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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第一章 命を継ぐ者。
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終わった命。始まった命。

 私達のお母さんはとても体の弱い人だった。心臓に欠陥を持つという、ハンディーキャップを生まれたときから背負っていた。だから、お医者さまの助けなしでは明日をもしれない命しか持ち合わせていなかった。


 お母さんは魂を身体につなぎ止める「命」の代償として、異性とめぐり会う機会をほとんど持てなかった。お医者様から運動をきつく禁じられていたので、学校の中ではいつもじっとしていたと言う。登下校もクラスメートと一緒に歩いたことはなく、おばあさまの運転する車による送迎に頼り切っていた。


 こんな、誰かと秘密を作ったり、その秘密を共有したり出来ない"清い生活"ばかりを続けていては、特定の誰かと親しくなるなんてちょっと無理っぽい。


 お母さんは海の青さと波の白さをテレビの画面でしか見たことがなかったし、花や鳥の名前もすべて図鑑の写真や絵を見て学んだそうだ。そして、中学校を卒業する事には、ただ寿命を延ばすことだけの特化した生活を指導する両親の価値基準に対して、素朴な疑問を感じ始めていた。


 そんな時、お母さんはお父さんに出会った。一七歳の時だったと聞いた。


 それはちょうど、おばあさんと一緒に病院に行く途中だったそうだ。


 お母さんはお父さんを一目見た直後に気を失ってしまったそうだ。


 お父さんは目の前で倒れた薄幸の美少女(?)にたいへん驚いた。


 お母さんの死後、おばあさんがわたしに手渡してくれた「お母さんの日記」にも、お父さんとの出会いの印象が、特別な意志を込めて、赤いインクで(したた)められていた。


 お母さんは、気を失う寸前にお父さんを目にして、胸の高まりに耐えられなかったそうだ。状況的証拠を集めて多角的に検討すれば、それが「一目惚れ」と言う、乙女だけが不意に煩う不治の病に罹患した瞬間だったことは、同じく乙女である私が120%保証可能する。何なら、それなりの担保を用意しても良いくらいに強く保証する。


 ああ、何という純情(チョロ)さだろう。身体に何一つ不自由のない私は、実母の直感にのみ頼る恋の練略に一抹の不安を感じるし、もう少し深く検討すべきだろうとアドバイスしたくなる。


 しかし、その直後のこう考え直した。お母さんの立場であれば、それこそが最良の選択だったと。


 それほどの素直さが無ければ、お母さんが送っていた"清い生活"の呪縛から逃れる術は無かった。きっと、ときめいて意識を失うほどの胸の高鳴りを、生涯体験出来ずに終わってしまった可能性が高かったに違いないと。それを避けられたことだけでも良しとすべきなのだ。


 そう、目的の前に手段は選べない。それこそが乙女の本能の本質でる。


 そんな純情(チョロ)さも使い方さえ間違えなければ、本人が意図していたかどうかは知らないが、キチンとした有効打となり得る。


 兎も角、彼女が手にした"出会い"は、本人の主観で図れば、掛け値無しの"命がけの冒険"だったと言って差し支えない。


 出会った二人はすぐに愛し合うようになり、三年後に当然のように結ばれた。さらに一年後、お母さんのお腹に新しい命が宿った。私はそこでやっと、二人に関わることが出来る様なった。


 この妊娠では極めて希有な幸運が続いた。お医者さまが心配していたお母さんの身体にあるイロイロな不具合は、あまり表面化する事はなかった。


 お母さんと私は、その時の試練に二人で打ち勝つことが出来た。そして、お父さんは長女を「菖蒲(あやめ)」と名付けた。それは、お母さんの旧姓である「尚武(しょうぶ)」を意味する言葉だった。しかしながら、私は残念な事に多くの人が望んだ"母親の生き写し"となる事は出来なかった。


 12年後、お母さんのお腹にもっともっと新しい命が宿った。その命は私の時と違って、かなり早い時期に一つの対を形成していた。それが私の妹達、マヤとアイだった。


 それにはお医者さまも驚いた。まさか、双子とは、と絶句したと言う。そして、今回もまた、私の時の様に幸運が続くとは確約出来ないと伝えた。それは『母子共に危険な状況にある』事を臭わせ、マヤとアイをあきらめるようにと暗に、警告した。


 すべてを知ってもお母さんはマヤとアイの出産を望んだ。そして、お父さんは二人の出産を望むお母さんの気持ちを尊重した。私達三人の家族は、運命を神様にゆだねることにした。


 その日以来、お父さんは仕事を辞めた。今まで大切にしていたキャリアを捨てた。それは故郷の街ではちょっとした事件となったらしい。それでも、「知った事か」とばかり所信を完徹した。


 ーーー今考え直すと、よくもそんな我が儘を押し通したものだと関心してしまう、


 お父さんの決意が揺るがなかったのは、お母さんから片時も離れずに過ごすと決めたからだ。おかげで、お母さんと私は出産の瞬間まで、とても安らかに流れる時を迎えることが出来た。


 ある日、お母さんは私の目の前で、お父さんに「生まれてくる子供は女の子達だ」と語った。子を宿した母親の直感だったのかも知れない。でもお父さんにはそれをすぐに信じることは難しかった様だ。


 するとお母さんは返答に困るお父さんの顔をなでて子供の名前はもう決まっていると告げた。


「お姉ちゃんが「マヤ」、妹の方が「アイ」。綺麗な名前でしょう?」


 お父さんは大変驚いた。だって「マヤ」と「アイ」は基本的に同じ意味を持っていたからだ。


「マヤ」はネパール語で「愛」、「アイ」は日本語で「愛」を意味する同異義語だった。


 お父さんは身震いするような恐ろしい運命を予感した。


 お母さんの悟りきったような確信が、まるで死を覚悟してなお、家族に「愛」を残したいと訴えている様な気がしてならなかったのだ。


 しかし、憂いのある笑顔を見せ続ける自分の妻の前で、その不安を口にすることはできなかった。何故なら、その場には私もいたからだ。父には本当に悪い時に居合わせてしまったと、今でもすまない気持ちで一杯だ。


 お父さんはお母さんは予期していることを受け入れるのが怖かった。一方、お母さんはこれから何が起こるのか全て覚悟して、普段と変わらない態度でお父さんに接していた。それ程の覚悟がなければ、子供を産む資格がないとまで思っていたのだろうか。


 私は、何も知らずに、家族が新たに増えることを喜んでいた。本当に何も知らずに、脳天気に、両親に「妹達が生まれたらどんなことをしてあげたい」などと聞かせていた。


 お母さんの予言から二ヶ月後、お母さんの言葉通り女の子達が、つまり「マヤ」と「アイ」が生まれた。でも、それはやはり、一つの命と引き換えに誕生した悲しい命だった。


 お母さんは出産という儀式の最中に、持っている生命力の全てを使い果たしてしまったのだ。「マヤ」と「アイ」を抱くことも、顔を見る間もなく逝ってしまった。それでもお母さん満足そうな笑顔を残していたとお父さんは教えてくれた。私にはお父さんがどうしてそんな悲しい出来事の後で、自分の妻の死に顔を見てそう感じる事ができたのかが不思議でしょうがない。


 私達のお母さんは死んでしまった。でも考えてみると自分の分身である、「マヤ」と「アイ」を最愛の家族の元において逝った・・・。


 ううん、置いて逝けたのだ。私は、お母さんがどれだけお父さんと一緒にいたかったか、お父さんの次に分っている。お母さんはお医者さまが言えないでいたこともちゃんと知っていた。だからこそ、残された私達・家族の為にも、「愛」を意味する双生の魂を残してくれた。


 今、私は思う。お母さんは「マヤ」と「アイ」を産むことで、自分に課せられた印象が薄くなりがちな人生(うんめい)に、有らん限りの"華"を添えたのではないだろうか、と。


 そして、多くの人達の予想を良い意味で裏切って、誰もが想像もしなかった大きな華を咲かせたんじゃないだろうか、と。


 お医者さまはお父さんに言っていたそうだ。『もし、お母さんが本当に出産できるならば、まさに奇跡だろう』と。お母さんはそんな奇跡を起こしたのだから、全くの強運としか言いようがない。


 私は万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)。今年で一七歳。一七歳というと、お母さんがお父さんに出会った年だ。お母さんのように、命がけで愛せる人にはまだ出会っていないけど、いつかお父さんに負けないくらい素敵な人を見つけたいと思っている。

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