七竃納の出逢い3
「ふ、ふざけてただけじゃん……。なんでマジになるの……?」
クラスの一人が言った。
納は返答した。
「なら、警察にふざけていただけだと証言すればいい」
双眸が周囲を睨み据えた。
「ふざけて、他人を犯罪者扱いしたと証言すればいい」
ざわり。
クラスの中に寒気が走った。
全員が、納を怪物を見るような目で見た。
担任教師が言った。
「ねえ……今ならさ」
中年女独特のローズの口紅を歪めて。
「今なら、七竃君一人が死ねば、いじめなんてなかった事にできるよ……?」
「えっ……」
クラスがまたざわついた。
「七竃君をさ、窓から突き落としちゃおうよ。全員でやれば簡単だよ……。こんなヤツの為にさあ、みんな人生棒にふりたくないでしょ? いじめがばれたら、大学にも行けなくなっちゃうし、大学に行けなかったら人生終わりだよ? ……そんなの嫌でしょ? 今なら、嘘の通報をした七竃君が、本当に警察が来るというショックで自殺したことにできるよ……」
納は怒鳴った。
「先生! 今まで僕は気にし過ぎるだけで、みんなに悪意は無いって! 僕が間違ってるんだって言ったじゃないか!」
担任教師も怒鳴り返した。
「悪意がないなんて信じる地点でアンタは駄目なの! みんなと同じにできないヤツなんて生まれて来なけりゃ良かったのよ! アンタの存在が間違いなのよ!」
納は衝撃を抑えようと口を抑えた。
教師はまた怒鳴った。
「早くしなさい! 警察が来ちゃうでしょ! 時間が無いの! みんなの人生が台無しになってもいいの!?」
生徒の一人が、ふらふらと納の腕を掴んだ。
「みんな……やろうよ……」
もう一人がもう片方の腕を掴んだ。
「俺、大学でやりたいこといっぱいあるんだ……」
クラスの人間がわらわらと集い始めた。
「あたしのスポーツ推薦取り消しになっちゃう……」
「みんながやるんだ……俺は悪くないんだ……みんながやったからやるんだ……」
「放せッ! 放せッ!」
納は逃れようともがく。
しかし、クラス四十人が一丸となって窓まで引きずって行くのに、華奢な体が逃れられる訳がない。
「先生ッ! こんな事が正しいと思っているのか!」
納の声に、教師はヒステリックに怒鳴り返した。教壇に立ったまま。
「うるさいッ! ちょっとはあたしの事も考えてよッ! あんたが死ぬせいで二年くらい休職しないといけないのよッ! 精神科で診断書書いてもらうのも大変なんだからッ!」
こんな人間を信じていたのか。
こんな人間を善良だと思っていたのか。
『お父さんのことは辛いと思うけど、耐えていればいつか幸せが来るから』
『就職したら、ごはんも三食食べられるよ。捨て鉢にならないで』
こんな人間の為に。
「ごめんなさい……」
桐岡遊子が一人だけ加わらず、涙をこぼしながら言った。
「あたし、ほんとは七竃君のこと、ずっと好きだったの! でも、クラスのみんなに馬鹿にされるのが嫌で、それで、ごめんなさい、あたしを赦して!」
納は言った。濃暗の目を怒らせて。
「赦すものか」
叫んだ。
「メフィストッ!」
窓から、ゴシックドレスの女が飛び込んで来た。
囁いた。
「時よ止まれ」
その手にあるのは、軽機関銃、通称スコーピオン。
停止する時、身動きできない生徒たち。
それを。
メフェイストは撃ち殺していった。
弾丸だけが動く。
皮膚にめりこむ。
脳髄を砕く。
しかし、血は未だ噴出さない。
「納。私の呪い持ちは、過去に廃棄された武器を時の狭間から呼び戻せる」
メフェイストは問う。
「君は人を殺せるか?」
納は答える。
「当たり前のことだ。それが当たり前のことなんだ」
納の手の中に呼び戻される、黒塗りの短刀。
「人を殺すのは、当たり前のことなんだ。人を殺して生きるのは、呼吸をするのに等しいことだ。僕はようやく行き着いた」
「そうか。行き着いてしまったか」
メフェイストは言った。
「吻合せよ、時」
その瞬間、撃たれた生徒たちの体から、一斉に血が噴き出した。
短刀を握った納の手から、一類に死骸が放れて逝った。
「きゃああああああッ!」
唯一残った桐岡遊子と、担任教師の悲鳴が響いた。
桐岡遊子は言った。
「ちがう……あたし……本当に七竃君が好きなの……」
納は短刀を抜いた。
「本当に好きなら、相手の嫌がる事なんかできるもんか!」
そのまま、突進し、桐岡遊子の胸に短刀を突き立てた。
血の飛沫で納は真っ赤であった。
彼女は、血のあぶくを吐いた。
刃を納は回した。
ギャッと声を立て、彼女は倒れた。
担任教師は教壇の下にへたりこんでいた。
そして震え声を発した。
「あたしが間違っていたわ……七竃君……。もっとあなたを尊重すべきだった……。い、いじめを注意すれば良かったのよね。今度はいい先生になるから……だから……殺さないで……」
納は告げた。
「教師は、正しい事を人に教える存在なんだ」
生一本な瞳で、告げた。
「たかが命を失う程度で、”正しい事”を変えるんじゃない! 死ぬまで僕が間違っていたと吠えてこそ教師だッ!」
血塗れた短刀で、教師の上から腹を突いた。
即死はしなかった。
即座に引き抜き、喉に刃を突き立てた。
教師は絶命した。
納は血塗れた顔をメフィストに向けた。
「勇気が出たよ」
メフェイストは微笑んだ。
「何の?」
納は笑いもしないで言った。
「父さんに、働くように言ってみる」
「よろしい。まずは悪魔の手際を見せよう」
その瞬間、血塗れた死体たちから、傷がひとつ残らず無くなった。
「悪魔が殺した人間は、すべて自然死に見える。これが私たちが心置きなく跋扈できる理由や」
そして、と続ける。
「呪い持ちは死体が残らない。君はもう死んでも死体すら残らず。その体は灰となる」
「灰は灰に、か」
「クリスチャンやったんか?」
「いいや。聖書くらいは常識として読んでおくものだよ」
「ははっ。高尚な常識やなあ。私の街の連中なんか、クリスチャンでも読んでへんわ」