あさがお と あやめ。 〜その伍
私、森 朝顔がアラフォーと言う女性盛りの年齢に到達するまでに、合衆国・海兵隊のブライアント退役中将から断続的に聞かされた思い出話のすべてを、敢えて思い出した順に並べて整理してみた。
こうでもしないと、自分の気持ちの整理が出来そうもなかったからだ。
そうやって、一度くらいはブライアント退役中将と、本気で対峙してみるべきだと閃いたからだ。
私と彼の出会いは、突然で、とても大きな衝撃が伴うものとなった。
私は彼と、東シナ海に面し、更にフィリピン海を背後に抱える"キャンプ・フォスター"、つまり在日・合衆国海兵隊基地司令部で出会った。
私がまだ、志望した通りに私立会津高校への進学を果たして、身分を女子高生へと念願だったアップデートを果たしたばかりの頃だった。
今でもあの頃の様に親友のままでいてくれる、同い年の方の「ちーちゃん」と一緒に、母校の校庭の隅っこで体育の授業に参加していた時、突然に二人の母の内の一人であるナヲ母さんに呼び出された。
校庭の庭でヘリコプターに積まれて、会津国際空港へと連れて行かれた。そして、そのまま日本国領土の最南端に位置する地方自治体、それも合衆国の軍隊が駐留する基地施設へと連れて行かれてしまった。
目的地で、私を最初に待ち構えていたのがブライアント退役中将だったのだ。
当時の階級は、まだ「大佐」だった筈である。
彼は、その後に、私の二人の母達がまだ子供だった頃に影ながら援助していてくれた事。それから、菖蒲おばさまとは公私ともに深い絆で結ばれていた事などを話してくれた。
二人の母達があの合衆国と事を構えている最中であっても、母達寄りの中立と言う立場を断固貫いてくれたらしい。この話だけは、また別の人から聞かされたんだけれど。
しかし、出会って暫く経ってから、人間関係の継続努力を怠ってもそう簡単に切れなくなってからもずっと、彼は私の出生に関する話題は意識して巧妙に避け続けていた。
まるで、小さな嘘一つでも付かずにいられる様にと。
もし、賢い姉であったならば、その段階でその後にマヤおばさまから明かされる事になる、私の出生に関する衝撃の事実とやらを独力で見抜いてしまっていただろう。もしかしたら、姉は早い段階で全てに気付きながらも敢えて私にそれを話さなかっただけなのかも知れない。実際、辻褄の合わない事情の裏側については、菖蒲おばさまが存命だった頃には、薄々くらいには感づいていたのかも知れない。
私の方はとても鈍い娘だったので、大人達が優しさで隠し通そうとしている秘密にはまったく気付かなかった。
その件でだけならば、「鈍い娘に生まれ付く事は必ずしも悪いことばかりではない」と断言出来る。
「知らぬが仏」なる言葉は、本当に慈悲に満ちた言葉である。また、他の神様の方では「神はそれに耐えうる者にしか試練を与えない」みたいな言葉がる様だ。そう言う意味で、子供だった頃の私は試練に耐えうる者ではなかった訳だ。
もし、あの時、ブライアント退役中将の階級がまだ大佐だった頃に、私が知らずに抱えてしまっていた事情の全てを知ってしまっていたら、きっと大変な事になっていただろう。
ただし、逆方向の意味でだ。当時の私ならば、想定外過ぎる私の出生の秘密を公開されても、まず取り乱す事はなかったと思う。
その根拠は、その事実を真正面から受け止める所か、斜めに窺える程の感受性を当時の自分は持ち合わせていなかったと断言出来るからだ。
多分、驚いただろう。しかし、目に見えない事情に関しては決して深く考えずに、さも当然とばかりに短絡的な反応を示しただろう。
例えば、「私はすげえ運命の下に生まれた特別な人間だ」とか、その後の私の高校生活は中二病的なヒロイン思考に捕らわれたかも知れない。
虚栄心、承認欲求、自己顕示欲、普段はそれらの後ろに隠れている攻撃性の大暴走。
何故、そんな事になるのか。それは当時の私が人間として未開花、半熟で、子供であったからだ。
少なくとも私は、良く出来た姉とは違って早熟な一面は一切持ち合わせていなかった。悲しいかな、どこにでもいる平均的な女子に過ぎなかったのだ。
だいたい、二人の母達や出来の良い姉と比べたら、私の出来はそれらに一歩も近付けないレベルに留まり続けていた。比べる相手が悪過ぎたから、私は長い事自分の事を相当な阿呆だと評価していた。
家族と言っても差し支えない、毛利じーちゃん、宇留島博士、もう一人の大きな「ちーちゃん」は、揃ってとっても優秀だ。だから家族内では、私一人だけが出来が悪い人間だった。
それでも、家の社会から外に出れば、少なくとも学校に行けば極普通の成績が平均以下の中の下くらいの出来と評価してもらえていた。
まあ、発展途上の女の子の域をまだまだ脱していなかった。
今となっては、ちょっとだけ反省してもいる。
もし、私がもう少し出来る子であったなら、菖蒲おばさまはもっと安心した気落ちで、つまり私の将来を何一つ心配もせずに次の世界への旅に向かう事が出来ただろうと感じているからだ。
実際、私は家庭での自分自身に対して少なからぬ違和感を持ってはいた。
渇いた喉を潤す為に、沢を流れる水を掬うコップを持ち合わせていなかった。
もし、優秀な姉であれば、コップを持ち合わせていなかったとしても、何かしらの工夫を凝らして水を口に含んだだろう。
例えば、コップがなければ頭ごと沢の流れに突っ込んで、直接に水を口に含むだろう。
私の悪い所は、誰かが水与えてくれるまで自分の口を開けたままで動かずに待ち続ける様な、自分の運命に対してとても他人任せな女子であった事だ。
良く出来た姉とは正反対で、自分から藻掻いてみるみたいな、自分のことであれば全てを自分主導で決定したいと願って止まない、何事にも流される事なく能動的に対処するべきと言う選択を思い付かなかった事だ。
今思えば、もう少しだけでも深く考えて生きるべきだった。
この浅はかさこそが、"生きている事"と"生かされている事"の違いに気付けなかった愚かさの原因であった。
「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを」
これはナヲ母さんの妹分である、もう一人の大きい方の「ちーちゃん」が大切に収納しているアニメ・コレクションの鑑賞中に耳にした名言だ。
今なら、ちょっと恥ずかしいのを我慢すれば、そんな風につぶやける。その位の大人にならば、成れている。
中途半端である事は、その人物の年齢に一切関わらず、あらゆる局面で罪である。
若かろうが。老いてからだろうが。中途半端であり続ける怠惰を良しと気付きながらも放置する事は、最も重い罪である。
だから、年齢相応に中途半端である事は、決して許容される事はない。
何故なら、中途半端である事で深い傷を負うのは常に自分自身だけであるからだ。
許容するしないは、常に満身創痍となる自分自身であるからだ。
第一、そんなに簡単に自分で自身を許せる程に、安っぽい人間ではありたくない。
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私、森 朝顔が寝ている間にナヲ母さんの青い飛行機に積み込まれて、菖蒲おばさまを治療室のベッドの上に残して在日本・合衆国空軍・嘉手納基地から飛び去った後の話だ。
ハリー・ブライアント大佐(当時)は、呼吸が本当の意味では既に絶えていた菖蒲おばさまに詫びていた。
「すまない。アヤメの身体に撃ち込まれたマイクロマシンの解錠は間に合わない様だ」
菖蒲おばさまは、私が来るまで持ち堪えると言う過酷な峠を既に越えた後だったので、気力を完全に使い果たしていた。
実際、軍医達は事実上はもう死んでいる筈の重症患者が、3時間以上も意識を保ち続けた自然現象の極端な一例に大きな感銘を受けていた。
人間の気力の上限とは、生物学的な限界をも軽々と克服するに足りる高見にあると言う現実を見せ付けられたからだ。
その場、菖蒲おばさまの気力の源が何であるのかを知っている人物は、おばさま本人とブライアント大佐の二人だけだった。
まさに、「母は強し」であった。決して、日本国の最高指導者である自身への自負とか、責任感とか、義務感ではありえなかった。
死に際に、自分が遺伝子を提供した後継者の無事を確認する事は、悪人善人、賢者愚者、老年壮年などに一切関わらずとても大切なことである。一言で言うならば「救われる」のだ。もちろん、精神的に。
一神教の価値観に置き換えれば、神やその代理人から「生前に犯した罪を全て許される」とか「死後の世界でのチート待遇が約束される」とほぼ同等の安寧が死の直前にもたらされる。
その見知によれば、菖蒲おばさまも極普通の、平均的な価値観を保つ人間の一人でしかなかったと言う事だ。
そんな、魂を使い切った状態にある菖蒲おばさま。
故に、完全に冷え切りつつある首から下の身体を抱える菖蒲おばさまは、蚊の鳴くような声応えた。
「生身の人間の擬体化を阻害する電波攪乱ナノマシン。そんなものが彼の国で開発されているとは我が国のインテリジェンス部門でも掴んでいませんでした。仕方がないと諦めましょう」
ブライアント大佐は、菖蒲おばさまの代わりに運命に対して抗い続けた。
「いくら何でも非人道が過ぎるだろう。擬体化に不可欠な脳情報や神経網のマッピングを阻害する為に、本人が生きている限り妨害電波を発生させ続けるマイクロマシンを撃ち込むための弾丸なんて!!」
三途の川が目前に見える所まで来ている菖蒲おばさまは、今は共に来るべきではないブライアント大佐を突き放すように諭し続けた。
「少なくとも過去100年間、彼の国が人道的であった事など一度もありません。現在も自国民へ行っている壮絶な迫害の度合いと比べれば、この程度はかなり生ぬるい部類のアビューズとして認めて差し支えないでしょう」
ハリー・ブライアント大佐に向けて語った菖蒲おばさまの声は、間違いなく今にも消えそうな程に小さかった。しかし、それでも言葉には魂が込められており、発言者の筋の通った知性の残滓の存在を確実に伝えていた。
慰霊祭の会場を覗き見していた凄腕スナイパーによる長距離射撃によって、菖蒲おばさまの腹部へ撃ち込まれた弾丸は通常の作りではなかった。フルメタルジャケットの内側には、人体に撃ち込まれた事をトリガーとして、体内で無限増殖(自己複製)するウイルス的な振る舞いをマイクロマシンが仕込まれていた。
マイクロマシンは、たった一体でも生身の体内へ潜り込めれば、周辺にある血液などの栄養を勝手に利用して、自分と同じ構造を持つマイクロマシンを無限増殖(自己複製)させる。そして、血流を通じで頭部などの中枢神経系の毛細血管へと集まり、あらゆる電波通信を阻害する広域なジャミング活動を行い始める。
困った事に、無限増殖(自己複製)やジャミング活動の動力源は、血液中のブドウ糖や水分だ。だから、被害者が完全に生命活動を停止して暫くするまで、創造主が定めた"被害者の置換治療を致死的にを妨げる"と言う役割をどれだけでも長く演じ続けられる。
それによって、マイクロマシンで汚染された生身を捨てる=生体脳を摘出して生体脳ユニットへと仕立てる電子化作業を徹底的に阻害する。
実際、生体脳の抱える情報や構造のマッピングが、緊急処置の場合でも最低限のレベルで達成されていなければ生体脳ユニット化はほぼ100%失敗する。
全身擬体化に不可欠な「生体脳ユニット化作業」とは、生体脳を頭蓋骨を砕いて引っこ抜けば良いと言う程に単純なものでない。当然、頭蓋骨外の脊髄などの中央神経系系も協調状態を維持させたまま出来るだけ広範囲で摘出する必要もある。
合衆国・海兵隊が菖蒲おばさまの体内から発見した「電波攪乱ナノマシン」は、その泣き所を突く新兵器だった。今後、人民共和国やその腰巾着国家と戦闘を行う場合は、生身を失う程の重傷を負った兵への治療妨害をも想定して作戦を立案する必要があると知らしめた。
おそらく、対人地雷やクラスター爆弾の様に、西側諸国ではこの様な非人道な兵器の使用は厳しく規制されるだろう。実際、作る気になれば、仕立てるだけならばそう難しい道具ではない。
ただ、これを実際に使用するのは困難極まる。国家の名の下に使用して、歴史に外道の名を刻む所まで堕ちたくない。だから、思い付いても敢えてどの国家も今までは試さなかったのだ。
非人道兵器を戦場でも携帯している可能性の高い権威主義勢力とそれを持ち合わせない西側諸国。この不平等を補う為に、西側諸国は、些細な戦場でも殺傷性の高いスタンドオフ兵器を使用する決断を気軽に行う様になるだろう。
当たり前だ。実際に歩兵と歩兵をぶつけ合えば、戦闘後に西側諸国だけで機械置換治療が不可能な為に大量の戦死者が一方的に積み上げられてしまう。弾丸だけでなく、クレイモアの様な指向性地雷や榴弾用の砲弾などにもこの技術が使われるかも知れない。駐屯地付近での水源汚染に手を染める可能性も捨てきれない。
それならば、コストを無視し、人道主義をかなぐり捨て、敵の射程外から燃料気化爆弾でも使って一気に殲滅する方が正しい選択となる。
こう言う戦場での新常識成立の流れが、西側諸国には見えている。だから、敢えて出来る事を行わなかった。それは、競争相手も同等のモラルを持っていると信じていたからだ。しかし、そうではないとたった今判明してしまった。
おそらく、権威主義勢力の政治指導者や技術開発部は、とても無邪気なのだろう。こんな非人道な道具を開発しておいて、とても素晴らしい道具を完成させたと喜んでいるに違いない。
西側諸国は身震いせずにいられない。そして、権威主義勢力を野蛮人の集団であると嫌悪感を隠しもせずに吐き捨てる様になる。
そうでありながら、権威主義勢力の方では、西側諸国が自分達に懐く嫌悪感その物を理解出来ない。単なる差別であると誤解して憤慨する。
それを受け止める感受性を持ち合わせていないので、意思伝達に齟齬が生じ、それらが積み重なり過ぎる。双方の陣営が抱えている社会的な文化が、眩暈がするほどに異なる事の証明でもある。
まるで、地球上に、二つの異なる種へと別れて進化した二種の新人類同士の不幸な出会いであるかの様な悲劇だ。
お互いに価値観をどれだけ擦り合わせようと努力を重ねても、共存共栄への道筋がどうしても見付からない。
西側諸国としては、そろそろ話し合いの努力が無駄な投資であると納得させられつつあった。何故に? もちろん、権威主義勢力の日々の努力によってである。
この哲学に対しては、日本国内閣総理大臣も合衆国海兵隊・大佐も否定しようがない所まで追い詰められつつあった。
まあ、結婚生活を始めてから、あまりに自分と価値観の異なる旦那や嫁を見限った直後の人類もだいたい、こんな感じの焦燥感に襲われるのではないだろうか?
キャンプ・フォスター、つまり合衆国海兵隊基地司令部の医療部は、出血多量と銃創による腹部内部の汚染によって、菖蒲おばさまの生身の維持は不可能と診断された。そこで、全身をナヲ母さんの様に日本式の全身擬体へと置換する為の準備作業がすぐに開始された。
その最中に、その非人道な、人民共和国由来と覚しき新兵器の存在が明らかとなった。
キャンプ・フォスターの医療部は、出来るだけの努力は払ってくれた。航空隊の電子戦部隊と共同で、マイクロマシンの解錠手段を探った。
だが、解ったのは、おそらくもっとも身近な権威主義国家の兵器開発部門では、合衆国や日本国とはまったく異なる文化で動いているらしいことだった。
合衆国海兵隊・電子戦部隊は、少なくとも現在段階では、マイクロマシンは一度活動を開始したらそれを止められない。その根拠は、驚いた事に外部からの電波信号を受信する為のアンテナ部やタンパク質結合部を一切実装していないと言う驚愕の事実が判明したのだ。
停止(OFF)の機能を実装していない"物体"など、"兵器"どころか"道具"ですらない。そんな仕様がバーサーカーその物と言う危険な思索兵器では実戦で使うどころか、BSL-4と同等に厳重にゾーニングされた隔離設備内へ留めておくべきだ。
外部へ持ち出すなどもっての外。少なくとも"西側"と呼ばれる民主国家群では絶対に許されない話である。
もし、管理ゾーン外で無限増殖(自己複製)の最中に変種が現れた場合、世界中の機械置換医療の現場でのパンデミックを引き起こしかねない。これは、根絶治療が極めて困難な病原菌とまったく同等に危険な代物である。
しかし、逆に考えると、琉球共和軍暫定派=Ryuukyuu Republican Armyのスポンサー達が胸中に灯してた菖蒲おばさまへの憎しみはその理屈を忘れさせる程に激しいものであったとも捉えられる。
同時に、それらのスポンサー達が抱える国内問題がそれ以上に深刻であると言う証明でもあったろう。21世紀になって勃発した第三次台湾海峡危機の後、台湾民国が成立した。しかも、逆侵攻を掛けられた結果生じた"対岸占領地域"からの即時撤退を条件に、同国の国際連合への加盟まで認めさせられた。偉大なる党の面子も何もあったものではない。
所属する勢力に関係なく、国際的な見立てでは、台湾民国成立に関してはすべてスポンサー側に落ち度があったと見做されていた。
ーーー不要な戦闘状態を、もっとも不味いタイミングで作り出した代償。
おそらく、不要な戦闘状態を作り出した方としても本音では、自分達の落ち度を認めたかっただろう。何より、国内事情を海の外に転化せずにはいられない事情もあったのだろう。しかし、彼等は狭量であるが故に、いや、党内で事実上の敗戦の責任を取りたくないが為に、国外に対して惨状の責任を求めた。そして、苦し紛れに日本国を主犯と置くことにした。
何のことはない。東アジアに誕生したばかりの新国家である「台湾民国」。その後ろ盾となった合衆国に、面と向かってイチャモンを付けられるほどに強気でいられない程に、激しく気落ちしていただけの事である。
それにしても、不思議である。それらの屈辱を与えた日本国の歴代総理達に対してではなく、未だにご存命の元・総理大臣達の業績を継いだだけである、直接的には無関係な筈の万条 菖蒲首相(当時)の事を最も激しく怨んだのだ。
私の個人的な推測では、彼等の中の半分くらいが菖蒲おばさまを「人民の敵」として憎んだのは、かつて欧米の宗教界が史上初の全身擬体保持者となった朝霧和紗氏を憎んだのと同じ構図なのではないかと。
菖蒲おばさまも朝霧和紗氏も、同様に、自分達を憎む者達をも魅了する容姿や立ち振る舞いを擁していた。憎むべき相手に惹かれてしまう。
これほど厄介な人間関係はない。何故なら、それは双方向の相思相愛ではなく、一方通行の片思いでしかないからだ。
憎んでいる者は菖蒲おばさまを良く知っている。一方で、菖蒲おばさまの方は憎んでいる者の名前どころかか、顔さえも知らない。
この立場的な不平等に対して憤るのだ。
菖蒲おばさまは、贔屓目に見なくても美しかった。女子高生だった頃から、それこそ人生最後の日まで、美しい戦う姿を世界に惜しげなく曝し続けた。
公式には殺害されてしまっているとは言え、子供を一人産んだ女性にはとても見えなかった。女流棋士であれば、間違いなくカレンダーの表紙と12月の両方を担当する美しさを誇っていた。
勿論、年を取ってそれなりに老けてはいたが、それでも国際政治フォーラム「G7」や「G20」などの国際政治の場では他の誰よりも輝いて見えた。
おそらく、東シナ海のあっち側に巣くう彼等はストーカー的な心中へ陥ってしまっていたのだろう。また、国際的な政治地盤でゆっくりと沈下し続ける自国の状況への憤慨がそれに輪を掛ける。
もしかしたら、彼等は菖蒲おばさまが人生を閉じようとしていたその瞬間に大変に満足していたのかも知れない。
憎んでいる相手の殺害に成功した快挙を祝ってではない。
確実に菖蒲おばさまが死んで行く事よりも、菖蒲おばさまがこの先の誰のものにもならないと言う事実を。
そして、自分達が菖蒲おばさまに対して悲劇的で、ハリウッド映画の大作の様なエンディングを演出出来ている事を。
この種の倒錯的な感情のもつれ。共感は出来ないが、解らないでもない。
そして、それらの人々は、彼等の中の残りの半分くらいよりも大いに幸運であった事だろう。イデオロギー的に、菖蒲おばさまを「人民の敵」として本気で憎んでいたのならば大変である。彼等は、今まで輝いて、活き活きとして生きる根源であった生き甲斐その物を失ってしまったからだ。
菖蒲おばさまと言う星が落ちてしまった今、自分達の醜悪な攻撃性を正当化出来る唯一の要因が永遠に失われた事に気付いていない。今後は、自らの下品さを社会に許容される仕組みを失い、ありのままの自分達を正面から批判する者達と遭遇する事だろう。
その結果、訳の分からない消耗感に苛まれ、こんな筈ではなかったと嘆くだろう。しかし、その時には、不幸の全ての責任を押し付けるべき菖蒲おばさまはもういなくなってしまった事に気付く。
菖蒲おばさまがいない未来を想像して歓喜出来るのは、菖蒲おばさまがまだいる間だけであったのだ。
この奇妙な事実。おそらく、海の向こうの彼等や、未だに地下に潜み続けるRRC残党の彼等も、今頃になって更に強く思い知らされているかも知れない。
逆説的には、きっとまだ菖蒲おばさまを生かしておいた方が、彼等的には幸福であったに違いない。
もしかしたら、両目を閉じる度に、彼等の視界に生じた暗闇の中だけでは、憎み続けた菖蒲おばさまの姿が浮かんで来ているのかも知れない。
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「私は駄目で我が儘な女です。どうしてももう一度会いたくて、あの子をこんな危ない所まで呼び寄せてしまいました」
菖蒲おばさまは、もう助からないと覚悟して、最後に私の顔を一目みたいと願った。そこで、ナヲ母さんは重大な危険を重々承知で、付き合いの長い愛人の願いを叶えてやったのだ。
実際、嘉手納基地を離陸してからは大変だったそうだ(私は機内でぐっすりと寝ていたので気が付かなかった)。菖蒲おばさまが搭乗して本土への逃げ切りを試みていると誤解されて、長距離空対空ミサイルと長距離地対空ミサイルと長距離艦対空ミサイルが束ねられて、文字通りの雨霰で襲い掛かって来たと言う。
ナヲ母さんはそれらのすべてを振り切って、日本国が航空優勢を保持している空域へと何とか逃げ込んだそうだ。
毛利じーちゃんが語る所に寄れば、「操縦桿を握っているのがナヲミでなければ間違いなく撃墜されていた」だそうだ。空中給油を受けて岐阜基地まで辿り着いた時は、ナヲ母さんの飛行機はメーカー送りになってしまったほどボロボロになっていたとか。
「人間として当然のことだ。恥じる必要はない。あの子はアヤメが産んだんだから」
「私はあの子を捨てた女です」
「それは言うな」
「捨てておきながら、あの子からの愛を求めてしまった愚か者です」
「"完璧な人間"など、人類の歴史の中では救世主と呼ばれたイエスただ一人しかいなかった。だから、人間であれば許されない罪はないのだ」
「そうでしょうか?」
ハリー・ブライアント大佐は、涙を堪えるのに忙しくて、それ以外の言葉を繋げられなかった。
「私はやりとげたと思いますか?」
ハリー・ブライアント大佐は、何を聞かれているのかは解っていた。だが、もう少し喋らせる事にした。
「私は故郷を救えたと思いますか? タイのプールサイドで話した時に貴方は、高校中退者に過ぎなかった私を高く評価してくれました。私はそんな貴方を幻滅させずに済みましたか?」
「もちろんだ。貴女は誰にも出来なかったことを成し遂げた」
ハリー・ブライアント大佐は、部屋中に響くほどに大きな声で宣言した。
「私は貴女の様な教え子を持てた事を誇りに思う!!」
「・・・・・・」
何も聞こえない。ハリー・ブライアント大佐は、耳を菖蒲おばさまの口へ近付けた。
「どうした? アヤメ?」
その時、ハリー・ブライアント大佐は、菖蒲おばさまの口から漏れる息も音もない事に気付いた。
実は心臓の自発的な鼓動力はとうに失われていた。私が枕元へ駆け付けた時には、既に心臓のポンプとしての能力はほとんど失われていた。その代わりに、人工心臓が頭と首と、発声に必要な横隔膜より上に十分な量の酸素を結合させたヘモグロビンを含む血液を強制に送り届けていた。
人間に限らず、動物は首を刎ねても、切り離された頭部には暫くに間だけが意識が保たれる。
血流が止まっても、血液を通じた栄養補給が途切れても、細胞レベルでの活動に必要なエネルギーが即時に枯渇する事はない。だから、意識の発生を下支えする生体脳が、直ちに機能を停止する事はない。
実際、ドライアイスなどを使って細胞レベルで(凍結すると細胞内の水分の体積が膨張するので、細胞膜が破壊=細胞がダメージを受けます)生命活動を停止させる冷凍保存処置されない限り、死体の髪の毛や爪が僅かずつ伸びるのは、そう言う理屈である(血流が止まっても、毛根が既に蓄えているエネルギーだけでしばらくの間は各個に営みを続ける)。
極論を言えば、私が会話した時の菖蒲おばさまの状態は、あの時には首から下は既にほとんど死んでいたのだ。ただ、生体脳が活動を続けられるに足りる血流などを心肺系などに限定して人為的に継続させていたに過ぎない。
だが、そんな力業がそう長く通用する筈もない。抗血小板薬を血流に投与しているとは言え、血管内部では血小板が少しずつ凝固し始め、大きくなったそれが強い血圧で血管の壁から次々と剥がれる。それらがどんどん脳内の毛細血管を塞いで行く。
行き着く果てにあるのは、深刻な脳溢血(血栓塞栓症)である。
「・・・・・・・」
どうやら、各所で悪さをしている血栓の総量が限界を超えてしまった様だ。毛細血管の各所が血栓によって塞がれ、生体脳の各細胞の営みを維持するエネルギーの配達が滞った。それによって、意識を維持するのに必要な処理能力が失われた。
ーーー菖蒲おばさまの聡明な意識は、そうやって、永遠に四散してしまった。
"時間切れ"は唐突に訪れた。
自分で守り切った高校から追い出され、反政府テロで夫を失い、実の娘が国際的な脅威から逃れて生き抜く為に養子に出し、故郷を守る為に良いことも悪いことも覚えていられないほどに沢山繰り返し、最後に自分もまた反政府テロで命を奪われる。
その一生を以て、身内でなければ「理不尽と戦い抜いた一生だった」とか、美辞麗句で象った軽口をいくらでも叩けるだろう。しかし、そんな彼女の苦闘の連続で始まって終わった人生の事を少しでも知る者であれば「彼女の人生は本当に幸福だったと言えるのだろうか?」と嘆かずにはいられない。
その日、私、森 朝顔の産みの親。そして、大好きだった菖蒲おばさまに両方を一度に失った。
菖蒲おばさまは、この世界におけるお役目を全て果たされた。そして、私を守る為に抱きかかえながら死んでしまったと聞く、私の実の父の元へと旅立って行った。
私、森 朝顔は、実の父に関する記憶はまったくない。彼がその短い一生を使って何を成し遂げたのか、などの驚きの足跡ならばかなり詳細に辿る事は出来た。幼かった頃の私を抱きながら笑っている父の写真を見る事も出来た。しかし、それでも産みの母と違って、私に命を与えてくれた父の存在を実感する事は適わない。
産みの母は、それから一年後に国葬で多くの日本国民から送られた。
何の縁があったのかは知らないが、宗教国家である"ヴァチカーヌス"と"聖ジョバンニ騎士団"からもそれぞれぞれの代表者が参列してくれた。
私は、その国葬へはもっとも「親しい友人の娘」と言う肩書きで参加した。
それと、私が産みの母へ最後に面会した一人であると言う事実は、永遠に伏せられる事となった。
歴史的に存在しなかった事実となったのだ。
国葬が締め括られた後になってから、私個人が"聖ジョバンニ騎士団"から派遣された大使から面会を求められもした。
二人の母が、その人物とは旧知の仲であったので、長い時間ではなかったが世間話みたいなものに付き合った。
その人物は、別れ際になってから、まるでふと思い出したかの様に私にこう尋ねた。
ーーー貴女はロザリオを今でも身に付けられていますか?
当時の私は驚いた。出会ったばかりの人間が、何故に私の宝物のことを知っているのかと。しかし、質問にはキチンと答えた。
ーーー今もブラウスの内側に身に付けている。なくすといけないから、外には出さないことにしている。
それを聞いた大使は驚いた様だった。だが、「そうしていてあげてください」と応えた。そして、「そのロザリオを身に付けている限り、貴女はピンチを逃れられる。そう信じてあげてください」と付け加えた。
"フェーデ"と名乗った若い大使は、その後、とても満足そうに、それでいて名残惜しそうに、まるで私を通して他の誰かを懐かしんでいると思われる素振りを隠すように急いで去って行った。
実は、国葬が終わってからもずっとずっと、二人の母も、マヤおばさまも、アイおばさまも、ブライアント大佐も、私の出生の秘密を明かしてくれていなかった。むしろ、より強く隠そうとしたくらいだ。
おそらく、私の身の安全を考慮しての事だったのだろう。
それはそうだ。父、母に続いて私までテロで暗殺、または誘拐されてしまっては話にならない。
そのくらいは解る。今であれば、あの時と違って、私にも分別と言うものもちょっとぐらいならある。
しかし。それでも、しかしと言いたくなってしまう。
全ての叙情を打ち明けられた後で、ブライアント大佐だけには、そのどうしても、どうしようにも下し切れない悩みと言う恨み辛みを打ち明けた(流石に、二人の母にその役割を任せるのは残酷過ぎると思ったからだ)。
すると、ブライアント大佐は隠し事をしていた事を詫びてくれた。彼としても、あの時はそうするしかないと確信した上で知らぬ存ぜぬで口を紡ぐことに徹していたのだ。
しかし、今となっては状況が変わっているので、自分の犯した不義理を認めても私がテロで殺される心配はないと判断しての事だろう。
たった、それだけの事だった。だけれども、私の心は何となく救われた。胸にずっと詰まっていた蟠りと言うか、閊えが取れた。
そして、私の心の問題を解決してくれてからほぼ一月後、ブライアント退役中将も、私の生みの母の移住先へと旅立ってしまった。それによって、私は自分の心の汚い部分を受け止めてくれる、生みの母を良く知る「本物の大人」をまた一人失ってしまった。
私は森 朝顔。
私には三人の母と一人の父と一人の姉がいた。
しかし、その中の一人の母と一人の父はもういない。
しかし、二人の母と一人の姉ならばいる。いままでずっと一緒だった。だから、これからもずっと一緒でいてくれるだろう。
私も既に産みの母が私と別れた時と同じ年齢へと近づいている。
しかし、産みの母と違って未だに何一つ成し遂げられてはいない。
大人に成ってから、産みの母の真似事をしてはいるが、やはり彼女の背中は子供だった頃と等しく遠過ぎる。
どれほど必死で走っても、追い着けるどころか距離は更に開いていくばかりだ。
しかし、それでも私は走り続ける。何時の日か、追い着けるその瞬間まで足を止める事はない。
ところで、私が産みの母から直接に託された、遺言となった「個人的な大事業」は既に達成されている。
私が産んだ長女名義で契約してある銀行の貸金庫の中に、あの二つの指輪は娘への手紙と一緒に大切に保管されている。
まだ、事の顛末を話して聞かせるには早過ぎるだろうから。もし、私はそれを伝えるべき時に生きていなかったとしても、成人すると同時に貸金庫の鍵が長女へと手渡される手筈になっている。
幼い、"命"の後継者へ、私達の相反して、絡み合って、そっぽを向き合い、それでいて共に同じ方向を見て、最後には一つに重ねられるに違いない想いは確実に、未来永劫に相続され続けるに違いない。
そして、永遠に繋がる後継者達は、私達の想いに、さらに自分の想いをも束ねて、ずっとずっと想像も出来ない程に遠くの未来へと引き継ぎ続けててくれるに違いない。
これでもう安心。
やるべき事を終えた。
気が抜けた。
何となく、今、生みの母に直接に怒られた様な気がした。
だが、私は不意に消えてしまっても、これで大丈夫だ。約束は必ず果たされる。
人生、この先何が起こるか分からない。本当にだ。
一寸先は闇。
そして、
転ばぬ先の杖。
これらの理は、何も政治の世界に限った事ではないのだから。




