廿里ちーちゃん 〜その壱
"ちーちゃん"はとっても高名な物理学者だ。
でも、どうして、どんな風に高名なのかを私は知らない。
噂では、十代の頃に地球を救った経験もあるとか。ないとか。
世間も私も等しく、"ちーちゃん"のやってのけた事は、とても凄い事だと思う。
でも、本人に言わせれば大した事ではないんだとか。
ちょっとした戯れ。運が良かった。または、お節介な何者かに閃かせられたんだとか。
しかも、本人に言わせれば「自分は数学者のつもり」なんだとか。
そこら辺の激しいズレは、自己認識と社会的評価の差と言うか、相互認識のすれ違いなんだろうと想像している。
正直、難しい事は分からない。
何故なら、だいたい、私には「物理学者」と「数学者」の区別がつかないのだから。
どっちも似たような者同士なんじゃないだろうか。
まあ、"ちーちゃん"が違うと言うのだから違うのだろう。多分。
"ちーちゃん"のお仕事は、私にはぜんぜん理解出来ない事に気付いたり、提起したし、証明したり、納得させたりする事であるらしい。
そんな、故郷の会津が誇る世界屈指の物理学的女傑と言われる"ちーちゃん"。
そんな彼女であっても、会津震災で宮城の松本へ転校して「数字の不思議」に出会うまでは、私と等しく"駄目な娘"だった。少なくとも本人は繰り返しそう語っている。
いや、それどころか。「今でもあの頃と等しく"駄目な娘"のまま」であると主張したりもする。
どうやら、"ちーちゃん"と私が懐いている"駄目な娘"の定義には、何一つ重なる部分がない程に掛け離れている様だ。
"ちーちゃん"は、教授や博士となる遙か以前。何と高校生の頃に、それまでの雰囲気から凄まじく掛け離れた、当時としては極めて異様な「太陽系最外縁部の質量分布モデル」と言う概念を何の前触れもなく提唱したそうだ。
正しいとか間違っているとか関係無しに、そう言う「和を乱す」感じの、つまり型破りのアイデアと言うのは、発案者と共に即座に罵倒を浴びて潰されるらしい。
正しいとか間違っているとか関係無しに、気にくわないアイデアと言う出る杭は、ネットの炎上事件の様に、徹底的に否定され、発案者の人格攻撃までが執拗に行われて終わるらしい。
それは日本国内に限らず、世界標準で発生する有り触れた事象であるらしい。
いつも通りであれば、"ちーちゃん"は深擂り状のコーヒー豆の様に粒子レベルまで粉々に砕かれてしまっただろう。しかし、幸運な事に、彼女の背後には学会に於ける日本屈指の実力者が立っていてくれた。
そのジジイとマゴムスメの様な年の差の二人は、対等な立場で数々の論文を次々と共著していった。それは、"ちーちゃん"が、じいちゃん教授の正当な後継者であると言う、世界に向けた公式なアナウンスでもあった。
それによって、学会は"ちーちゃん"が「何処の馬の骨」であるかと理解した。身分保障。更に、「太陽系最外縁部の質量分布モデル」が、外部の素人の適当な閃きではなく、自分達内輪から生じた仮説であると認識を改めた。
外からやって来た「黒船」ではなく、内から生じた「革新」であるならば、それほどに大きなアレルギー反応を起こす必要もない。
身元保証。これの有効性を馬鹿にしてはならない。初詣の湯島天神で入手した合格祈願の札など足下に及ばない程に、破邪には役立つ。
繁盛期である年末限定のバイトを雇う場合でも、職歴ゼロのみるからにプーと東大二回生の好青年の比較であれば、どちらを雇うかは・・・火を見るより明らかだ。
だいたい、「身元保証なんか不要でナンセンスだ」と言うヤツは2種類しかいない。身元保証された御陰でチャンスを既にものにした"大成功者"と、身元保証がなくてチャンスに近付く事も出来ずに捻くれてしまった"永遠の皮肉屋"だけだ。
いずれのヤツも、信用ならない点では全く同類だ。
身元保証、或いは強力な後ろ盾。
それを持ち合わせていた御陰で、"ちーちゃん"は表面上は大した数の敵を持たずに済んだ(飽くまで表立って、と言う意味に過ぎない)。
「太陽系最外縁部の質量分布モデル」を発表してから3年も経つと、国外の多数の研究者が"ちーちゃん"のアイデアを支える価値観にやっと追い付いて来た。
そして、"ちーちゃん"の閃きが、真実である可能性を強く示唆する研究成果を積み重ね始めた。
"ちーちゃん"に言わせれば、決して真実ではなく、真実と言う深遠を覗き込むための細い穴であるか、または今のところ真実に一番近い見識であるに過ぎないんだとか。
事実、今の"ちーちゃん"はその先の事を考えているそうだ。
そんな凄い人が、今、私の目の前で、完全に果てているかの様にヨギボーの上で伸びている。まるで、自分の縄張りの中のお気に入りの場所でリラックスし切っている、流体動物「ヌコ」の様に。
ナヲ母さんに言わせれば、超局地的な分野では、"ちーちゃん"は、もっとも真理に近い位置に居座り続ける「文明の巫女」として恭しく取り扱われているらしい。
物理学の重要な存在意義の一つは、世界の有り様から創造主の意図探る事なんだそうだ。
そして、世界の凡庸な天才や秀才達は、"ちーちゃん"が持ち合わせている、他人には理解し難い視野に少しでも近付きたいと願っている。たった1mmでも良いから、理解を深め、視野を広げたいと。
でありながら、それほどに凄い人である筈なのに、"ちーちゃん"の日常世界への影響力は極めて希薄だ。学校で使っている教科書の内容に対しては、髪の毛一本ほどの存在感も示せていない。
それは、このこの異才が、天体物理学の最先端且つその最末端と言う、場合によっては一秒ごとに優勢な学説が入れ替わる程に激しい、まるで戦場の様な知的区間を住処としているせいらしい。
らしいと言うのは、本人から聞いたり、他人から聞かされた話が、どこまでが嘘でどこからが誠かを判断する術を私が持ち合わせていないからだ。
その辺りの話を一晩掛けて熱心に説明されても、きっと、私には真実の一端も理解できないからだ。
しかし、だからと言って、"ちーちゃん"は、私には理解出来ない人である事にはならない。
だって、"ちーちゃん"は私にとって二人の親友の中の一人なのだから。
私と"ちーちゃん"は、年齢差が母子ほどに開いていると言うのに、とても相性が良い。一緒にいて楽しい。
一緒にいて何をするわけでもない。何かをしようとしているわけでもない。ただ、ただ、いつもひたすらゴロゴロしているだけだ。
"ちーちゃん"は、お気に入りのヨギボーの上で潰れたまま、一度も身体を起こさない事もあるくらいだ。
何でも、思索にはそれが一番なんだとか。どうやら、"ちーちゃん"の認識では、ヨギボーの上が宇宙の真理と一番近い場所であるらしい。
"ちーちゃん"は、私の二人の母達の高校時代の後輩だ。そして、特にナヲ母さんの事が大好き過ぎる友達である。
母の友達と、母の娘である私が友達であると言うのは、ちょっと一般的な常識人には理解し難いだろう。もしかしたら、眉を顰める人もいるかも知れない。
しかし、それには歴とした理由がある。
"ちーちゃん"の外観は、小柄な高校生である私とほぼ同年代に見える。いや。もしかしたら、私よりも年下に見えるのだ。
"ちーちゃん"がお務めの大学敷地内を二人で歩いていれば、事情を知らない人達にとっては、どこにでいる高校生の見学者にしか見えない。
"ちーちゃん"が教授様なのに、ゼミも何も持っていない。だから、学生であっても"ちーちゃん"が、あの廿里千瀬その人であるとは知らない。
廿里千瀬の業績を知り、感化され、師事を受けたくて入学した学生であっても、目前を歩いているジャリガキが憧れの人であるとは気が付かないのだ。
ーーー合法ロリ。
成人年齢を満たしながらも、その外観はその域に達せず。
この不条理は、"ちーちゃん"が生まれながら患っている、ある特殊な病気が原因である。
"ちーちゃん"は、全身を構成する細胞レベルの膠原病の一種と表現するしかない、一般的には病名も知られていない重症度分類の指定難病患者である。
「亜急性液化性細胞異常崩壊症(或いは、周期性液化性細胞異常崩壊症)」と言う、合わせて55ある指定難病の一つである。多くの患者は第二次性徴期以後に、まず最初に代謝疾患が発病する。しかし、"ちーちゃん"の場合は、二足歩行を始める前の幼児期にその兆候が発見された。
診断が下された後は、それまで積み上げられたありったけのノウハウを活用した実験的な対処療法が施されたと言う。
既に全身を失った末期患者が残してくれた抗体らしきタンパク質を継続的に投与する事で、症状の進行を緩和ではなく停止可能と言う現象が確認された。
ただし、その合成タンパク質がどの様に作用しているのかは全く分からなかったそうだ。つまり、そのオカルトとしか言いようのない対処療法も、果たしていつまで有効であるのは分からないと言う不都合な可能性を排除する事は不可能と言う事でもある。
"ちーちゃん"より以前に「亜急性液化性細胞異常崩壊症」を発症した患者さん達。総数を数えてみても、そう多くはなかった。
以前は、致死率100%とされていた。だが、"ちーちゃん"がそれなりに意味のある言葉を話すくらいに成長した頃、その圧倒的な致死率を覆す、画期的と言うか、非人道とも言える究極の対処療法が確立された。
それは、生身の身体が完全にダメになる前に、その全てを機械へと置換すると言う究極の対処療法だった。
ーーー擬体化治療。
私の二人の母達にとっては、恩人だと聞かされている「朝霧和紗」と言う先駆者が、自分の身体を贄として地上へとの召還に成功したサイボーグ化技術。
「朝霧和紗」と言う、教科書にも登場する歴史上の人物、史上初めてのサイバーもまた、「亜急性液化性細胞異常崩壊症」を患う者に一人であったと言う。
生き延びるために、自分の完全に機械へと置換したそうだ。どうやら、高確率で生体脳やそれに付随する主幹神経では、「亜急性液化性細胞異常崩壊症」は悪さをしない。少なくとも先例が少なく、そうであって欲しいと見込まれていた。
その置換技術が確立されていたからこそ、私のナヲ母さんは大事故に遭いながらも生き延びられた。そして、私のお母さんになる事ができたのだ。
だから、"ちーちゃん"もまた、最終的には全身サイボーグ化、全身擬体保持者となる置換処置を受けるものとを予想されていた。
だが、私はまだ会った事がない、ナヲ母さんの義父となってくれたサイバー医師と、こちらもまた今では高名な学者として知られる様になっている宇留島博士達。それら二人を中心とした研究チームが、"ちーちゃん"へ救いの手を差し伸べた。
全身サイボーグ化処置を受けずに済む手段を模索してあげたい、と。
差し伸べられた手に握られていたワイルド・カードは、
ーーーマイクロマシンによる、「亜急性液化性細胞異常崩壊症」の無効化。
だった。
患者の体内に大量のマイクロマシンを常駐させる、体内のどこかの細胞の異常液化が始まると同時に、マイクロマシンが働き始める。片っ端から細胞壁などを溶解させる、病原となる異常物質を分解させる。
その為のマイクロマシンの原型はすでに完成していた。他の用途への使用目的で、既に人体への投与テストもかなり進んでいた。それを、流用する形で治療は進んでいったそうだ。
そして、その果断な実験治療は、極めて有効な検査数値を更新し続けた。
世代が更新される度に確実に進化し続けるマイクロマシンは、「亜急性液化性細胞異常崩壊症」の特有の血中物質の検知をどんどん困難にしていった。
そこで、ナヲ母さんの義父や宇留島博士による研究チームは、更なる、より根本的なマイクロマシン治療への切り替えを提案した。
それは、「亜急性液化性細胞異常崩壊症」の特有の血中物質を一時的にゼロ値まで追い込んで、次はその状態を変化させるあらゆる要因を排除する種類のマイクロマシンを投与すると言う治療だった。
ーーー"ちーちゃん"の身体を、「亜急性液化性細胞異常崩壊症」が発症する前の状態に固定する。
最終的には、mRNA技術などを用いて、染色体の未使用の部分を後天的な遺伝子化させて、マイクロマシンを体内で自己生成させると言うプランまで提示された。
その結果は、"ちーちゃん"が高校二年生になった頃に判明した。
それは、良い報告と悪い報告の二つが伝えられる事となった。
良い報告は、"ちーちゃん"は、奇跡的に「亜急性液化性細胞異常崩壊症」を克服出来た。
奇跡的と言うのは、他の患者さんに対しては、同様の治験結果が"ちーちゃん"ほどに劇的な効果を記録出来なかったと言う意味だ。なお、これは悪い報告ではない。
悪い報告とは、"ちーちゃん"は、擬体化を回避出来たが為に、これからは全く身体が成長しない人間になってしまったと言う事。
マイクロマシンが、副反応として、「亜急性液化性細胞異常崩壊症(或いは、周期性液化性細胞異常崩壊症)」だけでなく、人間の成長などを含めたあらゆる外面・内面の変化を固定・停止させてしまったのだ。
つまり、"ちーちゃん"は、死ぬまで14〜16歳くらいの、外観だけでなく体内を抱えて生きて行くことになったのだ。それによって、マイクロマシンが対処可能な程度の癌の発生や成人病の可能性をほぼ潰してしまった。肉体的な損傷であっても、通常の人間よりもかなり早期に修復が可能。
この事実から、"ちーちゃん"が私達が考える一般的な老衰と言う経過を辿って、つまり自然な形で死ぬ事が出来るのかどうかも分からなくなっていた。
そして、不思議な事に、この成長をほぼ完全に止めると言う副反応も"ちーちゃん"以外の治験者では確認できなかった(同時に、この治療法による絶大な効果も確認出来なかった)。つまり、再現性がまったく認められなかったのだ。
一部の富裕層は、自らの身体(或いは愛人の身体)を"ちーちゃん"と同等にすべく、惜しみなく医療分野への投資を行っていた。だが、第二の奇跡は今のところ発生してない様だ。
アラフォーになっても14〜16歳の少女のまま。これは極一部の妙齢の同志諸君にとっては絶対的に許せない現象だろう(勿論、"ちーちゃん"が自ら望んでそんな身体となった訳でもないのだが。飽くまでも副反応とか副作用に過ぎないのだ)。しかし、良く考えてみればどれほど激しく怒っても意味がないのだ(その無意味さに気付ける程度の知性が、その"they"達の元に残されているかどうか。そればかりは神のみぞ知るである)。
この特殊なマイクロマシンの効能は、若返りではなく、飽くまで現状の維持=肉体的な変化の回避である。
つまり、アラフォーになってからマイクロマシンを投与されて、運良くそれが"ちーちゃん"と同等に効果を発揮してたとしても、アラフォーなりの身体状態のそれ以上の成長を止める事が出来るだけなのだ。
ーーーマイクロマシンが理想通りに作用したとしても、決して、少女の盛りへは戻れない。
成長を止めるだけで、肉体年齢の可逆性を導く作用はしない。だから、本人が理想とする年齢に到達した段階で、その特殊なマイクロマシンの投与を開始する必要があったと言うオチだ。
アラフォーでその処置を始めたとしても、せいぜい数年後に「美魔女」に認定してもらえるだけ。残念ながら、過ぎ去った「若さ」を取り戻す効果は微塵も期待出来ないと言うことだ。しかし、案外、意外と、なかなか、この簡単な説明が通じなかったりする(道理を弁えると言う大人として最低限の判断力が、特殊能力の一種として人類よとって分類される様になったのは・・・果たして何時の頃からだろうか?)。
しかし、だ。普通の人間であれば、死ぬまで14〜16歳の少女のままで居続けると言う人生は社会的にも精神的にも辛い筈だ。何故なら、友達は全員が順当に老けて行き、最終的に自分一人だけが置いてけぼりにされてしまう。これは寂しい。
でありながら、"ちーちゃん"はもう一つの奇跡を授かっていた。
彼女の周辺には、彼女と同じ様に外観の変わらない人間が二人もいたのだ。
一人は、ナヲ母さんだ。全身擬体保持者と言うサイバーなので、老化と言う現象とは一生無縁だ。
もう一人は、ハコ母さんだ。ナヲ母さんから結婚の時に婚約指輪の代わりにプレゼントしてもらったという、不滅としか思えない老化しない生身に宿っている。
だから、ナヲ母さんとハコ母さんと"ちーちゃん"は、永遠の少女達として、けっこう人生を謳歌し続けている。もし、自分たった一人だけが不老であったとしたら、それがけっこう辛い事でったろう。しかし、似た様な境遇の人間が三人も集まればかしましく幸せに生きて行く事が可能であるに違いない。
ーーー私は、"ちーちゃん"達とは違って不老でない。
だから、そればかりは想像する事しか出来なのだが。




