平和に今年最後の挨拶を
コタツに入ってミカンを揉む俺を、作ちゃんは冷めた目で見ていた。
その手は忙しなく動き、ミカンの白い繊維を取り除いている。
「え、なに……?」
「それ嫌」
それ、と指し示されたのは揉んでいたミカンで、作ちゃんは緩く首を左右に振った。
いつもは丁寧に結えられている髪も、後頭部で大雑把なお団子になっている。
俺はミカンを揉む手を止めずに「なんで?」と再度問いかけた。
作ちゃんは綺麗に繊維を取り除いたミカンを、広げたティッシュの上に並べる。
俺はそれもどうかと思うけれど。
「甘くなるから、嫌。後、手付きが嫌」
「手付きが嫌?!」
「うん。何か凄く気持ち悪い」
「気持ち悪い……」
何がどうとか上手く言えないけど、と珍しく濁った言葉を吐く作ちゃんに、俺は、そ、そう、と弱った声を出す。
「あ、後さぁ」思い出したように言葉が続く。
「何か、温くなって人肌って考えると気持ち悪くない?ボク、冷凍蜜柑とか好きだよ」
並べたミカンを一つ一つ、剥いた時と変わらない丁寧さで口に放り込んでいく作ちゃん。
なんとなく、なんとなくだが、言い分は分かるような気がする。
それから俺がミカンを剥いて食べるまで、作ちゃんはつまらなさそうな顔でテレビを眺めていた。
「後、テレビはガキ使とジャニカンだった」
「え」
「ガキの使いとジャニーズカウントダウンライブ」
「え」
はて、と作ちゃんが首を捻る。
首を捻りたいのはどちらかと言えば俺の方で、淡白な作ちゃんがお笑い?ジャニーズ?と頭の中が回り、ミカンがこたつ布団の上に落ちた。
「まあ、ボクは部屋で本読んでたけど」
「……季節感ないねぇ」
「テレビに固執しないから。だから、紅白とかも崎代くんと暮らし始めてから、初めて見たよ」
その初めては微妙かなぁ、とミカンを拾いながら呟く。
ダラダラとした年末というのは、まぁ、学生の頃から良くあったことで、学生という肩書きを外した後でも、実家を離れても、ダラダラ出来るのは、ある意味幸せだ。
ミカンの入ったカゴへ片手を伸ばしながら、ぺたり、頬をテーブルに引っ付けた作ちゃんが「後は、年越し蕎麦を茹でるのが怠いので緑のたぬきです。ボクは好き」と、年末最後の怠惰を口にした。
まぁ、俺も好きだよ、そのおそば。
「どっちがお湯入れるかじゃんけんしよっか」
「え、俺が入れてきても良いけど」
じゃあお茶も、割と遠慮のない作ちゃんが、俺は好きだよ。
何故か『締切』と大きく書かれた湯呑みを手を手渡され、立ち上がったが、あ、と間の抜けたような作ちゃんの声で、中腰のまま止まる。
「今年も有難う御座いました」
折り畳んでいた体を起こし、ゴツン、テーブルに額をぶつけながら頭を下げる作ちゃん。
ゴツン、俺もテーブルに額を打ち付ける。
「こちらこそ、ありがとう御座いました」