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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第五章 綿津見の随に
24/143

はじまりがおわる。 〜その壱

〜インドネシア共和国領海、バリ海北方、バリ島沖60Km。

 日本国・海上自衛軍・通常動力型潜水艦・SS-513「たいげい」の発令所で、艦長を勤める菊池(きくち) 敬吾(けいご)二等海佐は首から上をしきりに捻っていた。


 これは、頭を捻るのではなく、灰色の脳細胞の方を仮想的に、無理矢理に、敢えて(ひね)くり回して、代謝を加速させる為の努力だった。


 副長や同艦先任伍長は、敢えて声を掛けずに、口を噤んだままで状況の成り行きを見守っている。


 発令所全体、いや、水密隔壁の向こう側に広がる全艦内でも深刻なレベルの緊張に包まれている。


 針が落ちる音にも反応出来る程の集中状態にある乗組員全員は、ついさっきに、表向きながら(・・・・・・)と言う注釈付き(・・・・)の平和が終わっていたと言う不都合な現実を突き付けられていた。


 日本から遠く離れた海中を、菊池(きくち) 敬吾(けいご)二等海佐と配下の愉快な仲間達は、他国の軍隊との交流を主目的として漂っていた。だが、彼はそんな優雅な時間を友軍士官と分かち合う贅沢を突然に奪われてしまった


 SS-513「たいげい」へ乗り込んでいる潜水艦乗り達(サブマリナー達)は、祖国の防衛行動の一環を(にな)う=前線の一つを支える"駒"へと突然に昇格されてしまった。


 平和に満ちた精神を、必要があれば躊躇なく殺人行為に勤しむ事が出来る精神へと、緊急アップデートする事を強要された。そして、彼等の精神はすでに要求が満たされる状態へと達していた。


 発令所に詰めていた全乗組員は、この状況でその場に「お客さん(部外者)」の姿が見られない事に少しばかり安堵していた。


 お客さん(部外者)は、この時ばかりは乗艦許可後に与えられた士官個室(ゲスト区画)へ一時的に引っ込んでいた。別に空気を読んで遠慮したいた訳ではない。だが、それは、彼の本国から送られて来た暗号文章(機密命令)を秘密裏に解読する為だった。


 きっと今頃、暗号評と送信された文字列の突き合わせを、人力で行っているのだろう。


 あちらはあちらで、こちらと同じ様に一つの覚悟を決める場面に差し掛かっている事の証明だ。


 その意味で、SS-513「たいげい」の全乗組員は、自分達が必ずしも孤独ではないと知らされた。もちろん、そんな事は何の慰めにもならないが、少しばかりの気晴らしくらいにはなりそうだった。


 つい、先ほど、定時連絡で、想定を大きく越える水上で起こった状況の変化の詳細がSS-513「たいげい」に受信された。


 変化の内容は主に三つ。


 一つ目は、自衛三軍の最高司令官である日本国総理大臣が暗殺されたこと。


 二つ目は、日本国の沖縄本島が東シナ海を挟んだ隣国から多数の弾道ミサイルよる攻撃に曝されたこと。


 三つ目は、日本国が中心となって報復的な武力行使を既に開始済みだったこと。


 命令の内容は一つ。


「SS-513「たいげい」もまた、命令の受信時刻をもって、報復的な武力行使の実行群に加われ」と言うものだった。


 艦長の菊池 敬吾二佐は、当直でない休憩中の乗組員達を漏れなくベット棚から追い出して、全乗組員に対して、艦内放送で"新しい状況"の大筋を、更に掻い摘まんで話して聞かせた。


 続いて、「集音襲撃」に備えるバトル・ステーション(緊急事態全員配置)を命じた。ただし、充電池を激しく消費するアクティブな活動は厳禁とした。飽くまでパッシブに留めろと言う話だ。


 何故なら、SS-513「たいげい」は、たった今も、仮想敵から攻撃目標へと言う名誉に授かったばかりの、インドネシア共和国領海内を潜行して航行中の、いわゆる「不審艦(不審潜行潜水艦)」を十分に距離を取りながら追尾中であるからだ。


 もちろん、「不審艦(不審潜行潜水艦)」が発する音紋などから、固有の船名(艦名)まで判明している。しかし、相手国側が根を上げて事実を公表するまで、音紋から導き出される解答は暫定的なものとして取り扱われる事になっていた。


 SS-513「たいげい」は、祖国と同盟国にとって重大な脅威である敵潜水艦を、同盟国の領海内で、しかも事を荒げることなく無力化させなくてはならなった。何故なら、大っぴらに正面から攻撃を加えた場合、それを言い訳として、自軍の最高司令官暗殺を主導した国家が同時多発的に他国へ攻撃を加える可能性が高かったからだ。


 もちろん、その攻撃は侵略ではなく、周辺海域を混乱に落とし入れる為だ。何故? 周辺国家が突然の事態に混乱している隙に、あわよくば本命の悪事を全うしてしまう為である。


 しかし、侵略目的ではなかったとしても、攻撃に曝された国家の方が多分に人的自害を被る異なる。防衛網を抜かれて自国民に被害を負わせたと言う不名誉までも負う事になる。だがら、日本国としてもインドネシア共和国としても、「不審艦(不審潜行潜水艦)」をこのまま捨て置く事は絶対的に許されなかった。


 ーーーさて、どうしたら"事を荒げることなく(人知れず永遠に海底)"()出来るだろうか?(沈められるものか?)


 艦長の菊池 敬吾二佐は悩む。魚雷などを遠慮無く使える真っ当な海中戦を大っぴらに行えるならば、このまま敵潜水艦を沈めるのは難しくないと判断していた。


 しかし、今回に限っては問題がある。この水域はまだ先までずっと同盟国の領海内(・・・・・・・)である。EEZまで移動するのを待って攻撃を仕掛けたいが、困った事に敵潜水艦の進路はインドネシア領海を"外"へでなく"内"へと取られていた。


 他国領海内での自由航行(通過航行/無害通航)は、潜水船(艦)であっても水上航行(浮上航行)が求められる。また、所属国や組織を示す「軍艦旗」または「国旗」の掲揚も求められている。


 国連海洋法条約第20条に示されている、それらの義務をガッツリ無視して潜行航行中。通常であれば、発見次第に潜水艦ハンター部隊が寄って来る事は必至である。空と海上から、寄って集って小突き回して追い立てる事になる。


 ーーーただし、一定レベルの(十分な)実力を保つ潜水艦ハンター部隊を擁していればである。


 本来なら、武力行使は領海の主の軍隊、この場合は連携関係にあるインドネシア共和国海軍に任せなくてはならない。しかし、狩りの絶好のポジションにあるのはSS-513「たいげい」の一隻だけだ。更に、友軍のサブマリナーにとっては、この手のシビアでセンシティブな任務はまだ荷が重かった。


 それは、日本国とインドネシア共和国を脅威に曝らしているのが、あの(・・)人民共和国の軍隊であるからだ。


 確かに、あの(・・)敵勢力の軍隊はいろいろとやり方が荒い組織である。しかし、21世紀の初頭で金を湯水のように使って整えた、多種多様な(多様性に富む)兵器群を保有している。そして、それらは東南アジア各国の軍隊向けに販売された商品兵器群を、性能面では圧倒している。


 そして、艦隊を動員した海上からの対潜水艦戦を繰り広げては、あの(・・)偉大なる党に対して真正面から喧嘩を売る行為として取られてしまう。だから、非友好的な態度が公にならずに済む様に対処するには、水面下での攻撃に留める方が賢い選択となる。


 とは言え、インドネシア共和国海軍の潜水艦部隊に対して、海中での自艦の位置を敵潜水艦に対してあからさまに曝しながら、正々堂々と、毅然と・・・、つまり潜水艦の唯一にして最大の利点である隠密性を捨てて真正面からの戦闘を仕掛けろと言う話になる。


 これでは、インドネシア共和国海軍のサブマリナーに対して、「死ね」と命令している様なものだ。自艦が狙われていると感知した方は、不利とみればさっさと逃亡するだろう。その段階で逃げる側の推進用バッテリーの充電状態が芳しければ、追う側であるインドネシア共和国海軍は大変に不利である。


 単艦であれば、どうやっても追い着けない(武装の射程に届かない)


 現実的な手段としては、複数の艦を使う事だ。予想される逃走経路に前もって味方艦を潜伏させておき、もう一艦で敵艦を追い立てて罠へと追い込む。そう言う、最低でも2艦を投入する、高度な連携作戦をで立ち向かわない限りは高確率で合戦を回避されてしまうだろう。


 そして、後日、あの(・・)偉大なる党から恫喝のメッセージが送られて来る事になる。これは困る。政治家全般としては、自国の軍人を命懸けの戦場へ送ることが大して躊躇しないが、自らが立場的に圧倒的に強い勢力から突き上げを喰らう事は避けたい。決して、座視出来ないものなのだ。


 だいたい、通常動力型の潜水艦へは、長時間に渡って高い機動力を発揮するスペックを与える術はない。少なくとも、今の科学技術では。


 まともな(・・・・)原子力潜水艦を保有していない限り、潜水艦による攻撃とは、海中にどうにか身を潜めながら、敵艦が自艦の武装の有効範囲内まで自ら近付いて来るのをひたすら待った上で、一撃必殺の不意打ちを、乾坤一擲の魂を込めて仕掛けると言う、騎士()ではなく忍者()に基づく段取りで行われる。


 ーーー少なくとも、機動力を駆使したヒットアンドアウェイ的な襲撃の実行は困難を極める。


 特に、自艦よりも基本性能が勝る相手に攻撃を仕掛けるのであれば、効果的に不意打ちでも仕掛けなければ万が一にも勝ち目はない。インドネシア共和国海軍が保有している潜水艦の素性は、現・ドイツ連邦が国外輸出用に設計したモデルだ(一部、OEM艦も含まれる)。しかも、相当に老朽化している。整備が行き届いていたとしても、艦としての基本スペックが敵潜水艦に明らかに劣る。


 それは、インドネシア共和国海軍も承知している筈だ。だから、面子の問題さえクリアー出来れば、この招かれざる客の対処をSS-513「たいげい」に任せたい筈だ。


 ーーー面子。


 そう、艦長の菊池 敬吾二佐は、インドネシア共和国側の面子を傷付けない様に、可及的速やかにインドネシア共和国の領土へ近付きつつある脅威の無力化しなければならない。極めて高度に政治的な問題の解決を、命懸けで押し付けられていた。


 艦長の菊池 敬吾二佐は、情報と状況の把握に努める。


 日本国総理大臣の暗殺に関しては、表向きは自国内のテロリストによる内戦と抗弁される可能性があるので、武力行使(防衛行動)の即時実行の根拠とはしなかった。


 一方で、弾道ミサイルによる攻撃に関しては打ち上げ地点は判明していた。だから、専守防衛と敵地攻撃要項をしっかりと満たして(両立されて)いた。


 これは有事に対処する為に事前に定めてあった、"状況に対する自動対処"の結果でもあった。仮想敵国の攻撃がある一線を越えて場合、閣議決定なしで軍事行使に踏み切ると言う、日本国と合衆国間で取り交わされていた安全保障マター。


 日本国の様な(世界でも希有な)、現実を無視した原則論に厳しく捕らわれる与野党(・・・)で構成される統治システムは、急激な状況の変化への対応を壊滅的に苦手としている。


 しかも、祖国の安全や平穏や繁栄などよりも、海の向こうにある心情的に理想とする政治体系に心をときめかせている政治勢力(やメディア群や知識人層)までも存在している。


 彼等の場合の多くは、支配組織に(与党幹部に)入れて(迎えて)もらえないので、復讐心一杯で(世界が間違っていると)政府の足を引っ張っている様にも見えなくもないのだが。


 ーーー拗らせたルサンチマンほど厄介な動機を筆者は知らない。


 実際、「核実験の循環競争の機動力は合衆国帝国主義である。したがって共産主義国家の核実験に抗議することは、世界平和の立場からみて妥当でない」と、ソ連との冷戦真っ直中に公言したり、強く支持する様な野党政治家達が日本国には一定数存在していたのだ。


 そうなると、彼等が初期の武力行使の判断システムへ参加する事だけは避けなければならない。故に、「自動対処」が採られた訳だ。内閣総理大臣または代行者を中心とする国家安全保障会議(NSC)→防衛省→自衛三軍と最短ルートによる即決は、本当の有効性を示す事に成功した。


 過去と言う歴史の中に存在した、学者先生や進歩主義者が無条件で理想と崇めている共和主義国家でも、実はこの種の緊急事態に平時の政治システムを無視する判断ルートを保持していた統治機構は少数だが存在していた。


 大昔の共和制ローマの独裁官制度。


 中世以降のヴェネチュア共和国の十人委員会。


 太平洋戦争後しばらくまでの合衆国の大統領制度。


 特に共和制ローマとヴェネチュア共和国では、非常時には民主主義の理想を裏切り、原理を踏みにじり、極少数のエリートによる独断が採られる。


 これは、宇宙の究極真理的な統治システムであらねばならないと何故か誤解されて久しい「民主主義」の精神を蔑ろにするものだ。しかし、このシステムを採用出来なかった過去の有力共和制国家は、繁栄を極めた後に100年を待たずして、漏れなく、そして呆気なく瓦解してしまった。


 共和制ローマは、常に独裁官が立ついわゆる帝政ローマへと変わって生き延びだ。


 ヴェネチュア共和国は、最後まで共和制に拘ったが、新しい概念による欧州支配を企んだ帝国主義者のナポレオンによって滅ぼされた。


 政治形態を変えてでも国家は存続すべきか。建国初期の理想に殉じて国家を滅ぼすべきか。


 まあ、人それぞれですね。他国の話なら。母国の話であるなら、政治形態を変えてでも国家は存続した方が失うものは少ないでしょう。原理主義者は暴れるでしょうが、彼等の言い分に従うと"一億火の玉"と言うバッドエンディングしかないので、嫌だなあと個人的には感じる。


 今回の反撃は、日本国にとっては、史上初めてのしっかりとしたシステムに基づいた武力行使。しかし、その割にはその報復攻撃は、どちらかと言えば決して華々しいものではなく、その実はとても控え目なものだった。


 特に、見掛けに関しては。


 日本国EEZ内・東シナ海、

 北マリアナ諸島・のフィリピン海、

 インド洋・ベンガル湾、

 フィリピン・セレベス海とスールー海をつなぐマイナーな海峡付近、

 ソロモン諸島・ベロナ島の沖、

 オーストラリア・パース沖のインド洋、

 合衆国・アラスカ沖のボフォート海、

 ジブチ沖のアデン湾


 において、


 少なくとも(過去の宣言通りなら)2049年までには「世界一流の軍隊」へと成長していて当然の、人民共和国・人民解放軍・海軍の原子力潜水艦(SSBN)が、ほぼ同時に航行中の事故に遭遇したのだ。


 それも、日本国が、「世界一流の軍隊(自認)」に限定した武力行使=報復処置の実行を内密に決定した直後にだ。


 何と言う偶然であろうか。実に恐ろしい事である(棒読み)。


 これが、21世紀中盤の日本国の限界でもあった。出来るだけ、好戦的だったり、戦争が得意であると言う印象を特に国内に向けて与えたくないと言う本音が隠しもしない。


 好意的に考えれば「能ある鷹は爪を隠す」の実例なのかも知れない。しかし、それ故に腐れ縁豊富な(真に因縁生な)隣国群は、揃って日本国をまったく怖れていない。何度繰り返し殴っても絶対に殴り返して来ないと、過去の日本国の振る舞いを見て誤解し尽くされている故だ。


 誤解があって畏怖されないのは構わないけれど、誤解によって見下されるのだけは避けた方が良い。これは、前線で命を張っている自衛軍の軍人達の本音だ。だが、奥ゆかし過ぎて、その本音を漏らすのは、悲しいかな身体が衰えて退役した兵士達に限られていた。


 日本国が実行した今回の初期の(・・・)武力行使の詳細は、"晋級"と"唐級"と言う、人民共和国が長い事かけて建造したアタリの(・・・・)8隻がほぼ同時に連絡を絶った事に尽きる(ハズレ(・・・)の方は陸に引き上げられて甲羅干ししていたり、近海限定で行われる訓練艦として運用されていた)。


 それらの国防の最前線を担うべきアタリの(・・・・)艦が、揃って、一艦の例外もなく、何の前触れもなく海中で圧壊し、残骸を海の底へ向かってばらまきながら、もう二度と太陽光が届かない世界で永遠潜行と言う究極任務へと舵を切ったのだ。


 菊池 敬吾二佐は、当然、通信文の行間に濃密に埋まっている目に見えない文面を余す所なく読み取っていた。


 海の対岸から発射された弾道ミサイルの標的とされたのは、正確には日本国の沖縄本島にある特定地域。つまり、合衆国軍と日本国自衛軍の基地施設だろう。また、狙われていたのは日本国の沖縄本島以外に、九州にある日本国自衛軍も含まれていた筈だ。


 九州にある日本国自衛軍は被害を受けなかった様だ。先島諸島に散らばるレーダー・サイド群も守り切る事が出来た。沖縄本島にある軍事施設の方も被害は軽微である様だ。そう言う景気の良い方の詳細は決して文章化されておらず、その代わりに特殊な感受性を通せば読み解ける行間にしっかりと(・・・・・)埋め込まれていた。


 人民共和国は、弾道ミサイルや巡航ミサイルによる飽和攻撃を仕掛けたつもりであったはずだ。ならば何故、日本国と合衆国の迎撃行動によって長年の努力が無力化されてしまったのか?


 どうして、日本国領土を目指して発射されたミサイルの数が、予定してた数の半分に満たなかったのか?


 答えは、人民共和国が当てにしていた巡航ミサイルや弾道ミサイルを沢山搭載していて、攻撃に加わるはずだった多数の人民解放軍・海軍の原子力潜水艦(SSBN)が、攻撃行動を実行する直前に立て続けに不運な事故に会ってしまった事であるに違いない。


 人民共和国もきっと驚いただろう。日本国へ向けて放たれた「正義の鉄槌」が、想定したよりも遙かに僅かとなってしまったのだから。御陰で、日本国の領土にはほとんど着弾せず、迎撃ミサイルで容易く撃ち落とされてしまった。


 そして、呆然としている最中に、自前の原子力潜水艦(SSBN)が海上へ出ている分は例外なく消滅させられてしまった事に気付かされた。


 それも当然だ。人民解放軍・海軍は知りたくなかっただろうが、彼等の原子力潜水艦(SSBN)に関しては秘密の港から海へ出て来ると同時に監視衛星で把握され、日本国と合衆国の攻撃型潜水艦に追尾されていたのだから。


 実際、彼等の配下にある「琉球共和軍暫定派(暫定琉球共和国軍)=Ryuukyuu Republican Army(RRA)」のテロ部隊が行った、15年前の筑紫洲大学でのテロ事件直後に、日本国と合衆国は警告(メッセージ)の意味で彼等の原子力潜水艦(SSBN)の一隻を気取られることなく撃沈している。


 あちら様(彼等)でも、「こうなる事は分かっている」と日本国と合衆国は想定していた。だから、「そんな馬鹿なことはしないだろう」と高を括っていた。しかし、実際はそうでなかった。


 あちら様(彼等)では、彼等の無数の原子力潜水艦(虎の子達)が、日本国と合衆国の攻撃型潜水艦に常時追尾されていると察していなかったのだ。


 おそらく、実際に追尾を受けている海中の現場の心証や心象では、自艦の後ろに見えない(聞こえない)何かいるとプレッシャーを感じていただろう。しかし、それを上に、特に偉大なる党の幹部へと報告出来るほどの愚か者は一人もいなかったか、そんな者は最初からいなかったことにされてしまっていたに違いない。


 権威主義国家によるインド・太平洋への活発な武力進出。これに対抗すべく、オーストラリア、インド、インドネシアの海軍は、自国領海内での防衛活動の質を上げるべく機材と人員のアップデートの真っ最中だった。ベトナムに関しては、カンボジアのシハヌークヴィル(コンポンソム)に生み出された租界「世界自由平和共栄深海港」にある人民解放軍・海軍基地の監視に忙し過ぎた。


 そして、現在のSS-513「たいげい」には、見学目的でインドネシア共和国海軍から派遣されて来た「イブン・タナカ中佐」が乗艦している。日本人の母親を保つインドネシア共和国人で、大人に成るまで自分は日本人であると誤解していたと言う驚きの経歴の持ち主だ。


 何でも、海軍軍人だった父親が、息子に日本国籍の取得(二重国籍)の申請を終える前に事故死してしまったからだとか。そして、ガイジンであった母親には、手続きは何をどうすれば良いのかさっぱりだったので放置して、ついつい忘れてしまっていたと言うオチまであった。


 在インドネシア日本国大使館に息子の出生届けだけでも受理させておけば、現行法なら成人時にスムーズにいずれかの国籍を選択出来たと言うのに。


 国外エリートに見初められる可愛い日本人妻の中には、そう言うお花畑脳も少しは混じっている。いや、この「ふんわり」で「ほんわか」が、海千山千の生き馬の目を抜く様な自国の女性に疲れた異国のエリート紳士には効く(刺さる)のよ。マジで。まあ、「ふんわり」で「ほんわか」で育てられた息子の方は、堪らないかも知れないけれど。


 菊池 敬吾二佐は、イブン中佐からその話を聞かされた時、互いにオッサンではあるが、これからは立場を越えられる友達になろうと決意した。そして今この瞬間へと至る。


 菊池 敬吾二佐は、日本国海軍の艦隊司令部に席置いている志摩家(しまか)海将補のにやけた顔を思い出す。菊池 敬吾二佐と志摩家(しまか)海将補の付き合いはとても長かった。


 出会ったのは2038年11月21日の小笠原近海にある弟島北沖、ウェーブピアサー型高速船「ナッチャンWorld」の船上だったので、かれこれ20年なる。


 まだ高校二年生の少年だった菊池 敬吾二佐は、硫黄島が合衆国から核攻撃を受ける直前に小笠原村から本土へ移動する避難民の一人でもあった。そして、志摩家(しまか)海将補(当時は一尉)は、海上自衛軍が運行を担当した避難船団の幹部として派遣されていた。


 二人だけは、「ナッチャンWorld」の船上後部の甲板に立ち、海面の向こう側から、つまり平線の先から上がったばかりのキノコ雲を眺めたと言うとんでもない経験を共有していた。そして、その直後に、菊池 敬吾少年は志摩家(しまか)三佐によって、防衛大学経由で海上自衛軍に来るようにと誘われた。


 純真だった少年は、故郷を守りたいと言う動機で誘われるままに防衛大学へと入学し、卒業前に海上自衛軍への進路を希望した。


 その後は、無茶苦茶に使われた。誰に? 高級幹部へと立場を進めていた志摩家(しまか)によってだ。育ち盛りの菊池 敬吾少年としては、硫黄島をカバーする水上艦へでも配属してもらえれば僥倖だと考えていた。しかし、軍籍の人生はそれほどに甘くはなかった。


 最も想定外だったのは、一番キツいと言われるエリート集団(志望者オンリー)の潜水艦へ配属されてしまった。


 これには良くない一面もある。水上艦に配備された同期の連中が役付きになっている事になって、始めて訓練期間を終えて最初の役を得る事になる。つまり、潜水艦勤務は水上艦勤務よりもスタートが相当に遅れるのだ。


 ドルフィン・マーク持ちは気分的には悪くなかったが、訓練航海後に陸に上がって部下に対して一足先にデカイ顔をしている同期の姿を見ると、少しだけ気分が悪くなった。


 更に、それでも日常的に海を眺めて育った者にとって、海面下に潜り続ける生活はどうにも快適とは言い難かった。


 横須賀所属の潜水艦で航海長を経験してからは、予想通りに中級幹部射撃課程へぶち込まれた。船務長や機関長などを経験した後に、潜水艦副長を勤め上げた後に、練習潜水艦並みにやれた現役最年長艦・SS-513「たいげい」の艦長を任された。


 同期には最新鋭の潜水艦を任された者もいた。しかし、菊池 敬吾二佐は、一箇所の海にとどまって狭い範囲での作戦へ従事すれば良い、東シナ海などの海中で仮想敵国に睨みを効かせる役割を与えられる事はなかった。


 これも案の定だった。志摩家(しまか)海将補の差し金である。どうやら、自分の駒として最後まで使い尽くすつもりであるらしい。


 菊池 敬吾二佐とSS-513「たいげい」は、フル活用され続けた。南はオーストラリアを遙かに越えた南極海、北は北極海まで送り出された。また、各国海軍と表立って話せない協調活動などへも繰り返し派遣させられた。おかげで、正式な多国籍軍に参加した訳でもないのに、各国の現場に出て来る幹部達とも顔見知りとなっていた。


 更に、通常の任務では通過が許可されない他国領海内、それも海峡海域での潜行航行の実行経験も豊富だった。彼が航行中に収拾して横須賀に持ち返った海底や海流の生データは、志摩家(しまか)海将補の立場を繰り返し盤石なものとした。そして、SS-513「たいげい」への補給の優遇や優秀なクルーの優先的な獲得にも繋がった。


 そうやって、SS-513「たいげい」とそのクルー達を手脚の様に使える様になった現在。もっとも厄介な、文面には記されていない条件付きの作戦を受領してしまっていた。


 インドネシア領海内で、直接に人民共和国とまだ対峙したくないインドネシア共和国政府に配慮した形で、スマトラ島を目指して航行中で覚しき人民解放軍・海軍の元型攻撃型潜水艦の番号某を撃沈しろと言うのだ。


 ディーゼル・スターリング・エレクトリック方式の元型(改)攻撃型潜水艦は、無断で侵犯しているインドネシア共和国領海内から遁走するどころか、さらに奥の奥への侵入を試みている事は明らかだった。これ以上の侵入を許せば、島国国家である共和国内の流通を支える海上輸送への脅威となってしまう。


 どうやら、他国の艦艇に存在を把握されているとは、あの艦の艦長は夢にも思っていない様だ。これはおそらく、優秀な海軍が参加する共同演習での経験不足が祟っているに違いない。そう言う場所で恥を搔かされなければ、誰も"ステルス鬼ごっこ"の結果を教えてくれないからだ。


 インドネシア共和国政府も、人民共和国が第三次世界大戦を引き起こしかねない程に活動的になっている事は承知している。つまり、宣戦布告なしで恫喝目的で自国が攻撃を受ける可能性は承知している。しかし、国力の差を鑑みれば・・・、十分に言い訳(言い逃れ)出来る形で「潜在的脅威」が海の屑となって欲しいと心底願ってる。


 ーーーまだ、人民共和国と民主主義国家群の戦いの、最前線に立てるほどに自国の海軍力が育っていない。


 もちろん、志摩家(しまか)海将補の差し金である。おそらく、これでインドネシア共和国の政治家だか高級軍人に恩を売りたいのだろう。そして、SS-513「たいげい」の無理と無茶で手脚を雁字搦めに縛った状態で、元型攻撃型潜水艦の無力化に成功すれば、世界の兵器市場の皆様に対して強烈な印象を植え付けられると踏んでいるのだ。


 日本国は、既に旧式化している「たいげい級」潜水艦を1セットまるごとインドネシア共和国へと売り払いたいと考えていた(AIP機関がお好みな様でしたら、旧々式化した「そうりゅう級」もご用意出来ます。お値段の方も勉強させていただきます)。そして、やがては中古ではなく新造艦の建築を受注したいとも願っていた。


 ーーーだから、この艦にだけ別系統のアクティブ・ソーナー(ZQQ-9B)が追加装備されていたのか。


 菊池 敬吾二佐は、艦長職を拝命した時からの疑問がやっと解消した思いだった。日本国が建てる潜水艦には、過去にはパッシブ・ソーナーしか搭載されていなかった。


 アクティブ・ソーナーとは、自艦が発する音波が対象物にぶつかって跳ね返って来る状態を解析する水中音波探知機の一種である。


 隠密行動の徹底以外に原子力潜水艦へ対抗する戦術を持ち合わせていない、海上自衛軍の通常動力型潜水艦軍にとって、アクティブ・ソーナーの増設や採用は両刃の剣である。


 だから、海上自衛隊は長らくアクティブ・ソーナーの採用を避けて来た。この方針は、おそらくは周辺諸国と言うよりも、国内の政財界に生息している"国際派"への配慮から始まったと推測出来る。そして、高い技量がアクティブ・ソーナー無しの戦術を可能としてしまったが為に、それが常態化していたのだろう。


 しかし、2021年に高知県・足摺岬沖で起こった、自衛隊の潜水艦と民間の貨物船と衝突事故の後に、事故の再発を防止すると言う理由でアクティブ・ソーナーの採用計画が採用された。


 これは、周辺諸国の軍隊が原子力潜水艦によって構成された海中打撃戦力を保有した現状への対応を取ったと言うのが実際なのだろう


 自らの四肢を平和の鎖で縛り上げると言うある種のハンディキャップを、仮想敵国に対して与える事が許された古き良き時代が終わったと言う事でもある。


 ただし、この「たいげい」には音波への開放角度が狭いソーナー・ルームを保つ別種のシステムへの改装が施されていた。


 全周360度の開放が理想でありながら、通常の自衛軍の潜水艦と比べても角度敵に限定的な有効範囲しか持ち合わせていない。また、側面にあるべきフランクアレイ・ソーナーの統合もされていなかった。だから、ソーナー・マンも他艦の同僚達と比べれば、ある種の特殊な技能を体得する事が要求されていた。


 菊池 敬吾二佐、これは「たいげい」が、ある種の国際交流を担当する艦であるが故なのだろうと推測していた。


 潜水艦を運用する軍組織や、運用を検討中の組織の調達担当者に向かって、「この様な潜水艦(モンキー・モデル)であれば直ちにご提供させてただきます」と伝えることを目的としたジェスチャーの一種だったのだ。


 つまり、「たいげい」は、他国の軍事物資調達担当社へのカタログやパンフレットであると言う役目も押し付けられているのだ。


 ーーーあのオッサン、オレと「たいげい」を()しにして造船業界に良い顔するつもりだったんだな。


 もちろん、先立つものとか、天下り先とか、そう言う話でない事は分かる。インドネシア共和国海軍に、"安物買いの銭失い"をさせてはいけないと本気で心配しているのだ。インドネシア政府もそうだが、発展途上国の役人と言う生物は、とにかく"先立つもの"を使った実弾攻撃に弱い。(すこぶ)る弱い。


 しかし、菊池 敬吾二佐が器用に難題を解決して見せれば、海軍の現場組の発言力が強化出来る。また、これで逃してしまっても、責任は無理と無茶で手脚を雁字搦めに縛った状態を要求した方に付く。実際、菊池 敬吾二佐としては、失敗しても危険に曝されるのは自国ではない点が少しだけ気を楽にしてくれていた。


 菊池 敬吾二佐は、操艦を副官に任せて、イブン中佐を士官個室(ゲスト区画)から士官室へと移動させる為に発令室から去った。


 無茶な作戦の段取りと主旨を、これから行う海域の主であるインドネシア海軍の高級士官にキッチリと説明して、全面的な支持を取り付ける為だった。


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