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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第一章 命を継ぐ者。
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命を継ぐ者。

〜 Inherit the Lives. 〜

 私達は双子だった。私が生まれた時、既に一生解かれることの無い運命の糸を分かち合う仲の"双子の姉"がいた。つまり、私は双子の妹として生まれた。そして、私達双子には、年の離れた姉がいた。だから、双子の姉は次女として、私は末っ子の三女として、十二分に甘やかされた幼年期を微睡(まどろ)みながら過ごす事が許された。


 ーーー年の離れた姉とは違って。ーーー


 あれは確か四歳か五歳の頃の出来事だ。その日、私は双子の姉と一緒に、いつものように年の離れた姉のお迎えを、保育園で辛抱強く待っていた。実母は"私"を生んだ直後に他界していた。そして、父は単身赴任で仕事をしていた。


 その都合で、私と双子の姉と年の離れた姉は、小美玉と言う、今住んでる居る会津よりもずっと暖かい気候の街で三人暮らしをしていた。


 私達は姉が大好きだった。私達双子は、物心が()いた頃には、年の離れた姉が自分達の実母だと勘違いしていた。姉はそのくらい、あの頃の私達の価値観の中心に居た。


 面倒見の良い姉だったが、公私ともに多忙を極めていたせいか、その日は約束の時間になっても迎えに来てくれなかった。きっと生徒会長職の雑務が圧していたのだろう。でも、そのせいで、私達二人だけがお遊び室に取り残されてしまった。友達は家族が時間通りに迎えに来て、みんなが嬉しそうに帰宅の途に付いてしまったせいだった。


 姉の「公」の生活はあの時期、極めて内情が不安定だった学校を支える生徒会長職へとすべてが費やされていた。「私」の生活は、もちろんすべてが私達の管理に費やされていた。


 私達は、姉の生活の半分以上は占めていたと自負している。そして、「公」に費やされている半分の方も占めて、出来れば全面的に独占してしまいたいと願っていた。本気(まぢ)で。


 実は、当時の私達でも、姉が抱え込んでなお余る、とても大きな"事情"がある程度は察していた。けれども、約束した時間通りに迎えに来てくれないは不満だった。正直、そう言う不義理に対しては、恨めしい気分でいっぱいだった(姉が顔を見せてくれた瞬間に、全部忘れてしまう程度の、持続性に乏しい憤怒でしかなかったけれど)。


 その日は、日差しの傾き方がいつも以上に激しくなって来たので、私達は普段よりも心細くなっていた。そんな時に私達の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返るとそこには「母」がいた。年の離れた姉の方ではなく「実母」の方だ。


 いくら幼児とは言え、自分の母が死んでしまったことは知っていた。それでも自分を呼んだ女性は母だと確信した。


 母は真珠の様に白い肌をしていた。そして黒真珠のような美しい瞳で私を見つめていた。髪は軽くウェーブのかかった栗色で、何もかも私達双子と同じ。


 そして姿は、頭の天辺から爪先まで、仏壇に飾っている写真そのままだった。


 私は母の元へ走り寄った。母は私を抱き上げてくれた。そして「"ねーねー"は少し遅れるから、バナナスプリットでも食べましょう」と言って私達を外ヘ連れ出した。


 母は、私達を夕日の見えるカフェテラスへ連れて行って、約束通りにバナナスプリットを2つ、さらに大好きだったオレンジジュースを2杯も頼んでくれた。一人に一セットずつと言う意味だ。それは姉の采配には決して無い選択だった。それがとても嬉しかった。


「私達の一番好きなものを知っているのね」


「ママは何でも知っているのよ。だって神様にお願いしたもの。大好きなマヤとアイの事は何でも教えてください、ってね」


 私達は少しドキッとした。昨晩、姉にアスパラガスが食べられなくて夕食後のオレンジジュースをもらえなかったのだ。そんな私を見て母は微笑んだ。そして指で私とマヤの唇を触れた。


「大丈夫、アスパラガスの事は秘密だからね」


 私達は嬉しかった。今まで自分には欠けているが、決して手に入らないと思っていたものが今、目の前にあったからだ。誰よりも優しく、無条件で自分を愛してくれる不可思議な存在である『母親』というものをこれ程に自分が欲しがっていたことに驚いた。


 本当に、年の離れた姉には申し訳ないと思う。姉が力不足だったのではない。しかし、似た遺伝子の持ち主と、遺伝子を分けてくれた者との間には、隔絶の差があるらしい。これは、きっと魂に刻まれた本能か何かに違いない。


 その後、私達はとりとめもない事を母に話し続けた。姉がSL列車に乗せてくれて、その先で「はーねーちゃん」や「なをちゃん」と言う"友達"に出会えたこと。その二人が時々、家に遊びに来てくれること。保育園で嫌いな先生のいること。会津大震災で自宅が壊れてしまったこと。


 そして最後にとうとう、私は、父の事を語り出してしまった。そこで驚いた。何を話したら良いのかサッパリ思い付かなかったのだ。


 父は何時も私を可愛がってくれる・・・と思う。しかし、余りに年の離れた姉の存在が大き過ぎて、父の事を話そうとしても、印象的な記憶がないのだ。


 それを察して、母は少しだけ悲しそうな表情を見せた。


 子供特有の察しの良さで、それが良くない事だと判った。そこで、精一杯、父の事を考えた。そこで一つの事だけ思い出せた。


「パパと食事をするときは、食べる前に必ずママにお祈りをする」


 そう伝えることが出来た。それを聞くと、母は少しだけ安心して見せてくれた。


 母は私達二人を分け隔て無く抱きしめた。母は良い香りがした。どんな香水よりも甘い香りだった。


「本当はママも、パパやアイやマヤやアヤメと一緒に暮らしたい。でも出来ないの。ごめんね」


 その言葉を聞いて、私は悲しかった。


「どうして? 誰かがママの事を嫌いなの?」「例え神様だって私は許さないわ!」


 その時に母の見せた複雑な表情は今になってもはっきりと思い出せる。魂を売ってでも手にしたい、心から欲する願望の自覚と、それを決して許されない事だと確信している者が見せる、苦しみの微笑だった。母は左手のくすり指から銀の指輪を二つ外し、私達それぞれの右のくすり指にはめてくれた。


「いつかあなたの命を継ぐ人にこれを渡して」


 とても大切な言葉だったのだが、幼い私には『継ぐ』という単語の意味がわからなかった。母に言葉の意味を聞きなおした。すると母はこう言い直した。


「アイやマヤも誰かを好きになって女の子を生むのよ。その子にこの指輪を渡してね」


「うん! わかった!」


 私達は母の言った意味もよく理解せずに元気よく返事をした。そして母は椅子から立ち上がって私の前から姿を消した。どこに行ったのだろうと心配していると、ふいに母が後ろから私を呼んだ様な気がした。振り返るとそこには誰もいなかった。真っ赤な太陽が沈む一瞬前、太陽に重なって母の笑顔が見えたような気がした。


 やがて母の代わりに、真っ青な顔をした姉が息を切らして現れた。


 姉の話では私達は保育園から何者かに誘拐されたらしい。それを聞いて私達は姉に「今までママと一緒にいた!」と怒ってやった。


 姉が信じてくれなかったので、私達は母から預かった2つの指輪を見せた。指輪を目にした姉の動揺は激しかった。


 なぜなら、それは父の左手にある結婚指輪のもう一対と、姉は知っていたからだ。父は、母との最後の別れの時に、姉の目前で、自分の指輪を外して、それを妻の指輪と対になる様にと妻の亡骸と一緒に埋葬したのをその時どころか、今でも良く覚えているのだ。


 姉曰く「2つそれぞれのリングの側面にあった生活痕のパターンまで、埋葬時の記憶と完全に一致している」だそうだ。


 兎も角、姉は、その2環のリングがどうして、自分の目前にあるのか推測のしようがなかった。しかし、実際に目の前にあるのだから、と証明に時間が掛かる論理よりも目前で起こった事象の方を優先して「そこに嘘は無い」と納得してくれた。


「なくしちゃダメよ」と、呟く姉は私を見てはいなかった。どう言うわけか、私達を通して母を見ているのが分かった。


 私は急に姉を愛しく思い、キスをした。どう言う訳か、マヤも同じ様に姉にキスをしていた。姉は、きっとその瞬間に、自分の視線の意味を私達に完全に悟られたと直感した様だ。


「ごめん」と一言。そして、私達の手を繋いで帰宅の途に着いた。


 私も今では大人になった。既に一児の母となった。もうしばらくすれば、永遠に歳をとらない母よりも私の方が年上になってしまうだろう。


 私も母親になって、母の言葉の意味が初めて分かるようになったし、姉が私達にしてくれた事がどれほど困難で、尊い事だったかを理解出来る様になった。そして、私が娘に対して、姉がしてくれたようにちゃんと愛してあげられるかどうか、今ひとつ自信が持てない。


 それを姉に告白すると、「ただ一緒に居てあげれば良い」と返された。あの頃と同じ様に、今度は父の後を継ぐために、とても忙しい日々を送っている姉もまた、実質では私の母親だったのだと今更ながら知らされる。つまり、私には二人の母親がいたのだ。生みの母と育ての母。それらがたった一人である必然はない。


 そう言えば、双子の姉のマヤの方も、「私も妊娠したかも」と昨夜電話をくれた。それを聞いて少し安心した。


 事情を知る多くの人は、指輪を預けてくれた「あの人」の事を、実母そっくりの外観に調整した擬体(ぎたい)(機械化代替身体)だったに違いないと疑っている。そこに悪意があったかどうかについては、人によって認識が異なっていたが。それでも、監視カメラに残されている映像は、父も認める「母」そのものだったと言う。


 しかし、私達双子と姉はあの人が本当の母だったに違いないと信じている。


 そして、その母は、姉とは違って家族の想い出を持てなかった私達にだけ、父と母が死別してなお変わること無く私達の"夫婦(りょうしん)"であると示し続ける銀製の結婚指輪を渡しながら、


「いつかあなたの命を継ぐ人にこれを渡して」


と言ってくれた事を今でも思い出すのだ。


 私、アイと双子の姉のマヤは共に、命を継いでもらえる"子"を授かる事が出来そうだ。これで、母が望んだ、命の(きづな)が完成する。次の世代、そのまた次の世代へ引き継がれて()ける。


 ーーー母が命を賭けてやってくれた様に、運命に連なる(リング)の一つを(つむ)ぐことが出来たのだ。


 さて・・・将来、私達双子の子供達は、決して会う事の出来ない祖母の祈りに似た願いを真剣に受け止めてくれるだろうか? お母さんの言う事が正しければ、マヤの子供もウチの子と同様に娘である筈だ。


 もしかしたら、私達双子に会いに来てくれた様に、孫達にも会いに来てくれるだろうか?


 もし、本当にそうなったとしたら、それほど素晴らしい事はあるまい。


 本当にそう思う。願う。


 そう思い続けていれば、それは叶うかも知れない。


"この世界は広い。だから、それくらいに巨大な不条理が局地的に生じたって良いじゃないか"、と思う。


 ああ、これは私の言葉ではなく、"(としの) (はな) (れた) (あね)"の言葉である。念のために。

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