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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第七章 昨日とは違う明日へ。
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はじまりとそのあと。 〜その肆

「威龍」。


 別に、医薬品成分シルデナフィルを含有する、一部の人々の夜の友とされる「威龍」や「超威龍」とは、一切関係も由来も縁もない(知らんけど)。


 久しぶりに調べてみたら、並行輸入やら未だに密輸がされ続けているらしい。需要は留まる事を知らない。このシリーズに新企画も加わっているらしい(有効成分の含有量が増えたらしい)。案外、商品名は同じでも有効成分や製造法など別物と変わっていたりするのかも知れない(知らんけど)。


 古典映画の舞台となった"西部戦線"と同じで、夜の局地戦の様相もまた、5年前から何一つ異常は(本質は変わって)ないらしい(いないらしい)(知らんけど)。


 よくよく考えてみれば当然である(知らんけど)。


 人間の本質。その本源である欲望が、そう簡単に変わる筈がない。ねじ曲げられて、変な方向にひん曲げられる事はあるかも知れないが、リビドーのパワーにだけは揺らぐほどの余地もないほどに強力な芯が通されているからして(知らんけど)。


 沖縄県で、政府系組織のどこかが制作・掲示していると覚しき「威龍」に関する啓蒙ポスターを目にした時の第一印象。それは、未成年だった頃に覚えた不可解なパワーワード「倒錯」だった(それともインターネットで目にしたんだったかな?)。


「倒錯」。一度でもそれに向かって手を伸ばしてしまったら、もう以前の生活には戻って来られなくなってしまう様なヤバ気な臭気の漂う言葉は、エリアル(当時は朝日ソノラマ文庫)と言うSF小説の登場人物の一人が教えてくれた。


 その彼は、自身を「倒錯美少年」と称していた。耽美的な何かであるらしいのだが、それでも意味が良く分からなかった。それで、図書館にある大きな辞書で詳細を調べてみた。そこで、国語に関する有識者の一人と覚しき誰かが、分かり易い言葉を選んでキチンと解説してくれていたのだが、それでも、当時も現在も(多分、将来も)あまり実感をもてたり、共感したり、理解は出来ないままでいる(出来ないままでい続けるだろう)。きっと(知らんけど)。


 おそらく、感性が鈍過ぎるせいだろう。もっともっと磨かなくてはならないのだろう。人間はいくつになっても、どこまでも成長出来るらしいので。少なくとも、それを否定することはポリコレ的に許されない行為である筈だ(知らんけど)。


 この話の投稿をブラウザー(Mosaicではない)でプレビューしている時に表示される、ページの上段と下段へと読み込まれる冗談の様な文字と絵で構成されるバナー広告の内容を検討する暇つぶしは実に愉快だ。それは、人類の性癖の新たな可能性を常にプレゼンテーションしてくれるからだ。自分一人ではとても思い付けない、真新しい可能性を見せ付けてくれるからだ。


 あ"。違った。これから書くのは違う方の「威龍」の話だった。


 ーーー話を正しい流れに向けて修正する。


 人類が進化の過程で獲得済みの間接には表現不可能なポーズを敢えて見せる事によって、未踏峰クラスのセクシーを実現しようているらしいバナー広告(ビビットアーミーなる)に・・・思った以上に重大なショックを受けてしまっていたようだ(もしかしたら、キャラ達が人類の女性であると言うのは大きな誤解で、実は全員が人類とは違った種族である可能性を示唆しているだけかも知れない。アレじゃあ腰を悪くするので、ほどほどにさせてあげたいと言うのは余計なお世話なのだろう)。


 人民解放軍・空軍が、彼等の主力機(・・・)として運用中であるAVIC・J-20「威龍」。


 主力迎撃機や主力攻撃機と言う訳では無いのがミソだ。逆の意味で


 AVIC・J-20は、人民解放軍・空軍にとって、彼等にとっての主力迎撃機や主力攻撃機枠には絶対敵に収まらない際だった存在感を示していた。


 主力迎撃機はAVIC・J-20「威龍」。


 主力攻撃機もAVIC・J-20「威龍」。


 主力偵察機もAVIC・J-20「威龍」。


 艦隊防衛機もAVIC・J-20「威龍」。


 だから、高高度迎撃機もAVIC・J-20「威龍」なのである。


 何から何まで「威 龍(ヴェイ ロン)」な訳ではない。


 それから、偉大なる党を支える頭脳達の一部のご太子様達が好んでハンドルを握る、「ブガッティ・ヴェイロン」とは、本当に何の関係もない。


 それとも「秋の日の ヴィオロンの ためいきの」ならば、「秋の歌」ならば少しくらいは関係しているのだろうか。もしや、"ヴェイ ロン"と"ヴィオロン(ヴァイオリン)"の聞き間違いはあるまいか。


威 龍(ヴェイ ロン)」、「威 龍(ヴェイ ロン)」、「威 龍(ヴェイ ロン)」。人民解放軍でも、あまりに「威 龍(ヴェイ ロン)」が過ぎると考えていた。だから、一部の目先の利く偉い人々は、そろそろ自分の配下にある種類だけでもJ-21「超威龍」へと改称したい(新型申請したい)と検討中であるらしい。


 空軍も、流石に、初等練習機まではAVIC・J-20で賄ってはいない(どうみてもロシア(ヤコヴレフ)製っぽくしか見えない、にもかかわらず自主開発したと主張している何かである。何とも、みっとん(・・・・)もない話である)。


 この「威 龍(ヴェイ ロン)」のカオスへ通じるほどの乱立は、中国航空工業集団公司(AVIC)に限らず、同国内の企業組織が、J-20以外のステルス特性を有する制空戦闘機の開発に(ことごと)く失敗した事実に由来する(これは、飽くまで、国外の非共産主義者による邪推とされている)。


 結果として、J-20をあらゆる局面で使い倒す事となった(国内外に散らばる先進的且つ進歩的な共産主義者(正しい人類)であれば、「それは、J-20の優秀性を示す何よりの証拠」だと恍惚とした表情を浮かべて語るらしい)。


 とにもかくにも、食肉獣の解体、大小鮮魚の捌き、各種野菜の切断、庭木の剪定、郵便物の開封、裁縫の縫い糸の切断、林檎の皮むき、痴情のもつれによる殺人、騎士による決闘の武器。これらのあらゆる場面を出刃包丁一本で済ます、みたいな便利な使い方を貫いていた。


 しかたがないのだ。何故なら、本当にこれしかないのだから。


 2040年代には、長距離侵攻用機体として、12番目のJ-20である「J-20_12」が誕生している。それを皮切りに、J-20をベースに次々と、様々な「変種」が登場して行くことになる。正確には、J-20が様々な「別種」へと枝分かれしていった。


 ガラパゴス諸島に生息するダーウィン・フィンチ類の様なものである。最初は絶海の諸島へと辿り着いたたった一種だったフィンチが、ガラパゴス諸島の豊かで厳しい環境に迎合して、適応放散的に進化して、草食、肉食、吸血など異なった捕食(給餌含む)や生存戦略の傾向を持つ5属の生物へと分派した。


 ダーウィン・フィンチ類の中で最も有名なハシボソ・ガラパゴス・フィンチの異名は、何と「吸血フィンチ」である。


 J-20も、最初はたった一種のステルス戦闘機だったと言うのに、20型とも30型とも言える多様な価値名に基づく多彩な多様性(虹の七色的な何か)(←妙ちくりんな日本語である。後半は"多用性"の誤用・誤認なんじゃないか?)を内包する飛行機へと発展した。


 きっと、J-20がカンブリア大爆発する日も近いに違いない。その日の到来が本当に楽しみである。


 いや、既に"J-20カンブリア大爆発"は始まっているのだ。この状況は、運用者側にとっては良い事は一つもない(メーカーとその背後にいる偉い人達(集金人)にとっては良い事ばかりだろうが)。


 困った事に、標準型J-20と言う概念が失われて相当に久しい。だから、製造工程、整備過程、修理過程などで統一したマニュアルが存在しない。必要があるので作ってはいるのだが、完成した時にはもっと新しい型が大量に普及しているので、絶対的にマニュアル執筆編集作業が追い付かない。


 また、それぞれの部署で「我々のJ-20こそが標準だ」と言う面子の問題もあり、マニュアルに使用する言葉選びの段階で躓くのが常である。


 更に、気軽に「メーカーお墨付きでない改装」を行ったり、いじった後で無断で元に戻したしているので、運用している現場であっても、自分達が運用している機材の状態を完全に把握出来ている責任者は存在していなかった。


 結果、保有数は大変に多いが、稼働率が極めて劣悪な戦闘機群が出来上がってしまった。


 その日、内モンゴル自治区バヤンノールの砂漠へ現れた、高高度対応迎撃型のAVIC・J-20も、そんな問題を抱えている一機だった。本来であれば、3本の大型ロケット(大義殲撃砲)の護衛を目的として、二機で構成される一隊で現場で警戒任務へ就く筈だった。


 しかし、僚機が原因不明のエンジン・トラブルを起こして離陸が遅れ、更に遅れて離陸した後に僚機が再び予断を許さぬトラブルを起こして基地へと引き返した。トドメに、残された飛行継続可能な一機だけでも警戒任務へ就くべきかどうかの、偉い人が判断を下すまで予想以上の時間を消費してしまった。


 そのせいで、本来の任務へ就く事も叶わなかった。残されたAVIC・J-20が現場に到着する前に、3本の大型ロケット(大義殲撃砲)は離床させられた(組織同士が連携して活動する上で、社会的な不具合がある)。そして、パイロットが「たーまやー」と言う清々しい気分で見送っている真っ最中に、上方から襲い掛かってきた大規模な破片雲に包まれた。当然、ロケット本体の各所に穴を開けられ、燃料が漏れ出したり、強度バランスの崩れで構造崩壊を起こし、最後に3つ揃って大爆発を起こした。


 パイロットはすぐに理解した。これは"上宙"から行われた強襲攻撃の結果であると。


 あまりに的外れなタイミングと最適な迎撃位置から遠く離れた宙域に、AVIC・J-20が高高度高速攻撃に対応した武装を与えられて飛行している事態は、合衆国と人民共和国のいずれにとっても想定外だった。


 その一方で、パイロットは領空侵犯する不審機に対する無条件撃墜命令を帯びていた。日本国と違って、パイロットが生まれた国は、そこら辺の気前が大変に良過ぎた。


 そして、これらの想定外の積み重ねは、この局面においてのみ、人民共和国にとっての一方的な有利をもたらした。逆に、合衆国にとっては不運としか言い様がない事態が到来していた。


 突然の出来事だったが、パイロットはAVIC・J-20のウエポンベイからはみ出している巨大な超高高度対応の長距離射程ミサイルの赤外線シーカーの冷却スイッチを入れた(事前に十分に冷却し終えないとキチンと仕事をしれくれない仕様。素材の限界を超える高感度を達成する為に採られた苦肉の策)。


 その後に、機体上方限定であればすごぶる高感度なレーダーを最大出力で起動する。二つの大電力の併用によって、AVIC・J-20の発電機とインバーターが警告と言う名の悲鳴を上げる。この無理は短期間しか効かない。機体制御電脳がいずれかの大電力消費機能を強制停止させるか、機体そのものが電力不足でブラックアウトしてしまうかと言う二つの未来の中の一択である。


 すぐに、イルマーリ・ユーティライナン大佐とシャノン・ツダヌマ予備役少佐が搭乗するFA-37「ダイナソア II」の機影を探知出来た。上昇ステージに入ったばかりだ。だが、彼が腹に抱える逸物(いちもつ)、超高高度対応の長距離射程ミサイルと比べれば「ダイナソア II」は圧倒的に重い。最終到達速度は適わなくても加速力ならば、逃げる方より追う方が圧倒的に勝っている。目標が成層圏離脱の為の初期加速中であれば、ミサイルが持つ圧倒的な加速力で距離を縮めて(詰めて)、確実に背後から襲い掛かれる筈だ。


 さらに、都合が良い事に、赤外線シーカーの天敵である太陽は、FA-37「ダイナソア II」とは逆方向にある。つまり、回避行動で太陽方向へ逃げられる可能性もない。


 ーーー今、ミサイルの引き金を引けば確実に命中する!!


 パイロットは一瞬だけ迷った。ADS-B(放送型自動従属監視システム)を使用していない、高高度の更に上に向けて上昇するあの機体が友軍機の所属である可能性を疑った。


 ーーー高高度をあんなに真面な状態で飛行する機体。我が軍ならありえない!!


 迷いは一瞬で振り払われた。珍しいことに、赤外線シーカーはキチンと冷却され、スペック通りの感度抜群でFA-37「ダイナソア II」のスラスターを熱源として捉えた。


 ーーーちくしょう。オレも宙に行きたいぜ。


 パイロットは約八割を使命感で、残り二割を嫉妬で、FA-37「ダイナソア II」に対する死刑宣告書に勢い良く署名した。


 低軌道の入り口までならギリギリで射程に収める超高高度対応長距離射程ミサイルは、珍しくAVIC・J-20のウエポン埋め込み穴からすんなりと投下された。そして、これまた珍しく、何のトラブル挙動も見せずにスペック通りに(開発社も驚く)上昇と加速を開始した。3発打てば2発は必ず上昇せずに落下する(失敗する)、この先進的なシステムは1/3の確率を上手に引き当てたのだ。


 打ちっ放しの自律ミサイルなので、AVIC・J-20は高度を落とし始めた。あまりの大型ミサイルなので、二発目を搭載する余裕はなかった。だから、飛行が楽な宙高度から戦果がもたらされる瞬間を待つつもりだったのだ。


 しかし、待てども「昇格」や「ボーナス支給」を確約してくれる戦果がもたらされない。


 と思っていると、AVIC・J-20のパイロットは群青色の空を一筋の白い線が横切る光景を見たい。


 白い線は合わせて三回も群青色の空を横切った。


 最後に、しょぼい爆発が見えた。


 普段であれば、パイロットは自分が撃ったミサイルが途中で自爆だか、暴発だか、不具合で消滅したと判断しただろう。しかし、三本の白い線は何らかの脅威であり、超高高度対応長距離射程ミサイルを迎撃した可能性がある。


 パイロットは気付いた時には、すでに愛機を失速するほど激しくロールさせていた。直感よりも速い自衛本能による反射行動。


 と、次の瞬間。さっきまで自分が飛んでいた上空を四本命の白い線が通過した。


 ーーー超高高度対応長距離射程ミサイルを撃ち落としたヤツだ!!


 5,千000mもの高度を喪失した所で、パイロットはAVIC・J-20の機体制御を取り戻した。偉大なる党自賛のすごぶる高感度なレーダーを最大出力で再起動させる。しかし、機影は見当たらない。


 ーーー脅威は完全なステルス機!!


 もし、赤外線シーカーや像面検出シーカーなどのパッシブな索敵で手段で自機が捉えられているとすれば、一方的にいびられて落とされる事になる。


 パイロットはAVIC・J-20を更に下降させた。AVIC・J-20の先に地表があれば、合衆国製の様なドップラー効果の把握機能と先進的なノイズ・リダクションを実装するレーダーでも追尾精度が落ちると期待してのことだった。


 しかし、五本目の白い線はパイロットの視界を通過しなかったし、AVIC・J-20を貫きもしなかった。何も起こらなかった。


 パイロットは、そのまま地形に追随しながら、地を這う様に戦域からすたこらさっさと離脱した。


 守るべき大型ロケット(大義殲撃砲)は、到着する前に墜とされていた。


 自機にはもう有効な攻撃手段が残されいない。


 敵機の影はレーダーでは捉えられない。


 フィルターを次々に変えてもノイズが増えるだけ。


 もう、これ以上戦域に留まるメリットがないと判断し、脱兎の如く逃げ出したのだ。


 その様子を遙か離れた場所から見守っていた、その宙域を目撃していた二人目のパイロットは、AVIC・J-20のパイロットの賢さに感銘を受けていた。無駄のない行動原理に舌を巻いていた。実に良い判断だ。


 ーーー愚か者なら、ここで逃げ出さずに、何処にいるのか分からない敵に対して徒手空拳で挑みかかって来ただろう。


「かくあるべき自分」に拘らず、相手が自分をどう見ているのかを直感で理解して見せた。これが出来る指揮官が統括する戦闘ユニットとは、出来る限り血が流れる戦闘(命を取り合う実戦)はしたくない。だが、血が流れない戦闘(知恵を絞って戦う外交)ならば、むしろ指名してでも戦いたい相手くらいだ。


 コミュニケーションが成立した。もし、そうならなかったならば、この宙域を飛行中の二人目の戦闘機パイロットは、敢えて撃墜する必要もないAVIC・J-20を自己防衛の為に狩ると言う、不本意な不幸の選択を強いられただろう。


 出会い頭で圧倒的に不利。その上、戦術要素で戦略がもたらした不利を覆す余地がないと言うのならば、責任の所在は明白である。所在は戦術を駆使する現場にではなく、戦略を構想した後方=司令部にこそある。


 大量の義勇兵を集めて擂り潰すと言う、もう一度朝鮮戦争時に採られた愚策をであれば、戦術によって戦略上の圧倒的不利をひっくり返せるかも知れない(保証の限りではない)。しかし、それはあまりのコスト高であり、戦後の社会保障費が天井まで跳ね上がり、さらに税収に大打撃を与えてしまう(彼等は、その点では心配なかった。あの時代の彼等にとっては、社会保障や税収に対する義務感が実に希薄だったからだ)。


 自分が気兼ねなく擂り潰している兵達は、"自分達が信託されている有言の資産そのモノである"と言う基本的な概念の欠如。それは、資産の所有権を認めない進歩的な社会特有の価値観に基づいているのではないだろうか?


 出会い頭で圧倒的に不利。その上、戦術要素で戦略がもたらした不利を覆せないと言うのならば、司令部が命じるべき対応は、被害を最低限に抑えつつ撤退である。司令部の仕事が勝てる戦場を設定する事である。勝てる戦場を設定に失敗したと言うのならば、自らの失態を恥じるべきで、現場を攻めるべきではない。


 戦場の設定に失敗したなら、さっさと手を退いて、次回こそ勝てる戦場を設定する努力をすれば良いだけだ(当然、撤退時に無駄に失われる命とその遺族に対する礼は尽くすべき)。


 ーーー別に勝てなくても言い。負けさえしなければ良い。


 カルタゴのハンニバルに対して、共和制ローマの武将達が戦役後半で採用した手法はまさにそれ。上手く状況が変化すれば、「ピュロス王の勝利」によって勝てない相手を苦しめられるかも知れないし。


 ーーー勝てる戦場の設定に成功した場合のみ、真剣に戦えば良い(ただし、勝てると判断して、実は誘い込まれて大敗北してしまったと言う先達も多い。戦争に限らず人生は人と人の化かし合いである前提条件をお忘れなく)。


 しかし、こんな簡単な設問に対して、正解をもって回答出来る司令部はあまりに少ない(日露戦争の様な国家の興亡を左右する戦場=国家存亡の危機を前にしては、その限りではない。たった一戦の敗北イコール民族的完全死であると言うのなら、一億火の玉と言う戦略は最適解の一つである可能性の高い。あの当時の戦争のえぐさと現代戦のそれを同列に扱う阿呆は、教師職には不適格ではないかと)。


 ともかく、AVIC・J-20の賢いパイロットの、帰還後の処遇が少しばかり心配である。


 ーーーまさに、偉大なる党が客観的で公正な立場を取り、先例に追随して騒ぎ立てないことを希望するである。


 AVIC・J-20を敗走された二人目のパイロットは、内モンゴル自治区バヤンノールから遙か遠く離れたアラビア海にいた。正確には、インド共和国沖のアラビア海を航行する海上プラットフォーム対応護衛艦「ひゅうが」に乗艦していた。離陸もしなかったし、退艦もしなかった。


 内モンゴル自治区バヤンノールには、FA-37「ダイナソア II」の大気圏内での護衛を目的として、ステルス戦闘機である三菱・F-3Eが派遣されていた。人民解放軍は、同機のステルス性だけでなく、クラッキングによって領空内へ侵入されている事に気付いていなかった。


 本来なら何事もせずに、そこを飛行していたと言う痕跡を残す事なく、母艦である「ひゅうが」まで帰還するつもりだった。しかし、余りに意外なタイミングで現場に到着したイレギュラーなAVIC・J-20によって、隠密行動を取り下げる必要が生じた。


 三菱・F-3Eは、唯一の固定武装である高射砲の様な射撃特性を持ち合わせるライトガス・ガンで、大型ロケット(大義殲撃砲)を迎撃した。最初の2発は測距用の無駄弾だった。目標の上と下を通過させる事で上空大気とコリオリの状態を測った。そして、3発目で正確に撃ち抜いた。


 4発目は、AVIC・J-20に対して、逃亡を促す為に敢えて虚空を撃った。コミュニケーションは成功した。パイロットは生存の可能性が高い方を選んでくれた。だから、5発目は撃たずに済んだ。


 その宙域を目撃していた二人目のパイロットは、「ひゅうが」から三菱・F-3Eを遠隔操縦していた。だから、実際には戦闘が行われた現場には居合わせなかった。


 それから2時間後、ヒマラヤ山脈の南側で空中給油を受けた三菱・F-3Eが「ひゅうが」へと帰投を果たした。前席に収まるべきメイン・パイロット無しの自動操縦ではなく、機体に搭載(インストール)されているコ・パイによる自律(・・)的な操縦によって。


 暫くしてから、「ひゅうが」上空で警戒飛行をしていた、合わせて5機の無人機(忠実な僚機達)も帰投した。こちらは、「ひゅうが」の管制システム側からの充実したアシストに支えられた自動(・・)着艦だった。


 その頃、月軌道プラットフォーム(LOP-G)ゲートウェイは長大な楕円軌道の端を通過し終え、月へ向かって折り返しの復路を周回していた。


 これによって、民主主義国家群は、月軌道プラットフォーム(LOP-G)ゲートウェイの防衛に成功した。


 人民共和国の今回の(・・・)挑戦は、21世紀初頭では確実に握れていた、国際社会での「主導権」の再獲得を目的としていたと推測出来る。しかし、それを失って久しい。偉大なる党と、国外の支持者達にそれが口惜しくて堪らないのだろう。


 無茶ぶりな口撃と攻撃(割合比は9:1くらい)による、瀬戸際外交と瀬戸際局地戦を常套手段(誇り高い振る舞い)として認識し始めている気配を醸し出しつつある。


 偉大なる党による、今回の挑戦も"失敗"した(それが失敗であるとは、意固地に認めないだろうが)。


 国家、社会、組織の運営面で、あるゆる種の異常(根本的な失敗)を検知したら一時的に流れが止まるようなシステムは、自由主義国家群ではもっとも必要とされる設計だ。何故なら、無謬性を出来るだけ排除する事が、成功への最短ルートであると言う価値観を共有出来ているからだ。


 時にそれは選挙の洗礼である。或いは、マスコミの追求であったりもする(日常的に目にする膠原病的な嫌がらせとは一線を画する、報道の義務と言うヤツだ。近年ではサッパリご無沙汰だが)。


 自由主義国家群は、偉い人でもそうでない人でも、リーダーであっても、人間であればいつかは必ず間違いを犯す事が前提と認識する自由が許される社会だ。不適当と見做されれば、日本国では総理大臣経験者でも社会的な地位、権威、影響力など全てを失う。総理大臣職を経験した一般人となる(もちろん、失脚後に公権力(民間はまだ別)によって殺害もされないし、彼等の言論の自由そのものも国家によって保障されている。ただ、真面な人達が一切相手をしなくなるだけだ。例えば、足袋屋の三代目とか)。


 一方で、権威主義国家群ではそうではない。国家、社会、組織の運営面で、あるゆる種の異常を検知したら、それはサボージュであり、労働改造所送りの対象である。リーダーの間違いは皆無で、常に部下がリーダーの不服従なのだから、当然の慣習だ。


 正しい指導の下に実行された作戦には、1mmグラムの間違いも存在する筈がない。それは、異なる価値観を出来るだけ排除する事が、成功への最短ルートであると言う価値観を共有出来ているからだ。


 何だか、訳が分からなくて、煙に巻かれている様な気もするだろう。しかし、権威主義国家群では、これを真面目に追求している。外から眺めると悪い冗談か何かの様にしか見えないが、真剣の何かを追求している彼等を小馬鹿にするのは大変な失礼に当たる。


 少なくとも、シャノン・ツダヌマ予備役少佐とイルマーリ・ユーティライナン大佐は、その様に感じている。憐憫の情的に。


 異なる価値観同士の話し合いが成立しがたいのは、この一点に尽きる。だから、余裕のある方が、理解し難い相手を出来るだけ尊重してやる必要がある。ただし、自分の陣営に深刻な被害がもたらされない限り、ではあるが。


 権威主義国家群としては、今回の挑戦に臨んだ結果、全世界に対して「大きなプレゼンスを示した」と言う彼等なりに真っ当な主張を繰り返すのだろう。


 しかし、問題がある。価値観の圧倒的な相違は、文字通りとんでもないレベルで判断の不一致をもたらす。


 少なくとも世界の半分に対して、彼等が実際に与えたのは「大きな嫌悪感(disgust)」であった。


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐とイルマーリ・ユーティライナン大佐の様な、配慮の人達であっても、偉大なる党とその仲間達は、正直、出来るだけ関わり合いにはなりたくない類いの輩へと評価そのものが転落しつつあった。


 それは危険な兆候でもある。自分達と価値観が異なる、自分達の常識の通じない、更に自分達に対して一方的な敵意を持っている。そんな群(・・・・)の行動選択は、興味を失ったが途端に全く予想不能となる。


 将来、そうであると知らずに、そんな群(・・・・)の尻尾を足で踏んでしまうかも知れない。そのつもりもないのに逆鱗に触れてしまうかも知れない。その場合、自分達は、まったく理解不能のタイミングで、どうにも共感不能の理由で、いかにも想定不能の手段による、彼等による反撃を喰らうかも知れない。


 かつての仮想敵であったソヴィエト連邦を名乗る鉄のカーテンの向こう側にあった帝国との間には、少なくとも相互確証破壊(Mutual Assured Destruction)とか言う大前提=肉体言語を介した相互理解が成立していた。だから、ギリギリの交渉が可能だった(交渉が成立していた事実が、ソ連崩壊後の検証で判明した。それでも、キューバ近海に潜んでいた戦略潜水艦(核ミサイル搭載型)は、あと一歩で暴発するところまで追い詰められていた事実も確認されている)。


 しかし、竹のカーテンの向こう側にある現在の仮想敵国との間に、相互確証破壊(MAD)とか言う大前提は本当に成立しているのかどうかが怪しい(対立が解消してからでないと分からないので、今のところは誰にも判別不能)。お互いが本当に大切にしているものを、お互いに把握出来ているのだろうか? 若い仮想敵国は、自分達の、相互確証破壊(MAD)とか言う大前提が何であるのかをしっかりと把握出来ているのだろうか?


「彼を知り己を知れば()戦殆からず」でも十分。


 初手として、まず最初に己を知らなければ、その後に目指す百戦錬磨への道は歩めない。優先順位は、敵よりも己を知る方が先なんだけど。


 かつての仮想敵は、国家であり奴隷であり領土であり領海であり支配権であり、何よりも安全だった。現在の仮想敵国は、本当に国家、奴隷、領土、領海、支配権や安全を尊んでいるのだろうか? 見誤ってはいまいだろうか? もしや、そう言う物理的なモノではなく、何か精神的なモノでも追求しているのはあるまいか?


 自分達以外の世界に多大に迷惑を掛けるのも、攻撃や嫌がらせのつもりは一切なく、心底から自衛の為を考えて行動している可能性はあるまいか? ついでに、不可抗力で自衛の為に世界と一緒に、自らも滅ぼす事を躊躇しない可能性はあるまいか?


 自分と異質な価値観を持つ相手との相互確証作業は本当に難しい。自由主義者が権威主義者を理解しかねるのと同様に、逆も又しかりに違いない。多用性がもたらす可能性の結果、第三次世界大戦勃発と言うのでは泣くに泣けない。


「彼を知り己を知れば()戦殆からず」でありたい。


 もし、仮想敵が、国家、奴隷、領土、領海、支配権や安全を失っても一向に構わないと考えているのなら、我々は何をもって相互確証破壊を成立させて、ギリギリの交渉が可能とさせるのか?


 小学六年生が、公園で遊んでいる下級生が砂場で作っている山を壊したとする。小学六年生にとっては冗談に過ぎなかったとしても、下級生にとっては人生を賭けた大作だったかも知れないし、生存証明であったのかも知れない。その場合、下級生が報復として小学六年生を刺殺したり、絶望して下級生本人が自殺してしまうかも知れない「もしかして」がある。


 これは小学六年生に落ち度がある。下級生の信条(価値観)に対して、圧倒的に無理解・不理解・不寛容でありながら、強く関わってしまったと言う浅はかさがある。


 小学六年生だって、まさか砂場の山一つの問題で刺殺されたり、相手が自殺するとは想定していないだろう(想定していれば、そんな馬鹿な事はしない)。


 我々は、もしかしたら、人民共和国、人民解放軍、偉大なる党の事を何一つ理解出来ていないのかも知れない。そして、人民共和国、人民解放軍、偉大なる党の方も、我々が彼等の事をまったく理解出来ていないと想定していないのかも知れない。


 かつて、太平洋戦争真っ直中だった合衆国は、「(なんじ)の敵を知れ」と言う啓蒙映画(プロパガンダ)を作って出来る限りの国民(汝達)にプレゼンテーションを行った。敵とは当然、我らが大日本帝国である。この頃の合衆国は、自分達には理解が困難な敵がいると考える柔軟性があった(啓蒙映画(プロパガンダ)の内容の方は酷いモノだったけれど)。


 しかし、現在の合衆国を始めとする民主主義国家群はどうだろうか? 情報局の思い込みでしかない虚像を敵の真実の姿と誤解しているのではないだろうか。これでは「彼を知り己を知れば()戦殆からず」ではなく「彼を知らず己を知らざれば()()危うい」となってしまう。


 価値観を共有していず、更に興味も中途半端な未知の相手のリアクション=次のターンの行動は、実は計り知れないと言う教訓的な逸話において。仮想敵に対する疑心暗鬼は、相手が自分達と同じ価値観を持っているならばこうする、と言う薄っぺらな推測に過ぎないので真剣に検討する必要はないと言う意味で(逆に、仮想敵が我々に対して抱く疑心暗鬼については、真剣に検討すべきだ)。


 青天の霹靂で、「どうしてこうなった?」と自問自答しても絶対に解答が出ない超展開に直面させられる事になるかも知れない。答えが出ないのは自問自答であるからだ。「大きな嫌悪感(disgust)」を与える側に対して質問を投げかけるべきだ。答えは自分の中にではなく、彼等の側にこそある。


 だから、自衛の為に、「大きな嫌悪感(disgust)」を与える人々との交流を絶やすわけにはいかない。茨の道の方がマシそうな体験の連続の気がする。


 誰がこんな世界を作った? これに絶対的な答えが存在しないのも、この世界が我々が作ったものではないからだろう。自問自答は無駄だ。どうにかして、作ったクソ野郎に対して質問を投げかけるべきなのだ。


 自衛の為に、「大きな嫌悪感(disgust)」を与える人々と付き合うのも大変だ。何より、コストが高く付く。


「大きな嫌悪感(disgust)」を与えられた側には何の経済的なメリットもないと言うのに、沢山の国税(国家予算)を注ぎ込まされてしまった。巨額の追加予算を捻出させられてしまった。本来は、国民の衣食住の向上にこそ注ぎ込むべき資金であった筈だったのに。


 だが、たった一つだけ、辛うじてメリットがあったとカウント出来る一面もあった。これだけの難事業を即興で成し遂げたと言う自信と経験だけは、参加国家の経験値=いわゆる「プライスレス」な"資産"となった。しかも参加各国同士で共有する"資産"となった。


 さすがは、"資産"の個人(国民)保有権を広域に認める資本主義国家群である。


 この世界には、全ての"資産"は社会が保有すべきと考える人々が政治の舵を取るタイプの国家群が相当数共存している。


 だから、こそ。さすが、なのである。


 ーーー国家と言う統治機構とは、国民に対しては認めても、奴隷(※)に対しては資産の保有権を認めない。


 国家権力による保有する資産保護の有無は、その人物の社会に置けるポジションを最も雄弁に語る要素の一つだ。


 他に、国政に関与する権利=自由意思に於ける投票権、被選挙権、誠実な票の集計などもとても大切な要素だ。


 もし、これらの権利を一つでも与えられ、いや、獲得出来ていないと言うなら・・・。


 まあ、そう言う事である。


※= 古代ローマの奴隷を除く。特に中世以降に限定。

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