ひまわり と あやめ。
太平洋戦争以前を含む、日本国の歴代内閣総理大臣の出身都道府県のトップは東京都だそうだ。
その後に、山口県、岩手県、群馬県、鹿児島県、京都府、栃木県などが続くそうだ。
日本国の政治的なトップは、もちろん内閣総理大臣だ。
トップであっても、あくまでも、名誉職の様なもので、大した権限を与えられていないらしい。
合衆国の政治的なトップは大統領だ。
日本国の内閣総理大臣と比べれば、笑ってしまうほどに大きな権限を与えられている。流石、"元首"様と言う所だろうか?
それでも、議会の承認なしでは大した事が出来ないとぼやいているらしい。
これらを踏まえて考える。
合衆国の大統領とは比べるのも悲しいレベルの権限も与えられない、我らが日本国の内閣総理大臣は、「自分が日本国の政治的なトップである!!」と胸を張って宣言出来るのだろうか?
兎にも角にも、私、森 向日葵は、日本国の内閣総理大臣があまり好きではない。
正確に述べると、現在の内閣総理大臣である、万条 菖蒲の事がけっこう好きではないのだ。
この女は、
史上初の鳥取県選出の内閣総理大臣であり、
史上初の福島県出身の内閣総理大臣でもある。
私の地元の福島でも有名人だ。郷土の英雄とか言われている。第二の"新島八重"と呼ぶ声すらある。地元のよしみで応援してやるべきかも知れない。しかし、本音では私は出来れば知り合いたくなかった。
私の二人のお母さんは、揃いも揃ってあの万条 菖蒲と高校時代の同級生だったそうだ。そして、その頃からずっと友人関係にあると言う。
私は、それは、ちょっと怪しいんじゃないかと思っている。
ハコ母さんと万条 菖蒲の関係はどことなく余所余所しい。
ナヲ母さんは万条 菖蒲の事をどことなく怖れている様な気がしてならない。
しかし、私達4人家族と万条 菖蒲の関係はどうにも切れない。
それは、ナヲ母さんは万条 菖蒲の護衛業務を長年勤めているからだ。
ナヲ母さんは、警備上の都合で万条 菖蒲の国内移動を武器をたくさん積んだ飛行機に乗って付いて回っている。
私の妹の朝顔ちゃんが生まれた頃、万条 菖蒲は悪い人達に旦那さんと一人娘を殺されてしまった。それが切っ掛けで、警察よりも強いナヲ母さんに護ってもらうようになったそうだ(さすが、私のお母さんだ)。
確かに、家族がみんな死んでしまったと言うのは可哀相だ。しかし、万条 菖蒲を見るハコ母さんの何かを言いたそうな目元を見ると、どうにも好感と言うものを持てない。
何よりも、一番気に入らないのは、万条 菖蒲の妹の朝顔ちゃんと対面した時の目付きと表情だ。
普段は全く油断も隙もない表情で世界全部を睨んでいる見たいな人が、妹の朝顔ちゃんと話している時だけは、目元と口元が密かに弛むのだ。
ーーーまるで、私の朝顔ちゃんを、このまま連れて帰りたいくらいに愛おしそうに眺めているのだ。
私の妹だ。絶対にくれてやるもんか。
しかし、何か腹が立つのは、朝顔ちゃんも"満更じゃない"みたいなところだ。どうらや、朝顔ちゃんはウチの家族の中で、たった一人だけ、万条 菖蒲を好きみたいなのだ。けっこう懐いていると言っても良いくらいに。
確かに、万条 菖蒲と朝顔ちゃんは少しだけ似ているところがある。二人とも、髪の毛と瞳が真っ黒だ。私は、機械の身体だからそうは見えないんだけれど、ナオ母さんの北欧系の血を継いでいるらしくて、瞳の色がちょっと薄い。完全な黒じゃないのだ。それと肌が日本人にしては明るい。
私の見た目は、どちらかと言うと、背も低いハコ母さんの昔の見た目に近い(今は、育った訳でもないのに大きくなっちゃっていて、まあ・・・)。きっとハコ母さんの子供の頃は私みたいだったのだろう。
で、今も、万条 菖蒲は、朝顔ちゃんを独り占めしている。
中学校の入学式を終えたばかりだから、袖やスカートが少し長めな真新しい制服に身を包んだ朝顔ちゃんを頭から爪先まで観察している。
そりゃ、可愛いだろう。私の妹なのだから。
思わず、両膝を曲げて、朝顔ちゃんの目の高さまで視線を落としてお話をしている。
ーーー朝ご飯は何を食べて来たの?
ーーー中学校は楽しそう?
ーーー辛いことはない?
ーーー好きな教科は変わりない?
ーーー友達は増えた?
ーーー将来は何になりたい?
などなど。
私はあの人としっかりと話した事はないのだけれど、お話をするために膝を曲げてもたらったみたいな配慮を受けた記憶は一度もない。どうやら、あの人は私とは視線を合わせ辛いらしい。何か含むところでもあるかの様に。
ここは議員会館へ併設する総理大臣官邸と言う場所らしい。執務室の方ではなく、2Fにある貴賓室で万条 菖蒲と私達家族全員が面会中と言う訳なのだ。
何かの公務と公務の間で、ちょうど時間が空いていたらしい。つまり、万条 菖蒲は閑だったから、その暇を潰すために私達を福島から呼び寄せたのだ。
もちろん、1月の半分以上帰宅してくれないナヲ母さんとここで会えたのは嬉しい。しかし、ナヲ母さんと見る万条 菖蒲の勝ち誇った視線と、万条 菖蒲を見るナヲ母さんの遠慮がちで腫れ物に触るような視線の遣り取りを見ると、何となく嫌な気分になる。
そこに、ハコ母さんの隠し切れない不機嫌さが加わる。
これで、私が万条 菖蒲を好きになれる理由なんか一つもない。
朝顔ちゃんが、万条 菖蒲に対して嬉しそうにデレデレしているところを見ると、後ろからお尻を蹴っ飛ばしてやりたい気分になる。
しかし、とも思う。生涯孤独と言う気分はどんなものだろうか? 悪い人に家族を殺された上に、実の妹二人とも家族関係と言うより、会社の上司と部下の様な関係しか築けないと言うのは、あまりに寂しくはないのだろうか?
いっそ、頑張って新しい家族でも作ってしまえばもう少し寂しくないんじゃないだろうか?
そう。そう。それ。
寂しいからって、私の家族で心の空白を埋め様とするのは間違ってる気がする。
だいたい、たった一人で寂しいのを我慢してまで、内閣総理大臣とか言う仕事はやらなければいけないのだろうか?
私ならやらない。朝顔ちゃんにも絶対にやらせない。
私は、万条 菖蒲みたいな女にはなりたくない。
二人のお母さんの様に、誰も寂しくない素敵な家族を作るんだ。
万条 菖蒲は、二人のお母さんと違ってちょっとだけ老けて来た。
昔の記憶から少しずつ変わりつつあるのだ。
顔からは張りが失われ始めていて、目元にもちょっとだけ小じわが入り始めている。楽な仕事じゃないから疲れもあるんだろう。
あ、終わったみたい。万条 菖蒲が朝顔ちゃんを開放してくれた。
今、一瞬だけ、万条 菖蒲と視線が合った。一瞬だけ合焦を維持した後で、何となくごめんなさいと言う感じで直ぐに反らした。これも案の定、である。
私は、あの人に何か悪い事でもしてしまったのだろうか? それも気付かない中に。
ナヲ母さんが、万条 菖蒲の後ろから離れて、敬礼ってやつをやっている。どうやら、これがさようならの挨拶らしいって事は分かっている。いつも同じ事をしているから。
万条 菖蒲も頷く。これでナヲ母さんの今日の仕事は終わり。普段の通りなら、これから3日くらいは福島に帰って家族一緒に過ごせる。
私達家族4人は、万条 菖蒲に挨拶をして、総理大臣官邸の貴賓室を後にしようと動き出す。
朝顔ちゃんが万条 菖蒲に手を振っている。私は朝顔ちゃんの手を引きながら、万条 菖蒲のいつもの表情を見た。
ーーー自分一人だけ置いて行かれるのが嫌。
そんな感じの縋る様な視線。
もちろん、それは一瞬だけだ。しかし、ものすごく強い想いが籠もっているらしく、私は背中越しにでもそれを感じてしまうのだ。
にも、関わらず、朝顔ちゃんは、小学生を卒業したばかりの無邪気さに相応しい「またねー」で、手を振り終わってさっさと帰る気でいる。
そう、あの切ない視線の行き着く先にあるのは、朝顔ちゃんなのだ。きっと、そうに決まっている。
きっと、万条 菖蒲がずっと変わりなく好きなものは二つある。
ナヲ母さんと朝顔ちゃんだ。
そして、どっちがより好きかと尋ねられれば、朝顔ちゃんと答えるだろう。何となく分かる。
だから、あの、いつもの視線を悟ってしまうと、私は万条 菖蒲が好きでないにも拘わらず、少しは優しくしてあげなければいけないと感じてしまう。
自分の事を馬鹿だなとは思う。しかし、それでも。
万条 菖蒲に一度背を向けた朝顔ちゃんの手を引いて、足を止めさせて、後ろに振り向かせて、もう一度だけ、たった一人で残される人の方へ手を振らせてやった。
すると、万条 菖蒲は呼吸を止めて、私の妹を見詰めた。そして、息苦しいのに気付いたのか呼吸を取り戻した後に、私に向かって頭を下げてくれた。
子供にも分かる、"本気のありがとう"が込められていた。
そんな姿を見てしまうと、私から妹を奪おうとする悪い人でも、心のそこからは恨めなくなってしまう。
自分の事を馬鹿だなとは思う。しかし、それでも。
一人の人間として正しい事をしたのだと思うことにしている。
「好きではない」は「大嫌い」を意味している訳ではないらしい。
少なくとも、今のところは。