万条家の双子達 〜その弐
「あの娘の仕上がり具合はどうなの?」
「どうとは?」
長女の菖蒲がテロで殺害された後は、会津における万条家とその政経両勢力の一切合切を取り仕切っている、次女の万条 マヤ。
他家へ嫁いだ為に一度は名字を夫のそれに改えながらも、長女亡き死後は一家揃って万条へと名字を改め直してくれた三女の万条 アイからの質問を軽く受け流した。
「お姉ちゃんの後を継げそう?」
万条 アイは、質問の語句を極めてストレートなものへと置き換えて再度問うた。
「それを判断するにはまだ早過ぎる。あの娘にはそれを拒否する権利はある。何より・・・」
万条 マヤは、今までとは全く異なる、とても早急な態度を見せる双子の妹の言い様に違和感を得た。
「お姉ちゃんがそれを望んでいなかった?」
神妙な表情を見せる双子の妹に、万条 マヤは頷いて見せた。彼女は、残されている唯一の直近の家族である万条 アイには、深く感謝していた。大きな借りを作ってしまったとも考えている。
姉が暗殺の憂き目の会った後、双子の妹の万条 アイが家族を連れて実家へ戻ってくれた。それで、何とか、政治的な要石であった「万条 菖蒲」不在の会津に於ける政局の収拾に成功した。
おそらく、福島四区の代議士である万条 マヤの当時の存在感だけでは、特に会津の政治勢力の二極化は避けられなかっただろう。
本人の議席を守る事くらいは可能だった。しかし、姉が強引な手法で野党代議士から奪った議席の方は守り切れなかっただろう。もし、会津の政財界は首に縄を付けて何とかヨチヨチ歩出来ている様なものだ。そこに政治的な不意に混乱が起これば、その首は容易に吊り上げられてしまう。
そうなると、東北地方に於ける主導的地位が揺らぐ。おそらく、中央官庁と結びつきの強い宮城県の松本や仙台の辺りに、経済的に美味しいところを全て持って行かれてしまう。また、それが原因で東北地方全体の商工界が、中央の政治勢力に再び飲み込まれて、最終的に東北地方の経済自立に向けた野心や計画が元の木阿弥となりかねない。
もし、東北地方全体の商工界が混乱に陥る様なら、今は何とか抑えている不届き者達が息を吹き返してしまう。どの時代でも、どの社会でも、個人的に私腹を肥やす事に腐心する不届き者が存在する。
中央官庁と癒着すると言う事は、大手広告代理店や、純経済的には存在価値がさっぱり分からないフィクサーやらインフルエンサーまでが、棍棒片手に利権を求める輩達が「ヒャッハー!!」の掛け声で東北地方に集結・蹂躙する事を許す環境を提供する事に他ならない。
もし、東北地方内で癒着、不正な金銭のやりとりであれば、資金のやりとりは少なくとも地元で終わる。つまり、東北地方内から外に出て行く資金はない。しかし、東京と言う日本の政経の中心との癒着では、資金は全て東北地方内から持ち出されてしまう。そして、その金は二度と東北地方内を行き交う事はない。
それが分かっているから、会津における万条家とその政経両勢力は、東北地方内での不正行為であれば見て見ぬふりをする事も多かった。しかし、それを咎める者(勢力)もいる。木を見て森を見ず。万条 マヤは、それを「盲い」だとすら感じて唾棄したい気分で一杯になる。
どうでも良い筈の細部にばかり目を奪われる。大局には一切興味がなく私怨にのみ強く執着する輩は、どの社会にも一定数紛れている。
比喩として。
人間が社会の庇護下で子供を育てるにあたって、キレイなお金で食育する事にだけ執着しては、子供に必要不可欠なカロリーや子供を笑顔にする駄菓子一つ与えられなくなるかも知れない。万条 マヤは、そんな単視眼的なイデオロギーは人道的に間違っていると考える。非人道的だと考えている。
具体的には、食育に注ぎ込むお金は、ゾーニング的に白であってもグレーであっても黒でも一切構わないと信じていた。慎ましく生活する者からの寄付であっても、無法者のポケットマネーでも構わない。お金の効果に貴賤はない。もう、いっそ、白も黒も超越して「赤・橙・黃・緑・青・藍 ・紫」のどんな色が背景にある資金であっても構わない。
子供達の腹が膨れると言う一事のみが重要事項なのであって、育て親や主義者の主義主張などは二の次であるべきなのだ。
民主主義国家であれ、権威主義国家であれ、人間の生活共同体にとって理想とされる統治の具現は、「貧しい者には四の五の言わずにパンを。富む者には公正な法の運用と適切な捌きを。」である事に変わりはない筈だ。
後者の実現が極めて困難である事は、史上初☆最大の社会福祉国家を自認していたプロレタリアート国家であっても、デモクラティックな国家でも遂に現れなかったノーメン・クラトゥーラなる超特権階級が彼等の世間で成立していた事でも分かる(本来、それを防止するイデオロギーに特化した社会体制であったに関わらず)。
しかし、前者の「貧しい者には四の五の言わずにパンを」であれば、実現させる手段はいくらでもある。難易度も低く、社会的負担も後者と比べれば小さく、制度の裏付けとなる資金調達も何とかなるレベルで抑えられる。ただし、集金の手段については決して選り好みしてはならない。まずは、餓えの解消を念頭に行動せよ。倫理的審査は、貧者の腹が膨らんだ後から、ゆっくりと好きなだけ勝手に満足が行くまで楽しめば続ければ良い。もちろん、どこか見えない所で、である。
万条 マヤはそういう事を主張したいのである。大学や高校の入試テストと同じで、まずは容易に解ける問題を選んで優先的に対処すべきである。全てを同時に万遍なく解決出来る筈もない。何より効率が悪い。満腹に到達出来る者の数が減る。もちろん、食育に限らず、すべての社会運営の面においてである。
詰まるところは、
「本末転倒は良くない」である。
結果良ければ終わり良しのノリで、白も黒も飲み込んで遙か遠くにある目標に向かって進まなければならない。
更に、彼女が「盲い」と評価する人々の中の一定数は、意外にも中央官庁方面の政策と親和性の他界人々が多かった。情けなくなる。自分の姉が命を失ってまで守った東北地方の社会を見限ってしまいたくもなる。
ーーーお姉ちゃんが、こんな醜悪な者達を守ろうとしていたとは知らなかった。
姉の偉大さを改めて感じさせられる。万条 マヤは、姉との約束を守ると言う事情がなければ、もし父親の地盤を単純に引き継いだ政治家であれば、とっくに東北地方全体を見捨ててしまっていただろうと考えている。だからこそ、これが分かっていたからこそ、姉は自分が育て上げた大切な妹を政界入りする事に消極的だったのだろう。
ーーーこんな仕事をしていたら、どんどん人格がねじ曲げられていく。
絶対に根絶出来ない、それらの総数が決して減少したりもしない、ボスポラス海峡のアジア側では有り触れた、極めて典型的な最貧国の政経界では、母国や故郷に於けるなけなしの利権を外国企業に端金で売り払って、自分は豪邸を建て、家族と海外視察旅行を年に四回繰り返し、妻はバンコクやソウルで美容成形手術を受け、多数の愛人と言うトロフィーを増やし、更に愛車を多種多様な高級車と切り替えるのは日常風景として認められる(面倒臭いから、異論は認める)。
そんな彼等に非を問えば、
人間社会には守るべきルールがあるが、他にも多くの者々がルールを破るだろうし、ルールを破っているのは自分だけではないので収賄に手を染めたしたという。ルールを破ったが、それはそれ、これはこれで、法律に違反したと自国の司法が明確な判決を下したわけではない。
などと逆ギレされる事は間違いない。
そんな世界基準では珍しくもない醜悪な風景が、自分の故郷でも見られる。不道徳が横行する様になってしまうかも知れない。それを想像すると切なくなってしまう。それを知って、まだ自分に日本人らしいまともな感覚が残されていると分かり、少しだけ安心する。
姉の急逝の直後から、何の準備もない状態でありながら、そんな最悪のシナリオを避けられたのは、今目の前にいる家族の御陰だと言う確信があった。
「もちろん。それもある。でもね・・・」
だからこそ、ウソは付けない。しかし、質問の真意を確かめなければ回答に窮してしまう。心中がざわついてしまう。
「質問を変える。拒否しない方向への誘導は上手く行っているの?」
流そうとしてもそれを許さない。おそらく、万条 アイの方にもハッキリさせなければならない事情が、突然に発生したのだろうと推測した。
「そんなに性急に事は進められない。第一、朝間ナヲミさん一人が反対するだけで、あの娘本人がそれを望んだって、全てがご破算になるんだから」
万条 マヤは、「まずは冷静になれ」との意を込めて、恩人であり、最大のキー・パーソンである朝間ナヲミの名前を持ち出した。
「それは分かっているんだけれどね・・・」
万条 アイも、朝間ナヲミの名前を出されて大いに怯んだ。
姉亡き今、この双子達がもっとも怖れ、敬い、頼っているのが、擬体保持者であり、民間軍事会社と日本国自衛軍との間を取り持つ、元難民と言う複雑な過去を持つ女性であるからだ。しかも、その人物が、彼女達の未来を左右する人物の養育を、戸籍上は肉親として直接に行っているのだから、どうにも無視出来ないどころか、とことんまで彼女の意思を尊重しない訳にはいかない。
「何か問題が?」
万条 アイが、肩の下くらいまで伸ばしているストレートの黒髪を掻き毟る。万条 マヤには、双子の妹が苛ついているのが一目で分かった。
「ウチの馬鹿娘がね。ネットに上がってたお姉ちゃん関係のプロパガンダ動画に感化されちゃってね」
「・・・(ーーーなんと!!)」
万条 マヤは、「なるほど」と納得した。ありがちと言えばありがち過ぎる。そちらの方面へと転がる事を、余裕がなくて全く考慮していなかった事を今さらながら気付かされた。
「もっとも近い血筋である自分こそが万条 菖蒲の跡を継ぐべき、とか言い始めた?」
「想像の通りよ。自分が貴女の養女になれば、全てが上手く行くなんて馬鹿な事を」
万条 アイは、身内の愚行を持て余している様に見えた。
「子供らしいと言えば子供らしいけれど・・・」
万条 マヤは双子の妹を慰めた。
「春から大学生になるって言うのに。まったく・・・。何も知らないって事は・・・。本当にお姉ちゃんの血筋を継いでいるのは、あの娘一人しかいないって言うのに」
万条 アイの立場も辛い。本当の現状を、自分で産んだ子供や自分で選んだ伴侶にも伝える事が許されないと言うジレンマがあるのだ。
「お父さんもお母さんも、随分と面倒な状況を残してくれたものね」
万条 マヤが溜息を付く。
「そんな訳で家庭内不和」
万条 アイは、ヤレヤレと言うジェスチャーを見せる。
「持つべき者の憂鬱とでも考えて欲しいかな。」
万条 マヤは、双子の妹にマウントを取らせてあげることにした。少しでも慰めになればと。そして、その件については、自分の方でも妹とその家族の意思へ寄り添う用意があると伝える為に。
「・・・ごもっとも」
万条 アイは、「共感を示してくれて嬉しい」と言う謝意を込めて返答した。生まれた時からずっと、たった一人の姉の手で共に育てられて来た者同士だ。お説教を咬ます恐い姉の目前で言い訳する時に、絶対的に不可欠な"阿吽の呼吸"は今でも健在だった。
万条 マヤは、今回の会合で伝えるべき最新情報を伝えた。
「まずは良い方の話。廿里博士のご指導よろしく、思考力の訓練は順調に進んでる。それと、教養レベルの学問と技術のさわりの方もかなり高いレベルに抑えているって」
「それは朗報かな」
「今でも"何処へ出しても恥ずかしくない"と太鼓判を押してくれた」
万条 マヤは、腕を組んで、うんうんと頷きながら自分の事の様に誇って見せた。
「順調ね。勉強だけが得意って言う単視眼的な優等生が一番手に負えないねえ。勉強ってのは、人間力を支える柱の一本に過ぎないんだから」
万条 アイは、ビジネスの現場で心底思い知らされた世界の真実の一つを披露した。
「これからの責任者に実務能力は不要。ただ、実務依頼の内容を現場の状況を想定して正確に行える程度の知識さえあれば」
「責任者がいちいち実務に手を出してるようじゃ、効率が悪過ぎて同時並行へ流れているプロジェクトの円滑に進行させるなんて夢物語だからね」
この双子達は、二つの生体脳が量子的な「もつれ状態」にある訳ではない。にも関わらず、互いの思考をほぼ共有出来た。遺伝子的にまったく同じ人物である事は間違いない。本当にまったく同じ人間と言う生き物は、概念の中でしか存在出来ないのは、これが原因だ。
ーーー全く同じ遺伝子を用意しても、特徴まで完全に同一の生物を複数誕生させられない。
(切断したプラナリアの様に、二体に割いた人間に対して個別に再生治療を施せば或いは? 少なくは一定期間は同一性を保てるかも)
クローンの様にまったく同じ遺伝子を用意しても、初期の細胞分裂から始まる成長過程=エピジェネティック的にX染色体に生じる不活性な部分にズレが生じてしまう。2001年12月22日に、世界初のクローン猫として誕生した「Cc(オリジナルの猫の名前はレインボー)」の例でもそれは証明済みな課題である(2003年1月23日のWIREDに詳しい記事が掲載されてるよ。この問題を解決出来れば、再生治療用の万能細胞を大量に製造すると言う夢が適うかも)。
「とりあえず、打てば必ず音が鳴る鐘のレベルに到達済み。本人にその自覚は全くない様だけれど」
「あの娘の場合、自己評価する時の比較対象が不適当過ぎる。ナヲミさんにハコさん。廿里博士に宇留島博士。とどめに・・・・向日葵ちゃんでしょう」
万条 アイは、特別に賢い人と常に比較され続けた、凡人の代表格と自認する自分自身の経験
「そうね。あれだけ日常的に天才の群に囲まれていれば、多少は"天然"に育っちゃってもしょうがない」
「でも、卑屈にならなくて良かった」
万条
「こればかりは廿里
万条
「まったく・・・ウチの馬鹿娘を、あの娘
「賢い娘
万条
「普通の社会レベルではね。でも、馬鹿娘が考えている程にあの
魑魅魍魎が救う政治の世界に身を置いて長い万条
「甘くないと言う点は否定しないかな・・・」
そして、「実現はしないだろうな」と感じながらも、「養子縁組みの件が実現すれば嬉しいかな」と言う苦笑を込めて言葉を続ける。
「でも、万条
「その時はよろしく頼むわ」
万条
万条
「で、悪い方」
「何かしら」
万条
「宇留島博士から。廿里
「ーーー!!」
絶句。万条
姪の知力の発達・育成を全面的に任せていた、無くてはならない支援環境の一角が崩れるのは非常に痛い。学力ではなく、知力を発達させるのは大変に難しい。師弟間の相性も極めて重要だ。その意味で、廿里
「マイクロマシンの治療効果も頭打ちが近い。廿里
「あの娘
「廿里
「分かった・・・」
万条
この世界の不思議は、惜しいと思われる人物から先に逝く。消えて欲しい人ほど、必ずと言って良い程に長く長く世に憚り続ける。姉である万条
「近い中にナヲミさんとハコさんに、この件で話し合いを申し込もうと思う。仮想現実
「もちろん、リアルで参加する」
万条
「助かる。相手が悪い。私一人だと押されたら押し返せない」
万条
「お義兄さん
「残されたのは、選りに選って、私達、万条
「私としては日本がどうなろうと知った事ではない。仮に、近い将来に外交的に酷く転んだとしても簡単に諦めが着く。縁側でお茶を啜りながら日本国の為体を眺めて過ごす、なんてのも退屈しない余生になって良いかもしれない。けれど、お姉ちゃんが守り通してくれた東北地方だけは別。守ってあげたい」
「私達、妹二人がお姉ちゃんの為にしてあげられる事は、もうこれしかないからね」
双子達は、見つめ合って互いの真意の最終確認を行った。ブレがない事が確かめられてから、万条
「お姉ちゃんとお義兄さん
双子達は、万条
「そう。お姉ちゃんが残してくれた命。お姉ちゃんと瓜二つの容姿。そっくりな声色。育ての親二人は日本が誇る神懸かりの巫女。そして、廿里
これまた凡人も代表格である"万条
それは、
"何の興奮も高揚も精神に与えてくれない「守成」に徹する覚悟を持ち、実につまらない「将」の役職を心の底から嫌いながら、どうしても逃れられない責任を感じて引き受けてくれる"
と言う資質を見込み、その為に20年に渡る廿里
本人は気付いていなかったが、学業で赤点ギリギリ・セーフの学校生活を送っていても、必要な局面で最高レベルの知力を発揮してもらうべく、英才教育が施されていたのだ。育ての親である、朝間ナヲミと森
育ての親としては、共に、「森
廿里
それを全て承知して、万条
「理想的な"三代目"ね」
「まったくその通りね」
不本意ながら、万条
「で、あの娘
「天叢雲会病院の幹部職員候補。でも、最初は只見川上流の、擬体保持患者用の別館の方に配置されそう」
「英語英文学科卒業でしょ?」
「私大文系卒なんてそんなもんよ」
「もったいないわねえ」
「充実した学生生活と、廿里
「自動車の運転免許は?」
「マニュアルで取った。ハコさんのあのクルマを借りて乗ってる」
「あのクルマ? 女の子にはハンドル重過ぎでしょ?」
「ハコさんの話では、ギア・チェンジが難しいとか、いろいろ文句言ってるらしい」
「可哀相に。卒業祝いに中古の軽自動車でも買ってあげれば良いのに。お金なら私が・・・」
「ハコさんの教育方針で、「クルマくらい自分で働いて買いなさい」ってことなの」
「何か・・・お姉ちゃんみたいに厳しい」
「私達、運転免許証も自分でバイトしたお金て取ったもんねえ」
・・・・・・。




