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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第七章 昨日とは違う明日へ。
41/143

はじまりとそのあと。 〜その参

 空に向かって(そび)える尖塔。


 その頂上部に一際(ひときわ)巨大なフェアリングを戴く事で、見る者に何かしらの強烈な印象を与えずにはいられない。


 その正体は、地上から星の世界へと望むモノを望んだ通りに持ち上げてくれる巨大ロケット「ヴァルカン・セントール・ヘヴィー」の64号機である。


 ーーーL+1秒(打上げ時刻1秒)。


 液体燃料と触媒を極秘の比率とタイミングで混ぜ合わせる事で着火され、全方向に広がってしまう膨大な爆発力を発生させる。その爆発力を特殊な形状の燃料部とノズルを通過させる事で一点に集めて制御する。一方向に整えられた爆発力を下方を選んで噴出させる事で、巨大な推力として利用出来る。


 そんな枯れた技術と最先端技術の結晶の集大成。


 たった今、合衆国宇宙軍が打ち上げた飛翔体の全容は、だいたいその様なものだ。


 そのヴァルカン・セントール・ヘヴィー・VIXIVは、離床直後から緩やかだが規則的な回転を始め、約26秒後に推力を100%から6割にまで低下させた。それによって最大動圧値を調整し、更に約60秒後には再び推力を100%まで戻した。


 ーーー濃い大気の層を最短距離で通過する為にやむを得ずだ。


 垂直上昇シークエンスはそこでお終いだ。


 続いて、地球の自転速度を着実に自速へと上積みする為の、平行飛行シークエンスへと入る。


 ーーーロケット(糞式推進)の醍醐味はここから始まる。


 高度が上がり、気圧が劇的に下がった後で、荷物(ダイナソア II)覆っていた(保護していた)フェアリングが分離される。


 その後、巨大な一段目を切り離し成功。後ろ髪引かれる様な女々しさは微塵も生じない。


 二段目である"セントール・ロケット"のエンジン(スラスター)への点火も成功。


 セントール・ロケットには、現用機材と比べて、大して真新しい点は見られない。基本的に21世紀初頭のデザインを引き継いで、正統進化を果たしているからだ。だが、近い将来、より確実で、更に運用コストを抑制可能な、絶賛打ち上げテスト中である新型ブースターへと置き換えられる予定だ。


 目標高度と目標自速へ達した所で、セントール・ロケットはスラスターの燃焼停止。そのまま破棄。二段目も一段目の後を追って、大西洋上へと確実に落下して消える(ここで地表や海洋へ落とし損ねて、長い時間地球近傍宙域を漂った末に月面に激突させる・・・なんてのはプロフェッショナルの仕事ではない)。


 ーーーL+8分40秒(打上げ時刻8分40秒)。


 ボーイング・FA-37「ダイナソア II」のメイン・スラスターを点火する。まるで、ゴム縄で打ち出したピンポン球の様な急加速を維持しながら、更にとても緩い角度で高度を積み重ねる。事実上の三段目だ。


 イルマーリ・ユーティライナン大佐は、ケネディ宇宙センターにある宇宙軍管制室が注意深く見守る中、「ダイナソア II」の加速を続ける。


 目標とする軌道へ到着するまでのスラスターの燃焼状態は、実機に搭乗しているパイロットよりも地上の椅子に座っている管制官の方がより大きな権限を持って制御される。


 ーーーL+30分(打上げ時刻30分0秒)。


 やがて加速が終了する。最後に、軌道変換エンジン噴射。大気圏外の最下層と呼んでも良い、パーキング・オービットへ到達。無人の人工衛星と等しい、定格速度(第一宇宙速度)+αで地球周回を始める。


 ーーーこちら、ジェミナイ・コントロール。ビッグ・ブルー1、応答願います。


 メイン・エンジンへの点火のタイミングも教えてくれなかった、非常識な作戦管制官の第一声がコックピットに届いた。


「こちら、ビッグ・ブルー1。感度良好」 


 二人のクルーは忙しそうに、それぞれが受け持つ機材のチェックを入念に行っている。


 コックピットの気密と機内の電気系統のチェックを二重に行う。問題なし。


 使用済み燃料の逆算とタンク内の圧力から、残量の推定を行う。問題なし。


 メイン・スラスターではなく、機体の姿勢制御用のバーニアのチェックを行う。問題なし。


 コ・パイからのチェック報告を受けた機長は、ついさっきに与えられたばかりの機体が"合衆国からの期待に十分に応えられるコンディションにある事"を確信した。


「すべて良好。繰り返す。すべて良好」


 ーーー了解。すべて良好。確認しました。・・・ビッグ・ブルー1、"ジム・ラヴェル"は貴方の制御下にある。


「こちら、ビッグ・ブルー1。了解。"ジム・ラヴェル"は私の制御下にある」


 ーーービッグ・ブルー1。行ってらっしゃい。


「ありがとう。予定通り、これより"ジム・ラヴェル"の通信封鎖を実行する」


 ーーー幸運を。


 たった今より、ボーイング・FA-37「ダイナソア II」の操縦権は、完全にイルマーリ・ユーティライナン大佐へと託された。


「ダイナソア II」は、全てのアクティブ通信機器とアクティブ探索機器の機能を封鎖した。ここから先は、作戦中止命令でも下さない限りはビッグ・ブルー1の名を与えられた、たった二人のチームによる判断で作戦が実行される事になった。


 イルマーリ・ユーティライナン大佐は、大嫌いらしいヘッド・マウント・ディスプレイをヘルメットのゴーグルから外した。宙に浮くゴーグルに動きは見られない。エアコン以外の余分な気流は生じていない。コックピット内の気密に問題はなさそうだ。


 毎度の事ではないが、約0.7気圧に与圧されたキャビン内の大気(窒素40%と酸素60%。気密服内の大気とは成分が異なる。アポロ宇宙線時代の船内気圧は0.33気圧だったらしい。そして、マーキュリー計画〜アポロ1号までの船内(キャビン)用大気成分は非常に恐ろしい構成だった)が外部へと漏れ出しているケースもある。余程に大きな穴でもなければ、気密は必要十分に保たれる。だから、長時間ミッションでなければ、処置されずに放置されるケースもある。


 このミッションはたった地球一周で終わるので、そうだったとしても確実に放置されただろう。実際、上がってから降りるまでの時間がとても短いので、マイナー・トラブルに処置を施す様な時間的余裕はない。


「大佐。水平宇宙港・・・まず、ヴァンデンバーグ基地からのランウェイ・クリアー信号確認。続いて、エドワード基地もランウェイ・クリアー来ました。ジョンストン島は定期着陸便がないので「何時でも、バッチ来い」だそうです。三箇所に限れば、たった今から3時間ほどこの「ダイナソア II」専用となりました。どのタイミングに無断でアプローチに入っても誰も文句を付けてきませんよ」


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、未だにボルト一本の人工物を体内に埋め込んでいない、つまりまったく機械達と直接に情報のやりとりを出来ない、イルマーリ・ユーティライナン大佐へ確認の為に口頭で伝えた。


 パイロットとコ・パイは同じブロック内に乗り込んでいる。縦並びではなく、横並びである。しかし、船内気圧の機密性や機体や機材の操作性を高めるために、それぞれのクルーが独立したボックス内へと押し込められている。


 これは、シャノン・ツダヌマ予備役少佐の様に機械達と直接に情報のやりとり可能なサイバーではない、生身の人間が制限なく物理的(アナログ)インターフェイスで機体や機材の操作可能とすると言う設計思想に基づいた処置・・・ではない。


 宇宙と言う"極地"での戦闘と念頭に置いて設計されているので、複数系統の操作系を確保してあるのだ。場合によっては、サイバーであっても物理的アナログインターフェイスで「ダイナソア II」を操縦する必要がある。少なくとも、予備役少佐であっても事前にその為の訓練は十分に組まれてある。


「出来るださっさとメリット島のKTTS(33番滑走路)にタッチダウンやらないと、空軍のパイロット達に怨まれる。特にエドワードのあたり。さっさと仕事を終えて降りちまおう」


「最悪、ロジャース乾湖のどこかに強行着陸するでしょう。もし、他港へ回される事になったなら、長距離訓練からやっとの事で戻って来た爆撃機パイロットがいる様なら・・・後から何か適当に差し入れでも入れておきましょう」


 多く、または一般的な人工衛星が利用する低軌道。そこよりも更に更に低い高度であるパーキング・オービット上を「ダイナソア II」は、それでも第一宇宙速度で飛ぶ。地球からより近い軌道である事から、低軌道よりも一周の距離が短い。だから、低軌道の人工衛星が地球を一周するよりも、間違いなく短い時間で一周を終える。


 もし、第一宇宙速度に到達出来ず、正確には定格速度への到達に失敗した場合は弾道飛行=弾道速度となる。第一宇宙速度に比べて確実に遅くなるし、最大高度を通過した後は直ちに飛行高度が上がる所か、地上への落下を始める。


 とは言え、パーキング・オービットも立派な宇宙空間である。高度約200Kmであるからして、宇宙との境目として国際的に認識いされている高度10kmを越えているのだから間違いない。国際宇宙ステーションISSは高度約420Kmの円に近い楕円軌道を巡っている。


 しかし、低軌道(LEO)を飛行する人工衛星(国際宇宙ステーションISS含む)でさえ極薄の大気に妨げられて=摩擦されて徐々に飛行速度を確実にもがれて行くことを考えれば、より低い=大気の濃い=障害となる物体が多いのは間違いない(ISSもズヴェズダ・サービス・モジュールの推進機能を使って、定期的に再加速(再ブースト操作)をかけている)。だから、最低でも一年以上運用を続けたい人工衛星をわざわざ問題の多いパーキング・オービットを目指して上げるバカはいない(偶に、加速不十分が原因で、この辺りまでしか到達出来ない飛翔体もある。次回頑張ろうぜ。どんまい)。


 また、濃い大気に対して距離的に近い宙域と言う事は、足下で大気の激しい乱れが生じれば、その影響はパーキング・オービットまで確実に登って来る(少なくとも、低軌道よりは顕著に)。太陽風や稀にであるが銀河風が暴れれば、それもまた、バンアレン帯の内側であっても大気の流れや密度を乱す。宇宙天気予報が重要視されるのは、まさにここにある。


 合衆国のスターリンク社が提供する宇宙インターネット・サービスで用いる衛星コンステレーション。その中でも低い高度を回るVバンド用衛星であっても高度340Kmを確保している。全ては、周回速度を奪う大気と言う障害要素を避ける為だ(ソ連時代の宇宙ステーション「ミール」がこれに近い高度の軌道を回っていた(※)。近地点で354Km〜遠地点で374Kmと言う、円形に近い楕円軌道で地球を周回していた。この様に低い高度を周回させれば、地表からアクセスし易いと言うメリットがある。また、廃棄後または制御喪失後に長期間に渡ってデブリ化する可能性(或いはケスラー・シンドロームの材料となる可能性も)を低く抑えられると言う事情もある)。


 つまり、通過する宙域の大気の濃度=摩擦係数が所々で差が生じるのだ。そうなると、ちょっとした気の緩み(適切に再加速しないと)で、大気抵抗の大きな宙域を通過して、「ダイナソア II」が巨大なブースターを利用して獲得した地球周回速度=第一宇宙速度を失ってしまう事を意味する。


 第一宇宙速度を失えばどうなるか? そのまま大気圏内の地表へ向けて落下してしまう(衛星軌道周回飛行も自由落下と言えば落下だけど)。再加速すれば良いのだが、余剰燃料が捻出出来るとは限らない。また、地表へ近付いている事に早めに気付かなければ、再加速が無意味となる高度へ落ちるまで根刮ぎに運動エネルギーを消費し尽くされてしまうかも知れない。


 だから、イルマーリ・ユーティライナン大佐は、無駄口を叩きながらも毎秒事にアップデートされる通過予定宙域の状況情報(軍事用宇宙天気予報)に細心の注意を払っている。自機のレーダーを使えれば楽なのだが、電波封鎖中なのでそれは無理。だから、パーキング・オービットより高い低軌道や高軌道を周回飛行する通信衛星(TDRS)を経由して、民主主義国家群が大気圏外に築いた数々の拠点で集められた質の高い情報を受信している=パッシブ情報機器を駆使してる。


「ダイナソア II」は、トルコ共和国とアラブの国々の上宙を順調に通過。イラン共和国を避ける為に、「スタン」な共和国の上宙を飛行し続ける。


 ーーー高度約120Km。


 イルマーリ・ユーティライナン大佐が、「ダイナソア II」の機体を、予告もなく突然に前後半回転させる。後部を前にしながら、上等なセンサー類を前に向けずに第一宇宙速度で飛行する。


「少佐。やるぞ」


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐も子供でない。わざわざ通告されなくても、次に何が起こるか。今は何を起こすべきかを十二分に把握出来ていた。


「了解です。お手柔らかに」


 だから、(わず)かコンマ1秒を圧縮する様な厳しい段取りに無条件で協力し続けた。全ては目的と生還の両方を達成する為である。


「ああ。生娘を扱うようになっ!! アタック(大気圏突入開始)!!」


 イルマーリ・ユー(セクハラが許される)ティライナン大佐(※付きイケメン爺さん)は、情報機器をヘルメットに直さず、シールド越しに素顔を曝したまま軌道離脱の為の高機動シークエンスへと突入した。この男にとって、肉眼に勝る情報源は存在しない様だ。


 ーーー軌道離脱噴射開始。


「ーーーっ!!」


 イルマーリ・ユーティライナン大佐が、「ダイナソア II」のメイン・スラスター全開でレトロ推進(逆噴射)をかける。シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、十分に覚悟はしてたが、それでも想定以上に強烈なGに面食らう。


 LCからの離床時は苦痛を回避する為に、サイボーグ・ボディーのセンサー類と生体脳のダイレクトリンクを切っていた。しかし、ここからは物理(アナログ)インターフェイスによる操作へも対象する必要がある。


 万が一の事態、イルマーリ・ユーティライナン大佐が操縦不能なダメージを負った場合は、彼女がコ・パイとして「ダイナソア II」の操縦を引き継がなければならない。だから、仮想現実世界へとダイブしつつ、現実世界にも片足を残しておく必要があるのだ。


 ーーー何事も超高速なこの世界では、コンマ1秒の対応の遅れが命取りとなってしまう。


 飛行速度を失った「ダイナソア II」は急激に落下コースへと入る。イルマーリ・ユーティライナン大佐は、乱暴だが一切無駄ないマニューバで「ダイナソア II」の機首を正しい方向に戻し終える。既に約8Km/秒の飛行速度は失われている。


 高度120Km。Entry Interface開始。空力ブレーキによる減速作業が始まる。大気に対する投影面積に比例し、更に速度の2乗に比例する空気抵抗が発生し始める。これは、日本国の実験人工衛星・MUSEシリーズ「ひてん」が、世界で初めて(1991年3月19日)実証して見せた概念である。


 この高度の大気は極めて薄いながらもゆっくりでなく、高速で(・・・)ぶつかる為に、「ダイナソア II」の機首が大気を押しつぶす。圧縮し始める。途端に、機体下面の温度が急上昇を始める。直ぐに超高温状態となる。強力な大気圧縮が引き起こすプラズマ・ショーがこれから始まるのだ。


 実は、大気を圧縮しない程度にゆっくりと落下方向を地球周回軌道から地表へと変更出来るのなら、大気圧縮熱もプラズマ・ショーも回避出来る。別に、灼熱の宙層がある訳でもない。プラズマが機体の周りから消えるのは、灼熱の宙層をくぐり終えたのではなく、単に機体速度(保有運動エネルギー)が機体と大気の衝突によって削がれた(奪われた)=大気速度(或いは大気密度)と比較して(に対して)機体速度(ダイナソア II)の飛行速度が遅くなった(同化した)からである。


 仮に、約8Km/秒の速度(人工衛星の飛行速度)地表付近(1気圧環境下)を飛行すれば、大気圏突入時と同様(実際はそれ以上に)のプラズマが発生して機体は一瞬で砕けて燃え尽きるだろう(地表付近(1ヘクトパスカル環境)熱圏や中層圏(成層圏の上)よりも大気が明らかに濃密だから)。


 合衆国の高高度極超音速実験機であるノースアメリカン・X-15A-2(パイロットはウィリアム・J・ナイト)が成層圏で、たった(・・・)音速の6.7倍の速度(7,274Km/時)で飛行しただけで、発生させた大気の圧縮熱が機体をボロボロ(全損判定で廃棄)にしてしまったと言う事例もある。音の壁の次に立ちはだかるのは、熱の壁である事実が良く分かる。


 ーーー振り返ってみれば、大気圏の外に出る打ち上げシーンでは、ロケット周辺にプラズマの業火は発生していない。


 だから、大気を圧縮しない程度にゆっくりと地表へと落下出来るのなら、対熱カプセルも対熱タイルも不要となる。今低軌道を回っている宇宙ステーションをそのまま地表まで下ろす事も夢ではない。原理的には不可能ではない(だから、軌道エレベーターと言うプラットホームには大気圏突入とかプラズマ対策と言う概念が持ち込まれていない)。しかし、今のところは無理。紐で吊してゆっくり下るのでなく、飛行で地表へ自力で飛行して降りると言うなら、こればかりは反重力推進でも実用化されないと無理だろう。


 例えば、ノースアメリカン・X-15Aの様に中間圏(地表80〜50Km程度)の高度を飛行(通過)しても、衛星軌道から降下する往還機と比べれば圧倒的に飛行速度が遅い。だから、凄まじい圧縮熱から激しい攻撃を受ける事はない。問題は、高度や圏/層にあるのではなく、大気に対する機体の相対速度であると感じた方が難題を避けて状況を把握出来る。


 人工衛星や「ダイナソア II」が第一宇宙速度(約8Km/秒)で飛行出来るのは、大気がほとんど存在しない程に希薄であるからだ。その一方で、人工衛星や「ダイナソア II」が第一宇宙速度(約8Km/秒)で中間圏の地表80Km以下の高度を飛行(通過)すると、濃い大気が存在するので圧縮熱を発して、プラズマが生じる程に機体その物が熱されるのだ。


 この長々とした話は、たった一行に纏められる。


 ーーー大気圏突入とは、高熱を伴う大気(空気)ブレーキによる減速作業に過ぎない。


 JAXAはこれを「エアロブレーキ技術」と呼んでいる。


 大気圏外の衛星軌道を周回する機体にとって、最低飛行速度とされる約8Km/秒(=第一宇宙速度+α)を時速に換算してみよう。比較・参考となるのは、人類が製造した最高速航空機であるノースアメリカン・X-15A2がたった一度だけ記録したマッハ6.7は、7,274Km/時である。すごいケタの数値にまで膨らむので、意識高い系の人でない限りはきっと驚く事になる。


 なお、人類は木星探査、金星探査、火星探査においても、この大気ブレーキによる減速作業を過去に行っている。圧縮熱に耐える事さえ出来れば、推進剤要らずのもっともエコな減速手段の一つである。おそらく、耐熱構造と逆噴射用の推進剤の重量及びコストの差が、いずれの減速手段を探査機に実装するかの判断材料となる筈だ(+政治的要素が若干あり)。


「ダイナソア II」は地球の重力に捕まった。大気圏へ向けて高速落下を始めた。機首やや上げで機体下方を大気圧縮面へする。それで発生する揚力を調整しながら、高度と速度を制御する。


 ーーー高度約80Km。


 圧縮された大気同士は激しくぶつかり合い、すぐに「ダイナソア II」を(みなもと)とする超高温状態へと引き上げられた。これは運動エネルギーが熱エネルギーへと転移させられた結果だ。もちろん、転移させているのは「ダイナソア II」である。


 原子、イオン、プラズマなど色々な形態へと変化を強いられる。機体が崩壊しない温度を保ち続けなければならない。しかし、一刻も早くプラズマ・ショーを閉幕させなければ(切り上げねば)ならない。次のショーの予定は、既に過密スケジュールで決められているのだから。いや、むしろ、本命は次のこそある。


「ダイナソア II」が体験中のプラズマ・ショーは、落下速度と機体の表面温度の綱引きである。ギリギリのせめぎ合いと言っても良いかも知れない。


 そのギリギリのせめぎ合いは、大気圏への角度の選択である。戦闘飛行である為に、安全マージンを軽視した、一般的な宇宙飛行士であれば、一生を通じて挑む事が許されない「冒険」がそこにある。おそらく、人類にとって、地球圏に未だに唯一残されている数少ないフロンティアー行為の一つがこれである。


 現在の年齢に達してなお、このイルマーリ・ユーティライナン大佐は、この種のフロンティアー行為に骨の髄まで取り憑かれていた。人生の最後はベッドの上でなく、「冒険」の現場でありたいと願って止まなかった。我々にとっては、「病気」や「自殺衝動」としか思えない。だが、本人にとっては、単なる「生き甲斐」であるに過ぎない。これをやらずに生きてはいけない。挑まないのは死んでいる事(退屈に埋没するの)と同じなのである。価値観の多様性、ここに極まるである。


 何事も最速・最短。何故、そんなに危ない所を敢えて攻めるのか。それは、奇襲攻撃は作業時間が短ければ短いほどに生還率が上がるからだ。理想は攻撃を受けるまで察知されない事=気が付かれる前に攻撃を終えたい。それが無理なら、気が付いても対処する余裕がなく混乱している所を強襲したい。


 その為に、1秒どころか、ゼロ・コンマ秒でも縮める事は、目的と生還の両方を同時に達成する為の正しい努力の払い方なのだ。


 イルマーリ・ユーティライナン大佐の考えはこうだ。攻撃目標地点に最も近い宙域で大気圏再突入を行う。そうでありながら、大気圏再突入後の機体冷却時間を出来るだけ縮めたい為に、出来るだけ緩やかな角度と出来るだけ速い速度による進入に努める。


 より発熱を抑えて、より高速で飛行する。この相反する要素を付き合わしてトコトンまで攻めるのは、決してパイロットを襲う減速加速度の軽減を意図してではない。


 ーーー結果として、プラズマ祭りを伴う飛行距離は長くなるが。


 熱膨張を規定値まで取り去る為の機体冷却時間中に、シャノン・ツダヌマ予備役少佐がパッシブ・センサーだけで攻撃対象=この場合は飛翔中の大型ミサイル(ロケット・ブースター)、或いはモンゴル共和国との国境近くに建てられた酒泉戦略ロケット発射センターのLC(弱水金沙湾の南岸の方)に対する攻撃を仕掛けるのだ。


 大型ミサイル(ロケット・ブースター)を飛行継続不能と出来れば、作戦成功となる。敢えて、酒泉戦略ロケット発射センター全体を壊滅させるつもりはない。


「ダイナソア II」の対熱タイルは、大気圧縮熱が押し付けて来るプラズマ嵐をキレイに揃えて上方へ流してくれる。背面アンテナで上宙(データ中継衛星)から送られる通信で、シャノン・ツダヌマ予備役少佐は自機の正確な位置情報と攻撃対象の状況の監視を続ける。


 ーーー!!


 攻撃対象である近接する3箇所に別れた大型ミサイル(ロケット・ブースター)の足下に、突然に巨大な光と煙が広がった。僅かに間に合わなかった。たった今、人民共和国が、月軌道プラットフォーム(LOP-G)ゲートウェイを直接攻撃する為に、月探査船加速用レベルの大型ロケット(ミーン・マシン)撃ち(・・)上げたのだ。


 ーーー高度約50Km。


 宙と空の境は完全に越えた。それと同時にプラズマ祭(大気減速作業)りが終了した。親殺し以上にフロン・ガス(有能冷却用触媒)を激しく憎む一部の人類を盲目的に保護欲に駆らせる、あの(・・)有名なオゾン層が存在する高度は、まだまだ下方の高度である。


「ダイナソア II」のセンサーが、機体表面温度と膨張具合は許容範囲に戻ったと言う信号を表示した。つまり、ペイロード・ドアを物理的に開閉操作出来る状態に戻ったと言うことだ。


 熱圏。宇宙空間とされる熱圏は実は環境温度は高い(ただし、熱伝導率(空気密度)は低いので火傷はしない。宇宙で廃熱している筈のガンダムが採用している冷却システムの謎もそこにある)。どのくらい高いかと言えば、国際宇宙ステーションISSが飛行している高度400Km周辺では1500℃を下回る事はまずないくらい。原因は太陽風や磁気圏などによる加熱であると言われている。


 これが高度80Kmから中間圏まで落ちると環境温度は逆に-80℃~-100℃へと下がる。原因は大気圏内である為に豊富に存在する二酸化炭素によって発生する放射冷却にあると言われている(熱伝導率(空気密度)が低いと言う事は、温まった物体の冷却効率も悪化する事も意味する)。


 豊富に存在する二酸化炭素と言うくだり。つまり、この辺りから気圧が上がる。深めの突入角度で大気圏へと落とされた廃棄人工衛星は、圧縮熱の攻撃によって強度が奪い尽くされる。やがて、圧縮熱による攻撃が限界点を迎え、構造物は千切れ、完全に崩壊し、一瞬でバラバラに飛び散る。


 ーーー大気圏に再突入させられた廃棄人工衛星の、劇的な構造崩壊が起こるのは常に中間圏である。


 絶対。おおよそだけど、たぶんそう。


 なお、バラバラに分解された元人工衛星の破片は、ここから先は破片それぞれの材質(耐熱性の差)によって行き先が変わる。中にはそこから更に1千,000Kmも先まで飛んで行く物体もある。


 飛行速度(運動・位置エネルギー)を殺し切った後に機体を冷却中だった「ダイナソア II」の航路が、突然に反れた。イルマーリ・ユーティライナン大佐も事態に対して出遅れてしまった事に気付いているのだ。常にぶっつけ本番ばかりの最前線ばかりをたらい回しされ、偉い人達に言い様に使い倒されて来た男らしい即断即決だった。


 何も言わずに、飛翔中の大型ロケット(ミーン・マシン)を上空から捉えるのに最適な相対位置へ移動させる。この最適解を、長年培った直感だけで、一瞬で見切ったのだ。まだまだ、機械知性には敵わない、決して理屈の通らない正解獲得手段を、この稀代のお調子者はどういう訳か持ち合わせているのだ。


 イルマーリ・ユーティライナン大佐とシャノン・ツダヌマ予備役少佐は、まるで顔でも突き合わせているかの様に、二人で一つのユニットであるかの様に、共同作業を開始した。


 イルマーリ・ユーティライナン大佐が、「ダイナソア II」の背面を半ロールさせて地上に向ける。そして、姿勢安定を確認する間もなく、ペイロード・ドアを何の予告もなく開放する。まるで、ペイロード・ドアによる急激な空気抵抗や機体重心の変化など、彼だけが持つ「フライ・バイ・ワイアーよりも正確な補正操縦技術で吸収出来ない筈もない」と主張しているかの様に。


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、飽和攻撃を目指した割に、並列する軌道に不和が見受けられる3本の大型ロケット(ミーン・マシン)と「ダイナソア II」の相対位置、相対速度、未来軌道予測を一瞬で割り出す。そして、「ダイナソア II」に積まれていた、3つのミサイル・コンテナに、それを伝え終えると同時に、何の予告もなく機外へと放り出した。


「ダイナソア II」は、急激な質量喪失による慣性的なオツリを喰らった(第二次世界大戦のボーイング・B-17「フライング・フォートレス」が大型爆弾を立て続けに落として荷室が空になった後に、勝手に急上昇してしまう現象(有名な逸話)の様なものだ)。本来なら、シャノン・ツダヌマ予備役少佐はひやっとするべきだったろう。しかし、涼しい表情でたった今産み落としたばかりの、3つのミサイル・コンテナに起動スイッチと自律モードの開放指示を出し終えた。


 イルマーリ・ユーティライナン大佐は大佐で、慣性的なオツリが来る事を120%予期出来てしたので、そのオツリが来るのを待って、その反動を弾みとして利用して、ちょっとだけ機体高度を下げるだけで背面飛行から正面飛行へと姿勢を半ロールさせて戻した。余分なロールは一切なかった。最後に、少しばかり機首が上がっていたが、それもペイロード・ドアの緊急閉鎖するとすんなりと正位置へと戻った。


 イルマーリ・ユーティライナン大佐は、「ダイナソア II」の位置情報を再確認して、太平洋方向を見極めて、メイン・スラスターに再点火した。


 ーーーもう一度大気圏外へ戻る事で、迎撃兵器の追随を防ぎ、機体の無事を図るのだ。


 イルマーリ・ユーティライナン大佐もシャノン・ツダヌマ予備役少佐が為るべき事は全て終わった。後は、一目散に現場から逃げ出せば良いだけだ。


 今回は敢えて第一宇宙速度まで加速する必要はない。放物線を描いて、合衆国領土内のどこかの両距離滑走路までの弾道飛行が出来れば良いのだから。もう、偽装や欺瞞の為に、地球を周回する素振りを見せる必要はないのだ。しかも、加速終了後はほぼ滑空飛行となるので、燃料面での節約は不要と来ている。


 それでも、現時点では戦闘空域からの緊急離脱を実行する為、特大のGが、max Q(最大動圧点)をも無視した加速が二人のクルーを襲う。ここは敵地のど真ん中。何時どこから攻撃を受けるとも知れない。死にたくなければ、この巨大なGに耐えるしかない。何故なら、敵が放つだろう迎撃ミサイルは、パイロットの人権を尊重して最大加速を自重してくれる筈もないからだ(実に非人道的である。()戦協定などを締結して、敵に対して十分な健康上の配慮を要求したい)。


 3つのミサイル・コンテナから解き放たれた、勝手に総数で36発の矢と化した。赤外線画像センサーを駆使して3本の大型ロケット(ミーン・マシン)の上宙を獲る事に成功した。そして、近接信管を使って招かざる客が駆けて来る上昇コースの上で爆発四散。ものすごい数の破片の雨が、ものすごい相対速度で、ゆっくりと上昇して来るブースターを雨の滴の様に取り囲んだ。


 3本の大型ロケット(ミーン・マシン)は、ほぼ同時に空中で纏めて爆発炎上した。その様子は、海西モンゴル族自治州の各地から目視する事が出来だ。しかし、そこに住む人民とそれ以外の被支配民は、「またいつものデカイ花火か」と判断して興味も持たなかった(興味を持つと碌な事にならないから)。


 だが、イルマーリ・ユーティライナン大佐とシャノン・ツダヌマ予備役少佐は、3本の大型ロケット(ミーン・マシン)の護衛の為に、内モンゴル自治区バヤンノールの砂漠の上空を人民解放軍・空軍のAVIC・J-20「威龍」の多岐に渡る変種の一例、超高空迎撃への特化仕様機が飛行中である事実を見過ごしていた。


※= ガガーリンを乗せた人類初の有人宇宙船「ボストーク1号」の地球周回軌道の近地点は181Kmで遠地点は327Km。かなり引き延ばされた楕円軌道を回った。どんどん地球から離れていくのは心臓に悪い。万が一にも、「ボストーク1号」が描く楕円軌道が離心率「>1」になってたら、双曲線軌道になってたら二度と地球に帰って来れなくなるので、遠地点を越えるまでは心穏やかではなかったろうなあ。コラブリー・スプートニックの恐怖都市伝説もあるし。なお、「ボストーク1号」による地球一周の所要時間は1時間48分だった。

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