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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第七章 昨日とは違う明日へ。
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はじまりとそのあと。 〜その弐


 北大西洋に面するビーチ沿い。


 自然豊かな湿地帯には、島には見えない多数の島々が浮かぶ様に点在している。


 そこは、次々に枝分かれする分流路と海岸線が作り出す、河口デルタの最後の部分である。


 そこで見られるたくさんの島。


 その中の一つである「メリット島」には、海岸線に沿って、数え切れないほどの軍施設が集中的に点在(・・)している。


 当たり前だ。そこは、合衆国フロリダ州ブレバード郡。


 有人宇宙飛行を継続する為には無くてはならない、宇宙インフラの要中の要。最重要とも言い直せる・・・。


 ケネディ宇宙センター、そのものであるのだから。


 その重要施設がフロリダ州の海岸に建てられている事は知らなくても、TVやネットや新聞のニュースへ日常的に接する生活を送っていれば、この特別な響きのある名称は一度は、誰だって一度くらいは耳にしたことがあるだろう。


 何の前触れもなく、突然に、第39発射施設付近。つまり、オービター整備施設(OPF)とクローラーウェイに誘導路の中間地点に、普段ならば降りる事どころか外からの進入すらも許されない区域に、プッシャー・プロペラ搭載の高速軍用ヘリコプターが強硬着陸した。


 余程の急ぎであったのか、または事前調整を行う余裕もなかったのか、事前に着陸地点周辺のゴミなどを片付けておけなかったのだろう。巨大のローターが発生させるダウン・ウォッシュで、周辺に散らばっていた全ての軽い物体が巻き上げられる埃と一緒になって宙に激しく散らかされている。


 高速軍用ヘリコプターは、周辺被害に気を配る余裕もなく機内に収容されてあったランディング・ギアを出す。落下速度の減速不足のまま、特殊ゴム製のタイヤをコンクリート舗装に押し付ける。


 メイン・ローターが十分に減速し切れない中に、キャビンの側部扉が強引に開かれる。まずは、身体中がバネの様に見える下士官が飛び降りる。それから、キャビンへと手を伸ばす。


 キャビンからは伸ばした手に支えられて、一人の女性が慎重な足取りで地上へと降りた。


 その女性の出で立ちは、明らかに周辺に立つ男達や軍事施設から完全に浮き上がっていた。


 その場では、決してあってはならない装いだった。


 周辺環境に溶け込もうと言う、郷に入っては郷に従うと言う、空気読む(KY的な)努力が全く覗えなかった。


 非日常の空間に、飛び切りの日常を無遠慮なまでに持ち込んでいた。


 女性であるとか、普段着であるとかは別に構わない。もちろん、女性であるなら、出来れば民間コンサル風の妙に戦闘的な(イタズラに真っ赤な)ビジネス・スーツであった方が、ハリウッド映画で頻繁に見掛ける厭味なコンサルタントとか、物語後半までには仲良くなれるセクレタリーらしく(・・・)周囲の風景にマッチしたかも知れないが。


 だがしかし、ペイレス・ドラッグ(安売りスーパー)ワゴン・セール(見切り品セール)で買ったのではないかと邪推出来るシャツと、中古ショップで吊り売りされたに違いないリーバイスのジーパンの組み合わせと言う普段着の上に、「さっきまで料理中でした」と強く主張せずにはいられない、チェック地のエプロンを纏ったままである。


 御丁寧に、エプロンには洗っても落ちないケチャップの染みまで残されている。


 これは明らか反則行為だ。いかにも、若奥さんと言う感じの、その場を比較して、最大級の異世界感を醸し出していた。


 ーーーあまりに"違和感キャラ"が立ち過ぎている。


 流石に、若奥さん風の女性の方も、自分に向かって高圧力で襲い来る、ケネディ宇宙センターの物凄い違和感だか異世界感にはかなり参っている様だった。


 どうやら、この悪目立ちは本人の意図して結果ではなかったらしい。


 それで、腰の後ろに両手を回して、せめて、エプロンを剥ぐ為に縛り紐の結びを解こうとした。しかし、目的を達成する前に、先を急ぐ強引な下士官に手を引かれた。そのまま、大急ぎでオービター整備施設(OPF)へと徒歩で引っ張られてしまった。


 エプロンを外そうとした時に、その"違和感若奥様"の顎下と、ポニーテール状に纏められた髪の隙間から漏れ出したうなじには、サイバー用を覚しき情報データ交換用の有線直結端子の"メス"がチラリと見えた。


 その"違和感若奥様"は、どうやらサイボーグであるらしい。しかも、高度に全身に機械化置換を施されたモデルに宿っているらしい。


 エプロンを外すチャンスを失ったまま、巨大な正面シャッターを閉めたままのオービター整備施設(OPF)に裏口から入る。通路ですれ違う一般兵だけでなく下士官までが、"若奥さん風のサイバー女性"の顔を見ると、驚いて直立不動で敬礼を送る。それで、この人物の組織内でも立場が窺い知れた。


 まあ、少なくとも場違いな部外者ではなさそうだ。身内と言う意味で。


 巨大な作業スペースに入ると、まずはのっぽの上昇用ブースターの下部だけが見える。続いて、その上に有人機であるボーイング社製のFA-37「ダイナソア II」が載せられているのに気付く。しかも、特別ミッション用の「Eタイプ」である事に驚く。


「それもそうだ」と納得が行く。


 無人機であるMQ-37「ヴァルキリー II」の各形はすべてがこちら側ではなく、ケープカナベラル空軍基地側が運用を担当している。ほとんどの場合、無人機であれば、そちら側の第41発射施設に建てられたいずれかのLCからブルー・オリジン製のヴァルカン系(アトラスVの後継機)のブースターを利用して打ち上げられる。また、帰還時は無人である為、周辺を砂漠などの不毛地帯で囲まれているエドワーズ空軍基地や海に面した西海岸のヴァンデンバーグ空軍基地を利用する場合が多い。


 しかし、首の可動部を上方向にギリギリまで利用して頭部を上げると、もう驚く事など何もないと考えていたに関わらず、「なんだこりゃ!!」と追加で驚かされる。


 何と、最終チェック前だと言うのに、ペイロード・フェアリングが再使用型宇宙往還機である「ダイナソア II」の真横の定位置にまでリフト済みである。フェアリングのリフトは、二〜三人の搭乗員が乗り込んで、コックピットのハッチを閉じてから実行されるのが正規の段取りだ。


 ーーーどれほどに打ち上げを急いでいるんだ!!


 打ち上げマニュアルと二〜三章分は、まるごと吹っ飛ばしている事は確実だった、確かに、安全面を考慮して冗長性を確保する為に、重複しているチェック項目は多数存在している。しかし、だからと言って、ヒューマン・エラーを考慮したフェイル・セーフを無視するのは「如何なものか」とクレームを付けたくなる。


 それほどの緊急性。そして、ぶっつけ本番のミッション(実戦)


 土壇場でそれを熟せる人材は、彼女の価値観では本当に極小数人しか見出せない。そして、自分もまた、その極小数人には含まれていた。


 どうして軍籍から外れた自分を、有無を言わせずに拉致って来たのか。その事情の片鱗を理解した。


 つまり、合衆国宇宙軍は、大急ぎの緊急便(エクスプレス)でこいつを打ち上げて、史上初めての軌道攻撃のぶっつけ本番を当たって砕けろ(ゴーフォーブレイク)で実行するのだ。しかも、絶対的に失敗を許されない局面で。


 ーーー二段目の準備状況は?


 ーーーLCの液体酸素チューブの起動テスト完了!!


 ーーー液体水素、地下チューブまで誘導終了!!


 活気のある作業場の状況を、何故か故郷の風景の様に懐かしく感じる。久しぶりである。突然に、戻って来た非日常が日常だった日々の記憶。


 ーーー一段目。もう、グルシュコ(イワン)製でなくブルー・オリジン(ちょっと優しい)製だ!! 液化天然ガスはBE-4(メタン)仕様だ。もう一度確認させろ!!


 随分と古い話をしている。これは、もう2本追加で上げる為に、基地の近くに住んでいる予備役兵達を超特級で招集したからに違いない。長い間現場を離れていたとしても、言われたとおりに動ける(・・・)作業員としてならば特選力として役に立つ。


 おそらく、10年以上現場を離れていた、つまりFA-37「ダイナソア II」が運用開始される以前にここで(・・・)働いていた予備役兵達がこの作業に参加しているのだろう。


 日本国であれば、実務未経験の資格保持者と言う最低条件でも、派遣・人材コンサルに高額報酬を提示した上で依頼しても、条件通りの人材を探し出すのに1年以上かかる。一方、合衆国では実務経験豊富な資格保持者が、電話一本で捕まり、翌日には現場まで参上してくれる(最速なら即時招集に応じる)。


 この圧倒的な人材層の厚さと広さ。合衆国の強みは一点にこそある。軍の先端技術の面でも、実務経験者が民間企業に腐るほど溢れているのだ(官と民との垣根が低い為に、人材が定期的に行き交う。労働者の流動性が高いせいで、高いレベルの技術を経験した人材が次から次へと勝手に誕生して行く。こんな便利な仕組みが自然体で出来上がっている)。


 ーーーセントール(二段目)との分離シークエンスのドライバーの最終チェック、今のうちに、ああ、ここでやっちまえ!!


 さっきまで、食料系専門ショッピング・センター「メガ・フード」の常連へとなるべく、主婦ステイタスの上昇にこそ専念していた主婦は、久しぶりに電子戦のエキスパートとしての心得を取り戻す事に踏ん切りを付ける事にした。


 とりあえず、合衆国がたった今、危機に瀕している事だけは間違いなさそうなので。


「シャノン・チュダヌュマ予備役少佐!! 直ちにこいつに乗り込むぞ」


 背後から突然に声を掛けられた。驚いて振り向くと、見知った士官。機密服で完全武装したイルマーリ(Ilmari)・ユーティラ(Juuti)ナン(lainen)大佐が立っていた。


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、エプロンを着けたまま上官へ敬礼を送る。完全に条件反射だった。暫く合わない間に、また更に追加で若返ってるんじゃないかと思うほどに、実にエネルギッシュなじーさん(クソ爺)と化している。


「喜べ。また宇宙へ帰れるぞ!! 直ちに、待機(パーキング)軌道(オービット)まで登る!!」


 シャノン・イリーナ・ツダヌマ予備役少佐は、一応、迷惑そうな態度を見せてやった。流儀に従って。


「待ってください!! 私、もう主婦です!! 旦那の好物のサーモンを焼いてる途中だったんです!! 折角、日本から空輸した秋サーモンの上物だったんです!! 」


 イルマーリ・ユーティライナン大佐は、分かった分かったと言う態度で応える。


「つもる話は後だ。一緒にエレベーターの乗れ!!」


「はあっ?」


 イルマーリ・ユーティライナン大佐は、体内から窒素を抜く為の時間を惜しんでさっさとヘルメットを被ってしまった。宇宙ミッション専従飛行士のお付きの者達が、直ちに機密服内に純酸素の注入を開始しする(機密チェックも兼ねている)。これで通信機なしでは外部との会話が出来なくなった。


 おそらく、ミッション用の生体用プログラム(下剤やら、食事制限やら)も完全にすっ飛ばしている。だから、オムツを履き、気密服の空気清浄機のフィルターは硫黄ガスとメタンガスの分を追加されている筈だ。


 生身は何かと大変だと苦笑いせずにはいられない。その一方で、合衆国のミリタリー仕様のサイバー・ボディーは楽なものだ。表面上にコートされている疑似皮膚は別だが、中身の方は真空暴露にも十分に耐えられる強度と機密度を奢られている(民間宇宙会社の気密服程度の耐性)。


 最悪、太陽に対して地球や月の影の部分であれば、宇宙遊泳もやって出来ない事はない(ただし、実証実験以外でそれを体験したサイバーは存在しない)。酸素供給も60分程度ならボディ単体で生命維持装置を賄える。そのあからさまなまでの頑丈さが、芸術品アガリである日本式擬体(サイバー)との最も大きな違いでもあった。


 ピンク地に赤のチェックが入ったエプロンを着けたまま、シャノン・ツダヌマ予備役少佐はエレベーターに乗せられ、FA-37E「ダイナソア II」へと詰め込まれた。時間節約の為に、簡易気密服も着せてもらえないらしい。


 もし、「ダイナソア II」のコックピットの気密性が何らかに事情で破られた場合は、旦那に会う前に疑似皮膚を再コーティング・メンテナンスを受けなければならないだろう(初期型ターミネーターみたいな姿は、旦那にだけは見せたくないのと言うのが女心というものだ)。


 大分前となる前回の飛行で使われた「形」を再生したと覚しき、カプセル上の固定部に押し込まれる。そのまま、全身をハーネスで固定される。まあ、サイバーだから変な改造を施さなければ、体型に変化は生じない(環境熱による膨張・収縮分は別腹)。


 簡易ヘルメットを被せられ、サイバー用の有線直結端子のメスの全てに情報ケーブルが差し込まれる。続いて、首の下に酸素と栄養チューブまで差し込まれる。どうやら、機密服なし、それもエプロン姿のまま軌道上へ打ち上げられる流れの様だ。


 ーーーそれほどの大急ぎ。これは荒事だ。


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、戦況がタダならぬ状態にある事を悟った。そして、日本から旦那の為に特別に取り寄せた「秋サーモン」を敵の脅威から守る為には、自分には戦う以外の選択がない事を覚えた。


「すまんな。ドクター・チュダヌュマには後で軍広報から状況説明させる」


 情報ケーブルをサイボーグ・ボディに繋いだので、イルマーリ・ユーティライナン大佐との通信も同時に繋がった。過呼吸っぽい呼吸音が聞こえる。一秒でも速く、出来るだけ多くの窒素の血液中から追い出してしまいたいのだろう。多くの窒素を血管内に残したまま、低い気圧に曝されると一瞬で致命傷を喰らいかねない。


「何があったんですか? ミッション・プランをください」


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐が言葉を伝え終える前に、状況詳細、ミッション・プラン、フライト・プラン、大統領署名付きの命令書が意識上へと緊急転送されて来た。おそらく、1GB/秒を越える転送速度だ。デレイが少ない事を測るに、光ケーブルでなく、非接触の電波通信だ。


 実は、情報データ通信の最速はWi-FiやBTの様な電波方式だ。特に光ケーブルと言う有線方式だと、情報がケーブル途中の屈折部に用いるプリズムや中継点を通過する度に多大なロスタイムを生じさせてしまう。だから、技術を完全に熟成した後であれば、「ひかり最速」と言う結果はありえない(むしろ「ひかり催促」となるだろう(※1))。


「いつもの人民共和国(ブラック大魔王)が活動を開始した。月軌道プラットフォーム(LOP-G)ゲートウェイに直接攻撃を実行すると判明した。ついさっき、月探査船加速用レベルの大型ロケット(ミーン・マシン)3本同時の打ち上げシークエンスに入ったばかりだ」


 イルマーリ・ユーティライナン大佐は、一応、口頭でも情報を伝達してくれるらしい。3本同時打ち上げとは穏やかではない。驚いた。どうやら、太平洋の向こうに住む共産主義者達は、軌道戦闘に飽和攻撃の概念を持ち込もうとしているらしい。


「大気圏内防衛隊と大気圏外防衛隊の防衛網に、意図的に30分の隙を作っておいた。それに気付いたんだな。で、魔の30分を突いて高衛星軌道の更に上まで届く対衛星攻撃兵器(ASAT)を、何と液体燃料ロケットで打ち上げる気になったらしい」


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は呆れた。つまり、アトラスVレベルの大型(極太)ロケットを、思い付きだけで、準備期間なしで、更に3本同時に打ち上げるなど、どれだけ無駄なコストが掛かるかと考えると呆れるしかないのだ。そして、打ち上げ目的の重要性を検討しても、それだけの物量を浪費するだけの価値が見出せない。


 ーーーどうせ、民間開放枠(同盟国の)を無理矢理に接収したのだろう。


 やはり、共産主義者はそれ以外の人々とは完全に異なる価値観で生きているに違いない。イルマーリ・ユーティライナン大佐の方は、実際にその様な結論に至っていた。


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、表層レベルの意識にどんどん書き込まれて行く、知っている筈のない「知っている知識」を次々とフォローして行く。三次元座標で示された航路図を受け止めて、思わず本音を漏らしてしまった。


「確認しました。魔の30分、確かに穴が抜けるけれど・・・軌道投入角度が狭過ぎる。これじゃ、私達に「ここで迎撃してくれ」って言ってる様なもんじゃないですか・・・サー」


「サーは要らん。宇宙軍もホワイトハウスも、こんな見え見えのエサに食らい付くとは想定外だった。そこで、追加で「ダイナソア II( 有人機)」を打ち上げる事にした」


「もう「宙」に上がってる「ヴァルキリー II(無人機)」が4機もいるじゃないですか」


「オレ達は本命だ」


 つまり、人工衛星と化したMQ-37「ヴァルキリー II」が4機は、これから囮役を演じてくれるのだ。


 排煙に塗れた産業革命真っ直中のロンドンに、相続した資産を食い潰した後は友人(エンゲルス)の金で住み続けながら、妻を娶り、子供を授かるだけでは我慢出来ずに、雇っていたメイドとの間に婚外子まで作ってみせると言う偉業で知られる・・・マルクスとか言う駄目人間の見本の様な(クズ)を精神的(或いは社会的)支柱とするマルキシスト達。彼等が、地球を繰り返し周回して来る「ヴァルキリー II」を充血した目で動向を注目している隙を突いて、イルマーリ・ユーティライナン大佐とシャノン・ツダヌマ予備役少佐が乗り込む「ダイナソア II」がイレギュラーな軌道で襲撃すると言う段取りなのだ。


「本命ですか・・・」


「一度大気圏外に到達してから、それから大気圏突入(降下加速)して人民共和国を上空から強襲。その後に、再び大気圏外へ上昇して反撃を避ける。後は、太平洋を横断して合衆国(この基地)へ戻るプランだ」


「待避コースはハワイ・ジョンストン島滑走路、カルフォルニア・ヴァンデンバーグ空軍基地・・・けっこう選べますね」


「ダイナソア II」のペイロード限界まで荷物を積もうとしているのは、爆装するからではなく、最大加速を長時間掛けるに足りる量のヒドラジン(やばい劇物)と四酸化二窒素を追加で積む必要があるからだと理解した。


「ダイナソア II」の原型にあたる、X-37「ヴァルキリー II」の初期型(XナンバーのA/B)の無人機の推力は、せいぜい700N(ニュートン)級のスラスター一基しか搭載していなかった(その代わり年単位の長期ミッションに対応していた)。しかし、現在ではスラスターの出力も圧倒的に増大している。おかげで、大気圏の進入角度次第では、合成推力を以てすれば、大気圏の再離脱さえ可能になっている(当然、TUFROC型セラミック・タイルや対熱ブロック材の使い勝手も、メンテナンスなしで複数回の大気圏突入を可能とするまで向上している)。


「良いんですか? 再上昇能力を人民共和国に初公開する事になりますよ」


「圧倒的な技術力の差を見せ付けて、やっと抑止力が成立する」


「近年、"抑止力"とやらを成立させるハードルがインフレ激し過ぎませんか?」


 地上係員が、シャノン・ツダヌマ予備役少佐にエプロンを脱がせる隙を与えずに、手際よく、それでいて申し訳なさそうに機械に置換された全身と四肢を一つ一つハーネスに固定し終える。


 ーーー私は、宇宙飛行を主婦の装いで体験する最初のサイボーグになるのか・・・。


  正確には、「宇宙に本格的な日常(台所感覚)を初めて持ち込む」と言うところだろうか?


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、一人の人間が生きている間には、「本当に何が起こるか分からないものだ」と納得させられた。旦那の口癖である「一瞬先は闇」が、自分の口にも伝染しそうな気がした。


「ダイナソア II」のコックピットが完全に封印された。ペイロード・フェアリングの封印が既に始まっている。「ダイナソア II」と打ち上げ用ブースター用の独立電源に、電源供給がスイッチされた。


 ーーーフシミ00の娘の一人が、大気圏内の迎撃隊に参加してたのか。もう、無事帰還してる。良かった。


 フシミ00の娘があいつら(ブラック大魔王)に怪我でもさせられて、朝間ナヲミ(あの女)にもう一度神懸かりでもされたら、手を付けられない程に暴れるだろう。そっちの方こそ本当の心配事であった。


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、今回の作戦の流れそのものを表層意識で再構成されるがままに任せていた。今まで知らなかった事が、既に知っていた事へと上書きされて行く。この様はとても不自然だが、慣れてしまえばどうという事はない。


 ただし、これは感情とか感性が自己評価では極めて豊かな、いわゆる第二次性徴期のサイバーには倦厭される感覚であるらしい。何にでも病名を付けたがる精神学者によれば、それがリビドーを刺激したり、トラウマ的ディスオーダーを引き起こすとか、最大で45%ほど薬物依存発生率を引き上げらしい。※ 異論多数あり(苦笑)。


 ーーーそんなもの。サイバーと生身の人間が営む(行う)性交渉(共同作業)の様なものだ。


 こっちの方こそ、当たって砕けろ。習うより慣れろ。違う仕組みの身体であっても、違う生き物同士の交渉と言う訳ではないのだ。余分に(・・・)怖れる必要はない。相性の善し悪しなんかよりも、愛ありきかどうかで語られるべき話だ。


 つまり、そんなものやあんなものは、当事者の問題に過ぎず、部外者である学者様が分不相応に口出しするべき話しじゃない。それはただ、傷口を拡げたり、傷口に塩を塗り込む行為なのだと、有識者を名乗る者達にはどういう訳かなかなか理解出来ない。あの人達はコミュ症なんだろうか? お節介や出しゃばりと言う顕著な人類特性は、そう簡単に根絶出来ないと言う事なのだろう。


「機長、ボディ内COを戦術コンピューターに接続作業完了。ログイン作業の許可願います」


「許可する」


「ボディ内COを戦術コンピューターに同期中。終了」


「大気圏外の天候情報をこっちにも送ってくれ」


「宇宙天気予報。太陽活動はやや活発。引き続き今後1日間の活発を維持。地磁気活動も活発。明日から数日間は静穏。電離圏は静穏。引き続き今後1日間の静穏を維持。活動領域3207などでCクラス・フレアを本日中に既に3回確認。裏側でも同様にCクラス・フレアが起こっている模様。STEREO探査機の極端紫外線画像の確認願います」


「極端紫外線画像来た。これから太陽面南半球にある活動領域が明けてくるな」


 いつの間にか「ダイナソア II」とブースターを積んだクロウラーがLCを目指して動き出している。


「黒点数3。タイプAxx/Bxo。磁場構造alpha/beta。あ、地磁気観測所からコーション。地磁気水平成分の湾形変化が始まりました。ただし、地磁気活動は静穏」


「まあ、なんとかなるな」


「太陽風速度は低速、平均値で350km/秒。断続的に弱い衝撃波有り。SOHO探査機の太陽コロナ画像で大きな変化が認められた場合、速報が入るように予約しました」


「やっぱ、手慣れたコ・パイが最高だな」


「パイロットじゃないです。電子戦オペレーター兼ナヴィゲーターです。ちゃんと帰るまでしっかりと運転してくださいね」


 クロウラーが、第39発射施設の三つ目(LC-39C)の発射台へ到着。ブースターが発射台に安置され、大急ぎでチュー類が接続されて行く。フェアリングの非常窓を開けて、「ダイナソア II」へヒドラジンなどを送り込むチューブが接続される。


 人体に対して毒性の高いヒドラジンを使用するために、周辺で作業する技術者達は全員が完全防護服を着用している。残念ながら、今のところヒドラジンに代わる同等の推進剤用物質の発見・開発には至っていない。


「念のために回避目的でも低軌道からはみ出ない様に。どうやら、電子フルエンスの予報精度が、ここ12時間ほど一時的に落ちてます。大気圏外上層気圧変化は・・・太陽が暴れなければ自転方向に安定」


「ところで、最初は少佐ではなく、我らが"クイーン"がその席に座るとか言ってたんだぜ」


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐は、あまりに意外な話に驚いた。


「エース・オブ・クローバー()ですか?」


「そうだ。元同僚だろう?」


「ええ。しかし、よく"キング(旦那)"が許可しましたね」


「"クイーン"ってのはポーンより弱くても、"キング(旦那)"に対しては絶対的に強いもんだ」


「それはそれは」


「しかし、"クイーン"は日本式擬体に宿ってるだろ? 戦術コンピューターとの通信に3秒の遅延が生じるそうじゃないか」


「らしいですね。軌道速度で3秒の遅延は致命的ですね」


「で、至急に少佐を現場に復帰させることにしたそうだ」


 ヘリコプターから降ろされて、既に4時間以上が経過している。サイボーグ・ボディーのOS、アプリ、ドライバー類の全てを最新の軍事危機に対応させる為にアップデートして行く。再起動から機能チェックやキャリブレーションを繰り返している。


 本当なら、チップ類の物理的なアップデートや同期ケーブル用の端子も差し替える。だが、今回はそんな時間的な余裕は残されていない。これらの作業を、ミッション・プランの検討と同時並行へ行っている。あまりに忙しくて、ついさっきまで金網を使ってサーモンを焼いていた様な気がする。


「ははは。招集訓練の通過なしで実戦に招集されちゃって良いんですかね?」


「そんな事より、大学生活はどうだい?」


「やっぱり、軍事短期大学(MJC)(Military Junior College)を選ばなくて正解でしたね」


「周りの学生がこれから将校になろうと意気込む下士官や兵員達ばかりだと、つい敬礼したり、されたりか。折角の(浮かれた)学生気分が台無しになるな」


 シャノン・ツダヌマ予備役少佐の表層意識に、「ダイナソア II」とブースターの両方への燃料注入が完了したと言うサインが上書きされた。0.05秒後と言う申し訳ない程度の時間差で、「迎撃ミッション」ではなく「攻撃ミッション」に対するオールグリーンのサインが点灯した。


「少佐。上空と上宙の航路の障害物を能動的(アクティブ・)に確認(センシング)


「もう、管制がこちらを無視して勝手に打ち上げカウント・ダウン始めてますよ。Tマイナス600秒!! 航路の障害物、目立ったものはなし。大西洋上の領空外にあの国の"気象研究用バルーン(高高度デバガメ)"が周回してるだけで・・・。あ、今、消滅。撃ち落としたみたいです」


「前例からすれば国際慣行(国際法とは言わない)(笑)に違反だと、共産帝国主義者達による「強烈な不満と抗議(強い対外姿勢アピール)」が(はかど)るな」


「どこから、トラック三台分の気球を打ち上げたんですかね? いつもの蒼海南省からじゃないでしょう?」


「自称「キューバ船籍の遠洋漁船」からだろう。海上民兵が大西洋上の航海に相当数漂っているらしい。漁猟ネットやクレーンは海風で錆び付いて完全に固着しているから、遠目からでもそれと分かるそうだぜ」


「気球用のヘリウムは輸出は輸出規制品だと思うのですが」


 世界に安定的に流通する高濃度ヘリウム・ガスのほとんど(3/5)は、実は合衆国産である。もともと供給は需要を満たせていないので、引く手あまたで単価もそれなりに高い。日本産の超高濃度フッ素と同じで戦略物資扱い。今では、タンクそのものが工場から出荷される前からGPSで行き先を監視されている。そのせいで、権威主義国家にとっては大量入手が困難なレア貴元素となって久しい。超伝導などの一部の先進技術の開発が難しくなっている。


「NATOの監視密度が上がって東シナ海のあの国の保護下でセドリ通商が出来なくなって以降は、海水から作った水素を使ってると分析結果が出てるな」


「ヒンデンブルグ!! 海上民兵も命懸けですね」


(ネオ)共産貴族達ノーメンクラトゥーラとしては、奴隷達の労働環境には興味もないだろう」


「労働者天国だったんじゃないですか?」


「一刻も早く天国に行った(異世界転生してから)方が(本気出す方が)マシだと思えるくらいは天国だとは思うぞ」


本人達はいたって本気(被害者コスプレに多忙)なんですから、茶化さないで(政治的な配慮をして)あげてください」


「おまえもなー」


「Tマイナス60秒。管制官から連絡ないですね」


「ブースターを廃棄するまではお客さん扱いって事だろ。舌噛むなよ」


ヴァルカン・セントール・ヘヴィー・ロケットの6基あるエンジンに点火される。


「Tマイナス10秒」


 ヴァンデンバーグ基地の発射台SLC-3Eから無人機の「ヴァルキリー II」が、60秒遅れで何と地球自転と反対方向に打ち上げられる。このあまりにイレギュラーな飛行コースを以て「囮」としてくれるらしい。だから、フロリダ東海岸の航路を明け渡してやらないといけない。


 一人の生身のじーさんと一人の若作りのサイバーを載せたブースターが、今、危なげなく離床を開始する。すでに自重を支えているのはLCではなく、メタン・エンジンが発生させる、地球その物を揺らす大推力である。


 イルマーリ・ユーティライナン大佐とシャノン・ツダヌマ予備役少佐は、対上昇加速姿勢を無意識の中に始めていた。慣れと言うものは、本当に物凄い。おそらく、二人とも老齢が進む事がもたらす認知症(神による救済)を患い始めて(が始まった後)も、同じ状況であれば身体の方が勝手に反応して、経験の浅い宇宙飛行士よりも立派で効果的な対上昇加速姿勢を取ってみる事は疑いなかった。


"ヴァルカン・セントール・ヘヴィー・ロケット"が、低軌道までなら34,9トンもの質量を加速可能な推力の片鱗を見せ始める。


 発射台下にある淡水プールから、もの凄い水蒸気となって、一方向に向かって大膨張をして見せる。


 ーーー離床(リフトオフ)。ヴァルカン・セントール・ヘヴィー・VIXIV、離床(リフトオフ)


 ーーーヴァルカン・セントール・ヘヴィー・VIXIVが世界平和を実現する為に今、離床(リフトオフ)


「"ビッグ・ブルー1"、ロール開始」


 ーーー了解。"ビッグ・ブルー1"。 


 ーーー"ビッグ・ブルー1"は宇宙軍コントロールの制御下にある。


 ーーーヴァルカン・セントール・ヘヴィー・VIXIVは順調に上昇。


 ヴァルカン・セントール・ヘヴィー・VIXIVが、低層大気の最大圧力下に突入する。


 地上から見上げると、一筋の白い雲が天に向かって伸びている。まるで、天へと届く梯子であるかの様に。


 ヴァルカン・セントール・ヘヴィー・VIXIVに横Gが入る。


 ーーー"ビッグ・ブルー1"、スロットル開放を許可する。 


 ヴァルカン・セントール・ヘヴィーが、抑えられていたエンジン出力を開放する。


 ーーー"ビッグ・ブルー1"は定格内全力燃料投入状態で上昇を継続。離脱用燃料の半分を消費済み。重量の変化に注意。


 ーーー"ビッグ・ブルー1"は現在、高度19マイル。ダウンレンジ、KSCから20マイル。飛行速度2千,500マイル/時。


 ーーー一段主エンジン燃焼停止(MECO)。加速停止。加速度減少。


 ーーーブースター・セパレーション。セパレート。


 ーーー"ビッグ・ブルー1"は現在、高度47マイルを飛行中。飛行速度1万,3000マイル/時。


 地上からは、まだ米粒程度の大きさでなら視認出来る。


 ーーー"ビッグ・ブルー1"は正常に飛行中。KSCから600マイル。高度34万0,000フィート。


 ーーー"ビッグ・ブルー1"は正常に飛行中。飛行速度1万,5500マイル/時。


 やがて、"ビッグ・ブルー1"はパイロットへと制御権が移譲された。


 管制権は、作戦管理を担当する"ジェミナイ・コントロール"と引き継がれた。


 OMSを機長の判断で噴射。パーキング・オービット上で戦闘行動を開始した。


 こうやって、"ヴァルカン・セントール・ヘヴィー・ロケット"として、64回目の公式打ち上げが成功した。SLC-3Eで行われた方も成功したので、65回目の公式打ち上げも恙なく終わった。


「ダイナソア II」は、一段目と二段目の廃棄を終えて、身軽になって、地球一周の旅へと旅だった。


 なお、この時代では地球一回の周回飛行(宇宙旅行)を「ジョン・グレンの旅」と呼ぶようになっている。それは、民間の宇宙旅行会社がそう銘打って広告を載せたのが始まりだと言われている。


※1= NTTの次世代の光通信『IOWNアイオン』が、もしかしたらこの状況を打破するかも知れない。このデコードレスの回路を使う新技術は知らなかった。常識がこれで変わるかも。2023年3月2日発表。補足情報で乗せておきます。

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