水無月2
言葉が通じないことがよくある。
故に、七竈納はコミュニケーションが苦手だ。
それが苦手だと、怒られるし嫌われる。
故に、彼は人づきあいが苦手だ。
しかし、苦手なことでもやらなくちゃいけない。
目の前の店員はまた同じ言葉を繰り返す。
「そちらは汚れがございますので……」
納は言葉を換える。
「売ってはもらえないのでしょうか?」
店員はまたリピートする。
「そちらは汚れがございますので……」
それは1回目に聞いたときにわかったんだけどなあ、と思う。
聞いているのは、このカッパはいくらで買えるのか、あるいは非売品なのかである。
しかし、店員は汚れがあるとしか言わない。作り笑いを露骨なものにしながら、頑なに汚れがあるとしか言わない。
嫌そうな顔で笑顔を作っている。逆に納はいつも通りの無表情で突っ立っている。
京都はこういうことの頻度が多い。だからあんまり好きじゃない。
同じく無表情なカッパをまた見る。
どこかふてくされた顔のカッパである。自分も同じ顔をしているのかもしれない、と思う。
しかし、これ以上どうやって回答を絞れば良いのだろう。もはやハウマッチではなく、イエスかノーかを問うだけになっている。
「むう」
質問を考えこむ。店員の嫌そうな雰囲気が増す。
やだなあ、と思う。
怒ってる理由を教えてくれたら、改めるのになあ、と思う。
改められないかもしれないけど、謝れるのになあ、と思い直す。
嫌そうな雰囲気はお化けが出る効果音に似ている。
どろどろどろ……出るぞ出るぞ、ぜんぶおまえがわるいんだ。だからお化けになったんだ。
「ノープログレム。ヒー、イズ、バイ、ディス、モンスター」
ハッキリした声が響く。一刀で斬り捨てるように。当然、というように。私はお化けより強いのだというように。
「メフィスト!」
黒いレースに包まれた指が振られる。
「ノノノ、ノウ」
軽いたしなめ。
会話に割って入った黒ずくめの白人女性。【鉄の女王】メフィスト・フェレス。店員はいきなり振り向き大声を出す。
「店長! こちらの外国のお客様、お母さんの方が日本語全然通じへんみたいで!」
今まで接客していたのを放り出し、店長がすっ飛んで来る。
「えろうモタモタしてすんまへん。こちら、汚れのため処分品でしたよって返品できませんがよろしですか?」
「イエス」
「ほな、半額にお値引きさせていただきます。600円です」
「サンキュー」
いきなりパタパタパタッとやり取りが進んだ。背中を叩かれてやっと財布を出す。
「ご自宅用ですか?」
「自分用です。袋なくていいです」
「はい。ではこちら。お待たせしてほんますんませんでした」
「グッバイ」
速足のヒール音を慌てて追いかける。
「メフィスト! あの、ありがとう」
ため息交じりの返答。
「お礼をきちんと言うのは良いことやけどね、納。君はさっきの自分の状態がわかってるか?」
「カッパ売ってもらえなさそうだった」
「それはそうや。せやけどな、その前に迷子やから。振り返ったらおらんようになってて、引き返したらその絶妙にかわいくないカッパに夢中になってたんやよ。わかった?」
トン、と鼻をはじかれてやっと気づく。
「ごめんなさい」
「わかればよろしい」
ぎゅうと物言わぬぬいぐるみを抱きしめる。カッパが「未熟者め」というような顔をする。
「ねえ、なんでさっきあんな発音でしゃべってたの?」
メフィストの返答に怒りが混じる。
「普段通りにしゃべったら、バカは聞き取れへんから」
いつになく言葉が汚いのに驚く。メフィストは速足の上に早口を加える。
「バカな日本人は、外国人だけはストレートに言わないとわからないと思ってるからな」
「あの、何言ってるかわかんなかったのは僕の方だよ?」
しかも迷子にまでなった。
「あの店員の方がよっぽどバカや。まともなおつむなら一言で遠回しに言っても通じないと理解できる。しかも、あんだけ明瞭に質問されてるんやで? それを延々同じ返答! 最底辺のバカやなあれは」
「ごめんなさい。遠回しになんて言ってたの?」
「処分品。以上。漢字にして3文字! あんだけ画数の少ない漢字で3文字やで! その程度のことも答えられへんとは! 小学校から出直してこい!」
早口の上に怒りが増されていく。納はカッパを抱きしめて追いかける。
「だってね、でもね、僕がね」
「確かに物事を遠回しに言うのは日本の文化。それも京都で特に発達した文化や。文化を否定することは許されない。せやけど、結果として他人に不便を強いるのもまた許されない。戦場にならない期間が長すぎたんや」
怒りのスケールが大きくなる。
納は縦に長い体を縮こめる。
「軍事的交渉ができるまで成り上がれる戦が遠すぎるんや。戦の交渉となれば、あんな遠回しな言い方、いくらでもわざと解釈を間違えられる。一見遠回しに見えて、何よりも直球でやり取りできなあかん。それがこんな体たらくとは! ああ、文化を尊重したるわ! どうせ次に焼け野原になったときに一緒に燃え落ちる文化や!」
「あの、あの、メフィスト、ごめんなさい。なんだか口調が乱暴に、あ、ううん、ちが」
「バカをバカと言うてるだけや。観察力がない人間というのはバカでも褒めてるに等しい。私にこんな大きな子供がおるわけないやろ!」
最後の最も力を籠めた言葉に、納は怒りの理由を知る。メフィストは30歳くらいに見えるから、なくもないんじゃないかとも思う。それは黙っておいて、話を逸らす。
「どこに向かってるの?」
メフィストは苛立たし気にコンパクトを見せる。一見ファンデーションのケースのようだが、鏡の代わりに電子地図が入っている。
「……ホテルで待ち合わせ?」
魔導ナビというそれは、呪い持ちの居場所を契約悪魔に教える道具だ。しかし、電波(の、ような魔力の気配)が弱すぎて戦闘中は使えない。
「……こんなところで待ち合わせやったら……あいつも炎にぶち込んだるわ……」
ますます増す怒り。かっかっかとヒール音。
「メフィスト、待って」
待たずにドレスの裾をひるがえし、メフィストは扉を開ける。
フロントに叩きつけられる札。
「鏑木一刀斎はどこにおる」
かぶらぎいっとうさい、その名前を聞いてざわめく。
……ラブホテル。
「ついにこの時が……」
「遅かったとも言える……」
……納得のざわめき。
すっと、合い鍵が出される。
またかっかっかと歩き出すメフィストを追いかける。
背中にやさしい声。
「ボク、こわなったらすぐおっちゃんらのとこ来るんやで」
「ありがとうございます。でも、僕は逃げません」
京都の人は言葉が通じればやさしい。
かっかっか。
メフィストもいつもはやさしいのに。
くすんだピンク色の扉を派手に開け、メフィストは怒声を上げる。
「コラァ一刀斎! この私の約束をすっぽかしてお楽しみとは分をわきまえんかァ!」
からし色のまっすぐで長い髪。細くて白い体。
お酒の臭い。
……女の人かな?
「誰やこの女ァ!」
隣で寝ていたもう1人の女の人の怒声で飛び起きる人。
裸を見て訂正。男の人だった。
「え、いや、誤解じゃ駒子」
「駒子って……誰やその女ァ!」
まさかのリピート。ではこの女の人は誰なのか。
「え、誰……? 誰って……」
まじまじとその男の人は、隣の人を見る。
「おぬし……誰じゃ?」
この後、怒り狂った女の人が裸のまま部屋を出ようとしたり、その人が納のことをまたメフィストとの子供と間違えてメフィストも怒り狂ったり、フロントの人たちが全員飛んできたり、とにかく大騒ぎの隅っこで。
納はカッパに話しかけた。
「あの男の人が僕の先生なんだよ」
腕の中のカッパはとても不本意そうだった。
五月十五日
京都で僕たちが泊まってるのは3DKのマンションで、僕は蛍と同じ部屋でうれしい。ユキとメフィストは一人部屋。蛍がピンク色のお花がきらきらしてるノートを持ってて、日記帳って言ってたのでかっこよかった。
中は見せてくれなかったけど僕もやりたいって言ったら、京都駅のそばのショッピングモールにいっしょに行ってくれた。
文房具コーナーのノートどれにしたらいいかわかんなくて、えらんでって頼んだら蛍は「しょうがねえな」って言ってくれたけど、ユキはダメって言った。
「そういうのは納が自分でえらばないと意味ない!」って言った。よくわかんないけど、とりあえず一番安いノートとシャーペンを買った。
「それでいいです?」ってまた聞かれたらから「だめ?」ってきいたら「いいですけど」って言って、ユキはむずかしいこと言う。
「文房具のテナントも入ってるですよ」って言われたけど、それもなんでかわかんなかった。
ユキが蛍に「納は蛍のものじゃないですよ」って言ったら、二人ともおこってるふんいきになったのもなんでかわかんない。
わかんないじゃない。わからない。
メフィストに日記つけるけど、書き方わかんないって言ったら「毎日書かんでもいいから、印象に残ったことを書き」って言った。
ちがう。わからない。
書けたから見せてくる。
今日の晩ごはんはあじの塩焼き。お魚大好き。
明日先生に会える。
≪空六六六ぷらす! じゅうなな! ≫
ユキ「う……ウン……日記1日目無事書けたネー」
蛍「せいぜいその調子で続けてけよ」
納「うん! ありがとう!」
蛍「……行ったな」
ユキ「蛍、言ってクダサイ。別に見せるモンじゃないっテ」
蛍「ふざけんな自分で言え」
ユキ「無理ダヨー。すごい嬉しそうダヨー。お兄ちゃんデショ、言ってヨー」
蛍「都合のいいときだけお兄ちゃんにすんじゃねえよ!」




