十三番街の驚き
「納、この街を回って気付いたことは?」
「ホームレスが多い。ゴミが多い。選挙ポスターがない。交番がない。それから」
「それから?」
「神社や寺が一つもない」
「パーフェクト。ここが私が元締めをやっている街や。まあ、全うな道から落っこちたり、わざと跳び下りたりした連中が集まってる」
ぎらぎら光るネオン看板。
十三番街、と猥雑に記されている。
昼間の酒場は静かだ。
昼間から酒を飲んでいる男達はいるが。
彼らは静かに将棋を指しながら飲んでいる。
「メフィスト、何その子、うちで働かせるの?」
ラテン系のスーツ姿男が言う。骨格がしっかりした美男子だ。
「綺麗な子だけどさ。それだけ身長があるならもっと肉がついてないとウケが悪いよ。お稚児趣味の客はもっと小さい子が好みだし」
「誰がそんなん言うた」
戸惑う納の隣で、メフィストが怒りの口調で返す。
「違うの? せっかく綺麗な子だから、育てようと思えばイケるんだけど」
「えっと……どういう意味ですか……?」
美男子がひらりと手を振る。
メフェイストが仕方なさそうに答える。
「この男はコルメガ言うてな。シチリアマフィアの幹部や。この十三番街には、そんな連中が森の中の蜂ほどいる。で、こいつの専門は売春と違法アダルトビデオ、いうわけや」
「えっ」
絶句する納に、コルメガは酒を口元に運びながら言う。
「売り物じゃないんなら何もしないよ。君が何もしなければ、と過程すれば」
相手をしている男は、大きなサングラスにマフラー。恰幅のいい、映画にでも出て来そうな壮年のヤクザだ。
銀をどこに動かそうかと思案しながら。
「メフィスト姐さんに若いツバメの趣味があるとは知らなかったねえ」
と軽口を叩く。
「違うわ!」
「なんだい。俺にはなも引っかけないからそういう趣味だと思ったんだが」
「あ、ああ、そこに置いちゃう? 少年、ちょっとこの状況を打開する案はないかな?」
「僕は将棋は知らないので……」
「ジャップのくせに。まあいいや。キリストの加護がありますよう、に!」
「ほい、王手」
「あー! 勘弁してよキリストさん!」
頭を抱えるコルメガ。悠々と壮年の男は携帯電話を取り出し。
「やれ」
と一言告げる。
その瞬間。
酒場の裏から銃声が響く。
ぽかんとしている納を無視して、カウンターからバーテンが飛び出して来る。
「おどれら! また賭け将棋しよったな! 今度うちの店の前に死体転がしといたら、メタノールぐでんぐでんになるまで飲ませたる言うたやないけ!」
「安心しろキム、死体ならすぐに片づける。それより灰皿取り換えてくれ」
煙草を咥え、火を点ける。
「姐さんもいるかね?」
「頼むわ」
メフェイストもゲヘナに手を突っ込むと、中から煙管を取り出し、壮年のヤクザに差し出す。
それにライターを近づけてやると、彼は問うた。
「びっくりしたかい、坊っちゃん」
「えっと……何をやってるんですか?」
煙草の煙を吐き出す。
「うちのシマでね、勝手にしつこい客引きをしやがったポン引きがいてな。そいつを引っ立てて行ったら、このコルメガんところの三下だったんだよ」
「で、僕が勝ったら、生かして返して貰えるはずだったんだけさ。まあ死んじゃったけどね」
「まあ、奇蹟の中の奇蹟は今回も起こらなかったって訳さ」
「そんなイプセンみたいなことを……」
「おや、イプセンを読んでんのか坊ちゃん。見どころがあるね。俺は中津礼二ってんだ。篠織会の組長付をやってる。まあ、ササオリカイっつっても知らねえわな。要するに、若いもんに面倒なことをやらせて自分はぶらぶらしてる結構な身分だよ。お前さんの名前は?」
ようやく、名乗る。
「七竃納です」
「七竃、か。その実は赤く美しいも、鳥は忌避し、七回竃にくべても燃えない。いい苗字だな。下の名前はちと凡庸だが」
納は
この現実すらも、受け入れている。
「で、どうするんだね、こいつ」
「学ランなんて着ちゃってさ」
にい、とメフェイストは笑う。
「鍛える」
「きたえるゥ?」
メフェイストは煙管を高く上げる。
「こいつは強い。精神が強い。阿修羅のように、怪物のように、強い。だから、体も強くする。そして、私の荒事部門に置く」
初めて、男達が唖然とする。
「不撓不屈のその魂、私のために使ってくれ、納」
納は頷く。
「わかった、メフィスト」
とん、と煙管の灰を灰皿に落とす。
「で、例の話や。中津」
「ああ」
中津が驚きから帰ってくる。
懐から写真を取り出す。
デジカメプリントの写真の中に、ボロボロの野良着で田植えをする百姓が写っている。
「薔薇菩薩村。ここは確かに、昭和二十八年を繰り返している。現代のこの世で、この村だけが昭和二十八年だ」
にたり、メフィストが笑う。
「よし、納。初仕事や。薔薇菩薩村に行くで」