Shanon the Human Variant. -Side B.-
シャノンは、各所に分散配置されいるスラスターの点検と、推進剤の残量(主に質量バランス)の把握し直す。
シャノンが宇宙空間に浮かびながらこれから行う実験は、伝説アニメのガンダムで言うところの「AMBACシステム」に加えて、「モーメンタムホイール」の併用によるより高度な姿勢制御の実証作業である。
ガンダムの世界観では、モビルスーツの可動四肢を振り回す事で、スラスターで推進剤を使用する事なしで自在に姿勢制御を行えるとしている。それを「AMBACシステム」と呼んでいる。
していると言うのは、丸っきりのウソではないのだが、アニメの視聴者が想像する程に劇的な効果がないせいだ。それに、姿勢制御は出来ても、飛行する方向を変えたり、加速したり、減速する事は出来ない(←これ重要)。実は、モビルスーツを望む方向に回転させる事しか出来ない。
主観的に動けているのだが、実際の所は、つまり客観的(離れた場所からの)な観測では顕著な影響までは引き出せない。
しかも、効果を引き出すまでには想定以上に長い時間が掛かる。少なくとも、宙に浮きながらエルメスのビットの動きを先読みしてビームライフルで撃ち落とす様な高速な姿勢変更は出来ない。やってみれば、クルクルと身体が回転運動を始めてしまう。多分、あれは機体のどこかにある姿勢制御用スラスターを併用して姿勢変更しているものと思われる。
ドクター・ツダヌマは、第一に姿勢制御に四肢などの動き、第二にスラスター、第三に「モーメンタムホイール」と言う新たな慣性力のアンカーを空間に撃ち込むことで、それら三つの支点的を利用して、小さな人型ロボットの姿勢制御の高速化と更なる安定化を実現したいと考えていた。
先にも書いたが、「EvE ext」に備え付けられた「モーメンタムホイール」の実体は、高速回転するフライホイールであり、それが三つほど内蔵されている。フライホイールの1つを軸方向の慣性空間内に使って、動きを固定する。残りフライホイールは2つの軸方向の制御=ボディを自裁に回転させるスラスターとして利用される。だから、フライホイールは最低でも三つ搭載する必要がある。
フライホイールは、出来るだけ大きく調整された質量が高速回転している。たったそれだけの、とても単純なアナログ式の機械だ。
ホイールが回転すると、人知を超える変なフィールドとかオカルト電磁波が発生するなんてことはない(そういえば、アニメだと地面に描いた魔方陣はどうして回転するんだろう? 魔法の効果と魔方陣の回転の因果関係はどうなっているんだろう?)。すべて物理で説明可能な仕組みであり、人類にとってはありふれた技術の一つに過ぎない。例えば、正月に子供が遊んでいたとされる駒が回転しながら自立するのと同じ理屈だ。
難しいのは、原理解説ではなく、ホイールを高速回転に耐える素材、工作精度、更にきめ細かい制御の実現の方だ。これが耐久性と効率に大きく影響する。ホイールの出来が悪いと逆効果となる。
シャノンは、最終試験に取り掛かる。「EvE ext」の腰裏に装着していたマシンピストル「イングラムM11」を取り出す。.380ACP弾を大量に詰め込んである大型弾倉がグリップに差し込まれている。
シャノンは、ストックを予め取り外されているイングラムM11の銃口を、地球自転方向に固定してフルオートで打ち始める。「EvE ext」のボディは、確実に後方へと加速(客観的には軌道上の飛行速度が減速)して行く。しかし、イングラムM11を抱える「EvE ext」のボディとイングラムM11の射軸にブレはほとんど生じていない。
「モーメンタムホイール」を「リアクションホール」的に利用している。今、1号フライホイールが、望まない方向への回転運動が始まった宇宙ステーションの動きを望んだ状態で停止させるのと同じ効果を発生させた。ゼロ回転速度を見事に維持して見せた。
「モーメンタムホイール」のシステムの要であるフライホイールは、機体の重心または中心に備え付けられる必要はない。機体のどこかに付いていれば、そこを支点として利用出来るからだ。
「EvE ext」のボディサイズでは、三つのフライホイールを体内に埋め込む事は、物理的に不可能だった。それで、背面から張り出す形で搭載させたのだ。
シャノンは、イングラムM11の弾倉を新しいモノに入れ替えた。そして、最後の実験項目を実行に移した。
「EvE ext」に内蔵されたスラスターを全開にして、地球の自転方向へ加速を始めた。加速しながら、イングラムM11を進行軸線方向に向かって、1,200発/分の高速連写で打ち始める。
「モーメンタムホイール」が立て続けに発生する.380ACP弾の反動の処理をする。「EvE ext」のボディには異常回転どころか、ブレも生じていない。スラスターによる「EvE ext」の前進加速だけが、.380ACP弾の反動によって削ぎ落とされている。それでいて、EvE ext」の前進加速軌道にはブレが生じてない。
シャノンは、ニヤリと笑う。
ーーー実験成功。
ドクター・ツダヌマが考案したシステムがあれば、人型ロボットによる強襲部隊の結成が実現可能となる。宇宙空間で移動しながら、正確な連続射撃が可能となるのだ。これは画期的な成果だ。今までは、弾丸の反動力に対して圧倒的に重量差のある宇宙船からの発射である必要があった(元祖はソ連時代のサリュート型宇宙ステーション(アルマース)。軍事目的で打ち上げられた為に、NR-23型機関砲を実装していた。当然、軌道上で試射も行っている。火器管制目的で、アルマース自体が回転砲塔の様に高速自転する性能も有していた。後期モデルには無誘導のロケット弾と言う男のロマンまでインストールされていた)。
しかし、今では人型ロボット「EvE ext」を砲台として利用出来れば、.380ACP弾による正確な連射可能であると判明した。弱装弾の.380ACP弾は、地上であれば対人兵器に過ぎない。先頭車両の装甲を打ち抜けるだけの貫通力はない。しかし、宇宙では何事も軽量化を前提に作られているので、装甲を擁する攻撃目標はほとんど存在しない。
弱装弾の.380ACP弾であっても、既存の宇宙用機密服や宇宙機にとっては、あからさまに十分に脅威となりえるのだ(この時代では、人工物デブリや微小隕石などへの対策は、ホイップル・バンパー程度しか施されていない。まだ、未熟な加速能力しか持ち合わせていないので、"当たらなければどうと言う事はない"思想に基づいた設計で済まされている)。
ーーーガンっ!! ブルブル・・・・。
.380ACP弾の連射中に、突然「EvE ext」の背後で異常振動が発生した。
フライホイールだ。.380ACP弾の反動処理による抵抗力の増加で、構造強度的な限界を超えてしまったのかも知れない。
シャノンは1号フライホイールを停止させ、代替として2号の回転を開始させる。フライホイールが定格速度に達すると、低速で回転を始めていたボディの安定し始める。
最後の仕上げに、3号を別方向で利用して、ボディ回転にブレーキを掛ける。繰り返し頭の上を通過していた地球が見えなくなった。
「EvE ext」の姿勢は再び制御下に戻った。
四肢の動きによる反作用を殺すだけでなく、手に持った銃器がもたらす反動までを即時でアンローディングしてみせた。
大急ぎで仕立て上げたモーメンタムホイールに、機能面での問題は認められなかった。ただ、耐久性に関しては、次の試作品で対処する必要があるだろう。今採用している磁気ベアリングの容量を上げるとか、技術的に別の手段を試してみるとか、どうにもならないならスラスターを早い段階から併用するなど。
積極的な機動を行う宇宙機にモーメンタムホイールを取り込むのは、合衆国にとっても初めても試みだった。過去の例では、"動かざること山の如し"的な宇宙ステーションや大型衛星の基幹システムに採用しただけだった。「ダイナソア II」や「ヴァルキリー II」などのオービターへも大小各種が搭載はされているが、短期間ミッション専用の有人機に限ればほとんど利用しない。
従来の、伝統的な設計思想に従えば、スラスターの積極的に採用するのが当然だった。その方が企画承認が下りやすく、予算をより多く確保するにも明らかに有利だった。
しかし、その伝統とやらを、ドクター・ツダヌマは、「付け焼き刃な対処」に過ぎない見做していた。良くて「過渡期に見られる技術的徒花」だろうと判断していた。
シャノンは、予定されていた実験リストをすべて網羅し終えた事を確認した。
気が付くと、「ダイナソア II」が。自分に向けて、おそらく指向性が強く減衰性は大きい「弱レーザー光」で発光信号を送っている。何事だろうか?
ーーージッケンチュウダンヨウセイ。キョウイ、チヘイセンヨリ、アケル。
中軌道上を高速飛行中の「ダイナソア II」と「EvE ext」が、間もなく人民共和国領土上宙へと差し掛かる。低軌道よりも地球一周に費やされる時間が長いが、半日〜一日かけて周回を果たす準天頂衛星や静止衛星と比べれば短い。
合衆国もドクター・ツダヌマも、中軌道で行われた実験の全貌を仮想敵国によって覗き見されるのを良しとはしていなかった。ただし、二者が覗き見されたくないと言う理由には、盛大なすれ違いが発生している。
シャノンは、「ダイナソア II」の機長に向かって発光信号を送る。
ーーーリョウカイ。ジッケンカンリョウ。ボキヘキカンスル。
シャノンは「ダイナソア II」を目指して自分の左腕のスラスターを使って、いや、「EvE ext」の左腕を遠隔操縦し始めた。生体脳にダイレクト接続しているし、端末との距離が近いせいで、気を抜くと自分のサイボーグ・ボディでなく、機外で宙を飛行中の端末機を操作している事実を失念してしまう。まるで、今も自身が宇宙遊泳中であると誤認識してしまう。
制動用には、今はたった一つしか利用出来ないモーメンタムホイールであったが、上手に姿勢制御を取り纏めていた。多少ぐらついたり、10分で一回転くらいの姿勢の乱れくらいまで押さえ込めていた。もし、一つの歪みや焼き付きが起こらなければ、二つを姿勢制御に使えていれば、姿勢の乱れは完璧に正せていただろう。
シャノンは、モーメンタムホイールが将来的に、無重力化での作業、有人・無人に関わらず、必須の技術となるだろうと予感した。少なくとも、サイエンス・フィクションの世界で広く普及している、慣性制御とか言う新技術を人類が獲得する日までは。
シャノンは、実験機である「EvE ext」を「ダイナソア II」のペイロードへと戻した。その後に、民間業者からの依頼である実験衛星をペイロードからロボット・アームを使って放り出した。一応、欺瞞工作を行っておくのが情報世界でのエチケットであり、マナーである。
ーーーこれは余裕の有る情報活動ですよ。隠し通すつもりはありません。ご心配無用ですよ。
つまり、切羽詰まっていたり、緊急性があったり、隠し通したい工作ではないと言うアピールだ。お互いの陣営で、痛くもない腹を探り合わない様にと言う、雰囲気だけでいつの間にか成立した合意。明日にも掌返しで無効化されるかも知れない"馴れ合い"である。
シャノンは、「EvE ext」との接続を解いて、自分のサイバー・ボディーを目覚めさせた。この作業で、仮想現実世界から現実世界へ戻ると、しばらくの間は感覚的なズレが生じる。
人型端末であればまだマシな方らしい。多脚型、無限軌道型、水中推進型、飛行機型、航宙機型と言う、人間の感覚から外れる端末への接続だと、感覚的なズレでは済まないケースも多々あるらしい。中には、オペレーターが現実世界への違和感を感じる様に変わってしまう、「身体の不一致」と言う症状に陥る事もあるとか。
やはり、人間は二足歩行に最適化された生体脳(及び制御システム)しか持ち合わせていないのだ。
だが・・・。
シャノンは、どんな機械でも支配下に置き、人工知性に本気で説教を施していると噂される"朝間ナヲミ"と言う例外事項を思い浮かべる。あの女の有り様にこそ、新人類と言うか、新しい価値観を獲得した人類新世代の可能性が見出せる気がしてならない。
そして、自分の旦那であるドクター・ツダヌマ個人の最終的な野望である、「全長18mの人型ロボット」を自らの身体の延長として使いこなす事は、自分を含む古い世代の人間には叶わないなのかも知れないと心配にもなる。
ドクター・ツダヌマは、「EvE ext」を大型化して、モーメンタムホイールをボディ内に内蔵すると言うプランを持っている。宇宙空間限定であるが、シミュレートされた仮想空間内であれば、現有技術の組み合わせだけで製造は可能と見込みなら付いている。
ただし、合衆国としては、巨大ロボットの製造プランは時期尚早としていた。それよりも、「EvE ext」を現在のサイズのままで完成させ、宇宙空間用のロボット工兵や突撃兵の量産化を最優先目標として掲げていた。
地球外に人類の生存に不可欠な環境を大規模に構築するには、使い捨て可能な安価なロボット工兵を大量に揃える事が大前提となる。食料、飲料水、食料、着替え、洗濯、睡眠、娯楽を提供しなければすぐに死滅(或いは自滅)してしまう人間よりも、使い捨てのロボット工兵の方が使い勝手が良い。しかも経済的だ。
例えば、火星開発なら推進剤を大量消費しないが、到着まで時間が掛かる軌道で大量のロボット工兵を送り続けるといろいろ都合が良い。人間様は、ある程度までインフラが整ってから移住を開始すれば良い。これに文句を言うのは、合衆国で偶に出会す、初期開拓の苦しみを至上の喜びと夢想する「フロンティア中毒者」くらいなものだろう。
今回の実験データを持ち帰れば、ドクター・ツダヌマも防衛高等研究計画局(DARPA)も共同で解析を行い、課題を解決したり新しいアイデアを検証する為の試作機次号の構想を開始するだろう。
ドクター・ツダヌマは、原型となる「EvE」、自分がかつて開発を主導したロボットへの興味は完全に失っていた。だから、量産と改良と言う仕上げ作業に関しては完全に他人に押し付けてしまった。彼にとって、開発を終えたロボットは既に通過点であり、見上げるべき目標ではなくなっていると言うことだ。
「EvE ext」に関する興味も、開発が順調に進むなら早々に失う事になるだろう。そして、可能であれば「EvE」シリーズから完全に乖離した、新機軸でデザインを一新したロボットの開発へ進む事を切望するだろう。
シャノンはついつい考えてしまう。自分もまた、ドクター・ツダヌマにとっては通過点に過ぎないのではないか? と。
今は良い。事実上、旦那専属の実験ロボットのオペレーターを担当しているのだから、切ろうにも切れない関係になる。しかし、自分よりも実験ロボットを上手に扱い、更に新しいインスピレーションをもたらすサイバーが現れたならどうなってしまうのだろうか?
ドクター・ツダヌマは悪い人間ではない。人たらしでも、女たらしでもない。しかし、その好奇心の切り替えの速さは常人にとっては不愉快とも言える。かつての上司、ケヴィン・フリンに言わせれば、「尋常でないレベルで徹底された合理主義に裏付けされた振る舞い」であるそうだ。おそらく、それは事実だろう。
実際、彼は、それまでの見込みに間違いがある事を自覚すれば、一瞬でそれまでの信条を放棄する潔ささえ発揮する。自分の立ち位置を自由に変えると言うレベルではなく、常に複数の立ち位置を確保してそれらの中から有望と感じる位置を一時的に推している。判断システムそのものが、量子的振る舞いを見せる。
彼の見込みとは、観測によって確定した瞬間はソレかも知れない。しかし、その直後は異なるアレへと移るのではなく、再び未確定=可能性の霧へと変化する。捕らえ所のない男を言う評価を与えられる根拠は、きっとその辺りにあるのだろう。
また、日本国には、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と言う行動師範や戒めがあると聞く。しかし、ドクター・ツダヌマには、日本人特有の"恥"の概念が抜け落ちているのではないかと感じる事もある。
彼は、真理へ近付く為であれば、誰にでも簡単に握手を求めるし、過去に対立した相手であっても躊躇なく、屈託なく電話を掛ける。
多分、「Ask much, know much.」に通じる貪欲さが著し過ぎるのだ。
不器用な人間から見れば、その所業は怨んだり軽蔑せずにはいられないだろう。間違っても、羨ましいとか、嫉妬の対象とはならないだろう。その価値を見出す事が出来ずに。それは、真面目な人間にとっては、自身の理解を超えるモノは押し並べて「社会を乱す悪」と見做すからだ。もしかしたら、"真面目"とは"単純愚鈍"または"不自由"の同異義語ではあるまいか?
一つの事実に対して、たった一つの解釈しか許さない輩は、あまり身近に置いておきたくない。友人や部下に持つのは避けたい。なお、上司なら直ちに御免被る。
そんな事を考えながら、シャノンは、多岐に渡る実験データについて、一つ一つオペレーターとしての心象を書き記している。自分の旦那以外の研究者も目を通すのだから、出来るだけ客観的な表現に止める。主観的な部分は、家に帰ってから直接に口頭で伝えれば良い。
そんな事をしていると「ダイナソア II」は、合衆国中部上空を飛行中である事に気付いた。いつの間にか太平洋を渡りき切り、大気圏低層を自由に飛行する為に不可欠なイニシエーションである"ダイナミック減速"を終えていた。
管制権が合衆国宇宙軍からケネディー宇宙センターへと引き継がれた。スクランブルなしの通信へと切り替わる。ここから先は、合法的に入手出来る通信機さえ所有していれば、誰にでも受信可能となる。ここまで来れば、合衆国宇宙軍としては、「ダイナソア II」の行動を隠す必要はない(わざわざ、作戦内用の広報資料をWeb上で、不特定多数に向けて無制限に配布するなんて事はしないが)。
通信封鎖を解除している「ダイナソア II」は、ケネディー宇宙センターとデータ・リンクを始めていた。
「ダイナソア II」の自己診断プログラムの結果などが、データ通信で送信中だ。結果次第では、地上滑走路でお出迎えする特殊車両の数が増える。例えば、燃料漏れとかランディング・ギアが降ろせないと言う診断結果が伝わると、それはそれは大変に豪華なお出迎えとなる。
そこで、シャノンは自分のプライベートなメール・ボックスに一通のメッセージが届いている事に気付く。
開封してみると、発信者はドクター・ツダヌマだった。
曰く。
ーーー一緒にパーティーに出席して欲しい。
開発予算獲得の為に、有力資本家が多数集まるパーティーに出席したいらしい。文面を読み進めると、出席資格が頗る厳しく、妻を同伴する事が最低限にマナーであるらしい。
とても合衆国らしい出席資格だ。かの国は、独身者に対しては限定的な人権しか与えない。法律的にではなく、社会的に。
ただし、その文面が気になった。極めて丁重で、同時に本当に申し訳なさそうで、読んでいる方が気の毒になってしまうほどだった。プライベートにビジネスを持ち込む事を詫びたい気持ちであるのだろう。とても、元・日本人らしい価値観の持ち主だ。
ーーーそこまで下手に出なくても、ちゃんと出席してあげます。
シャノンは、「やれやれ」と言う感じで返信を送ってあげようと思った。思ったが、文面の最後の方に、「イブニング・ドレスの新しいのを一着作ってくれる」と解釈可能な一文が目に留まった。
ーーーマジで?
とても嬉しい。だが、1mmほど心に引っ掛かる何かを感じた。
シャノンは、生身ではないので意図しない限り体型は変わらない。疑似皮膚は生身のような分解不能の油脂など発生させない(衣服との潤滑目的で疑似皮膚表面で発生させている合成油脂は、専用溶剤を使えば簡単に除去出来る)。だから、以前に買ってもらったドレス達には、まったく劣化は見られない。
ーーーにも関わらず、旦那は新しいドレスを買ってくれると言う。
それを着用する機会はそう多くない。それは、自身がサイバーであるが故に、公式の場であれ、私的な場であれ、無条件で好まれないケースが多々あるからだ。
ーーー宗教とか、文化的な区別。
両親からもらった身体を好んでではなく、どうしようのない事情故に一部や全身を人工物へと置換する行為に不愉快を感じ、それをあから様に主張し、自らが誇る生まれたままの生身の肉体をひけらかす。それが正義であるとばかりに。お前は間違っているのだと言うジェスチャーを込めて。
ーーーその対象者の多くは、それをいわゆる差別的行為と感じる。
仮にそうでなかったとしても、流石に傲慢が過ぎると苦笑いせずにはいられない。
現代では一般的に受け入れられている高度な外科手術、ワクチン接種、ホルモン治療なども、機械置換治療と同様に聖書の時代には存在していなかったに関わらず。人類史上でもっとも有名で英国の死体マニア(生前からこいつに目を付けられていたチャールズ・バーン氏には、心から同情する)の影響で、現在的な医療が始まったのはたった、つい、ほんのちょっと前の18世紀末の事に過ぎない。
旦那は、その点に躊躇しているのだろう。もし、不適格な場に妻を同伴して、万が一にでも不愉快な想いをさせたくないと感じているに違いない。
だったらせめて、少しでも埋め合わせをしたい。それで帳尻が付くと考えてはいないだろうが、出来る事がそれくらいしか思い付かないのだろう。
シャノンは、埋め合わせとして、旦那が自分の「衣装ダンスの肥やし」を増やしてくれるのだと理解した。
もし、そうでないなら、サイバーであるシャノンを自分のパートナーであると、社会に対して強く示したいとでも考えているのかも知れない。
もし、そうであるなら、シャノンは、旦那のきめ細やかで、繊細で、消極的な配慮の源泉は、自分に対する興味や好奇心が、まだまだ薄れていない事の証明である様な気もした。
もちろん、自身の夢、巨大ロボット製造の実現に協力しているシャノンへの象徴的な報酬と言う一面もあるだろう。だが、それよりも配慮の要素が強いと感じたのだ。
シャノンが知る旦那の実像は、決して「良い男」ではない。イルマーリ・ユーティライナン大佐の様に何かと優雅だったり、洒落ていたり、演出が施された優しさを見せてくれる男ではない。逆に、何かと不器用だったり、泥臭かったり、演出を根本的に間違っていたりする少年のような拙さを見せ付ける事も珍しくない男である。
しかし、だ。シャノンは、それでもめげずに、女を喜ばすと言う、彼が結婚するまでまったく無縁だった技術の獲得に向けて猪突猛進する姿が好きだ。壁にぶつかったり、足を捕られたりしながらも、自分に対して真っ直ぐに向かっている愚かさこそが尊いと知っていた。
シャノンは、夫からの申し出をありがたく受ける事に決めた。
そして、ついさっきまで何を心配していたのかを、サッパリと忘れてしまった。
「ダイナソナ II」が、フロリダ州ブレバード郡メリット島にある世界最大級の滑走路への着陸に成功した。
シャノンは、久しぶりにコックピット内での待機時間をもどかしく感じた。
出来るだけ早く、旦那の顔が見たいを考えていたからだ。




