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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第七章 昨日とは違う明日へ。
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はじまりとそのあと。 〜その伍

 フロリダ州ブレバード郡メリット島目掛けて、S字の飛行経路重ねて成層圏の遙か上から高速で落下して来る、ロックウェル製の旧世代の爆撃機・B-1B「ランサー」に近いサイズの機影が捕捉されていた。


 とにかく、飛行速度が速い。民間どころか、通常運用される軍用のジェット・エンジン搭載機である筈がない。どう考えても、エンジン内部構造の耐熱性が追い付かない。


 ただし確実に(重力加速度を無視した)減速しつつあるので、大気圏突入に成功した隕石が気流に弄ばれているのではない。自然任せで落下中の小天体ではなく、制御されて飛行中であるらしい機体の形状は、スペースシャトルのオービターと同じリフティング・ボディであると推察出来た。


 しかし、今からどれだけ制御に努めても、飛行速度の減速ペースは追い付きそうにない。おそらく、高度100フィートに達する頃になっても、飛行速度は時速約300kt(560Km)は下らないだろう。


 合衆国も領空奥深くへ入るまで、意図的に高速を維持して飛行していた気配がある。


 事実、機影の存在は、地球の裏側を飛行中に既に捕捉されていた。そうでありながら、地上からの管制と誘導のサービスが始まったのはつい先ほど、大陸西岸にあるカルフォルニア州領空に入ってからだ。


 機影の大気圏への再突入に関する、宙域や速度に関するサポート・サービスは一切なかった。つまり、機影に乗っているパイロット、または自律操縦人工知能は、帰還コースの選定を自力で成し遂げたと言う事になる。


 もしかしたら、公宙や公空での飛行中に曝される、地対空や空対空だけでなく、宙対空兵器による巨大な脅威を避ける為に、出来るだけ高速を維持したまま安全圏へと飛び込みたかったのかも知れない。


 並の飛行機であれば、時速約300kt(560Km)の着陸は困難だ。ランディング・ギアが地上から帰って来る衝撃に耐えられるとは思えない。ノースアメリカン・X-15の例に倣って、後輪を金属製の(そり)に差し替えても、今後は機体の胴部が衝撃を吸収しきれずにへし折られてしまうだろう。


 メリット島には、合衆国航空宇宙局が誇る4千,500m級の「15/33番滑走路」がある。幅は91mもある。しかも、オーバーランに備えて、滑走路の両端には305m(1千,000フィート)ものバッファー・エリアが備えられてる。だから、舗装が施された滑走路の事実上の全長は軽く5千,000mを越える。


 この、スペースシャトルのオービターの様な、いわゆる超重量級の航空機の着陸にも十分に対応する為に、滑走路全域には、更に厚み約41cmものコンクリートが敷き詰められている。


 その長大な滑走路の端(33方向)で、誘導路越しに隣接するケネディ宇宙センター内消防署の前には、完全防護服を着込んだ地上業務員と何両かの支援車両が展開済みだ。耐アルコール性泡消火剤や二酸化炭素や噴霧水の用意はバッチリだ。なお、水の棒状注水は絶対的にダメだ。ヒドラジンに注ぐと、蒸気爆発してヤバ気なガスが周辺に大発生するかも。


 ボーイング社製のFA-37「ダイナソア II」が、夕日を右側面に浴びながら、地上を舐めるように広がっている森林をバックにして、33番滑走路へと鋭い飛行角度を維持しながら近付いた。


 高い迎え角で減速作業と揚力調整作業と言う難事を両立しながら、時速約300kt(560Km)よりも幾分速い速度で後部ランディング・ギアが滑走路に触れた。


 直ちに、機首が下がり、前部ランディング・ギアが滑走路に触れる。同時に、背面からエア・ブレーキが展開される。


 遙か過去に引退したスペースシャトル用のオービターの訓練用モックアップ横を通過。


 減速に完全に成功。エア・ブレーキを収納する。


 FA-37「ダイナソア II」は、馬鹿に長い滑走路のほぼ中央で停止した。


 完全防護服のオッサン達が、機体温度の確認をして、マネージャーからOKサインをもらってから、トーイング・カーとFA-37「ダイナソア II」を接続する。ニトロ・グリセリンでも運ぶ可能様に、ゆっくりと牽引して、着陸オペレーション・ハンガーへと運び込む。


 屋根や壁の完全開放式の作業場で、完全防護服のネーサンが、ぶっといチューブを機体のハッチを開放して、力任せにぶち込む。推進剤として機内タンクに充塡されている、ヒドラジンと言った危険物質の回収作業だ。


 X-37時代は、滑走路のど真ん中でヒドラジンの抽出作業を行っていた(その前に気体の自然冷却を待つ必要があるが)。その方が安全である事は間違いない。しかし、効率が悪く、"ソーティー"の増加も見込めない。だから、Xナンバーが外されると同時に、着陸オペレーション・ハンガーを常用する様に運用マニュアルが書き換えられた。


 20世紀であれば、高空を飛んでいる間に、大気内に開放して処理する事も可能だったろう。しかし、意識高い系とお花畑が大量に養殖・量産された21世紀中期には、それは許されない反社会行為だ。


 そのせいで、FA-37「ダイナソア II」のパイロット達は、着陸に失敗して機体に大きなダメージを与えてしまうと大惨事に巻き込まれてしまう。もし、ヒドラジンなどを液体状、気体状のいずれでも被ってしまった場合、その被害者は胃痙攣、脱力感、嘔吐、錯乱、痙攣、意識喪失を伴う大火傷を被る。どこかの第三帝国で、こんな感じの大気圏内用ロケット・エンジン搭載迎撃機を実用化した際に生じた燃料漏れ事故では、パイロットは骨しか残らない程の大怪我を負ったと聞く。もちろん、致死性、即死性の負傷だ。


 本当に、環境問題とは、一人や二人の人間の命よりも重いらしい。つまり、だ。人の命は地球より重いのだから、環境問題とは地球よりも重いのだろう。きっとそうだ。そうに決まっている。


 十分な除毒処理が終わった後、FA-37「ダイナソア II」の乗員用ハッチが外部から開かれた。透明ビニールっぽい素材の簡易防護服に包まれて、ピンク地にチェック柄のエプロンを身に着けた若奥さん風の女性が現れた。


 地上作業員が手を取って、極めてジェントルに若奥さん風の女性を地上へとエスコートする。まるで、地上にはエプロンを纏ったシンデレラの為にカボチャの馬車が大気中であるかの様に(うやうや)しく。しかし、その伸ばされた手は、微妙に震えていた。完全防護服で覆われた表情の状態は、エスコートを受ける者には計り知れない。


 だが、シャノン・ツダヌマ予備役少佐は直感で知っていた。手を伸ばしてくれた人物は、今、猛烈な笑いに全力で耐えているのだ。宇宙から帰ってきたばかりの飛行士が、どこかのスーパー・マーケットで買ったに違いない安物のシャツと中古のジーンズを纏っている。その上に料理中としか思えない、ご丁寧に料理損じた何らかの食材の汁の染みまで残っているエプロンを被っている。


 この、非日常性の中に宿る日常性(異常性)。笑わずにして済ませる筈がない(自分であれば笑うだろう)。名前も知れない整備兵の、宿舎での夕食の話題はこのネタ一択ありえない。


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は出来るだけ澄ました表情で、用意されていた屋根のないピックアップ・トラ(カボチャの馬車)ックの荷台に座った。


 続けて、「レディー・ファースト」とか「キャプテンは船を最後に降りる」とかのたうち回っていたイルマーリ・ユーティライナン大佐が姿を現れた。隣に腰を下ろす。


 ピックアップ・トラックは、そのまま噴霧水のシャワーへと突入した。抜き取り作業中に気化して、簡易防護服の表面に付いていたかも知れないヒドラジンなどの可能性を、まるごと完全に洗い流した。


 その後は、簡易防護服を廃棄して、画面越しの(ワイアレスなくせに)エラくアナログな手法で報告を指令官に行った(報告相手が今どこにいるのは知る余地もない)。実際のところ、口頭での報告よりも作戦中に記録したデジタル・データの方が信頼性の高い状況証拠である。しかし、伝統に従っているせいか、この種の事務手続きが解消される気配はない。まあ、手柄(或いは失態)の報告(或いは釈明)に関しては、口頭で行う方が明らかに雄弁であるので仕方ないのかも知れない


 その時に、攻撃目標だった3本の大型ロケット(ミーン・マシン)の全てが無力化されたと言う確定済みの戦果を上げられた。また、月軌道プラットフォーム(LOP-G)ゲートウェイは無事に月の裏側を目指す復路軌道へ入ったとも聞かされた。つまり、作戦目標は全て達成されたのだ。


 ただ、一つだけ気に入らない事後情報を与えられた。


 それは、攻撃後に離脱中のFA-37「ダイナソア II」目掛けて発射された、空対宙・対衛星攻撃兵器(ASAT)があった事。気が付けなかった。ロシア製の戦闘機ではないので、機体後方を完璧にカバーする警戒レーダーは採用されていない。


 そして、その脅威を無力化をしたのは、日本国・航空宇宙軍のステルス機だった事。地球全面に散らばる同盟国を総動員して実行された大作戦の画竜点睛を行ったのは自分達ではなく、日本国・航空宇宙軍のパイロットだったと知らされたのだ。


 緊張状態が強制的に終了された後、シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、更に脱力感を伴う提案を打診された。


 ーーー作戦中に少佐がずっと身に付けていたエプロンを、博物館展示用に是が非にでも軍で買い取らせて欲しい。


 エプロンの話を耳にした合衆国航空宇宙局の広報とスミソニアン博物館の主任キュレーターが、宇宙時代の到来を告げる象徴的な展示物として、コレクションに加えたいと非正式に申し込んで来たのだと言う。


 ーーーすでに映像が一部流出している。その世紀のエプロンが基地外へもたらされ、好事家に精密照合されると厄介な問題となり兼ねない。


 もちろん、人民共和国側の心象の問題あるのだろう。だから、今は作法として隠し通して起きたいし、博物館へ流れたとしても直ちに展示する訳にはいかない(合衆国は彼等とは違って相手の心象へ配慮する余裕がある様だ)。


 イルマーリ・ユーティライナン大佐は、それを聞いて、無遠慮にゲラゲラと笑っている。


 だいたい、何でこのジーサンはまだ大佐なんだ? とっくに将軍に昇進していても不思議ない武功を重ねているってのに。と、シャノン・ツダヌマ予備役少佐はあきれ果てた。おそらく、報告中の指令官もこの男の元同僚とか、案外、元部下なのだろう。そうだ。そうに決まっている。


「エプロンは宇宙軍なり、空軍なりに寄贈させて戴きます。その後の取り扱いについては指令に全てお任せします」


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、やっとエプロンの紐を解いて脱ぐことに成功した。そのまま、近くにあったデスクの上に畳んでから置いた。


 報告はそこで終わった。イルマーリ・ユーティライナン大佐とシャノン・ツダヌマ予備役少佐は、「勲章を申請しておく」と言う言葉を授かった。


「それは、エプロンの寄贈に対する報償でしょうか?」と尋ねてみたかった。それで拘束時間がイタズラに延長されても困る。さっさと旦那の待つ自宅に帰ろうと考え直した。明日、旦那の誕生日よりも10倍は大切な結婚記念日なのだから。


 と感じたのだ。


 喉まで出掛かった余計な質問欲を押し留めたおかげで、少佐は最短時間で軍務から開放された(後日、回避不能なインタビュー各種を受ける事になるだろうが)。だが、今晩は、これで自分のキッチン()へ帰れる。


 午前中に家を出たと言うのに、周りは既に真っ暗な夜だ。


 ここへ来る時は、ほぼ拉致状態だった事もあるが、高速巡航ヘリコプターに送迎付きだった。しかし、軍の懸念が消失した今は、いや、もう至急の用事が済んだ後は、「勝手に帰宅しろ(Dismiss.)」と言う事らしい。軍による帰宅手段は用意されていなかった。


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐はそこでやっと気が付く。現金やカード類の入った財布を家から持ってこなかった。サイボーグ・ボディにインストールされていた会計用のアプリは、軍務用にボディ内のOSのアップデートやドライバーの書き換えによってアンインストールされてしまっていた。


 面倒くさいけれど、個人サーバーにアップロードしてある何日か前の状態のバックアップ・データから復元するか、IDそのものを作り直して手順を踏んで再調整しなくてはならない。帰宅してからの面倒事が増えた。


 いや、支払い手段がないと言う事は、タクシーも呼べない。まずは、帰宅するのが難事と気付いた。


 ーーーロジスティクスの定期トラックに途中まで同乗させてもらおうか。


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、そんな事を考えながら、基地のゲートへ向かう車両の流れにトラックが混ざっていないか探し始めた。足を止めていると、青いフォード社製の初期型マスタング(それもMach 1仕様。ラムエア・インテークはなし)が真横に止まった。


「少佐。送って行くぜ。チュダニュマが恋しいだろう?」


 イルマーリ・ユーティライナン大佐だった。いつの間にか、大仰な気圧服用のインナー・スーツから、ハンガーなどの現場員に支給される作業着に着替えていた。おそらく、急いでクルマを取りに行って回して来てくれたのだろう。


 良い男には、まったく困らされる。困っていると、必ずと言って良い確率で、女達(こちら)望み(需要)に確実に応えられる(満たせる)状態で現れる。


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、既に二桁に到達して久しい回数で重ねられている"お姫様待遇"の心地よさに舌を巻いた。


 ーーーこの点だけは、ウチの旦那にも、少しくらいは見習って欲しい。


 しかし、そう言うところが旦那の良い所であるので、あらゆる良い男は自分自身の旦那の足下にも及ばないと分かり切っている訳で。


 この傲慢な既婚者は、哀れな離婚経験のある独身者に対して、上から目線で感謝の意を示した。


「ありがとうございます。助かります」


 ーーーまあ、ない物ねだりは女の特権だと、旦那も言っていたし。だから、ここは甘えさせてもらおう。


 実際、この既婚者は、ちょっとだけ前に、合衆国の危機を救ってやったのだ。だから、この位の我が儘(性搾取)多目に見られて(許されて)然るべきだろう。


 ーーー世間を未だに騒がせているミサンドリスト達(地獄の業火の体現者達)には、その程度のお目こぼし(心の余裕)も期待できないだろうが。


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、礼を述べてから、右座席へと滑り込んだ。それにしても、バカでかい癖に物凄く狭い車内だ。鼻先(エンジン・ルーム)が長過ぎて、座席位置の低過ぎる為に、クルマの最前部の位置が何処にあるのかサッパリ分からない(へたくそ棒を左右の角に標準装備とするべきだ)。更に、後部視界は、後部ガラスが座席のヘッドレストの真後ろだってのに、周辺の状況をぜんぜん把握出来ない(マヂ。もう二度と運転したくない)。


 ーーー初期型マスタングとは乗るためのクルマではなく、車外にいる誰かに自分が乗っている姿を見せて「乗れよ(Get into my car.)」と女性を誘うためのクルマなのだと納得する。


 イルマーリ・ユーティライナン大佐は、軍の施設から、開けっ放しの窓ガラスの所から出して見せた顔パスで公道へと滑り出た。その後は適当な世間話をしながら、例えば、自分達の乗機を救ってくれた三菱・F-3の特務機を指揮していたのは、あの(・・)フシミ00だったらしいと、クルマに乗車する前に基地で仕入れた情報を披露してくれた。


 日本がいろいろ試している、完全自律を可能とする第六世代戦闘機の一種。搭載される人工知能による、広域な作戦をパイロット不在でもカバー出来る次世代システム。


 彼等二人にとっては旧知の仲にある、日本国におけるスーパーエース・サイバーである"朝間ナヲミ"が育成を担当している、"可能性の一つ"を第五・五世代戦闘機にインストールしてる、人工知性(・・)が、その高い自律性の片鱗を見せた。


 合衆国においては、防衛高等研究計画局(DARPA)でも、人工知能も第六世代戦闘機も無人機化技術の開発も相当に進んでいる。それぞれ単体の技術で測れば、世界でもっとも開発が先進的である事は間違いない。しかし、それを統合して人工知性(・・)化する上では、神学上・道徳上の良識派による抵抗によって、上手く進んでいるとは言い難い。


 自動車の自動運転と違って、つまり人間の奴隷ではなく、人間に代わって他の人間を効率的に殺害する類いのロボットの存在を許容出来ない合衆国国民が一定の割合で存在している。


 ーーー曰く。人工知性、人の手による知性の創造については、聖書には一行たりとも書き表されていない。


 まるで、欧州にジャガイモやトマトやトウモロコシがもたらされた頃に、初期の人々がそれらを食することに強い抵抗感を持ったのと同じ構図だ。


 南北戦争で活躍した英雄の一人である「ペリー提督」が開国を迫る遙か以前より、人形文化をこよなく愛し、ゼンマイ動力搭載の人型ロボットすら完成させていた。今でも変わる事なく、人形に限らず道具全般を、まるで知性をもつ掛け替えのないパートナーである事を望んで接する(・・・)日本人と言うHentai。


 三カ月に一度、必ず真新しいWaifuを娶る事を当然とする文化を享受する彼等は、合衆国におけるこの種の葛藤の激しさについては理解出来ないだろう。いや、珍しいモノを観賞する様に目を輝かせながら、海外モノのドラマを鑑賞するスタンスで様子を伺っているかも知れない。


 しかし、大西洋を越えて新大陸から欧州へと次々と持ち込まれた新しい栄養源の接種を拒否していた欧州人も、小氷期による飢饉を何度か体験する中に、少しずつそれらの野菜を食する日常を受け入れる様になった。食べなければ飢えて死ぬ。食ってみれば不味いモノでもなかった。イタリアのトマト。ドイツのジャガイモ。寒冷地や山岳地のトウモロコシ。


 絶対的な必要が生じれば、自分だけでなく子供の生命の存続を脅かすような事態(飢餓)に直面すれば、大半の人々は自らの信条を器用にねじ曲げる。そう言えば、マレーシアの熱帯雨林で遭難した欧州人家族のパパさんの後日談は、「手持ちの食料を食べ尽くした後、子供達に虫を食べるように説得する事」だったと言う記事を現地の新聞で読んだのを思い出した。


 言いたいのは、人工知性を毛嫌いする人々も、もし、それが本当に最低限の文化的生活を維持するのに不可欠で、更に便利と知れば、原理主義者であっても大半が自らの生活に取り入れずにはいられなくなるだろう。例えば、NEURO-S☆M☆(ネウロ-サマ)に出会えれば、即座にログインして雑談を始めずにはいられなくなるだろう(特に、免疫を持ってない善人は)。


 オーランド経由で、インターステイツ4号線へ入る。基地を出てから約40分のドライブの後、東西をアルフレッド湖とバン湖の間に挟まれ、南北を警備員と高くて厚い壁で囲われた分譲住宅地(攻略困難な要塞都市)に到着した。


 日本より文化・文明共に圧倒的に進んでいるとして、意識高い日本人が、神々の楽園とか、理想郷とかの様に崇めている西欧州の国々と合衆国。とんでもない。現実を見ろよ。何夢見てんだ。治安面は本当に壊滅的で、塀の中でなければ安心して暮らしてはいけない(日本人的センスでは。現地人はそれしか知らないのでそれを当然として受け入れている。それと塀の中であっても、ニュースにもならない程度の頻度で侵入者が武器や鈍器を持参した上で訪問したりする。並みの自衛手段を講じていても、絶対的に安心と言う訳でもない)。


 何故そうなったのか。一因は過去に繁栄し、国家を支え、国民の多くを養っていた製造業の壊滅、つまり空洞化にこそある。意識高い日本人は製造業を儲からない無駄産業と見下して、英国などの様に金融業を儲かる先進的産業と拝んでいたりする(カーボンなんちゃらも込みで)。


 しかしだ。製造業全般(インカムゲイン全般)金融業全般(キャピタルゲイン系統)を比較して、どちらがより多くの極一般的な脳味噌しか持ち合わせない国民に職を提供する事ができるか。産業(・・)が築くピラミッドの裾野は出来るだけ広く、その上で頂上が高い方が良い。就職率、離職率、失業率などは、犯罪発生率と常に相関関係または因果関係にある。


 国民の大半は極一般的な脳味噌しか持ち合わせない。そして、社会性を併せ持つ天才は少ない。だから、そんな大多数が職からあぶれて、ずば抜けて高くないながらも能力を持て余すと・・・国内の治安が乱れる。オムニ社やら、デトロイトやら、ロボコップとなる。その果てにあるのはゴッサム・シティーだ。


 合衆国の場合、高付加価値産業と言うこれまた、極一般的な脳味噌しか持ち合わせない国民が消費者にしかなれない産業が国の経済を牽引している。極一般的な脳味噌しか持ち合わせない国民は、それら高付加価値を消費する為の金をどこで稼げば良い? 高付加価値な製品を製造するのは、ほぼ例外なく人()費の国外へ進出した自国の会社だ。


 それには問題がある。進出先の国民は雇えるが、極一般的な脳味噌しか持ち合わせない自国民を雇える筈もない。自国の消費者が、自国内で消費する為の資金を稼げない。健全で持続可能な消費社会を実現出来なくなる。


 高付加価値産業の特徴は、商品企画が極めて高度なだけで、製造能力にまではまったく高度さを求めていないこと。熟練工は不要。最低限のトレーニングを施すだけで、製造可能であることだ。


 金融や高付加価値産業に特化した社会は、全体としては多くの収益を弾き出せるかも知れない。しかし、その収益は非常に少数の企業とそれらへの従事者と極少数の投資家に対してしか分配されない。それがもたらすのは富の偏重であり、それを意訳すると貧困の無限拡大である。


 誰にでも出来る仕事を沢山作り出すだけ(・・)でなく、誰にでも出来る仕事でありながらもそれなりに高収入な報酬を()確保する必要がある。難題ではあるが、製造業の規模も拡大がもたらすボーナス、運輸業(物流・旅客)や建築業などの周辺産業さえ連鎖的に拡大していけば可能かも知れない。実際、過去の日本国はそんな感じで社会が回っていた。


 社会の回転の悪さがもたらす最悪なものの一つが、貧富の格差であり、富の偏重と考えると、この仮定に少し現実味が出て来る。


 少数の納税者達が支える国家に対する所属意識は、大多数の国民にとって現実的な心情だろうか? 多分、そうでない。納税者が間接的にもたらしてくれる恩恵は絶対的にゼロではないが、実感としてはゼロだろう。むしろ、搾取されていると言う恨みと嫉妬の方が、彼等なりの(・・・・・)実感だろう。ついでに、国政に参加している一員であると言う自覚もまたゼロだろう。


 政治の基本的概念でが、税金は広く浅く取れと言われている。それは、多くの人々に少ない負担を強いる事で、国政への参加意識を持つ機会を増やせるからかも知れない。飲める水道水と銃火器に命を脅かされない安全が無料同然で手に入る国に住んでいる者には、そんな気がしてならない。


 ーーーこれら不愉快な現実は、西欧州国家や合衆国が長い間抱えている根源的な弱みである。


 ある程度金回りの良い合衆国民は、寄り添う様に郊外に集まって、相互監視しながら外からの脅威に対する自衛に努める。それはこの手の治安事情が既に伝統化(日常化)して久しいからだ。


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐と臨時雇いのヴォランティア・ドライバーは、その不都合な事実を日常の回避しようのない不愉快としか認識していなかった。だが、二児を育て上げた朝間ナヲミや(もり) 葉子(はこ)としては、絶対的に許容出来ない問題として認識していた。


 ライトブルーの初期型マスタング(Nice car.)は、富裕層の仲間入りを夢見る移民、または酸いも甘いも噛み分ける移民二世と覚しき警備員による羨望100%の視線に送られて、敷地の奥へと進む。


 例え、ケン・マイルズに駄目出しされた"なんっちゃってスポーツカー"であろうと、初期型マスタングは外観(だけ)は本当にカッコイイのだ(路面が金網になっている跳ね上げ橋の上に限らず、雨が降ると容易に右にスピンする天然挙動のFR仕様だけは勘弁して欲しい仕様だが)。確か、ヒラリーの旦那の愛車もこれのコンバチだったし。


 そして、シャノン・ツダヌマ予備役少佐の自宅前に停車した。エンジンは切らない。


 自宅の二階の部屋の一つに電灯が付いている。どうやら、ドクター・ツダヌマは帰宅済みらしい。


 イルマーリ・ユーティライナン大佐は、シャノン・ツダヌマ予備役少佐をクルマからすんなりと下ろした。その後、大気開放型ブローオフバルブを誇示するMach 1を、極めて紳士的にドライブさせて、後の行われた自己申告によれば、法定速度をキッチリと維持して宇宙軍基地へと戻って行った。


 ーーー何とコンプラ十分なジジイなのだろう。


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、「良い男とは、危機管理能力も高いのか」と唸るしかなかった。


 まあ、この件は、イルマーリ・ユーティライナン大佐が、合衆国の人型機械開発に於けるキーパーソンの一人である彼女の旦那を決して敵に回したくはなかったからかも知れない。


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