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空六六六  作者: 浮草堂美奈
第二章 修行ノ語リ
52/56

6月半ばの四条河原町(第二章完)

筆者のミスにより、更新時間が遅れてしまいました。大変申し訳ありませんでした。

 土砂降りの外と逆さまに、店内はこじゃれたクラシックがかかっている。

「お客様お揃いでしょうか?」

「ああ、俺たちで最後だよ」

「こちらは皆様にお伝えしておりますが、当店では20歳未満のお客様へのアルコール提供は控えさせていただいております。ご了承ください」

「気にしねえでくれ、こいつは成人してる。とりあえず生でいいか?」

 この質問自体がとりあえずだ。生4つと注文。店員が一礼して去っていく。

「むかーしのラブホでこんなんあったなあ」

 一刀斎が背後の壁一面が鏡なのを指して言う。

「そうだねー。これは女の子がおっしゃれーって盛り上がるためにある鏡なのにそう見えるねー」

「誰かさんがコツコツご乱行してくれたおかげで、こういう店の個室じゃねえと安心して呑めなくなったからねえ」

 ジョーイと中津から一刀斎は視線を逸らす。

「飲み放題も食べ放題も女子会限定でー」

「デザートが3種盛りでくるようなこういう店でしかな」

「なぜ既知なのですか?」

「こないだナンパして同じチェーンの別の店に行った」

「小娘ばっかりだったもんで同じチェーンの別の店をねだられてねぇ」

「よく儂を非難できたなおぬしら」

 何も知らずに聞くとダメなおっさんたちだが、実年齢の通りに年齢を重ねていたら尊敬に値するジジイたちだ。しかし、唯一の若人のマリュースクから反応がないので話題を変える。

「嵐山の住み心地はどうじゃ?」

「良いモーテルです」

「旅館だよ。君の英語が怪しいからって場所まで怪しくするんじゃないよ」

「まあ、馴染みのところだからなあ」

「……嵐山に泊まっとるんならちっとは観光せいよ」

「昼間、京都県立海遊館に行ってきました」

「……どこ行ってきたのかわからんが良かったな」

 京都市内はに県立の施設と京都市立水族館があり、隣県の大阪府には海遊館がある。おそらく、そのどれかであろう。

「豆腐がおいしかったです」

「……本気でどこに行ってきたんじゃおぬし」

 一刀斎はこいつ、少しうちのアホ弟子と似ておるな、と眺める。

 そうこうする間に酒と肴が届く。一応乾杯して、すぐにぐびぐびと飲む。

「次は厳島神社に行こうかと」

「かなり遠いぞ?」

「どこと勘違いしてるのか何と勘違いしてるのか、あるいは全部間違えてるのかどれだい?」

「と、いうかねえ、マリュースクよ。遊びに来たんじゃないんだぞ」

 少しばかり年長だからとえらそうに、と顔をしかめる。

「少しばかり年長だからとこんな連中が偉そうに」

「こんな連中とはなんじゃクソガキ!」

「あまりにも沸点が若々しいよ少佐殿」

「焼酎はあんたのだったかね少佐殿」

 次になめた口をきいたら叩き斬ってやるからな、と焼酎を干す。

「で、あの、なんか蠅」

「ベルゼブブの動向かい? あちらこちらで低級悪魔がちょいちょいとね。まあ、俺とマリュースクで手におえる程度だ」

「なるほど。本星はわかったのか」

「メフィスト姐さんは土蜘蛛が孵化する時期を早めてるんじゃないかって言ってるがね。確定じゃない。可能性の一つってヤツだ」

「土蜘蛛? 土御門に憑いてるっていう?」

「詳しいじゃないか少佐殿」

「別に詳しかない。うちの弟子がようその土御門の次男坊と遊んどるようでな」

「ほう、坊ちゃんがずいぶんと懐いてんだねえ。めでたいこった」

「ちゃかすな中津。やかましくて辟易しとるんじゃこっちは。土御門のボンボンともわけわからん遊びやっとるそうじゃしな」

「わけわからん?」

「あいつが土御門のボンボンと手を引っ張るじゃろ?」

「うん」

「土御門のボンボンが手をぱっと放すじゃろ?」

「うん」

「あいつが後ろに転がるじゃろ?」

「うん」

「それで仕舞いの遊び」

「え、何が面白いのそれ」

 ジョーイの質問に「わからんって言っとるじゃろ」と返答する。中津はにやにやしながら唐揚げの皿をマリュースクに丸ごと差し出す。

「お前さん、鏑木少佐殿とラスボーン中尉殿が、人に隠したいようなこと知ってるかい?」

「たとえばどんな?」

 さっそく箸をつける。もうこの皿は自分のものだと思っている。

「弟子がらみで」

「ああ、それなら」

 唐揚げを平らげつつ

「先日、拳銃と刀の模擬戦をしていたのですが。終わった後、一刀斎が片手で納の頭を撫でていて、ほとんど癖のように自然でした」

「何をバラしとるんじゃ貴様ァッ」

「納がそれで喜んでいたので、ジョーイが蛍に同じことをしたのですが、嫌そうに払いのけられた上に「何勝手に触ってんだコラ」と本気でガンを飛ばされてました」

「やめよう! この話やめよう! ちょっと中津さん、何突っ伏してんの!? ちょッ! 声にならないほど笑うのやめて!」

 唐揚げの皿にソーセージが追加される。

「……他には」

「だからもうやめよう! 中津さんは思春期の少年の扱いづらさを知らないから笑ってられるんだよ!?」

「その件に関しちゃマリュースクはいいのう。女が弟子で」

「性別的にはそうですけど。私はロリコンではないです」

 三杯目のビールを飲みつつマリュースクが答える。ジョーイからのポテトサラダ追加で暴露を中止することにしたようだ。

「まあ、確かに16のガキ相手に勃てるのは難しいモンがあるな……」

「一刀斎さん、実感こもりすぎてない?」

「いや、あれ犬猫と変わらんじゃろ?」

「うちの弟子そうでもない。そんなにかわいくない」

「うちのも別にかわいがっとりゃせんわ。それよりも、マリュースクよ。おぬし、16歳がそんなに年下か?」

 反撃開始だ。なお、主犯の中津は傍観の構えである。

「年下ですよ」

「そうかぁ? おぬし、体の方はそんなに違わんのでないか?」

「違います。私は成人してます」

「じゃあ、いくつで呪い持ちになった?」

「……それは知りませんけど」

 おっこれは勝てるぞ、とジョーイが質問を始める。

「大体の生まれ年はわかる?」

「……ペレストロイカのかなり初期らしいですけど」

「じゃあ、単純に1980年としてー。メフィストと契約したのは西暦何年?」

「1997年」

「……」

 完全沈黙。

「どうしたというのです? 何か不憫なことでも?」

「たぶん不審って言いたいんだろうけど、不憫で合ってるよ。君、肉体年齢推定17歳だぞ……」

「……」

 目玉を開けるだけかっぴらいた後。

「17歳ではないです。適当を言わないでください」

「いや、適当を言う余地ないから」

「四桁の暗算なんて人類にできる限界を超えています」

「やっぱり君もユキちゃんと一緒に勉強した方がいいと思うよ。っていうか僕らも笑えないんだぞ。17歳は」

「そういえばマリュースクはガキじゃなあと一昨年の正月思ったな。ほれ、中津がお年玉やったじゃろ?」

 あれ一昨年だっけ? と聞き返されるが、一刀斎もあやふやである。しかし、そこは断固として一昨年と言っておく。

「あの時、忘れとったと懐紙に五千円包んだら」

「あー、僕も分けてもらったよね、ハダカで渡すのもアレだし」

「うむ。あの時、マリュースクがえらく腹を立てて突き返したのを見て、こいつホントに大人か? と」

「大人ではないですか。お年玉は子供がもらうものでしょう」

 しん、と真顔になる。

「いや、ガキのころよりおっさんになった今の方が欲しいな」

「お年玉の習慣ないけど、その気持ちわかる」

「財布に一万円あってもお年玉で千円もらえるんなら、お年玉の価値は五万円くらいになるのう」

「何を言っているんですか……?」

 しみじみとおっさんになったらわかる、と言う。実にしみじみと。

「でも、マリュースクの精神年齢は成人くらいはしてるかもしれないね」

「どういう意味ですか。説明しなさい。ことごとく。水も漏らさず」

 ジョーイはいい食いつきだボーイ、とバカにしてから言う。

「いや、僕も肉体年齢だけなら二十代の小僧なんだよね。でも、何十年も生きてるうちに中身は歳食ってる気がする。二十代は小僧って思うくらいにはね」

 突如、一刀斎がジョーイの胸倉を掴む。

「どうしたのいきなり」

「……本当か」

「え?」

「その話は本当か!」

 はあ、と大仰に肩をすくめる。

「本当だから、あんたもそろそろ落ち着きなよ。もうジジイの中でも極めちゃったジジイなんだからさ」

 ぱっと手を放す。

 鏡を貼った引き戸を乱暴に開ける。

「おーい、どこ行くんだ少佐殿」

「やかましい! 電話じゃ!」

 言い捨てて部屋を飛び出して行く。

 外はやはり土砂降りである。夏の暑い嵐である。

2018/5/30

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