Shanon the Human Variant. -Side A.-
ボーイング社製のFA-37「ダイナソア II」。
合衆国宇宙軍がまるで使い倒すかの様に、集中運用中の主力小型オービターがソレである。
無人機であるMQ-37「ヴァルキリー II」も含めて、FA-37のシリーズにどの様なヴァリアントがどれだけ存在するのか、合計で何機が運用中であるのか、どれだけの出力限界を持ち合わせているのか。
それらの全ては非公表である。
合衆国が発表している予算配分や関係組織の人間の納税状況などからの逆算を試みても、運用実体が透かして見えたりはしない。
機密事項であるが為に、宇宙軍の装備や緊急出動コストに関しては、かなりの部分が非公開資金からの補填が施されているからだ。
仮想敵に、労力ゼロでそのあたりの情報を垂れ流してやるギリは、少なくとも合衆国にはなかった(どう言う訳か、日本国にはありそうだが・・・)。
合衆国議会には、この慣習を親の敵の三倍位(当社比)に敵視して、納税者に対して包み隠さず公開すべきだと文句を付ける輩もいる。彼の国では、ロビー活動が合法とされているのだから、それが商売として成立している間はそんな人達がいなくなる事はない。ロビーイングのスポンサーは、何も合衆国籍を持つ納税者に限らないのだから。
真夏の昼過ぎの生ゴミ箱の上でブンブンと繰り返し旋回しているイエバエ達と同じで、ハエハタキや殺虫剤を使って全滅させても、その手の困った人達(とそのスポンサー達)は、またどこからともなく現れたり、どこかに隠されていた卵が孵って直ぐに大発生し直すものである。つまり、念入り肝煎りで一つ一つ潰していっても結局はイタチごっことなるので、今では合衆国政府もほとんど放置している。
むしろ、情報部はロビーイングに費やされる資金の流れを追う事で、多くの場合国外に存在している大源まで辿れるので、現状維持を歓迎していたりする(あからさまにではなく、沈黙を以て)。
そんな訳で、ボーイング・FA-37「ダイナソア II」の最大加速値、最大上昇点、最長作戦継続時間の実測値の全てを知る者はほとんど存在しない(それぞれの軍務や職務に応じてならば、かなり断片的ではあるが実測値を知る者達もいるだろう)。メーカーですら、自社推奨値くらいしか知らない。軍が自分達が納入した機体をどの様に酷使しているのかは、重整備目的で戻される機体の状態から想像する事しか出来ない。
民間の軍事ジャーナリストやシンクタンクでは、「ダイナソア II」の作戦宙域は低軌道に留まるとされている。
それは、分析者達が共有する一つの確信があるからだ。
地球表面と違って、第一宇宙速度が支配する世界、いわゆる大気圏外の衛星軌道での輸送では、主に航宙機を用いる方が効率が良いからだ。低軌道と中/高軌道などの間を往還するのに、わざわざ効率があからさまに劣るオービターを使おうと考える阿呆はいないと信じているのだ。
実際、オービターの機体デザインは、大気圏内での運用や大気圏再突入など余分な機能を折り込む必要がある。一方で、大気圏外専用の航宙機であれば、それらの余分な機能を削ぎ落とせる。まずは軽くなるから推進剤を節約出来るし、強度を落として貨物室の大型化も可能となる。
以上の根拠で、オービターと純粋な航宙機では、運用効率の良否は比較するのも馬鹿らしいほどに開きが生じると断言出来るのだ。
実際、オービターは、物凄い規模のデッドウイエトを抱えている。無駄に大きな推力を誇るエンジン、燃費無視の推進効率、大気圏再突入能力に不可欠な加速性、減速性、圧力、高熱に耐える構造的強度の全てが、低軌道と中/高軌道などの間を往還する上では壮大なデッドウエイトでしかない。
だから、低軌道に大きな拠点となる「港(=永続的な汎用宇宙ステーション)」を持たない合衆国と愉快な仲間達は、低軌道〜高軌道(+α)の宙機だけをカバーするトラクター(トレイラー)を行き来させている。それは地球の楕円軌道を回っている無人集積衛星で、高軌道や中軌道へアクセスするトランスファー軌道へ乗る手助けをしてくれる。
感覚的には、パナマ運河やスエズ運河を活用するのと同じだ。なお、このインフラの利用は、この宇宙事業に投資した民主主義国家群だけには限られていない。それら以外の一見さんであっても、Web上で公開されているタリフ通りの料金を支払えば利用出来る。実際、人民共和国が欧州に作ったダミー企業を経由して、年に何度か大量の荷物輸送サービスを依頼して来る。
ーーーそんな便利な既存インフラを利用出来るのだから、「ダイナソア II」に低軌道の上宙へ軌道を付け替える能力を与える必要はないだろう。
それが、常識的な人類達が漏れなく共有する知見であった。
にも関わらず、たった今、「ダイナソア II」は中軌道下層を漂っている。
ただし、中軌道の入り口。中軌道に属す準同期軌道と比べれば、まだ遙かに下宙。
ヴァルカン・セントール・ヘヴィー・ロケットに固体燃料ブースターを追加して、生身の人間用のmax Qを無視した加速を駆使してここまで上がって来た。
無理を押し通したせいで、破棄したフェアリングが想定外の落下コースを取ってしまった。
「ダイナソア II」の周辺(正確には高度的な一致だけ)に存在している人工衛星は、大きなネットワーク・システムの一部となるデータ経由用の個体が多い。例えば、通信衛星、衛星測位システム(GPS)の補助信号衛星、衛星電話衛星などのネットワークに組み込まれたモノが目立つ。
「ダイナソア II」は、人民共和国の地上観測基地が地平線下に沈むのを待っていた。
「チュダニュミャ少佐、覗き屋が地球の反対側に沈みました。始めますか?」
サイバーの機長が、データ通信ではなく、わざわざ口を動かして音声で質問を送って来た。
「大尉。始めましょう」
シャノン・ツダヌマ予備役少佐が応答する。今回はミッションの実行権限は彼女に一任されている。機長はあくまでもお雇い運転手の様なポジションにある。もちろん、機体の安全確保に関してはいつもの様に全権を保有しているが。
「了解。クローバー・クイーンへ信号送信完了。ペイロード・ドアの操作権をチュダニュミャ少佐へ譲ります」
「ペイロード・ドアの操作権、もらいました」
機長は、「ダイナソア II」の機体制御をすべてオートに委ねる準備をする。
「緊急回避以外では「ジム・ラヴェル」の手動による機動を停止。確認願います」
シャノン・ツダヌマ予備役少佐が追認する。
「確認しました」
「機動を停止」
「それから・・・」
「指向性通信もオフにしますか?」
合衆国の南部出身と思われる訛り。彼等の発音スキルは、アジア系の言葉を発音するには適していない(東海岸や西海岸の都市部の住人でも、慣れるまで彼等が何を喋っているのかなかなか聞き取れないと聞く)。
「それから、口が回ってない。「ツダヌマ」だ。「チュダニュミャ」じゃない。だから、少佐だけで良い」
「ご配慮、ありがとうございます。これでも事前に練習して来たんですが・・・」
「発音が困難な事は承知している。・・・60秒後にペイロード・ドアを開放する。作戦終了まで開放を維持。ただし、緊急機動時は例外とする。機材の放棄も許可する」
「60秒後にドアを開放。開放を維持。緊急機動時は機材の放棄。了解しました」
シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、ヘルメットのバイザーを下ろす。仮想現実空間へのダイブ中は、現実空間に対する感覚や制御が一端保留となる(Gセンサーや音響センサーが大きな信号を掴んだ場合を除く)。誰だって、自分の寝顔を他人に対して曝したくはないし、非常時でないならそれは守るべきエチケットの一つでもある。
「これから"ダイブ"する。後はよろしく」
「ダイブ開始了解。いってらっしゃい」
シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、今回はキチンとサイバー用与圧服を装備している。歴史的な証言アイテムに昇華した、件のエプロンはすでにスミソニアン博物館へ引き取られた。キュレーターの手によって窒素封印処置とラベル付けが行われ、機密指定バックヤードへ放り込まれている。
サイバー用与圧服には、大昔のMacやPCではお馴染みだったSCSIやIDEと言う規格で用いられていた、名古屋のきしめんや山形のほうとうの様に、やたらに横幅の長いケーブルでコックピットの機器と繋がれている。
シャノン・ツダヌマ予備役少佐は自分の生体脳を、使い慣れている長年の相棒であるサイバー・ボディーではなく、もう一つのボディー内にインストールされている"知性ユニット"へと無線で接続し代えた。
"知性ユニット"とは、日本式擬体で採用されている"第二小脳"に相当する装置だ。
ーーーEvE ext3 unit No.3 restarted. An artificial body calibration status is A-OK.
宇宙空間専用人型機動ユニット「EvE ext」。
ドクター・ツダヌマが心血を注いで開発中の、船外活動・宙域活動補助用の人型ロボットである(構造的制限があり、今のところ全長は199cm以下には縮んでいない。達成べき目標は全長170cmとされている)。
合衆国式サイバーの生体脳と宇宙空間専用人型機動ユニットの"知性ユニット"を無線・有線で接続して、遠隔誘導で使用する。人間の宇宙飛行士と違って準備時間ゼロで船外活動に取りかかれるので、緊急時に限らずどこの現場でも重宝されている。
オペレーターを交代させれば、20時間はぶっ続けで作業時に従事可能。おかげで、通常の大気圏外拠点のメンテ作業が捗るようになった。
なお、宇宙と言う極限環境へ適応させる為に、一切の生体パーツを採用せず、純粋に機械パーツだけで構成されちている。
実は、船外活動用の人型ロボットとして開発中の「EvE」は、第一世代の「EvA」から数えて三世代目。ドクター・ツダヌマが率いる開発チームの弛まぬ努力の成果として、1年前にNASAや宇宙軍に後期試作〜先行量産モデルの納入が開始されている。
月軌道プラットフォームゲートウェイや航宙機のトラクター(トレイラー)などの現場で、評価作業と慣熟訓練が平行して行われている。ただし、レゴリス対策が必要な月面環境では、気密服や宇宙服と類似した外装の追加が必須なので、似た様な問題を抱える準惑星や小天体と言った低重力環境下での普及は次世代機まで待つ必要がありそうだ。
今回、極小規模実験隊は、「ダイナソア II」を利用して、地球の重力影響と大気抵抗を無視出来る環境を求めて中軌道まで上がって来た。
実験機は、船外活動用人型ロボット「EvE」のヴァリアントと言うか、既存の機体を流用した実証実験機の「EvE ext」の三号機だ。
全長や四肢と体幹部に取り付けられたスラスターなどは、「EvE」とほぼ同一。だが、一点だけ一目で分かる外観的な違い=特徴がある。背面から全長とほぼ同じ長さの円柱とも角柱とも呼びがたい突起物が伸びているのだ。
「モーメンタムホイール」。高速回転するフライホイールが三つ内蔵されている。
これは公宙機の3次元姿勢制御に用いされる制御装置だ。良く知られる例では、ハッブル宇宙望遠鏡に同様の仕組みが採用されている。また、国際宇宙ステーションISSには、同じ理屈で動く「リアクションホール」が採用されていた。
「モーメンタムホイール」で可能なのは、あくまで姿勢制御だけだ。搭載機が保有する運動エネルギー(慣性力)の加速や減速には対応出来ない。
「モーメンタムホイール」は、オービターを離床する前に加速済みだ。
シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、「モーメンタムホイール」が発生させる慣性力的な抵抗をデジタル的に体幹しながら、ロックが開放された「EvE ext」の三号機の身体を「ダイナソア II」の床面に対して平行に立てる。
立ち上がる時に発生する反発力は消せないが、反作用的な姿勢の乱れがほぼ打ち消されている。
「「モーメンタムホイール」の効果を実感。完全に機能している」
「ダイナソア II」に搭載された電子光学分散開口システムから、ペイロードドア外に危険な浮遊物がない事を確認。
「「EvE ext」三号機、機外へ移動。宇宙遊泳を開始する」
通信封鎖中なので多少の時差の後に、地上基地へ彼女の実験の進行状況を伝える言葉がもたらされる事はない。通信安全圏内へ入った後で、まとめてアップロードする段取りとなっている。
遠隔操作しているだけなのに、全感覚を使って仮想現実空間を経由して現実空間へとダイブしている為に自身が宇宙遊泳をしていると言うプレッシャーを感じる。主観的には、右目の仮想視界枠右下で「端末操作中」と言う文字がブリンクしている。これがなければ、自分がどちらにいるのか分からなくなる。そうなると、仮想現実酔いから仮想空間識失調へ一瞬で転がり落ちてしまいそうだ。
アナログとデジタルを超える精神的な平衡感覚の喪失は、人間として生まれた者にはどうにも克服しがたい。日本国に多数存在する、「ネイティブ」と言われる特殊な人間であれば、この手のパニック強迫観念に襲われる事はないそうだ。先天的な障害を克服する為に、幼児期から生身を捨てて擬体へ宿ったとされる彼等。
人間代表であるシャノンとしては、「本当に彼等は同じ人類なのだろうか?」と疑問を感じる。人間は、人工身体と言う新しい生存環境を獲得した事によって、適応放散的に別種へと進化し始めたのではないだろうかと疑い始めている。
宇宙空間での活動に慣らされた今では、この考えは更に強まっている。重力のない環境で確立された自我が、地上環境で確立された自我と同じ価値観を持つ筈もない。人類が火星や小惑星帯へ進出した後の世界では、それぞれ異なった生存環境を背負ったグループ同士で、過去の地球で起こった文明の衝突なんか比べることが出来ないほどの、星間文明の大騒動が巻き起こされるんじゃないか? と密かに心配していたりもする。
シャノンは、その疑問と言うより、恐怖を旦那のドクター・ツダヌマに打ち明けた事がある。彼の答えは明白で揺るぎなかった。
「未来の当事者達が考えれば良い事だ。きっとどうにかして問題を解決するだろう」
「そうかなあ・・・」
「我々の子孫達なんだから、揃って馬鹿ばかりと言う訳でもないだろう」
彼は、「人類の後継者達の見識や力量を少しは信用しても良いんじゃないか?」と考えているのだ。旦那の言う事はもっともだとは思う。しかし、それでも恐い物は恐いのだ。自分の知る常識を越える新しい何か。それを怖れを我慢して真っ直ぐに見詰めるのには、相当に大きく強い胆力が必須となる筈だ。
サイバーとして、圧倒的に自分の先を征く者である、あの朝間ナヲミであれば、自分を納得させる答えを持っているだろうか?
シャノンは、自分がスレーブ化している端末である「EvE ext」の三号機が、「ダイナソア II」から300フィート離れた所でウダウダと考えるのを一時的に止めた。
旦那が個人的にのめり込んでいる実験の開始だ。四肢と姿勢制御スラスターを併用して、蓄積された角運動量のアンローディング(除去/取り外し/解消)を行う。座標原点間の移動を完了させる。
「EvE」であれば、四肢の動きと姿勢制御スラスターの反動で一回転しないまでも、身体の軸は一度ズレてから回復される。しかし、「EvE ext」では、「モーメンタムホイール」による積極的な補助があるせいで、身体の軸が主観的にはまったくズレない。センサー類のズレも許容範囲内に収まっている。全天観測で有効性の高さが今、実証された。
回転ホイールを利用した機体制御技術は、合衆国が遙か昔に外惑星に向けて送り出した探査機、「パイオニア」や「ヴォイジャー」にも同じ仕組みは搭載されている。おかげで、推進剤を利用することなく望んだ方向にカメラなどのセンサーを全方位に向けられる。
「EvE ext」は、四肢やスラスターによる積極的な妨害要因がありながら、「モーメンタムホイール」で姿勢制御を成し遂げた。今回のデータを流用するだけで、航宙機外での人型機械による足場のない船外活動の可能性を更に広げられるだろう。
もちろん、「モーメンタムホイール」の更なる小型化と効率化が必須だ。こんな邪魔な棒を背中から生やしたままで作業を行っては、航宙機であれば船外構造にぶつけて破損させかねない。
シャノンは、予めサイバー・ボディにダウンロードしてある、試験プログラムに付き合わせて次から次へと状況テストを続けて行く。その結果は、ドクター・ツダヌマの予想をキレイになぞってた。または、地上で行ったシミュレーション結果よりも、ドクター・ツダヌマの直感の方が現実に近いと言う奇妙な現象が発生していた。
シャノンはドクター・ツダヌマのつい漏らしてしまった言葉を思い出す。
ーーーまるで、誰かにコレを作らされている様な気さえする。
尋常ではない冴え具合。ドクター・ツダヌマは、完全な生身である。にも関わらず、実年齢とは掛け離れた外観と若者のような独創的な発想を次から次へと量産している。
普通の人間であれば、もう研究を引退して悠々自適に生き始めるか、有力大学で名誉職に就いていてもおかしくない年齢だ。だが、彼はそうではない。次から次へと、やりたい事を思い付く。それらを更新に託す事なく、どんどん自身で試して行く。
一部では、合衆国が開発したとか、エリア51からもたらされたブラック・テクノロジーの恩恵で、着実に若返りつつあると言う陰謀論で取り上げられたりもする。
不老化ではなく、だ。
シャノンとしては、自分の方が二回りくらい年が若いので、絶対的に自分が旦那を見取る事になると覚悟を決めていた。しかし、案外それは実現しないかも知れない。看取られるのは自分の方である可能性が高そうなのだから。
最愛の夫に両腕に抱かれてならば、消滅するなり、次の人生へ旅立つなり、異世界へ転生するなり・・・今生との別れを幸福で終える事が適う。それはそれで喜ぶべきかも知れない。
しかし、こうも思う。もし、最愛の夫に孤独な死を迎えさせる事には申し訳ない部分がある。
自分が旦那にとっての"最初の女"であり、"最後の女"である事は疑いない。この歴史的な事実に対する確信に揺るぎはない。
それでも、自分のいない世界で死を一人で迎えるのが辛いと言うのならば、"最後の女"と言う名誉の方だけは返上して良いと思わないでもない。
ーーー今はとにかく、旦那の夢を叶えてやろう。
シャノンは、「全ての始まりであった」と後の世界では高く評価される、極めて画期的な挑戦を開始する事にした。




