星が落ちた国で。 〜8
自然災害由来の人災がポーンサワンを壊滅させる10分ほど前。
シエンクワーン県とルアンパバーン県の県境のあたり。ラオス国道7号線で深刻な交通災害が発生した。
災害の発生場所は、ちょうど、人民共和国、ヴェトナム社会主義国、タイ王国の三国をラオス人民民主共和国を中心として結ぶT字路付近、東側に当たる。
ラオス国道7号線は、ラオス中部と東部から国境を越えてヴェトナムへと繋がる亜幹線だ。始発点は、"アジアハイウェイ"の一部でもあるラオス国道13号からの分岐点にある。
一方、ラオス国道13号はラオス経済(政治も)を支える幹線だ。もし、何らかの事情で不通となれば、ラオスは顔を真っ青にして復旧作業に取り掛かるだろう。
何故なら、ラオス国道13号こそが、北部国境にある友好国が建設してくれた巨大コンテナ・ヤード「磨丁互市交易区(※1)」とメコン川近くに作られた「タナレーン・ドライポート(※2)」を結ぶ為には不可欠な、いわゆる"国際経済の大動脈"であるからだ。
21世紀序盤から、ラオスは北方の友好国の支えなしでは立ち上がれない国家へと墜ちていた。
アジア通貨危機前と同様に、日本国やタイ王国から巨大額の経済援助は引き続き行われていた。だが、気が付いた時には、北方の友好国から、テーブルのアンダーで大っぴらに手渡される山吹色のお菓子に、彼の地のお役人様達が揃って骨抜きにされてしまった。
いや、こう言い換えよう。彼等による経済援助は、公的な投資先に留まらず、民間企業や個人へも実行されたのだ。何と慈悲深い。やや援助交際っぽいアジア的優しさを発揮してくれたのだ。
このやり方で来られては、国内法による司法的縛りで雁字搦めにされている日本国の経済界にはどうにも太刀打ち出来ない。
良い商品を開発すれば売れるワケではない。買い手に喜ばれる手法で売り込む営業担当者を送り込める国や会社の商品だけが売れるのだ。コンペ形式で受注が争われる大規模商取引であれば尚更だ。
開発途上の貧しい国あるあるでアル。骨が抜かれたお役人様達は、自国が被った被害に対して大した興味もなかった。むしろ、その山吹色のお菓子を元手にビジネス界に転進したり、フィクサーになったり、子弟を国外へ留学させたり、ヴィエンチャンなどの都市部でしかまともに走行出来ないベンツの名車を買ったり、郊外の悪路でもへこたれないタイ王国から密輸したSUV「トヨタ・フォーチュナー(←この車種以外本当に走ってない (※3))」や、赤土ですぐに真っ赤に染め上げられる運命にある瀟洒な白い豪邸の購入にこそ興味を持ち、造詣が深かった。
万が一、いや、億が一、司法的な問題が生じれば、だいたいは問題をもみ消す(司法側もそれをネタ小遣いを稼ぎたい。オレにも分け前を寄こせ的な活動)。政治的に間違ってどうにもならなければ、迷わず国外へ移住した。
自分の懐さえ暖まれば良い。その為に決裁権のあるエラいお役人に、すべてを犠牲にして就任したのだから。"魚心あれば水心"である。それを理解しない者は、彼の地では無粋の極みだった。
そんな感じで、定番テンプレを通過して、当然の如くラオスもまた、先達の例に習って債務の罠に嵌まってしまった。そんな政治。経済的な背景もあり、北方の友好国の資金と貸した金によって建設された貨客鉄道は事実上乗っ取られ、ラオス国道13号の路上でも、ラオス・ナンバーの車両よりも、北方の友好国・ナンバーの車両が幅を利かせて走っていた。
そして、北方の友好国・ナンバーの車両は、ほぼ例外なく南北を行き交う巨大トラックだった。
話を元に戻す。ラオス国道13号は、ラオス人民民主共和国領土内で最長・最大級の幹線道路であり、ラオスを中心として周辺国同士の交通・物流を陸路で連結させると言う地政学的な強みを持っている。
ラオスでは21世紀中盤になっても、収益性の高い国内産業を開発出来ていなかった。だから、自らの領土を国際物流のハブとなる交通インフラと化する事で税収額を上げようとしていた。
これは関税と入国税と出国税と手数料と交通保険と罰金を目当てにしてである。
これなら貨物が全て自国を素通りしてしまっても、膨大な貨物通過料を搾取出来る。概念的ではなく物理的に"守株待兎"を地で行くビジネスっぷりだが、兎なら次から次へとやって来てくれたので無問題だった。もっとも、兎以外にも来たものはあった。確かに入り込んで、巣くったり、イロイロな影響力を発揮すべく努力していたが、それはそれで見てなお、ラオスの為政者達は見えない振りを貫いた。
事実、ラオスは物流ハブ国になれる絶妙な位置にある。タイ、ヴェトナム、カンボジア、ミャンマー、北方の友好国それぞれの幹線を自国の幹線を介して接続させる可能だった。
ベトナムやカンボジアとの接続路はインドシナ半島を縦断・横断するルートのでもある。ミャンマーへの接続は、ラオスの北方にある国家の物流ネットワークを、インド洋へつなげるバックアップ用のルートとしても有益だった。
T字路で一度分岐したラオス国道7号は、ポーンサワンの分岐点から始まる山岳バイパス路を経由して、最終的にラオス国道13号と再合流し、サワナケートやパクセーを通過して、最後にカンボジア国道7号線(これもアジアハイウェイの一部)の最北端へと至る。その先はセコン川を越えて首都プノムペンを目指すルートが始まる。なお、その辺りで腹が減ったなら、セコン川橋北側に建てられたハラルな煮込みラーメン屋がオススメだ。
以上の地理的要因の御陰で、対岸にタイが控える国際河川を跨ぐ国際橋を架ける資金はいくらでも集められた。タイとの国境線は南部と東部で長大だが、それでも21世紀中盤には、何と5本の国際友好橋と外国に作ってもらったラオス国内の巨大橋と言う計6本の重大な交通インフラが運用されていた。
他の三カ国との国境線も、タイとのそれと同様に長大だ。しかし、平地で、しかも首都(ヴィエンチャン都。ヴィエンチャン県とは異なる)が接しているのは、タイだけだ。
地政学的にも歴史的にもラオスはタイに近い。人民共和国にとっては、その状況を打ち破るための、山岳地帯を多大なトンネルで突き抜ける貨客鉄道の開通であり、ヴァンビエンから先には伸びなかった高速道路の建設である。力業=我田引水でラオスの心臓だか、ナニを握りしめる事に成功したのだ。
そして、ナニかを握りしめた後は、「釣った魚に餌をやらない」へとフェーズが早々に切り替わる。それは、一生甘やかしてもらえると騙された種類の人類が、歴史を超えて共有し続ける苦悩でもある。
他力包含のツケは結構高く付く。共同作業が上手く行った方が、失敗した場合よりも主観的には高く付く。
人民共和国の流通業界が傘下に収める大量の巨大トラックが引っ切りなしに、それも我が物顔でラオス全土を爆走している事情はそこら辺にある。
交際費用の予算確定→交際開始直後のワクワク感→初期利益の確定。そこまでは大抵の場合は上手く行く。しかし、そこから先=将来的な期待値の遷移具合に対して、釣り人と獲物である魚の間で大きな乖離が生じ始めるのは、どうにも避けようのない事象だ。正比例やら反比例やら。相対的な価値評価において。
ラオス国道7号線がラオス国道13号へと併合される件のT字路は、ラオスの山岳地帯のポーコウンと言う「峠町」に存在する。村か? いや、集落かも・・・。
北方の隣国からラオス中部を越えてタイ王国を目指す場合、「峠」が最後の難所となる。或いは上り道から下り道へと変わる「分水嶺」と言える。
その「峠」を越えて、ラオス国道13号をメコン川に向けて南下すれば、ヴァンヴィエン→ヴィエンチャン→ノンカーイ→コンケーン→サラブリー→バンコク→パークナーム(サムット・プラカーン県)へ続く、標高1千,500mから海面レベルまで降りる長い長い下り道が続く。
ヴァンヴィエンまでの移動であれば、かなりの勾配のきつい下り坂の連続となる。そこを過積載で進むので、九割方のトラックのホイールからは引っ切りなしに煙が立ち上っている。日本の峠で走り屋の皆さんの愛車が漂わせる、ブレーキのフェード現象のあの臭いとはまた違う煙だ。
排気ブレーキとかないのかと疑いたくなる。それとも車軸の屈折・連結部やハブの後ろにあるベアリングとかが煙の発生源なのだろうか?
山岳部のラオス国道7号線の役目はヴェトナムへのアクセスだけではない。これから壊滅する運命になるポーンサワンから、県道レベルの山岳バイパス路が南へと延びてる。交通環境は更に酷くなるが、山岳バイパス路はメコン川沿いでラオス国道8号線へと合流する。そこから先はパクセーを通過して、タイ東北部やヴェトナム中部へと続いている。
こちらはメイン・ルートではない。だからトラック・ドライバーとしても報酬が低いので、出来れば仕事を受注しなくない。それでも、受注を断れない場合もある。そんな訳で、彼等の運転作法は、ラオス国道13号を走っている同輩ほどに紳士的ではない(糞味噌と言う話もあるが)。
ラオス国道7号線に限らず、山岳部の道路、特に亜幹線の幅はとても狭く、更にキツい勾配の坂道ばかりである(最近に整備された都市部の道路以外は、漏れなく幅がものすごく狭い)。どの喰らい狭いかと言えば、幹線であっても、巨大トラック同士がすれ違うのがやっと。または、すれ違いが不可能なレベル。日本国の感覚では、古いニュータウンの住宅地の生活用道路をダンプカーで爆走する感じ。みたいな。
そして路面は簡易舗装がなされているだけなくので、直ぐにあちらこちらが捲れて、大きな穴が開き始める。ラオス国道13号でさえボロボロだ。だから、ラオス国道7号線や山岳バイパス路の路面状況が良好である筈がない。
これは悪意のある放置プレイではなく、単純に予算と人手不足の問題だろう。インドやネパールだと雨期前までには、ほとんど全ての幹線と亜幹線の路面は補修される。だが、ラオスではそうでもない感じ。国力の差を感じざる得ない。
え? 世界最貧国にの一つのネパールよりも道が悪いの?
そうだよ。ラオスだって世界最貧国の一つなのは同じだよ。
目立たない、存在感希薄な最貧国ってのが、一番辛いんだよ。
90年代のニューズウィーク誌によれば、直ちに経済的に大発展する五匹の龍みたいな国の一つにラオスが数えられたけど・・・。正直、あの総合誌は読み物としては面白いけど、未来予測をする為の材料は提供してくれない。だいたい、その4年後にはアジア通貨危機が・・・。
21世紀に入ってからはインドなんかよりもよっぽど悠久なラオス。間違ってカオスとタイプ・ミスしそうなラオス。
そんなラオス国道7号線の左右・両脇には、バラック小屋が延々と続く。隙間もなく建てられている。その光景には、20世紀のインドやネパールの田舎の街道風景を彷彿とさせる懐かしさがある。
しかし、「試しに住んでみたいか?」と尋ねられれば、回答は即座に「ノーサンキュー」だ。タイの運河沿いの、何だか床が色々な意味で不安定な家屋であれば本気で住んでみたいけれど(運河や家内の水場で蚊が大発生しない事が条件)。
何で道路の脇に家を建てるのか。それは発展途上国では、線路の脇が不法建築で占領されているのと理屈は同じだ。地面が平らだし、交通アクセスが確保されているし、洪水ですぐに水が付くこともないし、仕事場や職地場に近いかだ。そして、群れる事が出来るから。
しかも、ラオス国道7号線の周辺は険しい山岳地帯。平地が少ない。幹線である国道7号線へアクセスする為の生活道を整備する手間も省ける。だから、道路脇だろうと、物理的に小屋を建てる余地がある環境であれば、必ず小屋が存在している。おそらく、更地になればすぐに他人が家を建て始めるだろう。
そこに暮らしている人々は、ラオス人だが、多数派のラオ族ではなく、少数民族が多い。
だが、最近では多くの民族が混血や、文化交流が20世紀には予想出来なかったくらいに進んでいる。おかげで、いろいろな生活習慣が混ざり合い、フランス領インドシナから独立を果たして以後初めて、国民の間で「自分達がラオス人の一人一人である」と言う仲間意識が芽生え始めていた。
それは、"ラオス人全体が共有する脅威"と言う認識が彼等の間でじんわりと広がり始めていたからだ。
共通言語であるラオス語による教育も、やっと充実し始めている。地方暮らしの女子であっても、誰もがお下がりのシン(女性用の伝統衣装。発音は声調付きなのでカタカナ読みの発音じゃ通じない)を身に付けられる様になった。その位であれば、生活に余裕が出始めていた。
そんな人々が暮らす小屋と小屋の間や真横を、巨大トラックは本当に掠める様に走り続ける。
まるで、ラリーレイドに参加してトップ争いに身を投じるレーシング・カミオンのドライバーもたじろぐ様なハイ・スピードを維持してアクレッシブに走り続ける。
巨大トラックを避けながら、ラオス国道の端を歩く新しい世代の"ラオス人"や、彼等が暮らすたくさんの小屋は、6輪から8輪の、人間一人の背の高さほどもある巨大なタイヤが巻き上げる、䃯、れき、つぶて、小石などによる攻撃を常に受けていた。
ーーーそれも永続的に。一日二四時間。昼夜問わず。
それでも我慢をしていた。抗議の声を上げても、聞いてくれる中央のエラい人がいなかったからだ。
ある日、その時、その場所で、掃いて捨てるほど存在するトラック・ドライバー達の一人が、ハンドル操作を誤った。
正確には、舗装路と主張するのが烏滸がましく感じる程にアスファルトが剥げまくって、そこをタイヤが空転して作り上げた無数の穴の一つに操舵輪の片側を取られて、過去に存在した事もないラオス国道の中央線に沿って直進する事が出来なくなった。
その結果、巨大トラックの1両が、ラオス国道脇にあるバラック小屋の列へと突っ込んだ。過積載量と地球の重力加速を重ね合わせた膨大な運動エネルギー量が、トラックの正面バンパーと右側面の構造物と接触する物体の全てに余す所なく伝達された。
伝達先は、細い廃木材などを支柱として建てられたバラック小屋である。その様な華奢な建築物が、圧倒的に巨大な慣性エネルギーに対して大した抵抗値を示す事など出来る筈がない。バラック小屋の列は、ほとんど抵抗ゼロで次から次へとトラックに押し潰されて行った。
巨大トラックは、10軒ほどの小屋が瓦礫と変わった後で、暴れ回って気分がスッキリしたのかジェントルに停車した。
それは、バラック小屋10軒がもたらしてスッキリした=抵抗摩擦による反発で慣性エネルギーを使い果たした訳ではなかった。ラオス国道7号線は右側走行である。巨大トラックが車両右側にあった、山を削って道を作り出した後に残された岩壁面に車両側面をハデに擦り付けたからだった。
もし、巨大トラックがハンドルを取られて車両左側に飛ばされていれば、トラック・ドライバーと車両は道路と別れを告げて、力強く空に向かって跳ねていただろう。そちらにあるのは岩壁ではなく、崖と谷底だけだからだ。もし、そうなっていれば、巨大トラックと岩壁に挟まれて潰れるバラック小屋の数も、たった一軒か二軒で済んだ事だろう。
バラック小屋の奥行きが最低でも3mあった。だが、巨大トラックと岩壁に潰されて、今ではせいぜい30cmにまで縮められてしまった。
或いは、そうならなかったバラック小屋の成分は、巨大トラックのタイヤの下に潜り込んでいた。こちらの方は、厚みは3mから30cmどころか、たった10cmにまで縮められていた。
ここで取り返しが付かない問題となるのは、バラック小屋の被害ではない。これは金の問題であり、立て直すにもそれほど大した金額は必要ない。一緒に潰された家電製品だって、買い直す手段が存在しない訳ではない。
問題は、厚さが大幅に縮められてしまったバラック小屋、一軒一軒の中には、そこで生活する人間が入っていた。
例えば、都市に出稼ぎに行った息子夫婦の帰りを待つ置いた老人達だけでなく、子育て中の母親と乳飲み子、更に仕事もせずに毎日酒を飲んでばくち遊びに興じる良い年の大人が多数が入っていた。
それらの全てがバラック小屋と一緒に潰されてしまった。
一軒一軒のバラック小屋の中に、そこで生活する人間が入っていた事である。都市に出稼ぎに行った息子夫婦の帰りを待つ置いた老人達だけでなく、子育て中の母親と乳飲み子、更に仕事もせずに毎日酒を飲んでばくち遊びに興じる良い年の大人が多数がバラック小屋と一緒に潰されてしまった、誰の目にも観測可能な科学的事実にこそある。
観測可能な科学的推察によれば、それらの人間の全てがバラック小屋と一緒に、厚み30cmや10cmに縮められてしまった様に見える。人間の頭蓋骨の厚みは、生まれたばかりの赤ん坊であっても直径10cmの幅には収まらない。
そこに居た老若男女の全てが、押しつぶされた。それも、人間の形を残していないと想像出来るくらいに強い力で。
さっきまで元気だった人や、旦那の文句を言っていた嫁や、孫を学校へ送り出そうとしていた祖母もまとめて、極めて平等にプレスされた。或いは、仏教の概念に照らし合わせれば来世へと旅だったのだ(これは異世界への転生とは別の概念だ。今世での解脱に失敗して、来世で再挑戦する事となった・・・みたいな意味合いだ)。
その交通災害に巻き込まれなかった幸運な者達は、巨大な破壊音を上げながら繰り広げられた悲惨を目撃していた。だが、何が起こったのかを理解するまでに、少しばかりの時間を要した。
彼等に我を取り戻してくれたのは、巨大トラックのドライバーの奇行だった。車両右側を激しく潰しながらも、左ハンドル車だった事から、ほぼ無傷で運転席から降りて来た。
きっとキチンとシートベルトを締めていたのだろう。その意味に限れば、極めて模範的なドライバーである。
運転席から道路にジャンプして降りた途端に、模範ドライバーは激高。大きな声で宙に向かって怒鳴りながら、自分のトラックが踏みつぶしたり押しつぶしたりしているバラック小屋の残骸と、それ以外の内容物の残骸を足で力一杯に蹴り始めた。
ストンピングに酷似する動作に見えた。見る目のある者であれば、まるで、かのアーチ・ゴルディへのリスペクト示すかの様な、本当に見事なモンゴリアン・ストンピングであると見抜けただろう。
ただし、ストンピングに興じる瓦礫の下に挟まれているのは、ジャイアント馬場やキニスキーなどのスター☆プロレスリング選手の鍛えられた肉体ではなく、自分のトラックが押しつぶした交通被害者達のご遺体であった。
雄叫びがラオス語でなかったので、その光景を呆気にとられながら眺めている人々は、トラック・ドライバーが何を怒鳴っているのかはほとんど聞き取れなかった。しかし、トラック・ドライバーが何に憤って癇癪を爆発させているのかは察した。
ーーーオレの大切なトラックと荷物をどうしてくれるんだ!!
ーーー何て事をしてくれたんだ!!
ーーーテメエらのボロい小屋のせいで大変なことになった!!
ーーーこのクソ野郎共!!
以下、GAFAのプラットホームでは、取り扱いが厳しく制限されている不謹慎な特殊ワードの連続。
そこで、呆気に取られていた人々は気付いた。外国人が、怒りにまかせて足で力一杯に蹴っている山の様な残骸の間には、ご近所さん達が(正確にはだったものが)、まだ挟まれたままと言う事実に。
稀代のストンパーは、凄まじい攻撃性を地球に対して表現し続けた。それは、ローンを組んで買ったトラックが中破したからかも知れない。会社から貸し与えられたトラックの修理費が自分持ちになるからかも知れない。単に自分の責任ではなく運が悪かっただけと世界や社会に怒りをぶつけているのかも知れない。
攻撃衝動の着火点が何であるかは計り知れない。もしかしたら、本人にもさっぱり分からないのかも知れない。ただ、単に野性的な衝動に突き動かされ、我を失っているのかも知れない。
これだけは確実だ。自分は悪くない。損害の責任を、自分以外の誰かに擦り付けなければ気が収まらない。
しかし、トラック・ドライバーがこの交通災害を通じて予期していなかった経済的負債と受けたのと同時に、バラック小屋に住む人々や、住んでいたと言う過去形になってしまった人々もまた、社会的・生物学的負債を与えられてしまった。当然、それはトラック・ドライバーがバラック小屋に住む人々や、住んでいた人々に対して一方的に与えた被害だった。逆に、科学的な検証によれば、社会的・生物学的負債を負わされた人々は、トラック・ドライバーに対して微塵の負債も与えてはいなかった。
だが、このとても簡単(単純?)であり、極めて一方通行な事実を、トラック・ドライバーはどう言う訳かまったく思い付かなかった。本来ならば、司法と言う秩序に基づいて発効する警察力が、刑事・民事的な負債の解消を即すべき事案だろう。しかし、法治国家がほとんど存在しないアジア全域において、法の天秤を前に全ての人類の平等を求める事が許されると言う「宗教」に帰依している人々はほぼ皆無だ。
ーーーいや、自分のケースはで激しく求めるが、他人のケースでは求める事を一切許さないのだ。
「自分」には低所得者層は一切含まれない。いや、低所得者層は「自分」にはなれない。常に悲劇の当事者となる人々は、この一点の真理をとても現実的に悟っていた。「人間と市民の権利の宣言」は人類にはまだ早過ぎる模様。そう言えばラオスの旧・宗主国ってどこでしたっけ?
交通災害の負債を一方的に押し付けられた者達は知っていた。自分達が生まれて暮らしている国家の政府、軍隊、警察が、国境の北側からやって来る外国人を自国民よりもよっぽど手厚く保護している事実を。仮に、自国民がその外国人に対して暴行事件を起こせば大事件となる。逆に、その外国人が自国民に対して暴行事件を起こせば被害者は捨て置かれる。
彼等に出来る自衛策は、出来るだけ自国内を闊歩するその種の外国人に出来るだけ近寄らない様にするくらいしかなかった。
結果、恐ろしくてまるで腫れ物の様に扱う事になる。
偶に見掛ける奇妙な欧州人とその種の外国人は"枠"が違うのだ。欧州人であれば、被害の責任(非)を問う事も出来る。しかし、国境の北側からやって来る外国人だけにその常識は通じない。事実上、自国の司法権が及ばない"治外法権"を背負っているのだ。
50年を超えて続いた理不尽な状況に慣れ過ぎた大人達は、進むも退くも決められずに躊躇するばかりだった。
だが、この流れに変化の兆しがもたらされようとしている。
世界を変える導火線に着火するのは、常に精神的な子供である。本物の大人の様な分別を持ち合わせる、精神的な熟成を達成した者では絶対的にありえない。
手脚を振り回して、更に顔を真っ赤にして暴れる外国人を遠くから取り巻く人々の群を出て、バラック小屋の残骸と巨大トラックに向けて、たった一人の少女でフラフラと近付いて行った。
運良く、大惨事が起こった時に自宅にいなかったせいで、犠牲者の一人とならずに済んだのだ。
長めの黒髪、茶黒の瞳、メラニンがかなり多目の肌。
とても小柄な、日本人の少女であれば小学生低学年かと見間違える程にか細い。
ただし、栄養不良ではない。単に、可憐と言う印象を我々外国人に与えるだけだ(当地では、別に珍しくもない体型だ)。
タイやラオスで生まれ育った少女達は、第二次性徴期が始まるまではかなり確実に小柄で手脚が細い(中には始まっても細いままと言う、運が良いのか悪いのか分からない固体もいる)。
まるで、夢遊病の患者であるか、いや目撃している光景が生涯を通じてのし掛かる現実であると認められずに、拙い足取りで歩いて行った。
少女の名前は"トゥイ"だ。正確には、少女の"スートゥイ"が"トゥイ"だった。ラオ族とモン族(※4)の混血で、クランではなく、ダオヴィーサイを持ち合わせていた。
大半のご近所さん達はモン族だ。"トゥイ"と違って、"一八クランの一つ"に属している者だ。
外務省によれば"危険レベル2"とされているこんな辺鄙な山岳地帯であっても、民族間の融和は想像以上に進んでいる様だ。多くの民族が集まってくる都市ではなく、ここの様な僻地であっても、いろんな場所から他民族が集まったり、流れてきたりして、同じ集落に住まう様になりつつあった。
混血化・混在化が進み、TV文化や学校教育の充実によって、ラオスでも民族の坩堝化が始まっている。しかし、それ以上に効果的なのが、他民族間で共通の敵=脅威を共有することだ。それならば、北の国境を越えてやって来る態度の大きな隣人の存在は、悪い事ばかりでもなかったのかも知れない。
ーーーラオス国籍保有者にとって共通の「憎まれ役」は、民族同士の鎹としても働いていた。
周辺に集まっているご近所さん達は"トゥイ"の本名を知らない。いや、多分、本人と両親以外に知る者はいない。何故なら、それは割とどうでも良いことだからだ。何故なら、ラオ族やタイ族の社会では、本名による呼び合いはしない。代わりに"スートゥイ"で呼び合う。
"スートゥイ"とは、一般生活で互いに呼び合う時に利用される「あだ名」である。運転免許証と言った公文書の本名欄以外では、基本的に"スートゥイ"だけが利用される。
もしかしたら、"トゥイ"のダオヴィーサイを知っている者は幾人かはいたかも知れない。しかし、クンタニットを知っていた者はほとんどいなかった。
"トゥイ"は、母と弟の名前を小声で呟きながら、まるで幽霊あるかの様にぎごちなく歩いていた。
進むも退くも決められずに躊躇している大人達は、そこでやっと思い出した。"トゥイ"は、母や弟などの家族と一緒に、さっきまでバラック小屋だった残骸の中で暮らしていた歴史的事実を。
それは、つまり、少女の家族は、おそらく、バラック小屋と等しく、既に残骸の一部と化してしまっている可能性が高いと言う事を。
ーーーお気の毒に。(唱えるだけなら、何度繰り返しても無料です)
そうであっても、大人達はただ"トゥイ"の後ろ姿を見守る事しか出来なかった。
だが、次の災害はすぐに発生した。
激高して暴れているトラック・ドライバーが、自分に近付いて来る"トゥイ"に気付いた。そしてあろう事か、辺りに散らばる残骸を足蹴にするのを中断して、"トゥイ"の腹に向けて華麗な周り蹴りを賜った。
せいぜい30kg台の体重しかない少女である。その身体は見事に宙を舞った。打ち上げられた地点から2mほどの弾道飛行を体験した後、事故で動かなくなったトラックの左側のタイヤに激突して、路面へと垂直落下した。
路面に落下した後は、"トゥイ"の身体は完全に自律を失ったと思える非人間的なポーズを取るだけ。指一本動かさなくなった。
そして、忙しいトラック・ドライバーは、自分のトラックが発生させた瓦礫を繰り返し踏みつぶすと言う、自分が聖務と信じるだろう作業へ復帰した。
進むも退くも決められずに躊躇している大人達がその光景を無言で眺めていたのは、それから約5秒間だけだった。
彼等は、進むか退くかを選択した。躊躇しているのを止めた。
誰か一人が、足下に転がっていた拳ほどの大きさの石を拾い上げた。激高して暴れているトラック・ドライバーに向けてそれを投げる。それは奇麗な弾道軌道を描いて、トラック・ドライバーの頭部を擦った。
ショックを受けて振り返って睨み付けるトラック・ドライバー。自分に石を投げたと覚しき方向を見定めて突進して来る。だが、その人災の素の突進は直ぐに中断された。走り出した直後に、今度は顔の真ん中に拳ほどの大きさの石が、新たに命中したからだ。
多勢となれば抗議活動に、次から次へと身を投じる者達が次から次へと現れる。石や瓦礫やいろいろなものが、トラック・ドライバーに向けて無数に投げ付けられ始めた。
形勢逆転。
立場が変われば、有利な形勢であれば、理不尽に敢えて抗わない者はいない。弱い者虐めされていた者が、自分を虐めていた者よりも立場が上になれば、逆襲に手を染めない筈がない。「復讐は意味がない」と主張する輩もいるらしいが、それかあまりに人間らしくない。
たった今ここで抗議活動を始めた者達は、少なくともその様に非人間的な輩達ではなかった。そう言う意味で、酒を酌み交わしても分かり合える保証はなかったが、少なくとも話が弾む奴らである事だけは間違いなかった。
ーーー聖人君主と飲み交わす酒ほど不味い物はない。つまらない飲み会もないだろう。
それらの、とてもとても人間的な人々は、熱烈抗議をもってして、自分達が人間的である事実を積極的に行動する事で示した。
次から次へと石を投じる者達は増えていった。同時に、古参の者も新参者も次から次へと抗議活動を二周目に移した。二発目、三発目の石を投げ始めた。
これは堪らないと、トラック・ドライバーは怯んで、回れ右でその場から逃げ始める。だが、世界も社会も運命も、立場が弱くなった者に対してそんなに甘くない。
無数の抗議者達が群をなして、憎むべき"人災の素"に後ろから襲い掛かる。"人災の素"はすぐに引き摺り倒された。そのまま、後は、自分を囲み尽くした者達の、抗議の域を遙かに超える主張をその身で受け止め続けた。
気が利く一部の女達が、その間に、動かなくなった"トゥイ"をトラックの横から急いで運び去る。
ご近所さん達は、今までの一方的な理不尽の全てを解消すべく、言葉でなく、あらゆるトラブルの解決に最も役立つと評される事も多い、筋肉を使ったコミュニケーションに全身全霊で没頭し始めた。よりストレートに想いを伝えられる様にと、トラック・ドライバーをマウント・ポジションへ収め、握りしめた無数の拳を介して真摯に語り掛けた。
どれほど語っても語り尽くせない"想い"が、止めどなくあふれ出て来る、拳を通じで語りたい"何か"を、受け取り手にも全身を通じて味わって欲しい。そんな煮え滾った"熱さ"が一発一発振り下ろされる拳に宿って行く。
嗚呼、コミュニケーションって愉しい。こんなに愉しかったんだ。これじゃあ、一晩中コミュケートし続けても全てを伝え切れそうもない。
この時、表現者の想いは受取手に対してあまりに一方的に伝えられていた。
一方的と言うのは良くない。自分一人だけが喋り続けて相手に発言させないと言うのは、社会的には如何なモノかと感じる。しかし、それでも訴える者と訴えられる者、双方の間でエクスプレッションが弾むのは一般的には良い事だ。
長年想いを表現する事を一方的に制限されていた者達としては、今となっては想いが積み重ねられ過ぎて、どれほどに表現し尽くしても相互理解には辿り着けないかも知れない。それでも拳を使って想いを満足するまで語り尽くせば、少なくとも心は晴れる。長年抱えていたモヤモヤぐらいはスッキリと解消する。
だが、残念な事に、拳を用いた異文化交流会は、彼等を満足させてくれる程に長くは続かなかった。
ーーーヴァーーーンっ!!
特大級の抗議活動が宴たけなわになった頃、突然に新規の人災が彼等を見舞った。
水入りを命じる天から声である。
シエンクワーン県とルアンパバーン県の県境にある、交通災害の発生場所となった、葛折りの国道の間にある直線区間にある名もなき村だった。それでも南東方面の視界は空に向かって開かれていた。
山と尾根の隙間から、全ての者達が目を見張る光景が披露された。
無数の星が空から落ちて来た。
迎撃に失敗した小惑星「2039AA」の残骸群だ。
無数の流星が光を放ちながら、稜線の向こうに吸い込まれて行く。
彼等の頭上を通り越して行く流星もある。
そして、少しだけ遅れて、巨大な爆発と地震の様な振動と衝撃波が名もなき集落へと届く。
聖書に登場する、ソドムとゴモラなる都市は天からの硫黄と火によって滅ぼされたらしい。
それに近い地獄絵図が、新作として、ラオスの各地で次から次へと描かれていった。
果たして、聖四文字な存在が地上へ派遣した2羽の天使に対して、不道徳を働いたラオス国籍者がいたのだろうか?
せめて、ロトと彼の娘達の様に厄災から逃げ切れた者はいたのだろうか?
ーーー隕石爆発。
彼等も又、理不尽な運命の連鎖の枠の外に出てはいなかった。
文字通り、災害と言うものは"出物腫れ物所構わず"なのだ。
直前に交通災害による筆舌に難い被害を受けた直後であっても、別腹カウントの対象にはならかった。
激しい運命と言うものは連鎖的なと言うより、混沌的な挙動を示す。
そんな、なんやかんやで。
自然災害由来の人災の被害は、誰の頭上にも平等に届けられた。
Amazonプライムのお急ぎ便よりも、ヨドバシエクストリーム通販よりも、ずっと確実。死神の訪問よりも、情けも容赦もなく。
再配達なしで、宛先に名前が書かれた人達の手元に速やかに収められた。
富める者にも。貧しき者にも。病める者にも。健やかなる者にも。
その人物の有り様や背景などは一切考慮されない徹底ぶり。
呆れるほどに、あからさまな平等。
この絶対的な平等と言うものは、運命的な不幸を配達する際には確実に適応されている。
しかし、些細な幸福を配達する際には、必ずしも発揮されない。様な気がしてならない。
幸せは歩いて来ない。不幸は走って来る。だから、不幸は探しに行かなくても勝手に訪れる。と言うか、全速力で走っても不幸からは逃れられない場合が多い。不幸と不運は必ずワンセットな存在であるが故に。
これらの背反する奇妙な不自然さにこそ、顔も見た事もない誰かの悪意が垣間見える。様な気がしてならない。
※1 =ラオス北方に建設される隣国市場向けの貨物輸送のハブ的な大規模拠点。トラック・ドライバー向けの娯楽施設も充実しているので、元々は僻地オブ僻地だったに関わらず、21世紀初頭から不相応な程に繁栄している。
※2 =ヴィエンチャン・ロジスティクスパークも含む。ラオス(正確には更に北方の人民共和国)からタイとマレーシアへ向けた流通拠点(シンガポールは含まれない。過去に紛争を吹っ掛けられたトラウマで、自国の貨客鉄道と国道とラオス北方の隣国の物流ネットワークへの直接的な連帯を拒み続けている)。この陸上港へ北方から輸送された貨物はマレー半島を縦断するルートに乗り換える。運ばれた貨物のその後は、インドネシアだけでなくインド太平洋の海路上にある国々へと散らばっていく。
※3 =この車種がラオスで相当数が売れるのは、愛車購入時のコンペが全く不能=一択だからである。ラオス郊外のオフロードを走破可能で、壊れづらく、補修パーツの供給状態も安定している事が条件となる。そして、それらが証明済みであり、更にお手頃価格で帰る車種が他に見付からないからだ。キモはどうでも良い他人でなく、掛け替えのない自分自身が日常的に利用する道具であると言う切実な事情にある。その上自分で買い物の代金を支払うので、絶対手に無責任に選んで購入出来ない。あぶく銭を"濡れ手に粟"した者達ではあるが、個人的な現実問題は突然に賢いコンシュマーへとステイタスをチェンジさせるのだ(他人を出し抜いて出世して指導的立場に就くだけあって、やはり賢いのだ)。だから、仮に圧倒的安価でフォーチュナーに似た車種を販売しても、最初だけ馬鹿売れして、すぐに深刻な客離れが起きる。ヴェトナムでの日本製オートバイ販売の歴史と酷似する筋書きを他国でなぞって終わるだけである。
※3 =雲貴高原、ヴェトナム、ラオス、タイなどの山岳地帯の住人。複雑な歴史的事情があって、合衆国へも相当数が移民となっておる。ヴェトナム戦争の影響ですね。クリント・イーストウッド監督・主演のハリウッド映画「グラン・トリノ」でも、ラオスから移住して来たモン族のタオやスーを始めとする移民社会の少数民族コミュニティーの現実(の一部)が描かれている。




