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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第六章 継ぐ志。接がれる志。
38/143

継がれる酒、注がれる酒。

 2060年代の世界には、「नायक(Nāyaka)」なる、余りに仰々しい(大袈裟な)ブランド名を与えられた銘酒が誕生している。


 知る人ぞ知る、人類にとってとても重要な酒文化を担う酒精の一翼にまで存在感を高めていた。


 その酒は、主に、航空業界の極めて偏った界隈で、忘れるべきでない想いを共有すべき相手への贈呈品として珍重されている。


 面白いのは、その贈呈品は、贈られた者が自分のコレクションとして自慢の酒棚にストックする事は稀で、多くの場合はその場で開封して酌み交わされたと言う事実だ。


 生ものではないのだから、10年でも20年でも保存は可能であった筈だ。だが、長期間保管したビンテージ物であったとしても、売値を遙かに高める付加価値品として流通する側面は持ち合わせていなかった。


 つまり、「नायक(Nāyaka)」は、贈呈品であっても、換金目的や投資目的の贅沢品ではなく、あからさまに消耗品、或いは嗜好品であった事を物語っている。


 こんな不思議な習慣を誰が、何時、何処で、どの様に始めたのは分からない。しかし、気が付いた時には既に既成事実化されていた。つまり、無くしてしまうよりも存続させる方が有益な風儀として確立されていたのだ。


 だから、この件に関しては、あらゆる種類のコレクトネス運動の脅威を心配する必要はなさそうだった。


नायक(Nāyaka)」と言う酒の味そのものに関しては、特記が必要なものではなかった。珍しいものではなかったと言う意味でだ。


 アルコールの度数が40度付近まで高められている(蒸留されている)為、舌の上で転がして風味やその深みを楽しむ為の酒ではない。むしろ、純粋に酩酊状態を楽しむ為の酒であると評せる。


 だから、その酒に(まつ)わる伝説や逸話を共有出来ていない者や、共感を示す価値観を持ち合わせぬ者にとっては、何処の世界でも簡単に手出来るありふれた安酒の一種としか評せないだろう。


 それでも、この酒を好む極めて偏った航空業界の男達は、この酒で乾杯をしたり、酌み交わす事を好んだ。


 もしかしたら、その酒は、新しく知り合った人物が、自分自身や自分の属すコミュニティーの面々と、芯から分かり合える相手であるかどうかを一瞬で判別する為の、リトマス試験紙として珍重されていたのかも知れない。


 何処にでもある単なる安酒の一つとして扱われたとしても、それは仕方ないことだ。「नायक(Nāyaka)」が注がれている専用ガラス瓶の成型一つ取っても、・・・いや、今時になっても瓶の表面に一つ一つ人間の手で貼り付けられている事が明白なブランドを示す紙ラベルも、やや歪な締め具合で填められた王冠も、その上を覆う酒税徴収済みを示す(正規流通品を示す)封印も、何を・・・いや、何処をどう見ても大した物には見えない。


 ーーー少なくとも、富裕層向けの(エクスポート)品質で作られている様には思えない。


 素人目にも判ズレが分かるいい加減な4C印刷で、粗末な(ペラペラの)紙ラベルに載せられたブランド名は、主にネパール語で「नायक(Nāyaka)」、補助的に英語で「NA-YA-KA」刻み込まれている。


「नायक」と言うネパール語を、英語のアルファベットへと置き換えると「NA-YA-KA」となるらしい。


 しかし、日本人の耳には「नायक」と言う発音が、「NA-YA」と聞こえてしまう。敏感な耳の持ち主であっても、「NA-YA-K」と聞き取るがせいぜいだろう。最後の不明瞭な「K」は、日本語のカタカナへの変換を試みれば、「ッ」的な発音の止めとして認識される。


 それは仕方がない。ネパール語にある変則的な子音「D」の一種は、日本人に限らず、欧米人にも「R」としか聞こえないとか、言語学や文化的な障壁が存在するのだから。逆にネパール語使用者の多く(バウン族=ブラフミーを除く)には、「TY」や「TS」の子音が聞き取れない。故に、それらをまとめて「CH」として認識している。


 ーーーお元気ですか?


 これを正確なネパール語では「サンツァイ・ツァー?」と発音する。しかし、ネパール語使用者の多くは「サンチャイ・チャー?」と発音する。


 特にネワール族の女の子の「サンチャイ・チャー?」は、無視しがたい程に強烈な愛嬌が無意識に加味され、主に外国人(ビデシ)の受け手による好印象が三割増しになるので、子音の「CH」化にも多大な価値は認められる(もちろん、マガール族の女の子も可愛い)。


 この辺りの言語学や文化的な障壁は、無理に乗り越えるようと努力する事に大した意義はない。ただ、そこに障壁があると互いに認識して、最終的に互いの違いを認め合うだけで良い。


 こんなどうでも良い点で無理に頑張り過ぎると、直ぐに疲れてしまったり、ちょっとしたトラブルに遭遇しただけで裏切られたと簡単に絶望したり、外国語学習中級者(正確には中の下レベル)が初心者に対するマウント取りに利用したり・・・なので、とにかく良くない。


 意思疎通さえ出来れば十分なのだ。愛していると伝えたいなら、「マ・ライ・マヤ・ラギョー(=私に愛が取り憑いた)」カタカナ発音のネパール語で語れば良いのだ。受動的過ぎる表現だろうか? 自分に主体性はないのだろうか? いや、これは謙虚である。「自分が抗いがたいほどに相手に魅力に屈し尽くしている」と愛を捧げる相手の前で直接的に薄情する事で、自身の運命までをも自分の自由にならないと言う訴えなのである(最近では、若者間ではSNSアプリで・・・という新しい(クソつまらない)文化も誕生しつつありそうだけれど)。


 だから、愛を捧げる相手に少しでも()があるなら、それで十分が過ぎるのだ。何も、文学的比喩を多分に用いて語る必要はないのだ。ただし、そんな簡単な事実は、意外と真実として共有されてはいない。


 きっと、これも、文化的障壁の一種であるに違いない。


 特にマイナー言語界隈では、同好の士を探してみると変な方向に意識高い系の男や女との遭遇率が高まるので、多少のトラブルや不愉快は無視すると言う知恵が不可欠だ。


 酒に話に戻る。


नायक(Nāyaka)」は、主に米やひえ(・・)などの穀物を原料とする酒精で、我々の尺度では焼酎に分類される。


 生産地では、ロキシー(ラキシー)として認識されている。


 多少の違いがあるかも知れないが、ロキシー(ラキシー)が焼酎の一種であると受け止めておけば、万に一つの間違いもない。


 ロキシーは、主に、ネパール語圏で暮らす人々が、自分達の家庭内で消費する為に手作りする蒸留酒である(工場で大量生産して、巨大な市場で永続的に流通させ続ける類いの嗜好品ではないと言う意味で)。


 だから、原料や作り方は、都度都度変わったり、作業工程はそれぞれの家庭の秘蔵の技術だったり、年々月々の環境に左右されたりする。一家一家、一軒一軒、一店一店で、それぞれことなるスタンダードのロキシーを提供してくれる。作り手それぞれが、自分が作るロキシーこそ最高だと勝手に信じている。だから、特に一杯飲み屋(カナ・ドカン)などでは客の集まりの違いや、流行り廃りがあったりして面白い。


 とにかく、ロキシーの風味やアルコール度数は、一期一会であると承知しておく必要がある。同じ店であっても、同じ味は二度無いのかも知れないと承知しておいた方が良いだろう。


 あくまで一般的な話であるが、ネワール族やタカリ族が作るロキシーは純度が低く、濁り酒の様に白濁している事が多い(技術がないのではなく、彼等の好みの味による違いだ)。


 ネパール中部のポカラ周辺で、長期滞在している各種日本人達が嗜んでいるのはそっちの方である場合が多い(ダム・サイドにあるホテル・モナリザのロキシーは、入手する日によって純度が高かったり、白濁していたりと違いがあるらしい)。だから、彼等と話すと、ロキシーとチャンが似たようなものであると混同するケースもあるかも知れない。


 逆に、ナムチェ辺りのシェルパ族の一杯飲み屋(チアガル)だと、お湯で割って飲む純度が高いロキシーが好まれているらしい。


 なお、ネワール族やタカリ族が作る料理は美味いとネパールでも一般常識化している。特にタカリが味付けに山椒(ティムル)を使った料理は最高だ。アンナプルナ周辺地域を流れるカリ・ガンダキと言う川沿いの、ムクチナート或いはカクベニからマルファと言う村の周辺にある飯屋にハズレはないと断言出来る。


 ついでに、マルファのタカリ族が作る、林檎のブランディーは、誰にとっても抗いがたい香りに満ちている。あれは反則である。ネワール族の経営するチャタモリの店もまた、気が付くと捕らわれていると言う悪魔的な魅力に満ちている。ポカラのマヒンドラ・プル北側にあるチャタモリの店など誰にでもお勧め出来そうだ。ああ、クーンブ周辺地域だとクムジュン産のジャガイモになら絶対的にハズレはないし。


 ハデに脱線してしまった。


 ただし、ロキシーとは、一般的には無色透明である場合が多いと知って置いて損はしない(蒸留酒であるのだから。これらの差は蒸留の回数の違いに起因するのかも知れない。なお、こちらの方のロキシーは、あちら様と違って無色な転生をしてはくれない)。少なくとも、現地の人々はそう考えているのだから。


 また、ネパールの他の地域の人々が作る、例えば果物から醸造・蒸留したロキシーは黄色透明とか緑色透明と言う場合もあるらしい(残念ながら筆者はそれを視認した経験はない。推測だが、それらはタライ平原のタルー族の作るロキシーなのではないだろうか? タイ島嶼部の人々が自作した椰子酒(ピンク透明)だったら見た事がある)。


 日本国が誇る富裕層、その中でもどちらかと言えば新興の(戦後に誕生した)富豪一族の一員である"権田"は、ドゥクパ王国の首都ティンプーへと玄関口であるパロ国際空港へ到着した。バンコクからの短いフライトだったが、疲れは最高潮に達していた。


 名ばかりの狭いビジネス・シートと、山岳地形に沿って飛ぶ為の揺れの多いフライトであった為だ。彼ももう若いとは言えない年齢に到達していた。銀座で朝まで飲み明かすと言う無尽蔵な気力・体力を喪失して久しかった。ただ、過去には最高の楽しみであると認識していたあの悦楽を、今となっては全くもって恋しいとは感じなかった。


 今の彼には、以前の様な有閑を嘆く余裕は与えられていない。影で表で、日本国の為に彼にしか出来ない活動に没頭する日々を送ることを余儀なくされていたからだ。実際、2047年に合衆国からドゥクパ王国へ、現役の戦術物資である戦術電子戦システム「AN/ALQ-135」を密送した時は、かなり危ない橋を渡っていると覚悟を決めていた。


 もちろん、合衆国と日本国からの積極的な無視を取り付けてはいた。しかし、そう言う暗黙の了解と言うものは、ちょっとした状況の変化で吹っ飛んでしまう。まさに、一寸先は闇な世界に今の彼は生きているのだ。


 そんな彼は、ある日に自分の一生を劇的に変えてしまった、曰く付きであり、因縁深い酒を、到着ロビーの免税ショップの棚の上に見付けた。思わず手に取ってしまった。


 それは、「नायक(Nāyaka)」と刷られたロキシーの大瓶だった。


 ドゥクパ王国国内で製造されている為にやや歪な形状である。また、ガラス表面の処理が不十分であるが為に、インド製のLED照明光を不規則にガラス瓶が反射してしまっている。


 しかし、それが逆に、画一的な酒瓶ばかりを眺め続けて来た世界中のある種の酒飲み達(アヴィエイター共)を魅了した。ある種の希少性や特別感が宿っている受け止めた。


 ーーーあばたもえくぼ的に。


 パロ国際空港の旅客ターミナルは、対爆仕様で建てられている為に自然光に乏しい。


 バンカー・バスター(特殊貫通弾)の直撃には耐えられないだろうが、中距離弾道弾の至近着弾であればある程度までならば耐えられる様に設計されていた。


 それは、ヒマラヤ山脈の北側に住む蛮族の手による弾道弾(中距離ミサイル)の飽和攻撃を常に警戒しなければならないと言う、ドゥクパ王国特有の、極めて特殊な国情が原因である。


 実際、パロ国際空港は、正確には隣接するパロ空軍基地は、2039年には実際に弾道弾(中距離ミサイル)による飽和攻撃と航空機による侵攻を経験していた。その時は、国土へ被害は最小限で済まされた。だが、それでもパロを囲む丘の一つであるペラ・チョルデン廃墟付近(標高3,200m)は、戦後の測量で標高図を大幅に書き換える必要があった程の打撃を加えられてしまった。


「How are sales of this Raksi going?」


"権田"は、民族衣装「キラ」を纏う免税ショップの売り子を呼び寄せて英語で尋ねた。足下を覆うスカートの様な「ケラ」の裾を乱さない様に、それでいて急いでいるのが分かる感じで、一人の売り子が近付いて来る。


"権田"は、売り子が動作の合間にチラ見せする、上着のテゴの隙間から垣間見えるウォンジュ(民族ブラウス)に視線を奪われた。更に、肩に掛けた紅い帯状のスカーフ「ラチュー」を目にして、それをとても美しいと感じた。


 それは、明治時代に欧米人が日本に感じたエキゾチシズムに過ぎなかったのかも知れない。しかし、自分達固有の文化と同じとか違うではなく、単に物珍しいと言う事情であったとしても、好感を抱くと言う事は良い事だ。何故なら、こちらが好感を抱けば、相手もまた好感を返してくれる可能性が飛躍的に上がるからだ。


 ーーー高度に進歩した人類は、それを"好奇心(キュアリオシティー)"と呼ぶ。


 異文化交流の基本はそこにある。嫌な点を目を皿の様にして探すのではなく、気に入る点や気になる点を日々の仕草から無理なく探す事の方が、容易く、有益で、気分が良い。ニュートラルであるべきなのは「カーボン」などではなく、本来は人間の「判断基準」の方である。


 気が付くと、売り子が少し困っている様な表情を見せている事に"権田"は気付いた。20年前に、遊び人としての人生に見切りを付けて、国際人としての人生を選択し直していた男には、その事情をすぐに察する事が出来た。


「ヨー・ロキシー・コ・ビクリ・カサリ・バイラヘーコ・チャ?」


"権田"は、ドゥクパ王国内で第二主要言語として広く普及しているネパール語へと切り替えた。すると、売り子さんはすぐにカスタマーの意を理解してくれた。


"権田"の英語の発音が悪かったのか、それとも売り子さんが英語を苦手としていたのかは分からない。しかし、二人の意思の疎通は成し遂げられた。


"権田"は、売り子さんから、手にしている「नायक(Nāyaka)」と言うロキシーが特に売れ行きが良いと知らされた。外国キャリアの国際便のクルーから、ケース単位での予約注文が入る事が多いらしい。また、供給量が限られている事から、国外からの訪問者が増える繁盛期には品薄どころか欠品になってしまう事も多いとも聞かされた。


"権田"は、売り子さんの言葉に満足した。そして、贈呈用の包装込みで「नायक(Nāyaka)」三本を購入した。


 そして、厳重に梱包された「नायक(Nāyaka)」を受け取った後に、売り子さんにもう一つの問いを投げかけてみた。


「貴女は「नायक(Nāyaka)」のブランド名の由来をご存知ですか?」


 すると、売り子さんは、「そんな事も知らないんですか?」と言う表情を見せる事なく、むしろ「知ってください」と祈る様な口調で、外国人観光客の質問に答えた。


「二昔前に、王国の安全を空で守る為に命を落とした英雄(Hero)を讃えるお酒です。このロキシーは、王国の英雄(Hero)であるシェカル・タパ飛行士のお母様が残されたレシピを再現して、王国と日本の資本提携で誕生した醸造所で作られています」


"権田"は、不遇の死を遂げたシェカル・タパ飛行士に対する記憶が、王国の若者にも未だに受け継がれている事に感銘を受けた。また、こんな簡単な事が実現出来ない、自分の祖国ではなかなか難しい、と言う不愉快な政情に対して忸怩たる想い()を感じさせられてしまった。


 売り子さんは説明を続ける。


「「नायक(Nāyaka)」と言うネパール語は、英語に翻訳すると「英雄(Hero)」を意味しています。王国にとって最も偉大な英雄とはシェカル・タパ飛行士ただ一人を指しますので、わざわざ名前を入れる必要がなかったのです」


"権田"は、売り子さんの言葉に心底から満足させられた。


「ありがとう。良い話を聞けた」


"権田"は、売り子さんにチップを渡そうとした。だが、それを即座に断られて、さらに一段上の満足を感じた。


「それでは、繁盛期間中に貴女のショップへの「नायक(Nāyaka)」の供給量を増やす事にしよう」


 売り子さんは、訳が分からないと感じたが、カスタマーの気を害さない為に「よろしくお願いします」と返してくれた。


"権田"は、入国審査カウンターへ向かって歩き出す。売り子さんがショップの中から一人の観光客を見送る。


 すると、赤いカムニ(正装の襷)を纏った王国人が"権田"に元に走り寄るに気付いた。赤いカムニとは、王国騎士、或いは王国貴族である事を示す肩帯である。


 つまり、今まで自分が接待していた人物が、王国貴族が自身で出迎えるほどの大物であった事に気付かされた。ただし、"権田"がどの様に大物であるのかを知る術はなかった。ただ、帰宅後に家族との会話で、そんな事を体験したと語っただけで終わった。


「ダショー・ペック。久しぶり」


"権田"は、出迎えてくれた王国貴族と並んで歩きながら挨拶をした。


「やめてくださいよ。日本人同士じゃないですか?」


「いや、君はもうこっちの人だろう?」


「まあ、そういう話もありますがね」


「醸造所の方はどうだろうか?」


「妻と家族が上手く回してますよ」


「あのショップの売り子が、シェカル・タパ飛行士の事を詳しく知っていたよ。もう20年も前の話だって言うのに」


「一連の話は歴史に教科書にも載ってますからね。今この王国は第二の創世記にあるので、ありがたいことに今のところは積み重ねられた歴史がまだ薄い。だから学校の授業でも自分達の英雄譚を楽しむ余裕に満ちてるんでしょう」


「そうだな。日本人としてはちょっと羨ましくもあるよ」


「この王国では自分達の英雄を蔑む事を愛国心の証明だなんて誤解している、ヘンテコな王国民が大量発生するにはまだ早過ぎると言うだけですよ」


「いつまでもこのままでいて欲しいものだな」


「そうもいかないでしょう」


「そうか?」


「国が発展すれば、それから先の未来では民衆の間で多様な価値観が芽生える事は避けられない」


「それを他国から突かれて利用(多用)されかねないだろう? 60〜70年代の合衆国なんか酷いものだった」


「それでも、北の(・・)権威主義国家の様に、組織的(プレディクティブ)な暴力(ポリシング)を用いて多様な価値観の芽生えを厳禁とする訳にもいかないでしょう」


「そうだな。そんな事をすれば、ソ連の様に自分が属する社会の枯れ(・・)を加速させるだけだからな」


「ですね。不愉快な奴らとも日々顔を突き合わせて共存しながら社会を成立させる。今のところ、そんな方法以外に道が見当たらないので、不本意ながら互いに我慢と言うか、大いに寛容を示し合うしかないんでしょうね」


「まあ、ヘンテコな奴らの方も、もしかしたら我々と同じくらいの我慢を、我々に対して強制されているのかも知れないしなあ」


「あ、それ、"朝間ナヲミ"が好みそうな切り口ですね」


「そうだな。もしかしたら、これは彼女からの受け売りだったのかも知れない。しかし、今は私自身も本心からそう感じているよ」


「お互い、とんでもない女と知り合ってしまいましたね」


「まったく。同感だ」


"権田"は、元・日本国・航空自衛軍のドゥクパ王国派遣隊の指令官を努めたこともある、タックネーム(元イーグルドライバー)「ペック」の手へと自分のパスポートを渡す。今回はプライベートであった様で、赤いパスポートだった。


 入国審査官は、壊れ物でも手にするように、ペックの手から"権田"のパスポートを受け取る。急いで必要項目を目視して、直ちに入国スタンプを押して戻してくれた。


"権田"は、VIPだからと言って必要項目の確認もせずに入国スタンプを押されると言う経験は豊富だった。だが、想定外な事に、ドゥクパ王国ではVIPに対してでもしっかりと入国審査を行っていた。おそらく、何かしらの不備があれば申し訳なさそうに指摘してくれるのだろう。


"権田"は、ドゥクパ王国が駆け足ではあるが、拙速にではなく、しっかりとした足取りで発展しつつあると認めた。既に最貧国と呼ばれる事はなくなった。しかし、まだ中進国と呼ばれる国々の背中は見えない状態にある。それでも、と"権田"は思うのだ。そう遠くない未来に、インド共和国も一目置く様な立派な同盟国として存在感を示す事になるだろうと。


「そうだ。奥さんに伝えて欲しい。繁盛期に、あの免税ショップに我々の(・・・)नायक(ロキシー)」の供給量を増やしてあげて欲しい。そう約束してしまったんだ」


「先に拡張したプンツォリン醸造所が間もなく本領を発揮してくれます。そちらの増産分から回せると思います」


「よろしく頼むよ」


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