた。神の声、つまり神託に等しいお言葉によって、それが超法規的な要請である事が確定した。


 形式に拘る事が許されない事態。王国にとって一分一秒の遅れが命取りに成り得る危機。


 バスラー(ベイスラー)・BT-67の先任機長の元空軍大尉であるノンチャナは、タイ王国国王もまた自分と非常事態の重要さを共有されていると確信した。だから、即時に要請を受諾し、その通信が最短時間で完了する様に努めた。


 折角の名誉な時間を早々に切り上げるのは実に勿体ないとも感じていた。しかし、メコン川の向こうから立ち上るキノコ雲や巻き上がった塵雲の中でスパークを繰り返す激しい雷を空港の管制塔から直接に目にした後では、末代まで語り継げる栄光よりも、自らの責務を果たす事の方が重要であるとも知っていた。


 流星被害。人民共和国が迎撃に失敗した結果、多数の流星が隣国のラオスへと落ちた事は確実だ。しかも、どうやら、特別に巨大な塊がそのまま地表へと到達している様だ。


 どれだけの被害が生じているのかも想像出来ない。おそらくチェンマイの辺りにある地震研究所に尋ねれば、地表で解放されたエネルギー量がどれ程であるかも分かるだろう。しかし、今はそんな推測は必要ない。たった今の現実を自分の両目で目視しなければならない。


 ノンチャナは、機体チェックとエンジン始動の指示を出しながら、そこら辺を歩いていた経理担当や電話番に、そこら辺にあったデジカメや動画撮影機を押し付けた。そして、そのままバスラー(ベイスラー)・BT-67の機上へと拉致した。


 ノンチャナは、隣国領空への無許可の強行侵入を試みるつもりだった。


 それは軍用機では難しい。だからこそ、タイ王国国王は、民間団体であるオンゴン(องค์กร)ティ(ที่)ポックポーン(ปกป้อง)・クルンビン(เครื่องบิน)への無茶な要請を決断したのだ。


 本当なら、最も影響力を強く発揮出来る、バンコクに配備されている第904アグレッサー飛行隊を動かしたいところだろう。だが、それでは後で国際問題化してしまう可能性が生じる。


 全ての段取りを終えて、軍の組織を背後の憂い無く動員する場合、誰もが思う以上に時間を浪費してしまう。


 民間団体であれば、民間の責任者が詰め腹を切れば、即応対処が出来る。巨大な組織が擁する複雑な上下構造は、意思伝達速度を競うには最悪な条件である(故に、軍は軽はずみな行動に出る事を回避出来るのだが)。


 ノンチャナは、離陸前からラオスの航空管制局を呼び出していた。だが、反応は全くない。


 それどころか、電波を使った呼びかけに対する反応が全くない。ラオスもタイも、アマチュア無線のアンテナの建設許可がほとんど下りない。だから、自前の電源を確保している個人電波局が極端に少ない。仮に、違法なFM放送局がゲリラ活動(低出力放送)していたとしても、メコン川のタイ岸の都市「ノンカーイ」へも届かないだろう。


 送電インフラが全面的に機能不全に陥っている。中間に点在する変電所どうこうでなく、山岳部の水力発電所そのものが破壊されているのかも知れない。もし、ダムの貯水池の堤が破壊されていれば、流域に大津波の様な鉄砲水をもたらしかねない。


 それらの被害は、メコン川の南側にあるタイ王国領土へは到達しない。しかし、対応を間違えば、大量の避難民がメコン川を渡って逃げ出してくるだろう。そして、友好橋が利用不可能であれば、相当数の避難民がメコン川を渡り切れずに川底に沈む事になる。それを喜ぶのは川に生息する雑食魚だけだ。だから、何が何でも回避しなければならない。


 ノンチャナは、流星被害による被害評価を出来るだけの情報を収集して持ち帰る事を自分の義務と確信していた。確実な情報があれば、間違いのない被災への対処が出来る。おそらく、タイの空軍も陸軍も、自分が持ち帰る情報を前提に、活動開始の準備に取り掛かっているに違いない。


「ヴィエンチャン・コントロール。こちら、タイ王国登録、オンゴン(องค์กร)ティ(ที่)ポックポーン(ปกป้อง)・クルンビン(เครื่องบิน)所属機。機体番号「HS46155」。定期便に(あら)ず。救難目的の非定期便である。現在をもって当機は緊急事態を宣言する。ヴィエンチャン国際空港への緊急着陸の許可を求む。繰り返す・・・」


 ノンチャナは、メコン川が見えるまで国境線(河川中央線)に近付いてもなお、ラオス側の航空管制官を呼び出し続けた。定期便はすべて、流星警報を受信して、隣国の空港へとダイバート済みだった。だから、この空域で位置情報を発信しながら飛行している物体は、ノンチャナが操縦する機体だけだった。


 にも関わらず、ラオス側から発信される強力な雑電波で、空港や空軍基地に設置された大規模レーダーは奇妙なエコーに邪魔されて役に立たない。流石に、史上初の大規模流星被害に対応する電子フィルターなど実装出来ていない。


 そして、拉致して来た素人達二人に、事前に教えたとおりに機体の窓に張り付いてデジカメと動画撮影機で地上を撮影する様に即した。二人は、緊張した表情でそれぞれの機材の電源スイッチを入れて、小さな窓に張り付いた。


「こちら、オーポーコー(อ.ป.ค.)。ヴィエンチャン・コントロール。こちら「HS46155」。これより、機体をタイに向けて旋回させる為に貴国領空へ侵入する。速やかに貴国領空から・・・!!」


 ノンチャナは、ノーンカーイ〜ヴィエンチャン間に掛かるタイ・ラオス友好橋の西側からヴィエンチャン上空へ近付いた。だが、そこで信じられない光景を見たい。


 タイ・ラオス友好橋の中央がメコン川へと崩落していた。メコン川が、既に大型船舶が航行不能である事は明らかだ。良く見ると、タイ側のメコン川沿いの高層ホテルなどへの被害も目視確認出来た。


 ヴィエンチャン市街は、ところどころで大きな建物が崩れていた。だが、合衆国のフロリダ州近くで頻繁に発生するハリケーン被害ほどの、瓦礫の山と言う惨状ではなかった。


 ヴィエンチャン・コントロールからの通信はない。領空侵犯への問い合わせや警告も一切入って来ない。


 ノンチャナは、ヴィエンチャン北方を覆い尽くす真っ黒な塵雲への接近を試みる決心をした。ターボプロップ・エンジンもジェット・エンジンの一種だ。だが、ターボジェットやターボファン程に異物侵入に弱くはない。しかも、レプシロ・エンジン機を原型とするバスラー(ベイスラー)・BT-67は機体重量が最近のジェット旅客機よりも軽い。平原や田んぼへの無動力な強行着陸も容易である筈だ。


 ノンチャナは、そうやって自分を騙す事で最大限の勇気を振り絞る事にした。


 バスラー(ベイスラー)・BT-67は、ヴァンヴィエンへと続く"友好高速道路"を辿って北上を始めた。


 妙に小さくなったナムグン湖とナムソウアン湖が遠くに見えた。だが、それらの次に視界に収まる筈のナムグヌ湖が見えない。北上すればするほどに流星の爆発がもたらした破壊の度合いが急激に上がり始めた。そして、最後にナムグヌ湖のあった辺りに未だに凄まじい煙が上がり、その奥には何か高熱原体がある事を示す火の赤色が見えた。


 ノンチャナは、バスラー(ベイスラー)・BT-67を急旋回させた。いや、それを止めて急上昇させた。機体の仰角が上がり始めた頃に、急激な突風に機体を襲われた。必死に機体を立て直し、上空へと逃飛行を試みる。


 高度4千,000mまで上がり、ノンチャナは背中の向こうのキャビンで地上を撮影をしていた筈の二人の身を案じる余裕が持てた。しかし、離陸前にコパイを見付ける事が出来なかったので、操縦席から離れる事が出来ない。


 バスラー(ベイスラー)・BT-67をナムグヌ湖の座標と覚しき辺りで旋回させる。塵雲の間から時折見える地表。ノンチャナは、流星の大きな塊が落ちた事で、ナムグヌ湖はナムグヌ・クレーターへと変わり果てていると確信した。こんな事なら、オークション・サイトで激しいプレ値になっている、古いソニー製の赤外線に強いデジタル・カムと真っ黒いあの(・・)フィルターを落札させておくべきだったと公開した。


 もし、ここで赤外線を使ったRAWモード撮影が出来れば、もっと詳細な地形データを取得出来たと思ったからだ。


 彼は、バンコクのBTS国立競技場駅至近のショッピング・センター「MBK」の1Fにあるカメラ屋「Photo file」の常連の一人でもあった。飛行機オタクであるだけでなく、カメラ・オタクでもあったのだ。


 だが、人類が体験した初めての大規模な流星被害である。その直後の撮影である。可視光写真であれ、動画であれ、今後長く貴重な第一次資料として残される事になるだろう。


 しかし、ノンチャナは、不思議に思った。


 ーーー予報では流星被害のグラウンド・ゼロは昆明だった。


 そこは、ラオスの首都ヴィエンチャンより遙かに北である。まさか、ヴィエンチャンの目と鼻の先にあるナムグヌ湖へ巨大な破片が落ちると言うのはあまりに不自然だ。そして、ナムグヌ湖から東北方向に多数の小さめの破片が落ちて被害を出している様だ。


 ノンチャナは、バスラー(ベイスラー)・BT-67の高度をもう一度下げた。一瞬でも良いから、塵雲で隠された地表の被害を視認しなければならないと判断してだ。


 ランディング・ギアを出しっぱなしなので、まるで急降下爆撃中のスツーカ風の悪魔のラッパみたいな風切り音が聞こえ始める(ランディング・ギアそのものが収納式ではない)。


 ラオス最高峰「ビア山(2千,819m)」を中心とするシエンクワーン高原(山岳地帯の南部)の淵に沿って飛ぶ。


 コンカオ山(標高1千,400m)やコーアイ山(標高1千,000m)の上空500mを、山岳部への衝突を怖れながら降下と右旋回を同時に実施した。


 ナグナム川がほぼ干上がっている事。


 そして、ナグナム湖がクレーターとなって、地表が抉られて作られた楕円形の大穴の南端部を視認出来た。


 その後は、山岳部を避けて、メコン川沿いにラオス領空を飛んだ。


 それ以上北部へ侵入する事は、危険が大き過ぎた。メチャクチャな空気の乱流が発生している事が予想出来た。局地的に竜巻も起こっているかも知れない。何より、流星の爆発で巻き上げられた塵雲が厚く地表を覆っていた。これでは障害物の上空を飛んでも、地表の様子はまったく見えないだろう。


 しかし、山岳地帯が受けた被害がどれ程であるのかが気がかりだった。


 メコン川沿いのラオス国道13号線に、何カ所かの土砂崩れによる通過不能となっている箇所を上空から発見出来た。


 見慣れない円筒形の金属が斜面に一本転がっていた。


 メコン川に最後に掛けられた第五友好橋は健在だった。


 第五友好橋近くに流れ出るナニアップ川が、ほぼ完全に枯れている事が気になった。


 だが、この飛行で収拾した情報を直ちに上げなければならない。


 何。これ以上の情報収集は現役の軍人達が行うだろう。今日中に、「連合スペースガード(USGA)」の本体がウドーンへ乗り込んで来るだろう。もしかしたら、今頃には先遣隊がドンムアン空軍基地に到着しているかも知れない。


 ノンチャナは、ラオスがこの70年間に必死に築いた大規模インフラ、タイに買電して来た巨大な発電ダムなどを全て失ったものと判断していた。


 ーーーもう一度国家を立ち上げる余力は残されてはいないだろう。


 ラオスは、おそらく、仏領インドシナから独立した頃よりも遙かに悪い条件で国家を再建(・・)し直さなければならない。


 中進国であっても、経済規模が小さな国では流星被害からの自力再建は極めて困難である。その辺りは世界銀行(IBRD/IDA)だけではなく、そこら辺に捨てるほど転がっているシンクタンクでも同様の試算を出している。だから、何が何でも迎撃によって被害を最小限収めなければならない。


 タイ領空へ戻った後も、一つの事が気になった。


 円筒形の何かが折れた様に見える奇妙な物体が、森を伐採後に放置された斜面に転がっていた。


 空からは小さく見えた。


 明らかな人工物。ラオスへ輸入された工業機械の一部だろうか? しかし、それは周辺の景色に全く溶け込んでいなかった。明らかに悪目立ちしている様な印象を持った。


 ついさっき、突然にそこに置かれて放置されたばかりの様にも見えた。


 だが、正体については見当も付かない。後ろ髪引かれる思いだ。


「連合スペースガード(USGA)」とそれ以外では、流星迎撃の手法がかなり違っていた。


 前者は、大気圏外で、つまり地球周回軌道の低軌道(LEO)を通過し終えるまでに打撃(インパクト)を加える。それは大気圏突入時の大気ブレーキの減速=大気圧縮が引き起こす猛烈な高熱と圧力で、表面をヒビだらけにした流星が砕け散る事を期待しての事だ。


 後者は、熱圏と成層圏で打撃(インパクト)を加える事の方を好んだ。それは、衛星破壊兵器(ASAT)の信頼性が低く、地球周回軌道の低軌道(LEO)まで到達させるのに困難を覚えていたせいだ。JAXAが開発した「インヒビター・アシスト成形爆薬(※3)」をモノに出来なかった為に、弾頭の最終到達速度を上げられなかった。更に、純粋に、大気圏外で使用するタンデム弾頭(二重貫通弾頭)の量産化に失敗し続けていると言う事情もあった。


 やはり、1980年代から戦略防衛構想(SDI)で旧ソ連の長距離弾道ミサイルの相手を務めていた合衆国だけは別格であったのだ。積み重ねられた実験データの厚み。それと実際に自らが高いコストを支払って重ねた経験が生み出す技術はレベルが高い。コピーアンドペースト技術に特化した技術開発国では、応用力と言うか、その前の段階で必須となる発想力が養われないのだ。


 流星迎撃を達成する上で技術的要求の、つまり前提条件が極めて難題なのだ。相対的に極超音速で近付く物体同士の落下軌道と上昇軌道(或いは下降軌道)を予測して、迎撃ミサイルを打ち上げて衝突させなければならない。または弾頭の有効破壊円の中に収めなければならない。


 衝突に成功したとしても、バンカーバスターの要素を併せ持つタンデム弾頭(二重貫通弾頭)でなければ、流星の表面をちょっと焼いたり溶かした所でエネルギーを使い果たしてしまうかも知れない。


 人民共和国はそれでも、過去の流星被害は何とか防げていた。詳細ではイロイロあった様だが、少なくとも公式にはそう言う事になっている。或いは、みずからの優秀性を証明する為の手段として、流星迎撃の成果を政治利用していたきらいもある。


 比較的に拙い技術しか持ち合わせていなかったにせよ、今までは、最低限の結果であれば十分に出せていた。しかし、背伸びのしすぎは、意外に早く、もっとも想定外なタイミングで甚大な失敗をもたらす。


 今がその時であった。厚化粧はいつか剥がれる。運任せの気合い勝負では永遠に難局を乗り切る事は出来ない。


 首を縄で吊られ、爪先立ちで、.44マグナム弾を装填したS&W M29を片手でホールドして、5m先にある標的のど真ん中を撃ち抜き続ける。そんな曲芸を永遠に成功させられる筈もない。予想可能な結末であった。


 ただし、その曲芸を繰り返し成功させる事でしか、命(←他人の。自分のものではない)よりも大切な面子を守れないと言う信仰を持つ人々を除いて。




 日没直後、ウドーンターニー県とノンカーイ県とムクダーハーン県にある全ての大規模ショッピング・センターにタイ王国陸軍の徴用部隊が到着していた。


 タイ王国の最大ショッピング・センター・チェーンとして覇道を競い合う、"ビッグC"と"ロータス"を、軍事力によって完全に封鎖していた。


 ビッグC・ウドーンターニー支店第2号では、金色の台に置かれた座布団の上に置かれていた、タイ人には見慣れた黄色い(マーク)が描かれた上意書らしきものを、高級軍人が恭しく両手で開いて公開した。


「タイ国国王陛下のご意向である。たった今、タイ王国陸軍がビッグC・サーカー・ウドーンターニー2の全ての商品を買い取った」


 師団長がレジ・カウンターの横に並んでいたキャッシャー達と集計中や支払い待ちの買い物客達に対して宣言した。


 タイ国国軍も、予想外に機敏な反応でアクションを取っていた。それはつまり、タイ王国の総意は、ラオスが受けた大災害が、自国の存続をも危ぶませる"今そこにある危機"として対処する事にあったのだ。


 即応動員による大胆な初期対処を、過去に例を見ない手法で実行する事にした。


 歩兵の一団が両手にバケツを持って現れる。全員がほぼ同時に沢山のバケツを床に落とした。


 ーーージャリン!!


 凄い音がした。キャッシャー達が床に並べられたバケツの中身を見ると、小銭や小額紙幣や大額紙幣や23金のアクセサリーなどが満杯に詰められていた。駐屯地の金庫だけでなく、二等兵の財布の中身までも一時的に供出させたに違いない。


「足りない分は後日に届ける事を約束する!! なお、買い取った物資は友邦への支援物資として活用する!!」


 師団長もポケットの中から自前の財布を取り出した。中身をすべてバケツの中へと放り込んだ。続けて、指に填めていた23金の指輪をゆっくりとそれらの上に誰の目にも見える様に置いた。


 国家総動員体制へ移行済みである事を、自らの痛みを以て示した。後から遅れてになるだろうが、議会から「戒厳令」が発布されると、一部の買い物客は気付いた。


 何が起こっているのか理解が追い付かないビッグCの職員達は、最初から最後まで呆気にとられたままだ。


「同意いただけた事に感謝する!!」


 師団長は電撃戦(ブリッツ)で事態を進行させる事にした。混乱期であれは、それを機会として、出来るだけ多くの建設的(・・・)既成事実を出来るだけ多く積み重ねなければならない。


 右腕を、誰の目にも見える様にゆっくりと上げた。


「物資の積み込みを開始しろ!!」


 その声と同時に、徴用部隊の本隊がシステマチックに店内へ入って来る。そして、実に機能的に食料品、日用品、衣料品などを店外に待機していた大量の軍用トラックと徴用して来た路線バスとソンテオに積み終えた(後方にトレーラーを連結した、陸軍兵の私物を覚しきオートバイも少数だが確認出来た)。そして、大急ぎで「北」を目指して国道二号線を爆走した。


"ウドーン"ではこれと同じ風景が、ライバルのショッピング・センターであるテスコ・ロータス・サーカー・ウドーンターニーや巨大ホームセンターのホームプロ・サーカー・ウドーンターニーでも繰り広げられた。


 流石に周辺大国と評価して差し支えないタイ王国とは言え、隣国の首都の被災民を長期間に渡って養える程に大量の支援物資の貯蔵はない。


 もし、短期間で衣食住+医を再構築(提供)出来なければ、大規模な難民が発生してしまう。周辺国へ雪崩を打つだろう。そうなると、ただでさえ不安定なインドシナ半島とマレー半島の社会が乱れる。


 この災害を引き金に周辺国の均衡が崩れるかも知れないと言う事だ。そうなると、カンボジアに非公式で駐留する最大の脅威、人民解放軍が本領(・・)を発揮し始める事になる。


 ーー非常に危険です!!


 タイ王国や多くの周辺国家にとっての最悪の筋書きだけは、何が何でも封じ込めなければならない。事態と言うのは動き出してしまえばもう手が付けられないが、動き出させない為に有効な手段ならば講じられる。それは、決して突け入る隙を見せない事だ。


 衣食住+医を(まかな)う物資を全土からかき集めるのにも時間が掛かる(実際の所は、かき集めた適材を適所へ配布する方こそ至難である)。だから、大企業の店舗で現地徴用を手っ取り早く実施した。だが、この段階で小店舗のミニ・ビッグC、市場、個人商店、コンビニへは行っていない。


 さすがに、隣国を助ける為に、自国民に対して覆せない不満を抱くほどに飢えを強要する訳にはいかない。最初に徴用した物資を有効に理由して時間を稼ぐ。その間に追加物資を持続的に供給出来る、本命となる兵站=物流ルートを確立させなければならない。そこら辺は、軍が直接に手を下すよりも、官僚の皆さんや民間の物流業者達に丸投げした方が上手く行くだろう(輸送業務を委託して、軍は輸送路の安全確保を徹底すれば良い)。


 大規模徴用は初回のみ。たった一度。しかも、大企業が直接経営する大型店舗のみ。タイ王国は賢明にも、この方針を最後まで徹底した御陰で、それからずっと、緊急事態が収拾されるまで、メコン川のタイ岸であれば、クイッティアオなどの定番料理を提供する屋台を見つけ出す事は難しくなかった。ただし、荒い作業の物流では損傷が著しくなる鶏卵の市場への供給量が細った都合で、地域料理の「カイ・ガタ」の提供だけは停止されてしまった。


 まあ、代わりにジョーク(おかゆ)でも食っとけ。ネーム(タイ・ソーセージ)の薄切りくらいはサービスで入れてやるから。


 この様に、タイ王国はラオス人民民主主義国を全力で支援するつもりだった。おそらく、後になれば、国際社会からタイが単独で注ぎ込んだ分の利益くらいは容易に回収出来ると踏んでいた。


 何より。フランス(※2)がチャオプラヤー川を使って首都バンコク真横まで砲艦を遡上させるまでは、王宮を射程圏内に置いた圧迫交渉を行うまでは、ラオスが自国の勢力圏に含まれていたと言う気概もあった。


※0= ウボーンラチャターニー=อุบลราชธานี。ウボーン=อุบล=UBOL(UBON)。 // ウドーンターニー=อุดรธานี。ウドーン=อุดร=UDOR(UDON)。


※1= モン族による反政府活動組織。合衆国とは同盟関係にあった。


※2= フランスは、カンボジアに対してもタイに対して行ったのと全く同じ種類の砲艦外交を実行している。


※3= in- hibitor。2023年の段階で、日本国では最終到達速度は第二宇宙速度(惑星間物体速度)まで物体を加速させる高速射出試験装置の開発に成功している。

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