星が落ちた国で。 〜6
高度2万0,000m。
そこでは頭上を覆う全ての空間が群青一色で塗り固められ、その一方で足下に広がる地平は完全にたった一本の弧状線で淵と淵が結ばれていた。
いわゆる、成層圏下層でならどこでも広がっている風景。
この世界の最大の地学的特色は、地球の大気層の中で、最も濃いオゾン含有比率を誇る事にあるだろう。
ただし、生身の人類が生息不能な程に大気圧が低いので、オゾンの臭いを自身の鼻腔で嗅ぎ分けるのには無理と無茶がある。
また、ここでは雨は降らない。雹も降らない。地表と同じなのは、昼と夜があると言う一点くらいだろう。
なお、雷に関してはここでも特殊なものが観測される。例えば、とても珍しい正の電極の雷が地上で発生すると、大気圏上層で柱状の発光現象が発生する。らしい(発光の仕組みについては、まだ完全には解き明かされていない)。
そんな、人間の世界である対流圏と、非人間の世界である宇宙の間に横たわる成層圏下層。高度約2万0,000m付近で、三つの飛行隊が散らばって浮いている。
まるで、誰かと当てにならない待ち合わせをしているかの様に、手持ち無沙汰でフラフラと、ゆっくりと上昇しながら飛んでいる。
三つの飛行隊は、人民解放軍・空軍所属のAVIC・J-20「威龍」と言う機種で統一されていた。
やや下方の高度1万5,000mを、データ通信の中継バックアップの為にSAC・J-16D電子戦機が飛行中だ。
人民解放軍・空軍にとっては、まさに「虎の子」である早期警戒管制機の空警2060は、広域に無数に散りばめた高高度長時間滞空無人航空機の無偵7を駆使して、情報ネットワークの中心を演じている。
人民解放軍の精鋭達である「流星迎撃チーム」の総戦力がかき集められた結果だった。
ただし、実際の攻撃力のプラットホームであるAVIC・J-20「威龍」の飛行隊は、たった一隊を除いて、奇麗なフォーメーションを組めていない。辛うじて機首方向が揃っているだけで、密集状態がどう見ても疎らになっていた。
それは、上昇力に転換した速度エネルギーが想定したよりも早い段階で尽き掛けているせいだ。おそらく、原因は、ズーム上昇を始めた段階で不十分であったのか、ズーム上昇中に無駄に消費してしまったか、緊張とかビビりとかの精神的な要因による送受ミスなど、沢山の要因が無数に絡んでの事だろう。
いや、案外、エンジンの冷却制御に失敗したと言う線も捨てがたい。
成層圏でも風速50m/秒の、地球の極地を始点とするブリューワー・ドブソン循環が引き起こす偏東/西風が成層圏と言う風が存在している。
普通自動車が高速道路を走行する時に、ドライバーが強い大気抵抗を感じるには時速100km程度。しかし、この種の戦闘機の飛行速度は軽く時速1千,000kmを超える。
もちろん、大気圧が地表の環境と比べてとても低いので、それほどナーヴァスに対処する必要もないかも知れない。それでも10倍の速度差は無視出来ない。空気抵抗は物体の移動速度の二乗に比例して増大する。単純計算で、2倍の速度差なら空気抵抗は4倍。3倍の速度差なら空気抵抗は9倍。10倍の速度差なら空気抵抗は100倍。
大気圧の低さと言う有利があっても、ギリギリのバランスで飛んでいる飛行機にとってみればちょっとした風圧の変化や風方向の変異でも十分に厄介だ。トロポポーズの事はこの際は忘れよう(温度差の事も一時的に忘れよう)。
まあ、それも仕方がない。実は、飛行状態だけでなく、飛行条件の方もよろしくない。それぞれに機体下部には、中途半端に半埋め込まれている。この核弾頭搭載型の衛星破壊兵器(ASAT)がイロイロと悪さをしているのだ。
シビアな飛行では、機体その物の重心から相当離れた位置に二番目の大重量が存在していると言うのは悪用因にしかならない。
せめて、ウエポン・ベイを大型化して巨大ミサイルを機内に収納=ミサイルの重心を機体の重心にもう少し近付けられれば良かった(衛星破壊兵器(ASAT)の小型化の方は、現状と同じスペックを維持したいなら実現不可能だろう)。
実際、そのレギュラーなのにイレギュラーである配送物は、AVIC・J-20「威龍」の飛行重心を激しく狂わせていた。明らかに機体のピッチ挙動を乱していた。
ーーーフライ・バイ・ワイヤーによる操縦補正が不十分だった。
平たく言えば不具合である。
民主主義国家群の軍事組織であれば、統合作業不十分を理由に受領をお断りするレベルの危険性がこの飛行機とミサイルにはあった。
でありながら、「何とか魂」と同じ理論によって、党への忠誠がある者にはまったく問題がない程度の小さな不具合に過ぎないと認識されていた。
成層圏を飛んだ事もない高官達に言わせれば、「偉大なる党を信じていれば何とかなる」だそうだ。つまり、その手の不具合をしつこく指摘する輩は、漏れなく全員が「反革命主義者」の烙印で圧されると言う事だ。
こう言う、軍用兵器の運用条件の詳細(或いは現実)は、かなり濃い航空マニアであっても、地表付近から憧れの目で観察するだけでは見抜けない(当然である。成層圏まで見に行ければ話は変わるのだろうが)。
合衆国製の兵器各種が世界で最も優れていると言われるのは、神経質なほどに統合作業を繰り返し徹底しているからだ。
かつてのソ連製兵器と合衆国製兵器各種の最大の違いは、前者はスペックは最良条件での数値であり、後者が最悪条件での数値である事だ(なお、二番目の違いは前者は後者と比較して購入価格が驚くほどに低かった事である。更に、前者ほど買い手をシビアに選ばないと言う姿勢が顧客に好まれる)。
合衆国の政府や軍にとっての理想は、どんなに不都合が積み重なった最悪な状態であっても、或いはどんな思慮の浅い兵士が扱ったとしても、可能な限りスペック通りの性能を発揮出来る兵器各種を開発する点にこそ見られる。
どの国の政府や軍にとっても理想は同じだろう。しかし、資金力や技術力と言うどうにもならない縛りによって、理想を諦めて、現実と上手く調和する道を選んでいる。
例えば、同じ世代の戦闘機の比較であれば、サーブ社のJ 35「ドラケン(※)」シリーズやフランス製のアレやソレも、合衆国のメーカーが納品してくれる同種の機体と比べれば、出来れば採用を遠慮したくなる様な暗黒面を持ち合わせている(日本国・航空自衛軍も、21世紀中期に差し掛かってなお、英仏製のアドーア・エンジン(ロールス・ロイス・チュルボメカ製)で辛苦を舐めさせられたと言う、超ド級トラウマを忘れられずにいる)。
運用面での不都合だけでなく、操縦性ひとつ取っても禁止操作事項が何かと多い。あの美しい「ドラケン」であっても、飛行安定性に関しては、合衆国の空軍であれば受領してくれるレベルにはない(逆に、ヤバイ飛行特性を経験させてくれる飛び切りの教材として、つまり教練機として採用している)。
実際、地上では大人気の「ドラケン」は、北欧の三カ国々やオーストリアが輸入して実戦配備されていた。けれども、今ではだいたい合衆国製の戦闘機を後継機種として選定して引退済みだ。
AVIC・J-20「威龍」の全パイロット達は、不安定な機体が不意に挙動を乱さない事を願いながら、早期警戒管制機の空警2060経由で伝えられる、偉大なる党が下す次の命令を待ち構えていた。
彼等が求めている最終命令は、意外な事に直ぐに伝えられた。だが、その内容は想定していた通りではなかった。どちらかと言えば、全パイロット達の安全を蔑ろにした、いや、全パイロット達の技術または党への忠誠を疑っているとしか思えない指示が散りばめられていた。
ーーー衛星破壊兵器(ASAT)の初期誘導と発射タイミングの遠隔操作モードへの変更を徹底せよ。
これは流星迎撃用のミサイルを指定空域へ運んだ後は、残るすべての作業は地上にいる司令部によって行われる事を意味していた。
全パイロット達は、初期誘導の遠隔操作モードへの変更に裏付けられる一つの嫌な予感が与えられた。衛星破壊兵器(ASAT)の使用方法が、これまでの通常の用途ではない目的で使用される。そして、通常の用途ではない目的が、偉大なる党の権威を疑いたくなる、いわゆる非人道である可能性を示唆している。
ーーー偉大なる党は、幾人かのパイロット達が、自分達が下す命令の実行を忌諱する懸念を抱いている。
おそらく、宇宙での迎撃行動の結果が芳しくなかったのだろう。
流星被害は回避するだけでなく、軽減すると言う解決方法もある。
流星の芯を完全に砕くのではなく、部分的に砕いて予想される落下地点を変えるのだ。それによって、多くの人間が居住する都市部へ落下する流星を居住者のいない不毛の地へと誘導して落とせば良い。人的・経済的被害を最低限で食い止められる。
また、大気圏突入前までに、流星に打撃によって有効な亀裂を入れられなかった場合、
ーーー全てを小破片へと粉砕するよりも、安全地帯へ誘導する方が難易度は低い。
だが、全パイロット達は、流星を不毛の地へと誘導するのは困難である事を知っていた。昆明の南は隣国であり、北方向には重慶や西都などの重要都市がある。西方へ流せれば良いのだが、流星の進入角度があまりにも悪かった。
また、大気圏内における流星の落下軌道変更は、飛距離を短縮することだけなら可能と見做されていた。少なくとも、飛距離を延長するよりも易しかった。
大気ブレーキと言う、とてもメジャーで実用化に成功している技術が既に存在する。
事実、スペースシャトルのオービターは、地球帰還時には機体を傾斜させて再突入する。それは、仰角の大小は摩擦抵抗の多少に直結し、オービターの飛距離を調整を可能とする。オービターが毎度毎度の様に確実に自国領の滑走路へ着陸出来る絡繰りはそこにある(勿論、宇宙飛行士の身体に掛かる負担=マイナスGの軽減をも目的としている)。
では、どの様に流星の摩擦抵抗を増やして、荒れ狂う圧縮熱を激化させるのか?
それには芯が外れた攻撃をすれば良い。落下物の表面を、衛星破壊兵器(ASAT)による効果で突起の多い形状に変える。大気抵抗を増やしてやったり、流星の近くで核弾頭を起爆させて、膨張する大気を使って巨大な圧力を、流星に対して上から下に向けて加えてやれば良い。それだけで飛距離は確実に短縮される。
以上の厚く積み兼ねられた常識に照らし合わせば、流星迎撃隊から発射される衛星破壊兵器(ASAT)は、流星の(粉砕ではなく)飛距離の短縮を主眼に置いた運用が行われるだろう事は明白だと言えた。
もし、偉大なる党が全パイロット達の予想通りの迎撃手段を採用しているなら、流星の落下先は国境の南側で接する東南アジア諸国となる。しかも、自分達の領土に落ちてこないと想定していた為に、それらの国々は全く無防備な状態で流星被害を喰らう事になる。
ーーー確かに酷い。非人道が過ぎる。
それは既に天災ではなく、物凄く悪質な人災である。自国の失敗の被害を他国に押し付ける行為だ。
ーーー掛け替えのない、何より大切な自国を守る為である。
さすがは、尊い犠牲は他国に譲って差し上げる、「アジア的優しさ」を体現した国家である。
もし、被害国が文句を付けてきたなら、適当な国際援助をする。それで済まなければ、流星被害で大混乱中の被害国に対して大規模な軍事力をチラつかせる恫喝を行って黙らせる。なかったことにするのだ。させるのではなく。
これを理解した上で、司令部から下された命令に従う事は、特に民主主義国家群のパイロット達であれば相当に巨大な葛藤に直面せざる得ないだろう。だが、生き抜く上での選択の全てに、トイレに行く為に席を立つタイミングの決定ですら政治的判断が不可欠な国で育ったパイロット達は違う。この程度の理不尽な命令であれば、「出来ればやりたくない」程度の気まずさしか感じなかった。
だが、もう一つの命令はより大きな、或いは切実な厄介を孕んでいた。そちらの方こそが全パイロット達にとって差し迫った脅威だった。
発射タイミングが遠隔操作化されると、機体制御が難しくなる。
流星迎撃用のミサイルは、ウエポン・ベイのバインダーから解放されたあとは自由落下して機体から安全距離まで離れる。それからロケットエンジンに点火される。
邪魔者であるミサイルの重しから解放されるのは歓迎すべきことだ。だが、その重しが離棚する確実なタイミングが判らないのは危うい。その一方で、自身の操作で解放すれば、オツリの来るタイミングも直下的に判るので対処操作し易い。
例えば、AVIC・J-20「威龍」が重し解放前のと同じ推力を維持していれば、上方向で上昇する挙動を示すだろう。また、前後のバランス補正が不完全な状態で重しを解放すれば、機首が上か下を向いてしまうかも知れない。
それらの予測が困難な機体の動きに対して、適切なカウンター操作を当てられない不運なパイロット達も一定の確率で発生するだろう。
だが、偉大なる党の決定は、全知全能を名乗る神よりもよっぽど尊い。
最近の神は信者が逆らっても優しく注意したり、せいぜい小言を漏らすくらいで許してくれる(中世の頃と比べれば振る舞いはたいへんに丸くなった)。だが、偉大なる党は注意を通り越して、予告もなくグーパンチで殴って罰を賜るのだ。必死に謝ったとしても、マウントを取った上で一方的に殴る豪腕を止めてくれないのだ。
だから、言葉による不満表明で済ましてくれる神よりも、肉体言語による不満表明をお気軽に実行する偉大なる党の方をより重く扱うのは当然の事なのだ。
これは、一般女性が存在感の薄い「良い人」よりも生命継続の危機をもたらしかねない「DV男」の方を真剣に取り扱うのと同じメカニズムである気がしてならない。最近は、逆のケースもあるみたいだね。Youtubeのアベマ・プライム動画で学んだ。
と言うか、偉大なる党の価値観では"宗教は阿片"なので、民主主義国家では神が座っている席は、彼等の国家では偉大なる党を支配する"紅い皇帝"の玉座である。つまり、人間の立法制度社会を超越する普遍性と言う権威に裏付けされている訳だ。誰が、そんな天界・人界を完全支配する最高権威に逆らえるものか。
かつてフィレンツェ共和国で活躍した後で、大人の事情で哲学者となった「マキャベリ」はこう言う文章を残している。
ーーー政治に口を出さない聖職者を見てみたい。
19世紀末以後の世界を知っていれば、彼はこうも書き記しただろう。
ーーー歴史的常識を無視しない共産党員を見てみたい。
正直、偉大なる党に睨まれる事は、中世のローマ教会から破門される事以上に危険だ。破門だと村八分で許してもらえる。ヴェネチュア共和国まで走って逃げればなんとかなるレベル。しかし、偉大なる党に睨まれると精神と肉体の消滅も受け入れる必要がある。世界の果てまで追ってくる。具体的には他国の主権を無視して逮捕権が行使される。もしかしたら、党は目障りな人間の地獄堕ちすら許されないかも知れない。
そんな事情で、21世紀の共産主義者達は、新しいタイプの羊飼いに対してとても従順な羊であり続けた。
ーーー了解。衛星破壊兵器(ASAT)の初期誘導と発射タイミングの遠隔操作モードへの変更を実行した。
全パイロット達は、ツベコベ言わずに従順な姿勢を率先して見せた。
ーーー偉大なる党を疑ってはならない。
正しい組織は正しい事しかしない。もし、結果が正しくなければそれは組織の責任ではなく、正しく実行出来なった者の責任である。サボタージュ認定である。反革命行為である。人民の敵認定されて、労働改造所送りとなってしまう。
ここで異を唱えては、これからの試練を乗り越えられたとしても、地上で迎えるだろう試練には絶対的に打ち勝てないと熟知していたからだ。
ーーーこれなら、機体不調を原因にして途中で基地へ引き返した方が良かった。
大多数のパイロット達の本音はこれであった。本音は共有されていたが、誰もそれを確かめようとしなかった。素晴らしく高度な政治感覚を以て。
ーーー彼等にとっての战斗英雄であっても粛正の対象となりえる。
今となっては、その名を口にする事すら憚らねばならない、伝説の飛行員であり飛行教官であった"張 婧禕"ですら、目障りな「反動分子」として、目蓋をたった一回瞬きする間に消滅させられる。
偉大なる党は、そんな大それた事でも、躊躇せずにやって除けると言う恐怖。だからこそ、疑う余地が一切ない類いの恐怖は、彼等に対してキチンと自らの分を弁えさせる効果を与えていた。
理不尽な命令に従ってから92秒経過後に、衛星破壊兵器(ASAT)が突然にウエポン・ベイのバインダーから解放された。しかも、自由落下で安全距離まで離れる前に自前のロケットエンジンに点火した。
一つの重大な不具合は生じてしまった。
至近距離でロケット噴射を浴びてしまったのだ。それによって、少し運の悪いパイロットは、自機の空気取り入れ口にロケットエンジンの噴射圧力の直撃を喰らった。本当に運の悪いパイロットは、自機の主翼と補助翼に噴射圧力の直撃を喰らった。
おそらく、これが悪意はなかった筈だ。リモート操作する上に起こった、不幸な不具合であったに違いない。
しかし、多数のAVIC・J-20「威龍」がエンジンをストールさせ、或いは片排となり、あっと言う間に推力バランスを崩して、いずれもが偉大なる党に不在宣言を喰らっている神様に委ねられた方向へと墜落した。
ーーー神は存在しない。それは偉大なる党が存在する事を許さないからだ。
ある大宗教の預言者は、
ーーー学者のインクは殉教者の血よりも尊い。
と述べたと言行録に記録されている。はて、こちらの方が偉大なる党よりも、ずっとずっと素晴らしい事を言ってるじゃあないかあ。偉大なる党はあまりにも心が狭すぎやしないか? 知を求める事を義務とする人達の方を、イデオロギーを追求する人達よりも、ずっとずっと応援したくなってしまうのは、筆者だけではあるまいに。
ーーー○○までも知を求めよ。
とまでに、彼等は、真新しい、未だ見ぬ知識の探索や導入にまで積極的だったと言う点もお忘れなく。
ギリギリのところで踏ん張り切れて、何とか機体制御を保って飛行を続ける事が出来たのは、党の幹部達にとって市場的価値の高い飛行隊長とその部下達の一部だけ。合わせて、たった3機だけだった。
彼等は、本能的な直感に従った。解放直後に、嫌な予感がして飛行マニュアルでが厳禁されている急激な上昇操作をした。投下したばかりのミサイルから距離を積極的に創造した。
補助翼を使った空力操作ではなく、即応性の高いリアクション・モーターで操作を行ったのだ。
しかも、窒素噴射でカウンター操作を、窒素タンクがほとんど空になるまで当て続けた。マニュアルを無視するイレギュラーな操作を咄嗟に決断出来るのは、それなりに覚悟が定まっている者達だけだった。
市場的価値の高い飛行隊長は、早期警戒管制機の空警2060に搭乗しているオペレーターが大慌てで不運なパイロット達を呼び出している通信が耳に入る。
ーーーふざけるな。高Gで機体がスピンしている落下している真っ最中に応えられるワケねえだろう!!
落下を免れた幸運なパイロットであっても、機体を制御下に留めるために今も必死に格闘中なのだ。もしかしたら、高Gでブラック・アウトかレッド・アウトして気を失っているヤツだっているかも知れない。
AVIC・J-20「威龍」には自動地表面衝突回避装置が搭載されている。しかし、それは空間識失調などに対応したもので、制御不能で高速墜落中でも十分な仕事をしてくれる様なトンデモ機能は実装されていない。
しかも、被害はそれで終わりではなかった。
ーーーヤバイ!!
市場的価値の高い飛行隊長は、何かを悟った。
悟りの内容はあまりに抽象的で、どうにも言語が出来ないし、それに挑戦する程の猶予も残されていなかった。
考えるよりも、先に左腕が動いていた。AVIC・J-20「威龍」の高高度対応機に一部にしか搭載されていない、使い捨て固体ロケットモーターの点火スイッチをタップしていた。
彼は、野生の勘でその空域にこれ以上留まるのが大変に危険であると察知した。方向も定まらずに、やや上方に大加速する。彼の後に付いて来れるAVIC・J-20「威龍」は、残念な事に一機もいなかった。
偶然にやや上方にダッシュしたと言うのが真に奇跡だった。
彼等が衛星破壊兵器(ASAT)を発射した方向で閃光が立て続けに走った。その直後に無数の燃える流星が辺り一面に散らばった。
それらは、衛星破壊兵器(ASAT)が破壊した流星の破片群だ。流星の破片群は、飛行隊隊長が置き去りにして来た部下が搭乗する二機のAVIC・J-20「威龍」の主翼やボディを纏めて貫いた。
本の一瞬の差で、飛行隊隊長だけは大惨事を回避出来た。
だが、さっきまで運の良かった筈の二人のパイロット達も、最後の最後で運が尽きた。結局、先に墜ちた者達の後に続いた。
そして、固体ロケットモーターに振り回される市場的価値の高い飛行隊長は、続けて物凄い光景を目にした。
流星の本体だ。衛星破壊兵器(ASAT)で破壊仕切れなかった石質隕石の本体、彼は知らなかったが5割以上の質量を保ったまま、まるで光の速度で通過し、遙か下方に広がる雲海へと没した。
最後に、雲海を突き破って盛り上がる爆発の光。続けて、キノコの様に上方が盛り上がった巨大な雲を。
流星迎撃は失敗した。ある程度軽減させたとは言え、地上被害は甚大。
しかも、被害が及んだのは、彼が信望する偉大な祖国ではなく、南方に国境を接する近隣諸国だった。
市場的価値の高い飛行隊長は、ヴェトナム領空で何とか機体の制御を取り戻した。領空侵犯しながら北方を目指す。周辺にいる筈の自軍や友軍へ通信を試みる。応答はない。可能な限りの周波数で通話中の発信源のサーチを掛けるが、雷が電波源としか思えない雑音しかキャッチ出来ない。
敵味方識別装置にもまったく反応が返ってない。もしかしたら、早期警戒管制機や無人機群も流星の破片の嵐に巻き込まれて、まとめて墜落してしまったのかも知れない。
そこで、彼は気付いた。自分達が落下させてしまった流星の被害を受けた地域に、彼の部下達は墜落した事実を。
ーーーもし、ベイルアウトに成功して運良く生存していたとしても、その後に無事に帰国出来るものなのだろうか?
自分達の落ち度を知られれば、地上へパラシュート降下しらパイロット達は、たった今自分達が引き起こしたばかりの流星被害を生き延びたばかりの地元民達の怒りをその身で受けるのではないだろうか?
彼は背筋が寒くなった。
全員がなぶり殺しにされるかも知れない。
偉大なる指導者達が、民主主義国家群の援助を歓迎して共同で迎撃に当たれば、もしかしたらもう少し被害の拡大を防げたのではないだろうか?
だが、全てはもう遅い。惨事は起こってしまった。小惑星「2039AA」、アカパンダ到来以後、最初で、最大の流星被害は発生してしまったのだ。
その後、一機のAVIC・J-20「威龍」が満身創痍で雲南省の文山普者黒飛行場へ緊急着陸した。たった1千,600mしかない滑走路だったが、ギリギリで滑走を停止する事に成功した。
残念ながら、チワン族ミャオ族の民族衣装を身に纏った、若く美しい娘達による歓迎行事は催されなかった。
※= 後追いでドラケンに類似した形状の飛行機が開発されていない事でも分かる。無尾翼機と言う意味で。最初で最後。He's the best there is! (Actually, he's the only one there is.) Like a "Ace Ventura".




