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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第三章 二つの蕾
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あたらしいかぞく。 〜その弐

 全日空・NH 249便。羽田発福岡行き。


 ほぼ定刻のPM12:12に、長さ2,800m×横幅60mの一本しかない滑走路を目指してファイナル・アプローチへと入っていた。


 これより一本前の便が、機体トラブルに為に運休となったせいで機内はほぼ満席状態だった。


 空港管制からの指示によって、北からの進入ルートを採った。海上を飛行している間は幾分気が楽だ。しかし海岸線から内側には、筑紫洲大学の伊都キャンパスと人工過密状態の住宅地が広がっている。それらのスレスレの上空を通過するのが、ILSの一つであるグライドパスの誘導するコースだ。


 仕方がないと言えば仕方がない。大抵の地元住民は慣れている(騒音状態などに満足している筈もないが)。


 ただ、少なくとも、不快に思ったとしても30分に一度の頻度で電話やSNSで文句を付けたりはしない。もし定職に就いていたら、そんなに自分を表現する様な閑はないだろうと思うのだが。


 しかし、何故か、この空港の最大地主の取り巻き達が、嬉々して空港管理会社に苦情を次から次へと入れる(それでも、沖合への空港移転案には大反対と来ている。膨大な借地料を失うつもりはないと言うことだろう)。


 そんな事情で、少なくとも日本のキャリアの機長は、自機に出来るだけ大きな高度を取らせて、可能な限り穏やかにこの部妙な空域を通過すべく努めていた。もちろん、そんな努力に苦情を減らす効果がない事は分かり切っているのだが(どんな飛行しても、いちゃもんは必ず付けられる。おそらく、ある種の"生き甲斐"となっている可能性が指摘されている。彼等の社会との極力狭い接点であろうと言う事だ)。


 しかし、機長の意図に反して、2機の2軸式高バイパスターボファンが、突然に、これでもか!! と言う程にデカイ騒音を立て始めた。


 その直後に、機長の背中は操縦席の背も立てに力強く押し付けられた。


「ーーー何だ!!」


 機長の独り言の様な問いに答える代わりに、ボーイング737 WAX 7に搭載された、欧米混血・CFMインターナショナル社製のターボファンエンジン"LEAP-1D"が更に一段上の咆哮を上げる。


「どうなってるんだ!!」


 着陸に備えてエンジン・スロットを絞っていた機長が、戸惑って悲鳴の様な驚きの声を上げる。


 副機長の方も、スロットル・レバーに掛けていた手が振り解かれて呆気に取られる。


 何と、操縦者の意思に反して、機体に実装されているリミッター解除モードが独りでに作動したのだ。


 ナセル内に収められた可変デフューザーが直ちに作動。エンジンのバイパス比が一瞬で11:1の高見にまで上げられて、133.4 kN(キロニュートン)と言うフル・パワーを吐き出し始める。


 主翼のフラップは出しっ放しだが、すぐには上昇に転じない。ボーイング737 WAX 7は、敢えて機首を下げ気味にして、フルパワーを発揮しながら水平飛行で飛行速度を上昇に努める。


 機長は自動操縦関係の効果をオフにしようと努力しているが、どうにもコントロールを取り戻せない。


 ボーイング737 WAX 7は十分に加速した後で、続いて突然の急上昇を始める。筑紫洲大学周辺の市街地の地表からメーカー・スペック以上の上昇率で離れて行く。


 ーーーI've a control.


 副機長は、目前のディスプレイにボーイング737 WAX 7が搭載する飛行支援人工知能からのメッセージに気付いた。


 飛行支援人工知能が、使用者である人間へ切り替え手順を一切無視して、全ての機体制御を強奪したのだ。


 ーーー何てこった!!


 機長も飛行支援人工知能からのメッセージに気付いた。


「コントロールを取り戻す!! 支援コンピューターのインプットを全部切るぞ!!」


 機長は、飛行支援人工知能の制御ケーブルの接続を物理的に断とうと、シートベルトを外して立ち上がろうとした。しかし、次の瞬間、機体が大きく揺れた。後方下部が突き上げ食らった様に、身体ではなく床の方がつんのめった。


 機長は背もたれに抱きつくことで、身体が吹っ飛ばされて、床や壁にしこたま叩き付けられる人身事故を避けた。


「何の音だ?」


 座席に収まったままだの副機長が振り返る。しかし、見える筈がない。視界に入ったのはコックピットの壁と扉だけだった。


 さっきまでボーイング737 WAX 7が飛行していた航路上で多数の何かが爆発したのだ。


 それは、ミサイルの爆発だった。携帯式防空ミサイルシステム「HN-6」の近接信管が作動いたのだ。


 ご存知、世界のテロ業界では、「新たな風をもたらす"若い力(清々しさ)"」と注目され、支持されてる、今をときめく(話題沸騰の)琉球共和軍暫定派(暫定琉球共和国軍)=Ryuukyuu Republican Army(RRA)」が、沖縄本島から海路で秘密裏に九州まで持ち込んだ多数の"平和の礎"の一つだった。


 対空ミサイルの自爆で生じた多数の破片は、近隣住民の頭上や個人資産へと重力加速度に準じる速度で落下していった。きっと、RRAが願う平和が皆さんの元へと届きます様に☆ と言う七夕に捧げられる乙女の祈りの様に清らかな何かが詰め込まれていたに違いない。


 ーーー聖職者が、聖体の秘跡が行われる典礼などの最中に信者に向かって撒く"聖水の滴"や"振り香炉の煙"の様なイメージであったに違いない。それとも、結婚式のライス・シャワーだろうか?


 爆散した破片で受けた傷は聖痕(スティグマ)であり、神との一体感に震えろ・・・的な感じで。


 兎も角、残念ながら狙った標的(平和と人民の敵)への直撃は失敗した。飛び道具の射程または射高の限界に達したので、透かし屁として近接信管で破裂したのだ。四散する残骸やワイヤーで、標的に少しでも良いからダメージを与えたいと言うオーナーの意向に沿う努力をしたまでだ。


 しかし、赤外線情報でロックオンされたボーイング737 WAX 7の方が一枚上手だった。発射地点が十分に離れている事を悟り、直線=ミサイルが最も長距離を飛翔する必要のあるルートを選んで、更にフル加速して速度差を出来るだけ詰められない様に努力した。


 御陰で、秒速600mで飛翔する赤外線ホーミング式ミサイルをギリギリのところで振り切れたのだ。対空ミサイルは、飛行可能距離と時間を無駄に消費して自爆した。いや、案外、大気摩擦による赤外線ホーミング用焦電素子の表面温度が上がり過ぎて自滅したのかも知れない。


 ボーイング737 WAX 7は、今津干潟→今津湾→能古島→博多湾と往路と逆の順序で、更に無断で複数の航路を横切る形で、低空フル加速を続ける。なお、ランディングギアはいつの間にか収納されていた。


 五島列島を半島系回りで南下し始めた所で、飛行支援人工知能はボーイング737 WAX 7の操縦権(コントロール)を機長へと戻した。最後の仕事は、通信システムの強制解放だった。


 ーーーこちら、田原航空警備保障機。NH 249便へ。これより貴機を護衛する。行き先は馬毛島。こちらのコールサインは"フシミ00"。着陸・駐機までこのチャンネルを確保せよ。


 全日空・NH 249便の機長と副機長は、あんぐりと口を開けて呆けている。ただし、視線と手捌きは機体の状態の確認の為に、ディスプレイを切り替えて各所の数値を確認中。やはり、プロフェッショナルである。


 ボーイング737 WAX 7のコックピットの窓に、スクランブルで侵入機へゆっくりと近寄る要領で、つまり驚かせない様に、一機の川崎「T-4 Gen.1」が近付いて来た。


 ーーーこちら、"フシミ00"。貴機の右尾翼と水平尾翼への軽度の損傷を視認した。油圧計(プレッシャー)は残っているか?


「こちら、NH 249便の機長のムトウ。操縦性は確保されている。フライ・バイ・ワイアーが生きてる。短時間の飛行であれば問題はない」


 ーーーNH 249便を、馬毛島の滑走路までエスコートする。


「"フシミ00"へ、説明を求める。何が起こっている?」


 ーーー貴機の乗客が大規模テロの目標となっている。着陸寸前を携帯式対空ミサイルで攻撃された可能性が高い。


VIP(・・・)か?」


 ーーー機長が想像している通りの人物だ。彼女との直接通話を求める。"フシミ00"からと伝えて欲しい。


「了解した」


 1分しない内に、機長がVIP(・・・)をコックピットへと招き入れて、通話が開始される。


 ーーーこちら、田原航空警備保障の"フシミ00"。国会議員の万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)の無事を確認したい。クライアント(・・・・・・)への報告義務があるので、この無礼をお許しいただきたい。


「私は無事よ。アサマさんでしょう?」


 その声は、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)のものだった。だが、どう言う訳か、低ビットレートのラジオ環境越しの肉声にはまったく生気が宿っていない。恐ろしい体験をしたばかりであるのは分かる。確かに、まともな人間であれば、まだ手脚が震えていて、震える歯で舌や腔内を傷付けかねない程に取り乱していても不思議ではない。


 しかし、あの万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)である。あの女傑が、まるで、凄まじい無力感に襲われている女子高生の様な声色で話すのは尋常ではない。


 ーーーありがとう、先生(・・)。無事を確認した。後は、着陸するまでシートベルトを締めて自分の座席で待機して欲しい。


 プライベートとビジネスは別ける。これは大人の常識と知っている為、"フシミ00"は極めて他人事の様に情報の遣り取りを行おうと努めていた。しかし、それがこの場では許されない贅沢だった。


 そこで、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は、金切り声を上げた。水くさいとか、そう言う不満ではなく、一刻を争う非常事態ある事を一瞬で悟らせるメッセージでもあった。


「あそこに、夫と娘がいるの!!」


 ーーー!!


八十治(やそじ)朝顔(あさがお)がいるの!! お願い。アサマさん。二人を助けて!!」


 どうやら、テロリストから身を守れたのは万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)たった一人だけであったらしい。夫と娘は先に現地入りしていた様だ。だとすると、現地は地上でも今やドンパチの真っ最中。とても無事でいるとは想像出来なかった。


 どうすべきか。本音では今すぐに万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)の家族を救いに飛んでいきたい。しかし、最も有益な選択は、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)本人を安全地帯へ着陸させる事だ。


 馬毛島であれば、日本国自衛軍と合衆国軍の戦闘力も配備されている。仮に、弾頭ミサイルで襲われたとしても、そのほとんどを迎撃する事も叶う。だから、今は、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)の身柄を馬毛島のシェルターで確保して、クライアントである日本国政府へと引き渡さなければならない。


 その方が、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)本人の為にもなる。しかし、人情で考えれば、そんなに簡単に割り切れる問題でもない。


 ボーイング737 WAX 7と川崎「T-4 Gen.1」は、馬毛島を視認出来る空域に到着していた。


 ーーーこちら、馬毛島コントロール。"フシミ00"へ。次のミッションを伝える。周波数をいつもの(・・・・)に変えろ!!


 ーーー"フシミ00"、コピー。周波数を変更。


 どうやら、これからの会話の内容は、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)に聞かせられるものではなさそうだ。


 ーーーファントムIIを2機上げた。視界に入ったか?


 航空自衛軍から払い下げられたF-4改 ファントムIIが急旋回を終えて、微塵のオツリも出さずにピッタリと自機に付けてくる。ムカつくくらいに上等な技術を見せ付ける。まったく、運動エネルギーに無駄がない。


 どれほどに慣熟訓練だけに集中すれば、あのじゃじゃ馬達をこれほどまでに手なずけられるのだろうか? "フシミ00"は、自分では到達出来る見込みのない高見にまで達しているジジイ共に密かに溜息を着いた。


 コックピット・シールドの向こうで、後部座席の武装管制官のジジイが手を上げた。まるで、孫に挨拶するオジイチャンの様にだ。仕方なく、"フシミ00"の手を上げて返す。


 ーーーファントムIIを2機を視認。ランデブーした。


 ーーーVIP(・・・)のエスコート任務をそいつらに引き継げ。"フシミ00"は、今津湾と筑紫洲大学・椎木講堂の上空を強行偵察して来い。戦術データを自衛軍に今すぐにリンクしろ。海保の情報が受信出来る。


 ーーーコピー。戦術データリンク完了。おいっ!! これ!!


 ーーー海保が攻撃を受けた。少なくとも二隻が航行不能状態にある。敵は仮装ミサイル艦と評価。遠洋漁船に擬装している様だ。


 ーーーコピー。脅威は大だな。


 ーーー指令(空将)は、"フシミ00"への防衛行動を許可した。該当空域の空路は全て封鎖済み。勝手に飛べとのお達しだ。新田原からもこれから2機上げている。現場上空での鉢合わせに注意しろ。


 ーーーコピー。


 ーーーさっさと行ってやれ。"ジイサ1"と"ジイサ2"への引き継ぎ交信は不要。


 ーーー了解。感謝する。


"フシミ00"こと、朝間ナヲミは、最後にNH 249便の中で身体を震わせている親友に通信を繋いだ。


 ーーー万条(まんじょう)さん。今から行って来る。


「お願い。二人を守って!!」


 ーーー守るよ。約束する。以上。機長、後はよろしく!!


 朝間ナヲミは、川崎「T-4 Gen.1」の石川島播磨重工業製のターボファンエンジン「XF3-400」のアフター・バーナーに点火。九州を海上から最高速度で時計回りするつもりだった。


 ーーー間に合え!!


 家族の待つ自宅へ帰る為に、馬毛島から航空自衛隊会津基地へ飛行する為に借り物の連絡機を離陸させていた朝間ナヲミ。急遽、行き先を変更して福岡空港を目指す事となった。しかも、何年かぶりに、高確率で"命の遣り取り"を担当する羽目になる。


 ーーーあそこは、西部航空方面隊があるだろ。いったい何してやがった。寝てたのか?


 朝間ナヲミは、妻への土産が、アフター・バーナーが生み出す高Gに潰されている事を一瞬だけ思い出した。しかし、妻の不愉快な顔よりも、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)からの信用を失う事の方が重大事であると考え直した。


 この時の朝間ナヲミには、その程度の精神的な余裕が残されていた。


 それが、何の根拠もない、不埒な楽観であった事を、これから10分後に知らしめられる。


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